映画   作:kaiyare


オリジナル現代/文芸
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ゆうちゃんと私は映画好きの女友達だった。

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映画

病院の中庭に車輪のキリキリとした音だけが響いている。

 

日差しが差し込んでいる。日光が暖かく取っ手を持つ手に刺さる。

 

車椅子の上にはゆうちゃんがいる。今日もなんてことはないように景色を眺めている。

 

木々が風に揺れるのをただ眺めている。

 

嫌だった。

 

何事も無いかのように外を見つめる顔も、何もわかってないような横顔も全部嫌だった。全部が気持ち悪くてしょうがなかった。

 

あの時言ったよね?卒業するまでに1本映画を作ろうって。

 

 

 

高校時代、私は映画の事が好きだった。

 

ゆうちゃんとは高校からの映画友達で、ずっと映画のことばかり彼女と話していた。

 

映画館で映画を見た後に監督論や演出論について議論したり、好きな映画の話をずっとしていた。

 

「ねぇ、映画を撮ろうよ」

 

最初に話を持ちかけたのはゆうちゃんだった。

 

脚本はゆうちゃんが考えてくれるから、私は撮影をして全体を指揮する監督をやる予定だった。

 

映画仲間なんていないから、1人の女の子が静かな旅をしていく邦画みたいな作品を撮るはずだった。

 

でもゆうちゃんは、ある日から様子がおかしくなった。

 

いつもより返事が鈍い。話していても会話の内容に中身が無い。

 

ぼんやりとしている感じがあったり、そうかと思えばちょっとしたことで激怒したり、情緒不安定になっていた。

 

なんとかしようとして「大丈夫?」と訊いても大丈夫としか返って来ない。

 

人生の問題は本人次第でしかない。大丈夫と言っていたらそれ以上は踏み込めない。

 

次第にゆうちゃんは学校にも来なくなった。

 

LINEを送っても「大丈夫」とだけ返ってきて、家に行っても追い返された。それ以上は何もできなかった。

 

しばらくして、ある日ゆうちゃんが建物から飛び降りたのを知った。

 

理由はわからない。いじめだの親だのわかりやすい理由は特に見つからなかった。

 

ただ「ごめんなさい、みんなは幸せに生きてください」とだけ書かれた遺書が建物の屋上に添えてあるだけだった。

 

意識はなんとか取り戻したけれど、衝撃で頭をぶつけて、脳に障害が残ってしまった。

 

どれだけ色んな事を教えても、1週間経つと記憶がなくなって、中学時代のゆうちゃんに戻ってしまう。

 

だから、ゆうちゃんは私のことを思い出せない。

 

どれだけ1週間の間に説明をしても、1週間のことを全て忘れてしまう。

 

「原因が不明ですから、治療法もわからないのです」と医者は口にした。

 

いつか記憶が戻るかもしれないからと、車椅子で色んな景色を見せてあげたり、記憶が戻るようなきっかけを作るような会話をずっとしてきた。

 

けれど来る日も来る日も同じように毎週語りかけても、ゆうちゃんは治ることはなかった。

 

この3年、自分の人生を生きる事も忘れて、彼女のために働きかけて、ただゆうちゃんのために生きて、ゆうちゃんがいつか気づいてくれたらってずっと思いながら病院に通っていた。

 

そんな生活が経った2年半。ふとゆうちゃんの事を嫌いに感じているのに気付いた。

 

こんなにしてやってるのに。こんなにしてあげてるのに、なぜ彼女は記憶を取り戻さないんだろう。なぜ助けてと私に言えなかったんだろう。事情を説明しなかったんだろう。映画を一緒に作ろうなんて言っておいて1人で現実という舞台から飛び降りた彼女に、なぜ自分はこんなにも親切にしなければならない道理があるんだろう。

 

嫌だった。反吐が出るほど嫌いになっていた。

 

ゆうちゃんの髪を掴む。それを思いっきり引っ張ろうとして、寸前の所で踏みとどまる。

 

ゆうちゃんが不思議そうに顔を振り向いて私を見る。

 

純粋な目だった。

 

こいつは自分に何が起こったかすらわかってないんだ。

 

その純粋な目が私にとっての限界だった。

 

「一緒に映画作ろうって言ったじゃん!脚本だって考えてくれて、ノートにコンテ描いてこれからって時だったじゃん!」

 

ゆうちゃんはずるい。約束をしておいて何の説明もなしに逃げる。ゆうちゃんはずるい。

 

どうして飛び降りたのかを伝えずに逃げたのがずるい。何に絶望して何に諦めたのかすら教えずに優しい人のまま人生を終わらせようとしたのがずるい。死のうとする人間はみんないい人のまま、何も言わずに消えていく。いい人で歴史を終わらせようとする。でもそれってずるい。本当のことを言ったらおしまいになるって言わないまま自分の人生を終わらせるのは、世界に対する憎しみを全部呪詛のように吐き出して死んでいく人間よりもずるい。失望されるのが怖いからって、飛び降りるっていう風に逃げるなんてずるい。

 

ずるい。ずるい。ずるい。ずるい。と言葉の反芻をしながら車椅子の取っ手を拳で殴る。痛いけれど傷つけるのが止められない。

 

私は現実を処理できなかった。ずっとしょうがないねと割り切ったつもりでいた。ショックだったけれど、乗り越えなくちゃと思った。そうやって頑張れば何かがあると思ったから。けれど何も起こらない。奇跡なんか起こらない。

 

悔しかった。ぼんやり生きていた自分が。なんとかしてあげられたのになんとなく生きてしまった私が嫌いだった。どうにかできたはずなのに気づくことさえしなかったバカな私が嫌いだった。

 

「大丈夫ですか?」とゆうちゃんがその手を止める。

 

「どなたかわかりませんが、こういうことはよくないです」

 

困り顔のゆうちゃんの目が私の瞳に映る。

 

目がとっても丸くて綺麗だった。

 

ゆうちゃんの事を嫌いだと感じたのはいつからだろう。

 

好きとか嫌いとか、気持ち悪いとか消えて欲しいとか、いなくならないで欲しいとか、そういう感情が同時に存在している。ゆうちゃんなんか消えちゃえと思いながら、どうか記憶を取り戻して欲しいと願う。けれどそれが届かない事に気づいてまたゆうちゃんが嫌いになる。

 

悔しかった。でも、悔しいって思っても何も変わらないんだよ。ゆうちゃんの記憶が戻らなくたってみんなが立ち止まってくれるわけじゃない。ゆうちゃんがずっと思い出せなくてもみんな前に進んでいく。それを残酷だなんて言えない。私たちは前に進むしかない。どれだけつらい事が起きても、それを思い出すのをやめて、忘れて前に進まなきゃいけない。

 

前に進むために私ができる事は。

 

彼女がしなかった"全部伝える事"だとその時気付いた。

 

顔に付いた雫を拭って、私はもう一度ゆうちゃんに全てを話した。

 

今まであった事。起こった事。そしてあなたが忘れてしまうことをもう1度最初から話していく。

 

ゆうちゃんは黙ってそれを聴いてくれた。

 

「あなたのことが嫌いになってた」

 

でも。

 

「けど、ゆうちゃんに会えたことを悪かったことなんて思いたくないの」

 

悪いことなんかにしない。

 

あなたに出会えたことをよくなかったことにしたくない。

 

「いつか映画を完成させるから、その時にはゆうちゃんに映画を見て欲しい」

 

感想を聞かせて欲しい。

 

全て忘れてやりなおしになっても、私が作った映画を見て感想を言って欲しい。

 

何度でもあなたに見せて、最初に見た時のような感想をずっと聞いていたい。

 

そうだ。本当はこう思っていた。

 

「何も覚えてなくてごめんなさい。けれど、映画を待ってます」

 

「映画、大好きだから」

 

ゆうちゃんは全てを聴いた後穏やかに笑顔で返事をした。

 

奇跡なんて起きなくても良いんだと思う。

 

映画だと、きっとここから奇跡が起きて、ゆうちゃんの記憶が戻って一緒に映画を作れるんだろう。

 

けれど、そうはならない。私たちが生きているこの世界はまぎれもなく現実であり、現実は私たちの理想を叶えたりしない。

 

夢には手は届かない。願う理想には永遠にたどりつけない。

 

けれど、夢を想う事はできる。

 

それが映画だ。

 

現実でないとしても、ひとの理想のかたち。理想のつながりを描いて夢を見る。それが映画だった。

 

だから、私は彼女のために映画を作る。

 

「あそこの隙間から綺麗な山が見えるから行こうか」ゆうちゃんに語りかける。

 

「そうなんですね。連れて行ってください」と笑顔で返される。

 

私は頷いて、いつも眺めている山が見える場所に車椅子を押した。

 

 

 

時間はかかるけど、映画を完成させよう。

 

まずは脚本を読んで必要な道具を作らないと。

 

今日は晴れてるから、いつもよりも綺麗に山が見えるよ。

 

車椅子から手を離してゆうちゃんと景色を見ていると、良い画角を見つけた。

 

スマホを取り出してカメラを起動し、赤い録画ボタンを押す。

 

カメラに車椅子に乗ったゆうちゃんの髪がゆらゆらと揺れているのが見える。

 

流れる木々と草。そしてゆうちゃんの髪。雲の隙間から日が差し込んで、ゆうちゃんを明るく照らしていた。

 

映画みたいだな。と私は思った。


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