トルキナ連邦召喚   作:mogatoku

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第一章 ロデニウス大陸訪問編
1 異変


 

 

連邦暦395年1月1日 中央時間2時55分

 トルキナ連邦首都 園都 旧エンドレナ宮 内宮殿

 

 

 突然、ジローは深い眠りが何かに妨げられているのを感じた。

 

 何だよ・・・ったく・・・ついさっき新年を迎えてから、眠りについたばかりだというのに・・・

 

 睡眠の妨害に苛立ちを覚えていると、遠くから声が聞こえてきて、徐々に大きくなる。

 

「主上! 起きてくださいませ!」

 

 若干の焦燥をにじませている声がすぐ側から聞こえてきた。

 ゆっくりと目を開ける。部屋の灯りがまぶしい。

 すると安堵を含んだ声が伝えてきた。

 

「緊急のお電話が入っております」

 

 声の主は見慣れた淡色の男エルフ、家宰を勤めるケディルである。

 

「どこから?」

 

 ジローはまぶしさに目を細めながら尋ねる。

 

「内閣府からでございます」

「ドラゴンの来襲か?」

 

 連邦政府は昨年「これまでに確認できたドラゴンをすべて殲滅した」と発表していた。ドラゴン掃討の為に大陸に派遣されていた連邦軍はすべて帰還し、年末は各地で凱旋行進が行われ、お祭り騒ぎだった。

 だが、ドラゴンの活動期が終わったとは断言できない以上、また現れたとしても不思議はない。

 

「わかりません。ただ緊急事態とだけ聞いております」

「わかった。ここで取る」

 

 ジローはベッドから足を踏み出すとケディルは一歩下がって道を空ける。

 

「1番でございます」

 

 ジローは枕側の壁に掛かっている電話に歩み寄り、受話器をかっさらい、外線1番ボタンを押し込んだ。

 

「では失礼いたします」

 

 ケディルは頭を下げ、扉へと歩み去った。

 

 ――ニムディスを起こすかどうかは、この話次第だな。

 

「ジローだ」

 

 受話器に声を放り込むと、男の声が耳に飛び込んだ。

 

“お休みのところ申し訳ありません。内閣府官房のエステバン・ディオールです。異常事態が起こり、緊急と判断しましたので、まず執政人閣下に連絡したところ、監査人方にも連絡するよう指示を受けましたので、ご連絡しております”

 

 実年の男が早口にまくし立てる声は、どこか焦りを含んでいる。

 

 エステバン・ディオールか。一度だけ話したことがあったな。確か秘書室の副室長だったか。いかにも才気煥発な感じの男ニンゲンだった覚えがある。

 その才気煥発さが声から消えているように感じる。

 

 連邦政府は執政府・監査府・両院の三頭で構成されている。

 そのうちの執政府の長が『執政人』である。

 そして『監査人』とは治安維持と外交を担う監査府の長であり、現在4名いる。

 

 つまりディオールはまず執政府の長である上司に連絡したところ、監査府の長にも連絡するよう指示されたので、直接自宅に電話してきたということだ。

 

 それにしても今日は元日。ついさっき眠りについたばかりだというのに、いきなり元日早朝から緊急連絡か・・・

 

 ジローは不機嫌さと眠気を声に出さないように気をつけながら尋ねた。

 

「何があった?」

“いくつかあります”

 

 意外な返事にジローは眉をひそめる。

 

「いくつか?」

 

 ドラゴン以外に何が?

 胸に不安がよぎる。

 

“まず電話局から、両端の共和国との電話回線がすべて不通になったとの報告がありました”

「なんだって!」

 

 胸の奥に冷たいものが走る。

 

 産業省の電話局が? 『両端の共和国』との電話が通じないと?

 

 両端の共和国とは、連邦に属する六つの共和国のうち、東のはずれにあるキーン共和国と、西のはずれにあるシーナ共和国のことだ。

 両国は中央四島から大洋を挟んで遠く離れている。

 

 すべて不通?

 

「両端の共和国との連絡はつかないのか?」

 

 声に不安が滲んでしまう。

 

 まさか両端二島が壊滅したのか・・・

 

 そんな想像に背筋が凍りつきそうになる。

 

“いえ、電話も電網も通じないのですが、無線は通じています。通信網以外は平穏そのものだそうです”

 

 ジローは大きく息を吐いた。

 

 無事か。島は健在だ。

 

「それは良かった」

 

 安堵の言葉が自然に漏れる。だがまだ安心はできない。

 

 シーナ共和国もキーン共和国も無事だ。

 だが、海底銅索を通じて繋がっているはずの通信網が、丸ごと途絶というのはただ事じゃない。

 まさかドラゴンに切断されたのだろうか? ドラゴンは海に潜らないはずだが・・・だとすると新種のドラゴンか?

 

『電網』――軍事目的で整備された新しい通信網。地球で言えば初歩的なインターネットにあたる。文字のやりとりしかできないか、軍の指揮系統を支える重要な基盤だ。

 それすら繋がらないとは。

 

 ジローは考える。

 

 軍事目的で整備した通信網まで使えなくなるとは、致命的な問題になりかねない。何のためにわざわざ整備したのかわからないじゃないか。

 いずれにしてもこれは再び銅索を引く必要がある。だが、これは執政府の仕事だ。監査府には朝にでも連絡すればいいことだ。

 深夜にわざわざ連絡してきた理由はこれではない。

 

 ジローの頭は少しずつさえ始めていた。

 

“さらに防衛省から『偵察衛星と通信衛星がすべて通信途絶となった』との報告がありました。そこで国土省に、稼働中の人工衛星に異常がないか問い合わせたところ、気象観測衛星がすべて繋がらないことが判明しました”

「人工衛星が全部消失したのか!」

 

 かつてない事態に、眠気は一気に吹き飛んだ。

 

 何が起こった?

 ドラゴンは高度五千メートルまでしか飛ばない。人工衛星に攻撃するなどあり得ない。

 宇宙人が攻めてきたのか? 

 

 恐ろしい可能性が頭を巡る。

 

“いえ、まだ消失したかどうかはわかりません。ただ、何者かから攻撃を受けた可能性があるため、執政人閣下に緊急連絡しまして事を伝えましたところ、緊急閣議が召集される運びとなりました。今、執政官連の到着を待っているところです”

 

『執政官』――各省の長官の別称である。

 厳密に言うと「長官」は役職名であり、「執政官」は階級名である。つまり「長官」は軍で言えば「師団長」や「艦長」のような役職の名称であり、「執政官」は「大将」や「大佐」のような階級の名称である。

 エステバンは『執政官連』と言ったが、連邦公用語では「複数の執政官」の意であり、つまるところ「執政官達」という意味だ。

 

 連邦公用語では複数を表すとき「達」と「連」を区別して使っている。

 例えば「局長達が来た」と言えば、そこには局長以外の人物が含まれているかもしれないが、「局長連が来た」と言えば、それは全員局長である。

 

 もちろんジローにとってはそんなことはわかりきっている。

 

「そうか。では監査府でも職員を緊急招集し、情報を集めよう。ほかに判っていることはあるかい?」

 

 ジローは受話器を握り直し、確認のつもりで尋ねる。

 

“はい、永見天体観測所から『中央時間で午前0時に全天が一瞬暗くなり、その後見たことのない星の配置に変わった』と連絡があったとのことです。国土省の宿直から話を聞いた時、わたしも外に出て夜空を見上げましたところ、確かに、見知った星座がどこにもなく、まったく知らない夜空となっていました”

「なんだと!」

 

 ジローは思いがけない事態に声をさらに荒げた。

 

 まったく知らない夜空だと! まさかあれか! 

 昔一度あったやつだ!

 だとすると宇宙人ではないな。

 あれから500年以上経っている。まさか再び起きたというのか? だとすると・・・

 

「中央共和国連は問題ないのか?」

 

 ジローの声に焦りが滲んだ。

 

「はい、中央四島は問題ありません」

 

 トルキナ連邦の国土は主要な六つの島・・・四つの巨大な島と二つの離島・・・からなっており、四つの巨大な島が中央で南北に連なるように並んでいる。共和国は各島に一つずつ、計六つあり、中央の四つの共和国は特に『中央共和国連』と呼ばれ、残り二つは『両端の共和国』と呼ばれている。

 ちなみに生物学会は生物分布を根拠として中央四島をまとめて「トルキナ大陸」と呼ぶことを提唱しているが、国土省は乗り気ではない。まるで両端の二島がトルキナではないかのように聞こえるためである。

 

“ですがここは気温がかなり下がっています。先ほどまでの暑さがウソのようです”

 

 園都は南半球にあるため、元日は夏だ。だが気温が下がっているということはやはり「アレ」なのか。

 ジローの胸に重い確信が加わる。

 

“閣議の結果次第では防衛会議が招集されることになると思いますので、ご承知おきを、とのことでございます”

 

 間違いなく防衛会議は招集されるだろうな。

 集まるのは内閣と監査人と元老と代議士か…あとは各省から文官と武官が補佐に来る。

 

「わかった。元老院と民議院の方には連絡をいれたのか?」

“防衛委員会の代議士連には現在連絡を入れているところです。元老連については誰に連絡したら良いのか、検討しているところです。ドラゴンが確認されているわけではないので”

 

 いつもはドラゴン戦での功績を持つ元老達を呼べば良いのだが、それは元老院が対ドラゴン戦についての話では彼らを出すと決めたからであり、今回の場合は当てはまらない。

 

「元老のことならムテールに頼めばいいんじゃないかな。うまく手配してくれると思う」

 

 そう言うと、受話器の向こうで短い沈黙がある。

 ムテール・カラン・ロハンディは元老院の重鎮のエルフであり、元老の中で誰が何に詳しいのかを知っている。

 彼が動けば、必要な人材が揃うはず。

 

“わかりました。それではよろしくお願いします”

 

 ディオールからの電話はそこで終了した。

 

 静寂が戻る。

 ジローは受話器を置き、思考を走らせる。

 

 夜空の異変。気温の急変。人工衛星の途絶。

 

 連邦がまるごと異世界転移したみたいじゃないか?

 だが、まだ確定ではない。情報収集、まずは外に出て夜空の星を確認しよう。

 

 ジローは窓を開け、バルコニーに出た。

 夜風が頬をなでる。

 

 うっ、さむ・・・い、というほどでもないか・・・

 うん、暑くない。むしろ涼しい。

 かなり涼しいな。夏とは思えない。

 

 季節を裏切る涼気を感じながら、空を見上げる。

 

「ああ・・・やはり・・・」

 

 そこにあるのは、見知った星座が一つも無い夜空。

 まるで誰かが適当に描いた夜空の絵のように、ただ「夜空である」ことを示すためだけにあるような満天の星々。

 500年以上前のあの夜が思い出される。

 

 あの時の困惑。

 あの時の恐怖。

 あの時の喪失。

 

 ジローは胸を締め付けられるような感覚に駆られ、大股で部屋に戻った。

 寝ている妻のカラダを強く揺する。

 

「ニムディス! 起きてくれ! 緊急事態だ!」

 

 切実な声だった。

 

 

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