第一章のタイトルを追加しました。
中央暦1639年2月17日朝 ロウリア王国 王都ジン・ハーク ハーク城
王はいつものように執務の間に入った。
いま王国は着々と準備を進めている。
海軍の軍船の建造も進み、あとふた月もあれば4千隻を越えるだろう。
列強から新種のワイバーンを手に入れることもできた。
いまごろは東部で騎乗訓練が始まっているはずだ。
大陸統一の覇業の始まりはまもなくだ。
王が机に座り、侍従が差し出す羊皮紙に署名しようと羽ペンを握ったところで、兵士が駆け込んできた。
随分あわてた様子だが、何があったというのか。
王は眉をひそめて羽ペンを机に置いた。
「大王様! 申し上げます!」
兵士が膝を突いた。息を切らしている。その顔には困惑の表情が見える。
「北の港より魔信連絡です! 港沖に海軍の軍船の何倍もある巨大な船が現れました! 数は28隻、見たことのない旗を掲げています。海軍が臨検のために船を向かわせ、同時に、兵を招集して、不測の事態に備えるとのことです!」
兵士は急ぐように言葉を吐き出した。
ハーク・ロウリア34世は肘掛けを握りしめ、背もたれから体を起こす。
巨大な船? 列強か?
「どこの船かすぐに確認させよ。28隻程度、恐れることはない。余の威光を示す好機だ」
王は内心の不安を押し殺してそう口にした。すると確かにそのとおりだと自分で思えた。
兵士は立ち上がり、慌ただしく駆け出していった。
「巨大な船・・・いったい何者だろうか・・・ミリシアル帝国かムーか・・・」
「まもなくわかるかと・・・」
侍従はおそらく王を落ち着かせようとそう言ったのだろうが、その声にはかすかに緊張の色があった。
やがて海軍のミミネル将軍が足早に入ってきた。
「申し上げます!」
そのまま王座の前に現れると、一礼した。
「大王様、港の沖合にやってきた船団は、トルキナ連邦と名乗っています。ロデニウス大陸の東の大海にある国とのこと。国交を結ぶために話し合いたいと申しております」
「トルキナ連邦? 聞いたことがないな」
軍船の何倍もある船を持つような国。
今まで知らないということは、よほど辺境の国だろうか?
辺境からわざわざやって来たということは、余の治世の評判を聞きつけ、偉大なる大王と関係を持ちたいと駆けつけたのかもしれぬ。
王はその思いつきが気に入って機嫌が良くなる。
「そうか。ではマオスを呼んでまいれ!」
マオスは宰相であり、外交の責任者でもある。
「はっ!」
侍従が頭を下げ、足早に出て行った。
夕方 ハーク城 謁見の間
玉座の両側には、石造りの古い円柱が王を守る守護神のごとく居並んでいる。
赤い絨毯は、玉座から広がるように、段差を
その絨毯の真ん中に、黒目黒髪の長身の男が立っていた。その黒は、まるで混ざり合うことを拒むかのように力強い。
「わたしはトルキナ連邦最高監査人の一人でコウ・ジローと言います。ジローとお呼びください」
こやつの物腰は落ち着いているが、どこか余に対する恭しさに欠けておるな。
偉大なる大王の知己を得たかったのではないのか?
訝しげな視線を送る王をよそに、男は言葉を続ける。
「貴国との外交関係における最高責任者を務めることとなりました。わたしの決定が連邦政府の決定になるとお考えください」
奇妙な服は胸で交差し、袖も裾もむだに大きく、四肢の太さと形を覆い隠している。王にはそれが理解を拒む「異質な
後ろに控える従者の服装はそれとはまったく異なっていた。どこか、よく知る列強の兵士の服のようでもあり、強者の雰囲気を持っている。
従者の立ち姿には隙がなく、ただいるだけで軍勢の影が見えてきそうだ。
一瞬、エルフかと思ったが、よく見ると耳は普通の形をしている。
いかんな。余は亜人に対して過敏になっているようだ。
「トルキナ連邦なる国は初めて聞くが、どこにある国か」
宰相マオスが威厳を装って尋ねた。だが、声の端には緊張が滲んでいる。
「はい、ここロデニウス大陸の東方の大洋にあります」
王はその言葉に、なぜか「異界から来た」と告げられたような響きを感じた。
「そのような国は聞いたことがない。遠いのか?」
「遠いかどうかは、乗り物次第です。私どもも貴国の存在をつい最近知ったばかりですので、これまで交流がなかっただけとお考えください」
――こちらに来たことがなかったのか・・・
「巨大な船・・・圏外・・・文明国か・・・?」
王のつぶやきは広間に落ちたが、宰相マオスは気付かぬ素振りで話を続ける。
「我が王国をどこで知ったのか」
「先日、クワ・トイネ公国に初めて挨拶に伺いまして、そこで話を聞きました。何でも、ロウリア王国とは緊張関係にあるとの話でした」
クワ・トイネ公国だと? 亜人の国ではないか。
「我が王国は亜人どもを根絶やしにし、ロデニウス大陸を人間の王国として統一することを目指しているところである。その方も見たところ人間であろう。亜人どもとの付き合いなどやめるなら、国交を結ぶことに何の障害もない」
マオスの言葉に、男が眉をひそめた。
「亜人ども・・・とは何を指しているのでしょうか」
「忌々しいエルフや獣人どもだ」
その言葉に男の黒い目が、厳しくなった。
王がさらに訝しげに男を見ると、男が口を開いた。
「トルキナ連邦は多種族国家です。種族構成は人口順でノウブ、ノーク、ニンゲン、パント、ドワーフ、エルフ、エルデンです。エルフが亜人だと言うなら、ニンゲン以外はみな亜人ということになります。ちなみにわたしの妻はエルフに似たエルデン族ですが、彼女も亜人と見なされるのですか?」
非難の響きが混じる声。
だが声よりもその内容にハーク王は驚く。
こやつは亜人の仲間か!
「なっ、亜人と交わるなど汚らわしい! ただちに下がら・・・」
嫌悪よりも、王の威光を恐れぬその態度に、わずかな怯えが混じり、声を荒げてしまう。
だが言い終わる前に、マオスが慌ただしく声を張り上げて制止した。
「お待ちください大王様! 今わが国は偉業を果たすための重要な時期、徒に敵を増やすべきではありません」
「・・・そうか・・・」
確かにそうだと思い直して、王は黙る。
それを一瞥したマオスが続ける。
男の黒い目がその様子をじっと見つめていた。
「ジロー殿。クワ・トイネ公国に挨拶したとのことだが、何を求めた? まさかかの国を属国とするのか?」
巨大な船で押しかけてきたのは、従わせるため。
マオスはそう見たようだ。もしそうなら、わがロウリア王国も属国にするつもりか?
戦わずして属国になどならんぞ!
ハーク王は肘掛けを強く握り、目に力を込めた。
「いえ、クワ・トイネ公国とはまだ国交樹立に向けて交渉を始めたところです。いちおう『連邦の保護国になれば、連邦軍が公国を防衛することになる』という説明はしましたが・・・」
男の声から非難の響きは消えていたが、その言葉に謁見の間の空気が張り詰める。王も胸に冷たいものが走る。
――公国を攻めると、巨大な船と戦うことになるのか?
男の言葉は続く。
「・・・反応はよくありませんでしたね」
重臣達の間に安堵の吐息が広がる。
三代将軍の一人であるパンドールなどは、ほうっと肩を落とし、あからさまに胸をなで下ろしていた。
どうやら、戦わなくて済みそうだ。28隻程度の船に負けるとは思わぬが、海軍の船の何倍もあるという巨大な船と戦えば、わが方の損害も大きいだろう。
王は大きな背もたれに体を預け、玉座の大きさに寄りかかる。
「沖に停泊してある船だが、その方の国にはあのような巨大な軍船は他にもあるのか?」
マオスもまた軍船が気になるようだ。
「はい。沖合に来ているのは2個艦隊です。あれと同程度の艦隊はたくさんありますよ」
男は淡々と答えた。
たくさんとはどれほどか。
いま我が軍は軍船を増やすべく大急ぎで建造している。あとふた月もあれば、目標の4千隻に届くだろう。
まさかそれに匹敵するとは言うまいな。
宰相マオスもありえないとばかりに言い放つ。
「たくさん? そのような戯れ言、ためにならぬぞ」
「では正確にお答えします。近代装備群の艦隊は全部で38個艦隊です」
男は先ほどと同じ調子で言った。特に得意気な様子は見えないが、それが凄いことだとでも言いたいのだろう。
その数に王は肩の力が抜け、笑い声が口から溢れ、広間に響きわたる。
「ハハッ! たったそれだけか!」
こちらは間もなく4千隻に達するのだぞ!
だが男の次の言葉が、その安堵を再び吹き飛ばす。
「重対空艦の対空砲は飛来する人喰いドラゴンをも撃ち落とします。地上にも向けることができます。射程は条件次第では100キロメートルを越えると聞いています。あそこからこの城まで、余裕で届きます。3時間もあれば砲撃だけでこの都市全体を破壊できますよ」
淡々と話す男の声。その響きが、とても信じられないような話に真実の響きを纏わせる。
――なんと! 海岸から王都を破壊できるだと? それほどに巨大なカタパルトがあるのか!
王は肘掛けを握りしめ、思わず身を乗りだした。
28隻。
その程度なら海軍の兵士が乗りこめば制圧できるだろう。竜騎士団なら燃やせる。
だがその前にその数の巨大なカタパルトが巨大な岩や鉄の塊を放てば、まちがいなく王都の一部は破壊される。
脳裏に、巨大な岩が王城を砕き、玉座を押しつぶす光景が浮かび、王は背筋を震わせる。
「さらに輪空母艦から輪空機を出せば、上空から爆弾を落とすことができます。おそらくあなたがたの飛竜隊では防げないでしょう」
爆弾だと!
文明国が持っているという魔道兵器ではないか!
こやつの国はそれほどの大国だというのか!
王国は今、想像以上の危機にあるのではないか・・・
ハーク王は目を大きく見開き、男を凝視した。
男とその従者の後ろから扉までかなりの開きがある。
大王の威厳を誇示するためにあるその広い空間が、すでに男の支配下となり、自分の座る王座はもはや単なる部屋の片隅に過ぎない。そしていま自分は重臣達とともに片隅に追い込まれている!
そんな錯覚に囚われ、王の背筋が凍り付く。
重臣達もまた青ざめた顔で、誰一人言葉を発せずに息を呑んでいる。
「き、貴国のことをもっと教えて欲しい。人口はいかほどか」
マオスの態度から先ほどの威厳が消え、やや物腰が丁寧になっている。
重い空気を払おうとでもするように話題を変えるその声は、わずかに震えている。
「トルキナ連邦の総人口は約3億7千万人、近いうちに8千万人に届くでしょう」
淡々とした声が壁に反響し、絨毯に重く沈んで消えた。
途方もない数字に謁見の間の空気が重くのしかかる。
それに気づきもしない男の様子が王を次第に追い詰めていく。
ハーク王は思わず口走る。
「さ、3億だと? わが国の十倍・・・そんなばかな」
重臣達には顔をしかめている者もポカンと口を開けている者もいるが、誰もが言葉を失っている。
多い! あまりに多い!
「多種族と言ったが、に、人間の数はどうか?」
マオスの声ももはや動揺を隠せていない。
男は少し考えるように首を傾けた。
「ニンゲンですか・・・たしか7千5百万人程です」
ざわめく重臣達のなか、将軍の一人が耐えられずに叫んだ!
「人間だけでも王国より多いのかっ!」
その声が部屋全体にこだまし、謁見の間の空気が一気に張り詰めた。
人間だけでそれだけいるなら、国を作れるではないか。しかも王国より強い国が!
「スマークよ、落ち着け!」
防衛騎士団のパタジン将軍が震える声で、軍のスマーク将軍をたしなめた。
「へ、兵士は何人だ?」
だがスマーク将軍は動揺のあまり、宰相を差し置いて尋ねてしまう。
男は特に気にとめることもなく、話し続ける。
「連邦軍の人員は現在約320万人です。このうち陸軍団の兵員は151万です。本当は今年から削減する予定だったのですが、ここのような国々との新たな接触があったため、不測の事態に備えて削減は見送られる見込みです」
陸軍が151万だと! 全部で320万だと!
淡々とした声が告げる数字が、冷たい空気となって王と重臣達に重くのしかかる。
お前たちと戦うから減らさない、と言ったのか?・・・
ハアハアゼエゼエ
音のする方に視線を向けるとスマーク将軍の息が激しくなっている。
「そんなバカな! そのような世迷い言に騙されんぞ!」
重い空気を吹き飛ばそうとでもするように、パタジン将軍が声を荒げた。スマーク将軍もうろたえた声で同調する。
「そ、そうだ! さ、3億の人口などありえん!」
男は二人を一瞥してから王に視線を戻した。
疑われたことに怒りも不満も示さずに、まるで決まり文句の挨拶でもするように続ける。
「お疑いであれば、いつでも連邦にご招待します。連邦軍の訓練の様子を目にすれば、きっとご理解いただけることでしょう」
ハーク王はふと気付く。
この男の口調のせいでつい信じてしまったが、その言葉はまやかしだ!
このような男を許してはならない。
「さような言葉、余は信じぬぞ! 余を
怒りの力で恐怖を押さえ込むような声が広間に響き渡るが、途中で制止が入る。
「大王様、お待ちを! 艦隊はまやかしではありません。軍船からここまで打ち込まれてしまいますぞ!」
宰相マオスが慌てた様子で止めてきたのである。その咎めるような目は「余計なことは言わないでください」と語っていた。
「く・・・」
王は黙るしかなかった。
足元の絨毯がまとわりつくように感じ、思わず足を上げた。
だが重さは消えず、足にまとわり続けた。
「ジロー殿、貴公はわれらに何をお望みか?」
宰相マオスが男に向き直り、気を取り直したように尋ねた。
男はいまの王と宰相のやりとりにさえ、気にとめる様子も見せない。
「連邦政府としましては、ロウリア王国に対し、あなた方のいわゆる亜人を殲滅するなどという方針を捨て去ることを要求します!」
冷静な、それでいて断固とした声が謁見の間に響いた。
――そんなことはとうてい認められぬわ!
王の胸にはさきほど制止された怒りが再び湧き上がる。
身を乗り出して拳を握る。
「それは! 王国の覇道の邪魔をするというのか!」
すると男は品定めでもするように目を細めた。
ぶしつけなはずのその態度が、あまりに自然で、なぜか咎める気にならない。
「トルキナ連邦は、あなた方のいわゆる亜人が8割を占める国家です。連邦宣言では『種族血統を問わず、みな人として平等』とされています。種族の違いを理由に殲滅などという非道な行いをすれば、連邦市民は我が事のように感じ、王国を許さないでしょう。『犯罪国家を許すな!』という世論が盛り上がってしまえば、王国はあなた方と共にこの世から消えますよ」
淡々と事実を述べるような脅しが、広間全体に覆い被さる。
重臣達は互いに目を合わせることもせず、衛兵までもが息を呑み、横目でこちらをうかがっている。
「そ、そのような脅しに屈する我らではない!」
パタジン将軍が声を荒げた。
だがその声は震え、動揺を隠せていない。
ハーク王もまた動揺を禁じ得ない。
いまこの瞬間、大王としての威厳を持つはずの自分が、まるでワイバーンの前の野ウサギのように怯えてしまっている。
王はなんとか逃れようと口を開く。
「それに、いまさら
ハーク王は思わず事情を口走ってしまった。
要求を拒否するしかないのだ、と言いたいがゆえに。
「その列強とはどの国ですか?」
男の黒い目が鋭く光った。
重臣の一人がごくりと喉を鳴らした。
王都は港から50キロ内陸にある設定にしました。
原作で王都の竜騎士団が港の海軍まで援軍に飛んでいたので、これくらいがちょうど良いかなと。
次回の更新は今夜の予定です。