トルキナ連邦召喚   作:mogatoku

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11 圧力

 

 

 王はハッと気付く。

 

 これは極秘の支援だ。答えるわけにはいかぬ。

 臣下の列には「余計なことは話さないでください」という目で首を振っている者もいた。

 

「それは・・・言えぬ」

 

 男が「あ、そう」とでもいうように軽く頷く。

 部屋全体にのしかかる重たい空気。

 

 それさえもこの男にとっては軽いのか。

 

「どこの国か教えていただければ、我らが話を付けに行きましょう」

 

 淡々ととんでもない発言をする男に王は顔をしかめた。

 

 こやつは何を言っている?

 本当にそんなことができると思っているのか?

 

 だが、男の両眼は、まるで獲物を視界に捉えた猛獣のようにこちらを狙っている。

 その視線に焦りを感じた王の口は、さらに余計なことを口走る。

 

「借金があるのだ! 二国を征服し、亜人どもを殲滅し、奪った富で借金を返すつもりなのだ。このまま引き下がっては借金を返せぬ!」

 

 その言葉が広間に悲しく響き渡ると、重臣達がサッと王に顔を向けた。

 非難するような目は、同時に苦しげにも見える。

 さきほど首を振ってきた臣下は、今度は「言ってしまったか」というように視線を落として首を振っている。

 

 すでに自国だけで止められる段階にはない。

 大きな背もたれの玉座も、赤い絨毯も、借金の鎖を断ち切る力はなく、それどころかむしろ自らも鎖となって王を縛り付けているのだ。

 

 すると男は少し考えるように視線を落とし、すぐに戻した。

 

「なら連邦の保護国になってはいかがですか? 連邦政府が借金を一時的に負担しますよ。返済期限は相談に乗ります」

 

 男は淡々とした口調で、商人のような言葉を述べる。

 だがその内容は恐ろしいものだった。

 

 保護国だと!

 

「属国になれと言うのか!」

 

 王は声を荒げてしまう。

 だが男は眉ひとつ動かさない。

 

「もちろん、無理にとは言いません。しかし、あなた方のいわゆる亜人の殲滅を始めれば、王国は消えることになるでしょう」

 

 ――王国は消えることになるでしょう。

 

 滅亡を告げる言葉に沈黙が流れる。

 赤い絨毯に立つ男の姿は、まるで臣下達の流す血を踏みしめ、王へとせまる刺客のようだった。

 腕の形がよく見えない大きな袖から、暗器の影が飛び出し、自分の胸を貫く錯覚を覚え、体がこわばる。

 重い空気の中、声を発したのは宰相マオスだった。

 

「では、亜人を殲滅しなければ良いのか? 奴隷にするなら殲滅することにはなるまい」

 

 その言葉に誰かが同意する。

 

「なるほど、それは良い考えだ!」

 

 すると男は眉をひそめた。

 

「ではその時は、その奴隷達を・・・」

 

 いままでの淡々とした言葉がどこか揺れているように感じた。

 

 これは動揺ではないか? こやつが初めて動揺しているぞ?

 

 ハーク王が思わず身を乗り出した瞬間、それは起こった。

 

「ひいいいいいい」

 

 突然、悲鳴が謁見の間を切り裂いた。男の発言も止まった。

 ハーク王が振り返ると、長い白ひげの男が尻餅をついていた。

 

「ヤミレイよ、どうしたのだ」

 

 王宮魔導師ヤミレイが両手を震わせ、杖を取り落としそうになりながら、男の方を凝視している。

 白髪は汗で濡れ、肩は大きく上下している。

 

「こ、こ、この二人の魔力が・・・特に後ろの従者が・・・とてつもない魔力反応だっ・・・です!」

 

 声が裏返り、途切れ途切れで、息も絶え絶えだ。

 老いた体は震えながら、両腕で杖にしがみついている。務めを果たそうとしているのか、杖で体を支えて立ち上がろうとしているが、それがかなわない様子だ。その両眼は恐怖で見開かれており、恐怖で体がこわばっているようだ。

 

 ヤミレイの言葉に王は意識を集中してみる。

 すると、男とその従者の周りがわずかに光を発し、その光が上にそびえ立っている。それはまるで天へ伸びる光の円柱であり、同時に揺らめく炎でもあった。

 

 ヤミレイはこれを見ているのだ。

 

 今にも襲ってきそうだ。

 

 ハーク王は、不吉な予感にたじろぐ。

 だが王座の大きな背もたれが、それ以上下がることを許さなかった。

 

「なんだこれは・・・これほどの圧・・・なぜいままで気付かなかったのか」

「どういうわけか・・・感知できなかったが・・・突然・・・魔力が・・・」

 

 ヤミレイは声を震わせながら説明しようと声を出すが、震えを押さえられない。

 魔導師にとっては凄まじい光景に違いない。

 

 王が男の方に顔を戻すと、男は光の炎の中で、不思議そうに従者に振り返ったので、王もつられて視線を移す。

 

 従者が燃えていた。

 

 燃え上がる光の炎を背に、鬼神のような形相でこちらを、いや、マオス宰相を睨み付けていた。

 それに気付いたマオスが、引き攣るように顔をこわばらせ、一歩、また一歩と後退りしていく。

 

 やがて従者は自分の主人の視線に気付くと、鬼神の形相をすっと消し、一度深く頭を下げた。

 その仕草は勝手な行動を詫びるものに見えた。

 

「わたしのも停止したのか。まったく、君を連れてくるべきじゃなかったね」

 

 男の淡々とした声に呆れの響きが混じっている。

 どうやら従者の勝手な行動だったようだ。

 

 貴様は自分の従者の監督もできないのか!

 

 王はそう言いたかったが、何も言えない。

 意識を集中すると、二人を包むゆらゆらと沸き立つような空気が見えるのだ。

 普段、人の魔力を感じることなどないというのに、それがここまで感じるのだ。

 圧倒的な魔力に、ハーク王は声も出ない。

 

「お、お前達は・・・まさか・・・光翼人なのか?」

 

 ヤミレイが声を振り絞るように二人に問いかけた。

 その言葉に王は、いや誰もが、恐怖の色を浮かべた。

 

「光翼人だと!」

「兵士を呼べ!」

「う、うろたえるな」

 

 謁見の間は一瞬にして混乱に包まれた。

 重臣達は恐怖の表情で後退り、衛兵たちは剣の柄に手をかける。

 だが誰もが腰を抜かしたヤミレイの姿に目を奪われ、動かなくなってしまう。

 そんな中、男は右手を腰に当て、何かをつかんでごそごそと動かし、声を上げた。

 

「探阻!」

 

 すると圧力がわずかに減った。わずかだけ。

 男は従者を一瞥し、淡々と命じる。

 

「ほら、ゲルもしなさい」

「かしこまりました。探阻!」

 

 次の瞬間、謁見の間を覆っていた炎のような圧力が忽然と消えた。

 光の柱は跡形もなく消え、広間は静まりかえる。

 

「反応が消えた・・・」

 

 ヤミレイが震える声でつぶやき、胸に手を当てて息を吐く。その顔には安堵の色が浮かび、重臣達もそれを真似するように息を吐いた。

 衛兵たちも姿勢を正し、謁見の間があるべき姿に戻っていった。

 だが誰もが、胸の奥に残る恐怖を消せず、沈黙はなお重かった。

 男がゆっくりと口を開いた。

 

「光翼人? とは種族の名前ですか? どのような種族なのですか?」

 

 あまりに初歩的な質問に、謁見の間にどよめきが広がる。

 

「光翼人を知らないのかっ! かつて魔法帝国を築きっ、世界に君臨した種族をっ!」

 

 震える足で立ち上がったばかりのヤミレイが怒鳴る。

 その声は恐怖を振り払おうとする響きがあり、王を余計に不安にする。

 

 光翼人を知らないとは、人類の歴史を知らないにもほどがあるだろ。

 本当に人類ならな。

 

 男はこちらを覗うように、物問いたげな目を向けている。

 

「それはつまり古代の魔法帝国のことでしょうか?」

「そうだっ! 知っているじゃないかっ!」

 

 ヤミレイの声に、なぜか安堵の響きが混じっているが、王も同じく安堵していた。

 どうやら何も知らないというわけではなかったようだ。

 だが魔法帝国を知っているのに光翼人を知らないとは、どんな教育を受ければそうなるのか。

 

 男の目には理解の色が見えた。

 

「そんな大昔のことはよく知りません。ただ、もし古代の魔法帝国が現れたときは、わがトルキナ連邦は敵対することになるでしょう」

 

 男は憎たらしいほど淡々と答えた。

 だがその言葉の意味は明白だった。

 

「つまり、お前たちは光翼人ではないということだな?」

「はい、連邦の種族構成は先ほど説明したとおりです。光翼人という種族は確認されていません」

 

 淡々とした声が謁見の間に響くと、その場の空気が緩んだ。臣下たちも整列し、衛兵たちも構えを解いた。

 

「そうか。わかった」

 

 ハーク王の声にも安堵がまじる。

 

 完全に疑念が晴れたわけではなく、恐怖が再び顔を出しそうだ。

 

 王座の背もたれに体を預けると、そこはいつものようにしっかりと王を支えている。だが両脇にある円柱は、この男から自分を守るつもりがないかのように、素知らぬ姿を見せていた。

 

「さきほどの部下の不手際を謝罪いたします」

 

 男は一度頭を下げた。

 

「ですが、これでおわかりいただけたのではないでしょうか。連邦は多種族国家です。種族の違いを理由に不当な扱いをすれば、連邦市民は我が事のように感じ、王国を許さないでしょう。3億7千万の民が『犯罪国家を許すな』と声を上げるような事態になれば、王国は消えてしまいます」

 

 男の言葉が静かに、容赦なく、広間に響き渡った。

 ゴクリと誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。

 

 しばしの沈黙の後、宰相マオスが、まるで何事も起きなかったかのように胸を張り、男に向き直った。

 その姿に王は感心する。

 さすが宰相マオス、すさまじい胆力である。

 

「では貴殿の要求について、話し合う必要があるため、時間がほしい。まだ何か話はあるか」

 

 うまく平静を装っているが、さすがに声にかすかな動揺は隠せないか。

 

「あります」

 

 まだ何か要求するつもりかっ!

 

 重臣達は息を呑み、王は思わず不満を口に出しそうになったが、声は出ない。

 先ほどの恐怖が、再び這い上がってきそうなのだ。

 

「近所に電波を発信していた場所があるようですが、王宮はそのことを把握しておられますか?」

 

 その質問に重臣達が顔を見合わせた。互いに知らないというように首を振っている。

 仕方がないので王自ら尋ねる。

 

「デンパとは何だ? そのようなモノは知らんぞ。誰か分かるか?」

 

 王の言葉に再び皆が顔を見合わせるが、誰も答えない。

 やはり誰も知らないようだ。

 

「どうやら心当たりがないようですね。こちらで該当の場所に確認しに行っても良いですか?」

 

 待てよ? もしかすると列強と関係があるのか?

 だとすると行かせるのはマズい!

 

 王は背もたれから体を勢いよく起こす。

 

「待て! 先の列強かもしれぬ。すぐに確認できるから、待つが良い」

 

 早速、文官の一人に確認に行かせると、マオスが問いかける。

 

「そのデンパとやらがどうかしたのか?」

「電波を使う人に興味があるのです」

 

 男は淡々と答える。

 

「どんな興味か」

「それはまだハッキリとはわかりません」

 

 広間が困惑に包まれる。

 男の言葉はごまかしているようだが、口調にはごまかしの響きはない。

 真実を隠しているのか。本当に分からないのか。誰も判断できずに不安だけが漂っていた。

 

 文官はすぐに戻ってきて、報告した。

 

「例の方々も知らないとの事です。ただムーの商人ならあり得るとも」

 

 報告を聞き王はわかったと頷く。

 例の者達が知らぬなら問題ないだろう。

 

 マオスが男に告げる。

 

「場所を教えてもらえないだろうか。我らの兵で見つけよう。何か分かったら知らせる」

 

 すると男は少し考えるそぶりを見せて言った。

 

「そうは言っても地図で示せるわけではありませんので、場所が分かる者に案内させますよ」

 

 そうなるとこの者の配下が嗅ぎ回ることになる。それは不服だが、仕方ない。

 またあのようにされては敵わぬ。

 重臣たちも互いに視線を交わしている。同じ不安を抱いているようだ。

 

「そうか。わかった。ではほかにはあるかね?」

 

 マオスの表情も、もう終わらせたいという気持ちが見え隠れしている。

 重臣達の表情にも疲れが見える。

 だが男は疲れの色をかけらも見せない。

 

「そうですね。私どもは十日ほど滞在する予定です。わたしは一旦船に戻って着替えなどを準備して、この都市に宿を取って滞在するつもりですので、何か聞きたいことが出てきたときは、いつでも声を掛けてください」

「十日もいるつもりか!」

 

 マオスが失望の声を上げたが、それは皆も同じ気持ちだろう。

 少なくともハーク王は同じだった。

 

「あと10隻ほど合流する予定です。それまでに回答があることを期待しています」

 

 男の後ろに広がる空間はもはや完全に男と従者のものだった。

 足下の赤い絨毯でさえ、すでに大半が男の占領地となり、王はさらに隅へと追い詰められていた。

 

「まだ増えるのか!」

 

 ミミネル将軍の声は失望より絶望の響きがあった。

 マオスも胸を反らすことも忘れて、尋ねる。

 

「け、結論が出なかったらどうなる?」

「なら艦隊をご覧ください。結論は自ずと出るでしょう」

 

 まもなく日が暮れるでしょうと告げるがごとく、男は淡々と告げた。

 

 王都まで攻撃を届かせるという巨大な軍船。

 天にそびえるような魔力を見せる男の従者

 両側の円柱も大きな玉座も、その前に立ちはだかる力はないようだ。

 衛兵はただ無言で虚空を見つめて直立し、臣下達は疲労で肩を落としている。

 

 役立たずどもが・・・

 

 ハーク王は唇を一文字に結び、ただ沈黙するしかなかった。

 

 






次回の更新は明日の予定です。
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