王はハッと気付く。
これは極秘の支援だ。答えるわけにはいかぬ。
臣下の列には「余計なことは話さないでください」という目で首を振っている者もいた。
「それは・・・言えぬ」
男が「あ、そう」とでもいうように軽く頷く。
部屋全体にのしかかる重たい空気。
それさえもこの男にとっては軽いのか。
「どこの国か教えていただければ、我らが話を付けに行きましょう」
淡々ととんでもない発言をする男に王は顔をしかめた。
こやつは何を言っている?
本当にそんなことができると思っているのか?
だが、男の両眼は、まるで獲物を視界に捉えた猛獣のようにこちらを狙っている。
その視線に焦りを感じた王の口は、さらに余計なことを口走る。
「借金があるのだ! 二国を征服し、亜人どもを殲滅し、奪った富で借金を返すつもりなのだ。このまま引き下がっては借金を返せぬ!」
その言葉が広間に悲しく響き渡ると、重臣達がサッと王に顔を向けた。
非難するような目は、同時に苦しげにも見える。
さきほど首を振ってきた臣下は、今度は「言ってしまったか」というように視線を落として首を振っている。
すでに自国だけで止められる段階にはない。
大きな背もたれの玉座も、赤い絨毯も、借金の鎖を断ち切る力はなく、それどころかむしろ自らも鎖となって王を縛り付けているのだ。
すると男は少し考えるように視線を落とし、すぐに戻した。
「なら連邦の保護国になってはいかがですか? 連邦政府が借金を一時的に負担しますよ。返済期限は相談に乗ります」
男は淡々とした口調で、商人のような言葉を述べる。
だがその内容は恐ろしいものだった。
保護国だと!
「属国になれと言うのか!」
王は声を荒げてしまう。
だが男は眉ひとつ動かさない。
「もちろん、無理にとは言いません。しかし、あなた方のいわゆる亜人の殲滅を始めれば、王国は消えることになるでしょう」
――王国は消えることになるでしょう。
滅亡を告げる言葉に沈黙が流れる。
赤い絨毯に立つ男の姿は、まるで臣下達の流す血を踏みしめ、王へとせまる刺客のようだった。
腕の形がよく見えない大きな袖から、暗器の影が飛び出し、自分の胸を貫く錯覚を覚え、体がこわばる。
重い空気の中、声を発したのは宰相マオスだった。
「では、亜人を殲滅しなければ良いのか? 奴隷にするなら殲滅することにはなるまい」
その言葉に誰かが同意する。
「なるほど、それは良い考えだ!」
すると男は眉をひそめた。
「ではその時は、その奴隷達を・・・」
いままでの淡々とした言葉がどこか揺れているように感じた。
これは動揺ではないか? こやつが初めて動揺しているぞ?
ハーク王が思わず身を乗り出した瞬間、それは起こった。
「ひいいいいいい」
突然、悲鳴が謁見の間を切り裂いた。男の発言も止まった。
ハーク王が振り返ると、長い白ひげの男が尻餅をついていた。
「ヤミレイよ、どうしたのだ」
王宮魔導師ヤミレイが両手を震わせ、杖を取り落としそうになりながら、男の方を凝視している。
白髪は汗で濡れ、肩は大きく上下している。
「こ、こ、この二人の魔力が・・・特に後ろの従者が・・・とてつもない魔力反応だっ・・・です!」
声が裏返り、途切れ途切れで、息も絶え絶えだ。
老いた体は震えながら、両腕で杖にしがみついている。務めを果たそうとしているのか、杖で体を支えて立ち上がろうとしているが、それがかなわない様子だ。その両眼は恐怖で見開かれており、恐怖で体がこわばっているようだ。
ヤミレイの言葉に王は意識を集中してみる。
すると、男とその従者の周りがわずかに光を発し、その光が上にそびえ立っている。それはまるで天へ伸びる光の円柱であり、同時に揺らめく炎でもあった。
ヤミレイはこれを見ているのだ。
今にも襲ってきそうだ。
ハーク王は、不吉な予感にたじろぐ。
だが王座の大きな背もたれが、それ以上下がることを許さなかった。
「なんだこれは・・・これほどの圧・・・なぜいままで気付かなかったのか」
「どういうわけか・・・感知できなかったが・・・突然・・・魔力が・・・」
ヤミレイは声を震わせながら説明しようと声を出すが、震えを押さえられない。
魔導師にとっては凄まじい光景に違いない。
王が男の方に顔を戻すと、男は光の炎の中で、不思議そうに従者に振り返ったので、王もつられて視線を移す。
従者が燃えていた。
燃え上がる光の炎を背に、鬼神のような形相でこちらを、いや、マオス宰相を睨み付けていた。
それに気付いたマオスが、引き攣るように顔をこわばらせ、一歩、また一歩と後退りしていく。
やがて従者は自分の主人の視線に気付くと、鬼神の形相をすっと消し、一度深く頭を下げた。
その仕草は勝手な行動を詫びるものに見えた。
「わたしのも停止したのか。まったく、君を連れてくるべきじゃなかったね」
男の淡々とした声に呆れの響きが混じっている。
どうやら従者の勝手な行動だったようだ。
貴様は自分の従者の監督もできないのか!
王はそう言いたかったが、何も言えない。
意識を集中すると、二人を包むゆらゆらと沸き立つような空気が見えるのだ。
普段、人の魔力を感じることなどないというのに、それがここまで感じるのだ。
圧倒的な魔力に、ハーク王は声も出ない。
「お、お前達は・・・まさか・・・光翼人なのか?」
ヤミレイが声を振り絞るように二人に問いかけた。
その言葉に王は、いや誰もが、恐怖の色を浮かべた。
「光翼人だと!」
「兵士を呼べ!」
「う、うろたえるな」
謁見の間は一瞬にして混乱に包まれた。
重臣達は恐怖の表情で後退り、衛兵たちは剣の柄に手をかける。
だが誰もが腰を抜かしたヤミレイの姿に目を奪われ、動かなくなってしまう。
そんな中、男は右手を腰に当て、何かをつかんでごそごそと動かし、声を上げた。
「探阻!」
すると圧力がわずかに減った。わずかだけ。
男は従者を一瞥し、淡々と命じる。
「ほら、ゲルもしなさい」
「かしこまりました。探阻!」
次の瞬間、謁見の間を覆っていた炎のような圧力が忽然と消えた。
光の柱は跡形もなく消え、広間は静まりかえる。
「反応が消えた・・・」
ヤミレイが震える声でつぶやき、胸に手を当てて息を吐く。その顔には安堵の色が浮かび、重臣達もそれを真似するように息を吐いた。
衛兵たちも姿勢を正し、謁見の間があるべき姿に戻っていった。
だが誰もが、胸の奥に残る恐怖を消せず、沈黙はなお重かった。
男がゆっくりと口を開いた。
「光翼人? とは種族の名前ですか? どのような種族なのですか?」
あまりに初歩的な質問に、謁見の間にどよめきが広がる。
「光翼人を知らないのかっ! かつて魔法帝国を築きっ、世界に君臨した種族をっ!」
震える足で立ち上がったばかりのヤミレイが怒鳴る。
その声は恐怖を振り払おうとする響きがあり、王を余計に不安にする。
光翼人を知らないとは、人類の歴史を知らないにもほどがあるだろ。
本当に人類ならな。
男はこちらを覗うように、物問いたげな目を向けている。
「それはつまり古代の魔法帝国のことでしょうか?」
「そうだっ! 知っているじゃないかっ!」
ヤミレイの声に、なぜか安堵の響きが混じっているが、王も同じく安堵していた。
どうやら何も知らないというわけではなかったようだ。
だが魔法帝国を知っているのに光翼人を知らないとは、どんな教育を受ければそうなるのか。
男の目には理解の色が見えた。
「そんな大昔のことはよく知りません。ただ、もし古代の魔法帝国が現れたときは、わがトルキナ連邦は敵対することになるでしょう」
男は憎たらしいほど淡々と答えた。
だがその言葉の意味は明白だった。
「つまり、お前たちは光翼人ではないということだな?」
「はい、連邦の種族構成は先ほど説明したとおりです。光翼人という種族は確認されていません」
淡々とした声が謁見の間に響くと、その場の空気が緩んだ。臣下たちも整列し、衛兵たちも構えを解いた。
「そうか。わかった」
ハーク王の声にも安堵がまじる。
完全に疑念が晴れたわけではなく、恐怖が再び顔を出しそうだ。
王座の背もたれに体を預けると、そこはいつものようにしっかりと王を支えている。だが両脇にある円柱は、この男から自分を守るつもりがないかのように、素知らぬ姿を見せていた。
「さきほどの部下の不手際を謝罪いたします」
男は一度頭を下げた。
「ですが、これでおわかりいただけたのではないでしょうか。連邦は多種族国家です。種族の違いを理由に不当な扱いをすれば、連邦市民は我が事のように感じ、王国を許さないでしょう。3億7千万の民が『犯罪国家を許すな』と声を上げるような事態になれば、王国は消えてしまいます」
男の言葉が静かに、容赦なく、広間に響き渡った。
ゴクリと誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。
しばしの沈黙の後、宰相マオスが、まるで何事も起きなかったかのように胸を張り、男に向き直った。
その姿に王は感心する。
さすが宰相マオス、すさまじい胆力である。
「では貴殿の要求について、話し合う必要があるため、時間がほしい。まだ何か話はあるか」
うまく平静を装っているが、さすがに声にかすかな動揺は隠せないか。
「あります」
まだ何か要求するつもりかっ!
重臣達は息を呑み、王は思わず不満を口に出しそうになったが、声は出ない。
先ほどの恐怖が、再び這い上がってきそうなのだ。
「近所に電波を発信していた場所があるようですが、王宮はそのことを把握しておられますか?」
その質問に重臣達が顔を見合わせた。互いに知らないというように首を振っている。
仕方がないので王自ら尋ねる。
「デンパとは何だ? そのようなモノは知らんぞ。誰か分かるか?」
王の言葉に再び皆が顔を見合わせるが、誰も答えない。
やはり誰も知らないようだ。
「どうやら心当たりがないようですね。こちらで該当の場所に確認しに行っても良いですか?」
待てよ? もしかすると列強と関係があるのか?
だとすると行かせるのはマズい!
王は背もたれから体を勢いよく起こす。
「待て! 先の列強かもしれぬ。すぐに確認できるから、待つが良い」
早速、文官の一人に確認に行かせると、マオスが問いかける。
「そのデンパとやらがどうかしたのか?」
「電波を使う人に興味があるのです」
男は淡々と答える。
「どんな興味か」
「それはまだハッキリとはわかりません」
広間が困惑に包まれる。
男の言葉はごまかしているようだが、口調にはごまかしの響きはない。
真実を隠しているのか。本当に分からないのか。誰も判断できずに不安だけが漂っていた。
文官はすぐに戻ってきて、報告した。
「例の方々も知らないとの事です。ただムーの商人ならあり得るとも」
報告を聞き王はわかったと頷く。
例の者達が知らぬなら問題ないだろう。
マオスが男に告げる。
「場所を教えてもらえないだろうか。我らの兵で見つけよう。何か分かったら知らせる」
すると男は少し考えるそぶりを見せて言った。
「そうは言っても地図で示せるわけではありませんので、場所が分かる者に案内させますよ」
そうなるとこの者の配下が嗅ぎ回ることになる。それは不服だが、仕方ない。
またあのようにされては敵わぬ。
重臣たちも互いに視線を交わしている。同じ不安を抱いているようだ。
「そうか。わかった。ではほかにはあるかね?」
マオスの表情も、もう終わらせたいという気持ちが見え隠れしている。
重臣達の表情にも疲れが見える。
だが男は疲れの色をかけらも見せない。
「そうですね。私どもは十日ほど滞在する予定です。わたしは一旦船に戻って着替えなどを準備して、この都市に宿を取って滞在するつもりですので、何か聞きたいことが出てきたときは、いつでも声を掛けてください」
「十日もいるつもりか!」
マオスが失望の声を上げたが、それは皆も同じ気持ちだろう。
少なくともハーク王は同じだった。
「あと10隻ほど合流する予定です。それまでに回答があることを期待しています」
男の後ろに広がる空間はもはや完全に男と従者のものだった。
足下の赤い絨毯でさえ、すでに大半が男の占領地となり、王はさらに隅へと追い詰められていた。
「まだ増えるのか!」
ミミネル将軍の声は失望より絶望の響きがあった。
マオスも胸を反らすことも忘れて、尋ねる。
「け、結論が出なかったらどうなる?」
「なら艦隊をご覧ください。結論は自ずと出るでしょう」
まもなく日が暮れるでしょうと告げるがごとく、男は淡々と告げた。
王都まで攻撃を届かせるという巨大な軍船。
天にそびえるような魔力を見せる男の従者
両側の円柱も大きな玉座も、その前に立ちはだかる力はないようだ。
衛兵はただ無言で虚空を見つめて直立し、臣下達は疲労で肩を落としている。
役立たずどもが・・・
ハーク王は唇を一文字に結び、ただ沈黙するしかなかった。
次回の更新は明日の予定です。