2月21日 未明 輪空母艦『銀鷹』 寝台室
男ノークのザド・ガアル一等兵は突然のサイレンに叩き起こされた。
「何だ? どうした?」
『総員! 配置につけ! 踏輪隊は第一級配備!』
これは大変だ。
「ドラゴンが来たのか?」「わからん」
そんな声が聞こえるなか、ザドはすぐに飛び起きて、服を着る。
「早くしろ! 行くぞ!」
「はい!」
部屋中の二段ベッドから皆が飛び起きている。
ザドもズボンをはいて、廊下に出ると、大勢が足早に向かっていた。
「食事は後だ! すぐに踏輪室へ行け!」
飯を食う時間もないのか。
狭い廊下の左半分を進んでいく。
扉が開いてる。皆次々に入っていく。
広い空間に出た。
ずらり座椅子と踏輪板と手すりが並んでいる。
所々仕切りで遮られているが、ここにノークが千人入る。
さらに同じ部屋が上階にもある。
「踏輪板と歯車の確認を済ませろ! 油を差しておけ!」
ザドは自分の持ち場に行く。油差しを掴み、油を差す。
そこら中に油の匂いがするが、いつものことだ。
よし。ちゃんとかみ合っている。
「いつでも動かせるように待機!」
座椅子に座り、踏輪板に足を掛ける。いつでも踏み出せる。
だが、開始の号令は来ない。
「来ませんね」
「確認中なんだろ。今のうちに点検を済ませるぞ」
「はい」
すると前方から声が響いた。
「各班の食事係は食堂に取りに行け!」
踏輪大隊の副隊長殿だ。
すぐに班員の一人が向かう。
その間にザドは手すりを雑巾で拭き、その手すりに取り付けられた台を拭く。この台は物を少し浮かせるためのものである。
やがて、食事が届いた。
ノーク用の大きなホットドッグである。
ホットドッグの名前の意味はわからないが、元々はニンゲン族の食べ物だったらしい。
順番に回ってきた盆からアルミのカップを一つ取り、魔法瓶から紅茶を注ぐ。
「現在、現地軍の船団が迫っている。攻撃の意志を確認中だと。いつでも発進できるようにしておけ!」
「ふぁい」
食べながらの返事になってしまった。
すると、音響盤から声が響いた。
『当艦発進。速度25。繰り返す。当艦発進。速度25』
なんだ。ゆっくりじゃないか。
ザドはホットドッグを咥えながら、座席に座り、片足に力を込める。
全力で踏む必要はない。
トン・・・トン・・・トン・・・トン・・・
太鼓の音が聞こえる。
右足、左足、右足、左足・・・
音に併せて踏輪板を踏んで漕いでいけばいいのだ。
よし。速度よし。
足を載せた踏輪板が回り始め、歯車を回転させる。この回転の力が歯車と鎖を伝わり、水中回扇を回し始める。
片手でホットドッグをつかんで食べていく。小さな台の上で浮遊している紅茶のカップをつかんで流し込む。
艦が動き始めた。
オレたち踏輪隊の力で動き始めた。
「今、作戦の連絡が来た。第2級配備だ。夜番のモンはもう行っていいぞ! 残りは順番に顔洗ってこい!」
前から声が響いた。
つまり全速力を出すことはない。夜番はもう仕事を終えて寝て良い。
残りは一人ずつ顔洗って、ついでに便所に行って来い。
そういう意味である。
ザド・ガアル一等兵は、両脚で交互に踏輪板を踏み、歯車を回した。
現地軍相手なら、加護が消えることもない。このまま命令どおりに板を踏んでいけば良い。
しばらく漕ぎ続けていると、遠くで砲声が聞こえた。
「砲撃だな」
うちの艦には関係ない。うちは空母だ。
北の港 ロウリア王国海軍基地
副将アデムは怒りに震えていた。
「奴らは亜人の集まりです! 大きな顔をされては堪りません! ここで叩いておくべきなのです!」
臨検した水兵も、周囲に近づいた水兵も、亜人どもを目撃している。
魔仗のようなもので武装している者もいたとも聞いた。
しかも一人や二人ではないという。
亜人の兵の集まり。
そんな奴らなど認めてはならないのだ!
港から見る海には大船団が広がり、沖合にいる亜人どもの艦隊に向けて確実に進んでいた。
「おっしゃるとおりです。ロデニウス大陸を制圧し、亜人どもを駆逐することこそ、王国の使命ですよ」
配下の兵も同調し、海を睨みつける。
「でも勝手なことをして大丈夫なのでしょうか?」
若い兵士が不安げに口を開いた。
この攻撃は大王様の命令ではないのである。
だがアデムは一蹴する。
「勝てば良いのです! 奴らを沈めてしまえば、大王様も目を覚ましてくださいます!」
噂では、大王様はあの亜人どもと国交を結ぶことを考えているという。
しかも隣国への侵攻を取りやめるかもしれないとも伝わってきた。
その噂を耳にしたときアデムは焦り、狂気に近い衝動に駆られていた。
亜人どもの国と付き合うなど到底認められない!
すでに王国に亜人はいない。
今さら亜人を認めて何になるというのか!
それでは自分たちの、いや王国のこれまでの全てを否定することになるではないか!
そうなれば王国の結束は失われてしまう。
「亜人どもはこの大陸に存在してはならないのです!」
アデムは断固とした口調で言い放った。
亜人を認めれば、王国は内部からほころび、崩壊してしまう。
それを食い止めるのは今をおいてない!
だがアデムが実力行使に踏み切った理由はそれだけではなかった。
アデムは東への侵攻を楽しみにしていたのである。
自分でもよくわからない衝動が、戦いを、いや殺戮と混乱を求めているのだ。
「竜騎士団です! 竜騎士団が来ました!」
「竜騎士団が加わってくれればこちらのものです。あと少しで、奴らの船に火を放ってくれるでしょう」
どうやら竜騎士団長のアルデバランが出撃要請に応じたようだ。
竜騎士団が来れば勝利は確実。
アデムの口元に笑みが浮かぶ。
「いくら大きな船でも火が付けば混乱します。そこに攻め込めば勝利は間違いなしです!」
アデムは勝利を確信し、満面の笑みを浮かべたその刹那だった。
ドン! ドン! ドン! ドン!
海の方から、巨人が太鼓を打ち鳴らしたような轟音が響き渡る。鳴り止まない連打に、皆が辺りを見回し、顔を見合わせる。
「な、何の音ですか!」
「や、奴らの船が煙を上げています!」
見張り台から声が飛んできた。
沖合の船団、その中の多数の船から煙がいくつも上がっていた。
出火したのか? いや、違う。
ボン! ボン! ボン! ボン!
今度は空から爆発音が連続して響き、空気を震わせた。
竜騎士団の群れに、赤い煙の花が次々と咲き乱れる。
ワイバーンたちが翼をもがれたように、パラパラと落下していく。
続いて青い煙、黄色の煙、色とりどりの煙の花が次々と空を覆っていった。
「ば・・・バカな!」
アデムは目を見開き、開いた口を閉じるのも忘れて、空を凝視した。
「ま・・・魔道兵器で?・・・でワイバーンを・・・狙っているというのですか!」
勝利の確信はすでに砕け散り、その顔には未知への恐怖が浮かんでいた。
トルキナ連邦第13軍 海軍団甲艦隊 軽対空艦『青鼠(せいそ)』 指揮所
「距離5千で目標群に命中。煙は青。目標群は散開し始めています」
報告の声に指揮所がどよめいた。
青い煙、それは『青鼠』の砲弾の証。
わが艦の20センチ軽対空砲が飛竜の群れを捉えたのだ。
「散開した広がりも扱いは同じだ。我らは右端だ。次を撃て」
「はっ!」
艦長を務める男パント、オロ・ギャルプス大佐は憤然と舌打ちした。
「ったく! 何が距離1万で砲撃せよだ!」
命令が下ったときには、すでに目標は距離2万を切っていた。
すでに遅すぎる。
作業員達は慌ただしく榴弾に照中板と近爆板を差し込み、魔力を流し込んだ。
照中板――照準命中の魔方陣を組み込んだ魔法板。多少のブレや波の揺れなどものともせずに、弾道を曲げて目標へと導く。ある程度の範囲のズレなら、命中させる魔法である。
近爆板――目標に接近したら爆発する魔法板。
砲弾には名刺大の金属製魔法板を差し込む場所が用意されている。
だが、これらはドラゴン戦では使えなかった。魔法を無効化するドラゴンには意味がないものだった。特に照中板は、使ったが最後、遠距離からでもねらったドラゴンに見つかってしまう。だからドラゴン以外の目標に使うとされていたものである。
当然、砲弾には魔法板を差し込んでいなかった。
命令を受けて慌てて差し込みと魔力注入を行うハメになった。これに時間がかかったのだった。
各砲に2発ずつ準備した。
成形炸薬弾を取り外し、100㎏を越える榴弾を次々と装填する。トルキナ人にとっては苦もない重量だが、時間は刻一刻と過ぎていく。
目標に照準を合わせた時は、すでに距離6000を切っていた。しかも艦は動き出し、加速していた。
そんな中でようやく放った砲弾――空に咲いた青い煙を確認したのだ。
すでに目標がかなり近い。近すぎると「照中板」の曲進では曲がりきれず、弾道は目標をはずれて飛び去ってしまう。
「目標群、二手に分かれました。低空と上空から接近してきます。速度上昇! 距離3000。数は・・・約200ずつ!」
どうやら敵も考えたようだ。
軽対空艦は16隻。各艦に12門。
理論上はもっとあの飛竜を減らせたはずだが、目標の割り振りの大雑把さ、準備の遅れ、照中板が初の実戦使用だったことに加え、各艦が準備でき次第撃ったために散発的な砲撃になり、散開を許してしまった。
「低空のを狙え! 次で砲撃を終えたら、銃撃に切り替えろ」
ギャルブス艦長の声が響くと、参謀が集音器を手に取り、命令を伝達する。
「陸軍団部隊に告ぐ。まもなく敵飛龍隊が距離一千を切る。次の砲撃の後、ただちに甲板に展開し銃撃せよ」
轟音が艦を揺らす。
砲撃である。
「今の砲撃で、魔法板を差し込んだ榴弾は撃ち切りました!」
用意できたのはこれだけだ。
「よし、銃撃開始!」
オロは不満を吹き飛ばすように声を張り上げた。
「砲撃終了! 砲撃終了! 陸軍団部隊は甲板に展開し、敵飛竜隊に銃撃せよ。繰り返す。陸軍団部隊は甲板に展開し、敵飛竜隊に銃撃せよ」
参謀が再び、集音器に命令を伝える。
警備兵として乗艦していた陸兵が一斉に甲板に飛び出していくのが艦橋からも見えた。
「銃撃で仕留められると良いんだが・・・」
オロは誰にも聞こえないように呟いた。
北の港沖上空 ロウリア王国竜騎士団
竜騎士団長アルデバランは自信に満ちていた。
副将アデムから要請を受けたとき、しめたと思った。
ここ数日、港の沖でデカい顔をしているヤツらを叩く口実ができたからだ。
ここでヤツらを叩いておけば、王都に漂う暗い不安の空気を晴らすことができるはずだ。
ついに敵船団を視界に捉えた。
「大きいな」
その巨大さに一瞬驚いくものの、勝利を確信する。
巨大な竜母の甲板には何もいない。敵のワイバーンはまだ眠っているに違いない。
確かに竜母は文明国が持つ先進的な軍船だ。
だが、いくら進んでいようが、ワイバーンが眠っていれば何の役にも立たない飾り物に過ぎない。
敵船団は西に向けて動き始めているが、ワイバーンならすぐに追いつく。
よし、船を炎上させれば勝利だ!
アルデバランが勝利を確信したその瞬間、敵船団から白い煙がいくつもあがった。
ん? なぜ煙が? いや湯気なのか?
「なんだ? 船が爆発したのか?」
次の瞬間、左翼で空が爆ぜた。
ひいっ!
耳をつんざく轟音。空気が震える衝撃。
アルデバランは一気に恐怖の感情に包まれ、体がすくむ。
「いったい何が・・・」
赤い煙が一気に迫り、視界が一瞬遮られるも、ワイバーンはすぐに通過して視界が晴れる。
さらに爆発
さらに衝撃。
赤い煙が幾重にも重なり、部下のワイバーンが次々と吹き飛んでいく。
恐怖で全身が硬くなる。
ワイバーンが混乱で体をよじらせ始め、アルデバランは無意識に手綱を操り落ち着かせる。
再び空が爆ぜる。
煌めく炎。広がる青い煙。
煙の青さは魔族の火である証。
異様な魔法、異様な攻撃、異様な敵。
こんな爆裂魔法を使う魔導師は魔族に魂を売ったに違いない。
くそっ!
大切な部下達が、団員達が次々と墜落していく・・・
あまりの惨状に、竜騎士団長は目を見開き、叫んだ。
「散開しろ! 散開だ!」
魔信を通して必死に命令を飛ばす。
『大勢やられましたっ! おそらく100ほど!』
「くそ!」
犠牲の多さに思考が働かず、動揺したまま叫ぶ。
「散開したまま低空と上空に分かれて接近だ!」
このままやられっぱなしでたまるか!
誇りある竜騎士団の火が、魔族の火に負けてたまるか!
「とにかく近づいて導力火炎弾を放ち、可能なら火炎放射で燃やしつくせ!」
何もしないまま撤退するわけにはいかない。
このままでは海軍の船団があの爆裂魔法の
よし、あと少しだ。
アルデバランは高度を上げたまま近づく。
だが再び、煙の束が敵船の上に舞い上がった。低空を飛ぶ騎士団の辺りで煙が広がり、自身の近くでも爆発が始まる。
「くそ! どれだけ魔導師がいるんだ!」
『上空隊、おそらく残り100騎。低空隊は20騎ほどが健在と思われます』
な・・・
健在の少なさに、犠牲の多さに、アルデバランは胸を締め付けられる。
まさか、こんなに犠牲を出すとはっ! 死んだ団員たちには申し訳ない!
そんな思いが怒りと焦燥に変わる。
「降下して火炎弾を放て! そしたらすぐに離脱しろ!」
それが精一杯だ。
魔道兵器を積んでいない船にねらいを定め、降下を開始する。すると隣を飛んでいたワイバーンの胸部がボン! と破裂した。副団長が叫ぶ間もなく、後ろに吹き飛ばされて墜落していく。
「なんだ? どうした?」
疑問が浮かぶ間もなく、銃声が響いた。
魔導銃だ!
敵は魔道銃を使っている!
このままではやられる!
「反対に回り込め!」
アルデバランの声に従い、竜騎士団は左舷から右舷へと旋回する。
魔道銃を持つ兵は左側に集中している。右から攻撃できる。
もう目の前だ!
「火炎弾発射!」
号令の
減速して首を伸ばし、直進を始める。
すると、船上の大小様々な亜人兵達が信じられない速さで船楼に入ってく。
しかし、残っている者もいる。
人間の男だ。
ん? あの男は弓矢を持っているのか?
よし、あの辺りを火だるまにしてやる。
準備を終えたワイバーンたちが一斉に導力火炎弾を放つ。
火炎弾が敵船の甲板に飛んでいく。
すぐに船楼や甲板に着弾し、そのまま燃え続けている。
よしっ!
火炎弾の火は簡単には消えない!
これでこの軍船も終わりだ!
アルデバランは心の中で自分に言い聞かせた。
だが、自分のワイバーンが放った火炎弾が、目標の弓兵に届いていない。
どういうことだ?
赤い火炎弾がいくつも、半透明の盾に阻まれている。その盾を持つ弓兵が無傷で踏ん張っていた。
魔法の盾で防いでいる!
「畜生!」
アルデバランは思わず悪態をついた。
なんで魔導師が弓兵なんかやってるんだ!
すると、船楼の扉がそこかしこで開き、中から亜人兵が勢いよくなだれ出てきた。
すぐに甲板の炎に向かって呪文を唱える者、魔導銃を構える者がいた。
再び銃声が響き始め、また近くのワイバーンが打ち抜かれて落下していく。
「撤退だ! 全員撤退!」
アルデバランは叫んだ。
これ以上の攻撃は不可能だった。
またワイバーンがはじけて落ちていく。
竜騎士団は潰走した。
陸に向かって必死に逃げた。
誇り高き竜騎士団はもはや敗残兵にすぎなかった。
王都のワイバーン飛行場に戻ると、すぐにアルデバランは叫んだ。
「何騎残った!」
「35騎です!」
竜騎士の一人が答えた。
その言葉にアルデバランの全身が凍りつくように固まる。
出発前は500騎だった。だが帰還したのは35騎だった。
「栄光ある竜騎士団が・・・壊滅ではないか」
声が震える。
炎と煙に包まれ、散っていった部下達はもう戻らない。
ついさっきまで皆生きていたというのに。
これではもう王都の空を守れない。
空はもう竜騎士団のものではなくなった。
「わたしの・・・せいか・・・わたしは・・・間違えたのか・・・」
魔導兵器をあれほど大量に使う相手だったとは。
自分の無知が騎士団の終焉を招いてしまった。
アルデバランは膝を折り、後悔と悲しみに打ちひしがれるのであった。
最初のザド・ガアル一等兵の話は読み飛ばしてもストーリーには何の関係もありませんが、この艦隊を動かしている様子を描いてみたくて、つい書いてしまいました。
次回の更新は明日の予定です。