トルキナ連邦召喚   作:mogatoku

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16 黒影

 

 

北の港沖 ロウリア王国海軍 旗艦

 

 

「ホエイル副海将! 奴らがこちらに向かってきます!」

 

 見張りの報告にホエイルは前方に目をやった。確かに離れていったはずの敵船団が大きくなっている。

 

「逃げておけばいいものを・・・わざわざやられに来たか」

 

 ニヤリと口元に笑みが浮かぶ。

 

「しかし、竜騎士団は撤退したようです。敵は魔道兵器を持っています」

 

 遠くで響く轟音が、確かに魔導兵器の存在を告げていた。

 だがホエイルは鼻で笑う。

 

「こちらは千隻の船団だ。たかが28隻に何ができる。数で押しつぶせば終わりだ」

 

 数の優位に任せて、乗り込んでしまえば勝利はこちらのものだ。。

 ホエイルは勝利を確信していた。

 

「敵船、二隻が前に出てきました。距離4000ほどです!」

「まだまだ離れている。魔道兵器を警戒せよ」

 

 その時、沖を見ていた幹部の一人が声を上げた。

 

「ん? なんだあれは」

 

 すると見張り台から声が響いた。

 

「二隻の巨大船から、虫の大群のようなものが飛び立っています!」

 

 ホエイルは敵船の方向を凝視する。

 確かに何かが見えた。

 空に舞い上がり、煙のように広がる黒い影。

 それは数百、数千にも及ぶ何かの群れであった。

 

「なんだ・・・あれは・・・」

 

 ホエイルは背筋に冷たい物が走り、鳥肌が立つ。不吉な予感が胸の奥からせり上がる。

 

「こちらに向かってきます!」

 

 見張りの叫びが船に響き渡る。

 いったい何の群れだと言うんだ!

 

「敵兵です! 数えきれません。距離もよくわかりません! 飛んできます!」

 

 ホエイルの目にも、さっきまで虫の群れにしか見えなかった影が、次第に兵士の大軍に変わりつつあった。

 空を埋め尽くす人影。

 兵士そのものが群れをなして飛んでいた。

 

「そういえば、敵の兵士が飛んできたから矢で追い払った、という報告があったな・・・寝ぼけているのかと叱責したが・・・」

 

 あの報告は事実だったのか!

 ワイバーンを使わずに兵士が飛んでいる。そんな魔法があるなど聞いたことがない。

 

「魔力反応がありません!」

 

 魔道士の報告が響く。

 

「魔力反応がない・・・? どういうことだ・・・あれは魔法じゃないのか?」

 

 魔法じゃないなら、どうやって飛んでいるんだ!

 不可解な事実に、ホエイルは思考が混乱する。

 

「くそ! 近づいてきたら矢を放て」

 

 空を飛ぼうと亜人は亜人だ。矢で貫けばいいはずだ。

 命令は魔信で各船に伝えられた。

 

 次第に敵兵の姿はハッキリと見えてきた。

 片手に剣を握り、矢や盾は持っていない。鎧も軽装だ。飛ぶのに邪魔なのかもしれない。

 

 先端の船で矢が放たれ、バリスタの矢も飛んでいる。

 だが空飛ぶ大軍相手に戦果を上げているようには見えない。

 敵兵は次々と軍船に乗り込み、突入していく。

 

「何をしている。撃ち落とせ!」

 

 幹部の怒声が響く。ホエイルが空を見渡すと、この船にも敵兵が迫っている。

 

「矢を放て」

 

 隊長の命令が響き、兵士達が一斉に矢を放つ。矢は敵兵に向かっていく・・だが直前で弾かれ、次々と落下していく。

 

「矢が当たりません!」

「矢を防ぐ魔法のようです!」

 

 兵士たちの叫びが甲板に響いた。

 矢もバリスタも虚しく飛び交う中、敵兵は次々と船団に降り立つ。

 海軍はそれを防ぐことができない。

 

 ついに船の先端に敵兵が降り立った。

 

 ドワーフ二人――その姿は小柄ながらも、異様な迫力を放っていた。

 

「亜人どもを始末しろ!」

 

 兵士達が一斉に襲いかかる。

 するとドワーフ二名が短い剣を風のように振るった。

 兵士の腕が宙に跳び、剣とともに甲板に落ちた。

 素速い動きと巧みな剣捌き。

 

「ぎゃああ」

「腕がああ!」

 

 また一本、また一本と剣が音を立てて甲板に落ち、腕が転がり、血がまき散らされていく。

 

 ――なっ! 何だ?

 

「うがあああ!」

「ひいいいいい!」

 

 兵士達の悲鳴が響き渡る。ドワーフ兵の動きが速すぎるのだ。

 

 ――馬鹿な! 王国海軍の兵士たちが亜人如きに劣るというのか!

 

 兵士達の剣は空を切り、すぐに落とされた。

 血がそこら中に広がっている。

 

 ――こんなことがあって良いはずがない。

 

「武器を捨てて降伏しろ! 抵抗する者は腕を切り落とすぞ!」

 

 怒声が甲板に鳴り響く。

 兵士たちが体を引いた。みな恐怖で顔が引き攣っている。怯んでいるのだ。

 

「何をしている! はやく亜人どもを殺せ!」

 

 ホエイル副海将は必死に声を張り上げた。

 

 亜人どもに負けるなどあってはならない。

 我々は亜人を殲滅する使命を負っているのだ!

 

 だが現実は容赦してくれなかった。

 水兵達が突撃しても、結果は同じ。悲鳴と共に腕が飛び、血がほとばしる。

 20人が戦闘不能となったところで、だれも剣を振るわなくなった。

 みな恐怖の表情を浮かべて一歩も前に踏み出そうとしない。

 

「武器を捨てろ! 武器を持ってる腕を切り落とす!」

 

 命令に怯えた兵士たちが慌てて武器を放り出している。

 ドワーフ兵の一人が大きな革袋に武器を放り込み、さらに要求する。

 

「鞘も渡せ!」

 

 兵士達が腰から鞘を外していく。

 

 ば、馬鹿な・・・

 

 ホエイルはしばし呆然と眺めていたが、すぐに我に返る。

 

 はっ! このままではいかん! 亜人に負けるなどあってはならん!

 

 すぐさま抵抗をあきらめた兵士たちに怒鳴る。

 

「お前たち! 戦え! 命令だぞ!」

 

 ホエイルの声にドワーフ兵が視線を向けてきた。

 

「あんたが船長か?」

 

 亜人の分際で生意気な口をきくとは!

 

「わたしは副海将だ! お前のような亜人が口をきける身分の者ではない!」

 

 ホエイルは亜人に臆することなく、堂々とした態度を崩さなかった。

 だが亜人は無礼にもホエイルを無視し、甲板を見渡して怒鳴った。

 

「船長はどこだ!」

「わたしだ」

 

 船長が名乗り出る。

 

「抵抗をやめて降伏するか。しないなら腕を・・・」

「降伏する! これ以上を傷つけないでくれ!」

 

 船長は哀願するように声をあげた。

 すると奇妙なことが起きた。

 船長を脅していたドワーフが剣を一振りしてから鞘にしまい、姿勢を正して右手を自分の顔の上にかざしたのだ。

 今まで兵士達の腕を切り落としていた野蛮な亜人が、まるで列強国の兵士のような敬礼をしたのである。

 しかも降伏した船長に。

 

 突然の意外な光景に皆が唖然としている。

 ホエイルもどう考えて良いのか分からずに、見つめてしまった。

 

「では船長とその配下達は捕虜として扱いますぜ」

 

 だがドワーフは気にする素振りも見せずに船長にそう言い、兵士達に向き直った。

 

「腕を切り落とされたモンは、自分の腕を大切に持っておけ! 運が良ければ元に戻してもらえるぞ! 運が良ければだがな! それと切り口の上を縛って血止めしておけ! 死んだモンは戻せないからな!」

 

 すると、もう一人のドワーフが腰に付けていた白い筒の紐を外した。旗だった。

 

「おい、そこの若いの! この船の旗を降ろして、代わりにこれを掲げろ! 早くしないとこの船に大男の大軍が押し寄せてくるぞ」

「わ、わかった」

 

 若い兵士が旗をつかんで、駆けていく。

 その様子にホエイルは我に返った。

 

 制圧の合図か!

 よりにもよってわたしのいる旗艦の旗を降ろすのか!

 

 ホエイルは再び声を荒げる。

 

「お前たち! 何をしている! 命令だ! 戦え!」

 

 だが兵士たちは動こうとしない。

 ただ恐怖に怯えた表情で目をそらしていた。

 命令が聞こえているはずなのに誰も動かない。副海将としての自分が消えていくような感覚を覚える。

 

 なぜわたしの命令に従わない! なぜ亜人と戦わない!

 これではアデムに合わせる顔がないではないか。

 

 降伏を受け入れた船長も、水兵達の情けない姿も、ホエイル副海将には受け入れがたかった。

 

 突然、ドワーフ兵が腰に下げた縄を取り出し、ホエイルを素速く縛り上げた。

 逃れる間もない、あっという間の出来事だった。

 

「な、何をする・・・ぐっ・・・離せ!」

 

 縄を振りほどこうともがくが、縄はきつく締め付けてくるだけだった。

 その時、上空から大きな声が鳴り響いた。

 

『撤退し始めた櫂船は追わなくて良い! 撤退を始めた櫂船は追うな!』

 

 あまりに大きな声に船長が呟いた。

 

「なんて大きな声だ」

 

 だがホエイルは別のことに驚いていた。

 

「撤退だと? 撤退命令は出してないぞ!!」

 

 誰にでもなく怒鳴った。

 だがホエイルが斜め後方に目を向けると、確かに逃げ出すように離れていく船が目に入った。

 

 副海将たる自分がここにいるというのに、もはや誰も気にしないというのか!

 どいつもこいつも! 情けないやつらめ!

 

『制圧部隊は命令があるまでそのまま待機。船長より上の将官級を捕まえた者は声を掛けろ!』

 

 すぐにドワーフ兵が上に向かって声を上げる。

 

「おーい! ここに副海将ってのがいますぜー!」

『わかった。今行く』

 

 人間の男が二名乗り込んできた。やはり軽装の鎧を着ていたが、鎧の胸に星のマークが付いていた。

 さらに人間とドワーフ、オークのように大きい亜人、ドワーフより小さい亜人、そしてゴブリンが・・・次々と甲板に降り立った。

 

「あ、亜人兵・・・」

「大隊長。この男です」

 

 ドワーフ兵が指を差した。

 

「あなたが副海将ですか」

 

 大隊長と呼ばれた男が話しかけてきた。

 

「ああそうだ」

 

 ホエイルは縛られてはいるが、威厳を失わないようにしようと務める。

 

「捕縛されているということは、降伏していないのですか」

 

 男が訝しげな表情で尋ねてきた。

 

「ああ。亜人に降伏するくらいなら死んだ方がマシだ!」

 

 吐き捨てるように言ってやると、男が困惑の表情を浮かべた。

 

「亜人? 亜人とは何ですか? わたしたちのことですか?」

 

 こいつは亜人も知らないのか?

 

「貴様は人間か?」

「わたしの登録種族はニンゲンです」

 

 男の返事にホエイルは安堵を覚える。

 

「そうか、なら貴様のことではない。亜人とは汚らわしいドワーフやエルフ、獣人どものことだ。人間にとって害虫でしかない奴らだ」

 

 すると男の表情が険しくなった。

 

「さては差別主義者だな。おい! この副海将殿を本艦に連れて行け!」

「なんだと! なぜ人間の貴様が亜人の味方をする!」

 

 ロウリアには亜人の味方をする者などいない。少なくとも表立っては。

 

「はっ!」

 

 ドワーフ兵が返事をしたため、副海将は「亜人が触るな!」と抵抗したが、縄を掴むドワーフ兵の力を振り払うことはできなかった。

 

 くそ! なんて力だ!

 

 次の瞬間、ドワーフ兵は宙に舞い上がる。ホエイルを下げたまま。

 と、飛んだ!

 

「ひいっっ」

 

 数メートルも上昇すると、落下の恐怖に悲鳴を上げてしまう。

 

「おとなしくしないと落ちるぞ」

 

 右隣を飛んでいる人間の兵士が冷淡な声で脅す。

 亜人の仲間に成り下がる人間がいることがホエイルには受け入れがたい。

 

 くそっ! よりにもよって亜人に縛られ、吊り下げられて運ばれるとは!

 

 ホエイル副海将は落下の恐怖と亜人に捕縛される恥辱に唇を震わせながら、ただ運ばれていくしかなかった。

 

 

 

北の港 海軍基地

 

 

「次々と海軍旗が降ろされていきます。すでに凡そ300隻!」

 

 報告の声に、指揮のために用意した部屋の空気が凍り付く。

 

「な・・・ど、どうして・・・」

 

 アデムは声を詰まらせた。

 

 竜騎士団が撤退したと聞いたときは驚いたが、まだ千隻の軍船がある。

 魔導砲でいくらか沈められても、乗り込んでしまえばこちらのもの。

 そう思っていたというのに。

 

「空飛ぶ敵兵が次々と乗り込んでいます! 痩せたオークみたいな大男です。緑色の顔した小さい体の兵も見えます!」

 

 その報告にアデムは思わず呟く。

 

「・・・オーク・・・ゴブリン・・・」

 

 度重なる敗報に、アデムの背中は冷たい汗で服が張り付いてしまっている。

 

「まさか伝説の魔王軍の残党に子孫がいて、国を作っていたとでもいうのですか・・・」

 

 亜人どもはただの亜人どもではなかった。

 

「大変です! ホエイル副海将が捕らえられて、連れて行かれたのを見たと報告が!」

「ホエイル副海将まで・・・」

 

 その時、背後に重い足音が近づいてきた。

 振り返ると王宮にいるはずの将軍が数名の兵を従えて立っていた。

 アデムはその名を呼んだ。

 

「スマーク将軍!」

「副将アデム、王命により拘束する!」

「だ、大王様が?」

 

 亜人どもを蹴散らし、大王様に目を覚ましていただく計画が失敗したことを告げる言葉だった。

 

「なお、指揮はわたしが引き継ぐ!」

「ば、馬鹿な! 私は王国のためを思って・・・」

 

 言い終える前に両腕を掴まれ、縄で縛られる。

 それまで付き従っていた者も王命には逆らえず、目を背けて誰も庇おうとしない。

 

「全軍に撤退命令を出せ!」

「はっ」

 

 スマーク将軍の撤退命令を耳にしながら、敗北の衝撃と屈辱に震える。

 

 王国のために尽くした自分がなぜ縛られるのか!

 

「王国を守るためだったのです!」

 

 だが、誰もがアデムから目をそらす。

 敗軍の将とはこういうものなのか・・・

 アデムは抵抗する力もむなしく、そのまま連行されていくのであった。

 





次回の更新は夕方の予定です。
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