中央暦1639年2月21日朝 ロウリア王国 王都 ジン・ハーク
ハーク城 国王執務室
王が執務室に入るやいなや、パタジン将軍が駆け込んできた。
「申し上げます! 軍の一部が、トルキナ連邦の艦隊を襲撃し、反撃を受けています!」
「なんだと! どういうことだ! 聞いてないぞ!」
王の怒声が執務室を震わせた!
なぜ余の命令もなく戦いを始めるのだ!
今は耐える時ではないか!
「アデム副将が攻撃命令を出し、ホエイル副海将が同調。千隻の軍船で襲撃しました!」
アデムのヤツめ! 勝手なことを!
将軍はさらに続ける。
「竜騎士団500騎も同時に攻め込みましたが、いまだに一隻も落とせずにいるようです。逆にこちらの軍船が制圧され始めています。竜騎士もすでに多くが撃ち落とされた模様です」
王は歯を食いしばる。
やはり歯が立たぬか・・・!
あの男の静かな自信に満ちた態度を見たときから、嫌な予感はしていた。
それにあの魔力!
王国一の魔道士であるヤミレイが腰を抜かし、動けなくなるほどの相手だぞ!
そんなヤツらになぜ戦いを挑むのだ!
「すぐに攻撃停止と撤退命令を出せ!」
「はっ!」
王は執務机に拳を叩きつけた。
このままではまずい。巨大な軍船から王都に攻撃を撃ち込まれてしまう。
王国存亡の危機だ。
立ち上がり出て行こうとする将軍に再び命じる。
「待て! アデムを拘束し、スマークに指揮を執らせろ!」
「はっ!」
将軍が退出すると、入れ替わりに文官が駆け込んできた。
「失礼します!」
今度はなんだ?
「トルキナ連邦のコウ・ジロー殿が来ています。大王様と緊急に話をしたいと申しております」
襲撃の件だな。もう来たのか。
いったい何と言えばいいのか。
だが会わなくては、王国は終わりだ。
その時ふと王は思いついた。
ヤツがここにいる限り、ここは攻撃されないはずだ。ヤツが味方から嫌われていなければいいのだが。
ジローが味方から嫌われてたら攻撃されてしまうなどと考えて、さすがにそれはないと思いなおす。
「わかった。謁見の間に通せ」
王は命じつつ、考える。
とりあえずヤツをここにとどめて攻撃を防がなくては。
謁見の間
王が謁見の間に入ると、すでに男が従者とともに玉座の前で立っていた。
従者は初日のあの化け物みたいな魔力を持つ男ではない。
同じような体格だが、年増の女である。
男はあの後も一度やって来たが、その時はこの女従者が一緒であった。
身に纏う服は白く艶やかで、それでいて前の従者と同じような、列強の兵士を思わせるものだった。
「緊急事態なので挨拶は省略します。現在進行中の攻撃を直ちに止めることを求めます!」
男は慇懃ながらも険しい口調でそう言った。謁見の間に緊張が走る。
やはりそうか、と王は思った。
「こちらはあなた方の兵をなるべく殺さずに無力化するよう指示してありますが、手加減にも限度があります。そちらの兵士達の差別的な発言に、わが連邦軍の兵士達がいつまでガマンできるか分かりませんよ」
その表情は、前回の謁見の時とは違い、険しさを帯びている。
王は奥歯を噛みしめ、動揺を見せまいとする。
「いま攻撃停止と撤退命令を出すよう指示したところだ。指揮官の拘束命令を出した。じきに攻撃がやむはずだ」
早口になってしまったが、そう告げると男の表情が和らいだ。
「それは良かった。それにしても我が軍に攻撃してくるとは、どういうつもりなのですか?」
口調も厳しさが和らいでいる。
「軍の一部が暴走したようだ。原因はこれから調べる」
自分が命じたわけではないと告げると、男の目が鋭く光った。
「種族蔑視が原因ですか?」
口調は穏やかだが鋭く、謁見の間の空気が張り詰める。
「調査して判断する」
王は短く答えた。
まず間違いないだろう。だが、いまそれを言う必要はない。
ん? この男は手加減と言ったか?
「ところで、本当に手加減したのか?」
王は疑念を隠さずに問いただした。
「本当ですよ。連邦軍が本気を出せば、王国の兵士たちは皆殺しになるでしょう。ただ、飛竜隊の多くを殺害してしまいました。飛竜を殺さずに無力化するための手段など持ち合わせていませんでしたので、やむを得なかったのです」
ジローの声は残念そうな響きを帯びていたが、その表情は依然として厳しい。
飛竜隊・・・竜騎士団のことか・・・
竜騎士団には手加減できなかったが、海軍には手加減したというのか。
「なぜ手加減する?」
王はなおも疑念を抱いた。攻め込む口実にしないのか?
「わたしがそう命じたからですよ」
「なぜ、命じたのかを訊いているのだ」
男は一瞬、王を見据えて、静かに答えた。
「先日は諜報員の件で、こちらに配慮していただきました。おかげで多くの貴重な情報を得ることができました。そのお返しをかねて、そちらに配慮しているのです。連邦軍が充分に強いからこそできる芸当ですね」
手加減できるからする――それは王にとって屈辱であり、恐怖でもあった。
だがハーク王が訊いてるのはそういうことではない。。
「これを口実に攻めてこないのか? それともできないのか?」
できないのではないか?
男は淡々と答えた。
「征服ならできますよ。して欲しいのですか?」
「なっ!」
やぶ蛇だったか!
王は慌てて否定する。
「いや、して欲しくはない。だが配下の暴走とは言え、こちらから手を出した。攻め込む口実になるのではないか?」
もしかして王国を占領する力がないのではないか?
「王国がこのまま戦い続けるならば、占領もあり得ます。でも、王国はそれどころではないのでは?」
それどころではないだと?
王は眉をひそめる。
「どういうことだ」
するとジローが何かを宣言でもするような口調で告げた。
「グラ・バルカス帝国ですよ。王国を征服するつもりです」
その名前を聞いた瞬間、王の脳裏に先日の報告がよみがえる。
王都に紛れ込んでいた間者を捕らえ、吐かせた国名である。
だが、それがどうしたというのか。
王はまだ深刻に捉えていなかった。
「第二文明圏の新興国と聞く。ここまで攻めてくるなどあり得ん!」
声を荒げて否定する。
どれだけ離れていると思っている!
「そう考えている時点で、あなた方の滅亡は約束されていますね」
ジローが目を細め、品定めするように王を見ている。
その視線に、王は背中をつめたいものが流れていくのを感じた。
「なに! どういう・・・」
「捕らえた諜報員の話では、帝国軍は戦艦も航空母艦も潜水艦も持っているそうです。事実なら、ここまで船で来て、この王都を制圧するくらい訳ないでしょうね」
戦艦も航空母艦も潜水艦も、王にはわからなかったが、内心は強く揺さぶられた。
少なくとも、帝国はロウリア王国を征服できると言われたことは理解できたためだ。
「そ、そのような世迷い言、信じられぬ」
王は懸命に否定する。
「わたしは信じられますよ!」
男の口調が強まり、謁見の間の空気が重くなった。
「押収された彼らの武器や無線機、写真機などからも、彼らの戦力を推測できます。いいですか? 彼らの発展度合いはわがトルキナ連邦にかなり近いとわたしは判断しています。連邦政府も彼らが攻めてきた時に備えなければなりません」
つまり、グラ・バルカス帝国は強大だということか。
「お前たちでも勝てないのか?」
それほどの魔力を有しているお前たちでも。
「諜報員の話から判断するならば、負けることはありません。ただ、彼らがすべてを知っているわけではないと思います。もっと調べなくてはなりません」
断言はできない。
そういうことか。
王の胸に重苦しいものがのしかかる。
トルキナ連邦だけでも手に余るというのに、さらに別の強大な帝国がわが王国を狙っているとは・・・
厳しい現実を突きつけられ、王は思わず頭を抱えそうになる。だが男の目がじっと見ている。
王は威厳を保つために、必死に両拳を握り、堪えたのだった。
この後、午後にあらためて話し合うことが決まり、男はその場を立ち去った。
「申し上げます」
パタジン将軍が駆け込んできた。
「スマーク将軍がアデム副将を拘束。全軍に撤退命令を出しました。竜騎士団は敗退し、船団は撤退しました」
これでとりあえずはしのげるか。
ん?
「竜騎士団は敗退し、だと?」
「はい、スマーク将軍が撤退命令を出したときにはすでに敗退していました」
パタジン将軍が説明した。
竜騎士団500騎は空から急襲するつもりだったが、魔道兵器の攻撃で多くが撃ち落とされた。それでも接近し、敵船数隻に火炎弾をいくつも命中させ、火をつけたはずだが、海軍が見たところでは、燃え広がることなく消えた。
「帰還した竜騎士は団長のアルデバランを含めて35騎のみっ!」
パタジンが悲痛な声が謁見の間に響いた。
「全滅も同然ではないか・・・」
ハーク王はそこで言葉を失った。
栄えある王国竜騎士団が、たった一度の戦いで壊滅したのだ。
「海軍は接舷して乗り込むつもりでしたが、その前に敵兵が飛んできて、船に乗り込んできました」
「飛んできた・・・だと?」
王は目を見開いた。
「後衛にいた者の話では、飛んできた敵兵は人間だけではなく、ドワーフ、ドワーフより小柄な亜人、さらには人間よりも大きな亜人が混じっており、さながら伝説の魔王軍のようだったと」
ま、魔王軍・・・
王の背筋がさらに冷たくなる。
パタジンの話は続いた。
敵兵が乗り込んだ船はやがて櫂の動きが止まり、次々と制圧されていった。
撤退命令が出されなければ、どうなっていたかわからない。
「つまり敵兵に乗り込まれた船は簡単に制圧されたということだな」
「はっ。おそらく」
王は視線を落とす。
「まったく歯が立たないではないか・・・」
声が震えてしまう。
だがパタジン将軍はまっすぐに立ち、王に告げた。
「ですが今回戦ったのは、海軍のごく一部に過ぎません! 王国海軍はまもなく4千隻に届く大艦隊となります。今回制圧された数の10倍です! 全軍であたればこうはならないでしょう」
パタジン将軍の顔には必死の決意が見える。
その表情と言葉に、ハーク王の胸にわずかな光が差し込んだ。
「そうか・・・そうだな。そうに違いないっ」
崩れ落ちそうな感情の淵に立たたされている状況では、その光にすがろうとするのは無理もないことであった。
次回はジローの考えが明らかに・・・
次回の更新は明日の予定です。