1639年2月21日 午後 ハーク城 謁見の間
午後になり、謁見の間で戦後の話し合いが始まろうとしていた。
話し合いに臨むトルキナ連邦側の代表のコウ・ジローの背後には、護衛としてレオナ・バルト中将が控えている。
初日に随伴したゲルダエール・ローハン大将は、監査人の許可なく探知阻害魔法を解除した罰として、帰国するまで艦内で室内待機処分となっている。
いきなり探知阻害を外してドラゴンが来たらどうするつもりだったのか。
だがわたしも悪かったと反省してる。
変装したからといって、ニンゲン至上主義の国との交渉にエルフを随伴させるべきじゃなかった。
レオナ・バルト中将は淡色のニンゲンだから大丈夫だろう。昨日と今朝、護衛として随伴してここに来ているが、問題なく過ごしている。
ジローの眼前にある玉座にはハーク王が座り、その左右には宰相や将軍らが硬い表情で並んでいる。
その光景を前に、ジローは内心でため息をついていた。
――まったく。
王国に亜人殲滅の国策を取り下げてもらうために、こちらは砲艦外交を展開した。
相手が手を出す気を失うようにと、1個艦隊を増派してもらった。
どう見ても王国軍に勝ち目はない。普通ならわかりそうなものだ。
なのに、どうしてこうなるかなあ。
ジローは今回の襲撃を重く受け止めていた。
最初の謁見の時よりも強硬な姿勢で臨む必要を感じていた。
同じ過ちを繰り返させないようにしなくては。
「今回の襲撃についての原因究明と犯人の処罰、謝罪と賠償を要求します。軍の一部の暴発ということですが、どこまで分かっていますか? 説明してください」
強い口調で要求すると、王が口を開いた。
「王国軍の副将、海軍の副海将が結託して、起こした暴発であった。此度の不始末、国王として謝罪する・・・すまなかった」
この声は不機嫌そうで、その表情は済まなそうには見えなかった。
だがジローは気にしない。王の口から謝罪の言葉を引き出したことが重要なのだ。
「謝罪を受け入れるにあたり、今回の襲撃への賠償として、先日から要求している、あなたがたのいわゆる亜人殲滅方針の撤回に加えて、亜人差別制度の廃止、グラ・バルカス帝国の諜報員の引き渡し、北の港と王都の一部区画の引き渡し、さらに金貨一万枚を要求します!」
ジローは断固とした口調で言った。
「な! 要求が大きすぎるのではないか!」
宰相が声を荒げた。
王も問いただしてきた。
「占領と変わらぬではないか!」
まあそういう反応になるだろうな。
ジローは冷静に彼らの狼狽ぶりを観察した。
そして別の話を持ち出して、相手の余裕を奪う作戦をとることにした。
あんた達はそれどころではないはずだ、というように。
「要求が大きすぎるかどうかを話し合う前に、皆さんに話しておきたいことがあります」
部屋が静まりかえる。全員の視線がジローに集まった。
「グラ・バルカス帝国のことです。すでに国王陛下にもお話しいたしましたが、その時にいなかった顔も見受けますので、あらためて申し上げます。グラ・バルカス帝国はこの地の征服を企んでいると思われます」
臣下達が騒然となる。
「バカな!」
「第二文明圏の話ではないのか」
信じられないという表情が並ぶ。
やはり深刻に受け止めていなかったか、とジローは内心で嘆息した。
「捜査員が聞き出した内容から、当方の情報部職員が分析したところ、10年以内に攻めてくるのではないかとの予測が出ています」
ざわめきがさらに広がる。
これはあくまでジョン・コールダー情報監査員個人の判断であり、監査府情報部としても連邦軍としても、判断はこれからになる。
そもそも情報がまだ不足している。
だが充分に考えられる話だとジローは思う。
「な!」
「信じられん!」
「そんな話を信じろというのか!」
臣下たちが口々に反発する。
そこにジローの力強い声が響き渡る。
「わたしは信じていますよ!」
一気に静まりかえる広間。
ジローの両側に並ぶ臣下たちが、困惑の表情を浮かべる。
これは信じてもらう側であるのはずのジローが、まるで信じるかどうかを決める側であるかのように発言したためであった。
その逆転の構図に、臣下たちは意味が分からず、ただ言葉を失ったのである。
相手に「信じるかどうか」を選ばせずに、自分が「信じる」と断言することで、場の主導権を握る。
これはジローが得意とする説得術の一つであり、今この場でも効果を発揮していたのであった。
謁見の間には沈黙が流れ、王も臣下も、ジローの断言を否応なく受け止めざるを得なくなっていく。
「魔法を使用して聞き出した話です。少なくとも当人は事実だと思っている話です」
尋問魔法――問われた質問に必ず答えてしまう魔法。
人としての尊厳を損なう魔法であるため、連邦では原則として使用が禁止されている。
ただし、殺人未遂以上の容疑者に対してのみ、監査人の承認を得て使用することが、監査府には例外的に認められている。
使用許可期間は最初の使用から24時間のみ。
だから一人ずつ集中して事情聴取する必要があった。
連邦刑法には「犯行現場が邦外であっても、連邦市民に対する犯行のうち、以下に掲げる罪状については当該刑法を適用する」という主旨の条文があり、その「以下に掲げる罪状」の中に「殺人未遂」が含まれている。
このため、小銃と手榴弾を使用する動きを見せた二名の諜報員は、連邦刑法上の殺人未遂の容疑者となった。
つまり尋問魔法の対象となったのである。
「押収品からも帝国軍の実力を推測できますが、証言との食い違いは特にありません」
ジローは淡々と告げる。
押収された武器、無線機、写真機、暗号表――充分に証言を裏付けるものだ。
自分の生まれた世界の歴史から判断して、グラ・バルカス帝国の軍事力は大戦頃の各国の技術力を結集したような水準にある。
戦艦、航空母艦、潜水艦、自動小銃。
ただし論理回路と原子力の技術は知らないようだ。
ジローはグラ・バルカス帝国の軍事力をそのように判断していた。
「征服された国の民は強制的に働かされ、帝国の繁栄に役立たせてやるんだそうです。もちろん為政者であるあなた方の命はないでしょう。帝国にとって他国は蛮族に過ぎません。ロウリア王国は隣国との戦争などやめ、帝国の侵略に備えるべきではありませんか」
臣下の中には、ジローの話に困惑の色を浮かべる者、逆に気を引き締める表情を見せている者がいる。
「なら、なおさら二国を征服し、国力を増す必要があるではないか!」
王か挑むような表情で突っかかった。
「それにわが国は陸軍だけで60万の兵を集められる。今朝の戦いとて、海軍のほんの一部に過ぎない!」
60万かよ。
ジローはその数の凄まじさをすぐさま理解する。
確かにスゴい数だ。
連邦冒険者組合が多少冒険者を投じたところで、かなう数じゃない。
いくら加護のおかげで力が強くても、冒険者は軍じゃない。戦争は害獣狩りとは違う。
そもそも冒険者千人が参戦して辛勝したあの戦争だって、勝てたのは冒険者の力を戦術的に巧みに活用した知恵者の存在があったからだということが、後の調査で分かっている。冒険者を集めたから勝てたと言えるのかは微妙だ。
だからこそ余計に、ロウリア王国にはここで諦めてもらわなければならない。
理由はいくつもあるが、特に大きな理由がある。
いわゆる亜人殲滅は、それ自体が連邦の根幹を脅かすんだ。
連邦宣言に反するというだけじゃない。
多種族国家としての結束にヒビを入れかねない。
連邦にはクワ・トイネ公国を守って戦う理由がなくても、エルフやドワーフには同族を守って戦う理由がある。
彼らがロウリア王国のせいでニンゲンを憎み始めたら?
種族間に不信が生まれ、連邦そのものが分裂する恐れすら出てくる。
そうなったら目も当てられない。
そうならなかったとしても、冒険者達がクワ・トイネ公国を守りきれなければどうなる?
間違いなく市民達が「犯罪国家を許すな! 軍を投入しろ!」と騒ぎ始める。
だが保守府の長たる最高監査人としては「犯罪国家を許すな」という世論が盛り上がるのは避けたい。
盛り上がってしまえば無視するのは難しくなる。
国内世論が戦争の根拠になるような前例を作りたくない。
それに正義の戦争は甘美すぎる。その勝利の美酒は暴走を生みやすい。
暴走すると国家はどうなる? 破滅するしかない。
つまり、いずれにしても連邦を保守できなくなる恐れが出てくるんだ。
だったらどうすればいい?
ロウリア王国に亜人殲滅を諦めてもらうしかない!
――だからこそ、いまそれを成すんだ!
ジローはこの危機感を誰にも話してはいなかったが、実はクワ・トイネ公国で話を聞いたときからずっと抱き続けていた。だからこそロウリア国王との最初の謁見の時に、これまでの外交における慣例を大きく逸脱してでも、強く要求したのである。
こちらの強みは市民の持つ加護だ。
トルキナ連邦の市民には『等級の加護』がある。これはつまるところレベルアップのようなものだ。
無敵でも不死身でもないが、見せ札としては大きな強みだ。
ここでジローは今朝の報告を持ち出す。
「今朝の戦いでは、連邦軍はガレー船一隻につき兵士二人で簡単に制圧しました」
その言葉に、謁見の間は静まりかえる。
「そんな話、信じられるか!!」
ドジョウのような髭を生やした男が泣き叫ぶように怒鳴り、広間に小さくこだました。
彼は将軍の一人らしく、これまでの所、ジローの話に一番動揺してくれるので、ジローにとっては非常にありがたい存在でもある。
他の臣下たちの顔ぶれには、同調して睨む者も、固唾を呑んで見守る者もいた。
「こちらが捕虜を解放したら、その時にでも兵士達から話を聞いてください。それで事実がわかることでしょう」
赤毛の男が鋭い視線で睨み付けてくる。がっしりした体格の軍装の男だ。
立ち位置からすると彼はおそらく司令官クラスだろう。
その赤毛の男が口を開いた。
「ならどうしろというのか!」
「一番良い方法は、我が連邦の保護国になることです」
その言葉に、臣下たちがざわめく。
王が顔をしかめて、声を荒げる。
「それでは、帝国に征服されるのと変わらないではないかっ!」
ジローは説明を続ける。
「外交権を預けてもらい、納税してもらいます。その代わり、連邦軍は納税者のために命を賭けて戦いますよ」
保護国制度――保護を求める国を有償で助けるための仕組み。
外交権を預けさせるのは、連邦軍の軍事力を当てにして他国を挑発したり、勝手に戦争を始めたりしないようにするため。
保護国には金融機関も入るから、産業も発展する。
つまりロウリア王国は帝国に蹂躙されるよりずっとましな選択肢があるんだ。
ただし当人達が負担を負う覚悟をしっかりとしない限り続かない。
ジローはこの提案が聞き入れられるとはもちろん思っていない。
この話はあくまで見せ札、つまりブラフであった。
「貴国なら帝国に勝てるのか」
宰相の質問に答える代わりに、ジローは別の提案を持ち出す。
「どうもあなた方は連邦軍の実力をまだ理解できていないようですので、演示しましょう」
演示――連邦公用語でデモンストレーションを意味する言葉である。
「どうするのだ?」
王が眉をひそめる。
「まず皆さんには砲撃と爆撃を見てもらいます」
「なんだと・・・」
「その後、軍艦を見学してもらいます」
謁見の間がどよめく。
臣下たちが驚きの表情を見せている。のけぞるように驚いた者もいた。
王国軍のような古典装備の軍に勝ち目はない。そのことをハッキリと理解してもらう。
ジローはもう遠慮するつもりはなかった。
なかったが、全てを見せるつもりももちろんなかった。
謁見の間がざわついている。
「次に犯人の動機について訊きたいのですが」
動機を確認して、対策を取る必要がある。
「現在尋問している。じきに分かるだろうが・・・アデムは対亜人強硬派だった。動機はそのあたりだろうとは思っている」
王の声は低く、苦しげにも聞こえた。
ジローは頷く。
「差別主義者ということですか。なんなら、わたしの部下に尋問させましょうか」
「それはやめてくれ! アデムは王国軍の副将、機密を聞かれては困る!」
王の声には焦りと必死さが滲んでいる。
それは仕方ないか、とジローは納得する。
「ところで、あなた方は捕虜の返還を要求しないのですか? ホエイル副海将という者を捕縛していますし、万を超える兵士を捕虜としていますよ」
王が疑いの眼差しを向けてくる。
「要求したら返してくれるのか? 奴隷にしないのか?」
奴隷? 何を言ってるんだ? こっちはさっさと返還したいんだよ。
そんな考えはもちろん表情に出さず、淡々と説明する。
「連邦では奴隷は禁止されています。身体の一部を切断された数千人の兵士達ですが、こちらは彼らを治療する用意があります。切られた腕を元に戻せますよ」
臣下たちがどよめいた。
それを見てジローも思う。
わたしも驚いた。
無線で「腕を切り落として殺さずに制圧しましたっ!」という得意げな声を聞いた時は、思わず「はあ?」と聞き返してしまったよ。
殺さなければ何をしても良いって訳じゃないぞ、まったく。
戻せるから良いと思ったのかもしれないが・・・
連邦市民はさまざまな魔法と加護の恩恵を受けている。
だがこれは単に恵まれていたからではない。
各種族の魔法を持ち寄り、多くの人々が研究と努力を重ね、3世紀以上にわたり協力して築き上げてきた成果の結晶である。
これは多種族国家でなければできなかったし、近代国家でなければこれほどの成果は出せなかった。
まさに多種族近代国家の強みと言える。
その中に「戦技」とよばれる特殊な魔法がある。
戦技の中に「治癒術」があり、切断された腕を再びつなぎ合わせることができる。
治癒術は身につけるのが難しく、資格を要する。
この資格は民生省が定める厳格な試験と実地訓練を経て得られる。
治癒術士の資格を持つ隊員は連邦軍にも直轄軍にもいる。
欠損部分の再生もできるが、それをやると術士は1日に数人しか治癒できない。千人以上の治療に日数が掛かりすぎる。
なので捕虜には切られた自分の腕を保管するように指示してある、と聞いてる。
王国にはない技術であることも確認している。
この力を目の当たりにした兵士たちは、二度と連邦軍と戦おうとは思わないだろう。
思わないんじゃないかな。きっと・・・たぶん・・・おそらく・・・
ジローは心の中でそうつぶやきながら、玉座の王を見据えた。
「治療までしてくれるというのか・・・」
宰相が驚きの表情を見せている。
「先ほどの要求の受け入れに合意してくだされば、治療しますよ」
「ほ、保護国になれというのかっ!」
王が声を荒げる。その表情はかなり焦っている。
いや保護国の話はあくまでブラフだ。
ジローはすぐさま撤回する。
「保護国の提案は除外しましょう。原因究明、犯人の処罰、グラ・バルカス帝国諜報員の身柄の引き渡し、港と王都の一区画を連邦に提供した上で、国交を結ぶこと、それと金貨一万枚とします」
すると王は力が抜けたように肩を落とした。
「兵士の換えはいくらでもいるから、捕虜は好きに使ってくれ。その代わり王都の土地は・・・」
王がとんでもないことを口走る。
いや、捕虜なんかいらないから。いても困るし。それより監査府外務局の出先を建てるから土地を提供してほしいんだけど。
「噂が流れますよ。王国は僅かばかりの土地が惜しくて兵士達を見捨てたと」
ジローは釘を刺す。
「かまわぬ」
王の応えはそっけない。
こいつ・・・兵士を何だと思ってるんだ。
国王が兵士の命より土地を優先している。
これでは捕虜が交渉の材料にならない。
これはマズいな。さっさと演示に移ろう。
どうも相手の価値観をまだ把握し切れていないな。
ジローは自分の失敗に気付いた。
調査不足のまま交渉に臨んでしまったと。
「いまから向かえば、準備が完了している頃でしょう。城壁の外に砲撃しますので、見に行きましょう」
話の流れが自分の望まないものになりそうだったため、ジローは交渉を一旦打ち切り、連邦軍のデモンストレーションを先に済ませることにしたのであった。
王「捕虜は好きに使え」
ジロ「へ?」
異文化との交渉は思いどおりに進まないものです。
次回の更新は、本日中の予定です。