※2025.12.15 終盤のニムディスの演説を修正しました。
2時間後 王都ジン・ハーク 東側城壁
ハーク王は宰相らとともに王都東側の城壁の上に立っていた。
フードをかぶった男が三人、黙って列に加わっていたが、とくにジローには紹介しなかった。
「あそこに円錐が立っているのが見えますか?」
ジローが指差す方角に、何かが立っているのが見えた。
「あれはなんだ?」
「目印です。重対空艦から対空砲を一発撃ち、あそこに着弾させます」
「ばかな! 〈北の港〉までどれだけ離れていると思っているんだ」
近衛隊長のランドが強い不信の言葉を放った。
「60キロメートル弱ですね。さらに10キロメートル沿岸にいますから、70キロメートルほど離れたところから狙い撃ちます」
ジローは淡々と答えた。ランドの言葉がまるで単なる質問であったかのように。
「ありえぬ!」
それを見たランドがさらに強い口調で否定した。
だがジローが意に介さずに話を進める。
「では、いまから撃ちます」
城壁の誰もが、何が起こるのかと緊張の色を見せた。
「今、撃ちました。あの目印までおよそ180秒で届きます」
シローの言葉に、重臣たちが息を呑む。
ハーク王も固唾を呑んで待った。
そのまま待ち続ける。
まだ何も起きない。
フードの男の一人が懐から何かを取り出して、それを見ながらブツブツと何かを呟いている。
このまま何も起こらないのではないかと疑い始めた時だった。
閃光が煌めいた。
目印の辺りだ。
巨大な爆煙が勢いよく立ち上り始める。
灰色、いや黒い、不気味な煙。
続いて空気が顔を殴ってきた。
すぐに地響きが、轟音が城壁を震わせた。
――ひいいいい!
王は膝が震え、石壁に手をついた。
ハアハアゼエゼエ!
呼吸が浅く速くなってしまう。
これほどの力の前では、大王の威厳など砂粒も同じだ。
重臣たちも同じように体を強張らせ、顔を引きつらせている。
「こ、これでは城壁が役に立たないではないか・・・」
そう呟くパタジン将軍の赤毛が風で振り乱れている。
王はその言葉が耳に入らないかのように呆然とする。
「悪夢だ・・・」
パンドール将軍が自慢の髭もろとも、ヘナヘナとへたり込んだ。その目は巨大な煙を凝視している。
すると声が響いた。
「誰が爆発魔法も使えと言った! 榴弾なんだからそのままでいいのに!」
ジローが右耳を押さえて声を荒げている。魔信で話しているようだ。
魔信は見えないが、右手の中にあるのかもしれない。
「笑い事じゃないぞ! こっちには邦外人が並んでるんだ!」
いつも腹立たしいほどに冷静な男でも怒鳴ることがあるのか。
王は意外に思っていると、ジローがこちらに向き直った。
「今度は爆撃の番ですが、少々お待ちください」
そう言うと従者に顔を向けた。
「レオナ、煙と粉塵を吹き飛ばしてくれ」
「かしこまりました」
女の従者は短く答えると、ためらいもなく城壁から飛び立った。
その動きはあまりにも自然で、簡単にやってのけたため、ハーク王は一瞬、何が起きたのかわからなかった。
「飛んだ!」
「ホントに飛べるのか!」
臣下達が口々に叫んでいる。
王は驚愕のあまり声も出せず、ただ呆然とその光景を見つめていた。
レオナと呼ばれた女従者は空中で止まり、舞い上がる粉塵に向かって手をかざす。すると風が巻き起こり、煙と粉塵を吹き払っていく。
人が宙を飛び、風を操っているのだ。
「あ、あれくらいならウチの魔道士もできるだろ。ヤミレイ、そうだな?」
王は王宮主席魔道士に同意を求めた。
「そ、それは・・・煙を吹き飛ばすだけなら・・・はい・・・」
ヤミレイの返事は歯切れが悪く、声に力がない。
「どうした? ヤミレイ」
王が問い詰めると、ヤミレイは苦しげに答えた。
「その・・・あのように広範囲の風を吹かせるには三人は必要です。なのに、あの女は一人で、しかも宙に浮かびながら風を吹かせています。宙に浮かぶことだけでも信じられぬというのに、複数の魔法を同時に使用しているのです。わしには到底・・・叶わぬことです」
そう言ってヤミレイは視線を落とし、指先を震わせていた。
「そうか・・・」
王は言葉を失う。
この女もか・・・
初日に力を見せつけてきたあの従者の男は、あれ以来姿を見せていない。
だがあの従者が、ヤミレイが到底及ばぬほどの魔道士であることは、あの時からわかってはいた。
あの時、ヤミレイは腰を抜かして震えていた。王国最高の魔道士、王宮主席魔導師がだ。
あの時の恐怖と屈辱はまだ記憶に新しい。
そして今度はこの女従者だ。
――悔しい。
王は唇を噛みしめ、自分たちの無力さを噛みしめた。
気がつくと従者が戻っていた。煙も粉塵もすでに遠くに流れているのが見える。
信じられない魔法を見せた女従者は、特に得意げな表情を見せることもなく、平然としている。
「では、あちらを見てください」
ジローが上空を指し示す。
見上げると、飛行機械らしきものが浮かんで、いや飛んでいた。
聞き慣れない音が響いてきた。
「あれが今から爆弾を落とします」
しばらくすると飛行機械が体を下向きにして降りてきた。次に何かを放り出した、ように見えた。
すると先ほどとまったく同じ場所で閃光が走り、爆発が起きた。
威力は先ほどより小さかったが、再び煙と粉塵が吹き上がり、遅れて轟音が響き渡った。
ハーク王は呆然と見つめるしかなかった。
なんと言えばいいのか。言葉がない。
「魔道兵器がここまで届くことに驚けばいいのか、あの目印に命中させたことに驚けばいいのか、あの威力に驚けばいいのか、あの飛行機械に驚けばいいのかわからん」
ミミネル将軍が真っ青な顔でつぶやいた。
その言葉は、王の心を的確に代弁していた。
ふと視線を移すと、フードの男達も目を見開いて立ち尽くしている。口が開いているが、やはり声が出ないようだ。
「3時間もあれば、砲撃だけで王都全体を破壊できます。輪空機を100機も出せば、さらに短時間で破壊できます」
ジローが淡々と告げた。
初日にも同じような事を言われたが、その時とは違って聞こえた。
いままさにその力を見たのだ。
ひ、100騎だと・・・
あれが・・・100騎だと・・・
そんなことになれば王都は・・・
なんと恐ろしい奴らだ・・・
王は内心に絶望を刻み込んでいた。
「次に門の前の輪空機に乗ってください。艦隊までご案内しますので、移動しましょう」
ジローに促され、王都の東門の前まで馬車で移動すると、門外にそれはあった。
野次馬も何人か遠巻きに見ている。
「ずいぶんと大きいな」
王は思わずそう呟いた。
ワイバーンよりも大きい。
「これは少し大きめですが、艦載機なので輪空機としては小さい方です」
中に入ると椅子が並んでいた。指示された窓側の椅子に座り説明されたとおりにベルトを締めた。
すぐに浮かび上がって進み始める。窓の外を見ると翼の後ろに王都が見えた。
側近は皆絶句している。
しばらく景色を見ていると、すぐに海が見えた。あれは〈北の港〉か。
「あと2分ほどで着艦します」
徐々に海面が近づいている。下りつつあるのが分かる。
やがて海面がすぐ近くに見えてきた。
突然、急に止まるかのように前のめりになる力がかかったが、数秒でおさまった。
「では降りてください」
ジローの言葉と同時に扉が開いて、階段が降ろされた。
外に降りるとそこは巨大な船の甲板だった。
果てしなく広く、ちょっとした街が作れそうだ。
「この船は輪空母艦といいまして・・・」
ジローが説明を始めたが、ハーク・ロウリア34世の耳にはもう届いていなかった。
視線の先では大小の亜人どもが、テキパキとした様子でリンクウキを押し運んでいる。
なっ!
甲板ごと下に降りていくぞ!
こんな連中相手にどう戦えば良いのだ・・・
今朝の戦闘報告が脳裏に浮かぶ。
竜騎士団との戦いに、このリンクウキは出てこなかった。出す必要すらなかったのだ。
ワイバーンより速く、大きく、強いリンクウキ。
王は幻視した。
上空を飛び回るリンクウキの群れを。
尖塔が破壊され、王城が崩れ落ちる姿を。
逃げ惑う兵士達を。民の姿を。
ワイバーンが勝てないならあの爆弾をどうやって防ぐのか。
それに・・・竜騎士団はすでに壊滅してしまった・・・残るは東部で訓練している者達だけだ・・・
重臣たちに目をやると、パンドールが震えているのが目に入った。
ミミネルもパタジンも顔色を失っている。
「何もできぬ・・・」
王の両腕は力を失ってだらりと垂れ下がる。
糸が切れたように、逆らう意思すら失われていた。
このままジローの要求を拒み、連邦が牙をむいてきたら・・・
王国は・・・ひとたまりもない・・・
「マオスよ」
宰相に掛けた声は震え、威厳も消えている。
「はい」
「要求はすべて呑む。マオスが話を付けてくれ」
宰相マオスは特に驚いた表情は見せなかったが、わずかに意外そうな表情で王を見返した。
「よろしいのですか?」
王は奥歯を噛みしめ、唇をやや震わせて答えた。
「ジロー殿の気が変われば、我らは滅びるやもしれぬ」
その言葉に、マオスが神妙に頷いた。同意見のようだ。
「あの方々はどうしますか?」
マオスが目でフードの男達を示した。
「ジロー殿に教えてやれ。借金の件も相談せよ」
「仰せのままに」
宰相が深く頭を下げた。
その後、ロウリア王国の一団はひと通り船内を案内された。
格納庫に並ぶ輪空機の列を見たときは、皆の背筋が凍った。
見学の終わりにマオス宰相が「王国は要求を受け入れる」とジローに伝え、交渉は基本合意に達した。
さらに宰相の口からフードの男達の話が出て、当人たちはすぐに取り囲まれた。艦内で逃れようがないと悟ったのか、観念して素性を語り出した。
その話を聞いたジローは、妻であり同僚でもあるニムディスに彼らの身柄を預けた。
「つまり、次はわらわの番ということじゃな」
「そうだね。まかせようかな」
「ジローもご苦労じゃった」
「まだ楽観はできない。国は王だけで動いているわけじゃないし」
「そうか。ところで今日の仕事は終わりか?」
「いや、随行軍を賞賛するという役目がある。見事に襲撃を防いでくれたからね」
「そうじゃな。上に立つ者の務めじゃ。わらわにまかせよ」
ニムディスがちゃんと兵士達を褒めてくれると良いんだが・・・
そんなジローの心配をよそに、ニムディスは無線の集音器の前で演説した。
「・・・結果、ロウリア国王は種族差別制度の廃止に同意した。今日の戦いにおいて、連邦軍は力に驕らず、破壊ではなく、温情をもって、ロウリア王国に道理をもたらした。連邦は軍事力においてのみならず、精神の面においてもその優位を示したといえる! つまり、我らが『連邦宣言』の精神は、忌まわしき差別主義に対して――」
ニムディスは一拍、言葉を切った。
「――完全勝利を成し遂げたのじゃあっ! 連邦万歳!」
この言葉が艦内に響き渡った瞬間、一瞬の沈黙の後、艦内は割れんばかりの歓声に包まれた。
大小様々な兵士達が一斉に拳を突き上げた。ノークやドワーフ達は雄叫びを上げ、ノウブやパント達は口々に「連邦万歳!」と叫んだ。ニンゲンとエルフ達も歓声を上げた。
〈連邦市民は自由自律独立
義務教育で必ず暗唱させられる一節を思い出し、誰もが自分たちの戦いに、戦い方に“意味があった”ことを感じていた。
いや、兵士達を褒めてないし・・・
ジローの心配は当たったが、兵士達は誰もそんなこと気にしなかったため、心配はある意味、ハズレたのであった。
ロウリア王国との交渉はこれで一旦終わります。
次はフードの男達の国ですが、そこは第二章となります。
第一章はもう少しだけ続きます。
次回の更新は明日の予定です。