連邦暦395年 1月1日 中央時間16時過ぎ
トルキナ連邦 首都 園都 内閣府大会議室 緊急防衛会議
わし、勢太・ヨースは必死に頭を悩ませている。
緊急招集された防衛会議で執政人席に座ると、委員席にちらほらと空席が見受けられる。
元日で地元に戻っているなどして、まだ到着していない委員がいるためだ。
会議の空気がなんとなく落ち着かないのはそのためだろう。
先ほどから事態を説明してるのは、内閣府の補佐官をしている壮年の男パントだ。
『パント』とはかつて『ハーフリング』と呼ばれていた種族だ。
ただどうも「ハーフ」という言葉がよろしくなかったらしい。
だから現在では正式に『パント』と呼ばれている。
パント族は、慌てても落ち着いていても、仕事ぶりがあまり変わらない種族として知られている。
彼は短身族用の足台の上に立ち、各省から集められた情報をまとめて説明していた。
緊急閣議の後に判明した事実もたくさんあった。
深夜に突然星図が役に立たなくなったが、幸い年末正月休みだったため、船舶のほとんどが港を出ておらず、混乱がなくて済んだそうだ。
人工衛星がすべて通信途絶となった。
両端二島との間は電話回線のみならず、電音放送局・電像放送局共有の回線も通じなくなった。ただし無線は通じる。このことは各地の電音放送・電像放送で市民には周知しつつある。
軍の電網も両端二島からは切り離された。
さらに通信衛星回線も途絶えており、地上無線もしくは海上無線でしか通じない。
保護国にいたと思われる多数の市民連がなぜか両端二島の沖合で見つかり、多くが自力で陸に上がったが、残りは救助された。
すべての保護国と連絡が取れない。
連邦の首都であるここ園都では北にあるはずの太陽の位置が南に移動している。
南の3国全域で気温が急激に下がった。
水平線が遠くまで見えるようになった。
両端二島と中央四島との距離がかなり縮まってる。
各地の天体観測所で緯度を計測したところ、惑星がずっと大きくなった。
こうした報告をひととおり述べてから補佐官は言った。
「・・・以上により、『連邦の領土がまるごと異世界に転移した』という監査人閣下の仮説が正しいとの結論に達せざるを得ないと考えます」
「なんということだ・・」
わしは思わず声を漏らした。想定外の事態に驚きを隠せなかった。
わしの声は人の少ない会議室に響いたような気がした。
自分の任期中にドラゴン連を倒すことができたと喜んでいたら、これだ。
異常事態はせめて任期が終わってからにしてほしかった。
すでに自分は三期務めており、次の政党代表選挙には出馬しないのが慣例である。
今年の5月に党代表選挙、6月に党代表交代、7月には民議院選挙があり、新たな執政人が指名されるのだ。
あと半年くらい待って欲しかったぞ。
「ということだが、皆さんはどう考える?」
内心は不満が渦巻いていたが、それを表情に出さないようにしながら、出席者に問いかけた。
声色には出てしまったかもしれんが。
広い会議室に沈黙が落ちる。
咳払いすらせず、委員たちは視線を交わし、互いに発言を促してる。
わしの問いかけは、言葉以上に重かったらしい。
わしは執政人席に座ったまま、誰かが口を開くのをじっと待った。
「結論を出すのが早いんじゃないかしら」
濃色の肌の女ニンゲンが補佐官を窘めるような声を上げた。
民生省長官を務めるムーカ・クールマ執政官だ。
30回期代で初当選して以来『不老の加護』を受け、そのまま当選を繰り返しているため、若い容姿のままだ。
わしが彼女を民生省長官に指名したのは、その「守りの姿勢」が民の暮らしを預かる民生省に向いていると判断したからだ。
ちなみに『濃色・中色・淡色』とは肌の色を表現している。
「異世界転移とはあまりに途方もないわよ」
ムーカの言葉に、委員たちはざわめき始めた。
常識を越えた仮説を受け入れるには、確かに勇気がいるものだ。
補佐官が反論するように口を開いた。
「異世界転移には前例があります。皆さんもご存じのとおり紀元前150年頃に我々の先祖は別々の世界より転移してきました」
連邦で使用されている暦は連邦暦と呼ばれ、元老院設立の年をもって元年としている。今年は連邦暦395年。つまり紀元前150年頃とはだいたい540年程前の事だ。
わしも史実として知ってる。だが、こうして会議の場で持ち出されると、重みが違うな。
「ローハ歴ではその転移を元年としていましたし、その時転移してきた人たちの中には今も存命の方が・・・」
「わらわたちじゃな」
補佐官の説明に女の声が静かに割り込んだ。
会議室の視線が一点に注がれる。
淡色の肌に銀髪を後ろにまとめた女がそこにいた。
最高監査人の一人、ニムディス・オーレノン・コーワ。
彼女はエルデン族と呼ばれる長命の種族であり、まさに歴史の生きた証人だ。
『エルデン』はかつて「ハイエルフ」と呼ばれていたこともあったらしいが、この呼称はエルフから反発が上がったんだそうだ。エルデンが「ハイ」なら自分たちは「ロー」なのかと。
まあ「ハイ」も「ロー」もわしには意味不明な言葉だが、当時はまだ意味が分かる連中がいたんだな。
現在では『エルデン族』と呼ばれてる。
髪は銀髪、肌は淡色で、耳は人間より長く先が尖っているが、エルフとは角度と形が違う。頭全体の輪郭はどちらかというとムーカのような濃色のニンゲンに近い丸みがある。
「わらわたちエンドレナのエルデン。ゴンドーの草原エルフ。ローハの森エルフ。そして元老を長く務めたドワーフ連。これらは第一世代がまだ生きておる。他はジローやグリオナのような『以前からの不老の加護持ち』じゃな。ただあの時は二つの塔の周辺以外は土地の移動はなかったようじゃが」
エルデンもエルフも長命だ。
この『以前からの不老の加護持ち』の『以前』とは、連邦政府が『特別公職への不老の加護制度』を開始する以前という意味だ。
どういうわけだか加護を持っていたらしい。他にも何人かいる。
その連中もまた第一世代だ。
第一世代とは、540年ほど前に転移してきた世代のことだ。
その頃に一斉に転移が起こり、各地に各種族が各異世界から転移してきた。
土地自体が転移してきたのは南北それぞれの塔とその周辺だけで、それ以外は各種族が集団で転移してきた。
要するにトルキナ人は皆、異世界から転移してきた者か、その子孫というわけだ。
今起きていることが『前例のないものではない』ことを、わしは改めて思い知った。
「ここがもはやターラでないなら、この世界について調べていくしかあるまい」
疲れた表情でため息を吐きながら発言したのは、国土省長官を務めるコリン・ニーデル執政官。北ドワーフにしては痩せているため、その姿は余計に痛々しい。
『ターラ』とは惑星の呼び名だ。
通常、自分たちの住む惑星に名前を付けることはないらしい。
記録によれば、ローハに転移してきたニンゲン族は転移前の世界を「大地」「地球」と呼んでいたし、後にドレナと呼ばれる土地に来たエルデン族は「Kemen alta(大いなる土地)」と呼んでいた。
突然見知らぬ土地に転移した時、ドレナ人は同じ世界の遠い場所に飛ばされただけだと思い、その土地を「エンドレナ」と名付けたが、ローハ人は異世界に来たと気付いていた。
そしてかつての世界と区別するため、新たに住む世界(惑星)を『ターラ』と名付けた。
その後ローハ人とドレナ人はそれぞれ近隣種族を従え、ゴンドーで衝突、戦いを経た後に和睦し、一つの国となった。
それがトルキナ連邦の前身にあたるトルキナ帝国だ。
国名の由来は、ローハ王国のトール王と、エンドレナ女王国のカイエナ女王だと言われている。
二人は結婚して両者ともに皇帝となった。
以後、民は自分たちをトルキナ人と呼ぶようになったと。
だったら『トルキナ』ではなく『トールカイエナ』じゃないのか? と今でも思う。
それだと長いからかもしれんがな。
ん? 待てよ。
わしは連邦の成り立ちについて学んだことを思い出しながら、あることにふと思い至った。
さっそく出席している監査人の一人に尋ねる。
「ジロー閣下は『ローハの塔』の『問いかけの間』に入っていただけないだろうか?」
わしの言葉で視線が注がれるなか、そのジロー閣下が顎に手を当てた。
「ずっと入っていないから入れるかどうか判らない。入っても答えが返ってくるかどうか・・・でもそうだな、念のためローハの塔まで行き、入って問いかけてみよう。ひょっとすると何かしら答えが返ってくるかもしれない」
何度か頷きながら答えている。どうやら行ってくれそうだ。
「問いかけの間・・・そんなものがまだあったのか・・・」
誰ともなくつぶやく声が聞こえた。
あるに決まっとるだろ!
わしは内心でこっそり怒鳴った。
かつてトールは、ターラに転移して来てすぐに『ローハの塔』内の『問いかけの間』にて神々に問いかけたという。するとドラゴンの襲来に備えるようお告げがあり、人々を護るために国を建てた、という話は、トルキナ人であれば誰でも知ってる。
そして『問いかけの間』に入る資格を引き継いだのがジロー閣下だと聞いてる。
だからジロー閣下なら入って問いかけることができるんじゃないかと、思いついたわけだ。
ローハという名前はそのまま、共和国の名となった。
つまりローハ共和国には『ローハの塔』が現在もそびえ立っているのだ。
塔自体は監査府の管理下にあるが、ローハ共和国選出の代議士でもあるわしにとって、ローハの塔は故郷の象徴であり、それなりに詳しいのだ。
その塔が、今また異変の鍵を握るかもしれない――そう思うと、胸の奥がざわつく。
「ではすぐにお願いする」
わしは身を乗り出した。
ジロー閣下は顎を引き、異議を唱えた。
「すぐに・・・と言っても『ローハの塔』はここから七千キロも離れているから、すぐにという訳には行かない。防衛会議は明日もあるんだよね?」
確かに『ローハの塔』は園都から七千キロほど北にある。監査人は防衛会議に出席せねばならないが・・・
「監査人はニムディス殿下もおられるし、明日には他の二人も出席できるのではないか」
わしは強く要求した。
監査人は四名だが、いまは二名しか来ていない。他の二名は地元に戻っていたらしい。
「防衛会議は殿下に任せて、ジロー閣下は『問いかけの間』を優先していただきたい。遠いと言われるなら空軍機を準備させる」
さらにたたみかけた。『問いかけの間』で何かが分かるに違いないと思えてならなかったのだ。
「いや、監査府の専用機でいくよ。準備ができ次第、向かうことにしよう」
そう言ってジロー閣下は振り帰って後ろに控えていた側近に告げる。
承諾してくれたのだ。
「ジュリエット、ローハ塔の近くにある北塔空港に向かう。航空機の準備をしておいてくれ」
監査府の専用機より空軍機の方が断然速いが、乗り心地が悪い。それに乗せるとしても本人だけとなり、側近は乗せられない。それを嫌ったのだろうな。
「本日の防衛会議としての結論はどうするべきか」
わしがまとめに入ろうとした途端、議論は百出しはじめた。
さっきまでの沈黙はなんだったのか。まったくどうなっとるんだ。
「非常事態宣言を出すしかなかろう」
「市民連にはドラゴンの襲来と勘違いされるのでは?」
「連邦軍を各共和国に二個軍ずつ配置しておくべきではないか」
「各国司府には連絡を入れているの?」
『国司府』とは共和国の政府、つまり地方政府のことだ。
連邦は6つの共和国で構成されており、連邦政府が束ねている。
「正月休みで誰もいないところもありましてな」
「非常事態宣言を出せば否応なしに出てくるだろう」
「両端二島に旅行に行ってるモンはしばらく帰れないんじゃないか?」
「公務か帰宅に限り連邦軍の輸送艦にでも運ばせるべきだ」
「無線しか通じないなら、民間には使用制限を掛けた方が良いぞ」
「非常事態宣言は大げさじゃないかしら? 人命に関わる問題はまだ確認されていないわ」
「いや、保護国にいた市民連がまだ海に浮かんでいるかもしれんぞ」
皆、思い思いに考えを述べていた。
「両監査人はどう考えておられる?」
内務省長官北川誠二がジロー閣下を見た。ジロー閣下と同じ中色の肌だが、北川の方が色が濃い。
航空機の準備はまだのようだ。
「一種の災害と見なせば、非常事態宣言は必要だろうと思う。市民には異世界転移の可能性を伝え、今後の発表を待つように呼びかけた方が良いだろう。連邦軍は各共和国の防衛体制に移行し、不測の事態に備えるべきだ。ドラゴン襲来に匹敵する何かが起こるかもしれないからね。幸い、派遣軍はすべて帰還済みなので、万全の体制が組める」
わしも同意見であった。
ジロー閣下はさらに続けた。
「監査府は邦外がどうなっているのかを確かめる必要があるので、調査隊を四方に派遣していく必要があるだろうが、これは今日明日の話ではないな」
『邦外』とは文字どおり連邦の外のことだ。『外邦』とも言う。
邦外国のことは監査府の管轄だが、防衛のことを考えると、連邦軍に協力させる必要があるだろうな。
「非常事態宣言となれば、記者会見も必要じゃな」
ニムディス殿下が得意顔で付け足した。
何をわかりきったことを・・・とわしは思ったが、口には出さなかった。
その後も皆が思い思いに声を上げた。
非常事態宣言の是非、軍の配置、市民への周知、旅行者の扱い――議論は収拾がつかない。
わしは執政人席に深く腰を下ろし、黙って聞いていた。 だが、そろそろ会議を終えねばなるまい。
「よし、結論を出そう」
わしの声が響くと、委員たちは一斉に口を閉じた。 広い会議室に再び静寂が戻る。
ジロー閣下はすでに退出していた。
「本日の防衛会議としては、非常事態宣言を発する。わしと内務省長官から市民には異世界に転移した可能性があると伝え、今後の発表を待つように呼びかける。防衛省長官は各共和国の防衛体制に移行し、不測の事態に備えるよう連邦軍に指示。監査府は邦外調査の準備を進め、執政府はこれに全面的に協力する。防衛省は連邦軍がいつでも監査府に随行軍を出せるように調整しておくこと」
わしは一息つき、委員たちを見渡した。
誰も反論しなかった。むしろ、安堵の色が広がっていくのが見えた。
「以上をもって、本日の防衛会議の結論とする」
執政人の責任は重大だ。 あと半年で任期は終わる。だが、少なくともそれまでは、この異常事態を、わしの手で乗り越えねばならない。
その夜、中央時間21時、わしは執政人として緊急会見を開いた。
防衛会議の議長として非常事態宣言を発するためだ。
壇上に立つと、報道各社の視線が一斉にわしに注がれた。写真機の照明が瞬き、撮影機が何台も並んでいた。
突然の会見に、彼らはドラゴンの襲来かと身構えていたようだ。
だが、わしの口から出たのは「異世界に転移した可能性が高い」という言葉だった。
一瞬、皆が息を呑み、静寂に包まれ、その後ざわめきが広がった。
続けて内務省長官の北川執政官が市民に平静を呼びかけ、根拠となる事象を一つ一つ説明していった。
星図と違う夜空、人工衛星の通信途絶、太陽の位置の変化・・・
説明を聞く記者たちの顔には、驚愕と困惑が入り乱れていた。
緊急放送は各地に流れ、受像機や受音機の前で市民はひたすら困惑した。
正月気分は一瞬で吹き飛び、街には不安の影が広がり、各地では夜空を見上げる人々の姿があった。そして誰もが、もはや見慣れた夜空ではないことに衝撃を受けた。
人々は互いに顔を見合わせ「世界が変わったのか」とささやき合った。
それは、会見映像を翌日見ることとなった両端の共和国でも同じであった。