前話『19 演示』の終盤のニムディスの演説がわかりにくいと言われたので、大幅に書き直しました。良かったらチェックしてみてください。
中央暦1639年 2月22日夜 トルキナ連邦第13軍 海軍団
甲艦隊 旗艦 輪空母艦『銀鷹』内 監査人執務室
第13軍司令官坂本大将は昨日の戦闘内容を、最高監査人両名に報告しに来ていた。
最高監査人は連邦政府でも最上位の役職の一つである。
通常は執政人の指揮下にある連邦軍も、場合によっては自動的に最高監査人の指揮下に入る。今はその「場合」ではないが、防衛省長官の命令により、随行作戦中は最高監査人に従うことになっている。
報告は部下に任せることもできたが、坂本はそうしなかった。
両監査人が何を言い出すか分からない。あいつらでは対処できるか不安だ。ならその場での判断が得意な自分が直接報告した方が良い。
そう考えたのである。
飛竜隊への砲撃は「なるべく殺さずに制圧せよ」との指示に従わなかったと見られる恐れがあった。命令したのは自分だ。だからこそ、しっかりと弁明するつもりであったが・・・
「よくやった!」
「一人の犠牲者も出さないとは見事な判断じゃった!」
「さすが個軍司令官になる男は違うな」
「防衛執政官にはわらわからも伝えておくぞ」
「おかげで交渉もうまく進んだ」
「襲撃されたのは交渉した監査人の責任じゃ」
「おい! それは・・・」
「冗談じゃ」
二人は口々に賞賛を浴びせてきた。
坂本は戸惑った。そしてわずかに苛立った。
この程度で賞賛されるのか・・・
ドラゴンの咆哮が耳をつんざき、輪空がたたき落とされ、陸兵や艦が炎に包まれたあの光景は今も忘れられない。あの戦場に比べれば、こんな生ぬるい戦いは、演習にも等しい。
だが、二人はそれを知らない。
それが悔しい。
今さら二人に言うことではないが・・・
坂本は静かに息を吐いた。
実はこちらからも言うべきことがあった。
「閣下の護衛隊と連絡が取れませんでした」
坂本が意を決し指摘すると、ジロー閣下が顔をしかめた。
「ああ、そうだね」
「めずらしくジローが怒鳴っておったぞ。皆もシュンとなっておった」
殿下も重対空砲の試射の直後には「怒られたのじゃ」とシュンとなっていた気がするが・・・
殿下は「差別主義者どもを驚かせてやるのじゃ」と愉しげな顔で、砲弾にある魔法板挿入口三つすべてに爆発魔法板を入れることを命じてきた。
いや、そんなことよりも、護衛隊の職務怠慢ではないか?
叱責で済むような話なのか?
連邦軍なら処罰は免れないぞ。
「原因は油断だ」
ジロー閣下が断じた
そうだろうな、と坂本も思う。
直轄軍はもともと近衛兵だったエルフも多い。帝国時代からの古株エルフは戦場に出たことがない。せめて連邦軍上がりに任せるべきだ。
「直轄軍人は自分の警戒範囲に危険が迫れば寝ていてもすぐに目覚めるんだが、逆に言えば、そこを攻撃されなければ目覚めない。そのため無線に気付かなかった。とりあえずの対策は指示したし、今後の体制を監査府で考えることにする」
反省しているようだが、処罰はないのだろうか?
もちろん監査府のことだから、連邦軍が口出すべきではないかもしれないが、坂本は一言言いたかった。
するとジロー閣下がこちらを向いた。
「撮影はできたのかい?」
唐突な質問だ。だが監査人の質問には答えなければならない。
「はい。撮影隊は頑張ってくれたようです。とくに重艦には砲撃命令を出さなかったため、重艦からはよく撮れたようです」
「それは良かった」
戦闘には重対空砲の出番はなかった。
撮影された感光膜帯は第16軍の情報軍団で情報分析に使われるだろう。
「75式電探照準が誤作動で使えなかったという話だけど・・・」
ジロー閣下がまた話題を変える。
「・・・確かに、多数の目標を把握するようには設計されていない。目標が二つ以下であることを前提に、その軌道計算に性能を全振りしている。AとZを区別できないから、同じと判断して軌道計算が狂う」
ローマ字で説明されると、数学の講義のようだ。いや、これは数学なのか。
「原因はまだ調査中ですが、おそらくそういうことなのでしょう」
坂本はよく理解できなかったが、とりあえず同意しておいた。
ジロー閣下はさらに続ける。
「多数の目標から10個を指定して、別々に軌道を計算してくれる電探照準があるんだよ。電算機だってもう計算速度は跳ね上がってる。集積回路はどんどんと進化している。去年、32切り大の低価格の電卓が発売されたよね。近いうちにワープ・・・じゃなくて文作機も発表される予定だと聞いてる」
坂本は宣伝を思い出す。32切り大とは片手を広げたくらいの大きさだ。
電卓は確かに便利そうに見えた。
文作機というのは知らないが・・・
「現代装備群は91式総合電探装備を導入して、制御装置と連動させてる。なのに近代装備部は頑固でね。そんなモノは必要ないって言っ張ったらしい。なまじっか延伸魔法が弾道を安定させてしまい、砲弾が目標に命中しやすいせいだ。新規導入に消極的なんだよ」
装備局近代装備部――主に魔法工学兵器を担当している。
非魔法工学兵器を扱う現代装備部に比べて予算が少なく、自分たちの存在意義を示そうと必死なのだ。
だが坂本は思う。
問題は電探照準だけではないと。
「確かに、電探照準が誤作動を起こさない物であれば良かったでしょう。ですが、その前にまず見つけられないことには話になりません!」
坂本は少し強い口調になっていた。
「見つけられない?」
「はい。電探員からの飛竜接近の報告は距離3万が最初でした」
まずこれが坂本には驚きであり、想定外であった。
「それはどういう・・・つまり距離30キロに接近するまで電探査に引っかからなかったのか?」
坂本はあの時の混乱を思い出しながら、頷いた。
「はい。もっと早く見つけなければ射程100キロの主砲も意味がありません。電探照準の誤作動以前にすでに問題は起きていたのです」
想定外の連続だった。
我々は最初から躓いていたのだ。
「ちなみにドラゴンは何キロで反応が出た?」
「距離25万程です」
「250キロか・・・大きさが違うからかな。有機物だから電探に掛かりにくいんだろうけど・・・ウロコの組成が違うせいかも・・・」
今回得られた教訓は大きい。
飛竜はなぜか電探査の反応が悪い――250㎞どころか30㎞での探知となった。
電探照準が誤作動を起こす――統制砲撃ができず、直接照準で砲撃する羽目になった。
連邦軍は装備を大きく改善する必要がある。もはや相手はドラゴンではない。
ただ悪いことばかりでもなかった。
「ですが、良い報告もあります。今回は照中板と近爆板が役立ちました。わたしの知る限りでは、実戦で初めてのことです」
これは助かった。
近代装備部の魔法板工廠の連中も歓喜するに違いない。
魔法板が戦場で使えるのだ。
「魔法板が使えるということは、探知板も使えるのではないか?」
それまで黙って聞いていたニムディス殿下が思いついたように口にした。
「探知板・・・害獣狩りに使うヤツですか?」
坂本は若い頃の兵役を思い出す。あの時はよく害獣狩りをしたものだ。
「以前は広範囲探知用に大型の探知板があったのじゃが、例によってドラゴンには全く役に立たなかった。じゃが監査府では、特定の魔紋を探知できる専用の探知板を犯罪捜査に使用しておる。探知阻害にも対応しておる」
なるほど。監査府は探知阻害を破れるのか。
魔紋の特定か、それなら・・・
「探知と照中を併せて使うというのはどうでしょうか」
探知で魔紋を特定し、その目標を照中で狙う。
理にかなっている。
ジロー閣下が腕を組み、背もたれに寄りかかる。
「うーん・・・確かに作れるかもしれないな。でも目標が魔力を持っていないと使い物にならない。ドラゴンにも使えないし、飛んでくる噴進弾にも使えない。わたしとしては電探照準で誘導噴進弾を使うのが一番だと思うんだよね」
「輪空で使っているヤツですな」
坂本は頷いた。
あれなら、相手の魔力は関係ないだろう。
だがジロー閣下の顔色は曇った。
「あれは命中するまで照準機で照準を合わせ続ける必要がある。細かく動き回られると当てられないし、照準を合わせている間は輪空が直進してるから、敵から狙われやすくなる。ドラゴン一頭相手に一撃離脱するには充分だったが、百を超える相手には無理そうだなあ」
確かに輪空用誘導弾は、命中するまで照準器でねらい続ける必要がある。
でもそれなら魔法板を使えばいいのでは?
「噴進弾にも照中板が使えるのではありませんか?」
照中板なら術者が目標を一度決めてしまえば、対象の魔力は関係ない。ドラゴンでなければ有効なはずだ。
「今の噴進弾には魔法板挿入口がない」
ジロー閣下の一言で、坂本は肩を小さく落とす。
そうだった。魔法板が使えないなら、すぐには無理か。
「そういえば聞きませんね。ですが、作れるのではありませんか?」
「82式誘導噴進弾と照準器は現代装備群の在庫をそのまま使っているからね。だが噴進弾は砲弾とは違って推進力を持っている。照中魔法を使えるようにするとなると、別に研究開発が必要だ」
どうやら簡単では無さそうだ。
だが、きっと有効な兵器になるはず。
「提案してみる価値はありそうですね」
「まず装備局の縦割りをなんとかしないといけないな。近代装備部の風通しを良くしないと。ちょっと行政監査と会計検査を入れてみるか。なんでもっと柔軟に装備を導入しようとしないのか、調べさせよう」
ジロー閣下は事も無げにそう言って目を細めた。
まるで「ちょっと買い物でもしてくるか」とでも言うように、どこか愉しげに。
だがこれは防衛省にとって一大事である。
おっと。これは大変だ。
装備局に監査府の監査が入るぞ。
しかもなんかわたしの発言が原因みたいじゃないか?
これが装備局に知れたらマズい。相当恨まれることになる。
聞かなかったことにしよう。
聞いたけど聞かなかったことにしよう。
坂本はお得意の状況把握と即断で、とっさに話題を変えることにした。
地雷は避けなければならないのだ。
「飛竜が放った火弾を、イチイチ陸イチの隊員が防殻で防いだとの報告がありました。飛竜が火炎を出すと分かった時点で、当イチサンの隊員は普段どおり艦内に待避しましたが、イチイチは待避せずに防殻を展開したのです」
これは朗報である。
飛竜の火弾を防殻魔法で防いだのだから。
ジロー閣下は右手を顎に当て、視線を落とし、しばし沈思した。
「そうか・・・第11軍は古典装備。保護国で治安維持をしていた。つまり対ドラゴン戦の経験がないのか。ドラゴンの吐く火炎は魔法では防げないから、キミの部下は当然のように待避したけど、第11軍はそうせずに防殻魔法を使ったわけだ」
なるほど。イチイチは対人類戦が専門だった。
おかげで防殻魔法が有効であることが分かった。
「はい。防殻で防げるなら、あの火弾も怖くありません。報告によればD2相当だということです。飛竜は短身族用の3センチ銃弾でも仕留められました」
連邦等級――それは「強さの等級」である。
訓練と経験で得られる強さであり、C級でなければ連邦軍に入ることはできない。
この「強さ」は市民に与えられる「加護」によるものであり、異邦人とは比べものにならない力を得られる。異邦人は身体の強さにおいては皆E級であるとされている。魔力においてはいろいろらしいが。
火弾を撃つには呪文を唱えるか魔法板を使う必要はあるが、あの飛竜の火弾は連邦兵士なら少し訓練すれば撃てる水準だ。
「D2相当なら1メートルほどの火球だな」
ジロー閣下は、再び考え込むように言った。
「防殻が有効なら軍艦防殻も展開できるんじゃないかな」
意外な提案だった。
「出せると思います。ただ、点検整備の時しか出したことありません。艦防殻は範囲が大きいため事前に大量の魔力注入が必要ですが、踏輪隊の魔力注入作業の日課に入っていないため、魔力鉱石を使用する必要があります」
艦防殻の魔法板はドラゴン戦以前から、軍艦に装備されることになっており、魔力鉱石も一応用意されている。だが、ドラゴン戦には役に立たないものだったため、艦防殻を実戦で使用したことがない。
「魔力鉱石はあるんじゃないのか?」
「ありますが・・・常時使用できるほどはありません」
ジロー閣下はわずかに肩を落とした。
魔力鉱石は稀少なのである。
坂本はふと思った。
どこかに鉱脈でも見つからないものだろうか・・・
次回の更新は今夜の予定です。