間章は3話あります。
今回はプロローグです。
間章Ⅰ 待ち受ける者たち――現代装備の海軍団長
中央暦1639年2月27日 未明
トルキナ連邦第15軍 海軍団
甲艦隊 旗艦・誘導弾巡洋艦《闘鯨》 指揮所
静かな電子音が時折響く艦橋で、ゲド・サン中将は小さな帽子をかぶり直した。
その目は窓の外に広がる漆黒の海を見つめている。
「こんなに遠く離れた地での任務は、初めてだね」
中年の男ノウブの声は、どこか感慨深げだった。
「軍団長だけじゃありません。私たち全員、初めての遠征です」
隣で応じたのは、濃色の肌に黒曜石のような瞳を持つ女ニンゲン――カラ・パテル中佐である。 長い黒髪を後ろでまとめた姿は、凛とした知性を感じさせる。
「ドレナの防衛が私たちの仕事ですからね。普段はあの海域をぐるぐる回ってるだけで十分でしたのに・・・それにしても急な命令でした」
(カラの言うとおりだな)
突然出た帰還命令。
基地に戻ると『監査人随行軍に参加せよ』との命令を受けた。
輸送艦2隻も同行するという。
「いきなり7千キロの大遠征だ。しかも海図もない。第13軍の通信だけが頼りとはね……」
ゲドは苦笑しながら、指揮卓に置かれたカップを手に取った。中身はすっかり冷めていた。
「でも、これは好機でもありますよ」
カラが意味ありげに微笑む。
「ノウブの将官は珍しいですから、政界からお声がかかるのでは?」
(・・・カラは勘がいいね。ニンゲンにしては・・・)
図星だった。
実際『ノウブ協会』からはすでに話が来ている。“代議士にならないか”と。
さらには“個軍司令官になったら、元老に推薦する”とも言われている。
特別公職には『不老の加護』が与えられるので、任期の分だけ寿命が延びる。ノウブには特にその意味は大きい。
ただし相当激務らしい。
加護のおかげで任期中は過労死しない体になるため、本来の職務も激務な上に、地元の式典などにも容赦なく駆り出されると聞いている。
ノウブ族は高い知能を持つが、寿命が短い。
6歳で成人し、最長でも20歳で退官する。
だから将官にまで昇るノウブは、ほとんどいない。
まして個軍司令官になったノウブは歴史上一人しかいない。
「退官まで、あと5年か……」
ゲドはぽつりと呟いた。
(その前に副司令官の一人に入れるかどうか・・・)
「団長は特に優秀ですから、今退官しても引く手あまたですよ。きっと」
「どうかな。出世が早かったのは、現代装備の更新が激しかったからだよ。ノウブの方が適応が早いから、うまく使いこなせるだろうと、便利に使われてきただけだ。気づいたら艦長になってた」
するとカラが肩をすくめた。
「現代装備の艦は乗員が少ないですから、全員が受け持ちの専門家にならないといけません。しかも装備は次々と更新されます。ニンゲンの私には、正直ついていくのがやっとですよ」
その言葉に、ゲドも小さく笑った。
連邦軍には、こんな言い回しがある――
古典装備群は“武闘派の脳筋”の集まり。
近代装備群は“非武闘派の脳筋”の集まり。
そして現代装備群は――“脳専”の集まりだ。
“脳専”とは連邦公用語で“脳筋”の対義語。
つまり、頭を使うのが仕事なのだ。
「それにしても、まさか遠征することになるとはね」
ゲドは、ふと2年前の記憶を思い出す。
「あれはもう2年前になる」
「ヌメンティエ沖の戦いですね」
カラがすぐに答えを導き出した。
2年前、すでに遠征軍が大陸各地でドラゴン駆除を完了しつつあったため、油断していた第15軍は、装備の検証実験に明け暮れていた。
ドラゴンさえ来なければ、本土防衛任務は、暇だったのだ。
だがそんな時に限って、ドラゴンが予想外の進路でドレナ西方海域に侵入してきた。
ゲドは駆逐艦の艦長として、たまたま単艦で警戒任務に就いており、誘導弾と砲撃で本土侵入を食い止めた。
討伐したのは、すぐに駆けつけた第16軍の空軍団だった。
なのにゲドは勲章を受けた。そして殉職せずに2階級特進。
その一方で、第15軍の上層部は大多数が辞職に追い込まれた。民議院防衛委員会で代議士達からつるし上げを食らったからだ。
「上がごっそりといなくなったおかげで、私も昇進しましたよ」
カラが苦笑する。
「そして今度は、まさかの遠征だ」
ゲドは再び、冷めたカップを置いた。
その時――
“こちら音探班。潜水艦らしき回扇音、2番の浮きを通過しました。速度20。水面です”
通信が入った。
ゲドは目を細める。
「探音は来ていないか?」
“聞こえません”
「超音波も?」
“反応ありません”
(……なるほど。探音なしとは、相当な熟練者だ)
「では、作戦司令官に報告せよ」
「はっ!」
カラが背筋を伸ばし、即座に応じた。
ボクたち第15軍の仕事はここまで。次は第11軍と第13軍の出番だ。
(作戦が上手く行くといいんだけど・・・)
ゲド・サン中将は心の中でそう呟いた。
次回の投稿は今夜の予定です。