間章ラストです。
脱線気味の回ですが、間章なので大目に見てくださいませ。。。
同日昼 旗艦『銀鷹』 監査人執務室
ジローは作戦成功に得意になっていた。
「これだけ人数がいるんだ。使わない手はない」
いやあ。
我ながら名案だったなあ。
作戦司令官の坂本大将は困惑していたが、海軍団長のブリューゲル中将はすぐに理解できたようだった。
「まさかドラゴンの死体運搬用の鉄網を持って泳ぎ、海兵600人で下から持ち上げるとはな」
ニムディスが呆れたような、感心したような、複雑な表情を見せている。
使用した“鉄網”は本来、ドラゴンの死体を持ち帰るための備えだ。
連邦軍はあれで牽引して連邦本土まで運んだこともある。
“鉄網”が文字どおり鉄で作られていたのは昔の話。
現在では、超繊維や金属繊維、炭素繊維などを組み合わせた複合素材で作られている。
軽量かつ柔軟で、扱いやすい。
「第13軍には経験者のドワーフ達がいたからね。あの単ビレは泳ぐのに便利だな。作らせたのは自分だけど。場所もあらかじめ聞き出してあったから罠を張ることができた」
1枚のヒレに両足を突っ込んで使う単ビレは、もちろん生まれ故郷で見たモノを再現したモノだ。
連邦軍に提案して作らせたのは昔の話。今では民間でも使われているほど普及している。
これを使って上下蹴りを、つまり生まれ故郷で“ドルフィンキック”と呼ばれていた動きをすれば、その名のとおりにイルカみたいに泳げる。
「さらに陸兵がその網ごと潜水艦に浮遊魔法を掛けるとはな。兵士達が網に取り付く様はまるで”蜜に群がる虫の大群”のように見えたぞ」
たしかにすごい光景だった。
潜水艦を持ち上げる鉄網に、ノーク兵がわらわらと群がっていた。
でも浮遊魔法を掛けるには接近する必要がある。なんなら直接触った方が効果がある。
だから群がることになった。
今回の随行軍には第11軍から2個旅団が参加している。
第11軍は古典装備の軍。
その1個旅団は3000人。
そのうち約4割がノーク兵だ。
浮遊魔法は、初級のE級でも、熟練すれば自分の体重の半分を30分ほど持ち上げられる。
そして古典装備兵の戦闘員はみなB級だ。
個人差はあるけど、E級の1000倍近い力が出せる。
全力を出せる時間は、やっぱり30分ほどなんだけどね。
集団でいけば、自分達の体重を含めても、数千トンの潜水艦など余裕なのだ。
「浮遊魔法板は皆持ってるし、概算では10万トンは行ける。ちょっと危なっかしかったけど、ノーク兵には浮遊魔法だけに集中してもらって、ゆっくりと運んでもらった。直轄軍50人も回りに控えていたから、まあ心配はしていなかった」
まさに人海戦術!
力はかなり分散してしまうけど、それでも潜水艦など余裕だ。
トルキナ市民には『等級の加護』がある。
学校教育と徴兵訓練によって成人するまでにC級になることが望ましいとされている。
だからトルキナ人はみな力持ちだ。
これはとても素晴らしいことだ。
でも問題もあった。
このおかげで、トルキナでは蒸気機関の利用がなかなか進まなかった。いや、はっきり言って今でも進んでいない。
それもこれも、この馬鹿力で輪鉄・・・『踏輪鉄道』なんてものを運行できてしまうせいだ。
踏輪士達が踏輪板とよばれるペダルを踏んで、集団自転車のように漕いで回して、鉄道車両を走らせている。
鉄道会社に蒸気機関車を作らせたら、大騒ぎになったよ。
喜ばれた?
とんでもない!
猛抗議だった。
「蒸気機関反対!」
「我らノーク族の仕事を奪うな!」
「ノーク
「連邦踏輪組合連合会は、連邦全土で
各地で非難の声が上がり、抗議運動が起きた。罷業とはストライキのことだ。
いやあ、あの時は大変だったなあ。
鉄道労組だけじゃない。いろんな産業の、あちこちの労働組合を渡り歩いた。どこかもかしこも踏輪機構を動力にしていたからだ。
糾弾集会の怒号の中で、説得して回らなければならなかった。
「これはドラゴンと戦う手段の一つになるのです」と。
そのあげく、ようやく、ローハの極北極寒の地で運行できることになった。
あまりに寒くて踏輪士達が行きたがらない場所だった。
今では軽油圧縮着火式発動機。生まれ故郷ではディーゼルエンジンと呼ばれていたあの発動機の機関車が走っている。区間も大きく拡大した。
ドラゴン襲来のせいもあって、利用が拡大したんだ。
もちろん一部だけだけど。
それほどの馬鹿力なんだから、使わない手はない。
「さらに古典装備兵に土魔法で潜水艦がハマる穴を開けさせた」
穴を掘るのは兵士の基本だしね。
「穴に入れて固定しないと、アレ転がって危ないからね」
潜水艦は陸地に置けるように作られていないので、固定できるようにしておく必要があった。
「事前に練習までした」
「重対空艦の船外浮船は外せるんだ」
重対空艦は、砲身40メートルの50センチ重対空砲が8門も搭載されている。だから船外浮舟と呼ばれる巨大な浮きを、ぶっとい鉄骨数本で繋いで左右を支えている。
これがないと一斉にぶっ放した時に転覆してしまうのだ。
重対空艦は3000人の踏輪士が交代で艦を動かしている。
踏輪士は戦闘員ではないので、魔力が尽きても問題ない。だからこの鉄骨に強化魔法を掛けるのは彼らの担当であり、日課である。
この船外浮舟を使って『潜水艦空中輸送大作戦』の事前訓練をしたわけだ。
「ジローにはいつも驚かされるのじゃ」
ニムディスの表情は明らかに面白がっている。
面白がるより尊敬してほしいものだ。
それはともかく、協力してくれた坂本大将には礼を言っておかなくては。
「電波妨害もうまくいったみたいでよかったよ」
既に押収した無線機から帯域を割り出して「妨害してみよう」ということになったけど、異なる帯域を使われると上手く行かなかっただろうな。
なにしろ電波を使う相手は初めてだ。
電波妨害なんか用意してない。
ダメで元々のぶっつけ本番だった。
「ロウリア王国宰相に要請を出させるとは考えたな」
連邦領海内ならともかく「外邦でいきなり潜水艦を拿捕して良いのか?」という問題を解決するために考えた手法。
自分に主権がないなら「主権者の依頼を受ければいい」のだ。
「外邦政府の治安出動要請に応じるかどうかの判断は、監査府の専決事項だからね。マオス宰相は条件付きで応じてくれたし」
これで拿捕の法的根拠も手に入れた。
「条件も大したことないのう」
「尋問して得た情報の共有だしね。身柄もこちらで預かっていいそうだし」
これでグラ・バルカス帝国の実態解明がさらに進むだろう。
王国に任せたら、
『なかなか吐かないからちょっと締め上げたら、死んじゃった』
なんてことになりかねない。
「じゃが大丈夫なのか?」
おもむろにニムディスが疑わしげな視線を向けてくる。
「ん? 何が?」
何かあったっけ?
「ジローはいろいろと思いつくのは良いのじゃが、たまにとんでもないポカをやるから心配になるのじゃ」
何を言い出すかと思えばそんなことか。
「ははは。大丈夫さ」
(何も問題ないはずだ・・・)
ジローは400年近く連れ添うニムディスの言葉を笑って受け流したのであった。
同年4月 とある拘置所
あれから一ヶ月半が過ぎようとしていた。
潜水艦長タステル・ケイディエスの前に座っているそれは、逮捕されたときにも見た異種族であった。
肌は緑色。背は幼児のように小さく、頭にはトウモロコシの髭みたいな髪の毛が生えている。目は黒くしっかりとこちらを見つめていた。服装はスーツのように見えた。
「本気なのか?」
タステルは耳を疑った。
「はい! ボクが弁護を引き受けます!」
小さな体に似合わない大きな声だった。
その目は、確かに知性を感じさせる。
「私が何者か分かって言ってるのか? 諜報行為で拘束されたんだぞ」
「資料を確認しましたが、違いますね」
小さな種族の断言に、思わず怪訝な顔になる。
「違う? どういうことだ?」
「あなたは監査府直轄軍人を殺害しようとしたケラール被告他1名に協力したという殺人幇助の容疑で逮捕されています」
「ああ。それは聞いてる」
こいつは何をしたいんだ?
わたしは潜入している諜報員から情報を受け取るために潜水艦で海岸まで近づいたところを拘束された。そもそもスパイに人権なんかない。
それを弁護だと?
タステルは小さな弁護士を見下ろす。
「呆れたような顔をされていますが、勝算はあります」
「勝算?」
一体このチビは本気で言ってるのか?
そう思いながらも、かすかな期待が胸中に生まれるのをタステルは感じた。
(このお人好しを利用できるかもしれない・・・)
どうせこのままでは先が無いんだ。減刑くらいはされるかもしれない。そうすれば国に帰れる可能性も出てくる。
「はい。あなたの容疑の拘置尋問期間は3週間です。にもかかわらずいまだに拘置されて尋問を受けています」
そりゃそうだろう。なにしろスパイ容疑なのだ。
このお人好しは“スパイ”と“こそ泥”の区別がつかないようだ。
「私を釈放させられるのか?」
「いえ、おそらく裁判が終わるまでは拘置されます。ですが尋問は終わらせることができますし、不当な尋問期間の賠償金を取ることはできます」
「この国のカネなどもらっても意味はない」
故国で使えないカネなど役に立たない。
「ボクにはあります。賠償金を弁護料として受け取ります」
「ああ、そういうことか」
タステルは理解した。
お人好しかと思ったが、カネ目当ての弁護士だったか。
「それであなたが拘束された際に、何の容疑が聞きましたか?」
「ロウリア王国宰相の依頼に基づき・・・なんだったかな?」
降伏したつもりだったのに、逮捕と言われて、気が動転していた。
「次の面会までに思い出しておいてください。ボクに弁護を依頼しますか?」
異種族でも表情は人間と違わないのか。
(真剣な、いや熱心な表情だ。仕事が欲しいのだろうな)
タステルは乗り気になってきた。
「あんた名前は?」
「ミル・ヲンと言います」
黒い瞳は小さな体に似合わず、強い知性の光を放っていた。
「ではミルウォン、あんたに私の弁護を依頼する」
「ありがとうございます! 決して後悔はさせません!」
「だといいがな」
上手く行くとは思えないが、どうせこのままでは先がない。ならのってみるのも悪くない。
「ではさっそくこの書類に署名をお願いします。お国の文字で結構ですが、正しく書いてください。後で表記が違うことがわかると罪状が増えてしまいます」
タステルはペンを受け取り、署名した。
「これでいいか」
「正しく書きましたか?」
「ああ」
「記入した名前を読んでください」
「タステル・ケイディエス」
ミル・ヲンが頷いた。
「ではタステル・ケイディエスさん。まず『監査府捜査局があなたに対して正当な拘置尋問期間を超えて不当に尋問を続けていること』に対して『尋問の即時停止と慰謝料請求の訴え』を連邦地方裁判所に起こすことにしますので、明日の面会までに先ほどの話を思い出しておいてください」
口調は確かに弁護士っぽいな。いや弁護士の知り合いなどいないから知らないが。
「努力しよう」
ミルウォンか。こいつが吉と出るかどうか・・・
うまくは行かないだろうと思いつつも、徐々に生きる希望を失いかけていたタステルの胸に、何かが動きそうな、小さな希望が湧き始めていた。
こうして“捕虜ではない”容疑者タステルは、異種族の弁護士ミル・ヲンとともに『被疑者としての権利』を行使し、連邦監査府との法廷闘争へと歩み出した。
ミル・ヲンの仕事ぶりを見て、タステルは、そのまま刑事裁判の弁護も依頼する。
「では弁護人、冒頭弁論をどうぞ」
「弁護側は、タステル・ケイディエス被告が、既に結審したケラール受刑者他1名とは異なり、連邦刑法のみならず、いかなる連邦法にも、共和国の律にも、県市の条例にも、何一つ! どれ一つ! これっぽっちも! 違反していないことを主張します!」
それは銃も魚雷も使わない、証拠と法と弁論を用いた法廷での戦い。
もちろんこれは本編とは別の、もう一つの物語である。
ちなみにジローはどうなったかというと――
「こういう“前例のないこと”をする時は、まず我々に相談してくれっ! 閣下はいったい、何のために監査府に法務局があると思ってるんだっ!」
裁判を起こされて対応する羽目になった法務局長に、こっぴどく叱られて・・・
「申し訳ないっ・・・!」
平謝りだったという。
間章「潜水艦拿捕事件」 完
これを最初に書いたのはけっこう前なのですが、改めて書き直してみて気付きました。
ジローの“ポカ”は「タステルを容疑者にしたこと」ではなく「王国の法には違反したけど、連邦法には違反していない人物を、連邦に連行してしまったこと」だったな、と。
今回の『間章』3話は、もともとは第二章の途中に入る予定だったエピソードです。
ただ第一章の反省を踏まえまして、第二章を構成から全面的に見直した結果、「この章には潜水艦の話は入れない方が良い」という判断に至りました。
それで「ならこの話はカットしよう」とも考えたのですが、第一章21話の終盤で「(潜水艦を)拿捕したい」とジローが発言しているため「整合性はどうする?」と悩んだ結果、独立した『間章』として第二章の前に挿入する形をとることにしました。
次回は、第二章の始まりです。
更新は本日中の予定です。