イノスの声が響くやいなや、ドアが「バンッ!」と開いた。
勢いよく飛び込んできたのは、部下のパルソ。汗だくだ。
右手に紙を一枚握りしめ、左手はハンカチで
「ロ、ロウリア王国に派遣した連絡員からの緊急連絡です!」
その様子に、イノスは眉をひそめた。
緊急連絡――国家戦略局がいろんなツテを使い作り上げた緊急魔信連絡網を通じて行う緊急の連絡。
何かあったな。いや、何かやらかしたな。
まさか……派遣部隊がロウリア軍と衝突でも?
(だとすれば、賠償金をふっかけて債権を増やすチャンスだっ!)
だが、パルソの口から出た言葉は、イノスの予想を遥かに超えていた。
「ロウリア王国の〈北の港〉に、200メートルを超える軍艦8隻を含む、計24隻の艦隊が来航しました」
は?
イノスは目を見開いた。
「200メートルだと!? バカな、そんな艦……ミリシアル帝国か? いや、あり得ん!」
皇国の戦列艦は70メートルが限界だ。100メートル級の開発計画はあるが、実現の目処が立ったとは聞いてない。
(それを超える艦が、しかも8隻?)
パルソの報告は続いた。
「艦隊は“トルキナ連邦”と名乗り、ロウリア王国に『亜人殲滅方針の撤回』と『種族差別制度の廃止』を要求。王国軍が反発し、海軍1000隻と竜騎士団500騎で襲撃したところ――」
(王国軍が襲撃したか…)
ロウリア王国は人間至上主義だ。いきなりそんなことを要求したら、当然そうなる。
イノスはロデニウス大陸の情勢はよく知っているのだ。
「――返り討ちにあって、敗北したそうです」
「……は?」
イノスの思考が一瞬止まった。
「ちょっと待て、今なんと言った?」
「返り討ちにあって、敗北したそうです」
パルソはハッキリと繰り返した。
(…しょ、所詮は蛮族の国か。だが、相手も無事では済みまい)
「それで、その“ナントカ連邦”の艦隊には被害を与えたのかね?」
「まったく、傷一つ付けられなかったそうです」
「……は?」
(いやいやいや、ちょっと待て。何言ってるんだこいつ)
「竜騎士団500騎はどうした? まさか何もせずにただ飛んでいたわけではあるまい」
ワイバーン500頭が頭上から導力火炎弾を放てば、どんな船でも燃えてしまう。
ロウリア軍は制空権を取れなかったのか?
(まさか! その“ナントカ連邦”はワイバーンロードを連れているのか!)
上位種のワイバーンロードなら少数でも、ワイバーンを圧倒できる。
「それが…竜騎士団は砲撃でほとんど撃ち落とされたそうです!」
(はあ? 砲撃? 何を言ってるんだ?)
「生きて戻ったのは40騎にも満たない数だったと」
バカな! 砲撃で撃ち落としただと?!
「そんなバカな話があってたまるか! 魔導砲でワイバーンを400騎以上撃ち落とすなど…」
魔道砲は地上や海上を攻撃するものだ。
しかも命中率が低い。だから戦列艦は何十門も砲を積んでいるのだ。
上空を飛ぶワイバーンを撃ち落とすなど、そもそも無理だぞ!
「せ、千隻の軍船はどうしたっ」
(砲撃できるなら、それで撃沈だろうが…)
だが、パルソの答えはまたもやイノスの予想を超えるものだった。
「瞬く間に制圧されたそうです」
(はあ? 制圧? なぜ? どうして?)
イノスはさっぱり理解できない。
まさか乗り込んだのか? 魔道砲があるのにか?
軍船に乗り込んで制圧した?
危険だぞ!
魔道砲があるなら、砲撃すればいいではないか!
「で、では、王国はその“ナントカ連邦”の属国となったのかね?」
(我々の支援はどうなる!)
イノスは計画の行く末が気になった。
だがパルソはイノスの心配など気付かない様子である。
「そこはよくわからないそうですが、トルキナ連邦の使者が『艦隊の砲撃を王都の城壁のすぐ側まで届かせてみせるから、よく見ていろ』と言い、王と重臣を城壁まで連れ出したそうです。うちの連絡員3名も同行しまして、目の前で大きな爆発を目撃したとのことです」
「そ、それは威嚇だな…」
この話はイノスも理解できた。
そいつらはつまり“魔道砲の威力”を国王に見せつけたわけだ。
(ん? 何かが変だぞ…?)
イノスには長年の経験に基づく“職業上の感覚”がある。
報告内容の不備には割とすぐに気付くのだ。
部下にはいつも「ここはどういう意味かね?」「これはどういうことかね?」と問いかけ、常に正確な報告を徹底させてきた。
『正確な報告に基づかない戦略など無意味だ』
『君の報告が国家戦略を左右するのだよ』
というのがイノスの口癖なのである。
その“職業上の感覚”が「何かが変だ」と告げていた。
「ん? 〈北の港〉から王都までの距離はどれくらいある?」
「王都の北門まで50キロメートルほどと見られています」
(やっぱり!)
どうりで変な感じがしたわけだ。
海岸から砲撃が届くはずがないじゃないか!
魔導砲でワイバーンを撃ち落とす――無理だとは思うが、当たれば不可能ではない。
魔導砲を持っていても敵の軍船に乗りこんで制圧する――これもやればできる。
50キロ離れたところに砲撃する ―――不可能だっ!
「ありえん! 戦列艦の射程は2キロだぞ。おそらく爆裂魔法を仕掛けていたに違いない」
砲弾はどうせ見えづらい。
それを利用し、あらかじめ仕掛けた爆裂魔法を発動させて、まるで砲撃を届かせたように見せかけたトリックに違いない!
イノスは自分の知る兵器の知識を元に、そのように推理した。
だがパルソの報告には続きがあった。
「その後、国王と重臣達を飛行機械に乗せて〈北の港〉の沖合の“輪空母艦”という軍艦まで運んだそうです」
「なんだと! 飛行機械まで持っているだと!」
イノスは思わず立ち上がった。
その剣幕に、パルソが気圧されて半歩下がった。
「うちの連絡員三名も重臣に紛れて同行し、飛行機械に乗りました。そしてその“輪空母艦”に降り立ち、艦内に入った後で正体がバレ、捕まったそうです」
(はあ…?)
もうイノスの頭は付いていくのがやっとだった。
連絡員はその飛行機械に乗り、その母艦に降りてから捕縛されたのだ。
「なんという…失態だ…!」
ロウリア王国にはワイバーンロードと陸軍部隊を派遣しているんだぞ!
今ごろはクワ・トイネ公国への侵攻に向けて、王国東部で王国竜騎士団にワイバーンロードを操る訓練を施している頃だ。
それも他局にも皇帝陛下にも内密に。
「ロウリア王国への支援は国家戦略局の独断だ! 皇帝陛下に知られたらただでは済まないんだぞ!」
成功してから報告し、第3外務局を、あのカイオスを出し抜く計画なんだぞっ!
イノスのあまりの剣幕に、パルソは目をそらして右手の紙に目を落とした。
「それで三人は『身分を隠して軍艦に潜入した罪を問うこともできるが、これから貴国まで挨拶に行くから、貴国の政府にその旨を連絡せよ。そうすれば罪を問わずに送り届ける』と責任者に言われたそうです」
紙に書かれていたであろう伝言を読み上げるパルソの言葉を、イノスは頭の中で反芻する。
え? 挨拶に行く? 送り届ける?
(なんだとおおおお?)
事態が差し迫っていることにイノスは気付く。
「つ、つまり、皇都にやって来るんじゃないかっ?!」
「さ、さようですっ。艦隊を引き連れてやって来ますっ」
イノスの剣幕に、パルソも負けじと声を返してきた。
すぐに落ちつかない様子で汗を拭き始める。
それを見てイノスはハタと気付く。
(うちは海軍武官を派遣してるはずだ!)
「海軍武官には確認したのか?」
陸軍部隊は王国東部にいるから、港のことは知るまい。
だが海軍武官が王国海軍に同行しているはずだ。
――そいつは何と言ってる?
「はい。緊急連絡網を通じて、王国海軍に派遣された武官に確認しました。武官によれば『艦隊は〈北の港〉のかなり沖に停泊しており、軍艦はロウリア海軍のガレー船の何倍も大きい』とのことです。さらに『昨日、戦闘があった。沖で砲声が鳴り響き、爆発の煙が空に広がっていた。艦隊に向かっていったガレー船団は途中で進まなくなり、半数が撤退、半数はそのまま漂っていた』と話しています。その時はなにが起きたのか不明でしたが、漂っていた半数の船が今朝には港に戻ってきていたので、水兵達に話を聞いたそうです」
…!
…つまり…
(話の裏は取れているのか…!)
武官の話まで聞かされて、イノスは疑いを差し挟めなくなってきた。
パルソがここで一息入れてから、また話を続けた。
「水兵達は口々に『ガレー船にトルキナの兵二名が乗り込んできて戦闘になった。ロウリア兵はまったく歯が立たず、あっという間に制圧された』と話したそうです。他の船も皆同じだ、とのことです」
制圧か…だが本当なのか?
「乗り込んで制圧? 船には砲撃しなかったのか?」
イノスはまた同じ事を訊かずにはいられない。
どうしてもそこが引っかかる。
なぜ砲撃しない?
なぜわざわざ乗り込む?
「武官によれば、とあるロウリア兵が降伏後に相手に尋ねたそうです。『なぜ竜騎士団に使った魔道兵器を自分らに使わなかったのか?』と」
「答えが聞けたのか?」
パルソが右手の紙に視線を落とし、読み上げる。
「帰ってきた答えは『詳しいことは分からん。ただ、古典装備の軍を殺さずに制圧するのは簡単だが、あの飛竜隊を殺さずに制圧する方法はないだろうな』だったと」
パルソはその回答を読み上げてから、視線をこちらに戻した。
「こ、殺さずに制圧だとっ?」
なぜそんなことをするんだ?
「はい。ロウリアの水兵は、剣を持つ腕を切り落とされたそうです。『目にもとまらぬ動きで切られてしまい、何もできなかった』と語ったそうです」
イノスは一瞬言葉を失い、呆然としてしまう。
意味が分からなかったのだ。
だが、すぐにその思考は動き始める。
これができるからこそ、イノスは局長にまで上り詰めているのだ。
“古典装備の軍”とは剣や弓矢の軍のことだな。だから腕を切り落として制圧できる。
だがワイバーンにはそれができないので砲撃した? …だと?!
そんな無茶苦茶な話があってたまるかっ!
だが…
(連絡員三名と海軍武官一名は…互いに別の場所にいた…)
それがほぼ同じ報告をしている。
長年の“職業上の感覚”が「これは事実だぞ」と告げていた。
「事実なら、その“ナントカ連邦”は間違いなく皇国以上の技術を持っていることになるではないか!」
「トルキナ連邦です!」
「つ、つまり、そ、そんな技術を持つトルキナ連邦の艦隊が押しかけて来るということだなっ」
わざわざ「送り届ける」とはそういうことだ!
「さようです。捕まった連絡員の話では、代表は最高監査人という肩書きのエルフの女で、その国ではかなり地位が高いらしく、周囲から『殿下』と呼ばれているそうです。皇帝陛下にお会いすることを希望していると。ただし『それが無理なら宰相でもかまわぬ』と話していたとのことです」
「殿下か…つまり…王族だな…」
――まさか…ミリシアル皇帝の娘か?
ミリシアル皇帝はエルフだ。
千年以上君臨し続けるあの皇帝には、娘がたくさんいる。
その一人が手勢を引き連れて国を飛び出し、トルキナ連邦なる国を辺境に作っていたとしたら?
「そ、そのエルフ女は皇国を知っているのか?」
「連絡員によると第三文明圏のことは知らないそうです。100門級の戦列艦について話したところ、嬉しそうに『懐かしい、ぜひ見たい』と話していたそうです」
(な、懐かしいだとっ!)
やはりミリシアルなのか?
エルフは長命だ。
数百年前のミリシアルに戦列艦があったとすれば?
そしてその頃に国を飛び出したとすれば?
――あり得る!
イノスはミリシアル帝国の技術レベルと、エルフの寿命の長さから、そのように推理した。
「そのトルキナ連邦について分かっていることはあるか?」
イノスは徐々に事態を受け止め始めていた。
「女が言うには、ロデニウス大陸の東の海の向こうにある圏外文明国だそうです。これまでこちら側と交流がなかったので、交流したいと考えていると」
「文明国だと!」
やはりそうか!
ミリシアルに関係あるに違いない!
「これは大変だ! すぐに陛下にこれまでの経緯と共に報告しなければ!」
これはもう自分の手に余る!
「独断で支援していたことも報告するのですか?」
パルスが意外そうな声を上げた。
もちろん、イノスとて報告したくはない。
だがトルキナ連邦なる国が、先にロウリア王国を属国としたらどうなる?
(もはや損失を隠し通すことはできないっ!)
イノスは計画をあきらめかけていた。
「これ以上の失態は避けねばならない。艦隊がやって来てからでは、弁解ができない」
『なぜ国家戦略局の職員が彼らの船に乗っているのか?』
『なぜ彼らがロウリア王国にいたのか?』
(そう問われてしまえば、誤魔化しようがないっ!)
それに、相手がロウリア王国から計画の話を聞いてるかもしれない。
それを皇帝陛下との謁見の場で話すかもしれない。
あるいは話を聞き付けたミリシアル帝国が、何か言ってくることもあり得る。
(そうなったら、なおのこと誤魔化しようがないではないかっ!)
ならばさっさと話してしまった方がまだ、マシだ。
罪状が増えるほど逃れようがなくなる。
だが、今ならまだ、陛下の温情にすがることもできる!
「それで、やって来るのはいつなのか、情報はあるのか?」
「あと数日はロウリア王国にとどまってから来るそうです。早くても来月に入ってからではないかと」
来月早々か。
もうあまり時間がないっ!
「あともう一つあります」
(まだあるのかっ!)
イノスはめまいがしてきた。
「何だ?」
「艦隊にはさらに12隻が合流し、皇国に来るのは36隻だそうです」
イノスは額を左手で押さえ、椅子にへたり込んだ。
「…ふ…増えるのか…」
だが、こうしてはいられない!
すぐに陛下に知らせなければっ!
「わかった。急いで報告書をまとめておけっ。わたしは先に陛下に報告するっ!」
「わかりました! 失礼します!」
パルソの声には、覚悟の響きがあった。
イノスはその背中を見送ると、慌てて暖炉の隣の台まで歩き、急いで魔信に手を伸ばした。
「国家戦略局のイノスだ。至急、陛下にご報告申し上げたいことが…」
次回更新は、明日の予定です。