トルキナ連邦召喚   作:mogatoku

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今年最後の更新です。



4 とある連絡員の驚き ―― 主力艦と展示品

中央暦1639年3月3日

 パーパルディア皇国 皇都エストシラント 沖

  トルキナ連邦第13軍 海軍団甲艦隊 旗艦 輪空母艦《銀鷹(ぎんよう)》甲板

 

 

 冷たい潮風。

 3月に入ったばかりの海。

 いまだに引きずる冬の名残り。

 潮風に漂う匂いは何。

 鉄の匂いだ。

 

(ん ? 鉄?)

 

 僕は革張りの手帳を胸に抱え、詩人となって“現実”を忘れようとしていた。

 けれど、鉄の匂いが僕を“現実”に引き戻してしまう。

“虜囚の身”という現実に。

 

 僕の名はトロス・マルシル。

 

 パーパルディア皇国から派遣された連絡員。

 その三名の内の“一番下っ端”だ。

 これでも国家戦略局南方方面課の職員だ。

 夏に学校を出たばかりの新人だけど…

 

 この革張りの手帳は『正確な報告』のため。

 うちの職場は細かいから、報告には特に気を使う。

 ちょっと油断すると、すぐに上から「これはどういう意味かね?」と問い合わせが来るから。

 

「ほほう。あれがそなたらの言う“戦列艦”じゃな。じゃが思うたより小さいな」

 

 なんだか楽しげな、そして少しガッカリしたような声が聞こえてきた。

 

「あれではロウリアの“櫂船”より少し大きいだけではないか」

 

 声の主はニムディス。

 僕ら三人を捕らえた張本人だ。

 トルキナ連邦の最高監査人だという貴婦人。

 周囲から「殿下」と呼ばれているから、きっと王族だ。

 普通のエルフより耳が短いけど、耳の先が尖っているからエルフには違いない。

 

(……やっぱり、バカにされてる)

 

 隣を見ると、上司のガルドール主任が顔を引きつらせて黙りこくっている。

 年上のゼルードさんも、唇を真一文字に結んだままだ。

 

 だがそれも仕方がない、と僕は思う。

 彼らはこれだけ巨大な軍艦を作れるんだ。

 

 この巨大な竜母…いや、空母の甲板は騎馬試合ができそうなほど広いんだ。

 

 僕ら三人はいま、ある意味“虜囚の身”だ。

 

 僕らはロウリア王国のハーク城に、連絡員として派遣されていた。

 主な仕事は、王国が必要とする支援物資を手配すること。剣や弓矢などを手配したり、軍船用の木材や帆布などを手配したり。

 検品は大変だったけど、木材と帆布の検品は、海軍武官殿がやってくれることになった。

 ただ近く麦の検品があるはずだったんだけど…

 

 

 事の発端は――

 

 ロウリア王国の〈北の港〉に“未知の艦隊が現れた”という騒ぎだった。

 僕らは最初、笑っていた。

 

「どこか文明国の商船団でも来たんだろ。蛮族が空騒ぎしやがって」

 

 ガルドール主任も呆れていた。

 でも数日してなんだか騒ぎが大きくなった。

 

「竜騎士団が壊滅したそうです! 500騎が魔導兵器で撃ち落とされて、戻ってきたのは40騎もいないと…」

 

 顔なじみの兵士の言葉に血の気が引いた。

 その日のうちに、ロウリア国王と臣下の一団が城壁に行くと聞いた。

 だからそれに同行した。

 そして見てしまったんだ。

 

 見たこともない“大爆発”を。

 空から爆弾を落とす”飛行機械”を。

 

 特にあの大爆発!

 あれは「攻撃」というより「災害」!

 

 巨大な炎が広がって、すぐに煙に変わった。

 凄まじい爆発音に城壁までもが震えた。

 城壁が震えていたんだ。

 僕の体が震えても仕方がないじゃないか。

 

 その後、促されるまま〈リンクウキ〉と呼ばれる飛行機械に乗りこんだ。

 そしてこの軍艦に降り立った。

 しばらく中身を見学させられた。

 

〈リンクウキ〉が並んだ姿を見て、背筋が凍った!

 あれがみんな爆弾を落とすのか!

 

 そして捕まってしまった。なぜか“重臣でない”ことがバレてしまったんだ。

 ガルドール主任が観念して、正体を明かすと、僕らは部屋に連れて行かれた。

 

 そこにやって来たのがニムディスだった。

 

「正体を隠して軍艦に潜入した罪を問うこともできるが、これからそならたの国に挨拶に行くゆえ、その旨を政府に連絡せよ。さすれば罪を不問とし、送り届けてやろう」

 

 その後、ジョンとかいういけ好かない男がやって来て、あれこれと尋ねられた。

 海軍のことを尋ねられたので、戦列艦の話をしてやった。

 すると鼻で笑われた…ような気がした。

 

「信じないのか!」

 

 僕は思わず声を荒げてしまったよ。

 するとジョンが笑顔で言いやがった。

 

「いやあ、戦列艦ですかあ」

 

 どこか懐かしむような声だった。

 

「連邦では博物館で展示されてましてね。わたしも修学旅行で見ましたよ。なんと300年近く前に作られたモノなんだそうです。試験的に作られたんだそうで、実用化はされなかったようですな」

 

 僕は言葉を失った。

 皇国では最先端の主力艦だ。

 それを彼らは骨董品のように展示してるというんだ。

 

「ちょうどその頃に、ちょっとした魔法技術の革命がありましてね。射手がねらいを外さなくなったんですよ。大砲は10門もあれば充分だってことで、不要になってしまったという話です。作ったそばから時代遅れになるとは、時期が悪かったとしか言えませんなあ」

 

 ジョンがしみじみと言った。

 悪意は感じられなかったけれど、それが余計にこたえた。

 さらにニムディスが愉快そうに言った。

 

「ほお、海に浮かぶ戦列艦とは懐かしい。ぜひ見たいものじゃ!」

 

 一事が万事こんな調子だった。

 

 皇国軍の力を誇ろうと話しても、まったく効果がない。

 ガルドール主任の表情はみるみる渋面になっていったね。

 

 

 ――そして今に至る。

 

「もう少し大きいと思うたのじゃが…」

 

 戦列艦を楽しみにしていたらしいニムディスが、実物を見てガッカリしている。

 

 そう。

 皇都に近づいて来たんだ。

 だから戦列艦が見えてきたんだろう。

 なんだか普段より多い気がする。

 艦隊が来ることは連絡済だから、警戒して多めに出しているのかもしれない。

 

 上司のガルドール主任と先輩のゼルードさんは、相変わらず顔をしかめている。

 バカにされて悔しそうだ。

 

「古典装備の帆船でもあれより大きいぞ」

 

 ニムディスがさらに追い打ちを掛ける。

 呆れたような、失望したような声が、余計に来る。

 

 主任の顔はますます渋くなり、口が固く結ばれている。

 彼らの力が皇国を凌ぐことが受け入れ難いんだろうな。

 

 それにしても「古典装備」とは剣や弓矢のことだよね?

 

 でも、だとすると変だ。

 戦列艦はガレー船じゃない。古典的な装備じゃない。

 皇国にとってはむしろ最先端だ。

 なのに古典装備の船より小さい?

 戦列艦は彼らにとっては300年前の船だからか?

 

 僕は視線を落とし、手帳に小さく書き込んだ。

 

『戦列艦は連邦の古典装備の帆船より小さい』

 

 手がわずかに震えたけれど、きっと寒さのせいだ。

 

 するとジローという若い男が言った。

 彼は人間で、ニムディスの夫らしい。

 周囲からは「閣下」と呼ばれているから、きっと貴族なんだろう。

 僕らの部屋に話を聞きに来ることがないので、ほとんど話したことはない。

 

「木造船を大きく作るのは簡単じゃないんだ」

 

 そのジローが妙に実感のこもった声でそう言った。

 

 助け船を出してくれてるのか?

 でも、ニムディスは容赦する気がないみたいだ。

 

「じゃが数も…ロウリア王国の船団より少ないぞ」

 

 ロウリアの船団は単に数が多いだけだぞ。

 

「戦列艦を数百も揃えられれば、大したもんだよ。ガレー船とは違うんだ」

 

 ジローがたしなめるように言った。

 まるで“それがどれだけ大変か”を知ってるような口ぶりだ。

 

 褒めているんだよな?

 

 でもなんだか“上”から言ってる気がする。

 まるで“腕利きの職人”が“素人の椅子”を見て「素人がこれだけできれば大したもんだ」と褒めているような感じがする…

 

「あれが竜母か? 他の船より少し大きいな」

 

 ニムディスが指差した先には、竜母が漂っていた。

 帆柱を背にして翼を広げるように、左右に滑走路を備えている。

 雄大なその姿は、皇国の誇りだ。

 この船から見ると小さく見えるけど。

 

「うーん。アレじゃ速度は出ないんじゃないかな」

「もともと帆船では速度は出まい」

「でも風魔法を使うんだよね?」

 

 ジローがふいに上司のガルドール主任に顔を向けた。

 

 ジローの言うとおりだ。

 風魔法を使ってる。

 皇国海軍は〈風神の涙〉と呼ばれる魔導具で風を起こす。それを帆に吹きかけて、最高速度15ノットを実現している。

 これは「レイフォルの艦船よりも速い」と聞いてる。

“レイフォル”というのは第2文明圏にある列強国の一つだ。

 

〈風神の涙〉の事は話さないのかな?

 

 見ると、主任は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべてる。悔しさが顔に溢れている。

 そう言えば昨日聞いた。

「この船は現在時速37キロで航行中」と。

 つまり20ノットは出せるということだ。

 

「使うみたいだね」

 

 返事しなくても、ジローはほぼ正解にたどり着いてしまう。

 ガルドール主任がさらに顔をしかめる。

 

 冷たい風が甲板を通り過ぎて、皆の髪が揺れる。

 

 ふとニムディスが上空を指差した。

 

「飛竜連が飛んでおるぞ。ロウリア王国のヤツより大きそうじゃ」

「種類が違うのかな」

 

 ジローの問いに、ガルドール主任もゼルードさんも何も言わない。

 なら僕が答えよう。

 

「あ、あれはワイバーンロードというもので、ワイバーンよりも速く飛べるものです」

「どれくらい?」

「最高時速380キロです!」

 

 そう言って胸を張る。

 パーパルディア皇国は第3文明圏の盟主だ。ロウリアの蛮族とは違うんだ。

 

 ニムディスが目を細めて笑みを浮かべた。

 

「ほう。それは随分と速いのう。軍用“輪空機”の巡航速度に近いではないか」

 

 軍用〈リンクウキ〉とは、あの船内に並んでいたヤツだ。

 あれがワイバーンロードに近い速度で飛ぶのか!

 これは褒められたのか?

 褒められたんだよな?

 

 自信がなくて、口を噤んでしまう。

 

 やっぱり甲板の風は冷たい。

 

 僕は二人の隙を見て手帳に書き込む。

 

『軍用リンクウキの巡航速度は時速380㎞に近い』

 

 手帳に書き記すことは、とくに咎められることはなかった。

 ただあの嫌味な男ジョンが「ではわたしも」と言って、我々三人の目の前でこれ見よがしに手帳に書き込むようになっただけだ。

 それが随分と小さな手帳で、僕の手帳の半分以下の大きさだった。

 あんなものが使い物になるのか?

 

 ある時、ジョンがペンを一本くれた。

 嫌みったらしく「そのペンでは大変そうですからなあ」と言って。

 もらったのはインク壺に浸けなくても書けるペン。

 万年筆なら見たことがあるけれど、超高級品なので、僕みたいな若手職員にはとても手が届かない。

 その万年筆とも違うペンだ。

 おかげで、こうして外に出ても手帳に書けるようになった。

 

 気がつくと、軍服姿の女が近づいてきていた。

 マリー・シモン中尉。確かそんな名前だ。

 この艦でムディス殿下とジローの世話係を担当しているらしい。

 

「失礼します。どうやら接岸できるようです。軽対空艦《扶翼(ふよく)》が接岸しますのでそちらに移動願います。あの8番の旗の艦です」

 

 皇都エストシラントの港はムーの輸送船でも接岸できる。

 当然この軍艦でも接岸できるはずだ。

 ロウリア王国のような文明圏外の港とは違うんだ。

 

 だが接岸するのは別の船らしい。移動しなくてはいけないようだ。

 

 小船で移動するのかな?

 それとも〈リンクウキ〉で移動するのかな?

 

「では、早速飛んでいくかの」

 

 やはり飛行機械に乗るのか。

 

 するとニムディスは両脚を曲げて体を沈めた。まるで跳び上がろうとする獣のような仕草だ。

 

 ん? 何をする気だ?

 

「待った! この人たちを運ばなくては。邦外人は飛べないんだ」

 

 ジローが慌てて、ニムディス殿下の肩を押さえた。

 

“邦外人”――彼らは外国人をそう呼ぶ。トルキナ連邦の外の人という意味らしい。

 でもその後の言葉が気になる。

 

 え? 

 邦外人は飛べない?

 つまりトルキナ人は飛べるのか?

 

「さようなことか。グリオナよ。この者らを抱えてついて来い」

 

 色黒の小柄な女が前に出てきた。

 

 名前はグリオナ。

 ダークドワーフの女だ。

 黄金色きらめく軍服で小さな体を包んでいる。

 どう見ても近衛兵だ。

 ニムディスが王族だから、近衛兵が護衛に付いているんだろう。

 

「ゆっくり行かないと危ないよ」

「わかっています」

 

 ジローの声に、グリオナは短く答えた。

 

 え?

 いや、ちょっと待て。

 このドワーフの女が僕を抱えて飛ぶのか?

 

 僕はこの小さなドワーフの女に“姫抱っこ”で抱えられる自分の姿を想像した。

 屈辱に顔が赤くなりそうだ。

 思わず手帳を持つ手に力が入ってしまう。

 

「籠に入れてあげなよ」

 

 ジローの言葉に、グリオナの表情が一瞬「あっ」と何かに気付いたように動いた。

 

「…わかっています」

 

 明らかに分かっていなかった反応だった。

 けれど、僕はそれどころじゃない。

 

 籠?

 鳥籠みたいな?

 大きな鳥籠に入れられるのか?

 

 数分後、甲板の一部が下がり、戻ってくると、そこには小さな納屋が建っていた。

 

「これに入ってください」

 

 この納屋が籠なのか…

 

 ドアを開けて中に入ると、背もたれの大きな椅子が並んでいた。

 小さな窓が付いていたが開けることはできないように見える。

 

 この椅子の並びに見覚えがあるぞ。

 あの〈リンクウキ〉の中身と同じだ。

 

 その一つに、あのジョンが座っていた。

 街の浮浪者のようなヨレヨレのコートを着て、歩き方もどこか品がない。

 ペンをもらっておいて言うのもなんだけど、これでも政府の職員だっていうから驚きだ。

 ただ皇国にも、出先の下っ端になら、こういう品のない男がいるのを見かける。

 僕らの相手はそんな下っ端の仕事なんだな。

 

「座席に座ったら、こうやってベルトを締めてくださいよ」

 

 ジョンは柔らかい椅子に座って、手慣れた手つきでベルトを締めて見せた。

 こんな品のない男に指図されるのはなんだかいい気がしないのか、ガルドール主任の顔が渋い。

 

「あの〈リンクウキ〉に乗った時と同じでいいのか?」

「はぁい」

 

 主任が尋ねると、ジョンが大げさに頷いた。

 

 ジョンは立ち上がって三人のベルトを一つ一つ確認していった。その手つきが妙になれていて、まるで日課にでもしてるようだ。

 そのうち満足したのか、自分の席に座り、慌ただしくベルトを締めると、天井に向かって叫んだ。

 

「準備完了でーす!」

 

 どこからともなく声が帰ってきた。

 

『では、運びます!』

 

 …え? 今の声、どこから?

 

 次の瞬間、部屋がぐらりと揺れた。

 床が、いや、部屋全体がふわりと持ち上がったような感覚。

 体が下に押しつけられて、椅子に沈み込む。

 

 なんだ? この感覚は?

〈リンクウキ〉の時とも違うぞ。

 

 ゆらゆらと揺れ始める。

 揺れがまるでブランコのようだ。

 

 これは、まさか…何かにつり下げられている?

 

「3分で着きまぁす。心配は要りませぇん」

 

 ジョンが、いつもの大げさな調子で言った。

 

 あの〈リンクウキ〉の下に、この籠がぶら下がっているのか?

 いや、まさか……でも…この揺れ、ありそうだ。

 

 落ちたりしないのか? 本当に? 本当に大丈夫なのか?

 

 この“籠”を吊り下げているロープが切れて、落ちるところを想像してしまい、脚が急に冷たくなる。

 心なしかロープが軋む音が聞こえる気がする。

 いや、気のせいだ。きっと。

 

「これはどうやって飛んでいるんだ?」

 

 上司のガルドール主任がたまりかねたように尋ねた。

 

「え? ああ、グリオナ・スラトシャール中将が運んでいます。ロープを両肩に掛けていますので落としませんよ」

 

 はあ? ロープを両肩に?

 どうやって?

 グリオナ…あの小柄なダークドワーフの女が?

 どうやって? どうやってそんなことが?

 

「あのドワーフは魔道士なのか? 飛べるのか?」

 

 主任は飛べることに食いついてる。

 

(けど僕が気になるのはそこじゃない!)

 

 確かに飛べるのは不思議だ。

 ただ「魔道士にはそういうヤツがいる」と言われればそう思える。納得できる。

 けれど――

 

(この籠を? この重さを? 持ち上げる?)

 

 男4人に座席と、この籠自体の重さは?

 300㎏はあるんじゃないか?

 それをあのチビ女が持ち上げる?

 しかもぶら下げて?

 飛んでる?

 マジ?

 

 頭がぐらぐらする。いや、この籠が揺れている。そして僕の常識も。

 

 僕のそんな混乱をよそに、会話はいつの間にか進んでいた。

 

「トルキナ市民は皆“浮遊魔法”を使うんですがね。“飛行魔法”となると、教習を受けて“飛行免許”を取得する必要があるんです。いやあ、高速で飛び回るってのは、これが意外と難しいもんでしてね。すぅぐに目が回って全然飛べない人も結構いたりします。“ヒトの脳”ってのは、そもそも飛ぶようにできておらんのでしょうなあ」

 

 浮遊魔法? 飛行魔法?

 

 言葉は聞き取れてるのに、内容がまったく理解できない。

 

 教習? 免許が必要? 高速で飛び回る? 目が回る? 飛ぶようにできてない?

 

(何がどうなってる…?)

 

「つまりあのドワーフはその免許とやらを持っているのだな?」

「はい」

 

 ガルドール主任は冷静に会話していた。

 

(え? そこ納得する?)

 

「貴様は持ってないのか?」

「わたしも持っています。ですが、この籠に乗れば飛行魔法を使うのは一人で済みますから、魔力の節約に繋がるんですよ。わたしのね」

 

 ジョンが冗談めかすようにそう言って笑った。

 

 サッパリ冗談に聞こえない。

 

(いったい、どこまでの力を持ってるんだろうか……)

 

 そのとき、ドン、と鈍い音がして、体が座席にズンと沈んだ。

 痛くはなかった。

 ただ心臓が跳び上がった。

 

「到着でーす。さ、降りましょう」

 

 ドアをくぐると、三人が待っていた。

 エルフの貴婦人ニムディスとその夫ジロー。

 そして――この籠を運んだという、ダークドワーフの女魔道士、グリオナ。

 

「来たか」

 

 僕はキョロキョロと見回した。

 甲板の様子はさっきまでの空母とはまったく違っていた。

 

 狭っ苦しい?

 いや、充分に広い。

 でもなんだか、ごちゃごちゃしてる?

 

「ここは…?」

 

 僕の呟きが聞こえたのか、ニムディスが鋼鉄の壁をペシペシと叩いて言った。

 

「軽対空艦《扶翼(ふよく)》じゃ。これは砲台じゃな」

「ほ、砲台……」

 

 僕は見上げた。

 陽光を反射してそびえ立つ、煙突のような鉄の柱。

 

 …高い。20メートルはありそうだ。

 

(でもこれなら、帆船のマストの方が高い!)

 

 そんな自分の考えに苦笑する。

 

 違う。これは木じゃない。鉄製だ。

 しかも砲台。つまり魔導砲だ!

 帆柱と比べてどうする!

 

(この大きな魔導砲でいったい何を撃……)

 

 ふと胸がせり上がるように高鳴り始めて――

 

「あの! 一つ教えてくださいっ!」

 

 僕は、おもむろに声を上げた。

 

「ん? なんじゃ?」

 

 ニムディスが顔を、灰色の目を向けてきた。

 

「あなたたちは、いえ、あなたは、皇国をどうするつもりですか!」

 

 一瞬、時が止まった気がした。

 それはきっと、皆が立ち止まったせい。

 

 尋ねてはいけない気がした。

 でも尋ねずにはいられなかった。

 何も知らないまま、何かが終わってしまう気がする。

 

 それは……

 そんなことって―――!

 

 気付くとガルドール主任とゼルードさんも、驚いた顔で僕を見ている。

 その横でジョンが目を細めた。

 

(しまった。言ってしまった……)

 

 僕の胸が緊張で高鳴る。

 息が浅くなる。

 

 ニムディスが首をかしげた。

 まるで“猫の鳴き声の意味を考える”ような表情で。

 

「わらわはそなたらの国をよう知らぬ。知らぬ国をどうするか、なぜ決められる?」

 

 僕はニムディスの目を見つめた。

 その真意を知りたかった。

 

「まずは見る。そして知るのじゃ」

 

 その目に浮かんだのは、ささやかな興味……?

 

 ――まずは見る。そして知る。

 

 それが彼女の答えだった。

 

「そ、それは…」

 

 まだ決めてない――

 

 この人は皇国を“見た”とき、いったいどうするのか…?

 この人が皇国を“知った”とき、皇国はいったいどうなるんだろうか…?

 

(……)

 

 そのまま何も言えないでいると、彼女はガルドール主任に向いた。

 

「では接岸まで船内で待つとしよう。パーパルディア皇国政府への紹介を頼むぞ」

「わかった」

 

 ガルドール主任が神妙に頷いた。

 

 港に着けば、解放される。

 この”虜囚生活”も、ようやく終わる。

 

 主任の返事を聞き、僕は考えた。

 

(本当に奇妙な日々だった。しっかりと報告しないと!)

 

 言葉にして残さないと――きっと誰も信じない。

 

 本局には、すでに魔信で到着を連絡してある。

 もしかして迎えが来ているかもしれない。

 

 陸地に目をやると、港の輪郭がかすかに見えた。

 

(国に帰ってきたんだ…ようやく帰ってきたんだ……)

 

 僕の胸は高鳴っていた。

 

 喜びのために、そして不安のために――

 





 次回は来年です。更新日は未定です。
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