トルキナ連邦召喚   作:mogatoku

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3 接触

 

 

中央暦1639年1月19日 朝8時  クワ・トイネ公国軍 第六飛竜隊

 

 

 竜騎士マールパティマはワイバーンの背に伏せるように、潮風を受け流しながら海上の空域をパトロールしていた。

 最近は隣国との関係が悪化しており、軍事衝突の懸念が高まっている。海からの攻撃も充分にあり得る。警戒を密にしなければならず、こうしてパトロールが増えている。

 

 海には漁船が二つ、後ろには交易船がさっきまで見えていたが、もう見えなくなっている。空はただ青空が広がるだけ・・・

 

 ん?

 

「なんだ!あれは?」

 

 視界の端に白い点が浮かんでいる。

 陸に向かっているようだが、ワイバーンが海を越えられるはずはない。いったい、どこから飛んできたというのだろうか? 

 

 マールパティマは手綱を引き、自分のワイバーンをその点に向けて速度を速める

 風を切る音が強まり、白い粒が大きくなってくる。

 

「羽ばたいていないぞ」

 

 胸の奥が冷たくなる。

 すぐに司令部に連絡を入れる。

 

「我、不審な飛行物体を発見、確認のため、これより接近する。現在地は・・・」

 

 応答があった。

 

『こちら司令部。了解した。確認の上、報告してくれ。わかっていると思うが安易な攻撃は控えるように』

 

 安易な攻撃は、ロウリア王国に戦争の口実を与えかねない。

 その意味を噛みしめながら、マールパティマはさらに高度を上げ、不審な飛行物体へと迫っていった。

 

 どうやら、ワイバーンより大きそうだ。長さはどれくらいあるだろうか?

 

 ん? 人が乗っているのか?

 

 白い胴体の上に小さく、人の上半身が見える。こちらに向かって手を振っている。

 

「おーい。おーい」

 

 声がやけに大きいな。高度は同じくらいだ。

 マールパティマはいったんすれ違い、距離を詰めて並行する。

 一瞬、追いつけないかと思ったが、気のせいだったようだ。

 飛行物体は全体が白く、翼を持っていた。翼の前面には丸い枠のようなものが付いており、中で何かが回っているのか風を切る音が鳴り続けている。

 

 鉄竜――そう呼ぶしかない。

 

 金属がこすれるような音が絶えず響き、翼の表面には見慣れない印が描かれている。

 マールパティマは風圧に邪魔されながらも声を張り上げる。

 

「クワ・トイネ公国軍第6飛竜隊だ。あんたは何者だ! なぜ我が国に向かっている!」

 

 すると、手を振っていた人影は驚いたような動きを見せ、胴体の中に潜り込んだ。

 穴が開いている――天窓のようだ。

 

「おい。言葉が通じるぞ」

 

 風の音に混じって、そんな声がかすかに聞こえてきた。

 やがて、別の男が姿を現した。

 

「すみませーん。我々が何者かお答えすると長くなりますので、一旦どこかに着地してから、ご説明したいと思います! どこか着地しても良い場所はありますかあ?」

 

 その声はさらに大きく、風圧をまったく気にしていない様子だ。

 まるで近くの宿を尋ねる旅人のような態度に、マールパティマは思わず声を失いかける。

 

「な! 領空侵犯しておいて、帰らずに降りるつもりか!」

「夜通し飛び続けて疲れているんです。このままでは海に落ちてしまいます。どうか、一旦着地させてください。お願いします!」

 

 その声が切実さの滲んだものに変わったため、マールパティマは、休ませるくらいなら構わないかもしれない、と思った。

 

「わ、わかった。ちょっと待て、今、確認する」

 

 そう答えると、飛行物体から距離を取り、司令部に問い合わせた。

 やがて返答があり、海岸近くのひらけた草原に着地の許可がおりた。

 

「着いてこい。着地場所まで誘導する」

 

 マールパティマが向きを変えると、大きな白い体はやや大回りで方向を変えた。

 目的の地点が見えてきた。振り返って声を張り上げる。

 

「あの草原に着地しろ!」

 

 胸にかすかな不安を押さえ込みながら指示を出した。

 

「わかりました」

 

 男がそう答え、白い胴体の中に潜り込んだ。穴はすぐに塞がった。

 

 マールパティマは、先に着地し、白い鉄竜の動きを見守った。

 それは竜騎士の上を通り過ぎてから旋回して近づいてくる。いつの間にか下部には車輪が伸びている。

 その時、胴体の底面が開いた。

 (なか)から小さな子ども達が次々と現れ、底面に広がる雲梯(うんてい)のようなものにぶら下がる。それをつたって胴体や翼に散らばっていく。

 数えてみると8人いる。

 

「な! なんて危険な!」

 

 思わず声を上げた。

 鉄竜は草原に()り、車輪が草原に触れる。

 すると子ども達も足を地につけ、同時に前に引っ張られるように進み始めた。後ろに引っ張り、鉄竜を止めようと、踏ん張ろうとしている。

 その様子はまるで、下り坂で走っている時に急に止まろうとする子どものように、駆け足でトットットッと前に進む。

 鉄竜はそのまま、その体一つ分の距離だけ進んで停止した。

 どう見ても、あの子ども達が止めたようにしか見えない。

 

「どうなってるんだ・・・これは・・・?」

 

 マールパティマはその光景に言葉を失った。

 竜騎士の自分には到底考えられない方法で、その鉄竜は草原に降り立ったのだ。

 

 あの体はそんなに軽いのだろうか・・・

 それにしても、あのように地面に降りるのはどう考えても危険だ。

 

 そんなことを考えていると、鉄竜の左側面の扉が開き、今度は大人四人が姿を現した。

 子ども達が整列する。いや、よく見ると子どもではない。

 緑色の肌をした六人と、マールパティマと同じ色の肌が二人。

 小さい種族のようだが、動きは機敏で、ゴブリンと呼ぶにしてはあまりに整然としている。

 服装は皆同じで、紺色のつなぎ服に顔以外を覆う帽子をかぶっていた。

 

「どうも。着地を許可していただき、ありがとうございます」

 

 先ほどの男が近づいてきた。

 今度は帽子を脱いでおり、長い耳が目に入った。

 

 エルフだ。

 

「わたしはトルキナ連邦の外務監査員をしております、アラハエル・ディル・露伴と言います。いまここに居る調査隊の主任でもあります」

 

 マールパティマは背筋を伸ばす。

 

「クワ・トイネ公国竜騎士マールパティマだ。もうすぐ飛竜隊の隊長がここに来る。詳しい話はそれからにしてもらいたい」

 

 次々に訪れる驚きに、マールパティマの思考は追いつかなかった。

 羽ばたかない鉄竜も、この小柄な種族の者たちによる着地の様子も、理解の外にある。

 話は隊長が来てからの方が良い、

 そう思ったのだが、あまりにも多すぎる驚きに、竜騎士としての警戒心すら薄れ、ただ理解の糸口を探そうとしてしまう。

 気付けば、整列している小柄な種族に視線を向けてから、そのエルフに問いかけていた。

 

「この者たちは・・・いったい何者なんだ?」

 

 

 

連邦暦395年1月20日 中央時間10時頃 トルキナ連邦 園都

 監査府本庁舎 監査人執務室 ニムディス最高監査人席

 

 

「西方調査先遣隊が人類と接触したわ」

 

 ジョアンナ・ボールドウィン監査官の報告は簡潔だ。

 

「種族はエルフ。飛竜に騎乗して輪空に近づき、声を掛けてきたそうよ。速報はこれね」

 

 そう言って差し出す文書をニムディスは受け取る。

 

「そうか。ご苦労なのじゃ」

 

 ジョアンナの足音が遠ざかるのを聞き流しながら、ニムディスは報告書に目を通す。

 

 飛竜に騎乗した兵士が飛行して声を掛けてきた。

 翻訳板の使用前から言葉が通じた。

 現在は軍の施設にて宿泊し事情聴取を受けている。

 兵士連の種族はエルフ・ニンゲン・獣人。態度は良好・・・

 

 人類がおることは『問いかけの間』にて言葉を引き出してきたジローから聞いておったゆえ、特に驚きはないのじゃが、翻訳板なしで言葉が通じるというのが不思議じゃ。古典装備の国とは意外じゃった。近代装備の世界と思うたのじゃが。

 獣人とはどんな種族なのかわからぬな。鳥竜人のようなものであろうか。

 一応、わらわが行くことにはなるが・・・

 

「さて護衛はどうしようかの」

 

 ニムディスは立ち上がり声を張り上げた。

 

「ジロー!」

 

 夫でもあり同僚でもあるジローの席は左の壁側にある。

 

「済まぬがこちらに来てくれぬか! 話がある!」

「わかった! すぐに行くよ!」

 

 机の書類をまとめる音が聞こえた後、ジローが秘書官を伴いやって来た。

 

「西に人類が見つかった」

 

 ニムディスは報告書を渡す。

 ジローは机の対面の椅子に腰を下ろし、目を走らせる。

 

「なるほど・・・言葉が通じるのは助かるな。古典装備の(くに)か。なのに魔信と呼ばれる通信機を使っていると。飛竜に騎乗し、魔力を持つ。見かけた兵士連の体力の見立てはE1からD1相当だって? 魔力ならともかく、体力がD級の異邦人なんてターラにはいなかったぞ」

 

 D1相当とは、大陸の茶熊並。あるいは加護を失った男ノーク並か。鍛えあげた場合の。

 

「そうじゃな。魔力ならC級まではおったが、体力はみなE級じゃった。等級上昇というのがあるのやもしれぬ。まあ、我らにもあるわけじゃが」

 

 ジローが肩をすくめる。

 

「もしあるとすれば、苦労させられるハメになるなあ」

 

 その言葉とは裏腹に、その表情はあまり気にしていないように見えた。

 

「西方ゆえ慣例どおりわらわが行くことになるのじゃが、ジローはどうする」

 

 こう言えば一緒に行くと言うじゃろうな。特に何もなければじゃが。

 

「一緒に行こう。この世界の人類との接触は初めてだからね」

 

 保護国が消え、最高監査人の仕事は減っている。しばらく外遊に出かけても問題ない。

 思い通りになったニムディスの声は少しだけ弾む。

 

「アメリア、連邦軍の準備はどうなっておる」

 

 秘書官アメリア・ヴィシナンザが立ち上がり、即座に答えた。

 

「連邦第13軍海軍団甲艦隊があらかじめシーナ西方沖に待機してる。先遣隊に何かあった場合はすぐにでも救出に向かえると聞いてる」

「ならばそれに乗っていこうかの」

「では監査人二名と監査府職員連が乗艦すると伝えてくれるかい」

 

 ジローがアメリアに尋ねた。

 

「わかった。外務局は西方部から30名出すことになってる。陸軍団も同行するそうだけど、直轄軍はどうする?」

 

 陸軍団――連邦第13軍の陸軍団のことじゃろうな。

 

「同行する陸軍団が第何軍かは聞いてるかい?」

「第13軍第1旅団と、第11軍第1旅団と聞いてる」

 

 第11軍第1旅団とは、正式には「第11軍・陸軍団・第1師団・第1旅団」である。

 第13軍は近代装備軍だが、第11軍は古典装備軍だ。

 

 つまり、上陸の際には、古典装備の兵士を伴うことになる。

 なるほど。相手に近代装備を見せぬようにするなら妥当じゃな。

 

 ニムディスは軍の考えに得心した。

 古典装備の5個軍はまとめて古典装備群と呼ばれる。

 これは前近代国家を相手にするための軍なのだ。

 

「そうか。直轄軍については直轄軍に決めさせてくれ。決まったらシーナ基地に連絡を頼む」

「わかった」

 

 秘書官はさっそく机に戻り電話を掛け始めた。

 ニムディスは眉を寄せる。

 

「しかし・・・古典装備の国に近代装備の艦隊で押しかけるとまずいのではないか?」

 

 ドラゴン戦争で慣例は崩れてしまったが、それ以前は古典装備の国には近代装備を見せないのが常であった。外交的配慮でもあり、安易な技術流出を防ぐためでもあった。

 

 ジローが軽く肩をすくめる。

 

「ドラゴン一頭に対応できる単位が近代装備軍の1個艦隊か1個師団だからね。最低でもこれくらいは連れて行きたい。上陸させる第11軍は古典装備だからそんなに問題にはならないだろうよ」

「じゃが・・・近代装備艦隊では相手が態度を硬化させるやもしれぬぞ」

「まあ仕方がない。どんな危険があるのか判らないからね」

 

 確かにそうじゃな。いざという時に対応できねば意味がない。

 

「出発は明日の朝じゃな」

 

 ニムディスは声に決意を込める。

 人類との接触があった場合にすぐに向かえるよう、準備は整っている。

 

「明日の朝一番にシーナ基地まで出発だ」

 

 ジローが軽やかに行った。

 

「方針としてはターラの時と同じじゃな」

 

 転移前の方針は、最初は連絡体制を構築し、互いの領民の地位保全と漂流、漂着者への保護及び帰還支援を約束することじゃった。

 

「そうだけど、もっと急ぐ必要がある。外交関係の構築と情報の収集、そして食料と資源の確保だな。ジュリエット、執政人に繋いでくれ、わたしから報告する」

 

 つまり通商の話まで持っていくのか。

 

「わかったわ」

 

 ジローの秘書官ジュリエット・ランベールがすぐに動き出す。

 

「相手次第だけど、大枠について合意するのが望ましいな」

「じゃから我らが行くのであろう?」

 

 わらわ達最高監査人こそが外交の権限を有しておる。

 

「そうだね。二人で行けばその場で決められる」

 

 ジローが笑みを浮かべるが、ニムディスは首を振った。

 

「調べる必要がなければじゃがな」

 

 ――まあそう上手くはいくまい。

 

 未知の人類との接触はこれまでも経験してきた。一筋縄ではいかないことも多い。

 ニムディスはあまり楽観視してはいなかった。

 

 




次回の投稿は明日の予定です。
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