トルキナ連邦召喚   作:mogatoku

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5 来航とイノス ―― 動揺と忍耐

 

 

中央暦1639年3月3日

 パーパルディア皇国 皇都エストシラント

  国家戦略局 局長室

 

 

 初春の陽光はいまだに冷たい。

 まるで“冷えた紅茶”のようだ。

 そんな冷たい陽光が差し込む部屋で、机に座り眉間にしわを寄せている男がいた。

 

 そう。

 イノスは文書を読んでいた。

 

 

 緊急追加支援物資 南方担当課 課長決裁にて発注・納品確認済

 帆布 1万枚

 理由 一部ガレー船を帆船とし、戦力を向上させるため。宰相談「帆柱はすでに用意済みなのでよろしく!」

 

 

「ぐほっ!」

 

 イノスはのけぞった。

 

「と、どこまでタカるつもりだ! こいつらは!」

 

 ロウリア支援はすでに莫大な金額に膨れ上がっている。

 

 このままではそのうち国家予算の1パーセントに達してしまうんじゃないか?

 

 確かにこれで手つかずの資源を獲得できるなら、投資額としては決して多くはない。

 むしろ、適切な投資だと言える。

 だが、これがすべて水泡に帰してしまえば?

 少ない損失だとさらっと流してもらえるか?

 

 無理である。

 

 イノスは思った。

 

(多い。とても多い。アホ国王から取り返したい…)

 

 本来ならすぐにでも南方担当課に指示すべきだ。

「これ以上の支援は差し止めとするっ!」と。

 

 だが、しかし!

 

(これが難しい…)

 

 下手に動くと、損失が確定してしまい、わたしが処断される。

 かといって何もしなければ「不作為」として、やっぱり処断される。

 どっちに転んでも、わたしは処断されてしまう。

 イノスは叫んだ。

 

「あのアホ国王があっ!」

 

 勝手に武力衝突して、勝手に敗北しやがって!

 おかげで、うちの連絡員まで捕まってしまったじゃないか!

 

 皇帝陛下のご命令は「礼をしてやれ」の一言。

 そんなに簡単にいくのだろうか…

 

 イノスの心は重く沈む。

 

(わたしはいったいどうすれば…)

 

 その時、ノックの音が響いた。

 

「入れ」

 

 勢いよくドアが開き、次長のパルソが駆け込んでくる。

 

「局長! 艦隊です! 港の沖に現れたとの連絡が!」

 

 イノスは心臓が飛び跳ねた。

 だが表情を変えずにいることには成功した。

 

「…来たか」

 

 イノスは静かに頷いた。

 なんだか腹がギュウっと縮んだ気がした。

 

(と、とうとう来てしまった…)

 

 連絡員からは魔信で知らせを受けていた。

 パルソがまとめた報告書も読んだ。

 だがどこか現実味がなかった。

 対策は何も思い浮かばなかった。

 

 そして、ついにその艦隊が現実になって現れたのだ。

 緊張で高鳴る胸の鼓動。

 

(まるで新人の頃みたいだな)

 

 イノスは苦笑した。

 

 行きたくはないが、皇帝陛下のご命令だ。

 それに部下三人を取り返さなくてはならない。

 

「わかった。わたしが行こう」

 

 イノスはすばやく文書を重ねて、立ち上がった。

 

「わかりました。馬車を手配してきます」

 

 退出するパルソの背中を見送ると、イノスは暖炉横の台まで歩いた。

 

 連絡する約束だからな。

 

 台上の魔信を起動して受話器を耳に当て、目的の相手に接続する。

 暖炉の火が肌に熱い。

 

(なんだかわたしの頬が火照ってるみたいじゃないか…)

 

“第3外務局です”

「国家戦略局長のイノスだ。局長のカイオスはいるかね」

“お待ちください”

 

 カイオスなんかと話したくはない!

 仕事横取り男などと口も聞きたくない!

 

 イノスはそんな不満を声に出さないように注意した。

 

(しかし、これは皇帝陛下のご命令…)

 

 トルキナ連邦の相手をカイオスと二人で務めなければならないのだ。

 

 やがて受話器から声が響いてきた。

 

“カイオスだ”

「イノスだ。例のトルキナ連邦の艦隊が来たと連絡があった」

 

 早口になってしまった。ば、バレてないか?

 

“こちらもいま連絡を受けたところだ。わたしも行くからこちらに寄ってくれ”

 

 良かった。カイオスはこちらの動揺に気付いていない。

 ん?

 

(寄ってくれ、だと? 拾えだとっ? 貴様っ! どこまで図々しいやつだっ!)

 

 イノスはそう言いたかった。

 

「わかった。今から向かう」

 

 震えそうな声をムリヤリ落ち着けてそう言い、すぐに受話器を置いた。

 

(おのれカイオス! このわたしをっ! 国家戦略局局長をアゴで使うとはっ!)

 

「馬車が用意できました」

 

 正面玄関を出ると、御者がいつもと同じように扉を開けて待っていた。

 まるで何事も起きていないかのように。

 

(まだ平和だ。今のところは…)

 

「第3外務局に寄って一人乗せてから港に向かってくれ」

「かしこまりました」

 

 御者はいつものように返事した。

 

 イノスは馬車に乗り込んだ。

 座席はいつもより硬く感じた。

 

(いや、わたしの背中がこわばっているのか…)

 

 馬車はやはりいつものように動き出した。

 窓から見える広い敷地の植木は、いつものようにキレイに整えられている。

 だが、イノスの心は整ってはいない。

 

(拾ってくれ、だと…? 仕事横取り男と同じ馬車に乗るだけで、胃が宙返りしそうだというのに!)

 

 石畳を行く馬車が揺れていた。

 イノスの心も揺れていた。

 

 

 

同日 パーパルディア皇国 皇都エストシトラント 東南海岸

 パーパルディア皇国軍 海軍本部 屋上

 

 

「…デカいな」

 

 バルス海将は、静かに望遠鏡を下ろした。

 まだ冷たい風に襟を立てた。

 皇国海軍総司令官として、予告どおり港に現れた艦隊を見るため、屋上に来ている。

 

 バルスは冷静に振る舞っていた。

 だが内心は違った。

 

 なんだ、あの巨大な船は!

 昔見たムーの軍艦でもあそこまで大きくなかったぞ!

 まるでミリシアル帝国の船じゃないか?

 

 予想以上に巨大な軍艦を含む艦隊。

 その艦隊が沖合に陣取り、こちらにいつでも攻撃しようとするかのように、列をなしている。

 1隻が波止場に向かっているが、あれは使者を乗せているんだろう。

 

「あれが例の新興国の軍艦ですか」

 

 隣に立つマータル作戦参謀が、さらっと言った。

 

「2年前に来たムーの巨大輸送船よりは小さいですね」

 

(そ、そうか?)

 

 確かにあの輸送船は巨大だった。

 10年ほど前に先進11カ国会議に同行したが、その時に見たムーの軍艦は、あそこまで大きくはなかった。

 あの輸送船は、二回りは大きいと感じた。

 だが眼前に見えるあの艦隊はどうだ?

 

(あまり違わない気がするんだか?)

 

「あれほど巨大な竜母なら、どれだけのワイバーンを載せられることでしょうな」

 

 マータルが呟いた。

 バルスは沖の巨大竜母へと視線を向ける。

 

 あれが竜母だと?

 海に浮かぶ巨大な金床じゃないか!

 

 竜母にはワイバーンが10頭乗せられる。

 だがあの巨大竜母には50頭は乗せられるんじゃないか?

 いや、100頭いけるかもしれん。

 

「あれは飛行機械の母艦ですよ。竜母ではありません。ムーでは『航空母艦』と呼ばれています」

 

 第2文明圏の盟主ムー。

 五大列強の2位に位置する大国の軍事力は、われらパーパルディア皇国を上回るとされている。

 

(あくまで、されているだけだがな!)

 

「神聖ミリシアル帝国にも同じようなモノがあるという噂です」

 

 神聖ミリシアル帝国。

 第1文明圏の盟主、五大列強の筆頭。

 われらパーパルディア皇国の目標だ。

 

「ふん。飛行機械かどうかあやしい」

 

 圏外国がムーやミリシアル帝国と同等であるはずがない!

 ワイバーンを載せているに違いない!

 ワイバーンなど、皇国軍のワイバーンロードや、改良種ワイバーンオーバーロードの敵ではない!

 

 バルスは自分にそう言い聞かせた。

 

「それにしても柱ばかりで、砲が見当たりませんね」

 

 手前に並ぶ軍艦には、どれも黒い柱が建ち並んでいる。

 まるで工業都市デュロに建ち並ぶ煙突のようだ。

 

「あれは帆柱だろ?」

「帆を張っていませんよ」

 

 マータルは冷ややかにそう言った。

 

「あの一番左奥の艦にあるのが艦砲じゃないか?」

 

 バルスは指差した。

 距離を考えたとしても、手前に並ぶ軍艦に比べてずいぶんと小さい。

 

「前と後ろに1門ずつあるようですね」

「たった2門か。さては、軍艦を大きく作りすぎて予算が足りなくなったな」

 

 バルスはそう喝破してみせた。

 だがマータルは特に反応を見せない。

 

「…ムーの艦砲と同じように旋回するものの様に見えますね」

 

 ただ艦砲の話題を続けた。

 バルスは望遠鏡で見る。

 

 確かに、昔見たムーの砲塔に似ているが、砲が少ない!

 1門しか付いてない!

 

「1門で船を沈められると思うか? 一発撃ってから次を撃つまでにどれくらいかかると思ってる!」

 

 だが、マータルは顎に手を当て、目を細めて海を一心に見続けている。

 

 む…無視した?

 

 バルスが信じられない思いで見ると、マータルが口を開いた。

 

「手前のあの帆柱のようなものは、魔導砲では?」

 

 はあ? 

 

「バカな! あんな巨大な魔導砲があってたまるか! 帆柱と同じ高さだぞ」

 

 海将バルスは即座に否定した。

 すぐに望遠鏡で柱を見る。

 

 まっすぐに伸びている。

 どう見ても帆柱じゃないか!

 どこが魔導砲なんだ!

 

 だがマータルはそんな上官の言葉を、まるで街の喧騒のように受け流して、ただ真剣な表情で沖に目を向けている。

 

 ま、また…無視した?

 

 冷たい風がバルスの頬をなでる。

 

「全部で40隻ですね」

 

 な! 数えていたのか!

 

「40隻か…イノス殿の報告より多いな。だが!」

 

 バルスは胸を張った。

 

「たったそれだけだ!」

 

 大きいから多く見えるが、実際は数が少ない。

 こちらは既にイノス殿の報告を受けて、皇帝陛下のご下命により対応済みだ。

 他の基地からも戦列艦をかき集めた。

 すでに300隻に達している。

 しかもこれからまだまだ増える。

 

「戦列艦で包囲しろ。竜騎士の数を増やし、厳重警戒態勢だ」

 

 バルスは背後に控えるもう一人の参謀に指示を飛ばした。

 

(いざとなったら一斉砲撃してやる!)

 

 魔道砲の砲弾を浴びせてやれば、大きな艦でも蜂の巣になる。

 何度か繰り返せば、必ず沈む!

 沈まなければ、竜騎士団から導力火炎弾の雨を降らせる!

 あの炎は水を掛けたくらいでは消えない。大きな艦だろうと、一度船体に火が付けば、炭になるまで燃え続ける。

 

(…勝てる! これで勝てるぞっ!)

 

 バルスは両の拳を固く握りしめ、冷たい海風に突き上げた。

 拳の先では沖の艦隊は悠然と並んでいる。

 隣ではマータルがじっと艦隊を見つめていた。

 

 

 

皇都エストシラント 路上

 

 

 一方、その頃――――イノスは耐えていた。

 

どこで?

 

 国家戦略局の局長専用馬車の中で。

 

何に?

 

 カイオスの自慢話に。

 

(この男、息継ぎが異常に少ない…)

 

「文明圏外国の相手をするときに絶対にしてはならないこと、それは舐められることだ。第3外務局ではまず相手に強く出てこちらの要求を伝えることになっている。これまでは要求はとにかくこちらの方が上だということを示すためであれば何でもいいとされてきた。奴隷を寄越せとか港を寄越せとかとにかくそういう要求を伝える。だがそれでは意味が無いとわたしは考えている。そこが今までの前任者達に比べてわたしが優れている理由だ。なにしろ私は第1外務局の出身だからな。デキが違うのだよ」

 

(“仕事横取り男”をわざわざ馬車で拾いに来てやっただけでも、わたしは耐えたというのに、その上に、その男の自慢話に耐えねばならないのか!)

 

 イノスは辟易していた。

 

「…具体的にどこが違うのかというとたとえば相手に要求する場合も『奴隷を寄越せ、その代わりにこちらもいざという時は援軍を出してやる』『港を寄越せ。その代わりに皇国海軍が軍艦を置くから周辺国は手出しできなくなるぞ』とか皇国が上に立つことを受け入れることが長期的に見て相手にとっても…」

 

(長期的に見て、わたしの寿命が縮みそうだ!)

 

 イノスは窓の外に視線を向けた。

 街路樹が風に揺れている。

 その一本一本が、カイオスの言葉に頭を横に振っているように見えた。

 

「なにしろ私は第1外務局の出身だからな。デキが違うのだよ」

 

(それはもう聞いたっ。もう3回目だっ!)

 

「前任者たちはただ要求を突きつけるだけだった。だが私は違うのだ。私は相手に“納得させる”のだよ。これが本当の外交というものだ」

 

(はあ。早く着かないものか……)

 

 イノスは、そっとため息をついた。

 だが、カイオスは気づかない。

 むしろ、聞いてくれていると勘違いして、さらに熱が入っていく。

 

「…中には反発してくる所もある。そんな時のために第3外務局には皇国監査軍の指揮権がある。圏外国の蛮族などそれで充分だ。たとえばトーパ王国という国の場合は毎年奴隷を献上させているんだが…」

 

(熱い語りが止まらない……こんな男だったっけ?)

 

「…ちなみにこのトーパ王国の件ではだな。わたしが一言言っただけで向こうの王が震え上がって――」

 

(いつまで続くんだ。この話は…)

 

 イノスは耐えていた。

 

 





次回の更新は明日の予定です。
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