トルキナ連邦召喚   作:mogatoku

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7 困惑のイノス ―― 大国の作り方

 

 

1639年3月3日

 パーパルディア皇国 皇都エストシラント

  国家戦略局 応接室

 

 

 応接室の窓から広い庭園が垣間見える。

 敷地を取り囲むフェンスの手前には、綺麗に剪定された庭木が並んでいる。

 いつもの光景である。

 

 だがイノスの目の前に座る男女二人は、いつもの客ではなかった。

 

 女の名はニムディス・オーレノン・コーワ。

 銀髪に尖った耳を持つ、一風変わったエルフである。

 服装は襟のない服にガウンのような上着を羽織っている。下は外出用と思われるズボンであり、茶色のブーツが顔を覗かせている。

 

(なんだか眼が怖い。野性味がスゴい!)

 

 その隣に座る男の名はコウ・ジロー。

 長身の若い人間である。

 なんか服装に見覚えがあると思ったら、東の島国にありそうな着物だ。

 フェン王国やガハラ神国の服に似てる。

 

(こいつは何も言わないな。何しに来たんだ?)

 

 二人に後ろには護衛の女が座って…いや、立っている。

 ダークドワーフの女だ。

 

(背が低いからつい、座ってんのかと思ってしまう…)

 

 この場所に訪問客が座るのはいつもの事である。

 だが女の口から出てきた言葉は、いつものことではなかった。

 

「国土1500万平方キロに人口3億7千万だとっ? ばかなっ!」

 

 隣に座るカイオスが、身を乗り出して声を荒げた。

 

(いやカイオス、落ち着け!)

 

 確かに信じられない数字であるが。

 

「そなたらはいちいち疑うのじゃな」

 

 ニムディスが呆れたように言った。

 

「ふん! わが国は72カ国の属国を有している。そちらはどうだ!」

 

 カイオスが鼻を鳴らし、勝ち誇るように言い放った。

 

(出たっ! 第3外務局の得意技! 〈属州の数〉自慢だ!)

 

 イノスは行きの馬車の中でこれを喰らい、耐えていたのだった。

 するとニムディスは首をかしげる。

 不思議そうにカイオスを見返していた。

 

「属国? というのはないのう。保護国ならば以前はいくつかあったのじゃが…」

「ほほう。属国はないと!」

 

 カイオスの声が勝ち誇っている。

 属国の数はそのまま国力の大きさを表している。

 国力は皇国が上だ。

 カイオスはそう言いたいのだ。

 

 だがニムディスは、相変わらず不思議そうな顔を向けている。

 そして「ああ」と何かに気付いたように顔になった。

 

「つまり、そなたらは“占領地”を“占領地”のままとしておくのか!」

 

(ん? “占領地を占領地のまま”とは?)

 

 イノスは困惑した。

 

 意味が分からないんだが……

 

「どういう意味だっ!」

 

 カイオスは明らかに苛立っている。

 苛立ちに満ちた声で、挑むように前に身を乗り出した。

 対してニムディスは悠然と背もたれに寄りかかり、考えるように顔を傾けた。

 

(カイオスが怒鳴っても、まったく動じてない…)

 

 やがてニムディスが静かに語り始めた。

 

「わが連邦は国是として侵略はせぬ。じゃが、攻撃されれば話は別じゃ。その時は他国を占領することもある。すると…」

 

 そう言ってまた少し考える表情になった。

 イノスも考えた。

 

(ん? 侵略しない? でも攻撃されたら占領する?)

(…ならアホ国王が余計なことしなければ、問題は起きなかったのでは? あのアホ国王がアホでさえなければ…)

 

 内心でロウリア国王の愚行を嘆くイノスだったが、ニムディスの話はさらに続いた。

 

「まず執政府が総督を派遣する。総督は新しい領地を連邦法に従って治め、住民の教育に努める。義務教育を経た者が兵役を務めれば、市民権を得られるからじゃ」

 

 イノスは困惑した。

 眉間にしわを寄せ、耳を傾ける。

 

(総督が教育する? 何が言いたいんだ?)

 

「そして市民が10万人を超えると準州となり、総督を10年に一度罷免できるようになる。その後は既存の共和国に編入されるんじゃが、それができぬ場所もある。その場合は、そのまま市民が百万を超えると州となり、総督を選挙で選び、連邦議会に代表を送れるようになる」

 

 ニムディスの声色はまるでカイオスに言い聞かせるような響きだ。

 イノスはただ困惑していた。

 まだ彼女の意図が掴めない。

 

 州になるなら属州になるんじゃないのか?

 つまりそれは……

 

(……属国ではないのか?)

 

 次の言葉でそんな疑問が解け始める。

 

「市民が1千万人を超えると、晴れて共和国となるのじゃ」

 

(なんと……!)

 

「だからどうしたっ!」

 

 カイオスがまた声を荒げた。説明を理解できなかったようだ。

 だがイノスは気づき始めていた。

 

(つまり属国を本国の一つとしてしまう――そういうことか!)

 

 横目でカイオスを覗うと、その表情は苛立ちで溢れていた。

 

(いかん! カイオスはまったくわかってない顔だ…。だとするとこれを陛下に説明するのは、わたしということに……)

 

 イノスはお腹が痛くなってきた。

 

「つまり連邦は“占領地”を連邦に組み入れる。ゆえにそなたらの言うような“属国”を持つことはないのじゃ」

 

(やはりそうか! だから共和国がいくつもある連合国家なのか!)

 

 イノスはそう理解した。

 

「それに連邦の国土はすでに広い。資源も豊かじゃ。魔力鉱石以外はじゃがな。他国を従えて富を奪わねば豊かに暮らせぬような小国とは事情が違うのじゃ」

 

 そうやって領地を増やし、国が加わり、増えた結果が先ほどの“国土1500万㎢”なのだろう。

 対して“他国を従えて富を奪わねば豊かに暮らせぬような小国”とは、わが国のことか?

 

(…わたしの仕事を、いや皇国の事情を、よく知ってるのか?)

 

 イノスは不審に思った。

 眉が真ん中に寄ってしまう。

 

「何をっ! 皇国を小国というかっ!」

 

 カイオスもやはり同じように思ったようだ。

 第3外務局は文明圏外の蛮族を相手にする部署だからだろうか。

 舐められたら終わりだと思っているのだ。

 

(そのせいで余計に舐められてる気がする…)

 

 そんな考えを証明するかのように、ニムディスの口元に嘲笑の笑みが浮かんだ。

 

「ほう。そなたらがそうじゃと申すか。わらわは『連邦はさような小国とは違う』と話しただけじゃ。そなたらが『さような小国』じゃとは一言も言うておらぬぞ?」

 

 ニムディスが愉快そうに、青みがかった灰色の眼でカイオスを覗き込む。

 

(愉しんでいるっ! カイオスをイビって、愉しんでるっ!)

 

 カイオスが歯を噛みしめた。

 カチンと歯の音が聞こえた気がした。

 

「ぐぬぬ…」

 

(これは役者が違うな……)

 

 イノスは表情を変えなかった。

 ただ内心でこっそりと苦笑した。

 カイオスには荷が重かったようだ。

 

(わたしにも荷が重いんだが…)

 

「連邦は占領地の民を市民として教育することで、豊かに暮らせるようにする。搾取などせぬ」

 

 ニムディスが明言した。どこか誇らしげだった。

 

(被征服民も同じ国民ということか…!)

 

 これは明らかにわれらのやり方と違う。

 皇国の属領民はあくまで属領民に過ぎない。

 皇国臣民ではあっても、国民ではない。

 彼らはパーパルディア人には決してなれないのだ。

 

(ん? だが保護国があったと言ったよな?)

 

 イノスは気になった。

 そして静かに尋ねた。

 カイオスみたいに見苦しく吠えたくなかった。

 

「先ほど保護国が以前はあったという話だったが?」

 

 イノスはそう言ってしまってから、ふと気付く。

 

(し、しまった。わたしまで嘲笑されてしまうんじゃないかっ?)

 

 内心ひるみまくるイノスに、ニムディスの視線が向く。

 

 挑発的な、嘲笑的な、笑みが――

 

 ――すうっと消えた。

 

 静かに落ち着いた視線になった……ような気がした。

 

(表情が変わった? 嘲笑しないのか?)

 

 イノスは困惑した。

 

「希望する国の政府が申し出れば、連邦政府に納税し、外交権を預ける代わりに、連邦軍がその国を防衛するというものじゃ」

 

 声からも、相手をあざ笑う調子が消えた……ような気がした。

 

「これが属国だと言えばそうかもしれぬの。元々はわらわの生まれ故郷のやり方でな。庇護を求める民を護っておったのじゃ」

 

 その回答は想像とは違うものだった。

 

(税と外交権を引き換えとして国を守る?)

 

 朝貢国に近いか?

 朝貢する代わりに保護を受ける国。

 だが朝貢国は外交権まで預けることはない。

 

(“属領”と“朝貢国”の中間か…)

 

 イノスはそのようにイメージした。

 だが“職業上の感覚”が疑問を呈してくる。

 

(元々は他国だったのなら、やはり独立を目指すんじゃないか?)

 

 イノスはふたたび尋ねる。

 

「共和国の市民たちが独立を求めたらどうなる?」

 

(やはり皇国と同じく弾圧するのか? さあ、どう答える?)

 

 イノスは傾注するように、ニムディスの顔をじっと見つめた。

 

「連邦市民が受ける恩恵は計り知れぬ。独立するとそれを失う。賛同する者はわずかであろうな」

 

 ニムディスの口調はあっさりとしたものである。

 そんなことはあり得ない――そう言わんばかりの自信に満ちた目だ。

 

 被征服民もまた市民として恩恵を受ける?

 だから被征服民は独立しようと思わない?

 

(こ、皇国と全然違う!)

 

 パーパルディア皇国の繁栄の(いしずえ)――それは”官僚機構”と”軍隊組織”である。

 第3文明圏で、唯一皇国だけが、この二つを()()()()()()として有する。

 この力で属領を増やし、富をかき集め、本国を繁栄させ、ついには列強の一画に食い込むほどになったのである。

 

 なのにこの女の国は、征服地をすべて豊かに暮らせるようにしているという。

 

(しかし……それはおかしい!)

 

 イノスの“職業上の感覚”が、納得しない。

 

 富は無限にあるわけではない。

 その限られた富をどう得るのか――それが国家戦略だ。

 皆に恩恵を与えるなど、夢物語に過ぎない。

 

(国家戦略は、国の統治は、そんなに甘くはない!)

 

 国家戦略局で長く働いてきたイノス。

 その“職業上の感覚”から湧き上がる疑い。

 その一つが自然と口から飛び出す。

 

「そんな綺麗事で国を治められるのかね?」

 

 口に出してから気付いた。

 つい疑わしげな声を出してしまったことに。

 

(しまった! 今度こそ嘲笑されてしまうっ!)

 

 だがそんなことにはならなかった。

 

「わらわが治めるのではない。自らが治めるのじゃ」

「自ら?」

 

(民が? 自ら? 治める? ……ムーのようにか?)

 

「そのための連邦議会なのじゃ。無能な代議士や元老を送り込めば、その国は損をする。ゆえに各共和国は優秀なる者を選び、連邦議会に送り出さねばならぬ」

 

(なっ……なんだかムーとも違う…気がする……?)

 

「制度は万能ではない。じゃが、民が賢ければ、国もまた賢くなる。連邦も発展する。ゆえに占領地の総督は、まず教育に努める。すべてはそこから始まるのじゃ」

 

 イノスは言葉を失った。

 目の前の女が語る連邦の姿に。その皇国とのあまりの違いに。

 愕然となってしまった。

 

(この仕組みは……なんだか……理にかなってる気がする……知らんけど)

 

 イノスの“職業上の感覚”がおぼろげながら、理解した。

 そうやって優秀な者を中央政府に集めたら、なんだかスゴい事になるんじゃないかと。

 

(……こんな話、陛下にどう報告すればいいんだ?)

 

 イノスは途方に暮れた。

 ただ相手の顔を眺めることしかできなかった。

 

 

 

同日夜

 パーパルディア皇国 皇都エストシラント

  パラディス城 〈皇帝の間〉

 

 

 ルディアス皇帝陛下が不機嫌な顔で、机を指でトントンと叩いている。

 

「それで、おめおめと引き下がってきたのか!」

「も、申し訳ございません! ですが、明らかに列強並みの文明国のようですっ」

 

 イノスは深く頭を下げた。

 カイオスは…隣で黙って頭を下げている。

 だが、皇帝陛下の厳しい目はイノスに向けられていた。

 

(お、おかしいっ!)

 

 イノスは思った。

 

 あのエルフ女相手に優位に立とうとして失敗したのは、カイオスではないかっ!

 なぜわたしが報告してるのだっ?

 なぜ私が責められるのだっ?

 

 カイオスに責任を取らせる作戦は、早々に破綻していた。

 

「アルデ!」

「は」

「貴様はどう思う」

 

 皇帝陛下が軍の最高司令に話を振った。

 イノスは頭を下げたまま耳を澄ませた。

 

「はい。あの軍艦は鉄で覆われています。大きさもミリシアル帝国の軍艦と同じくらいに見えます」

 

 背後から響くアルデの声は、言葉を選ぶような慎重な響きがあった。

 

(“覆われている”だって? いやいやいや! 鉄でできてるぞ!)

 

 イノスは思わず顔を上げた。

 

「ミリシアルとつながりがあるということか?」

 

 皇帝が顔を動かさず、目だけをイノスの右後方へ向けた。

 そこにはアルデが控えているのだ。

 

 あのような大きさの船はミリシアルが持っている。だから、もしかするとミリシアルが支援しているのかもしれない。

 

(陛下はそうお考えなのだろうが…)

 

「それはまだわかりません。ですが、少なくともあのような形の軍艦は、ミリシアル帝国でも見たことありません」

 

(そのとおり。ミリシアルの船とは見た目が違う!)

 

 イノスは心の中で頷いた。

 実は会談終了直後に、パルソが報告してきたのである。

「資料を確認したところ、あの軍艦はミリシアルのものとは色も形も違います」と。

 当然だが国家戦略局は第1文明圏のことも調査してある。

 イノスはその局長なのだ。

 

「勝てるか?」

 

(どうかな…)

 

「充分な数の戦列艦とワイバーンロードを揃えれば、必ず!」

 

 アルデが慎重に前置きしつつ、そう断言した。

 それは戦場の経験に裏打ちされた自信を帯びていた。

 

(数で押せば勝てる、か…)

 

 まるでこちらが蛮族のような戦法だな。

 あの女が聞いたらどう反応するだろうか?

 

 イノスは思い浮かべてみた。

 

“数で押せば勝てるとな! 蛮族にふさわしい戦術じゃな! 下手な鉄砲も数打ちゃ当たると言うからのう。アッハッハッ!”

 

 蔑むように高笑いするニムディスが見えた。

 イノスはあわてて首を振り、その姿を振り払う。

 

 アルデは皇国軍の最高司令だ。

 自分の発言が「蛮族は自分たちの方だ」と認めていることになるとは…

 

(…気付いていないだろうな。軍人にそのようなことを考えろと言うのは酷だが…)

 

 イノスは内心で、こっそりと、ひっそりと苦笑した。

 

「エルト!」

「はい」

「連邦の扱いはどうすべきだと思う」

 

 皇帝陛下が今度はエルトに尋ねた。

 エルトは第1外務局の局長。その第1外務局は、列強国との外交を担当する部署だ。

 

“トルキナ連邦は第1外務局が扱うような列強なのか?”という意味だろうか……

 

(だとしたら、カイオスはお役御免だな!)

 

 イノスは少しだけ心が弾んだ。

 

「それを決めるためにも、まずは情報を集めるべきかと」

 

 エルトは答えを避けた。まだ判断がつかないようだ。

 そこにカイオスが口を開いた。

 

「恐れながらまだ報告がございます」

「なんだ。カイオス」

「連邦はわが国の使節団を迎える用意があると申しておりました」

 

(ん? そうだったっけ?)

 

 確かに、ニムディスに「さように疑うなら見に来くるがいい」と言われたが……カイオスが!

 

 イノスは自分が言われたわけではなかったため、ついその報告を省略してしまっていたのである。

 

「皇国が文明圏外の国に使節団だと!」

 

 皇帝陛下の声に苛立ちが滲んでいる。

 まだトルキナ連邦の力を認める気はないご様子だ。

 

(だが、それも無理はない…)

 

 イノスは思う。

 

 なにしろ今日やって来たばかりなのだ。

 このわたしでさえ、まだ何も知らないも同然だ。

 現在、皇国で最もトルキナ連邦に詳しい者は、拘束されて戻ってきたあの三人だろう。

 

 イノスはまだ報告を受けていない。

 三人が到着する前に会談が始まったためだ。

 明日の朝にでも話を聞くつもりなのだ。

 

(少なくとも三人から話を聞くまでは、何も判断したくない…)

 

「そう言いましたところ、使節団がだめなら調査団でもいいとも申しておりました」

 

(え? そうだったっけ?)

 

 イノスは思い返す。

 

 あれは確か――

 

―――

 

「そんな話、信じられるかっ!」

 

 そう怒鳴るカイオスに、ニムディスが呆れた表情で言った。

 

「さように疑うなら見に来るが良い」

「文明圏外の国に皇国が使節を送るだと! ふざけるな!」

 

 カイオスがまた怒鳴る。

 するとニムディスがまたニヤリと笑みを浮かべた。そして眉をクイっと吊り上げた。

 こちら見下げた表情だ。

 

(見下してるっ! いきがる子どもを見下ろすような目をしてる!)

 

「ほう。公式の使節を出す余裕がないか。ならば調査目的の下っ端でもかまわぬぞ? とっとと真偽を確かめるが良い」

「なんだとっ!」

 

 どうみても侮蔑と嘲笑の表情にしか見えなかった。

 

―――

 

 …あれは…たぶん「さっさと仕事しろ」と言われたんだな。……カイオスが! 

 

(カイオス! 報告がちょっと歪んでるぞ! 不正確な報告では国家戦略は成り立たないぞ!)

 

 イノスはそう言ってやりたかった。

 

「ふん。新興国風情がこざかしい。だがイノスには荷が重そうだな。エルト!」

「は」

 

 へ?

 

 いや、確かに荷が重いのは事実だ…仕方がない……

 ただ……もしかして挽回の機会を逃してしまった?

 このままロウリア王国への支援が無駄になったらどうなる?

 わたしが責任を取らねばならなくなる!

 

(だがっ!)

 

 イノスは思った。

 

 自分はもともと外交官ではない。

 外交官として訓練を受けてもいない。

 

(あのようなタイプを相手するのはムリだ……)

 

 イノスはあのエルフ女と渡り合う自分の姿を想像できなかった。

 

「カイオスと共に相手をしてやれ」

 

 皇帝陛下がエルトに命じた。

 

 へ?

 何ですと?

 カイオスは外さないですと?

 エルトが入るなら、カイオスは外れるべきでは?

 

 イノスは耳を疑った。

 

(そんな……つまり外されるのはわたしだけか?)

 

 まるでわたしだけが失敗したみたいじゃないか?

 いやいや、むしろカイオスの方が言い負かされていたはずでは?

 

 皇帝の意外な言葉に、イノスは思わず陛下の顔を見つめてしまった。

 幸い、誰にも気付かれることはなく、見咎められることもなかった。

 

「は!」

 

 カイオスが勢いよく返事をした。

 

「お前なら連中の実力を判断できよう!」

「は!」

 

 は?

 カイオスが? 相手の実力を判断できる?

 いやいやいや、とてもそうは思えないんだが?

 あの鋼鉄の軍艦の前で、戦列艦の装甲を自慢した男だぞ?

 

 イノスは釈然としなかったが、思い直す。

 

(もう関係ないことだ…)

 

 そう自分の心に言い聞かせる。

 

 担当からはずれるのだ。もう自分の仕事ではないのだ。

 喜ぶべきことではない。喜ぶべき事ではないのだが――

 

(――これであの銀髪エルフ女の前に出なくて済むっ!)

 

 イノスは軽く拳を握った。

 そして、すぐにため息をつく。

 

 それは失望よりも安堵のため息――

 

 のし掛かっていた重石のひとつが取り除かれ、両肩が軽くなったような感覚である。

 だが感じるのは安堵ばかりではなかった。

 

(挽回の機会を逸してしまったか……)

 

 また別の不安がぶり返してきた。

 

(わたしは……どうやって挽回すればいいのか……?)

 

 散会後、肩を落とし、重い足を引きずるように歩くイノス。

 

 ふと思い直す。

 

 まだ終わりではない!

 自分にはまだ出来ることがあるはずだ。

 

(まずは明日、三人から話を聞く。考えるのはそれからだ!)

 

 突然足が軽くなったかのように、イノスは足早に歩き出し、廊下を去って行くのだった。

 

 

 






次回の更新は明日の予定です。
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