ムーゲ回です。
オリキャラいます。
2026.1.16 前半のミリシアル公使の場面に「飛行場の話題」を追加しました。
1639年3月3日
パーパルディア皇国 皇都エストシラント
ムー大使館
その日、ムーゲは執務室でいつものように資料に目を通していた。
重厚な木製机に右肘を突き、左手で静かに資料をめくる。
窓の遠くには、午後に入り、人通りがやや少なくなった皇都の町並みが見えていた。
ドタドタドタ
静寂を破ったのはムーゲの部下セリドの足音である。
「大使! 大変です! 港に巨大な軍艦が現れたそうです! 艦隊です!」
セリドは部屋に入るなりそう叫んだ。
そのままズカズカとムーゲの机の前に詰め寄る。
「はあ?」
(巨大な軍艦?)
“巨大な軍艦”と言われて、思い浮かぶ国は二つしかない。
「連絡を受けていないからウチじゃないな。ならミリシアルの艦隊だろうか?」
「いえ、ミリシアルの軍艦の色ではないとのことです」
色が違う?
「なに? …では直接確かめるぞ。車を用意してくれ!」
ムーゲは資料を片付けて、すぐに外出の準備に取りかかる。
(艦隊の正体をつきとめなくては!)
ムー大使館の庁舎は、ムー政府の意向を受けたものではある。
だが、建築したのは現地の業者だ。
このため玄関先にあるロータリーは古風なものであり、自動車よりむしろ馬車の方がよく似合う。
ムーゲがその古風なロータリーに出ると、ちょうど大使館公用車がやって来た。
「ガソリンは足りてるか?」
「はい。昨日満タンにしたばかりです」
運転席のセリドが答えた。
パーパルディア皇国には給油所がない。
ガソリンの補給は常に注意が必要なのだ。
「わたしも行きます!」
もう一人、玄関から慌ただしく出てきた。
大使館に駐在する武官のロスランである。
あまりやる気のない男で、普段は街に繰り出して遊んでばかりいる。
しきりに“異動願い”を出してるらしく、「この国に駐在武官は不要」とまで書いてあったと、本国からムーゲにまで漏れ聞こえているほどだ。
先日も「アルタラスの飛行場はほぼできてるそうです。帰りやすくなりますね」と嬉しそうに話していた。
今日はまだ出かけていなかったようだ。
数分後、エストシラントを南北に走る大通りでは、石畳の通りには不似合いな音が響き渡っていた。
それは、耳慣れた馬車の軋みや馬の蹄鉄の響きではない。
エンジンがうなる音。
ゴム製タイヤが石畳を踏みならす音。
それらが重なり、街の空気を震わせていた。
道行く人々が時折、振り返る。
春の日差しを受けてグレーの車体がキラリと光っている。車体が木ではなく金属でできていることが ひと目で分かる。
それはムー大使館の公用車。
この国で唯一のガソリンエンジンを積んだ乗用自動車である。
道ゆく人の反応は様々だ。
目を輝かせて指を差す子どもたち。
不機嫌そうに睨み付けてくる御者たち。
手を振ってくる通行人。
顔をしかめる老女。
ムーゲがそれらを眺めているうちに、自動車は停止した。
そこは、港湾の出入国管理所から離れた、波止場近くの路上だった。
「あれか!」
ムーゲは沖に見える艦隊を一望できる場所に立つ。
武官のロスランは鞄を抱え、出入国管理所の方に足早に歩いて行った。
一隻だけ接岸しているのが見えるから、あれを見に行ったのだろう。
他の艦は沖に碇を下ろしている。
「ラ・カサミ……よりずっと大きい……」
ムーゲは思わずつぶやいた。
ムーの最新鋭戦艦《ラ・カサミ》より明らかに大きい軍艦だった。
視界の左には広大な軍港がある。
そこから皇国海軍の帆船が続々と出港している。右前方の艦隊へと進み、その周囲に戦列艦が群がるように陣取っていた。
(おかげで軍艦の大きさが、一目瞭然だな。全長は…)
「戦列艦の3倍……いや、4倍か……」
4倍ともなると、確実にラ・カサミを凌ぐ巨艦である。
ふと高い甲板の軍艦が目にとまった。
他の船に比べて甲板が高く、左端に艦橋が建ち、異様な威圧感を放っている。
(あれは、空母じゃないか!)
「セリド、どこの艦隊か尋ねて来てくれ」
「了解です」
セリドが港湾の出入国管理所に向かって走って行く。
ムーゲはその背中を見送ってから、車に戻った。
トランク内のケースから双眼鏡を取り出して、再び観察を始める。
「あの大きな柱は何だろう?」
双眼鏡を覗くと、ひときわ大きな柱が目に入った。その根元には支柱らしきものがピタリと張り付くように立っている。
「クレーン?」
あの大きな柱からワイヤーを垂らせば、貨物の上げ下ろしができそうだ。
根元の支柱で支えて、動かす仕組みなのだろう。
(ただ、それらしきフックは見当たらないが……)
さらに双眼鏡の視界を動かしていく。
(それにしても、艦橋が高いな……)
パーパルディア皇国の戦列艦のメインマストは、海面から50メートルを越えるものもある。
だが、あの艦橋はさらにその上に、まるで山高帽のような形をしたグレーの頭を覗かせていた。
それにしても――柱が8本も立っている割には、艦砲が見当たらない。
(ん? なんだ、あれは……?)
ムーゲは双眼鏡の視界に映る異様な構造に気付いた。
(あの船は繋がっている…?!)
「まさか、アウトリガーなのか?!」
小さなヨットが倒れないように支える浮き――それに似た構造が、あの巨艦に付いているように見えた。
だが、あれほどの巨体では、自重で接続部が…
「…折れてしまうんじゃないか…?」
見れば見るほど、ムーゲの頭には疑問が次々と浮かぶ。
だが、答えは一向に見えてこない。
不意に、背後から声がした。
「港湾の者もどこの艦隊か知りません。ただ、すでに何人か降りてきて、政府のお偉いさんが馬車に乗せて連れて行ったと」
いつの間にか、セリドが戻ってきていたようだ。
(港湾も知らないか…)
だが皇国政府がわざわざ出迎えている。
ならばやはりミリシアルの軍艦か?
皇国はプライドが高い。
ムーに対してすら、そこまでやるかどうか。
皇国がそこまで配慮する相手がいるとしたら、それは――
(神聖ミリシアル帝国だけだ!)
「よし、ミリシアルの公使館に向かうぞ」
もしあれがミリシアルの艦隊なら、可能な限りの情報を集めなければならない。
本国に「ミリシアルが第3文明圏に艦隊を送った」と報告する必要がある。
神聖ミリシアル帝国が“大使館”を置いている国は、ムーとエモール王国だけ。
それ以外の列強には“公使館”を設けているにすぎない。
つまり、パーパルディア皇国にあるのも、公使館である。
ムーゲは再びセリドの運転する車で移動を開始することにした。
「ロスラン武官はどうしますか?」
「置いて行こう。辻馬車くらい自分で拾えるさ」
いつも街に繰り出して遊んでいるあの男なら、それくらい“いつものこと”だろう。
神聖ミリシアル帝国の公使館は、パラディス城を挟んでムー大使館の反対側にある。
当然、港からの距離はさほど変わらない。
建物は一見すると“ややミリシアル風”だが、現地の業者が建てたものであることが見て取れる重厚なものである。
車は皇国の兵士が警護に立つ門をすり抜け、馬車用のロータリーで止まった。
すぐに車を降りて、玄関横の受付に声を掛ける。
「ムー大使のムーゲだ。突然の訪問で申し訳ない」
そう謝って中に通してもらうと、応接室に通された。
この部屋は何度も来ており、見慣れている。
全体的に白を基調としているところが、やはりミリシアル風だ。
だが今日は、その白さがどこか見慣れないものに感じられた。
しばらく待つと、やや横幅のある中年の人間の男が入ってきた。
ミリシアル公使である。
神聖ミリシアル帝国はエルフが建てた国であるが、多くの種族を従えており、当然、人間も多く働いている。
「公使。突然お邪魔して申し訳ありません。いま港に来ている艦隊は貴国のものですか?」
すると公使が、わずかに眉をひそめた。
「艦隊が来ているのですか? ムーゲ大使」
その声には、驚きというよりも、困惑が滲んでいた。
「はい。巨大な軍艦が少なくとも30隻、港の沖に停留しています」
すると公使は納得したように軽く頷いた。
「なるほど。道理で先ほどから職員達が慌ただしいのですね」
公使は椅子の背に深くもたれ、まるで他人事のように軽く手を振った。
「残念ながら、わたしは何も知らされていません」
(知らされていない?)
部下が報告を怠っているのか?
それとも詳細を確認してから報告するつもりなのか?
(だとするとミリシアルの艦隊という線は消えたな)
ムーゲは改めて公使の顔を見つめた。
公使はあまり気にしていない様子だ。
何が起ころうと、帝国の威光は揺るがない――そんな余裕の表情だ。
さすがは列強1位の公使というべきか。
「ところで、アルタラス王国の飛行場は完成したのですか?」
公使が意外な質問を返してきた。
滑走路建設は着工してから2年近くになる。
やはりミリシアル公使の耳にも入っていたようだ。
「いえ、滑走路の完成はまもなくとは思いますが、いつ完成するのかまでは、聞いておりません」
「そうですか……」
公使の表情は相変わらず無関心のまま。
どうやら世間話のつもりだったらしい。
「艦隊の件、もし何かお分かりになりましたら、私にも連絡をください」
公使は、どこか他人事めいた軽やかさでそう言って、立ち上がった。
これは「もう話すことはない」という合図だ。
ムーゲも立ち上がり、応接室を後にした。
どのみち、これ以上の成果はなさそうだった。
(ならば、次だ!)
車に乗り込むと、運転席のセリドが振り向いた。
「どうでしたか?」
「ミリシアルの艦隊じゃないらしい。第1外務局に向かってくれ」
「了解です」
動き出す車に揺られ、ムーゲは焦り始めていた。
神聖ミリシアル帝国の艦隊じゃないとしたら…
(いったいどこの艦隊だというんだ?)
文明圏外の未知の国? 新興勢力?
とにかく情報が欲しい。
少しでもいい。何か手がかりを……
大使館はそのためにあるのだから。
第1外務局はパラディス城の外苑にある。
ムーのような列強国を担当しているので、ムーゲは大使としてよく訪問する。
あそこなら顔なじみも多い。
(あまり行きたい場所ではないが…)
ムーゲを乗せた公用車は城の正門を通り、綺麗に整えられた庭園内を進んでいく。やがて古風ではあるが細密な装飾が施された庁舎の前のロータリーで停まった。
「ただいま立て込んでおりまして、しばらくお部屋でお待ちください」
受付に尋ねると、いつもと同じ答えが返ってきた。
廊下では職員たちが書類を抱え、足早に行き交っている。
ムーゲは案内された部屋のソファに腰を下ろした。
(やっぱり待たされるな。いつもの事だが……)
パーパルディア皇国の第1外務局は、まるで、待たせることで自分たちの立場を誇示できるとでも思っているかのようだ。
とはいえ、その割には、決して待たせすぎることはない。
ムーを本気で怒らせるほどの度胸はないらしい。
(今日は、ただの儀礼訪問ではない。そんな“手順”は省略して欲しいんだが……)
壁の振り子時計が、規則正しく時を刻んでいる。
その音が、やけに大きく聞こえて、ムーゲの焦りを助長する。
やがて、見慣れた顔が慌てた様子で現れた。
次長のハンスだ。
いつものように待たせすぎない絶妙なタイミングだ。
「いやあ、お待たせして申し訳ありませんな」
(この男か……)
ムーゲは心の中で、こっそりとため息をついてしまう。
(エルト局長の方がまだマシなんだがな…)
茶番に付き合いたくなかったので、早速「突然訪問したのはこちらの方」と謝ってから、すぐに尋ねる。
「港に来ている艦隊はどこのものでしょうか?」
するとハンス次長がやや得意げな、いやバカにしたような表情になった。
「ほほう。貴国はあの艦隊の国をご存じないワケですな。なるほどなるほど。列強2位のムーともあろうものが、4位のわが国に、教えを乞うとは――これまた、珍しいこともあるもんですな」
嫌みったらしい口調である。
(またか…)
ムーゲは顔をしかめたくなるのを、ぐっと
ムーは感情ではなく、理性の国なのである。
「つまりご存じなのですね。教えてもらえますか?」
するとハンスは、ムスッとしたような顔になった。
言質を取られたことがご不満のようだ。
「ほかならぬムーゲ大使だから、特別にお教えしますけどね。あれは“トルキナ連邦”という国から来たんですよ」
ハンスは不満たらたらという感じで国名を明かした。
「トルキナ連邦…?」
初めて聞く名である。
国名がわかっただけでも“収穫”だ。
「神聖ミリシアル帝国の公使も知らないようだったから、いったいどこの艦隊かと思っていたところですよ」
「ほほう! ミリシアル公使ともあろうお方ですら知らないと! これはこれは、わが皇国の情報網も、なかなか捨てたものではありませんな!」
ハンスが勝ち誇ったように笑った。
(まただ……)
ムーゲはその様子を見て、心の中でため息をついた。
この男はムーやミリシアルに対して、妙に対抗心を抱いている。
百年遅れの文明が、最先端の国に張り合おうとは。
まるで、オモチャの剣を振りかざして“勝負だ”と叫ぶ子どものようだ。
しかも、それがオモチャだとわかっていない。
(なんでこんな低レベルの茶番に、毎度付き合わされるのか…)
ムーゲは、この態度にうんざりしていた。
もちろん、外交官としてその感情を
こういう相手とでも、対話の橋を架けねばならないのが、外交官というものである。
ムーゲは微笑みを浮かべて、静かに頷いた。
「それで、いったいどこの国でしょうか?」
「……実は、わたしも上から知らされたばかりでしてね……」
ハンス次長が、どこか悔しそうな顔で言った。
(……それで勝ち誇れる神経が、わからん!)
ハンス次長は特に極端ではある。
だが、第1外務局の連中は総じて付き合いづらい。
刺々しいか、オドオドしているかのどちらかだ。
前者はムーに対抗したい者で、後者はムーを恐れている者である。
エルト局長などは、どちらかと言えば後者であるが、それでもしっかりと待たせるのだから、余計にウンザリする。
(もう少し普通に接してくれても良いのではないかね……)
外交官だから仕方がない面もある。
だが、別にこちらは敵対国というわけではない。
対抗する必要もなければ、そこまで恐れる必要もないはずだ。
結局「何か分かったら知らせて欲しい」と告げて、ムーゲは部屋を後にした。
(廊下のざわめきがいつもより大きいな…)
足音、書類の音、話し声――それらが、皇国の置かれた状況を雄弁に物語っているように思えた。
車に戻ると、運転席のセリドが尋ねてきた。
「どうでしたか?」
「国名が分かった。“トルキナ連邦”という国の艦隊らしい。だがそれ以上のことは第1外務局も知らないようだった」
「では、どうします?」
「港だ」
再び港に戻ると、先ほど置いて行った武官のロスランがいた。
カメラを海に向け、シャッター音を響かせている。
軍艦の写真を撮っている。
ここからなら艦隊全体を見渡せる。だから戻ったのだろう。
武官は大使とは違い、外務省ではなく軍の所属だ。
(こちらも、独自に記録を残しておくべきか)
「うちも写真を撮っておくべきだな」
「そうですね」
セリドがすぐに車へ戻り、カメラを取り出した。
三脚を立て、黙々とシャッターを切り始める。
セリドが艦隊をひととおりカメラに収めた頃には、夕日が海面に反射していた。
夕日に染まる帆布の群れ。
巨大な艦影もまた赤茶色に染まり、ひときわ異質な重厚さを放っている。
ロスランがカバンを抱えて近づいてきた。
彼も撮り終えたようだ。
「なにか分かりました? 大使」
「ああ、あの艦隊は“トルキナ連邦”という国から来たそうだ」
国名を教えてやると、ロスランはカバンを下ろし、首をひねった。
「トルキナ連邦……初めて聞きますね。どこにある国です?」
「それが皇国もまだ把握していないらしい。つまり――あれはファーストコンタクトということだ」
ムーゲはそう言って、夕日に染まる帆船の群れと、巨大な軍艦を見つめた。
「そちらは何か分かったかね?」
こちらばかりが答えるのはなんとなく癪だったので、ムーゲは問い返した。
「そうですね。〈巨大な柱が8本立っている艦〉が2隻、〈小さな柱が12本立っている艦〉が16隻、〈空母〉が3隻、〈巡洋艦〉が2隻、〈駆逐艦〉が7隻。〈補給艦〉が6隻といったところです。ただし〈巨大な8本柱の艦〉はその両側に1隻ずつ、2隻と繋がっています」
次々と艦種を分類してみせる男に、ムーゲは思わず顔を見た。
(何もせずに遊んでばかりの男だと思っていたが……)
「艦橋が低く、主船体に対して明らかに繋がっているため、〈アウトリガー〉と判断して、別に数えました。それを加えればさらに4隻となります。あの〈8本柱〉が、アウトリガーでバランスを保つ必要があるものだとすると、ひょっとすると主砲かもしれません」
(さすがは武官だな…)
「ただ、あの巡洋艦2隻と駆逐艦7隻だけでも、皇国海軍を蹴散らすには充分でしょう。砲塔が少ないのが気になりますがね。とはいえ、〈8本柱〉も〈12本柱〉も、戦力にならないものをわざわざ連れてくるとは考えにくいので、〈8本柱〉は戦艦、〈12本柱〉は巡洋艦に相当するのかもしれません」
ムーゲはロスランの分析を聞き、内心で舌を巻いていた。
(…単に仕事がなかっただけか! これは評価を改めなくてはいけないな)
するとロスランはこちらの内心を見透かすように、口元に笑みを浮かべた。
「パーパルディア皇国に派遣されて『仕事なんかない』と思っていましたが、あんな軍艦を作る国が現れたとなると、忙しくなりそうです」
そう冗談めかしていたが、その目は笑っていなかった。
ムーゲはその言葉に同意する。
「わたしも同じだな」
彼ほど暇だったわけではない。
だが、パーパルディア皇国は本国から2万キロ近く離れている。
2年前に一度、本国政府の手配した貨物船がこの港を訪れたことがあった。
飛行場建設の資材をアルタラス王国に運んだ帰りに、パーパルディア皇国にも立ち寄ったのである。
だが、往復4万キロに及ぶ航海は、燃料と時間のコストがあまりにも大きく、通常の海運では採算が取れないと業者は判断したらしい。
この辺りでもムー製の腕時計は売られているが、それを運んでいるのは帆船であり、しかも無事にたどり着かない船も少なくない。
当然ながら、ムー国人の往来は非常に限られている。
飛行場が完成すればまた変わるのかもしれないが…
ムーゲの仕事は、第3文明圏諸国との顔つなぎとなった。
それも、この皇都エストシラントで一度会うだけで用が足りるものだった。
(だが、これからは違う!)
あの国――“トルキナ連邦”のことを、徹底的に調べなければならない。
ムーの未来に関わるかもしれないのだから。
「異動願いを取り下げないと……それにしても、あんな艦隊を持つ国がどんな国なのか、気になりますね」
ロスランがそう言って、深刻な表情で沖を見つめた。
ムーゲもそれにならう。
「友好的な国だといいが…」
沖合の艦隊は、沈みかけた夕日を浴びて、不気味に浮かんでいた。
大使館に戻ると、すぐに発電機を回し、本国に一報を入れた。
その後すぐに現像を職員に指示したが、現像室は先約が出た。
「すぐに本国に送りたいので」
そう言って、ロスランがこもりきりとなってしまったのである。
おかげでセリドの写真に取りかかるのは、どうやら明日以降になりそうだった。
仕方なくムーゲは執務机に戻り、『明光ランプ』を点けた。
かつて、電球に奪われた市場を取り戻そうとした灯油ランプメーカーがあった。
『明光ランプ』とは、そのメーカーが生き残りをかけて生み出した高輝度ランプ、その商品名である。
一時は、旧式電球から市場を取り戻してみせたほどの人気商品となり、“灯油ランプの最高峰”と
大使館に発電機はあるのだが、燃料はなるべく節約せねばならないため、電球代わりになればと持ち込んだ物である。
明光ランプは力一杯“存在意義”を見せようと、書類を白く浮かび上がらせ始めた。
ムーゲは今日見た艦隊を思い浮かべ、万年筆を走らせる。
空母と思われる軍艦が3隻。どれも200メートル以上あるように見えた。
(空母機動艦隊と見るべきだろうか……?)
あの8本柱の軍艦は、ムーが誇る最新鋭戦艦《ラ・カサミ》よりも大きいが……
ロスランの言うとおり、あの柱が主砲だとすると……
戦艦というのもあり得るか……
(だが……なぜあのような異様な構造をしているんだ……?)
もし戦艦でなければ、十分に対抗できるだろうが……
(まさか、ムーが後手に回る……?)
未知の艦隊に頭を悩ませるムーゲ。
ふと、重厚な木製机の隅に視線を移す。
ブロッター*1から、細く長い影が伸びていた。
そしてかすかに揺れていた。
影を生み出しているのは “灯油ランプの最高峰”――
新式『白熱電球』の登場により、市場から静かに消えていった『明光ランプ』である。
「大使。いま武官が現像に発電機を回しています。電球、点きますよ」
「ああ、ありがとう」
セリドの言葉に、ムーゲは電球のつまみに手を伸ばす。
その刹那、明光ランプが“輝き”を増し、そっと語りはじめた。
かつて自分は、夜にさらなる明るさをももたらした“希望の光”だったことを。
そして――
揺れない影を生む“新たな輝き”に、なぜ自分は敗れ去ったのかを――
ふとそんな気がして、ほんのひととき、ムーゲは
部下のセリド、武官のロスラン、ミリシアル公使はオリキャラです。
ブロッターは、BBCドラマ『名探偵ポワロ』で、主人公ポワロが使ってるのをよく見かけたので、「ポワロが使ってる文具」とか「小道具」とか、いろいろ検索してみたのですが、なかなか出てこなくて……名前を調べるのに時間かかりました(笑)。
次回の更新日は未定です。