中央暦1639年3月4日 午前
パーパルディア皇国 皇都エストシラント
第1外務局 応接会議室
わたしはエルト。
いまカイオスと話して、第1外務局の局長である幸せを噛みしめたところ。
そのまま廊下を歩き、目的の部屋の前に立った。
一度深く息をして、重厚な両扉を押し開き、カイオスと共に応接会議室に足を踏み入れた。
ここは皇国の威信を示すために設えられた部屋。
壁には豪華な縁取りの絵。
暖炉には細やかな彫刻。
天井の中央には巨大なガラス製シャンデリア。
みんな
床の中央には深紅の絨毯。
その上には重厚な木製の長テーブル。
両側には背もたれの高い椅子が並んで、向かい合っている。
その片側に三人はいた。
二人は長いテーブルの中央にポツンと座り、その背後にダークドワーフの女が立っている。
わたしは対面に進み出る。
銀髪の女と黒髪の男。
――この女が例のニムディス。
力強い目だ。
エルフにしては耳が短いから、ハーフエルフかしら。
服装は麻のような色だけど、なめらかな光沢がある。
「初めまして。私はエルトといいます。第1外務局の局長をしております。本日は私もお話に加わることになりました」
すると銀髪のエルフ女が悠然と立ち上がり、両腕を斜め下に開いた。
場の主役であることが差も当然であるかのような優雅な所作。
(注目されることに慣れてる女だわ)
「わらわはトルキナ連邦最高監査人の一人、ニムディス・オーレノン・コーワじゃ。こちらは同僚のコウ・ジローじゃ」
「よろしくお願いします」
隣の男が立ち上がり、頭を下げた。
(礼儀正しいけど、素っ気ない態度ね)
距離を縮めようという空気が感じられない。
わたしと同じ黒髪黒目だけど、顔立ちが違う。
東の島国フェン王国やガハラ神国の人に似てる。お辞儀をするところも同じ。服装も似てるけど、同じルーツかしら?
ダークドワーフの女は特に紹介しないのね。
身に纏う軍服は、金糸がふんだんに織り込まれてる。装飾の衣装も細やか。
近衛兵ね。
被征服民の貴族あたりを、近衛兵として召し出したというところかしら。
わたしは二人に着席を促して、椅子に腰を下ろす。
カイオスもそれにならった。
空気がかすかに張り詰める。
これは、わたしにとっての戦場――
「ではさっそくですが、お尋ねしたいことがあります」
やや前のめりになって、真剣な眼差しを向ける。
「なんじゃ」
声は柔らかい。
顔は興味津々といった様子だ。
「貴国の軍事力についてです」
すると青みのある銀色の目が、細くなった。
「ほう。軍事力とな」
感心したような声。
面白い物を見つけたような視線。
「今、軍艦40隻が港に来ていますよね。貴国はあのような軍艦をあと何隻保有しているのでしょうか?」
“軍事力について聞き出して欲しい”――そう軍の最高司令アルデから頼まれている。
尋ねるだけはしてみる、と答えておいた。
軍事は専門外だけど、聞き出せばアルデが判断するはず。
相手が正直に答えても、答えなくても、得るものはあるはずだから。
「ん? 40隻じゃと?」
ニムディスが首をかしげた。
(え? 数え間違えた?)
そんな不安を覚えたその時、隣の男、ジローが口を開いた。
「それは船外浮舟も数えているのでしょう。実際は36隻です」
船外浮舟?
軍艦じゃない?
すると、イノスの情報は正しかったってこと?
(余計なことを言わなくてよかったあ)
あやうく「国家戦略局は軍艦もちゃんと数えられないのかしら」なんて言うところだったわ。
わたしが胸をなで下ろしていると、横から声が割って入ってきた。
「船外浮舟だと? キサマらは蛮族のカヌーのようなことをしているのか?」
カイオスだ。
部屋に入る前から少し苛立っていたせいかしら。
声にも、“蛮族の”という言葉にも、露骨な嘲りがにじんでる。
でもニムディスは微笑んだ。
(嘲りに気付いていないのかしら?)
「そういうことじゃな。なにしろあれは、そなたらの
そう言いながら眉をクイッと持ち上げた。
「くっ」
――気付いていないわけじゃなかった!
むしろ皇国の誇る戦列艦を“可愛らしい”と言い、自分たちの造船技術を自慢してる。
カイオスったら、優位を示そうとして、逆に示されてるじゃない。
第3での苦労が噴き出してるのかしら。
(わたしが質問している時にやめて欲しいわね……)
客人の前では言えないけど。
わたしは不機嫌な表情のカイオスを横目でひと睨みして、再びニムディスに視線を向ける。
(なるほど。くせ者ね)
この笑みの奥に冷たい
でもここで空気を壊すわけにはいかない。
軌道を戻さないと。
「それで、何隻保有しているのですか?」
カイオスのせいで脱線した話を戻す。
「ということじゃが、ジローよ」
ニムディスはさも当然のように、隣の男に話を振った。
「正確な数まではわたしも把握していませんが、連邦軍では、近代装備群38個艦隊、現代装備群18個艦隊を、常に稼働させることになっていますので……」
(この男…同僚というより、助手みたい・・・)
「1個艦隊10隻とすれば、ざっと560隻じゃな」
男の説明を引き継いで、ニムディスが結論を言い放った。
まるで話の主導権は自分にあると宣言するように。
(へ? 560隻?)
信じられない数だわ。
「あれが560隻も…そ、そのような話、信じられません!」
去年、アルデが得意気に、
“陛下! 皇国の戦列艦はついに400隻を越えましたぞ!”
と報告していた。
なのに、それより多いことになるじゃない!
「そなたらはいちいち疑うのじゃな」
銀色の眉が困ったように垂れ下がった。
「まあ、木造船しか作れぬ国には、信じられぬのも無理はない」
ニムディスがそう言って頷いている。
理解を示すような口調だけど…
(明らかにこちらを見下した言葉だわ!)
わたしは思わず唇を軽く噛む。
でもわたしは外交官。
感情を見せたら負け。
すぐに気を取り直して質問を続ける。
「あの…巨大な竜母のような船は、飛行機械の母艦ですか?」
アルデが知りたがっていた。
「竜母とな。飛竜の母艦じゃから竜母と呼んでおるのか。ふむ、なるほどのう」
納得したように頷く様子のニムディス。
(でもなんかわざとらしい…)
知ってるのにわざと感心してみせてる感じがする。
「質問に答えていただけますか!」
わたしは思わず口調がきつくなってしまう。
けど、ニムディスはただ首をかしげただけだった。
「飛行機械とは“輪空機”かのう? “航空機”かのう?」
「そうですね。ムーでは“航空機”と呼ばれています」
するとニムディスの表情が、パッと明るくなった。
「航空機を知っておるのか! なら話は早いのじゃ」
銀色の目がわずかに開いて、声まで弾んでる。
まるで“ようやく話が通じる相手を見つけた”という表情。
わたしの中に嫌な予感が走る。
こういう時は大体、ロクなことにはならない。
「今回、空母を3隻連れておるが、2隻は“輪空母艦”と言うてな。“輪空機”という乗り物の母艦じゃ。それでな、残り1隻は“航空母艦”と言うてな。これが“航空機”の母艦なのじゃ」
ニムディスの言葉を、わたしは必死で理解しようとする。
航空母艦は1隻だけ。でも――
(リンクウキ? 何それ?)
「リンクウキとは何ですか?」
すると、ニムディスが頷いた。
なんだか…“よし、その質問は合格だ!”って家庭教師から言われたような気分になる。
「うむ。輪空機とは、人力で飛ぶ飛行機じゃ」
人力? え? 人力では飛べるわけ……
「人力で飛ぶだと! バカな!」
またカイオスが声を荒げた。
「そなたたちはいちいち…」
ニムディスがまた同じことを言おうとする。
(それ、最後まで聞く気はないから!)
「いいえ、信じられません!」
わたしはキッパリと明言した。
するとニムディスが、また困ったような表情を浮かべた。
青みがかった銀色の目が不思議そうに見てくる。
でもわたしは続ける。
「人力で飛べるならワイバーンに…」
「わらわは飛べるぞ」
「…騎乗したりしません。ん? 今なんと?」
わたしが問い返すと、ニムディスが言った。
「わらわは飛べると言うたのじゃ。ほれ。浮遊」
その瞬間、何かが変わった気がした。
何が変わったのか分からないまま、違和感を覚えていると、すぐにその正体が分かった。
ニムディスの体が椅子から離れていたのだ。
さらには、ゆっくりと浮き上がり始めた。
(え? なに?)
わたしの鼓動が、急に大きく響き始める。
ニムディスの体が浮かんでいく。
まるで重さをどこかに置いてきたように。
まるで肉体を持たない精霊のように。
スルスルと上昇していく。
(こ、これは一体……どういうことなの?)
会議机の上に彼女のブーツが顔を出す。
わたしが履いている乗馬用のキュロットパンツと違い、ゆったりとしたパンツの裾から茶色のブーツが顔を覗かせていた。
(ありえない…そんなはずない…)
でも…
――どう見ても宙に浮いている!
銀色の目は、まるで別の世界からこちらを見下ろすかのよう。
その異様さに、わたしはただ呆然と、彼女を見上げてしまっていた。
「な! どういうことだ!」
ハッ!
カイオスの声に私は我に返った。
でも、声は出ない。
こんな魔法があるなんて…
(聞いたことがないわよ!)
「ジローも飛んで見せよ」
「わたしもかい? わかったよ。浮遊」
同僚の男も同じように浮き上がっていく。
同じようにスルスルと上昇し、二人並んでこちらを見下ろす。
(なんなの……この二人は……何者なの……)
――まるで、このまま向こうとこちらの力関係を暗示しているみたい。
そう感じてしまう自分を、わたしはまだ自覚していなかった。
「納得できたかの」
ニムディスがそう言うと、二人がゆるりと降りて席に戻った。
何事もなかったかのように並んで座り、こちらを見ている。
自分の口が開いていることに気付いて、すぐに閉じる。
でも心の中の動揺は収まりそうもない。
「な…なんの魔法ですか」
わたしは、出づらくなった声を絞り出した。
「浮遊魔法じゃ。厳密には飛行魔法とは違うのじゃがな」
ニムディスは憎たらしいほど軽い調子で答えた。
「あ…あなたたちには、魔力反応はなかったと聞いています」
“海軍で魔力反応を確認したが反応はなかった。魔法を使うとは思えない”
アルデがそう話していたのに――
「探知魔法を使ったのか! 油断ならぬのう」
ニムディスが少し驚いたように目を見開いた。
「じゃが、その程度では、われらを探知することなどできぬぞ」
すぐにまた余裕の表情に戻った。
「魔力反応を消せるのか…?」
そう尋ねるカイオスの声にも、先ほどまでの威勢がなくなっている。
「そうじゃ」
当然であろう、とでも言うようにニムディスが大きく頷いた。
「そういう魔法があるのじゃ」
そんな魔法があったなんて……
わたしは言葉を継げなかった。
「だ、だが、皇国軍のワイバーンロードは、ワイバーンより速いぞっ」
カイオスが再び戦いを挑んでいる。
でもニムディスは、もう知っているとばかりに頷いた。
「そのようじゃな。時速380キロじゃったか?」
「そうだ!」
イノスが先に話したのかしら?
ああ、捕らえられたという連絡員がいたわね。きっとそこから聞いたのね。
「確かにロウリアの飛竜より速いのう。誇らしげな顔なのも頷ける」
感心するようにうんうんと頷くニムディス。
その余裕の表情に、わたしはすでに直感していた。
「キサマらの飛行機械よりも速いのではないか?」
カイオスの口調は、勝ち誇るようであり、それでいて「そうであってくれ!」と願うようでもある、どっちにも取れるようなものだった。
わたしも、そうであって欲しいけど……たぶんそうじゃないわ。
「さて輪空はどうじゃったかのう? ジロー」
ニムディスが愉しげな表情を同僚に向ける。
まるで「そなたも愉しんでおるか?」とでも確認するように。
男は一度曖昧な笑みを返し、小さく頷いた。
その様子を見て一瞬、わたしは思った。
(この男、同僚だとしても、せいぜい
そう考えることで、少し心の余裕を持てたのかもしれない。
男が口を開いた。
「仕様書によると、軍用輪空の推奨巡航速度は時速400キロ。
やっぱりそう。
ワイバーンロードより速いのね。
「ば、バカなっ!」
カイオスの声が裏返ってる。
でもわたしはカイオスほど驚かなかった。
もうさっきの衝撃で、心が鈍くなってしまったのかもしれない。
「そのあたりは人力ゆえ、
二人の説明の意味がよくわからないせいもあったかもしれない。
(専門外だし…)
だから、ただ言われるまま書き留めた。
そして、さらに情報を得るために質問を続ける。
「では航空機の方はどうですか? 航空母艦の」
「航空機こそジローの得意分野じゃな。今はどれくらい出るのじゃ?」
当然のように話を振るニムディスにジローが従順に頷き、説明を始める。
「航空母艦には2種類の艦載機がありまして…」
その内容を、わたしは書き留めた。
信じられない数字をただ機械的に……
書いてはいるけど…
(…これ、本当なの?)
――あまりに現実離れした数字。
「ハハハ。ホラ話もそこまで来るとさすがに…」
カイオスが信じる事を拒否するように、力なく笑っている。
――わたしも拒否したい。
すると、ニムディスが目を細めた。
まるでこちらの考えを見透かしているかのように。
「見てみるか?」
「へ?」
わたしは思わず、変な声が出てしまった。
「飛ばせて見せようかと言うておるのじゃ。ちと音がうるさいがな」
「そ、それは…皇都の上を飛び回ることに…」
(皇都上空を飛ぶ…つもり…?)
そのまま攻撃されでもしたら大変だ。
それに、皇都の空からはパラディス城を見下ろすことができる。
異国の飛行機械が跳び回るなど、陛下はきっと許さない。
「私どもでは決められません!」
これは本当にそう。
確かに見てみたい気もする。
でも同時に、見たら何かが崩れ去るような気がしてならない。
――決める立場になくて良かった。
わたしは心のどこかで、密かにホッとしていた。
「それは残念じゃのう」
そう言って笑みを浮かべるニムディスの顔に、残念そうな色は微塵もなかったけど。
次回の更新日は未定です。
今のところ、週末あたりを目指しています。