トルキナ連邦召喚   作:mogatoku

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12 エルト、話を聞き出す ―― 飛翔の証明

 

 

中央暦1639年3月4日 午前

 パーパルディア皇国 皇都エストシラント

  第1外務局 応接会議室 

 

 

 わたしはエルト。

 いまカイオスと話して、第1外務局の局長である幸せを噛みしめたところ。

 そのまま廊下を歩き、目的の部屋の前に立った。

 一度深く息をして、重厚な両扉を押し開き、カイオスと共に応接会議室に足を踏み入れた。

 

 ここは皇国の威信を示すために設えられた部屋。

 壁には豪華な縁取りの絵。

 暖炉には細やかな彫刻。

 天井の中央には巨大なガラス製シャンデリア。

 みんな絢爛(けんらん)な姿を見せびらかすように、皇国の威信を誇っている。

 

 床の中央には深紅の絨毯。

 その上には重厚な木製の長テーブル。

 両側には背もたれの高い椅子が並んで、向かい合っている。

 

 その片側に三人はいた。

 二人は長いテーブルの中央にポツンと座り、その背後にダークドワーフの女が立っている。

 

 わたしは対面に進み出る。

 

 銀髪の女と黒髪の男。

 

 ――この女が例のニムディス。

 

 力強い目だ。

 エルフにしては耳が短いから、ハーフエルフかしら。

 服装は麻のような色だけど、なめらかな光沢がある。

 

「初めまして。私はエルトといいます。第1外務局の局長をしております。本日は私もお話に加わることになりました」

 

 すると銀髪のエルフ女が悠然と立ち上がり、両腕を斜め下に開いた。

 場の主役であることが差も当然であるかのような優雅な所作。

 

(注目されることに慣れてる女だわ)

 

「わらわはトルキナ連邦最高監査人の一人、ニムディス・オーレノン・コーワじゃ。こちらは同僚のコウ・ジローじゃ」

「よろしくお願いします」

 

 隣の男が立ち上がり、頭を下げた。

 

(礼儀正しいけど、素っ気ない態度ね)

 

 距離を縮めようという空気が感じられない。

 

 わたしと同じ黒髪黒目だけど、顔立ちが違う。

 東の島国フェン王国やガハラ神国の人に似てる。お辞儀をするところも同じ。服装も似てるけど、同じルーツかしら?

 

 ダークドワーフの女は特に紹介しないのね。

 身に纏う軍服は、金糸がふんだんに織り込まれてる。装飾の衣装も細やか。

 近衛兵ね。

 被征服民の貴族あたりを、近衛兵として召し出したというところかしら。

 

 わたしは二人に着席を促して、椅子に腰を下ろす。

 カイオスもそれにならった。

 空気がかすかに張り詰める。

 

 これは、わたしにとっての戦場――

 

「ではさっそくですが、お尋ねしたいことがあります」

 

 やや前のめりになって、真剣な眼差しを向ける。

 

「なんじゃ」

 

 声は柔らかい。

 顔は興味津々といった様子だ。

 

「貴国の軍事力についてです」

 

 すると青みのある銀色の目が、細くなった。

 

「ほう。軍事力とな」

 

 感心したような声。

 面白い物を見つけたような視線。

 

「今、軍艦40隻が港に来ていますよね。貴国はあのような軍艦をあと何隻保有しているのでしょうか?」

 

“軍事力について聞き出して欲しい”――そう軍の最高司令アルデから頼まれている。

 尋ねるだけはしてみる、と答えておいた。

 軍事は専門外だけど、聞き出せばアルデが判断するはず。

 相手が正直に答えても、答えなくても、得るものはあるはずだから。

 

「ん? 40隻じゃと?」

 

 ニムディスが首をかしげた。

 

(え? 数え間違えた?)

 

 そんな不安を覚えたその時、隣の男、ジローが口を開いた。

 

「それは船外浮舟も数えているのでしょう。実際は36隻です」

 

 船外浮舟?

 軍艦じゃない?

 すると、イノスの情報は正しかったってこと?

 

(余計なことを言わなくてよかったあ)

 

 あやうく「国家戦略局は軍艦もちゃんと数えられないのかしら」なんて言うところだったわ。

 

 わたしが胸をなで下ろしていると、横から声が割って入ってきた。

 

「船外浮舟だと? キサマらは蛮族のカヌーのようなことをしているのか?」

 

 カイオスだ。

 部屋に入る前から少し苛立っていたせいかしら。

 声にも、“蛮族の”という言葉にも、露骨な嘲りがにじんでる。

 でもニムディスは微笑んだ。

 

(嘲りに気付いていないのかしら?)

 

「そういうことじゃな。なにしろあれは、そなたらの()()()()()戦列艦の4倍も全長があるゆえ、姿勢を保つのが難しいのじゃ」

 

 そう言いながら眉をクイッと持ち上げた。

 

「くっ」

 

 ――気付いていないわけじゃなかった!

 

 むしろ皇国の誇る戦列艦を“可愛らしい”と言い、自分たちの造船技術を自慢してる。

 

 カイオスったら、優位を示そうとして、逆に示されてるじゃない。

 第3での苦労が噴き出してるのかしら。

 

(わたしが質問している時にやめて欲しいわね……)

 

 客人の前では言えないけど。

 

 わたしは不機嫌な表情のカイオスを横目でひと睨みして、再びニムディスに視線を向ける。

 

(なるほど。くせ者ね)

 

 この笑みの奥に冷たい(やいば)を隠してる。

 でもここで空気を壊すわけにはいかない。

 軌道を戻さないと。

 

「それで、何隻保有しているのですか?」

 

 カイオスのせいで脱線した話を戻す。

 

「ということじゃが、ジローよ」

 

 ニムディスはさも当然のように、隣の男に話を振った。

 

「正確な数まではわたしも把握していませんが、連邦軍では、近代装備群38個艦隊、現代装備群18個艦隊を、常に稼働させることになっていますので……」

 

(この男…同僚というより、助手みたい・・・)

 

「1個艦隊10隻とすれば、ざっと560隻じゃな」

 

 男の説明を引き継いで、ニムディスが結論を言い放った。

 まるで話の主導権は自分にあると宣言するように。

 

(へ? 560隻?)

 

 信じられない数だわ。

 

「あれが560隻も…そ、そのような話、信じられません!」

 

 去年、アルデが得意気に、

“陛下! 皇国の戦列艦はついに400隻を越えましたぞ!”

と報告していた。

 なのに、それより多いことになるじゃない!

 

「そなたらはいちいち疑うのじゃな」

 

 銀色の眉が困ったように垂れ下がった。

 

「まあ、木造船しか作れぬ国には、信じられぬのも無理はない」

 

 ニムディスがそう言って頷いている。

 理解を示すような口調だけど…

 

(明らかにこちらを見下した言葉だわ!)

 

 わたしは思わず唇を軽く噛む。

 でもわたしは外交官。

 感情を見せたら負け。

 

 すぐに気を取り直して質問を続ける。

 

「あの…巨大な竜母のような船は、飛行機械の母艦ですか?」

 

 アルデが知りたがっていた。

 

「竜母とな。飛竜の母艦じゃから竜母と呼んでおるのか。ふむ、なるほどのう」

 

 納得したように頷く様子のニムディス。

 

(でもなんかわざとらしい…)

 

 知ってるのにわざと感心してみせてる感じがする。

 

「質問に答えていただけますか!」

 

 わたしは思わず口調がきつくなってしまう。

 けど、ニムディスはただ首をかしげただけだった。

 

「飛行機械とは“輪空機”かのう? “航空機”かのう?」

「そうですね。ムーでは“航空機”と呼ばれています」

 

 するとニムディスの表情が、パッと明るくなった。

 

「航空機を知っておるのか! なら話は早いのじゃ」

 

 銀色の目がわずかに開いて、声まで弾んでる。

 まるで“ようやく話が通じる相手を見つけた”という表情。

 わたしの中に嫌な予感が走る。

 

 こういう時は大体、ロクなことにはならない。

 

「今回、空母を3隻連れておるが、2隻は“輪空母艦”と言うてな。“輪空機”という乗り物の母艦じゃ。それでな、残り1隻は“航空母艦”と言うてな。これが“航空機”の母艦なのじゃ」

 

 ニムディスの言葉を、わたしは必死で理解しようとする。

 航空母艦は1隻だけ。でも――

 

(リンクウキ? 何それ?)

 

「リンクウキとは何ですか?」

 

 すると、ニムディスが頷いた。

 なんだか…“よし、その質問は合格だ!”って家庭教師から言われたような気分になる。

 

「うむ。輪空機とは、人力で飛ぶ飛行機じゃ」

 

 人力? え? 人力では飛べるわけ……

 

「人力で飛ぶだと! バカな!」

 

 またカイオスが声を荒げた。

 

「そなたたちはいちいち…」

 

 ニムディスがまた同じことを言おうとする。

 

(それ、最後まで聞く気はないから!)

 

「いいえ、信じられません!」

 

 わたしはキッパリと明言した。

 するとニムディスが、また困ったような表情を浮かべた。

 青みがかった銀色の目が不思議そうに見てくる。

 でもわたしは続ける。

 

「人力で飛べるならワイバーンに…」

「わらわは飛べるぞ」

「…騎乗したりしません。ん? 今なんと?」

 

 わたしが問い返すと、ニムディスが言った。

 

「わらわは飛べると言うたのじゃ。ほれ。浮遊」

 

 その瞬間、何かが変わった気がした。

 何が変わったのか分からないまま、違和感を覚えていると、すぐにその正体が分かった。

 

 ニムディスの体が椅子から離れていたのだ。

 さらには、ゆっくりと浮き上がり始めた。

 

(え? なに?)

 

 わたしの鼓動が、急に大きく響き始める。

 

 ニムディスの体が浮かんでいく。

 まるで重さをどこかに置いてきたように。

 まるで肉体を持たない精霊のように。

 スルスルと上昇していく。

 

(こ、これは一体……どういうことなの?)

 

 会議机の上に彼女のブーツが顔を出す。

 わたしが履いている乗馬用のキュロットパンツと違い、ゆったりとしたパンツの裾から茶色のブーツが顔を覗かせていた。

 

(ありえない…そんなはずない…)

 

 でも…

 

 ――どう見ても宙に浮いている!

 

 銀色の目は、まるで別の世界からこちらを見下ろすかのよう。

 その異様さに、わたしはただ呆然と、彼女を見上げてしまっていた。

 

「な! どういうことだ!」

 

 ハッ!

 

 カイオスの声に私は我に返った。

 でも、声は出ない。

 こんな魔法があるなんて…

 

(聞いたことがないわよ!)

 

「ジローも飛んで見せよ」

「わたしもかい? わかったよ。浮遊」

 

 同僚の男も同じように浮き上がっていく。

 同じようにスルスルと上昇し、二人並んでこちらを見下ろす。

 

(なんなの……この二人は……何者なの……)

 

 ――まるで、このまま向こうとこちらの力関係を暗示しているみたい。

 

 そう感じてしまう自分を、わたしはまだ自覚していなかった。

 

「納得できたかの」

 

 ニムディスがそう言うと、二人がゆるりと降りて席に戻った。

 何事もなかったかのように並んで座り、こちらを見ている。

 

 自分の口が開いていることに気付いて、すぐに閉じる。

 でも心の中の動揺は収まりそうもない。

 

「な…なんの魔法ですか」

 

 わたしは、出づらくなった声を絞り出した。

 

「浮遊魔法じゃ。厳密には飛行魔法とは違うのじゃがな」

 

 ニムディスは憎たらしいほど軽い調子で答えた。

 

「あ…あなたたちには、魔力反応はなかったと聞いています」

 

“海軍で魔力反応を確認したが反応はなかった。魔法を使うとは思えない”

 アルデがそう話していたのに――

 

「探知魔法を使ったのか! 油断ならぬのう」

 

 ニムディスが少し驚いたように目を見開いた。

 

「じゃが、その程度では、われらを探知することなどできぬぞ」

 

 すぐにまた余裕の表情に戻った。

 

「魔力反応を消せるのか…?」

 

 そう尋ねるカイオスの声にも、先ほどまでの威勢がなくなっている。

 

「そうじゃ」

 

 当然であろう、とでも言うようにニムディスが大きく頷いた。

 

「そういう魔法があるのじゃ」

 

 そんな魔法があったなんて……

 

 わたしは言葉を継げなかった。

 

「だ、だが、皇国軍のワイバーンロードは、ワイバーンより速いぞっ」

 

 カイオスが再び戦いを挑んでいる。

 でもニムディスは、もう知っているとばかりに頷いた。

 

「そのようじゃな。時速380キロじゃったか?」

「そうだ!」

 

 イノスが先に話したのかしら?

 ああ、捕らえられたという連絡員がいたわね。きっとそこから聞いたのね。

 

「確かにロウリアの飛竜より速いのう。誇らしげな顔なのも頷ける」

 

 感心するようにうんうんと頷くニムディス。

 その余裕の表情に、わたしはすでに直感していた。

 

「キサマらの飛行機械よりも速いのではないか?」

 

 カイオスの口調は、勝ち誇るようであり、それでいて「そうであってくれ!」と願うようでもある、どっちにも取れるようなものだった。

 

 わたしも、そうであって欲しいけど……たぶんそうじゃないわ。

 

「さて輪空はどうじゃったかのう? ジロー」

 

 ニムディスが愉しげな表情を同僚に向ける。

 まるで「そなたも愉しんでおるか?」とでも確認するように。

 男は一度曖昧な笑みを返し、小さく頷いた。

 その様子を見て一瞬、わたしは思った。

 

(この男、同僚だとしても、せいぜい腰巾着(こしぎんちゃく)といったところね)

 

 そう考えることで、少し心の余裕を持てたのかもしれない。

 男が口を開いた。

 

「仕様書によると、軍用輪空の推奨巡航速度は時速400キロ。回扇(かいせん)機構の制限速度は600キロ。機体の制限速度は680キロですね」

 

 やっぱりそう。

 ワイバーンロードより速いのね。

 

「ば、バカなっ!」

 

 カイオスの声が裏返ってる。

 でもわたしはカイオスほど驚かなかった。

 もうさっきの衝撃で、心が鈍くなってしまったのかもしれない。

 

「そのあたりは人力ゆえ、踏輪(とうりん)隊の脚力次第じゃ」

 

 二人の説明の意味がよくわからないせいもあったかもしれない。

 

(専門外だし…)

 

 だから、ただ言われるまま書き留めた。

 そして、さらに情報を得るために質問を続ける。

 

「では航空機の方はどうですか? 航空母艦の」

「航空機こそジローの得意分野じゃな。今はどれくらい出るのじゃ?」

 

 当然のように話を振るニムディスにジローが従順に頷き、説明を始める。

 

「航空母艦には2種類の艦載機がありまして…」

 

 その内容を、わたしは書き留めた。

 信じられない数字をただ機械的に……

 書いてはいるけど…

 

(…これ、本当なの?)

 

 ――あまりに現実離れした数字。

 

「ハハハ。ホラ話もそこまで来るとさすがに…」

 

 カイオスが信じる事を拒否するように、力なく笑っている。

 

 ――わたしも拒否したい。

 

 すると、ニムディスが目を細めた。

 まるでこちらの考えを見透かしているかのように。

 

「見てみるか?」

「へ?」

 

 わたしは思わず、変な声が出てしまった。

 

「飛ばせて見せようかと言うておるのじゃ。ちと音がうるさいがな」

「そ、それは…皇都の上を飛び回ることに…」

 

(皇都上空を飛ぶ…つもり…?)

 

 そのまま攻撃されでもしたら大変だ。

 それに、皇都の空からはパラディス城を見下ろすことができる。

 異国の飛行機械が跳び回るなど、陛下はきっと許さない。

 

「私どもでは決められません!」

 

 これは本当にそう。

 確かに見てみたい気もする。

 でも同時に、見たら何かが崩れ去るような気がしてならない。

 

 ――決める立場になくて良かった。

 

 わたしは心のどこかで、密かにホッとしていた。

 

「それは残念じゃのう」

 

 そう言って笑みを浮かべるニムディスの顔に、残念そうな色は微塵もなかったけど。

 

 

 





次回の更新日は未定です。
今のところ、週末あたりを目指しています。
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