トルキナ連邦召喚   作:mogatoku

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誤字報告ありがとうございます。



14 ムーゲの戦慄 ―― 魔法を科学する国

中央暦1639年3月5日 午後4時過ぎ

 パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 『皇都ホテル』

 

 

「初めまして。私は第二文明圏にあるムー国の大使でムーゲと言います。この度は急な申し出にもかかわらず、お時間をいただき、誠にありがとうございます」

 

 ムーゲは丁寧に自己紹介した。

 傾き始めた陽光が窓から差し込み、赤い絨毯をさらに鮮やかに染め上げ、緊張感を漂わせている。

 

 

 今朝、第1外務局から連絡を受けると、ムーゲはすぐに向かった。

 いつものように部屋で待たされるかと思っていたが、いつものようにややオドオドしたエルト局長は、いつもより早く現れた。

 

(すぐに予定があるという話だったが、おかげで時間を取られずに済んで良かった)

 

 大使館に戻ってからすぐに、ホテルに使いを出して面会を申し込んだ。

 返答はこうだった。

「現在、代表は皇国政府との話し合いに出ています。他の職員もほとんど外出中です。ただ、代表の話し合いは昼には終わると聞いてますので、その後ならお話しできるでしょう」

 

(だから、昼過ぎにホテルに訪問し、こうして戻ってくるのを待っていたんだが…)

 

 午前中で終わるはずだった話し合いは、どうやら長引いたらしい。

 こちらの面会が叶ったときには、日が傾き始めていた。

 

(昨日の爆発音と何か関係があるんだろうか…? エルト局長は「それについては話せません」と言ってたが…)

 

 港の軍艦が発砲したという話は聞いていない。

 だが、爆発音が大使館の中にまで響いてきた。

 今日も、街中(まちなか)にはどこか不穏な空気が漂っている。

 ロビーの警備の人数も、普段より多い気がした。

 

 ムーゲは改めて目の前の人物を観察する。

 腰掛けている銀髪の貴婦人。耳の形がエルフとは少し違って見える。

 麻色の服に陽光が差し込み、虹色の光の粒がきらめいている。

 そこだけシャンデリアのようだ。

 

(ただ者じゃない雰囲気は感じるが…果たして…)

 

「なんの。わらわはトルキナ連邦最高監査人のニムディス・オーレノン・コーワ。こちらは同僚のコウ・ジローじゃ」

 

 エルフの貴婦人が紹介すると、黒髪のやや長身の男が、軽く会釈した。

 

「おなじく、最高監査人のコウ・ジローです」

 

 男は人間のようだ。

 いかにも東の島国という服装だが、生地の品質は高そうである。

 

(若いな……)

 

 挨拶が終わると、ニムディスが口を開いた。

 

「パーパルディア皇国との交渉はわらわが担当しておる。我らはこの辺りの海に来るのは初めてでな。国際情勢というものを知らぬため、貴国のことも耳にしたばかりじゃ。話を聞きたいとの申し出であったが、話を聞きたいのはこちらも同じなのじゃ」

 

 つまり、三つの文明圏のことは何も知らないと言いたいようだ。

 

(本当に知らないのか? それとも――隠しているのか…?)

 

 ムーゲはつい勘ぐってしまう。

 

「“最高監査人”とは、どういう役職なのでしょうか?」

 

 ムーゲは、相手の立場について質問を投げかけた。

 まずは相手の立場の確認、外交の基本だ。

 

(初めて聞くが、なんだか妙に威圧的な響きだな)

 

「それを尋ねられたのは初めてじゃ。クワ・トイネ公国もクイラ王国もパーパルディア皇国も――誰も尋ねなかったのじゃ」

「ロウリア王国でも訊かれませんでしたね。クワ・トイネ公国はあらかじめ、うちの職員から聞いていたようですが」

 

(はあ? 圏外国はともかく、皇国も相手の立場を確認せずに話し合ったのか? そんなことでいいのか? いや、所詮は他国のことなんだが…)

 

 ムーゲは少し呆れた。

 

「それを説明するには、連邦政府の仕組みを語らねばならぬ」

 

 そう言ってニムディスの説明が始まった。

 

 トルキナ連邦は七つの種族、六つの共和国の集まりであり、連邦政府が束ねている。

 連邦政府は監査府・両院・執政府の三頭体制を採っており、執政府が内政、両院が立法、監査府が“保守”を担っている。

 

「保守ですか?」

 

(司法とは違うのか?)

 

「そうじゃ。この“保守”とは、連邦を法的に“(たも)ち、守る”ことを意味しておる。主な仕事は治安維持と外交じゃな」

 

(治安維持と外交…内務省の警察部門が、外務省にあるようなものか…?)

 

 監査府の最高意思決定機関は〈監査人会議〉であり、そのうち2名が「最高監査人」である――ということであった。

 

「つまり、われら二人は外交の最高責任者なのじゃ」

 

(なんと!)

 

 その言葉に、ムーゲは思わず背筋を伸ばす。

 目の前にいるのは、ただの使者ではない。

 

 ――国の外交を担う頂点の二人だ!

 

 一部に陽光を受けてシャンデリアのようにきらめく彼女の服装が、その重みを物語っていた。

 緊張で高鳴る胸の鼓動を、ムーゲはなんとか押さえ込む。

 

「貴国はどこにあるのでしょうか?」

 

 ムーゲは、連邦の位置を尋ねた。

 

「ロデニウス大陸を知っておるか?」

「はい。ここの南方にある大陸です」

「そうじゃ。その東方の大洋にあるのじゃ。正確な距離はまだ測れておらぬが、ロデニウス大陸の端から最も近い連邦領まで約3千キロ。ここからじゃと7千キロ以上は離れておるのではないか、と聞いておる」

 

(7千キロ以上! ……なるほど、なかなかの距離だな)

 

 今まで知られてなかったのは疑問ではあるが、帆船しか持たないここ第3文明圏では決してあり得ない話でもない。

 

 ムーゲはそう納得した。

 

 そもそもロデニウス大陸からして、ここから見れば辺境。文明圏外の地域だ。

 さらに東の海ともなれば、海魔の出没も多いだろう。

 帆船で越えるのは容易ではないはず。

 連邦の軍艦が外洋に出てここまで来たということは、すでに周辺の海魔を駆逐したのかもしれない。

 

「そちらはどこじゃ?」

 

 今度は、こちらの位置を尋ねられた。

 

「ここから西へ、船で1万5千キロメートルほど行くとムー大陸があります。その東岸を北上したところにわが国がありますので、航行距離はざっと1万8千キロです。なのでいつもは“2万キロ離れている”と説明しています」

「2万キロとは…随分と離れておるな」

「はい。ここまで来るのも一苦労でした」

 

 ムーゲはそう言って、そっと首を振った。

 

(まったくそのとおりだ…)

 

 言葉にすると、改めてその距離を実感する。

 

「ところで、貴国の政体はどういうものですか?」

「ムーの政体は――」

 

 ジローの問いに、ムーゲは簡潔に政体を説明した。

 二人とも話を聞ききながら、理解したように何度か頷いていた。

 

「なるほど。ムーは共和国なのじゃな」

「はい。昔は王制でしたが、現在は共和制に移行しています」

「我らと似ておるの…それで、王はどうなったのじゃ?」

 

(連邦も、かつては王政だった?)

 

「王は、今もおられます」

「王がいるのに、共和国なのですか?」

 

 そう尋ねたのはジローだ。不思議そうに首をかしげている。

 

「はい。王は政治に関与できませんので」

「それは…立憲君主国ではないのですか?」

 

 初めて耳にする言葉に、ムーゲは思わず問い返す。

 

「立憲君主国? …とは、どういうものですか?」

「憲法などによって君主の権限が制限される政治体制のことです。絶対君主国とは違い、君主が好き勝手に決定することはできません」

 

 ジローの説明に、ムーゲは、中央世界にある国の一つを思い浮かべた。

 

「ああ、わかりました。トルキア王国のような国のことですね」

「トルキア王国というのは、前も聞いたのじゃ。われらと名前が似ておるとかでな」

 

 確かに…トルキアとトルキナ、響きが似ている。

 

「そういう意味では立憲君主国と言えなくもありません。ただ王はあくまで“象徴”であって“君主”ではありません」

 

 それが公式の説明であるし、そのように教わってきた。

 なので外交官としては、そう答えるしかない。

 ただ時々、思うことがある。

 

 ――王は君主ではないと言い切れるのだろうか?

 

 今ここでする話ではないので、口には出さないが。

 

「なるほど。そういうことですか」

 

 ニムディスの隣に座るジローが納得したように頷いている。

 

(まるで同じような国をすでに知っているみたいですね)

 

 そう尋ねようと口を開きかけたその時、先にニムディスが口を開いた。

 

「魔法はどうじゃ?」

 

 !!

 

 その問いを聞いた瞬間、ムーゲは確信した。

 

 ――この二人は、本当にムーを知らないぞ!

 

「ムー人には魔力がありません。ですが、その代わりに“科学技術”を進歩させてきました」

 

 魔力を持たぬ民族。

 初めて聞いた者がどう反応するか。

 ムーゲは、無意識に相手の表情を探ってしまう。

 

「“科学技術”というのは“非魔法工学”のことじゃな。たしかに(おもて)に止めてある自動車はなかなか立派なのじゃ」

 

 感心したように頷くニムディス。

 意外なことに、魔力がないことに対して特に反応を見せない

 さらに意外なことがある。

 

(……車を見たのか)

 

 ホテルに戻ってくるときに、車を観察してきたようだ。

 相手の乗り物を見て国力を測る……か。

 なるほど、外交の責任者になるわけだ。

 

(これは今までになかったタイプの相手だぞ)

 

 ムーゲはさらに気を引き締める。

 

「ありがとうございます。貴国にも自動車があるのですか?」

 

(あれだけの軍艦を動かしているのだから、当然あるだろうが)

 

 だが返事はムーゲの予想と少し違った。

 

「あることはあるが、ほとんど軍用じゃな」

 

(軍用? どういうことだ……?)

 

「そうですか……理由をお聞きしても?」

「理由はいろいろじゃが…そうじゃな。石油が勿体ないからじゃ」

 

 勿体ないとはつまり…

 

「石油資源が少ないのですか?」

 

 石油があまり採れないのなら、軍用に限定するというのも理解できる。

 だが、返ってきた答えはまたも予想と違っていた。

 

「そういうわけではない。石油を使わなくとも似たような事ができるのじゃ」

 

 その言葉には、どこか誇らしげな響きがあった。

 

(ん?)

 

 隣に座るジローの表情が、心なしか曇った気がした。

 だが、よく見るとそうでもない。

 

(気のせいか…)

 

 石油を使わなくても似たような事ができる。

 

 ――つまり、神聖ミリシアル帝国と同じ!

 

「魔導技術ですね。確かに、ミリシアル帝国も魔石を使っています」

 

 ムーゲがそう言うと、ニムディスの表情がわずかに変わった。

 

「魔石じゃと? 魔力鉱石があるのか?」

 

(そういえば、こちらのことはあまり知らないんだったな)

 

「ええ。この近隣のアルタラス王国は、魔石の産出国として知られています」

「それは……良いことを聞いたのじゃ!」 

 

 ニムディスの瞳が輝き、口元に笑みが浮かんだ。

 まるで獲物を見つけた狩人のような笑み。

 ムーゲは直感した。

 

(しまった! よけいな事を言ったかもしれない……話題を変えよう)

 

「港に来ている軍艦のことをお訊きしたいのですが」

 

 ムーゲはすぐに話題を変えるべく、港に停泊している艦隊について切り出した。

 

「答えられることならば答えよう」

 

 軽く頷くニムディスに、ムーゲは疑問をぶつける。

 

「あの鉄柱のようなものですが……クレーンのようにも見えます。あれはいったい何でしょうか?」

「クレーン……?」

 

 ニムディスが首をかしげている。

 そんな彼女にジローが説明を加える。

 

揚重(ようじゅう)のことだよ。おそらくは対空砲だ。揚重のような支えがついてるからね」

「おお、対空砲のことか」

 

 ジローの説明に、ニムディスがようやく理解の表情を浮かべた。

 だが、今度はこっちが理解できない。

 

「対空砲……ですか? ずいぶんと大きいのですね」

 

 ムーの軍艦にもワイバーン迎撃用の対空兵器はあるが、ずっと小さいものだ。

 

「そうじゃな」

 

 ニムディスも頷いた。

 彼女も“大きい”と思っているようだった。

 

「射程は、どれくらいなのでしょうか?」

「射程は条件次第で、100キロメートル以上と聞いておる」

「なんと!」

 

(100キロだって!)

 

 ムーゲは目を見開いた。

 驚きというよりも、恐怖に近い感情が湧き起こる。

 

 ムーの最新鋭戦艦《ラ・カサミ》でさえ、最大射程は13㎞程だと聞いている。

 100㎞先に届く砲弾など聞いたこともない。

 

 ――これは次元が違う!

 

「そ、そんな離れた目標に……当たるのですか?」

 

(そもそも、見えるのか? どうやって狙うんだ?)

 

「命中率は天気明朗で風が弱ければ60キロ先で約13%という話です」

 

 ジローが事務的に、一息で答えた。

 

(それは……届くだけでも凄いことなんだろうけど…)

 

 ムーゲは戦闘データには疎いため、とっさには判断がつかない。

 だから、想像してみる。

 こちらの艦隊の砲が届く前に、少なくとも10発に1発以上が命中するという場面を。

 

(これは……! 間違いなく脅威だ!)

 

 ――もしも、この艦隊がムーに牙を剥いてきたら……

 

 背筋に冷たい物が触れた気がして、ムーゲは思わず息を呑んだ。

 が、すぐに気を取り直して尋ねる。

 

「空母がありましたが、艦載機はどのようなものですか」

 

 あの空母は気になる存在だ。

 

「“輪空機”という乗り物でな。だいたい時速400キロメートルで飛ぶのじゃ」

 

 400キロ! 速い!

 軍の最新鋭機の最高速度は時速380㎞と聞いている。

 

(それよりも速いじゃないか!)

 

 だが先ほどの射程に比べると、驚きはずっと小さい。

《ラ・カサミ》より大きな軍艦を持っているのだから、艦載機も少しくらい速くても不思議はない。

 

「それは…速いですね。“戦闘機”でしょうか?」

「“どちらかというと攻撃機”と聞いておる」

「陸上攻撃機ですか?」

 

 するとニムディスが少し考えてから、隣の男に視線を向けた。

 

「どうなのじゃ、ジロー?」

「陸上も空中も攻撃できます」

 

(マルチロール機か…)

 

 ムーゲは内心でそう結論した。

 

「そうですか。兵装は教えていただけますか?」

 

(答えてもらえないかもしれないが…)

 

 ムーゲはそう覚悟しつつも、あえて踏み込む。

 

「誘導噴進弾です」

 

 ジローは意外にもあっさり答えてくれた。

 

(誘導噴進弾?)

 

 またしても聞き慣れない言葉だったが、ムーゲには思い浮かぶ物があった。

 

「それは“ロケット弾”のことですか?」

「そうですね」

 

 ジローが肯定した。

 だが、その表情にほんのわずか、落胆の影がよぎったように見えた。

 

(こちらが“ロケット弾”を知っていたことが残念なのか?)

 

 もっと驚かれると思っていたのかもしれないが、ロケット弾など昔の兵器だ。

 

「魔力で飛ぶのですか?」

「いえ。燃料を燃やして気体を噴出させて推進力を得ています。なので“噴進弾”と呼んでいます」

 

(なるほど。それなら確かにロケット弾だ)

 

 ムーゲはそう思った。

 

 ムーではすでにロケット弾は使われていない。

 弾道が不安定で、命中率が低いためだ。

 代わりに、砲弾の方が主流となっている。

 艦載機には砲が積めない。

 

(だから代わりにロケット弾を積んでいるのか?)

 

 まさか…機銃を持ってないのか?

 そして、燃料を燃やすということは……

 

「つまり科学技術ですか?」

「ええ。“非魔法工学”と我々は呼んでいます」

 

(非魔法工学……?)

 

 その呼び方にムーゲは引っかかりを覚える。

 

 ――まるで『魔法が主で、科学は従』みたいな言い方だ。

 

(科学は補助的な技術に過ぎないということか……)

 

「では“航空機”はお持ちではないのですね?」

 

(“輪空機”という魔導飛行機があるなら、“航空機”は持ってないだろうな…)

 

「あります」

 

(あるのか!!)

 

 ムーゲは意外に思って眉をひそめる。

 だが、ジローは淡々と説明を続けた。

 

「今回の随行艦隊には“輪空母艦”と“航空母艦”の両方があります」

 

“輪空母艦”と“航空母艦”か――

 つまり、輪空機用と航空機用、それぞれの母艦があると。

 

「航空機の速度は、どれくらいなのでしょうか?」

「航空母艦には2種類の艦載機がありまして、一つは時速550キロ、もう一つは時速930キロが巡航速度です」

 

(きゅ、930キロだって!?)

(そんなことが! 本当にできるのか!?)

 

 ムーゲは内心の驚きが、表情に出ないように耐えた。

 弱みを見せるのと同じだからだ。

 だが心の中では警鐘が鳴り響いていた。

 

 ムーの最新鋭機を遥かに凌駕する性能。

 もし事実だとしたら……

 

 ――ムーは、何もできないのでは?

 

 ムーゲは喉に何かが張り付くような感覚を覚え、小さく咳払いをした。

 

「コホン……。“非魔法工学”という呼び方をされているということは“魔法工学”を使った兵器もあるのですか?」

「先ほどの対空砲がそうです。爆発魔法を用いて砲弾を飛ばしています」

 

(射程100キロの対空砲か!)

 

「なるほど。火薬は使っていないのですね?」

「状況次第では火薬も使いますが、我々の作る火薬では射程を長くできないのです」

 

 火薬では射程を長くできない…

 それはつまり――

 

「魔法でなければ、射程を伸ばすことができないのですか?」

 

 もしそうなら、ムーにはどうしようもない。

 

「いえ、厳密にはできます」

 

(できるのか!!)

 

 ムーゲの心は跳ねた。

 

(なら、ムーにもできる!)

 

 だが続くジローの言葉で、その期待もしぼんでいく。

 

「ただそのためには、爆発に耐えられるよう砲身を相当に分厚くしなければなりません。そうなると重量が大きく増えるので軍艦に搭載するのが難しくなりますし、船そのものの速度も遅くなってしまいます」

 

 そうなのか……

 言われてみれば、確かに巨砲を船に乗せるのは簡単じゃない気はする。

 

「ですが“爆発魔法”であれば爆発の“威力”とその“長さ”、つまり爆発に掛かる時間を調節して効果的な爆発を生み出し、砲身への負担を減らしつつ射程を伸ばすことができます。さらに“延伸魔法”で飛距離を伸ばせば100キロメートルほど先まで飛ばせるのです」

 

 やや早口ではあったが、ムーゲには十分に理解できる説明だった。

 

 なるほど…

 

 火薬では砲身に負担が掛かる。

 だから爆発を調節しやすい魔法を使う。

 つまり、科学的に実現する方法を理解し、物理的な制約を正確に把握したうえで、魔法を手段として選んでいる。

 

 ――その考え方は、まさしく科学的!

 

(ムーとも、ミリシアルとも、異なる発展をしてきた国のようだ)

 

 ムーゲはようやく、トルキナ連邦という国の“本質”に少しだけ触れたような気がした。

 

「魔法と科学を両立させている国は珍しいですね。一国だけ知っていますが、そこまで発展していません。あなた方はなぜそのように両立させているのでしょうか」

 

 マギカライヒ共同体では、蒸気外輪船に魔道砲を積んでいるが、航空機を飛ばせるような水準にはほど遠い。

 

 すると、ジローがふっと微笑んだ。

 

(いや、苦笑した?)

 

「連邦では魔法も科学なんです」

 

 ――魔法も科学?

 

 ムーゲはその言葉に一抹の不安を覚える。

 

「研究分野も魔法学、魔法力学、魔法化学、魔法理学などいろいろとあります。魔法工学も科学的手法によって生み出されています。なのにそれを分かっていない魔工技術者も多いんですけどね」

 

 再び苦笑するジロー。

 理解されないことに慣れた者の“あきらめ”にも似た笑み。

 だがムーゲは、その表情よりも、発言の方が気になる。

 

(魔法工学も科学的手法で…)

 

 わが国は科学技術で列強2位にまで上り詰めた。

 列強1位の神聖ミリシアル帝国でさえ、ムーの“科学技術”を一部取り入れたと聞いている。

「ミリシアルは魔導技術こそ高度なものを持っているが、“科学の本質”を理解していない」

「つまり、ヤツらは同等の技術を自力では開発できないのさ」

 ムー政府内ではそんな会話がささやかれていた。

 だが…

 

 魔法を科学的に探求し、体系化し、活用する国があるとしたら――

 

(それはつまり、ミリシアルの魔導技術に、ムーの研究開発力が加わるようなもの!)

 

 ――『魔法を科学する国』

 

 ムーゲはふと、そんな言葉が思い浮かんだ。

 

(これは新たな、いや、新手の脅威となるような気がする……)

 

 確かに神聖ミリシアル帝国は高度な魔導技術を持っている。

 だがその技術は自分たちで開発したものではない。

 古代の技術を再現したものに過ぎない。

 

 ――ミリシアルの目は過去を見ている。

 

(そこがムーとの違いだ!)

 

 対してムーには、未来が(ひら)けている。

 

 10年後――

 50年後――

 100年後――

 

 科学の知識を応用した技術開発により、文明は確実に進歩する。

 

 科学者の飽くなき探究心が、

 技術者が生み出し続ける新たなテクノロジーが、

 なにより市民一人一人の「幸福の追求」を良しとする政治哲学が、

 

 ムーの未来を約束しているのだ。

 

 ――ムーの目は未来へと向いている。

 

(そこが神聖ミリシアル帝国との違いだ!)

 

 灯油ランプが白熱電球に置き換わったように、

 人々はより良い生活を求め、

 ムーは今日も前に進み続ける。

 

 ――『より良い未来』を夢見る力!

 

 そして、

 

 ――『より良い未来』を生み出す力!

 

 これこそが“魔力を持たない”ムーが、列強2位の地位に上り詰めた力の源泉である。

 ムーゲはそう考えているし、それが誇りでもある。

 

 ――だがこの国が現れた……

 

 胸に不安が湧き起こる。

 

(この不安は、すでに技術格差があるからか?)

 

 それもある。

 時速900キロを越える航空機を作り出すほどの科学技術を有している国は、それだけで脅威だ。

 だが――

 

(それだけじゃない。いや、そこじゃない!)

 

 自国の強みである『科学』が、

 それを活用した『技術開発』が、

 なにより『より良い未来』が、

 

 ――もはや“ムーだけのもの”ではない!

 

 その事実から来る静かな恐怖が、次第に戦慄となってムーゲの心に広がる

 

(我々は唯一無二ではなかった…)

 

 魔法を持たないからこそ、知性と努力によって積み上げてきた“未来への道”。

 それが今、その道を先に進む国が現れた。

 しかも魔法と科学を融合させた異質な文明を持つ国だ。

 

(もし、“彼らの未来”が、“我々の未来”よりも明るいとしたら?)

 

 ムーの進歩が、

 ムーの価値観が、

 ムーの哲学が、

 

 ――“唯一の正解”ではないとしたら?

 

(わたしは…いやムーは、自信と誇りを持ち続けることができるのだろうか?)

 

 顔にもそんな不安が浮かんでいたのかもしれない。

 それが困惑の表情に見えたのかもしれない。

 すぐにニムディスが補足するように説明した。

 

「トルキナは当初、二つの国が合わさって生まれたのじゃ。もし魔法だけであったなら、魔法工学は生まれなかったであろうな」

 

 二つの国が合わさってできた!

 それが“魔法の国”と“科学の国”だった。

 

(つまり、神聖ミリシアル帝国とムーが合併したような国か!)

 

 ムーゲはそう解釈した。

 

「魔法がなければ魔法工学は生まれませんでしたけどね」

 

 ジローの補足もまた、ムーゲの推測を裏付けているように思えた。

 

 ふと気付けば、夕日はほとんど沈み、天井のシャンデリアが魔法の光を静かに灯している。

 

(体が、冷えてきたな…)

 

 ムーゲは背筋に鳥肌が立つのを感じた。

 ムーの未来もまた、冷えていくような気がした。

 





次回の更新は明日の予定です。
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