中央暦1639年1月20日 クワ・トイネ公国 公都クワ・トイネ
蓮の庭園
クワ・トイネ公国の重鎮が向き合うように居並ぶ政治部会の会場で、文官の男が軍からの報告を読み上げている。
昨日、トルキナ連邦なる国のアラハエル・ディル・露伴なる人物とその配下併せて22名が輪空なる乗り物で空を飛んで領内に侵入した。
現在、軍で事情聴取を受けている。
武器は剣、短剣などを所持しているが、あくまで護身用であるとしている。
彼らの種族は様々で、エルフ3名・人間1名・ドワーフ1名・ノウブ14名・パント3名とのことである。ちなみにリーダーのアラハエルはエルフである。
ノウブとパントは初めて見る種族だ。両者ともドワーフよりも小さく、人間の五歳児の様だ。
ノウブの肌は緑色で髪はクリーム色である。なんとなくだがゴブリンを思わせる容姿をしているが、一般的なゴブリンよりも背が低く、話すと特に我々との違いを感じない。
パントなる種族はノウブと同じくらい小さいが、姿は人間とあまり違わない。遠目に見ると子どものようだが、近くで見れば大人だと判る。
22名にはいずれも魔力反応はなかったが、魔法を使うということである。
リーダーのアラハエルは、
「図らずも領空侵犯してしまったことは謝罪する。ただ、我々は自国の西方に何があるのかを調査するために遠方に飛んでいただけで、侵犯する意図はなかった。クワ・トイネ公国もクイラ王国もロウリア王国も初めて聞く国だ。そもそも存在すら知らない国に侵犯する意図などありようがない。それに我らは外交を担当する部署に所属しているので、これは外交目的の訪問だと捉えていただきたい」
と主張している。
また「もし良ければ、連邦と交流してみないか」と提案している。
彼の説明によれば、トルキナ連邦という国はここより遙か東方に存在する、かなり大きい国らしく、人口は3億7千万程だという。他国への侵略を原則として禁じており、攻撃されない限り反撃することもないとのこと。
さらに本日、
「本国に無線で連絡したので、いずれこの近くに連邦軍の艦船が救助に来る。承知しておいてほしい」
と話してきたため、近々軍船がやってくると思われる。
不測の事態を避けるために対応が必要なので、検討する必要がある。
報告はこういう内容だった。
聞き終えたカナタは、ただ困惑するしかなかった。
東の海には何もないと思われていた。だが、そこに国があり、しかもそこから空を飛んで来たという。こちらからは冒険者達が東の海へと挑んだが、誰一人戻らなかったというのに・・・
胸がざわつく。
「皆の者、どう考えるか」
カナタは重鎮達を見回すと、空気が一気に張り詰めた。
「彼らが乗ってきたリンクウなる乗り物は、ムーが使用している飛行機械に形が似ていますが、彼らはムーのことも、ミリシアルのことも知りませんでした」
情報分析部の説明が終わると、部屋はざわめきに包まれた。
「近いうちに救助のために軍船が来るということだが、攻撃してこないだろうか」
「22人が無事なら攻撃してこないのでは?」
「そう考えるのは楽観にすぎる」
「不測の事態に備えて、軍を配置すべきだろう」
「だが、どの海岸に現れるのかわからないぞ」
「そのアラハエルなる者に直接話を聞けば良いではないか」
「こちらに呼び寄せるのか? 彼がこちらにいる間に軍船が来たらどうする?」
「彼がその場に見当たらないと、何かあったと誤解を招きかねないな」
議論の流れを見ていたカナタ首相は静かに口を開いた。
「こちらから何名か、彼らが収容されている基地に出向きましょう。詳しく話を聞くことにします」
重鎮たちは互いに視線を交わす。
決断するのは話を聞いてからの方が良い。
皆が頷いた。
中央暦1639年1月21日 第六飛竜隊基地
翌日、カナタ達は飛竜隊に協力を頼み、第六飛竜隊の基地まで飛んできた。
温暖な国とはいえ、冬の風は冷たかった。少し休憩して冷たくなった体を暖め、まず隊長から経緯の説明を受けた。
その後基地の兵士の案内で部屋に入ると、エルフの男が待っていた。海の向こうから来たというエルフだろう。
「初めまして、首相のカナタです。こちらは外務卿のリンスイと、軍のハンキ将軍です」
エルフの男は立ち上がり、一礼してから話し始めた。
「これは重職の方々にお会いできまして恐縮です。わたしはアラハエル・ディル・露伴と申します。今回貴国に図らずも入国することになりました西方調査先遣隊の主任を拝命しております。普段は外務局で働いております」
ハキハキとした口調はまるで兵士のようでもあるが、ずっと陽気な印象を受ける。
「早速だが、尋問を始めたい。貴公らは犯罪者ではなく、遭難者として扱っているが、質問にはウソ偽りなく答えてほしい」
リンスイ外務卿がそう言うと、アラハエル殿はハッキリした声で頷いた。
「わかりました」
尋問は穏やかに始まった。
まずトルキナ連邦の領土について尋ねた。
「トルキナ連邦は、ここから東の大洋にある六つの共和国の連合国家です。総面積は1500万平方キロメートルで、南北に長く、北端から南端まで1万キロメートルを越えます」
アラハエル殿がハキハキと説明するが、数字があまりに大きい。
カナタは思わず息を呑む。
―――大きな国だ。これは厄介な相手かもしれない。
「人口は3億7千万ほどです。各共和国は自治を保ちながらも、連邦として結束しています」
リンスイ外務卿が眉をひそめている。
「3億7千万・・・我らとは桁が違うではないか。本当なのか?」
「はい。わたしは外務局に属しております。この手の統計は常に把握しています」
アラハエル殿がハキハキと答える。
カナタは胸の奥に不安が広がるのを感じた。
次に、種族について尋ねる。
「わがクワ・トイネ公国の国民はエルフと獣人が3割ほどを占めていますが、あなたの国はどうですか?」
「連邦は多種族国家で・・・」
アラハエル殿によれば、連邦市民の種族構成は、エルデン・エルフ・ドワーフ・パント・ニンゲン・ノーク・ノウブの七種族とのことである。エルデンとはハイエルフのことのようだ。パント、ノウブ、ノークは見知らぬ種族だったが、今回の入国者にはパントとノウブがいると説明された。エルフは人口の0.5%しかいないらしい。エルデンはさらに少ないという話だった。
「ノークなる種族は今回来ていないのか?」
リンスイが尋ねると、アラハエルが頷いた。
「ノークは体が大きく重いため、今回使用した輪空には不向きです。ゆえに先遣隊には選ばれなかったのです」
そんなに重いのだろうか?
「どれほどの大きさなのだ?」
ハンキ将軍が口を挟む。
「男ノークの平均身長は2.4メートル、体重は200キロほどです。一人二人くらいなら乗れないことはありませんが、その分だけ他の者が乗れなくなってしまいます」
獣人より大きい。 そんな種族がいたとは!
「軍事について尋ねたい。兵力はどれくらいあるのか?」
ハンキ将軍が尋ねた。兵力から侵略の能力を判断するつもりなのだろう。
「兵力については、わたしもあまり詳しくはないのですが、連邦軍の人員はおそらく300万人ほどではないかと思います」
「300万だと! 多すぎるのではないか!」
ハンキ将軍の声が大きい。
だが、カナタも同じ思いだ。
300万だって!
「連邦は最近まで強大な敵と戦っていました。兵員もそのために多くなっていたのです。でも戦いがようやく終わり、兵員も縮小するはずだったのですが、それが中止とならざるを得ない事態になりました」
「何かあったのか?」
兵力を減らせない理由とは何だろうか? まさかこちらに攻めてくるとか?
「はい、連邦の国土が突然、ここの東に面した大洋に転移したのです」
「!!」
カナタは一瞬、意味がわからなかった。
国土が転移? 国そのものが?
「国土ごと・・・だと?」
リンスイ外務卿が唖然とした表情になっている。声も震えている。
「馬鹿な・・・」
ハンキ将軍は机の上で拳を握っている。
アラハエル殿は相変わらずハキハキと続ける。
「それで、われわれはこの付近をまったく知らないので、東西に調査隊を派遣することになり、わたしどもが先遣隊として空から調査していたところです。そこに竜騎士の
途方もない話だ。まるで・・・
「転移してきただと! そんな神話のようなことがあってたまるか!」
リンスイ外務卿が声を荒げている。
だがアラハエル殿は平然としていた。
「信じられないことと思います。しかし、われわれは500年以上前にも転移したことがあります。その時のことを覚えているエルフもまだ生きています。このため、また起きたのかという思いです」
カナタは話が理解できず、必死に考える。
「確かにロデニウス大陸の東方に国があるならば、今までに気付かないはずはない。突然現れたというのなら説明もつくが・・・」
そう口にしながらも、内心は混乱していた。
信じられない話を目の前のエルフは堂々とハッキリした口調で話している。
どう考えればいいのか・・・
カナタは答えを見いだせずに、思考の迷路をさまよってしまう。
するとハンキ将軍が話を戻す。
「つまり周囲が安全かどうか判らないから兵を減らせないというのだな。それでその連邦軍とやらの強さはどれくらいなんだ? 我が国を侵略できるのか?」
「侵略は国是に反するためできません。少なくともこちらから先に攻撃したりはしません」
「国是ではなく、軍の能力を訊いているのだ!」
的外れな回答にハンキ将軍が語気を強めるが、アラハエル殿はチラリとカナタの方を見てから、またハンキ将軍に視線を向けた。
「つまり貴国を占領する能力があるかということですか?」
「そうだ!」
「そうですね。連邦軍の装備についてはあまり詳しくはなく、貴国の軍備についてはほとんど知らないのですが、連邦軍の戦い振りを報道などで伝え聞いた所から考えますと・・・」
視線を斜め下に向けて考えるように話すアラハエル殿を見てカナタは思った。
随分と慎重に前置きする。正確な情報を知らないようだ。
「今回見かけた飛竜と竜騎士の組が何千といようとも、連邦軍の進軍を阻むことはできないでしょう」
「なんと!」
ハンキ将軍が体を引き、驚愕の声を上げた。
カナタも目を見開いた。
何千もの竜騎士の軍勢をもってしても止められない?
「まるで列強国ではないか」
リンスイ外務卿が低くつぶやく。
カナタは背中全体に冷たいものを感じた。
次回投稿は本日中の予定です。