誤字報告ありがとうございます。
中央暦1639年3月6日 朝
パーパルディア皇国 皇都エストシトラント
『皇都ホテル』
レミールは内心、ほくそ笑んだ。
「おはようございます、レミール殿下。お待ち申し上げておりました」
支配人が進み出て、レミールを出迎えた。
さらに他の従業員も整列し、頭を下げている。
「うむ」
「昨晩ご連絡をいただきましたとおり、“お客様”にはすでに朝食を済ませていただいたところでございます。まもなく降りてこられるかと」
支配人が皇女に恭しく頭を下げる。
皇女レミールにとっては、見慣れた光景である。
臣民が頭を下げるのは当然だ。
“お客様”とはトルキナ連邦とかいう新興国からやってきたニムディスとその一行である。
「それは結構。早めに行かねば、間に合わぬからな」
「宮城でレセプションが行われるのでございますか?」
(フフフ。そんなものはない!)
ニムディスとかいう女に、ヤツらの艦隊が皇国海軍の砲撃で沈むところを見せつけることになっている。
皇国軍の圧倒的な力を目の当たりにして、絶望する蛮族の女の顔は――
(……さぞ、見ものだろう!)
レミールは思わず笑みを浮べた。
「フフフ。それはまだ秘密だ」
「さようでございますか」
コツコツコツ――。
誰かが階段から降りてくる音がした。
視線を向けると、黒髪で長身の男が現れた。
いかにも東の蛮族という服装をしている。
「おはようございます。支配人」
「おはようございます、ジロー様。ご紹介します。こちらは皇女レミール殿下でございます」
すると男の目がかすかに丸くなった。
「皇帝陛下のご息女ですか?」
「いえ、皇帝陛下は独身であらせられます。殿下は皇族としては大分前に分かれた御家系と伺っております」
「そういうことだ」
レミールが支配人の説明を肯定してやると、支配人が紹介を始めた。
「レミール殿下、こちらはトルキナ連邦からのお客様でコウ・ジロー様でございます」
「トルキナ連邦最高監査人の一人でコウ・ジローと言います」
(ん? 最高監査人だと? こいつが?)
「エルフの女だと聞いていたのだが?」
男の顔に一瞬、怪訝な色が浮かぶ。
「エルフ? ああ、ニムディスのことですね」
男はすぐに何事もなかったように平静を取り戻した。
「まもなく降りてきますよ。ところで朝早くから何があるのですか?」
なぜ早朝に叩き起こしたのか。それは――
(お前たちの艦隊が沈むところを見せつけるため!)
「お前たちに良い物を見せてやろうと思ってな」
レミールはそう言って、意味ありげに微笑んだ。
「それは楽しみですね」
そんなこととは思いもしない様子で、ジローが穏やかに答えた。
「あ、降りてきましたよ。ニムディス!」
その声に、迷わず歩みを進めて来た女は、確かに人間より長い耳を持っていた。
軍服を着たドワーフを供としているようだ。
「そちらの貴婦人が、今日の出迎えか?」
「皇族の一人でレミール殿下だよ。レミール殿下、こちらはニムディス・オーレノン・コーワ。わたしと同じく最高監査人の一人で、貴国との交渉の責任者です」
「ニムディス・オーレノン・コーワじゃ。よろしく頼む」
男が紹介すると、ニムディスが名乗った。
「皇女のレミールだ」
「皇女?」
ニムディスが一瞬真顔になるも、すぐに微笑みに戻る。
皇女という言葉に、何か含むところでもあるのか。
「皇族の姫をそう呼ぶらしいよ」
「なるほど。それで、わらわはなぜ早起きすることになったのか、教えてもらえるのじゃろうか?」
後ろにまとめた銀色の髪。
青みがかった銀色の目。
白い肌に尖った耳。
丸みを帯びた曲線的な
(その姿も、すぐに恐怖と絶望に歪むことになろう。フフフ)
レミールは内心、ほくそ笑んだ。
「お前たちに見せたい物がある。馬車を用意してあるから、ついてくるがいい」
「うむ。わかったのじゃ」
ニムディスが頷くのを確認すると、レミールはすぐに玄関へと歩き出した。
皇都中央から見て、港の右側の地区には、別荘が並んでいる。
その中でもひときわ大きな建物の前で、馬車は止まった。
レミールはエルフ女の一行と、自分の護衛と供に中に入っていった。
階段を上り5階のテラスへと案内すると、海が広がっていた。
視界の左側に軍艦の群れが浮かんでいる。
「ここは良い眺めじゃな、レミール殿。じゃが、朝から見せたい物とはこの眺めではなかろう? そろそろ教えてもらえぬじゃろうか」
エルフ女ニムディスが尋ねてくる。
何も知らずに余裕の表情をしている。
(それもすぐに消し飛ぶだろうがな…)
レミールは内心、ほくそ笑んだ。
「先ほどは言わなかったが、わたしは外務局監査室に勤めている」
ようやく話を始められる。
「ほう。それはどのような部署か?」
「外務局を監査指導する部門だ」
「ふむ。外務局専門の監察官というわけじゃな」
軽く頷くエルフ女。
どうやら蛮族の国にも似たような役職があるらしい。
生意気な…
「そうだ。 皇国にふさわしい外交をしているかをチェックしているのだ。監査指導するにあたり、心がけていることがある」
「ほう」
興味深そうに顔を傾けてくる。
「少数を“見せしめ”として犠牲にすることで相手の心を折り、降伏させる。こうすることで、犠牲者を最小限にとどめることだ」
恐怖こそが秩序を生む。蛮族に必要なのは、対話ではなく痛みだ。
(今からお前の心を折ってやるのだ。うろたえるが良い!)
だが、エルフ女はただ感心するように頷いただけだった。
「なるほどのう……それが72カ国を占領地とした方法なのじゃな」
まるで他人事のように頷くニムディスに、レミールは呆れる。
(自分がそうなるとまだ気付かないか…鈍感な女だな)
「お前たちにも身の程を教えてやろうと思ってな。ここからお前たちの艦隊が沈むのを見るが良い」
そうなれば、この女も慌てふためくに違いない。
「なんじゃと? 何をするつもりじゃ」
エルフ女の声には驚きが感じられた。
(フフフ、ようやく自分の立場が分かってきたか)
「見ればわかる」
その表情が絶望に変わるのが楽しみだ。
「ジロー!」
エルフ女が同僚の男に声を掛けると、男が右手を耳に添えた。
「ああ、今連絡する。あージョアンナ。今から現地軍の攻撃があるようだから対応するように作戦司令官に伝えてくれ……同じで良いけど、腕を斬るのはなしで。あと第15軍の艦隊も使うようにと」
(しまった! 小型の魔信を隠し持っていたのか!)
レミールは一瞬、慌ててしまう。
が、すぐに思い直す。
――もう開始の刻限だ!
「ふん。今更遅いわ!」
戦列艦が一斉に火を噴いた。
「見るが良い! 皇国海軍の力を!」
レミールは勝利を確信して言い放った。
その直後、砲撃の音が響いてきた。
ドドドドドドドドドーン!
海のあちこちで大量の煙が立ち上り、ワイバーンロードが各竜母から飛び立ち始める。
晴れていく煙の中…
(沈む船は見当たらないか…)
――それでも、かなりの損害を与えたはず!
何度か撃ち込む必要があるとアルデは話していた。
海軍の圧倒劇はこれからだ!
「おお! すさまじいな!」
銀髪のエルフ女が目を見張っている。
「ああ、凄まじい数の砲撃だ」
男も深刻な表情だ。
気付けば、港に停泊していた軍艦1隻も動き始めている。
エルフ女を置いて行くつもりのようだ。
水飛沫でも舞っているのか、その周りはうっすらと朝日を反射している。
「ハハハハ。お前たちを置いて逃げていくぞ」
指を差して、教えてやると、二人も波止場の方に振り向いた。
(慌てふためくがいい!)
「蛮族の女よ! 身の程を思い知るが良い! フハハハハ!」
レミールはもはや笑いを隠す必要はなかった。
同日 朝
パーパルディア皇国 皇都エストシラント 港沖
パーパルディア皇国海軍 第2艦隊 超フィシャヌス級戦列艦《パール》
ダルダは勝利を疑わなかった。
「これだけの戦列艦を集めた大艦隊だ。神聖ミリシアル帝国の『第零式魔道艦隊』を相手にしても、決して負けないぞ。このような新興国の艦隊に負けるはずがない!」
ダルダは艦長として、副官にそう言い切った。
第2艦隊の火力は疑いようがない。
とりわけ、右舷攻撃隊の旗艦となったこの『パール』は120門級の戦列艦。片面で60門の魔道砲を一斉に撃てば命中弾も多くなる。
(破壊力は圧倒的だ!)
世界最強と謳われる『第零式魔道艦隊』でさえ、これでは無事では済むまい――
ダルダは勝利を疑わなかった。
「しかも今回は奇襲だ。奴らの軍艦など、一斉砲撃で粉みじんだ!」
(反撃する間もなく、沈めてやる!)
ダルダは勝利を疑わなかった。
「よし、取舵一杯。回頭して砲撃陣形を組め!」
「取舵一杯」
船が傾き、速度を落としはじめた。
「回頭完了しました」
「〈風神の涙〉を停止してそのまま待機」
「〈風神の涙〉を停止せよ!」
風を失った帆船は減速し、ゆっくりと漂い始める。
「すぐに撃つのではないのですか?」
側近が尋ねてきた。
「まだ他の艦隊の陣形ができてない。本部からの命令待ちだ」
本作戦は一斉砲撃である。
バラバラに撃てば、逃げ延びる艦が出てくる。
命令はただ一つ。「全て撃沈せよ」だ。
「それにしても大きい艦ですね」
副官の言葉にダルダは見上げる。
朝日に浮かぶ鉄の船の威容。
巨大な竜母と思われる軍艦が無防備にその身をさらしている。
甲板が高い位置にあるため、側面が大きい。
これほど的が大きいなら、反対側に並ぶ僚艦に当たる心配は無い。
「1隻に対して10隻で砲撃する。巨大な軍艦でもひとたまりもあるまい」
左右合わせて千を超える砲弾だ。
封じ込められた爆裂魔法が、一斉に炸裂するのだ。
耐えられる船などあるはずがない!
「しかもこいつは帆柱を立てていない。動く時に帆柱を立てるのだろうが、すぐには動けまい」
ダルダには勝利の理由が次々と思い浮ぶ。
そして、負ける理由は一つも思い浮かばなかった。
「沖の敵艦が動き始めました。どうやら砲撃陣形は間に合わないようです」
望遠鏡を覗いていた部下が声を上げた。
「ふん。第5艦隊は逃げられたか」
どうやら、全艦撃沈はお預けのようだ。
それでも、こちらは与えられた任務を果たすのみ。
「敵艦甲板に動きあり! あわただしく動き始めています!」
遠くから、マストの見張りの声が聞こえてきた。
(ん? 気付かれたか? これはマズ……)
「艦隊司令より砲撃命令です!」
魔信兵の声が響いた瞬間、ダルダはニヤリと口元を歪めた。
(気付くのが遅かったな!)
「よし。右舷攻撃隊、敵艦に砲撃せよ!」
ダルダは、自らの指揮する戦列艦に命令を下した。
「右舷攻撃隊、全艦砲撃せよ!」
命令が魔信で全艦に伝えられる。
ドドドドドドドーン!
砲撃砲が一斉に鳴り響く。
この第2艦隊だけではない。総勢200隻もの戦列艦が一斉に火を噴いたのだ。
一斉に吹き上がる煙が、敵艦の姿を覆い隠す。
ババババババハーン!
敵艦の方向から爆発音が響く。
砲弾に封じ込められた爆裂魔法が炸裂しているのだ。
「命中弾多数! 葡萄弾も命中あり!」
マストの物見台から、観測兵の声が響いた。
「戦果は!」
ダルダは声を上げた。
(巨大な軍艦に被害を与えたのか?)
「敵艦に被害なし!」
観測兵の声が無情に響いた。
「な、なんだと!」
「命中は側面のみ! 甲板には届いていません!」
ダルダ自身も敵艦に目を向ける。
煙の向こうから、次第に姿を見せはじめる黒い影。
(甲板はそもそも狙ってないから構わないが…)
それは、まるで何事もなかったかのように、そのままの姿だ。
(ば、バカな!)
皇国海軍が誇る最強戦列艦超フィシャヌス級『パール』。
それを含む第2艦隊の一斉砲撃。
そんな皇国最強の破壊力の一つを受けて、まるで「ん? 何かしたのか?」とでも言いたげに、その鉄の巨体は、平然と浮かんでいた。
「なんて頑丈な船なんだ!」
100メートルの至近距離からぶっ放したんだぞ!
不発だったとしても、無事なはずがない!
こんなことは……あってはならない!
世界最強に並び立つはずの、われら第2艦隊の砲撃が通じないなど――
あってはならないのだ!
ダルダは拳を振るわせた。
事態を受け止められずにいた。
いや――受け止めることを、拒んでいた。
ダルダは勝利を疑わなかった。
「すぐに次を撃て!」
こんなことは……何かの間違いだ!
「次弾発砲用意!」
だが、そんなダルダをあざ笑うように現実は動き始める。
「敵艦、動き始めました!」
なんだと……?
帆を下ろしたままで、いや、帆柱を立てずに、なぜ動ける!
(動き出す前にまず帆柱を立てるんじゃなかったのか)
「右舷攻撃隊は目標艦を追いかける! そう艦隊司令に伝えろっ! 〈風神の涙〉を使えっ!」
悲鳴のような声を張り上げた。
同日 朝 同海域 皇国軍竜母艦隊 旗艦 『ワーグナー』
バーンは自分達の仕事を正しく理解していた。
「われわれの任務は、砲撃後に残った敵艦を確実に仕留めることである」
バーンは竜母艦隊司令官である。
突然の攻撃命令で、昨夜から大忙しだった。
夜が明けてからも、艦隊を配置させなくてはならず、ずっと慌ただしい。
「砲撃と同時に、竜騎士隊は発艦を開始する」
もう攻撃開始直前だというのに、いまだに参謀達に任務を説明しなければならない。
「先に発艦しておかないのでしょうか?」
参謀の一人が口を開いた。
(それでは話にならん)
バーンは自分達の仕事を正しく理解していた。
「砲撃は奇襲で行う。それまでは、相手に気取られるような行動は取らない。わかったかね」
多少時間は掛かるが、どうせ砲撃であらかた沈んでいるはずだ。
問題は、残りを始末するまでに、どれだけ飛ばせるか――それだけだ。
「はっ」
通信隊長が手を上げた。
「各艦への通信は魔信連絡で、大丈夫なのでありますか?」
「皇国軍の魔信は簡単には傍受できない。それに一度行動を供にした皇都防衛隊の話では、ヤツらの魔信はわれわれとは方式が違うため、互いに傍受できないそうだ」
傍受される恐れはない。
「間諜の捕縛に協力してくれたという噂の件ですね。協力してくれた相手に奇襲を掛けていいのでしょうか?」
余計な疑問を差し挟む部下にバーンは怒鳴る。
「これは勅命だ! 余計なことを考えずに任務を果たせ!」
「はっ」
勅命に疑いを差し挟んではならない。
(まあ、何人かは捕虜にして助けてやってもいいだろうがな…)
それくらいなら命令違反にはなるまい。
とにかく味方の一斉砲撃が先だ。
そこからがわれわれの仕事だ。
バーンは自分達の仕事を正しく理解していた。
「ワイバーンロードは全て起きました。発艦準備、整いました」
「よし。そのまま待機!」
(さて、敵艦はいくつ残るかな?)
「左奥の船が動き始めたぞ。数は……12隻!」
マストの見張り台から声が響いた。
「どうやら、気付かれてしまったようだな……」
「本部より攻撃命令が出ました!」
(来たか!)
「よし、発艦を開始せよ!」
「はっ!」
ずどどどどどどどとーん。
轟音が前方から響き渡り、敵も味方も、瞬く間に煙に包まれていく。
バーンは望遠鏡を覗きつつ、煙が晴れるのを待った。
(さて……いくつ残っているのか)
やがて煙の中から味方の帆船と、砲撃を受けた敵艦が見えた。
(なっ……)
「なんだとっ!」
バーンは思わず驚きの声を上げると、報告の声が響いた。
「敵艦の被害は確認できませんっ! 命中弾はないようです!」
(バカな!)
「そんなわけがあるかっ! 命中したはずだっ!」
「なら跳ね返したと思われます!」
「銃ならともかく、魔導砲を跳ね返されてたまるかっ!」
(いや……待てよ)
バールは落ち着いて考えてみる。
当艦のような“超フィシャヌス級戦列艦”は対魔弾鉄鋼式装甲で覆われている。
爆裂魔法の威力を、大幅に弱めるものだ。
(……まさか。あれも、そうだというのか!)
「なら、われわれの出番だな」
艦砲がダメなら飛竜隊だ。
バーンは自分達の仕事を正しく理解していた。
「はい。ワイバーンロードの導力火炎弾で、燃やし尽くしてやりましょう」
副官が力強く宣言した。
「各艦から、続々と発艦しています」
「うむ」
バーンは頷いた。
「われわれの強みを、最大限生かします」
そう言ったのは軍師アモル。
竜母艦隊では、参謀の長を“軍師”と呼ぶ。
「魔導砲を向けられない上空から近づき、導力火炎弾を撃ち込む、だな」
艦砲を上に向けるのは難しい。
それが、竜騎士の強みである。
「そのとおりです。制空権こそがわれら竜母艦隊の武器。――見てください」
アモルが指差した先には、巨大な“アイロン台”のような艦が、しずかに動き始めていた。
「やつらのワイバーンはまだ眠っています。しばらくはあの巨大竜母も何もできないでしょう。今のうちに燃やしてしまえば、われわれの制空権を脅かす者はいません」
「ではあの竜母から攻撃するか?」
「はい」
バーンは即座に命令を出した。
「巨大竜母に攻撃せよ! ヤツらのワイバーンが眠っているうちに、燃やしてしまえ!」
それで我が方の勝利は決まりだ!
バーンは自分達の仕事を正しく理解していた。
“こちら第1竜騎士隊隊長、敵巨大竜母に攻撃します!”
司令室から外に出ると、そこは甲板である。
旗艦『ワーグナー』の中心には三本のマストが立ち、左右に40メートルほどの木製滑走路が、翼のように広がっている。
今もワイバーンロードが、助走を付けて飛び立とうとしていた。
バーンは、目標である巨大竜母の方を見ていた。
ちょうど、ワイバーンロードが導力火炎弾を放ったところだ。
だが、巨大竜母の甲板が高すぎて、着弾地点は見えない。
「おい、観測員! 火炎弾は命中したのか?」
「はい! 命中して燃えています。ですがまだ燃え移ってはいません」
マストの見張り台から、観測員の声が帰ってきた。
(よし……!)
「敵は対魔弾鉄鋼式装甲を備えているようです。内部の木に燃え移るまでには時間が掛かります」
軍師アモルは説明する。
「ああ、そうだな。何発でも撃ち込み続けろ!」
「はっ」
バーンが再び望遠鏡を覗くと、次の竜騎士が火炎弾を放ったところだ。
そして3騎目が放つところを見つける。
ちょうど首を伸ばして導力火炎弾を口から出すところだ。
(よし、放て!)
――その瞬間、視界から消えた。
……ん? どうした?
バーンは望遠鏡から目を離して、3番目の竜騎士を探す。
だが、そこには白い煙が広がっている。
(一斉砲撃の煙がもうあんなに高く……)
――竜騎士はどこだ?
ワイバーンロードはすでに大勢が飛び上がっており、もうどれがどれだかわからない。
そこに不気味な音が鳴り響いてきた。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!
ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!
「こ、これは……」
聞き慣れた砲撃音とは違う。
(だが、砲撃音に間違いない!)
ボンボンボンボン!
ボンボンボンボン!
空からこだまするように爆発音が鳴り響いた。
「て、敵艦隊、一斉に発砲! 一番左奥です」
「最初に離脱した敵艦隊です!」
バーンはすぐに確認を始めた。
「なに? 戦列艦の被害は? 着弾場所は?」
「空中で爆発しています!」
「なんだと!」
上空を見ると、先ほどより明らかに煙が増えている。
「敵の砲弾が空中で爆発しています。あれは、竜騎士隊を狙っています」
その時、魔力探知員が叫んだ。
「第2艦隊の竜騎士隊と思われる反応が……14騎消えました!」
「なんだと!? そんなバカな!」
魔導砲でワイバーンを撃ち落としているというのか!
「アモル。どうすれば…アモル?」
バーンが振り返ると、アモルの
「バカな…ヤツらは…魔導砲を…ワイバーンロード用の…猟銃として使って…」
全艦を沈めよとの命令――それは、もう達成できないかもしれない。
(戦果は…すでに火を付けた艦だけか……)
それでもすぐに命令を出す。
「とにかく飛竜隊は火炎弾を浴びせ続けろ! 一つでも多く燃やしてしまえ!」
(これはどちらが先に相手を倒すかの勝負だ!)
バーンは自分達の仕事を正しく理解していた。
「再び、敵艦が発砲!」
「5騎の反応が消滅!」
くそっ!
バーンは悪態をつきそうになるのを耐えた。
司令官は動揺を見せてはならないのである。
突然、背後から声が響いた。
「そうかっ! 猟銃だっ!」
その声に振り返ると、軍師アモルの表情の動揺が先ほどより薄れていた。
「どうした? アモル」
(何かわかったのか?)
「はい。猟銃で鳥を撃つとき、まっすぐ飛ぶ鳥と、蛇行する鳥は、どちらが狙いづらいでありましょうか?」
(はあ? なぜ今そんな…)
「それは……蛇行する鳥だな」
「そうです! 方法はわかりませんが、今、敵は魔導砲を猟銃のように使っています。ならばこちらは狙いづらい鳥のように…」
ここまで言われて、ようやくバーンは理解した。
「蛇行して飛べば良いのか!」
(それなら敵も狙いにくくなる! さすがは軍師アモルだ!)
「はい! 敵の砲兵に狙いを付けられないように、蛇行して飛ぶよう命令を出すのです」
アモルも興奮気味である。
「よし! 敵は魔導砲を猟銃のように使っている! 竜騎士隊は蛇行して飛行するよう指示を出せ! 敵の砲兵に狙いを付けられないようにだ!」
「はっ!」
バーンは拳を握った。
よし! これで有利になるはずだ!
敵の砲弾をかいくぐり、敵艦を燃やし尽くしてやる!
(この戦い、勝てるぞ!)
バーンは自分達の仕事を正しく理解していた。
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