トルキナ連邦召喚   作:mogatoku

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誤字報告ありがとうございます。


17 戦場は誤算で ―― 要請と〈風神の矢〉はかわせない

 

中央暦1639年3月6日 朝 皇都エストシトラント 港 沖合

 トルキナ連邦第13軍 海軍団

  甲艦隊 旗艦 輪空母艦《銀鷹(ぎんよう)》 司令室

 

 

 坂本和樹は第13軍司令官。

 普段の階級は“ただの”大将である。

 

「上級大将! おはようございます」

 

 坂本が司令室に入ると、男パントのキャミジ中佐の声が響いた。

 

『上級大将』――複数の個軍に属する師団、若しくは艦隊が、作戦軍に参加する場合に、その作戦軍を率いる作戦司令官に与えられる臨時の階級である。

 作戦が終了すると、もとの階級に戻される。

 

「おはよう、中佐。上級大将になるのは2度目だが……やはり慣れんな」

「ナンダンの戦いですね」

 

 転移前の旧世界で第14軍との共同作戦で、大陸の南沿岸地区に居座るドラゴン8頭を駆除した戦いである。

 

「忘れられん」

 

 あれは激闘だった。

 艦載機は次々とたたき落とされ、陸軍団5個師団は2割が死傷。

 海軍団は重対空艦4隻の砲身が焼けて沈黙し、軽対空艦が5隻大破。

 殉職者も大勢出てしまった。

 

「自分らも、勲章もらいました」

 

 勲章もたくさん出た。

 

「あれに比べれば……先日の戦闘など、まったく大したことはない」

 

 キャミジ中佐も頷いた。

 

「はい。ところで先日の戦闘時は、すでに第11軍の第1師団が合流していたのに、上級大将じゃありませんでしたね」

「あれは半個師団だ。『個軍をまたぐ』とは判断されない。だが、その後に合流した第15軍は1個艦隊だ。それで、この随行軍が『個軍をまたぐ』作戦軍になったということだよ」

 

 そこに別の参謀が声を掛けてきた。

 

「作戦司令官、おはようございます」

「おはよう、カイ大尉」

「本日午後には艦隊を移動させる予定ですが、相変わらず周囲の帆船が動き回っています。移動しても、ついて来るかもしれません。何か対策を考えるべきです」

 

 監査人閣下からの指示で、到着から72時間後には、港から距離8千の地点に移動することになっている。

 それくらいの時間から、現地人による襲撃事件が起こり始めるらしい。

 

「そうだろうな」

 

 周囲の戦列艦は、頻繁に入れ替わりながら、ずっとこちらを警戒している。

 

(ついて来られると、距離を取る意味が無いな…)

 

 坂本がそう考えていると、音響盤から声が響いた。

 

“こちら第15軍海軍団より司令室へ。周辺の戦列艦から砲撃を受ける恐れがあるため、現在沖に移動中”

 

(なに? 移動中だと?)

 

 司令官席の集音器を手にする。

 

「坂本だ。15(イチゴー)はなぜ動く前に知らせない?」

“当軍は作戦軍への参加が初めてであり、失念しておりました”

 

(失念……? それでは困るな)

 

 坂本が叱責しようと口を開きかけた瞬間――

 

『こちら《銀鷹(ぎんよう)》。当艦周辺の戦列艦連が、両側に弧を描くように整列しています』

 

 伝声管に繋がった音響板からだ。

 

 銀鷹とはつまり――

 

「当艦を包囲しています! 砲撃するつもりかもしれません! 緊急事態です!」

 

 カイ大尉が声を張り上げた。

 

「15の海軍団長も、たったいま『砲撃を避けるために』と!」

 

 カイ大尉が、砲撃の可能性を指摘する。

 

(早いじゃないか。72時間まであと数時間あるぞ。少しばかり誤算だな)

 

 叱責している暇はないか。

 

「15へ。わかった。13(イチサン)も移動する」

 

 そう言って、集音器を置く。

 

「こいつは後で呼び出すとして……よし、全艦緊急発進。ここを離脱して沖に向かえ!」

「はっ。全艦、発進させます!」

 

 あれを使おうか。

 ロウリア軍襲撃後に何度か試験したあれを。

 

「それと艦防殻だ。全艦、側面防殻を出せ」

「は。全艦、艦防殻を出します!」

 

 キャミジ中佐が復唱し、無線の集音器を手に取った。

 

「司令室より全艦へ緊急指令。砲撃を受ける恐れあり! 至急、側面防殻を展開し、緊急発進せよ!」

 

 13が艦防殻を実戦で使用するのは、これが初めてだ。

 ドラゴンには魔法がまったく通じなかった。だから、艦防殻も意味をなさなかった。

 

『こちら《銀鷹》。艦防殻、展開しました』

 

 指揮所の報告が音響板から響いた。

 

 直接魔法が使えるとは……

 対人類戦の、なんと恵まれていることか!

 

 ウーーー

 

 警報も鳴り出し……

 

『周辺艦隊、発砲炎多数!』

 

 ――ずどどどどーん。

 

 指揮所からの声の直後、砲撃の音が司令室にも響いてきた。

 

(もう撃ってきたのか! 防殻が間に合っていればいいのだが……)

 

 どどどどどどどどーん

 

 周囲から爆発の音が無数に鳴り響いた。

 

『こちら《銀鷹》! 当艦防殻、100発以上被弾した模様!』

「間に合ったな……」

 

 少なくとも、当艦は。

 このまま防殻で防ぎ続ければ――

 

『艦防殻が消失しました!』

 

(なんだと!)

 

 やはり、初めての実戦使用では何かしら問題が起きる。

 まあいい、初弾は防げた。

 

「全艦総員、戦闘配置だ!」

「司令室より全艦へ。総員、ただちに戦闘配置につけ」

 

 参謀が指示を出す。

 

“こちら『海狐(かいこ)』、防殻が一部間に合わず、被弾多数。甲板にいた警備兵数名が負傷した模様。艦体の被害は不明”

 

 ――軽対空艦『海狐』……間に合わなかったか。

 

(くそっ!)

 

 負傷者が出てしまった。

 今回の遠征で初だ。

 

「さっさと命令を伝えろ! 沖に離脱だ。敵艦が邪魔ならぶつけてもかまわん!」

 

 坂本は思わず声を荒げる。

 キャミジ中佐がそれを冷静に伝える。

 

「司令室より全艦へ。本海域を離脱して沖に向かえ。敵艦が妨害する場合は体当たりせよ」

 

 すぐに無線連絡が入る。

 

“こちら『天甲(てんこう)』電探1班。上空に飛行物体多数。飛竜隊です”

 

 重対空艦『天甲』――高い艦橋の最上部に上空電探を備えている。

 その電探班の声が響いた。

 

「またか」

 

 飛竜隊はやっかいだ。

 前回は、距離5千で軽対空砲をお見舞いしてやったが……

 

“こちら『天甲』。飛竜が敵空母から続々と発艦しています。敵空母は距離900!”

 

 目視の報告である。

 

 近い!

 

“こちら『天甲』電探1班。飛行物体、すでに距離500!”

 

 電探班の報告。

 

(距離500だと! 目の前じゃないか!)

 

「対空砲は間に合いません!」

 

 5千どころの話ではない。

 すぐ目の前を高速で飛び回る飛竜に、砲撃など無理だ!

 銃撃しかない……

 

 坂本が銃撃を考えていると、音響盤から先刻と同じ声が聞こえてきた。

 

“15海軍団長より作戦司令官へ。我、これより飛竜に砲撃する”

 

 ノウブの海軍団長からだった。

 あちらの艦砲はまだ間に合うらしい。

 すでに離脱を始めていたからか。

 

「坂本だ。15は味方に当てないよう気をつけろ!」

“15了解”

 

 まったくあのノウブは先に動きやがる。

 作戦司令官はこっちだぞ。

 

「それと、全艦、甲板から全員退避。15の砲撃が終わるまで出るな!」

「は! 司令室より全艦へ。15が発砲を開始する。甲板にいる者は直ちに艦内に退避せよ!」

 

 キャミジ中佐が命令を伝えていると、無線から声が響いた。

 

『こちら《銀鷹》! 飛竜が火炎弾を放出。当艦甲板に被弾!』

 

 ――くそっ! やられたか。

 

「被害は?」

『今のところ問題ないと思われます』

 

 すぐに別の報告が来た。

 

『15が一斉に発砲を開始!』

 

 もう撃ったのか。早いな。

 

「速射砲です!」

 

 技術参謀の言葉の直後、砲撃音が聞こえてきた。

 

 ドン、ドン、ドン、ドン――

 

「速射砲とは何だ?」

 

 坂本は初耳だった。

 両監査人と話したときも、話題に出てなかった。

 

「電探照準込みで、10秒毎に1発撃てる軽対空砲です」

 

 技術参謀が説明した。

 

(10秒だと! 軽対空砲をだと!)

 

 20センチ砲をこちらの半分の時間で撃てるというのか。

 現代装備群は…そんなに進んでいるのか。

 

 すると無線から別の声が聞こえてくる。

 

“こちら『海狐』。敵砲撃による負傷者は7名。砲弾は炸裂弾。一部に散弾らしき砲弾が混ざっていた模様”

 

(7名か……)

 

“なお、艦の損傷なし”

 

「軍艦は皆、ドラゴンの猛烈な火炎攻撃にも60秒以上耐えられる装甲なので、心配はありません」

 

 そんなことは分かっている。

 だが、(まと)にされるのは、良いことではない。

 

『飛竜の火弾は目視でD3相当!』

 

(前のヤツより強いな……)

 

 ロウリア軍の飛竜が放つ火弾はD2相当だった。

 D3相当はその5割増しの威力だ。

 

「それを全艦に伝達せよ。あと15の艦砲が終わり次第、陸兵を甲板に出して撃たせるとな」

「は!」

 

 坂本和樹上級大将は、次々と即断で指示を出し続ける。

 そこに通信班から報告があった。

 

「監査府から通信です! 音響盤に繋ぎます」

“…ら監査府外務局長のボールドウィン外務監査官。連邦軍作戦司令官、応答せよ”

 

 女の声がした。

 自分より少し若いか。

 

「監査官というのは公職階(こうしょくかい)7位です。上級大将と同じです」

 

 ふん。なら対等じゃないか。

 少なくとも今は。

 

「こちら作戦司令官の坂本上級大将だ」

 

“監査府外務局長のボールドウィン外務監査官よ。ジロー閣下からの指示を伝えるわ。今から現地軍の攻撃があるから対応するように」

 

 坂本はガックリと体の力が抜けそうになった。

 

(今ごろそれを連絡してきてどうする!)

 

「わかった。もう攻撃を受けてるがな」

 

“指示は砲撃の直前にあったのよ。作戦は前回と同じで良いけど、腕を斬るのはなしで。あと第15軍も使えと”

 

(使えも何も、現在砲撃してるのは15だぞ!)

 

 ジロー閣下も直前に知ったのだろうが、今さらの報告だな。

 だがどうも15の連携が変だ。簡易の通信演習くらいしておくべきだったかな。

 

「わかった。現在対応中だ。両監査人はどうしておられる」

 

“閣下と殿下は皇国の重職に連れ出され、海岸の建物に入ったわ。尾行した護衛隊員によると、海側の外廊で戦いを観戦させられているそうよ”

 

 観戦させられている?

 それはつまり、捕まっているんじゃないか?

 ()()()()()は何をしている?

 監査官はずいぶんのんびりしてるが、二人に何かあったらどうするんだ?

 

「大丈夫なのか?」

 

“すでに場所は護衛隊が把握してる。いざとなれば救出する手はずよ”

 

 直轄軍ならなんとかなるか…

 

“ただ、外務局長としてわたしからの要請があるの。連邦軍はなるべく港から見える位置から出ないで欲しい。艦隊が海岸から離れすぎて、二人のいる場所から見えなくなると、二人が襲われるかもしれないのよ”

 

「ん? どういうことだ?」

 

 坂本はとっさには理解できなかった。

 

“連邦軍の姿が見えなくなれば、もう邪魔者はいないと現地人が判断する可能性が高まる。反対に、現地艦隊を沈めてしまえば、怒って二人を害そうとする可能性が高まる”

 

 ありそうな話だな。だが……

 

「それは直轄軍が対処することではないか?」

 

“今はちょっと手が足りないの。襲撃されたら、そっちに退避する計画だったから。でも今はムリでしょ? 相手の生死を問わなければ対処はできる。ただ外務局としては、今後の交渉のためにも、監査府自らの手を血に染めることは望ましくないのよ”

 

 勝手な……それはそちらの都合じゃないか!

 

“それにはあなたの協力が必要なの。だから配慮を要請する。”

 

 だが――監査府の要請を断るわけには行かない。

 すでに半ば自分がきっかけで、近代装備部が監査府に目を付けられている。

 これ以上目を付けられるのはさすがにマズい。

 

(この海域を離脱するな、か…)

 

「元よりなるべく殺さずに制圧せよと指示を受けている。飛竜以外は殺すつもりはない。あとは港が見える海域から出なければいいんだな?」

“そうよ。もちろん、無理にとは言わない。そちらが沈んだら元も子もないし”

 

 舐めてもらっては困るな。

 面倒ではあるが、できないわけじゃないぞ。

 

(なら、決まりだ!)

 

「了解だ。できる限りのことはしよう」

“悪いけどよろしく。こちらからは以上よ。そっちは何かある?”

「いや、特にはない。身辺に気を付けてくれ」

“ありがとう。それじゃ失礼するわね。切るわよ”

 

 通信が終了した。

 

「聞いたか?」

「聞きました」

 

 坂本の問いにキャミジ中佐が頷いた。

 

「港からは離れ過ぎず、敵艦隊には近づきすぎずだ」

「はっ。それで港からどれくらいの距離を保つべきでしょうか?」

「港から距離4万以内であれば、少なくとも重対空艦の頭は見えるはずです」

 

 4万とは40㎞である。

 この数字を即答したのは、ノウブ族の作戦参謀カイ・ジン大尉だ。

 

「よし。ならそうしろ」

「はっ。司令室より各艦隊長へ。港から4万以上離れると監査人の身に危険が及ぶ恐れあり。4万以内の海域で対処する。艦隊長は敵艦隊の位置を把握し、艦隊の運用に努めよ」

 

(よし。やってやろうじゃないか!)

 

 坂本は、自らの任務に全神経を集中させた。

 

 

 

同日 朝

 パーパルディア皇国 陸軍

  皇都防衛隊 第18竜騎士団

 

 

 海軍が攻撃を開始して、そろそろ1時間になる。

 

(本来であれば、我々の出番はないはずなのだが……)

 

 デリウスは、自ら率いる第18竜騎士団第2飛行隊を率い、他の騎士団とともに海に向かって飛行していた。

 

「海軍のやつらは苦戦しているらしい! 気を引き締めていけ!」

 

 隊員たちに声を掛けながら、自らも気を引き締める。

 

 まさか、皇都防衛隊に応援要請を出してくるとは――

 港ででかい顔をしてるあの巨大な軍艦は、簡単には燃えないらしい。

 

「とにかく導力火炎弾を叩きこ――」

 

 その時だった。

 一番沖の敵軍艦から、煙と共に“何か”が飛び出した。

 

(ん? 何だ?)

 

 目を凝らすと、それがこちらに向かってくるのが分かった。

 

“何かが飛んできます!”

 

 部下の声が魔信から鳴り響いた。

 

「は、速いぞ……避けろ!」

 

 デリウスは魔信に叫んだが、前方下を進む第16竜騎士団は、まっすぐ飛び続けていた。何なのかを見極めようと、顔だけ向けているようだった。

 

(何をしている! さっさと避けろ!)

 

 デリウスがもう一度叫ぼうとした瞬間――

 

 突如、炎が煌めき、空を切り裂いた。

 

 煙が広がり、視界が白く染まる。

 爆音が鳴り響き、耳鳴りが始まる。

 さらに煙の向こうで、炎の刃が何度も煌めき続ける。

 空気の振動が、何度も肌が揺らす。

 だが、耳が麻痺して、何も聞こえない。

 

 その煙をすぐに追い越して振り返ると、そこにいたはずの竜騎士が――

 ごっそりといなくなっていた。

 

「……消えた…」

 

 そうつぶやく自分の声は震え、耳鳴りにかき消される。

 

 落ちていく姿も見当たらない。

 あの炎の刃は、ワイバーンロードを呑み込んでしまったのか?

 竜騎士も一緒に?

 

 デリウスの手が、手綱を強く握りしめる。

 胸が、引き絞られるように熱い。

 

 ――怖い?

 

 再び、敵艦から“何か”が飛び出したのが視界に入った。

 

「また来るぞ!」 

 

 デリウスは、おさまりつつあった耳鳴りをかき消すように叫んだ。

 耳鳴りが消えた。

 魔信から、団長の声がはっきりと聞こえた。

 

“〈風神の矢〉が来る! 散開して進め!”

 

(〈風神の矢〉だって? あれが?)

 

 少なくとも自分の知る〈風神の矢〉ではない!

 

 デリウスすぐさま隊員に命令を出す。

 

「第2飛行隊は左に散開!」

 

 声がうわずりそうだ。

 

“第16竜騎士団、10騎が消滅してしまいましたっ!”

 

 隊員が悲痛な声でいまさらの報告をしてきた。

 

「そうだな」

 

 跡形もなく消し飛んだ。

 

 すると、また〈風神の矢〉が飛び上がった。

 散開した味方に、迷うことなく、向かってくる。

 

「かわせ!」

 

 デリウスが叫ぶ間もなく、再び――

 炎の刃が次々と、味方を煙で呑み込んでいく。

 爆音が響く。

 

“第17竜騎士団、10騎消滅っ!”

 

 副隊長の声は、もはや悲鳴だった。

 その声に、デリウスも叫びたくなる。

 

 第17竜騎士団の半分がやられた!

 

 ――次は、自分だ!

 

 手綱を握る手が震え始める。汗で滑りそうだ。

 心臓が……喉から飛び出しそうだ。

 

“第18騎士団より第16、17騎士団へ、第18騎士団は撤退する”

 

(え? 団長が、撤退命令?)

 

 まさかの言葉に、デリウスの内心は安堵と驚きの感情でない交ぜになる。

 

“なんだと! 貴様! 逃げる気か!”

“あの〈風神の矢〉は(かわ)せない。これ以上は無理だ”

“軍法会議に掛けられても良いのか!”

“騎士団長には撤退判断の権限がある”

“そんなモノは魔信がなかった昔の話だ!”

“とにかく、我々は撤退する!”

“臆病者め! 第16騎士団はこのままやられっぱなしにはならない! 仲間の仇を取るぞ!”

 

 魔信から、騎士団長同士の口論が飛び交う。

 やがて、団長の命令が聞こえた。

 

“第18騎士団は撤退せよ”

 

「了解! 聞いたか。第2飛行隊も撤退だ!」

 

 デリウスは、後ろめたさと安堵をかき消すように声を張り上げた。

 同時に、自らも手綱を引き、ワイバーンロードの体を翻す。

 

 背後で再び爆音の連続。

 先ほどよりは、数が少ない。

 

 振り向くと、白い煙が広がり、何も見えなかった。

 

“第16騎士団のようです”

「……そうか」

 

 ――あれは俺だったかもしれない。

 

 団長のおかげで助かった。

 

 ボンボン、ボンボンボンボン

 

 断続的な爆発音が背後から響いてくる。

 さっきまでとは音が違う。だがやはり体が震える。

 肌に響く空気の圧倒的な振動に、心臓が飛び跳ねる。

 

 

 ――胸が痛い。

 

 味方を見捨てて逃げることへの後ろめたさ、か。

 

 だが、このままではあの炎と煙で消し飛ぶだけだ。

 

 竜騎士団は空の王者だったはずなのに・・・

 あの巨大な〈風神の矢〉の前では為す術もない・・・

 

 デリウスはもう、振り返りはしなかった。

 

 

 

同日 午前

 トルキナ連邦 第15軍 海軍団

  甲艦隊 旗艦 誘導弾巡洋艦《闘鯨(とうげい)》 指揮所

 

 

 艦隊長席に座るゲド・サン中将は、密かに張り切っていた。

 すでに自身の判断で、現代装備の艦隊は砲撃を免れることに成功していた。

 

(ここで結果を出せば、次は副司令官だ)

 

 副司令官になれば、個軍司令官の地位も視野に入る。

 個軍司令官になれば、元老への推薦が待っている。

 

「当艦隊周辺の飛竜94個撃墜しました。その他26個は母艦に戻ったと思われます」

 

 参謀のカラ・パテル中佐の経過報告に、眉をひそめる。

 

「速射砲の弾はあといくつ?」

「はっ、速射砲の弾数は全艦合計で330発でした。現在までおよそ200発使用したと思われますので、残りはおよそ130発と思われます」

「……命中率が低いね」

 

 期待よりも低い。

 

「電探照準は生きてますが、飛竜の動きがドラゴンと違いすぎるようです」

 

 女ニンゲンのカラが説明した。

 

(そんなことはわかってるけど)

 

 ノウブ族とは違い、他種族の知能は高くない。

 だからこそ、ノウブは自然と他種族に配慮するようになってしまう。

 

「ドラゴンは直線で飛んだけど、飛竜は舞うように飛ぶんだね。それにこちらは味方が射線に入ると撃つの止めちゃうし」

 

 ゲドは左下に視線を向ける。

 黒い画面に緑色の文字が、砲撃記録を表示している。

 

(発射数が、少ないな……)

 

 巡洋艦は分速4発、駆逐艦は分速6発、軽駆逐艦は分速8発のはず。

 なのに一発撃つのに1分から5分掛かっている。

 

(……随分と時間掛かってる)

 

 電算機に入力された行動指示集が、あの飛竜に対応できてないんだ。

 

「それでも撃ち落としてくれてるだけマシか。よくやってる」

 

“こちら電探室。13の周囲にはまだ飛竜が残っています。その数およそ200”

 

「ここからも見えます」

 

 その声に、ゲドは右の窓から外を覗く。

 近代装備の艦隊の周囲を、コウモリの大群のようなものが跳び回っている。

 

 こっちの兵器は飛竜の群れなど想定してなどいない。

 しかも、数が多すぎる。

 

「輸送艦に積んである砲弾数は?」

「300発です。ですが、戦闘中は積み替えられません」

 

 ――それはそうだ。

 

「よし、各艦は周辺の飛竜連を排除しつつ、13にまとわりついている飛竜連を可能な限り排除して。上にいるヤツから先にね」

「は!」

 

 味方が射線に入ると撃てないから、これも時間が掛かるけど。

 

「飛竜を排除したら反転して戦列艦だよ」

 

 ここに、新たな報告が入った。

 

“こちら電探室。上空に新たな飛行物体連の反応あり。おそらく飛竜。数は60。距離1万8千。速度320。陸からです。高度は…1100”

 

 ゲドは素早く判断する。

 

「誘導弾を使って。近接信管のは、いくつある」

「各巡洋艦に1束です」

 

 誘導弾発射装置は五連装であり、その5発で1束と数える。

 艦隊に巡洋艦は、2隻しかない。

 

「……10発だけか」

 

 対ドラゴン戦では、近接信管の使い道はあまりなかった。

 だから用意も少ない。

 

「近接信管を使用するなら、装填済の成形炸薬誘導弾を撃ってしまってから装填した方が速いと思います」

 

 艦隊長席のすぐ前――艦長席のゼル・カン大佐が、椅子ごと振り向いて進言した。

 退役間近の年配の男ノウブである。

 

「それじゃ意味が……仕方がないか。よし、そのまま誘導弾発射。目標は新たな飛竜群」

 

 目標はドラゴンより遥かに小さい。

 動きも複雑で、速射砲もハズレが出ている。

 

 近接信管を群れにたたき込めば効率が良い。

 けど、今は時間がない。

 成形炸薬でも、ちゃんと当たれば落とせるだろうし。

 

 誘導弾搭載艦は巡洋艦2隻と駆逐艦5隻。

 巡洋艦は5連装の誘導弾発射装置が2基。

 対ドラゴン用の500㎏誘導弾10発を発射することができる。

 この10という数が、91式電探照準が同時に目標指定できる最大値だった。

 

「誘導弾発射用意。目標。右舷後方の新たな飛竜群」

 

 艦長が命令を繰り返すと、誘導弾担当員が応じる。

 

「目標10個指定完了」

「では順番に打って」――ゲド。

「発射」――ゼル艦長。

「発射」――担当員。

 

 第15軍甲艦隊旗艦、巡洋艦《闘鯨》の発射装置から誘導弾が連続して発射されているはずだが、この指揮所からは見えない。

 だがすぐに右の窓から見えた。

 計10発の誘導弾が飛竜群に向かって飛んでいる。

 

“目標到達まで49秒”

 

「続けて《白鯨(はくげい)》は弾着後すぐに発射できるように」

“こちら《白鯨》指揮所、了解”

 

“弾着まであと10、9、8・・・”

 

 まもなく命中するはずだ。

 

“・・・3、2、1、今”

 

“こちら電探室。目標10消滅。残り50個”

 

(消えたか…では次)

 

「続けて《白鯨』》、誘導弾発射せよ」

“白鯨、目標指定開始。完了しました”

“発射”

“目標到達まで38秒”

 

 次も撃てるかな?

 撃てる!

 

「続けて駆逐艦《赤鮫(せきこう)》、誘導弾発射用意」

“こちら《赤鮫》、了解”

“こちら電探室。目標10個消滅。残り40”

 

 目標が小さいから心配したが、ちゃんと命中している。

 だが、そろそろ、相手も回避運動くらいしてくるかもしれない。

 

“《赤鮫》、目標指定完了”

“発射”

“目標まで31秒”

 

「よし。命中したら砲撃開始」

「全艦、次の着弾後に目標に砲撃開始」

 

“・・・3、2、1、今”

“こちら電探班。目標5個消滅。残り35個”

 

「では砲撃開始!」

 

“こちら電探班。目標の一部が離脱していきます”

 

 それは助かる!

 

「撤退するヤツを撃たないように。弾薬を節約して」

 

 すぐにカラ・パテル中佐が集音器を手にした。

 

「全艦砲撃開始! 離脱する敵は放置せよ。弾薬を節約せよ」

“了解”

 

 元々実戦経験がほとんど無い上に、訓練とも想定ともまったく違う戦場であることを思えば、部下達はよくやっている。

 ゲドは自分にそう言い聞かせていた。

 

 そのとき、無線の音響盤から声が響いた。

 

“作戦司令官から15海団長へ。誘導弾をわたしの許可無く撃つとは、どういうつもりだ!”

 

 ――あっ、しまった!

 

 ゲドは、肩をすぼめた。

 誘導弾の使用は、作戦司令官の許可が必要だったのか。

 

「カラ……ボクはやりすぎたかもしれない」

 

(調子に乗りすぎたかも…)

 

「いえ、団長。現場判断としては妥当です」

 

 カラはそう言うが、無線は沈黙しない。

 

“15海団長、応答せよ。命令系統を無視するとは、どういう了見か!”

 

 ゲドは深く息を吐き、集音器の釦に手を伸ばした。

 

「こちら15海団長。誘導弾は現場の判断で使用しました。目標の密集度と危険度を考慮した結果です」

 

“こっちは、その目標に軽対空砲を斉射しようと、数え下げに入っていたんだぞ! 近爆板入りの砲弾だぞ。目標群を一網打尽にできたはずだ”

 

「―――近爆板?」

 

‘近接爆発の魔法板のことです!’

 

 カラが息だけでささやいた。

 

「数え下げは…」

 

‘秒読みのことです!’

 

 再びカラがささやく。

 

(……近代装備群って用語違うの?)

 

 でも、ここは謝罪するしかない。

 

「申し訳ありません。知りませんでした」

 

“なんだと! キサマは『作戦軍連携要項』を守ってないのか! 将官は常に作戦司令室の声を把握できるように努めることになっているだろ! 海軍は常に無線をつなげるんだぞ”

 

(え? 知らない…)

 

「作戦軍連携要項という言葉は、初めて耳にしました」

 

“そんなはずはない! 将官課程で教わるはずだ!”

 

「ボクはノウブです。現代装備群将官課程では、耳にしていません」

 

 ノウブはちゃんと意識を向けて聞いたことは忘れないのだ。

 

“…そうか。ノウブが知らないならそうなんだろうな。なら今からやれ。やり方は通信班から説明させる”

 

 作戦軍総司令官の命令だ。

 

「わかりました」

 

“では頼んだぞ。以上”

 

「了解」

 

 音響盤が静かになった。

 ゲドはため息をついた。

 

「……どうやら、誰かが手を滑らせたようですね」

 

 カラ・パテル中佐が話しかけてきた。

“手を滑らせる”とは連邦公用語で“ミスをする”という意味の慣用句である。

 

「ボクは将官課程を短縮して受けたから、漏れがあったかもしれない」

 

 そこでこう教わった。

 

 戦場は誤算でできている――と。

 

(これもそうなのかな……なんか違う気がするけど…)

 

「もともと無かったかもしれませんよ?」

 

(カラは慰めてくれるけど…これで、個軍司令官は遠のいたかも…)

 

 ゲドは肩を落としたい気持ちをぐっとこらえ、部下たちに気付かれぬよう、小さな胸を張ってみせるのだった。

 

 




坂本司令官は二度目の活躍です。
ゲド中将は、登場は二度目(初出は間章Ⅰ)ですが、活躍するのは初めてです。
近・現代装備群は対ドラゴンを想定して編成・運用されているため、対人類戦になると、まだまだ課題がありそうです。


次回の更新は明日の予定です。
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