トルキナ連邦召喚   作:mogatoku

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18「観戦」のイノス ―― ムーゲの瞠目

 

同3月6日 朝

 パーパルディア皇国 皇都エストシラント 

  イノス私邸前

 

 

 イノスは眠れない夜を過ごし、攻撃の朝を迎えた。

 

「今日は決して外に出てはならない」

 

 そう家人(かじん)に告げてから、玄関先に立った。

 いつもなら局長専用馬車が待っているが、まだ来ていない。

 だがイノスはそのまま立ち続ける。

 

 すぐに馬車がやって来た。

 早めに来るようにと、昨晩伝えたのである。

 

「おはようございます。お待たせしたようで申し訳ございません」

「いや、時間どおりだ。すぐに向かってくれ。今日は忙しくなる」

「かしこまりました」

 

 いつもより朝早い街は、それでもすでに動き始めていた。

 もう煙が出ている店はパン屋か。

 いつものように準備してるんだろう。

 これから何が起こるかも知らずに――

 

 この通りは政府とも軍とも関係ない。

 連邦軍もさすがに“爆撃”しないだろう。

 

(政府施設だと勘違いされなければだが……)

 

 庁舎前のロータリーで馬車を降りる。

 

「すぐにまた出かけるからそのつもりで」

「かしこまりました」

 

 馬車が去る音を聞きながら、国家戦略局の庁舎を見上げる。

 煉瓦造りの4階建てだ。

 三角屋根が並ぶ幅広の(やかた)である。

 

「問題は、ここに国家戦略局があることを、あのエルフ女が知っていることだ」

 

 ニムディスだけではない。

 ジローという人間の男も、護衛のダークドワーフもここに連れてきてしまった。

 重要施設だと知られた以上、飛行機械に狙われても不思議はない。

 

(いや、必ず狙われる!)

 

「ここにいては危ない!」

 

 爆弾を落とされてしまう!

 死んでしまうっ!

 

(だが、それを理由にここを離れるのはマズい気がする…)

 

 まず信じてもらえない。

 正当な理由なく職場を放棄すれば、爆弾が落ちる前に陛下に捕縛されてしまう。

 さらには、爆弾が外れることだってあり得る。

 そうなれば……

 

(……逃げた私は立場を失い、処断されてしまう)

 

 実は、すでにイノスはここを離れる口実を考えてあった。

 一晩かけて考えたのだ。

 皇国を救う方法を、ではない。

 

 まずは自分の身の危険を回避する方法を、である。

 

(要は“職務”でここを離れていれば良いんだ!)

 

 イノスは煉瓦造りの庁舎を見上げる。

 

(ん? 誰か来ているのか?)

 

 煙突から、うっすらと煙が出ている。

 どうやら、早朝から出勤していた者がいるようだ。

 

 イノスは中に入り、局長室の鍵を開けて中に荷物を置くと、すぐに出勤者を探し始めた。

 

(この部屋か)

 

 中から声が聞こえる。

 

 ドアを開けると、三人の男が振り返った。

 部屋の中は暖かく、暖炉に火が入っている。

 

「局長! おはようございます。お早いですね」

 

 ガルドールがすぐに立ち上がり、挨拶した。

 ゼルードとトロスも立ち上がった。

 

「お前たちだったか」

「はい。少しでも早く報告書をと思いまして」

「そうか」

 

 トルキナ連邦に捕らえられていた三人だった。

 彼らには「見聞きした全てを詳細に書け」と命じてある。

 そのために朝早く出勤したわけだ。

 

(これは都合が良いぞ!)

 

 何しろ彼らこそが、イノスが恐れる“爆撃”の目撃者なのである。

 

(ここを離れる“共犯者”としてちょうど良い!)

 

 イノスは早速、自分の予定を告げる。

 

「悪いが、今日はそんな暇はない。職員が出勤次第、国家戦略局は総出で出かけるぞ」

 

 すると、ガルドールの目が小さく開いた。

 

「……どこにですか?」

「海岸だ」

「何しに?」

「それはだな――」

 

 イノスはドアを閉め、三人が囲む机に空いてる椅子を引き寄せて座り、顔を寄せた。

 

 三人も、何事かと顔を近づけてきた。

 

「――皇帝陛下が、港に来ている艦隊への攻撃を命じられたのだ」

 

 三人は、最初はキョトンとした顔になった。

 だが、みるみる目が大きくなり、驚きの表情に変わっていった。

 

「あの……われわれの意見は……」

 

 声を振り絞るように、ガルドールが言った。

 皇国は連邦と争うべきではない――というのが、三人の意見だった。

 

「その報告書を読んでから、皇帝陛下にご報告申し上げるつもりだった」

「ですが……あの軍艦は鋼鉄で……」

「……そうだな」

 

 イノスが認めると、一番若いトロスが口を開いた。

 

「失礼ですが、局長はお()めにならなかったのですか?」

「おい! トロス! お前は黙ってろ!」

 

 ゼルードが慌てて止めたが、イノスは気にしなかった。

 

「わたしはお()めしようとした。だが『お前は心配しすぎだ』と取り合われなかったのだ」

 

 三人の顔がみるみる青ざめていった。

 

 皆、言葉を失っている。

 部屋の空気が、急に重くなった。

 暖炉の火のはぜる音だけが、やけに大きく響いている。

 

 衝撃を受けてるな。

 わたしも昨夜は同じ気持ちだった――

 

 イノスがそう考えたその時――

 

 どどどどどどどーん。

 

 その時、遠くで何百という雷鳴が鳴り響いた。

 まるで三人の気持ちを代弁するかのように。

 

 窓ガラスが軋む音が聞こえる。

 

(いや、違う! 今のは――)

 

「砲声だ! 始まったぞ」

 

 イノスは急ぐことにした。

 

 

 1時間も経たないうちに、イノス達は海岸にやって来た。

 三人とともに馬車を飛ばし、草原の台地に点在する岩場の一つに来ていた。

 他の職員たちも、後から来るはずだ。

 

 馬車を()り、岩場に足を踏み入れる。

 

「こっちだ!」

「よく、こんな所をご存じですね」

「わたしは皇都育ちだ。ここは若い頃よく遊びに来た。足場が悪いから近づく者は少ないが、高台になっていて、ちょうど平らな場所もある。海が良く見える。観戦にはうってつけの場所だ」

 

 トルキナ軍が、わざわざこんな足場の場所から上陸してくることもないだろう。

 

「あそこだ。あそこなら、その机と椅子も置ける」

 

(爆弾を落とそうとは思わないに違いない!)

 

「ふう……小さな机とはいえ、足場が悪いと運ぶのが大変です」

「若いヤツが何を言う。ほら、もう少しだぞ」

 

 イノスはトロスをせき立てた。

 

「局長が持っているそれは何ですか?」

 

 イノスが抱えるのは細長い木箱である。

 

「これか? これは戦略局の旗だ。予備を持ってきた」

 

 いつも庁舎前に国旗とともに掲揚している局旗の予備である。

 すると、トロスが動揺したような視線を向けてきた。

 

「局長……まさか……降伏するつもりじゃ……」

 

(う……鋭いヤツ……)

 

 もし、トルキナ軍がこの辺りから上陸してきたとしても、その時はこの旗を逆さにして左旋回すれば、降伏の合図となる。

 

(わたしは殺されずに済む!)

 

 だが、今はまだそんなことは言うべきではない…

 

「な、何を言うかっ! 皇国軍に、ここにいるのは国家戦略局だと示すためだっ!」

「本当ですか?」

 

 トロスは、なおも疑わしげな視線を向けてくる。

 イノスは咳払いした。

 

「オホン。命が惜しければ、それ以上何も言うな」

「……はい」

 

 これが公になるといろいろとマズい。

 さすがにそれはトロスにも分かったらしい。

 

 御者(ぎょしゃ)の助けも借りて、小さくて脚の細い机と椅子を岩場に運び込んだ。

 置けそうな場所を選び、まばらに3組を設置した。

 イノスはその一つに着席し、砲声が鳴り響く海に望遠鏡を向ける。

 

「ここからなら、良く見えるだろう」

「はい。竜騎士が……なんだか少ないですね」

「ああ、どうしたのだろ……なっ!」

 

 イノスは目を疑った。

 望遠鏡を覗いていた目を。

 

「どうしました?」

「ワイバーンロードが吹き飛んだ!」

「……」

 

 望遠鏡を覗いていたら、突然何かがはじけ飛び、竜騎士を吹き飛ばしたのだ。

 しばしの沈黙。

 遠くで鳴り響く砲声。

 

「……そういう話を、最初に魔信でですが、報告しました」

 

 トロスがボソッと言った。

 

「ロウリア王国の竜騎士団500騎が砲撃で撃ち落とされて、戻ったのは40騎ほどだったという話を聞いたと」

 

 イノスは思い出した。

 

 そう言えば部下のパルソがそんな話をしていた。

 それを皇帝陛下にも報告したんだった。

 その後、いろいろとあって失念していた。

 

「そうだったな。あれがそうなのか……!」

 

 当たれば不可能ではないとは思った。

 だがそれは、あくまで「弾が届くなら当たることもあるかもしれない」という意味であって、本当に命中させられると思っていたわけではない。

 

(本当に空飛ぶワイバーンに、いや、ワイバーンロードに魔導砲を命中させるとは!)

 

「局長! あちらにムーの馬車が来ています」

 

 主任のガルドールの声に、イノスは立ち上がって振り返った。

 局長専用馬車を止めてある場所から離れた場所に、馬なしの平べったい馬車がちょうど止まろうとしていた。

 

 ムー大使だろうか?

 駐在武官だろうか?

 

 イノスは素早く考える。

 

(これは都合が良いかもしれない…!)

 

 ムーと観戦していた“事実”があれば――国家戦略局が庁舎への爆撃を恐れて避難していた――

 

(――とは、誰も思わないはずだっ!)

 

「おい、ちょっと確かめてきてくれないか。もし観戦に来たのなら一緒にどうかとお誘いしてくれ。机と椅子も用意するとな」

「はっ」

 

 トロスが向かうのを見て、ゼルードに指示する。

 

「一つ空けておけ」

「わかりました」

 

 しばらくするとトロスが男を連れてきた。

 

「お誘いいただきありがとうございます。ムー大使のムーゲです」

 

 無地のセーターに、靴下どころか靴も隠れるほど長い、青いズボンを履いた男だった。

 靴もなんだか身軽そうで、足場の悪い道も苦もなく登ってきた。

 

「国家戦略局長のイノスといいます」

 

 髪型は、自分とよく似ている。

 すこし乱れているのは、寝起きで砲声を聞き付けて、慌てて駆けつけたからだろう。

 

「さっそく観戦したいので、海を見ながら失礼します」

「どうぞ。お座りください」

「いや、立ったままで結構」

 

 ムーゲはそう言うと、何かを顔に当てた。

 イノスは何だろうと観察した。

 

(あれは……両眼用の望遠鏡か!)

 

 なるほど、それは便利だ。ぜひ取り寄せなくては!

 さすが列強2位のムーだ。

 望遠鏡も進んでいる!

 

「いったい何が起こっているのかお訊きしても?」

 

 ムーゲ大使が両眼用望遠鏡で海を見渡しながら、尋ねてきた。

 

(……まあ、どうせ分かることだ。話しても構うまい)

 

 攻撃が始まった今、秘密にする意味はないだろう。

 特にそういう指示も受けていない。

 

「はい。皇帝陛下が、トルキナ連邦のあの艦隊への攻撃を命ぜられたのです」

「なっ!」

 

 ムーゲ大使が両眼用望遠鏡(双眼鏡と言うそうだ)から目を離し、こちらを見た。

 

「なんですって?」

 

 目が、まん丸になっている。

 

「軍の一部がちょっかいを出して始まったのではないのですか?」

 

 大使の驚きように、イノスはどこか恥ずかしさを覚える。

 

「いえ、勅命です」

 

 でも事実だからどうしようもない。

 

「てっきり偶発的な衝突かと……まさか政府の決定とは……なんと無謀な……」

 

 大使のつぶやきが聞こえてくる。

 

「無謀?」

「あ、いえ、お気になさらずに」

 

 だがイノスははいそうですかとはいかない。

 

(気になる!)

 

 ――大使は何かを知っている!

 

 そんな”職業上の感覚”の声に導かれ、イノスはすかさず問いかけた。

 

「ムーなら、攻撃しようとは思わないと?」

 

 ムーゲ大使が真顔に戻り、静かに答える。

 

「もしムーがトルキナ連邦に攻撃を始めようとしたら、わたしは何としても阻止しようとするでしょう」

 

(ムーゲ大使も、トルキナ連邦の力を恐れている!)

 

「ですが、もう戦闘は始まってしまいました。国家戦略局のあなたも、きっとこの戦いから大いに教訓を得るでしょう」

 

(そして…皇国の決定を愚かだと思ってる!)

 

 これでは、まるで皇国にはアホ国王みたいなアホしかいないみたいじゃないか…?

 

 イノスはそう思われたくなかったため、思わず弁解を始める。

 

「誤解のないように申し上げておきますが、わたしはお()めしたのです。したのですが…」

 

 ここまで口にして、イノスはハタと気付いた。

 

(いかん! このまま続けると皇帝陛下を批判することになってしまう!)

 

「…これ以上は申し上げられませんが…」

 

 イノスは言葉を濁した。

 

「…宮仕(みやづか)えの(つら)いところですな」

 

 ムーゲ大使は双眼鏡を再び覗き、そのまま振り向きもせずに言った。

 イノスの立場を察してくれたようだ。

 

(ほっ…助かった)

 

「まったくです」

 

 イノスもムーゲ大使に習い、望遠鏡を覗き込む。

 

 ワイバーンロードが火炎弾を放つ姿を捉えた。

 火炎弾が敵艦の船楼に命中した。

 火はたき火のように小さく燃え続けている。

 だが特に船体に火が付く様子はない。

 

(やはり火炎弾ではムリだ!)

 

 鋼鉄の船が燃えるわけないのだ。

 

「それにしても随分と腕の良い砲手ですよ。次々とワイバーンが吹き飛んでいる……」

「ワイバーンロードです」

 

 イノスは訂正した。

 皇国の竜騎士はワイバーンの上位種に乗っているのである。

 

「…が、まさか本当に魔道砲で撃ち落とせるとは……」

 

 イノスの思考が、現実の光景に追いつかない。

 皇国軍には、到底できない芸当だ。

 

「凄まじい腕前ですね。60キロ先で命中率13パーセントというのも納得……」

「何ですと? そんなに魔道砲が飛ぶわけが……」

 

 海岸から50キロ離れた王都のすぐ近くまで砲弾を届かせたという話。

 

(あれはトリックのはずだ!)

 

「局長! 前に“彼らに戦列艦の話をした”と報告したことがあるのですが、局長は聞いてますか?」

 

 若い職員トロスが、何かを思い出したように話しかけてきた。

 そう問われて、イノスは思い出す。

 

 三人が捕まったと、パルソから最初の報告を受けた時だ。

 

(そう言えば、そんな話があったな)

 

「たしか……“懐かしい”と言われたんだったか?」

 

 あのエルフ女に。

 

「はい。『われらの射手は狙いを外さないので、10門もあれば充分だから、戦列艦は採用されなかった』という話でした。聞いた時は意味がよくわかりませんでしたが、あのようにワイバーンロードを撃ち落とせるなら、戦列艦にする必要がないというのも、うなずけます」

 

 その言葉に、イノスは思い出した。

 高笑いするニムディスの姿を。

 

“アッハッハッハ! 連邦には戦列艦にちょうど良いことわざがある。『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』というものじゃ! あれだけあれば飛竜にも当たるやもしれんのう!”

 

 あのエルフ女はそう嘲笑(あざわら)っていた。

 

(あの高笑いは…ワイバーンに当たる“上手い鉄砲”があるからこそのものだったのか!)

 

 150門級戦列艦を誇っていたカイオスの姿は、さぞかし滑稽に見えただろう。

 

(わたしは分かっていなかった……)

 

 最初の報告に、すでに多くの手がかりが示されていた。

 だが、その意味するところを正しく理解していなかった。

 

(わたしがこれでは…正確な報告も役に立たないではないか…)

 

 思わず望遠鏡を握る手に力が入る。

 

「それは興味深い話ですね」

 

 ムーゲ大使が話に入ってきた。

 

「狙いを外さない射手ですか。確かにあの砲、動き回って狙いを定めてから撃ってるように見えますね」

 

 双眼鏡を覗くムーゲ大使が言ったので、イノスも望遠鏡を覗く。

 

(あれか?)

 

 銃のように細長い砲身が、左右にせわしなく揺れ動く。それを何度も繰り返した末に、火を噴いた。

 

(なっ……!)

 

 射程内に迷い込んだ獲物を探し回り、見つけ次第、狙い撃つ。

 まるで“狩人”のような動きだ。

 

(ヤツらは…魔道砲を…銃のように操っているのかっ!)

 

 いったいどんな魔導技術なんだ?

 そもそもどうやって弾を込めている?

 まさかすべて魔力投射弾なのか?

 

 皇国軍の魔導砲は砲口装填式である。

 イノスの頭は疑問でいっぱいだが、“職業上の感覚”は何の答えも導き出せない。

 

「局長! 竜騎士団が飛んできます! きっと皇都防衛基地からですよ!」

 

 ガルドールの言葉に、イノスは右後ろに振り返った。

 ワイバーンロード、いやワイバーンオーバーロードの群れだ。

 まっすぐに海に向かっている。

 

「増援だな」

 

 海軍だけではムリか。

 皇都防衛隊にはワイバーンロードのさらに上位種のワイバーンオーバーロードがいる。

 

「ムダなこと……あ、失礼」

 

 ムーゲ大使のつぶやきに、イノスは何も言えない。

 

「い、いえ……ん? 何だあれは? 砲撃か?」

 

 視界の端に白い煙の筋が――軍艦1隻から立ち昇った。しかも次々と。

 その煙が途切れた先にいるのは――

 

「――飛行機械?」

「あれはロケット弾ですよ」

 

 ムーゲ大使は相変わらず双眼鏡を覗いている。

 

「ロケット弾? 火薬を燃やして飛ばす、あれですか?」

「ええ」

「ロケット弾にしては随分と大きいのでは…」

 

 イノスの知るロケット弾は自分の脚ほどの大きさだ。

 だが、上空を飛ぶそれは、ワイバーンの頭から胴体の、尾の付け根くらいまでの長さがあるように見える。

 同じ距離にいるとすれば、だが。

 

 ん?

 

「竜騎士団に突っ込んでいくぞ!」

 

 イノスは思わず叫んだ。

 

 ロケット弾は竜騎士団に向かって突進する――

 一瞬、音が消えた。

 光がピカッと光り空を小さく切り裂く。

 まるでカーテンをナイフで小さく切り裂いたように。

 そのまま進行方向に煙を吐き出した。

 

「な、なんと……」

 

 さらに同じことが、次々と起こる。

 上空に、白い釣鐘花(つりかねばな)がいくつも咲いたように見える。

 

(こ、こんなのは報告にもないぞっ)

 

 辺りに――雷鳴のような音が轟いた。

 

「ガルドール! あれは何だ!」

 

 思わず、捕らえられていた連絡員の主任に怒鳴る。

 

「分かりません! あんなのは初めて見ました!」

 

 ガルドールも叫ぶように答えた。

 雷鳴は鳴り続ける。

 繰り返し、繰り返し。

 

 ふと静寂が訪れた。

 イノスは知ってそうな人物に顔を向ける。

 

「ムーゲ大使はご存じですか?」

 

 声を掛けるが返事がない。

 

「ムーゲ大使?」

 

 そっと顔を覗くと、大使は双眼鏡を降ろして、口をあんぐり開けていた。

 

「……そんな……バカな……ロケット弾を……飛行するワイバーンに……全弾命中させるとは……」

 

 その顔に浮かぶのは、明らかな動揺。

 その声ににじむのは隠しきれない狼狽。

 

 それは、外交官の取り繕った顔ではない。

 知識人としての、いや、人としての純粋な驚愕の表情。

 

(ムーの大使でさえこれ程に狼狽(うろた)えるとは!)

 

 イノスの“職業上の感覚”がそこから一つの結論を導き出す。

 

 ――トルキナ連邦は、ムーをも凌ぐ軍事大国である!

 

 ゴクリ。

 

 イノスは喉を鳴らした。

 

(ある程度予想はしていたが……これはもう、勝負にすらなってない……)

 

「また飛び出しました!」

 

 ふたたび同じようにロケット弾が飛び出し、そのまま竜騎士団に向かっていく。

 

「ゆ、誘導魔光弾だっ!」

 

 そう叫んだのは技術連絡員のゼルードだった。

 

 誘導魔光弾?

 はて? どこかで聞いたような…

 

「その昔、ラヴァーナル帝国が使ったという伝説の兵器です」

 

 ゼルードが興奮した面持ちで声を張っている。

 さきほどから轟音が響いているためだ。

 

 ――思い出した!

 

 昔話に出てくる、あの武器だ。

 風竜を次々と撃ち落としたという――あれか!

 

「トルキナ連邦はラヴァーナル帝国の流れを汲む…?」

 

 また空に、白い花がいくつも開き、雷鳴が轟く。

 

「まさか……古代から続く残存勢力……なのか…?」

 

 イノスのつぶやきは、すぐに否定された。

 

「それはないと思います」

 

 確信めいた声に思わず振り返ると、ムーゲ大使は、やはり上空を見上げていた。

 

「それはなぜです? ムーゲ大使」

「ニムディス殿とジロー殿の話では、トルキナは科学の国と魔法の国が合わさってできたようです。ラヴァーナル帝国が伝説どおりの国なら、他の国と合わさったりしないのでは?」

 

 上空で再び閃光と煙が連続して現れる。

 皆空を見上げている。

 

(それは…そうだが…)

 

 光翼人。

 他の種族はおろか、神々をも見下していたほど傲慢だったと言われている。

 他の国と合併するなどあり得ない。

 

(…なら…あれは?)

 

「それは僕もそう思います!」

 

 同意したのはトロスだ。

 

「トルキナ連邦は、300年前に戦列艦を試作した頃に、ちょうど魔法技術の革命が起きて…結局、戦列艦は作ったそばから時代遅れになったって聞きました。もしラヴァーナル帝国の流れを汲んでいるなら、そもそも戦列艦を試作する必要、ないんじゃありませんか?」

 

(それは…そうだが……)

 

「それに、エルフもドワーフもいないはずです」

 

 エルフ女の護衛はダークドワーフだった。

 ラヴァーナル帝国にいるはずがない。

 いや、少なくとも光翼人でない種族が要職に就くなどあり得ない。

 

(確かにそうだが……ならあれは…?)

 

 ――まさか!

 

 イノスの”職業上の感覚”がまさかの結論を導き出す。

 

「…独自に創り出した?」

「あっ! そう言えばっ!」

 

 突然、ムーゲ大使が声を張り上げた。

 その顔は……目を見開いている。

 何かを思い出したようだ。

 

「何です?」

 

 イノスが尋ねると、ムーゲ大使は目を見開いたままこちらに向いた。

 

「誘導噴進弾!!」

 

 そう言う声にも驚きが溢れている。

 自分で言いながら、自分で驚いた顔をしているのだ。

 

「ジロー殿はそう呼んでいました!」

「誘導噴進弾…?」

 

 イノスはその意味を考える。

 

「…つまり、誘導ロケット弾ということですな」

 

 結論を出すとそうなる。

 

「そうです! もしかすると、誘導魔光弾を知らずに作ったため、違う名前をつけたのかもしれません!」

 

 ムーゲ大使も何かを発見したかのように、興奮気味だ。

 そのせいかイノスはむしろ落ち着いて応じることができた。

 

「あるいは、実際に違うものなのかもしれませんな」

 

 でも内心は違った。

 

(これは…とんでもないぞ!)

 

 あの“誘導噴進弾”が“誘導魔光弾”と同じ物かどうかはわからない。

 だが、似たような物であることは間違いない!

 

 同じであっても、似たものであっても、どちらにしても古代魔法帝国に匹敵する技術を持っていることになる。

 

(ひょっとして“新たなラヴァーナル帝国”となる国なのか?)

 

 もしそうなら――

 

 ――皇国は、明日も残っているのか…?

 

 イノスの背筋は凍り付いているようだ。

 背中には、先ほどから鳥肌が立ちっぱなしである。

 

「もう飛び出してこないようです」

 

(トルキナ連邦……ここまでとてつもない国だったとは……)

 

「また砲撃が始まりました」

 

 イノスの長い1日は、まだ続くのであった。

 

 





次回の更新日は未定です。
今のところは週末を目指しています。
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