誤字報告ありがとうございます。
同3月6日 午前
第13軍甲艦隊 輸送艦《
第11軍陸軍団 第1師団 師団長待機室
砲撃の音が聞こえる中、マダルは待機室で待っていた。
「まだ掛かりそうか」
マダル・ゼタン少将は男ノーク。
第11軍陸軍団第1師団の師団長である。
(飛竜をオレたちで片付けられると良いんだがな)
第11軍は古典装備群に属する。
その第1師団から半個師団が、今回の随行軍に参加している。
先日の戦闘では、ロウリア船団の制圧を担った。
「まだ飛んでます。この艦の甲板や艦橋に着弾した火弾がそこかしこで燃えてますぜ」
男ノークの第1旅団長、セドル・ガラン大佐が返事をすると、ちょうど待機室に入ってきたマテオ・ロペス少佐が補足した。
「輸送艦でもドラゴンの火炎攻撃を想定してます。問題ありません」
そう言って、男ニンゲンにしては大きな手で、紙を差し出す。
「司令室からです。飛竜の火弾はD3相当だそうです」
現在、この艦の操舵室で、うちの通信参謀が司令室の声に耳を傾けている。
こうして時々書き付けがまわってくる。
「前のヤツより強いな」
「大して違いはありませんぜ」
古典装備兵はB級にならないと実戦に出られない。
D級の火弾など問題はない。
「飛竜をオレたちで片付けたいんだがな」
「でも接近戦は難しいですぜ。速度300出てるのもいます」
B級の飛行魔法の速度は時速100㎞ほど。
飛行魔法で飛べても、人類は飛行種になれるわけじゃない。
しかも飛竜はデカくて重い。
いくらB級兵士の力が強くとも、不利は変わらない。300馬力の4トン車に1000馬力の二輪車で体当たりするようなモンだ。
その上、こちらの方が遅いと来た。
(話にならん!)
「
『消魔』――魔法に使われる魔力を打ち消す魔法。
これを弓矢、銃弾などに込めて撃てば、敵の魔法を消し去ることができる。
だが、過去に要人暗殺の目的で使用されたせいで、使用が厳しく制限されている。
それでも、古典装備群は消魔板の使用が許可されている。
(消魔は使えるが……)
「あの火弾は消魔では消えないと報告を受けたぞ」
「火弾じゃなくて飛竜に使うんですよ。あれは飛行魔法で飛んでます。落とせますよ」
「翼があるのにか?」
「あの翼ではあんな風には飛べないはずだ、と
「ふん。非魔法工学の連中は時々変なことを言う」
マダルはふと、虫が好きだった子ども時代の記憶を思い出す。
昆虫雑誌の対談記事だった。
『昆虫には魔力が無い』という通説に疑義を唱えた航空工学の博士がいた。
「この羽の形状では、高速で羽ばたいても飛べないはずだ! この虫は魔法を使ってるに違いない!」と。
そのせいで多くの昆虫学者達が、その虫の魔力を探し回ったらしい。
結局“ちゃんと飛べるように巧みに羽を動かしている”ことが、超高速撮影で確認されたという。
「ですが、火弾を出します。魔力も感じますよ」
「速度300だぞ。矢を当てられないだろ」
するとロペス少佐が思い出すように言った。
「確か飛竜は火弾を放つ前に、まっすぐ飛びます。その時、速度も落ちます。そこを狙えば良いんですよ」
「そうなのか?」
「先の戦闘ではそうでした。それで1頭仕留めた弓隊員がいます」
「なんだと!」
マダルは思わず声を張り上げた。
「それをもっと早く報告せんか! 作戦司令官に報告しなくちゃならんのだぞ!」
(しかも、それならオレたちで片付けることもできるじゃないか!)
師団長の怒声に、ロペス少佐の肩が縮こまる。
「ですが、まだ確実というわけでは…」
「だが使える。まず弓隊で共有しろ」
マダルは即座に指示を下した。
その時、伝声管の音響板から通信参謀の声が響いた。
“こちら操舵室。司令室より命令です。砲撃が終了するので、陸軍団は直ちに甲板に出て残りの飛竜を片付けろ、であります”
マダルは立ち上がり、鉄兜をかぶり直した。
「よし。弓隊を甲板に出せ。矢を打ちまくれ」
「消魔板を使いますか」
「使え。味方に当てるなよ」
「はっ」
ロペス少佐は敬礼し、すぐに部屋を後にした。
(飛竜をオレたちで片付けてやる!)
同日午前 同輸送艦《親潮》 甲板昇降口
「まず火を消せ! それから配置に付け!」
廊下にガント・ガアル大尉の声が響いた。
ガントは弓兵大隊の隊長である。普段は弓隊千人を率いている。
だが今回の任務は、二個中隊だけだ。
「よし、開けろ!」
長身族用のドアが勢いよく開く。
まず弓を持ったノーク兵が飛び出し、続いてニンゲン兵とエルフ兵が続く。
ノークの大隊長の声に古典装備の弓兵達が一斉に駆け出したのである。
「ずいぶんと、あちこち燃えているな」
ガントは外に出て、まずそう言った。
火があちこちで燃えているのもそうだが、燃えた跡がいくつも見えている。
(ずいぶんと、火を付けてくれたな)
燃やそうとしたのだろうが、この輸送艦はドラゴンの吐く猛烈な火炎にも、60秒以上耐えられる。
この程度の小火で燃える訳がない。
「あちこちが変色してますぜ。燃え尽きた火も多いってこっです」
「だな。さっさと消火しろ!」
兵士達は次々に土魔法で土を出し、近くの火に土をかぶせていく。
この土は海底から来ているものだ。
あちらこちらで煙が湯気に変わっていく。
(この程度で近代装備の軍艦に勝てるつもりか?)
兵士達が出てきたことに気付いた飛竜隊が、体をひるがえして近づいてきていた。
すぐに首を伸ばし、口を開いて、火弾を放った。
赤熱の球が尾を引きながら、甲板に広がってく隊員達に飛来してくる。
「火弾来ます!」
「“防殻”を出せ!」
「“防殻”出せ!」
中隊長達の命令が響き渡り、兵士達が防殻を出す。
甲板に半透明の壁がいくつも現れた。
淡い光を放ち、まるで盾のように火弾を防いでいった。
やがて、2個中隊が、巨大な輸送艦の甲板にずらりと並んだ。
「消魔を使え! 発動させたら適宜矢を放て! 味方に当てるな!」
ガント大隊長の命令を、2名の中隊長が繰り返した。
古典装備群は、もともと前近代国家に近代兵器を見せることなく、相手を制圧するための軍である。
その装備は剣・槍・弓などであり、まさしく古典的だ。
だがその材質はそうではない。
B級用の弓は鉄バネと特殊な鉄軸で作られており、非常に強力である。鉄製の矢には合成樹脂製の羽がついている。
「消魔矢」「消魔矢」
ノークの弓兵達が、次々と“消魔”を発動させて矢に込め、弓を構える。
飛竜が一体、甲板に接近してきた。
減速して、首を伸ばしている。
口が開き、その中に、赤黒い火の玉が現れ始めた。
その時、弓兵達が一斉に矢を放った。ノーク兵の隊だ。
10本の矢は、いつものように勢いよく飛んでいく。
うち、5本が瞬く間に飛竜の胴体に突き刺さった。
矢羽根の辺りまで深々と刺さるほどの勢いだった。
「ギャー」
飛竜どもが痛みに悲鳴をあげる。
口に現れていた火がたちまち消え、飛竜は糸の切れた凧のように墜ちていった。
「“消魔”は有効です!」
飛竜が飛行魔法で飛んでいるなら、“消魔”によって魔力が消滅してしまえば、もはや飛ぶことはできない。
「よし! どんどん撃ち落とせ!」
ガントは声を張り上げた。
兵士達が、次々と矢を放っていく。
だが、命中させるのはやはり難しいようだ。
「外れる矢が多いな」
鉄バネの弓で、重い矢を放っているが、なかなか命中しない。
「“
『照中魔法』――放った矢が狙った獲物に向かって飛んでいくようにする魔法。ある程度の範囲のズレであれば、曲進して命中する。草原エルフが狩猟に使用していた魔法が起源。
古典装備群の兵士は各自、特別な
これに名刺大の魔法板を10枚まで差し込むことができる。
身につけると魔法板に魔力が自然と注入されるので、魔力注入の手間が要らない。
魔法板があれば、長い呪文を唱える必要がない。短い発動語を発するだけで、目的の魔法を発動できる。
便利なものだ。
「“消魔”だから仕方無い」
“消魔”には一つだけ欠点がある。他の魔法と併用ができないのだ。
「“照中”と“延伸”を併用すれば、遠くを跳び回っている飛竜にも当てやすくなるんスよ」
ん? それでやってみるか。
ガントは試してみることにした。
「おい。“照中”と“延伸”を使って遠めのヤツを狙ってみてくれ。当たりそうなヤツでいい」
「はっ」
近くにいたノーク隊員に命じると、隊員は“照中”“延伸”と唱えて弓を構えた。
少しの間、獲物を探していたが、やがて、狙いが定まったのか矢を放った。
鉄バネの威力で矢が勢いよく飛んでいく。
2キロは離れて飛んでいた飛竜に向かう。
空中をゆるやかに曲がりながら進み続け、吸い込まれるように飛竜の脇腹へと突き刺さった。
飛竜はガクンと一瞬落ちかけて、そのままフラフラと、やがて旋回するように、ゆっくり落ちていった。
「おい。“消魔なし”なのに、1本で落ちたぞ」
「横っ腹が急所なのかもしれないッスね」
(これは朗報だ)
ガントのいる場所に向かって、飛竜が火を放とうと口を開けて近づいてきた。
すぐに、一斉に放たれた消魔の矢の餌食となった。
飛竜は火弾を放つことなく、甲高い悲鳴を上げて、海に墜ちていった。
「矢が胴体に深く潜り込んでるッス」
「図体の割には脆いな」
「B級用の弓が強いんスよ」
それもそうか、と隊長は納得した。
「よし、隊を分けて、一方は接近する敵を警戒、もう一方は“消魔なし”で遠方の飛竜を仕留めるよう、各隊に伝えろ!」
「わかったッス」
連絡を受けた中隊長達は、命令どおり部隊を分け、飛竜を撃ち落としていった。
「自分が見てるだけでも、すでに5体は落としました」
「そうか」
(この程度の火力で、勝てると思ったか)
「我々に手を出したことを後悔させてやれ!」
ガントが声を張り上げると、周辺の隊員が一斉に返事をした。
「「はっ!」」
「大隊長に報告します! 敵の母艦から飛竜が再び続々と発艦し始めています!」
エルフ小隊の隊員が、わざわざ報告にやって来た。
エルフは目が良いのである。
「わかった。報告ご苦労」
自分より遥かに年上の若者。
軍歴もさほど変わらないが、エルフは長命ゆえに簡単には昇進しないのである。
(こいつはあと何年戦うことになるんだろうか?)
「失礼します!」
エルフ兵はそう言うと、軽い足取りでノーク兵ひしめく甲板をすり抜けて掛けていった。
(オレのひ孫の代でも、あいつは戦場に立ち続けているんだろうな)
そんなことを考えていると、副隊長が声を掛けてきた。
「砲撃が止んだからでしょうね。母艦に戻っていた飛竜がまた出てきたようです」
「なら仕留めればいい。どんどん撃ち落とせ!」
「「「はっ!」」」
隊員達が一斉に返事をした。
その後も何頭か仕留めたが、気付くと飛竜が近づいて来なくなった。
音響盤から声が響く。
“艦長より甲板へ。これより直轄軍が支援に向かう!”
「直轄軍だと! なぜだ!」
ガントは困惑した。
「見てるのが嫌になったんスかね。たぶんロペス少佐が接待してくれますよ」
「ふん! 邪魔にならないようにしていただきたいものだ」
ガントは鼻を鳴らした。
どちらにしても近づいて来ないことには仕留められない。
(どうした? もっと近づいて来いよ)
ガントは遠くの黒い小さな点の集まりを、睨みつけた。
同3月6日 午前 海岸沿いの別荘のテラス
(忌々しい!)
皇女レミールは苛立っていた。
狙いは外れ、銀髪のエルフ女は驚くどころか平然と見物している。
「また飛竜が吹き飛んだぞ」
エルフ女が、よく見ようと背伸びしている。
(何のために朝早く起きてここに来たと思っているのかっ!)
「砲撃は、相変わらず第15軍かあ」
やや長身の男も変わった形の望遠鏡を覗いて、のんびりとした口調だ。
(両目用の望遠鏡など始めて見た…いや、そうではない!)
「さような物を使わぬと見えぬとはニンゲンは眼が悪いのう。飛竜連がどんどんと爆発しておるぞ。それにしても、なぜ13軍は砲撃せぬのじゃ?」
「標的の動きが不規則で狙いづらいんだろうな。甲板から銃撃するはずだけど、まだのようだね」
なにやら
そして、その後ろに立つダークドワーフの女。
(艦が沈むところを見せつけてやるはずが! このエルフ女が顔を歪め、膝を折る姿を見るはずがっ!)
「おお、甲板から銃撃を始めたようじゃ。誘導弾はあれだけか」
「威力が過剰すぎたのかもしれないね」
そのすぐ側で、レミールは苛立っていた。
(“全て沈めて見せましょう”などと言っておきながら!)
「戦列艦の砲撃は最初だけじゃったな」
「艦の速度が違うからね。離れてしまえば砲撃できないんだ」
(“全て”どころか、一つも沈まないではないかっ! 皇国軍の誇りはどうしたっ!)
レミールは不機嫌を隠さずに、怒りで顔を歪めていた。
歯を食いしばり、ワナワナと震えている。
「アルデのヤツめええ。なんという醜態だ!」
最初の一斉砲撃で、全てとは言えないまでも、ほとんど沈めるはずだった。
ところが、一隻も沈まない。
それどころか、ワイバーンロードは見るからに、減っている。
(ん? 砲撃音がしない?)
と思ったら、銃声が鳴り始めた。
バンバンバンバンバン!
戦列艦はとっとと追いついて、砲撃すればいいのに、何をやってるか!
竜騎士が全滅しても良いのか!
このままでは皇帝陛下に合わす顔がないではないか!
(な、なにかできることは?)
レミールは焦っていた。
(そうだ!)
レミールは思いついた。
いや、もともとその予定であった。それを早めるだけである。
(こ、こうなれば仕方がない…)
ここには明らかに身分の高い銀髪のエルフ女がいる。
この女を人質に取れば、奴らも動揺せずにはいられまい。
(皇国の恐ろしさを思い知らせてやる!)
レミールはテラスを離れ、部屋に入った。
さらに別室に行くと、兵士達が待機していた。
「全員起立! 敬礼!」
「これは殿下! もう終わったのですか?」
レミールに気付いた副隊長の号令とともに、隊長があわてて、立ち上がり、敬礼した。
他の兵士もすぐさまそれに倣った。
「いや、まだだ。先に女を捕らえることにした。兵はこれだけか?」
「はっ! 自分を入れて10名おります。3人捕らえるには十分と思いますが、あと10名、1階に控えています。必要なら呼びます」
「いや、今は良い。竜騎士は来ているか?」
「はい。3騎を近くに待機させております。呼べばすぐに飛んできます」
やつらは魔法で空を飛べるらしい。
飛んで逃げることも考え、皇都防衛隊の竜騎士3騎を呼んであった。
「そうか、ならお前たちは、ついて来い!」
「はっ!」
レミールはテラスへと向かう。
テラスに出る前に指示を出した。
「すぐに発砲できるようにしておけ!」
「はっ! 弾込め始め!」
レミールの指示で、兵士達が爆発性の粉末魔石と弾を込めた。
「準備完了です」
「テラスに出たら、すぐに銃撃できるようにしておけ」
「はっ! 銃撃態勢を取ります!」
「では、ついて来い」
レミールはテラスへと出た。
兵士達が後に続いて、出てくる。
次々とテラスに姿を見せ、2列に並んだ。
そして魔道銃を、トルキナ連邦の3人に向け構えた。
だが、3人は銃が目に入らないのか、暢気に海を眺めていた。
(まさか、銃を知らない? いや、そんなはずは…)
現に銃声らしき音も聞こえる。
(手を出すはずがないと高をくくっているのか! どこまでも舐めてくれるではないか!)
「おい! ジローとやら!」
焦れたレミールは男に声を掛けた。
「なんでしょうか」
「貴様は魔信を持っていたな。抵抗を
レミールが命じると男はキョトンとした顔になった。
「誰にですか?」
「お前たちの艦隊にだ」
「あなた方が攻撃を
男がキョトンとした顔のまま尋ね返してくるので、レミールはさらに苛立ちが募る。
「ふざけるな。この銃が見えないのか。そこのエルフ女が討たれても良いのか!」
「アッハッハッハ!」
エルフの女のニムディスが笑い始めた。
レミールはこれでもかと睨み付けてやる。
「軍が
そう言ってまた笑い出した。
(おのれっ! この私を
「こうなれば、仕方がない。そのエルフ女を人質にしてやる。おい! 脅してやれ!」
「はっ」
「エルフ女には当てるなよ。人質だからな。他の二人はかまわん!」
レミールの言葉に隊長が号令を掛けた。
「前列、撃て!」
ババババーン!
5丁の魔導銃が一斉に火を吹いた。
煙が銃兵の前に広がる。
(ふふふ、わたしを甘く見るヤツが悪いのだ)
次第に煙が消えていく。
(これでエルフ女の顔も歪む……ん? 何だ?)
そこには護衛のダークドワーフが前に立ち塞がっていた。左手を広げてこちらに向けている。
手の平の先には透明なガラス板のようなモノが広がっており、かすかに光を発していたが、すぐに消えた。
(何だ今のは? 何をした?)
レミールは何が起きたのか分からずに、頭の中が疑問で埋め尽くされる。
「ふむ。やはり豆鉄砲じゃな」
ニムディスが頷くと、ダークドワーフの護衛が小さな剣を抜いた。
「殿下に向けて発砲するとは許せん! “ニンゲンの
「待て待て! 狙いは外していたみたいだし、殺すほどじゃないぞ! 眠らせればいい」
男が慌てて止めに入っている。
「いいえ、許せません!」
軍服のドワーフ女が断固とした口調で拒否すると、今度はニムディスが口を開いた。
「いいからジローの言うとおりにせよ」
「仰せのままに」
「おい!」
ドワーフ女の返事に、男が不満の声を上げている。
「《精霊達よ。エルデン族との盟約に従い、エルデンのしもべたるわが言葉を聞け。あの者達を…》」
まるでこちらの銃のことなど、眼中にないかのように呪文を唱えるドワーフの女。
レミールはさらに苛立ちがつのっていく。
「構わん! あのドワーフを撃て!」
「《…眠らせよ》」
ドサドサドサ
突然、兵士10名が崩れるように倒れた。
「な! 何を!」
レミールは驚きの声を上げるが、それを掻き消すように男が声を上げる。
「いきなり眠らせたら、転倒時に発砲しちゃうかもしれないじゃないか!」
声がする方を見ると、男が両腕に銃を抱えている。5丁だ。
重いはずの銃を、軽々と抱えている。
床を見ると、前列の兵士は銃を持ったままで、後列の兵士は手ぶらで倒れていた。
(魔法で眠らせたのか?)
(いつの間に銃を奪った?)
まったく見えなかった! 発砲していない銃だけを奪ったのか?
(おのれおのれ! どうすればいい!?)
レミールは焦燥にかられつつも、必死に考える。
「閣下が眠らせろと言ったのではありませんか!」
なぜか男に言い返しているドワーフ女。
(そうだ!)
レミールは思いついた。そして叫んだ。
「飛行隊っ! テラスに回れっ!」
すると、テラスの前に竜騎士3騎が現れた。
(これでようやく、吠え面をかかせられる! 皇国の恐ろしさを思い知るがいい!)
レミールは再び、自分の優位を確信した。
「ふははははは。これは“ワイバーン
“兵器だぞ”とレミールが言い終わらないうちに、女の声が響いた。
「《飛竜連よ。眠るがよい》」
春風のような優しく、雷鳴のごとく、抗えぬ力を秘めた声だった。
空気が凪いだように、世界が一瞬止まった。
ふと気付くと、3頭のワイバーンオーバーロードがするすると地面に降りていき、そのまま伏して動かなくなった。
(へ? これはいったい…?)
レミールは一瞬、唖然となるが、すぐに声を張り上げる。
「ど、どうしたっ!」
「こいつ、眠っています!」
竜騎士の1人が答えた。
「こいつもです」「こいつも…」
他の竜騎士も当惑しながら報告していた。
ワイバーンオーバーロードが3頭とも眠ってしまったのである。
「なんだと!」
(皇国の最強兵器が……眠らされたというのかっ?!)
「《そなたらも眠るが良い》」
エルフ女の声だ。
すぐに竜騎士達もその場に伏して、動かなくなった。
するとドワーフ女がエルフ女に頭を下げた。
「殿下のお手を煩わせてしまい、申し訳ございません」
「よい」
(あ、あのエルフ女がやったのかあっ!)
「相変わらずスゴいなあ。魔法板を持たずに一言で飛竜連を眠らせるなんて。しかもグリオナの魔法と違ってちゃんと安全に眠りについたよ」
男がまるで、手品を見た観客のように
レミールの存在を無視して。
(な、なぜだ…兵士達も…ワイバーンオーバーロードも…)
「殿下は生まれ故郷でも“最高の魔法使い”と謳われていたという程の御方なのです。ローハ王国で“ギリギリ10本目の指に滑り込んでいた”かどうかも怪しい
(おのれ! こいつらは皆、魔導師だったのかっ!)
「なぜそこで私を落とす?」
「それはこちらの台詞です!」
なぜか言い争っている護衛のダークドワーフの女と、護衛対象であるはずの人間の男ジロー。
そんな二人をよそに、レミールは焦る。
(……こ、このままではマズい! 応援を呼ばねば!)
レミールが駆け出そうとすると、突如として、何かが前に立ちはだかった。
「おっと。このままここにいてもらいますよ」
男だった。
(なっ! いつの間にっ!)
さっきまであちらで言い争っていたはずの男が突然、目の前に現れたのだ。
「何をする! 私を害するつもりかっ!」
恐怖よりも怒りが勝るレミールに、男が真正面から目を見据えてくる。
「せっかくなので、このまま海の戦いを見物しましょう。増援を呼ばれると、さすがに手加減できなくなるかもしれませんので」
「手…手加減…?」
「わかりませんか? スラトシャール隊長にとっては、眠らせるより殺す方が
男は穏やかに説明していたが、その声には次第に怒気が強まっていく。
「兵士達を死体にするつもりですか!」
その静かな怒気がレミールの肌を刺した。
「くっ!」
(こ、皇女を…この私を…脅すというのか…)
倒れている兵士達を見ると、死んでるように見える。
だが、眠っているらしい。
「沖の戦闘でも、連邦軍の艦隊は手加減しているんです」
(手加減だと?)
「どこが手加減だ! あんなに魔道砲を撃っていたではないか!」
(あの砲撃は、必死に戦っていた証拠!)
だが男は真剣な表情で、それでいて、落ち着いた声で説明する。
「あれは飛竜を排除するためです。次は艦隊の番ですが、できる限り、沈めることなく制圧しますよ」
「乗り込むつもりか! バカめ! 乗り込む前に魔道砲で沈めてくれるわ!」
(近づけるはずがない!)
「まあ見ていて……」
「大丈夫ですか!」
女の声が割り込んだ。
見ると、体格の良い中年の女がテラスに立っていた。
軍服を着ている
(な! いつの間に!)
「何者だ!」
レミールが怒鳴ると、男が紹介した。
「レオナ・バルト中将ですよ。わたしの護衛です」
(護衛だと!)
「なんじゃ。レオナ、もう飛んで来たか。あそこの屋根におるのが見えておったが」
(飛んできた?)
隣の別荘の屋根?
隣と言ってもかなりの距離があるのに。
そうか。
――こいつらは飛べるのだった。
「はい。銃声がして、飛竜連が飛び立ったので…すでに眠ったようですが…」
「ジョアンナの方は大丈夫か?」
「はい、すでにコールダー情報監査員の手引きで、見張りの目をかいくぐり、宿館を脱出しています。護衛はニールセン中将ほか2名が帯同しています」
(こいつらの配下が皇都ホテルを抜け出した?)
「そうか。なら、レオナはこの建物を制圧してくれ。下にもまだ気配を感じる。睡眠魔法板の使用を許可する。兵士も使用人も眠らせておいてくれ。ただし火元には気を付けて」
睡眠魔法! さっきのヤツか!
「はっ! では失礼します!」
護衛の軍服女が中に入っていった。
(な! まずい! 下の兵士まで眠らされたら、ここには味方がいなくなる! なんとか魔信のある部屋にたどり着き、応援を呼ばなくては……)
ジローが耳に手を当てた。
「ジョアンナ、命令は伝えたかい? ……そうか、いまどこに? わかった。こちらはいまから建物を制圧するところだ。……ん? ……それは構わないが…くれぐれも連邦軍の邪魔はしないように伝えて」
どこかと通信を始めたようだ。
(やはり、小型の魔信を持っていたか…ん? 今だ! 今なら誰も気付いてない。ここを抜け出して魔信で…)
突然、目の前に冷たく光る刃が現れた。
(ひぃ!)
視線を下ろしていくと、ダークドワーフの女と目が合った。
黒い肌に漆黒の瞳が冷たくこちらを見ている。
(く…逃れられないか…)
その手には短い剣が握られ“いつでも斬りかかるぞ”と眼前に突き立てられている。
(ひぃっ!)
その時レミールは気付いた。
“もはや自分はこの場の支配者ではない”ということに――
「く…」
(この私を、皇女レミールをどうするつもりか…まさか! 人質とするのか?)
レミールはふと気付く。
もしそうなると、皇国軍の方が抵抗できなくなるのではないかと。
(もしそんな蛮行に及んだら、私はお前たちを決して許さんぞ)
自分のことを棚に上げ、憤るレミール。
(その時は一人残らず、滅ぼしてや………)
しかし、目の前に突き立てられた剣の冷たい光に、怒りも次第に冷えていく。
(ひ…!)
怒りの感情よりも恐怖の方が勝り始めた瞬間であった。
次回の更新は明日の予定です。