トルキナ連邦召喚   作:mogatoku

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誤字報告ありがとうございます。

また1万字を越えてしまった……



21 連邦の準備 ―― 昼食のイノス

同3月6日 午前

 パーパルディア皇国 皇都エストシラント

  海岸沿いの別荘のテラス

 

 

(誰か来たな)

 

 その気配にニムディスは気付いた。

 

「こんにちは~」

 

 その声にニムディスは振り向いた。

 テラスに出てきたのはジョン・コールダー情報監査員だった。

 

「ジョンか。なんじゃその格好は? 現地人の服か?」

「はい。下に馬車が3台、止まってましたので、御者連とちょっと世間話をしましてね。それから眠らせまして、一人から服を借りました」

 

 ここに乗ってきた馬車のことらしい。

 

「治安を守る監査府の職員が窃盗しちゃ困るなあ」

 

 ジローが頭を掻いて不満を漏らす。

 もちろん本気ではない。

 

「ですが、これは緊急避難でして」

 

『緊急避難』――大きな危難を回避・軽減するためにやむを得ず行う犯罪行為。連邦刑法上は免責される。

 

(たしかに今は交戦中じゃな)

 

 ニムディスは納得する。

 

 現にこちらは最高監査人が銃撃されておる。

 両院も、誰も文句は言うまい。

 

(じゃが、なぜ今さら現地の服を着るのじゃろうか?)

 

 ニムディスの頭に、ふとそんな疑問がよぎるが、ジローは気にしていない様子である。

 

「まあそうだね。それでみんな来たのかな?」

「はい。全員無事に抜け出せました。宿館の1階にいた見張りは、まだ室内にいると思ってるんじゃないかと」

「それは良かった」

「実は昨夜、バルト中将から聞いたんですがね……」

 

 ジョンが話題を変えるように切り出す。

 

「ん?」

「閣下は空間収納術が得意だとか」

 

『空間収納術』――戦技の一つ。特殊な空間に物を収納できる。習得の難しい戦技であり、下手をすると、永遠に取り出せなくなるため、使用者は極めて少ない。

 

 ジローはこの“収納術”を「引遍取(いんべんと)り」と呼び、物を探しまわることなく、難なく取り出せるようにしておる。

 他の者にはできぬ使い方じゃ。

 どうやっておるのやら、わらわには分からぬ。

 

 戦技を使うには現象に対するしっかりとした理解が必要である。

 ジローはそんな戦技を得意としている。

 先ほどから“通信術”や“瞬足術”などを披露していた。

 

(ジローは“高難度”の戦技でさえ、いとも簡単に使う。ようできるものじゃ)

 

 ニムディスは“魔法”は得意だが、“戦技”はあまり得意とは言えなかった。

 

「情報部は直轄軍からも話を聞き出すのかい?」

 

 ジローの顔が曇っている。

 自分の情報を聞き出されたことが不満らしい。

 

「いえ、情報監査の一環で話を聞いただけでして。それで食料を保管しておられるとも」

「……監査人の話を聞き出すのは感心しないなあ。話すのもだぞ、レオナ!」

 

 ジローがレオナ・バルト中将に強めの視線を向けた。

 

「そ、その、コールダー監査員殿が、お二人が出先で孤立したら食事はどうされるのか、不安そうな様子だったので心配は要らないと……」

「直轄軍は脳筋ばかりでしてね。チョロいもんです」

 

 ジョンがそう言ってジローを向いて目を細めた。

 

(どうやらレオナは芝居に引っかかったようじゃな)

 

「いまチョロいと言ったな! キサマ! よくも……」

 

 レオナが顔を赤くして何やら言おうとしている。

 ニムディスは呆れた。

 

(自分の失態が分かっておらぬようじゃな)

 

「よくも何じゃ? レオナ」

 

 ニムディスはひと睨みしてやる。

 

「よくも自分の失態を最高監査人に秘密にしなかったな、とでも言うつもりか?」

 

 レオナは口をパクパクさせてから、口を噤み、押し黙った。

 

 最高監査人には「連邦の知る全ての情報」に触れる権限があり、これを妨げることは許されないのである。

 脳筋のレオナもさすがにそれは知っているようだ。

 

 ジョンは、暗にこう言うておるのじゃな。

「対処の必要がある」と。

 確かに直轄軍は、皆が恐れて近づかぬであろうと、油断しておったか。

 盲点であった。

 

(さすがは情報監査員ということか)

 

 ニムディスは改めて感心した。

 ジローを見ると、考え込んでいる様子である。

 深刻に受け止めているようだ。

 

(なら、ここはわらわが…)

 

「これは対処せねばならぬな」

「ええ、それで、食料をちょこっと分けていただきたいんですがね」

「何人分か?」

「それが15人分でして。みんな朝からまともに食べてないんですよ」

 

 15人分が“ちょこっと”とな。

 じゃがこれはわらわでは果たせぬ。

 

「ジロー! 15人分じゃ!」

 

 ニムディスが声を張り上げると、思考中だったジローは我に返ったように顔を向けてきた。

 

「カップ麺と缶詰だよ?」

「それで充分です」

 

 ジローがカップ麺と缶詰をどこからともなく出した。

 

「ありがとうございます。それではいただいていきます」

「ああ。ジョアンナに、来るように伝えてくれ」

「わかりました。それでは失礼します」

 

 ジョンが腕にカップ麺と缶詰を両腕に抱えて、部屋の中に入っていった。

 

 沖に目をやると、連邦軍の部隊が軍艦から飛び立ち始めているのが見える。

 

「制圧が始まったようじゃな。こちらも食事にせぬか?」

 

 制圧が終われば交渉を始めねばならぬ。

 今のうちに昼食を取る方が良い。

 

「カップ麺と缶詰で良いかい?」

「もちろんじゃ」

 

 ジローは先ほどと同じく、カップ麺を取り出した。

 

「レミール殿下もこれ、いかがですか?」

 

 ジローがうつむくレミールに語りかけると、レミールが顔を上げた。

 

「それは何だ?」

「カップ麺です。お湯を注いで3分で食べられます」

「そのような蛮族の食べ物など要らぬ」

 

 レミールがぷいと横を向いた。

 

 無礼な女じゃな。

 

「そうですか。では後でちゃんとした食事を用意させますので、いまは我慢してくださいね。わたしたちはすぐに仕事がありますので、先に食事をすませます」

 

 レオナがテーブルと椅子を室内から出してきた。

 ジローがその上にカップ麺を並べ、ガス焜炉(こんろ)を置く。

 薬缶(やかん)の蓋を開け、こちらに向けてきた。

 

「水を頼むよ」

 

 ジローも水魔法を使える。

 だが、ジローの出す水は美味しくない。

 なぜか「純水」が出てしまうのである。

 

「《清らかなる泉の清流よ、出でよ》」

 

 ニムディスが呪文を唱えてやると、薬缶に水が満たされた。

 

「ありがとう」

 

 ジローがガス焜炉に載せてつまみを回す。

 

「ま、魔導炉!」

 

 レミールが驚きの声をあげた。

 

「これはガス焜炉ですけどね。地下資源保全法が通過したせいで、ガス焜炉は使用目的に制限がかかってしまいましてね。在庫がたくさんあるんですよ。だから出先の時はできるだけ使っているんです」

 

 そんな説明をするジローに、ニムディスは内心呆れる。

 

(ジローはいつもこうじゃ)

 

 自分の説明は相手に伝わる、と思うておる。

 こんなにわかりやすく説明しているんだから分かるはず、などと思うておるのじゃ。

 確かに、その説明には感心することも多い。

 

(なるほど、と思うたことも数知れぬ)

 

 ニムディスはジローの説明を聞くのが嫌いではなかった。

 

(じゃが“地下資源保全法”などと言うて、この女にはわかるはずがなかろう)

 

「グリオナとレオナはどうする?」

「「いただきます」」

「うん。この後、戦闘になるかもしれないからね。食べておいた方がいい」

「はい」

 

(お? 来たな?)

 

 ニムディスは新たな気配を察知した。

 

「ご用かしら?」

 

 外務局長のジョアンナ・ボールドウィン外務監査官が顔を出してきた。

 

「やあ、ジョアンナ。無事で良かった」

「ええ、ジョンのおかげでうまく抜け出せたわ! 情報部ってスゴいのね!」

 

 ジョアンナが少し興奮気味で情報部を褒めた。

 

「そうなんだよ。特にジョンはね」

 

 ジローが誇らしげな顔を見せる。

 

(そう言えば、ジローがどこからか引き抜いてきたのじゃったな)

 

「じゃあ、これからのことを話し合おう」

 

 ジローが話を切り出した。

 

「賠償金と慰謝料を請求するけど、身代金とした方がいいかもしれない」

 

 捕虜を人質とするのか。

 

「また捕虜など好きに使え、と言われるのではないか?」

 

 ロウリア国王は「兵などいくらでもいる」と言ったらしい。

 ジローは「あれには参った」と話しておった。

 

「その時は臣下達に考えてもらおう。近代的な海兵は育てるのに時間とカネが掛かるものだ。要らないとは言わないよ」

 

 ならば、さようなことは言われぬか。

 

「銀行券はいくらでも刷れるゆえ、黄金で支払わせるぞ」

「そうだね」

 

 銀行券を刷って渡されても、それで価値が下がれば受け取る意味が無い。

 また刷り過ぎて金融が不安定になると、穏便に済ます意味が無い。

 

(かといって、ただで許すわけにいかぬ!)

 

 連邦に手を出すのは、これで(しま)いとしてもらわねば!

 

「ジョアンナ、無線は持ってきた?」

「護衛隊員が持ってるわ」

「よし。では後で司令室に確認してくれ。必要な情報は制圧した軍艦数、飛竜の撃墜数、双方の死傷者数。わからない場合は概数で良いので確認して欲しい。司令室である程度は把握してるはずだから」

 

 交渉の材料になる。ジローはようわかっておる。

 

「わかった。連邦軍を上陸させるのかしら?」

「いや、事態に何らかの変化があるまでは待機ということになる。別の艦隊や陸軍が攻撃してくるかもしれないから、その時は対処を頼むと作戦司令官に伝えてくれ」

 

 攻撃してきた相手のみ制圧するという姿勢を堅持する。

 

「職員はここに何名来てる?」

「外務局はわたしも入れて9名。情報部は1名」

 

 10人か。あとは…

 

「それと監査人が2名じゃな」

 

 ニムディスが補足すると、ジローが頷いた。

 

「計12名。直轄軍は?」

「現在ここの2名を入れて5名」

 

 ここの2名とは、グリオナとレオナのことである。

 

(足りぬな。今はゲルダエールがおらぬ。大部隊で来られると、穏便に収められぬ)

 

 そんなニムディスの考えを読んだかのように、ジローが指示を出す。

 

「なら直轄軍はあと20名だ。ゲルの見張りは減らして良い」

 

 待機処分中のゲルダエールの見張りは、あくまで念のためのもの。

 減らしても問題なかろう。

 

「他の職員搭乗艦には最低5名残すこと。こっちに呼ぶのは間身(かんしん)族、不足ならドワーフも可とする」

「間身族だけとな?」

 

(ノークがいる方が戦力になるはずじゃが……)

 

「ノークを見て恐怖で錯乱されても困る。短身族だと舐められるかもしれないし」

 

(なるほどのう……)

 

 現地人はノークを見慣れておらぬということか。

 確かに大きいからな。

 

「25名じゃな。職員10名に護衛が多すぎるのではないか?」

 

 護衛は職員1人につき1名おれば充分じゃろう?

 

「今は交戦中だし、相手は銃火器を持っている。飛竜もいる。余裕を持っておこう。飛竜相手の戦闘は職員には荷が重い」

 

 たしかに職員には荷が重そうじゃが…

 

「あのようなトカゲなど直轄軍人なら簡単に捌けるであろう?」

 

 今回、同行しておる隊員は皆S級じゃ。

 余裕で倒せるはずじゃ。

 

 ニムディスはさほど心配していなかったが、そこにジローが質問で返してきた。

 

「飛竜は眠らせることにするけど、いいかな?」

 

 これはつまり、眠らせるためにたくさん連れて行くということか。

 

(じゃが、確約はできぬ!)

 

「数による」

 

 飛竜があと何匹おるのかわからぬ。

 やはり25名は必要か。

 

 ニムディスは納得した。

 

「それで行き方だけど……」

「この館の脇に馬車が3台あるわよ。それを使えば、街中で目立たずに移動できるんじゃない?」

 

 確かに馬車なら目立たぬな。

 

「あの派手な馬車がかい?」

 

 ここに来るときに乗ってきた馬車は、第1外務局の馬車よりも立派じゃった。

 

(さすがは皇族の馬車よと、感心したものじゃが…)

 

「それでも現地の馬車よ」

「御者はどうする?」

「ジョンがやってくれるそうよ。そのために服を拝借してたし」

「それで現地の服装を身につけておったのか!」

 

 ニムディスはようやく納得した。

 

「そういうことか! なんか理由があるんだろうとは思ったけど」

 

 ジローも同じのようだ。

 

(現地の御者の服装なら、注目されずに移動できるということじゃな)

 

「あと2台あったけど、そこに寝てる兵隊さんたちが乗ってきたやつかしら?」

「ああ、馬車がついてきてたからね」

「それは誰が引く?」

 

 ニムディスの問いに答えたのは、護衛のグリオナだった。

 

「護衛部隊には馬車を扱えるエルフ連がおります。彼らにやらせましょう」

「旧近衛兵じゃな」

 

 帝国時代には馬車を引いておった。

 

「そうか。なら馬車で移動はできる。でも輪車(りんしゃ)も1台出せるから、馬車の間を走らせようか。S級用の特別仕様車だからさっきの銃弾くらいははじき返せる」

「輸送艦から持ち出すの? ここから結構距離があるんじゃない?」

 

 ジョアンナは飛んで運んでくると思っているようじゃな。

 

「空間収納術から出すんだよ」

 

 するとジョアンナが目を軽く見開いた。

 

「戦技の収納術は危険でしょ。空間魔法の方が安全なのよって……閣下は大丈夫なのね」

「コツがあるんだ」

「そう。なら乗り物は要人用馬車1台、軍用馬車2台、輪車1台ね。それに職員10名、直轄軍25名、監査人2名が乗っていく。目的地はいつもの第1外務局でいい?」

 

 この2日間の交渉は第1外務局で行われた。

 

(ゆえにそう思うたのじゃろうが、違うぞ)

 

「皇帝の居場所じゃ」

 

 ニムディスは明言してやった。

 

「それってどこ?」

「それをこれから突き止……」

「ジョン! どこかわかるかい?」

 

 ニムディスの言葉を遮るようにジローが呼びかけると、柱の陰からジョンがゆっくりと顔を出した。

 

「お気づきでしたか」

 

 見つかっちゃいました、という様子で、頭を掻く男ニンゲン。

 情報部のジョン・コールダー情報監査員である。

 こっそりと話を聞いているつもりだったらしい。

 

「情報部だからって、上司の話を盗み聞きするのは良くないなあ」

 

 まったくじゃ。

 釘を刺しておかねばな。

 

「最初から気付いておったぞ」

 

 ニムディスはそう言ってやったが、ジョンは悪びれる様子も見せない。

 

「いやあ。さすがですなあ。もちろん聞き出してあります。皇帝陛下は普段はパラディス城で仕事しておられるそうですよ。そうですよね? レミール殿下」

 

 椅子に座って俯いていた皇女が、サッと顔を上げて声を荒らげる。

 

「そんなことは皇都民なら誰でも知っている! 自慢にもならんわ!」

 

 ジョンはそんなレミールを見てから、満足そうに頷いた。

 

「どうやら間違いないようです」

「なっ」

 

 ふふふ。

 この女、カマを掛けられていたことに気付いたか。

 ジョンのヤツ、情報の真偽を確かめたんじゃな。

 確かに皇族の方が、一般人より知っておろうな。

 

「道順はすでに聞き出してありますので、行けますよ」

 

 ジョンの言葉にジローが頷き、指示を出し始めた。

 

「じゃあジョアンナとレオナは無線で連絡を取ってくれ。ジョアンナは司令室にさっきの件を。レオナは軍艦にいるカラタルンに連絡。護衛隊員20名は食事を軽く済ませてからこの建物に飛んで来るようにと。それと軍艦に1名護送するから、籠を持ってくるようにと」

「護送とは、あれでありますか?」

 

 レオナが皇女を指差した。

 

「そう、レミール殿下だよ」

「なに! わたしをどうするつもりだ!」

 

 自分の名前に反応してレミールが怒鳴った。

 

 こやつはまだ自分の立場をわかっておらぬな。

 本来なら殺人未遂で逮捕なのじゃぞ。

 

 ニムディスは女に宣告してやることにした。

 

「そなたの身柄をしばらく預かる!」

「な、何をするつもりだ!」

「皇帝と直接交渉するのじゃ」

「陛下と交渉だと! そんなことができると思っているのか!」

「別に連邦軍が乗り込んでも良いのじゃが、われらと部下と護衛のみで乗り込む。これなら逃げようとは思うまい?」

「パラディス城に乗り込むなど、そんなこと…軍が許さんぞ!」

「どうなのじゃ?」

 

 ニムディスはジョンに顔を向けた。

 

「眠らせる前に御者と少し話したんですがね。下の派手な馬車ならそのまま素通りできるそうです」

 

(それは良い! 面倒が省けるのじゃ!)

 

 ジョンは使える男じゃな。ジローが気に入るわけじゃ。

 

「な! わたしの馬車を悪用するつもりか!」

 

 悪用とは言うではないか。

 

「借りるだけじゃ。そなたらの兵に壊されてもわれらは知らぬがな」

「な……!」

 

 その時、そんな二人のやりとりにかまけてられないとばかりに、ジローが宣言した。

 

「それじゃあ、増援の護衛隊が来たら、もう一度打ち合わせだ。解散!」

 

 ジョアンナとレオナが立ち去った時には、お湯も沸いており、グリオナがカップ麺に湯を入れて待っていた。

 

「では食べようか。レオナは戻ってきてからだね」

 

 できたようじゃな。

 

「いただきますなのじゃ」

 

 ニムディスはカップ麺を啜る。

 

(うむ。悪くはない)

 

 たまにしか食べぬが、カップ麺というのは味がしっかりとついておるな。

 

 沖に目をやると、戦列艦の旗が一部連邦軍旗に入れ替わっている。

 

「制圧は順調のようじゃな」

「戦闘が落ち着いたら、レミール殿下を輸送艦に移して、食事でもしてもらおう」

 

(ジローは甘い)

 

 この女が朝に言うたことを気にしてすらおらぬ。

「少数を“見せしめ”として犠牲にすることで相手の心を折り、降伏させる」

 そう言うて砲撃したのじゃぞ!

 

 幸い、今回はわらわが担当じゃ。

 きっちりと話を付けてやる。

 

(さて、かように愚かな行いを命じた皇帝とはどのような男かな)

 

 ――その顔をとくと見てやるのじゃ!

 

 

 

同時刻 同テラス

 

 

 皇女レミールは、始めのうちは怒りと恐怖で動けずにいた。

 テラスの床に座り込んでいた。

 今は護衛のドワーフが持ってきた椅子に座っている。

 

 ジローという男、どこからともなく、容器を出して勧めてきた。

 だがレミールは食欲がなかった。

 

「蛮族の食べ物などいらぬ!」

 

 男はさらに鉄瓶と四角い小さな台を出した。

 そこに不気味な青い火が現れる。

 

「ま、魔導炉!」

 

 この男も魔導師なのか!

 

「これはガス焜炉……」

 

 男が説明を始めたがレミールは聞く気はなかった。

 

 魔導師か!

 だから兵士達の銃を奪えたのか!

 

(ええい、それにしても皇都防衛隊は何をしているのだ!)

 

 早く助けに来い!

 わたしがどうなってもいいというのか!

 

(まだ気付かないのか! それとも、み、見捨てられた?)

 

 現れるのはこいつらの仲間ばかり。

 

「……皇帝陛下は普段はパラディス城で仕事しておられるそうですよ。そうですよね? レミール殿下」

 

 突然話しかけられて、レミールはふと我に返る。

 どこかで見たような格好をした、それでいてどこか品のない男が、得意満面な表情を浮かべていた。

 

(おのれ、得意気な顔をしおって!)

 

「そんなことは皇都民なら誰でも知ってる! 自慢にならんわ」

「どうやら間違いないようです」

「なっ」

 

 こいつ! カマを掛けたのか!

 

(おのれおのれおのれ!)

 

 だが今は何もできない。

 逃げようとすれば、あのドワーフ女に殺されるかもしれない。

 助けを叫んでも同じだろう。

 

(わたしはどうしたらいいのか……)

 

 気持ちが沈んでいく――

 

「護送とは、あれでありますか?」

「そう、レミール殿下だよ」

 

 どれほど経ったのか。

 ふと自分の名前が聞こえて我に返る。

 

(ん? 護送だと!)

 

「なんだと! わたしをどうするつもりだ!」

 

 不意の怒りに突き動かされて、レミールは声を張り上げた。

 

「そなたの身柄をしばらく預かる!」

 

 エルフ女が冷たく言い放った。

 

(なんだと! おのれ! わたしを人質にするつもりか!)

 

「な、何をするつもりだ!」

「今から皇帝と直接交渉するのじゃ」

 

(皇帝陛下と直接交渉する?)

 

 いったい何を言ってる!

 

「陛下と交渉だと! そんなことができると思っているのか!」

 

 お前たちのような蛮族が、恐れ多くも偉大なるルディアス陛下にお会いするだと!

 

「別に連邦軍が乗り込んでも良いのじゃが、われらと部下と護衛のみで乗り込む。これなら……」

 

 城に乗りこむ?

 まさか、パラディス城に乗りこむのか?

 

「パラディス城に乗り込むなど、そんなこと…軍が許さんぞ!」

 

 入れるはずがない!

 

「そうなのか?」

「眠らせる前に御者と少し話したんですがね。下の派手な馬車ならそのまま素通りできるそうです」

 

 確かにレミールの馬車なら止められることはない。

 それに気づき、レミールは憤然とする。

 

「な! わたしの馬車を悪用するつもりか!」

「借りるだけじゃ。そなたらの兵に壊されてもわれらは知らぬがな」

「なんだと!」

「それじゃあ、増援の護衛隊が来たら、もう一度打ち合わせだ。解散」

 

 おのれ…蛮族の女の分際で…!

 皇国を甘く見おって!

 

 ふん!

 

 陛下は皇国の柱だ!

 このわたしのように甘い御方ではない。

 

(陛下は必ずやこのエルフ女に目に物見せてくれるはず!)

 

 そして……きっと……

 

(……わたしを助けに来てくださる!)

 

 ズズー……

 

 そんなレミールの心を逆なでするように、テラスには下品な音が静かに響いてきた。

 

 ズズー……

 

 音のする方を見ると、ニムディスらが麺を啜っている。

 レミールはその光景を唖然として見つめた。

 

(お、音を立てて食べるとは下品なっ!……蛮族どもがっ!)

 

 その中にレミールの居場所はなかった。

 

 

 

同日 昼  岩場の海岸の草原の台地

 

 

 草原の台地には馬車道が通っている。

 枯れ草の草原には所々に新芽が芽吹き、春の到来を告げている。

 イノス達が岩場から草原の台地に降り立つと、道沿いに馬車がいくつも並んでいた。

 

 職員達がみんな来ていたようだ。

 テーブルが並んでいる。

 皆が動き回っている。

 白いクロスを掛け、食器を並べていた。

 

「あ、局長。パルソ次長! 局長がいらっしゃいましたよ!」

 

 若い職員がイノス達に気付き、パルソを呼んだ。

 

「これは何かね?」

「これはパルソ次長が手配するよう命じたものです。職員総出で出かけるなら、昼食を皆で取ろうと。近くのレストランに頼んで、持ってきてもらったんです」

 

 テーブルには大きな鍋が置かれ、湯気が春風に漂っている。

 パンが積まれた籠が置かれ、ワインの瓶が20本ほど並んでいる。

 なんだか職員達が、楽しげに動き回っている。

 いつもの職場から離れて、皆少し、はしゃいでいるようだ。

 

「ピクニックのつもりではなかったんだが…」

 

 イノスは苦笑した。

 

 いや、もしかして……

 

(職員達は敗北を感じつつも、無理に明るく振る舞っている?)

 

 イノスが改めて見回すと、確かにそんな風にも見える。

 

 ――ならば、せめて今はこのまま楽しませてやろう。

 

 結局、イノスが恐れていた飛行機械による爆撃はなかった。

 

(奇妙な敗戦。だが…これは…あれだな…)

 

 イノスには思い当たるものがあった。

 

 ふと、去ろうとするムーゲ大使が目に入り、慌てて声を掛ける。

 

「ムーゲ大使も一緒に食事をいかがですか? あそこでずっと魔写を撮っていたお仲間の方も」

「魔写?」

「あの手車を回していたのはお仲間なのでは?」

 

 岩場の袖で三脚を並べていた二人。

 一度チラリと様子を見たときに、一人が手車を回していた。

 糸車のように車輪が二つあるように見えた。

 おそらく魔写の類いなのだろう。

 

(どう考えても、あんなところで糸車を回すはずはないからな)

 

「ああ、電源が無くて…それはありがとうございます。確かにお腹がすいてきました。では、二人を呼んできます」

 

 ムーゲ大使が草原を歩いて行く。

 

 ムーゲ大使の話は非常に学ぶところが多い。

 この機会に、もっと聞いておきたい。

 時々意味が掴みづらいこともあるが…

 

 列強第2位のムーと、第4位の皇国。

 

「10年もあれば追いつける」――これまで、そんな言葉を何度も耳にした。

 もちろんイノスはそんなことは信じていなかった。

 だがそれでも……今日、思い知った。

 

(――その差は、想像以上に大きいじゃないかっ!)

 

 トルキナ連邦の力には、ただ圧倒された。

 

(とにかく凄かった……)

 

 そして同時に……

 

(ムーゲ大使の反応にも、驚かされた!)

 

 確かにあの“誘導噴進弾”への驚き振りは、我々とさして違わなかった。

 だが“砲撃でワイバーンロードを撃ち落とす”ことには――

 

(まったく驚いてなかった!)

 

 驚いていたのは“命中率が高い”ことに対してだった。

 

 ムーゲ大使と話していた際に、何かが引っかかっていた。

 彼の“職業上の感覚”が見逃さなかった。

 だからイノスはその“引っかかり”の原因を考え、見つけたのである。

 

 つまりムーは――

 

(ワイバーンロードを撃ち落とせる!)

 

 皇国軍には到底できないことだ!

 ワイバーンロードはおろか、ワイバーンですら撃ち落とせない。

 陸軍が対空魔導砲の研究をしているという噂はあるが、それが事実だとして、果たして完成するのはいつになることか…

 

(この差は大きいっ!)

 

 今日ムーゲ大使から聞いた話は大いに役立つに違いない。

 国家戦略局の今後にとっても。

 そしてもちろん……

 

(わたしの保身と出世にとっても!)

 

 ――皇国が残っていればだが……

 

「そういうわけだが三人増えても大丈夫かね、パルソ」

 

 ふと気付くと、パルソが傍に来ていたため、声を掛けた。

 

「ええ、余裕ありますから。局に残った職員もいますので」

「そうか」

 

(爆撃されたら命はなかったぞっ。まったく!)

 

 ――なくて良かった。

 

 トルキナ兵が空を飛んで戦列艦に乗り込んでいった。

 そして一つずつ国旗が降ろされ、連邦のものと思われる旗が次々と翻っていき、帆が下ろされてしまった。

 

 ムーゲ大使も困惑していた。「随分と手加減しているようだ」と。

 

(お、ムーゲ大使がお仲間を連れてきた!)

 

「紹介します。外交官のセリドと、駐在武官のロスランです。二人とも、こちらは国家戦略局で局長をしておられるイノス殿だ」

「セリドです。ご招待ありがとうございます」

「ロスランです。いやあ昼食はどうしようかと思っていたところでして。助かります」

 

 二人とも陽気な男のようだ。

 

「イノスです。二人ともずっと撮影しておられて、お疲れでしょう。パンとシチューとあとワインがありますので、どうぞ」

「あ、ありがとうございますっ」

「やあ、どうもありがとうございます」

 

 二人の顔に笑顔がはじけた。

 それを見て、イノスもなんだか嬉しくなった。

 

(誘って良かった)

 

 素直にそう思った。

 

 イノスは思っていた以上に空腹だったのか、いつもと同じパンとシチューのはずなのに、美味しく感じた。

 気がつけば、あっという間に平らげて、一息ついていた。

 

 ふと、シチューを美味そうに食べている男が目に入った。

 

(ムーの駐在武官か…)

 

 武官ということは、大使と違い、軍人だ。

 この戦いをどう見たのか気になるな。

 

(きっと何か有益な情報を得たに違いない! 話を聞きたい!)

 

 イノスは武官の隣の席に移り、しばらく観察した。

 

(本当に美味そうに食べてるな。邪魔しちゃ悪いかな)

 

 そう思いつつも、タイミングを見計らって声を掛ける。

 

「駐在武官殿」

 

 ロスランの目だけがこちらに向き、視線が重なる。

 イノスは尋ねた。

 

「ロスラン殿はトルキナ連邦の戦いをどうご覧になりましたかな?」

 

 ロスランの手が止まった。

 





次回の更新日は未定です。
今のところは週末を目指しています。
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