トルキナ連邦召喚   作:mogatoku

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22 皇帝の威厳 ―― ルディアスvsニムディス

同3月6日 昼過ぎ

 パーパルディア皇国 皇都エストシラント

  パラディス城 〈皇帝の間〉

 

 皇帝ルディアスの執務室は〈皇帝の間〉と呼ばれている。

 高い天井には光が差し込み、床には絨毯が敷き詰められている。

 壁には先代と先々代の皇帝の肖像画が飾られ、ルディアスの仕事ぶりを見つめているかのようだ。

 

 ルディアスは昼食を終え、仕事に戻っていた。

 皇帝の執務机は壇上に置かれている。

 

(詳しい作戦は聞いていないが、そろそろ決着がつく頃だと思うが……)

 

 実は報告を待っているのである。

 

 朝から砲声が鳴り響いていた。

 部屋に集まった重臣達の表情は、どこか落ち着かない。

 彼らも報せを聞くために集まっている。

 国家戦略局のイノスだけが来ていないが、観戦のために海岸に向かったらしい。

 

(仕事熱心なのか、物見遊山なのか…)

 

 昨晩、この部屋から追い出したから、顔を見せられないのかもしれん。

 まあいい。

 後で海軍の戦い振りを皆の前で報告でもさせれば、仕事ということにしてやれるであろう。

 

「失礼します!」

 

 声の主に目をやると、皇国軍総司令官を任せているアルデであった。

 その声は心なしか重く、足音はどこか焦っている。

 

(ようやく来たか)

 

 重臣たちに安堵の空気が流れる。

 皆、朗報を待っていたのだ。

 

(ん? どうした?)

 

 アルデの表情がどこかおかしい。

 まるで困っているような表情だ。

 いったいどうしたのか……

 

「報告いたします」

 

 声が何やら重苦しい。

 

「攻撃に参加した我らが皇国海軍の艦船346隻が、全て敵に制圧されたとの報告がありました。全ての軍艦の旗は降ろされ、トルキナ連邦の艦隊の掲げる旗と同じ物に差し替えられた模様であります!」

 

(ん? どういうことだ?)

 

 ルディアスは一瞬、意味が判らなかった。

 だがそれは一瞬に過ぎなかった。

 

(皇国海軍に敵の旗が掲げられている?)

 

 その意味するところは――

 

「何だと! もう一度言え!」

 

 ルディアスは声を荒らげた。

 声が高い天井に反響し、歴代の皇帝の肖像画を震わせたように感じた。

 

「はっ、攻撃に参加した皇国海軍全346隻は、乗り込んできた敵に制圧されました」

 

 報告は冷や水のように降りかかった。

 

(な……)

 

「また、竜母から飛び立った竜騎士隊は9割が敵艦砲の餌食となり、1割は帰還または陸上に退避しました」

 

(竜騎士が壊滅……?)

 

「皇都防衛隊の竜騎士団が支援に向かいましたが、第15、16、17竜騎士団は全滅、第18、19騎士団は何もできずに撤退しました」

 

(な……精鋭たる皇都防衛隊の竜騎士団が……半分以上やられた……だとおっ!)

 

 ダン!

 

 ルディアスは拳を執務机に叩きつけると、重厚の木製の天板の音が、部屋全体を震わせた。

 報告したアルデの肩が一瞬震え、聞き耳を立てていた重臣達の表情が青ざめていく。

 

「作戦は失敗しました…」

 

 かすかに震えた声が、アルデの苦しみを伝えている。

 

(作戦失敗どころではない! 大敗ではないか!)

 

 ルディアスは憤怒を目に込めてアルデを睨み付け、低くうなるように尋ねた。

 

「レミールはどうしている?」

 

 アルデの眉が申し訳なさそうに垂れ下がる。

 

「れ、レミール殿下は今朝、例のエルフ女を『皇都ホテル』から連れだし、海岸沿いの別邸に入りました。殿下の指示で兵士20名が随行し、そのまま屋内に待機することになっておりましたが、特に動きがあったとは聞いておりません」

「そうか。ならばすぐに連絡せよ。エルフ女を捕らえよとな」

 

(エルフ女はトルキナ連邦の使者。王族だとも噂されている。そやつを捕らえれば、敵の戦意もくじけるだろう)

 

 アルデが返事する前に、女の声が割り込んできた。

 

「恐れながら申し上げます、陛下!」

「なんだ! エルト!」

 

 エルトが前に進み出て、頭を下げた。

 

「現在、港は完全に無防備なのではないでしょうか。わたしは軍事に疎いので、軍がどうすべきなのかはわかりかねますが、このままでは敵が上陸してくるのではないかと心配です」

 

 エルトの言葉にすぐに我に返る。

 

 確かにそのとおりだ。

 このままでは敵が皇都に雪崩れ込んでくる。

 レミール達は海岸にいる。エルフ女を捕らえても、すぐに取り返されてしまうだろう。

 

(さすがエルトだ)

 

 男どもが黙っている中で、確かな判断をする。

 

(やはり抜擢した余は正しかった)

 

 先日「エルトは軍事に疎い」と笑ったことを気にしているようだが、やはり頼りになる臣下だ。

 

「アルデ!」

「は!」

「至急、皇都防衛隊に港と海岸を守らせよ。奴らを上陸させ――」

 

 その時、ルディアスの声は遮られた。

 

「報告いたします!」

 

 文官の一人が慌ただしく駆け込んでくる。

 顔には明らかに困惑と動揺が表れていた。

 

「なんだ!」

「は! トルキナ連邦の使者が来ております。恐れ多くも陛下と直接話がしたい、停戦と捕虜返還の条件を直接伝えたい、いらぬと言うなら軍艦も捕虜も全部持って帰る、と、エルフの女が申しております」

 

 文官が一気にまくし立てるように報告した。

 

 ――エルフ女が来ている?

 

 城まで来るには、まず城門を通過する必要があるはず。

 

(なぜ城まで入り込める? 門番は何をしている?)

 

 ルディアスは不審に思うが、すぐに頭を切り替える。

 今はエルフ女のことだ。

 

(こうなれば仕方あるまい。いや、これはある意味、好都合だ!)

 

 ルディアスは即断した。

 

「わかった。〈謁見の間〉に通せ。余はすぐに向かう」

「陛下!」

 

 窘めるような声を上げたのは、帝前会議の議長を務める男である。

 

「いきなり押しかけてきた無礼者とお会いになることには賛成しかねます」

 

 そんな議長に、ルディアスは自分の考えを話す。

 

「わざわざエルフ女の方から出向いてきたのだ。話によっては捕らえてしまえば良いではないか。おい、近衛兵一隊を待機させよ! 銃を撃てるようにしておけ!」

「は!」

 

 近衛兵に命じると、臣下の一人が不安の声を上げる。

 

「れ、レミール殿下はどうなったのでありましょうか?」

 

 第2外務局長のリウスである。するとエルトが考えを述べる。

 

「攻撃失敗を目撃なさって、殿下は気を落とされておられるのではないでしょうか」

 

 レミールは敗戦の衝撃で、何もできなかったか……

 

「もし人質に取られでもしたら…」

 

 そうつぶやくエルトの心配を打ち消すように、ルディアスは声を張り上げる。

 

「その時は、こちらも人質に取れば良い! 栄えあるパーパルディア皇国が下手にでてはならぬ!」

 

 ルディアスは勢いよく立ち上がり、歩き始めた。

 

「はっ」

 

(一度の敗戦で、奴等の思うようにされてたまるか!)

 

 ルディアスは〈謁見の間〉へと歩みを進めた。

 

 

 皇帝専用の扉をくぐると、そこはいつもと変わらぬ“皇国の威厳”を放っている。

 高い天井、赤い絨毯、玉座の背後に掲げられた皇国の紋章。

 そのすべてが、ルディアスの皇位の正統性を示し、皇帝の威厳に花を添えていた。

 

 だが今日はなぜか違って見える。

 どこか不穏な気配が漂っていた。

 

 臣下用の扉から重臣たちが姿を現した。

 皆、不安な表情を見せている。

 その足音は絨毯に吸い込まれ、不穏な雰囲気をかもし出している。

 

 ――何かが壊れようとしている…?

 

 そんな予感がする中、ルディアスは自分を奮い立たせる。

 

(壊れようとしてる…だと?)

 

 ――そんなことはありえぬ!

 

 17歳で即位して10年。

 皇国の版図はさらに拡大を続けている。

 

(余は皇帝ルディアスである!)

 

 いずれ世界を統べる皇帝となる男だ!

 

“待て! 謁見は3名のみだ! 他は認められない!”

 

 衛兵が止める声が響いてきた。扉の向こうからだ。

 衛兵達は、宮廷のしきたりを守らせようと抗っていた。

 

“認められる必要はない。こちらは捕虜を預かっておるのじゃ。かまわぬ。全員で乗り込むぞ。付いてくるがいい”

 

 だが、押し寄せる波は、止まることを知らなかった。

 大きな扉が勢いよく開いた。

 

(な…あの重い大扉が…)

 

 いつもは衛兵が体重を掛けてゆっくり開けている重い大扉が、まるで個室の小さなドアのように軽々と開けられたのだ。

 静けさが一瞬の風とともに、吹き飛んだ。

 

 ドタドタドタドタ

 

 異国の一団が足を踏みならす音で、突然騒がしくなった。

 押しとどめようとする衛兵に、さらに室内に控えていた2名も加勢する。

 しかし、軽く押しのけられ、両脇に放り出され、床に転がった。

 

(なんと無礼な!)

 

 ルディアスの内心に怒りが沸き起こる。

 

(宮廷のしきたりをなんと心得る! 蛮族めが!)

 

「そこにおるはエルト殿ではないか」

 

 絨毯を踏み荒らす異国の一団の中心に、その女はいた。

 銀色の髪が頭の輪郭に沿い、後ろでまとめられている。

 丸い額と尖った耳。

 異種族の女だ。

 

「そなたの主君にわらわを紹介してはくれぬか?」

 

 青みのある銀色の目が微笑むように細くなった。

 エルトがルディアスに物問いたげに視線を向けてくる。

 ルディアスが「かまわぬ」と軽く頷いてやると、エルトが恐る恐るといった調子で一歩前に出た。

 

「陛下、こちらはトルキナ連邦の使者でニムディス・オーレノン・コーワ殿です」

 

(やはり、話に聞くエルフ女だったか)

 

 挑みかかるような目。いかにも蛮族の女という顔をしている。

 

「ニムディス殿、こちらにおわすは万邦にその名を轟かすパーパルディア皇国が偉大なる皇帝、覇王にして思慮深き君主、ルディアス陛下にあらせられます」

 

 エルトが震える声で定型の紹介を終えた。

 だがエルフ女は玉座の意味などまるで知らぬかのように、頭も下げない。

 それどころか、明け透けにこちらに目を向けている。

 

「ルディアス帝よ、ようやく会うことができて恐悦じゃ。できればもう少し友好的に対面したかったがな」

 

(皇帝に向かい、なんたる図々しい態度だ!)

 

 重臣達が当惑の表情を浮かべる中、一人が声を上げた。

 

「な! 無礼だぞ! 文明圏外の辺境国の使者の分際で!」

 

 帝前会議の議長を務める男だった。

 

(議長の反応は当然であるが、今は良い)

 

 ルディアスは片手を上げ、議長を黙らせた。

 

(用件だけ聞けば、用済みだからな)

 

「よい。それで余に話があるとのことだが、さっさと話せ」

 

 そう命じてやると、ニムディスはふてぶてしくもこちらを見据える。

 

「まず停戦するか? それとも戦闘を継続するか? 決めよ!」

 

 ニムディスが当然であるかのように皇帝ルディアスに命じ、口元に笑みを浮かべた。

 

(な……こやつ……!)

 

「こちらは軍艦346隻と乗員約20万人を捕虜としておるのじゃが、今停戦すればそのまま返還してやってもよいぞ」

 

 まるで許すのは自分の方だといわんばかりの態度だ。

 

「ただし皇国の軍艦1隻につき黄金20キログラム、人員1人につき黄金40グラムを支払ってもらうがな。それでどれくらいになる?」

「約14,920キログラムです」

 

 ニムディスの問いに、従者と思われる女が合計を述べた。

 

「重さの単位はこの鉄塊じゃ。それで軍艦と捕虜を返還してやろう」

 

 すると従者と思われる男が、後ろから現れ、鉄の塊を絨毯の上に置いて行く。

 

「こちらは100グラム、1キログラム、10キログラム、100キログラムの重りです」

 

 床に置く度に音が大きくなっていく。

 こちらの答えも聞かずに話を進め、商談のように重りを置いていく異国の一団。

 

 謁見の間にあるまじき異質な光景だった。

 臣下の誰もが言葉を失っている。

 誰も「100キログラムです」と言いながら、片手で軽々と扱う男の奇妙さに気付かない。

 

 ニムディスが冷ややかに続けた。

 

「次に、わらわに銃撃した件の慰謝料じゃが…それはロウリア王国への債権で許してやろう」

 

 まるで些末な事務処理を片付けるように話す。

 

「ロウリアへの債権? それは何だ?」

 

(イノスが話していた支援のことか?)

 

「なんじゃ? 聞いておらぬのか? 国家戦略局じゃったか? そこがロウリア王国に貸し付けておる資金のことじゃ。その債権を慰謝料としてわが連邦政府に引き渡してくれれば、回収はこちらでしようというのじゃ。どうせまともに回収などできぬのであろう?」

 

(やはりイノスの件か)

 

 上手く行けば手つかずの資源が手に入るという。

 

(ふん。答える必要などあるまい!)

 

「用件はそれだけか?」

 

 済んだらこちらの番だ。

 だがエルフ女は続けた。

 

「次にレミール殿のことじゃが」

 

 身近な名前に、ルディアスは思わずうなるように声を荒げる。

 

「レミールだと? 貴様! レミールに何をした? どうするつもりだっ!」

 

 ルディアスの怒声が、まるで単なる質問であったかのように、ニムディスは淡々と答えた。

 

「わらわを人質にしようと銃兵に銃撃させてきたゆえ、捕らえた」

 

 レミールは何もしなかったわけではなかったか。

 このエルフ女を捕らえようとして失敗したのだ。

 

(ええい! 兵士どもは、いったい何をやっておるのだ!)

 

 失敗なぞしおって!

 

「身代金と慰謝料の支払いの完了と共に引き渡そう。それまでは、こちらで預かる」

 

 パーパルディア皇国の皇族の一人を、高貴なる血筋の皇女を、まるで単なる質草として倉庫に預かると告げるように、エルフ女が通告した。

 

(おのれ! 卑劣なっ!)

 

「皇族を人質に取るつもりかっ!」

 

 ルディアスは怒声を上げた。

 だが重臣達は唖然とした表情のまま、一言も発する様子がない。

 蛮族の女の無礼に呆れて物も言えぬようだ。

 

「友好的に話し合いに来た我らを突然襲撃するような野蛮な国には、妥当な対応であろう」

 

 ニムディスの青みがかった銀色の目には同情のかけらも見られない。

 どこまでも冷ややかな異種族の目だ。

 皇族の女を人質にすることに何の痛痒も感じていないことが、明白に表れている。

 

(おのれ! やはり蛮族! 人の心はないのか!)

 

「あと尋ねたいことがあるのじゃがな」

 

 ニムディスがそう言って物問いたげな目で見てきた。

 

「なんだ?」

 

 何を聞くつもりだ!

 

「なぜ我らを襲撃した? 我らが何をしたというのじゃ」

 

(な……!)

 

 その問いにルディアスの心は動揺してしまう。

 重臣たちの周囲も、まるで空気が凍り付いたようになっている。

 誰もが表情をこわばらせていた。

 

「そ、それは…」

 

 貴様が「アルタラス王国を紹介して欲しい」と言ったからだ。

 アルタラス王国魔石鉱山を貴様等に取られるわけにはいかないからだ。

 今のうちに貴様等の戦力を削いでおきたかったからだ。

 なにより、港に陣取る貴様等の艦隊が邪魔だったからだ。

 

 だがこれらの理由はいずれも『大義名分』とはならない。

 口にすれば、パーパルディア皇国の威信を損ないかねない。

 

 さすがのルディアスもそこまで厚顔無恥ではなかった。

 

(くそ…)

 

 言葉に窮して、ごくりと喉を鳴らしてしまう。

 ルディアスは助けを求めるように重臣達に目を向ける。

 だがある者は目をそらし、ある者は目を伏せ、誰も助け船を出そうとする者はいなかった。

 

 ルディアスは悩む。

 

(特にアルタラス王国の鉱山。これが問題だ)

 

 こやつらに話せば、先を越されかねない。

 

「…機密だ」

 

 苦しい声に言い逃れの響きが混じってしまう。

 

 ふと居並ぶ臣下の列にいる一人が顔を上げた。

 エルトが何か言いたげな目を向けている。

 ただ、その口は押し黙ったままである。

 

 それでも余は皇帝だ。

 

 ――皇帝の威厳は保たなくてはならぬ。

 

 それを見てニムディスが肩を軽くすくめた。

 

「ふむ。では聞くまい」

 

 自分から尋ねておきながら、回答がなくとも気にしないという態度にルディアスは苛立つ。

 

(こ、こやつ…!)

 

 まるで皇国の意思など、どうでも良いという態度ではないか!

 

「こちらからの話は以上じゃ。どうじゃ? 停戦に応じるか?」

 

 用件を聞き終えたルディアス。

 先の問いで一瞬冷めた怒りが、再びふつふつと湧き起こる。

 

(おのれ…!)

 

 謁見の間を集団で踏みにじる無礼!

 商売のごとく余に支払いを要求する不遜!

 皇族を人質とする不敬!

 

 ――これだけでも万死に値する! 

 

(こやつらには容赦は無用だ!)

 

 ルディアスは決断する。

 いや、すでにしていた。

 

「貴様は、無事に此処を出られると思っているのか? 近衛兵!」

 

 ルディアスは声を張り上げた。

 銃剣を持った近衛小隊が〈謁見の間〉に突入してきた。

 ルディアスから見て、右に並ぶ重臣たちの前に掛け足で割り込み、そのまま一列に並んでいく。

 すぐに、ルディアスの正面に陣取るトルキナ連邦の一団に向け、一斉に銃を構えた。

 左側に居並ぶ重臣たちは、慌てるように走り去った。

 

「愚か者め。わざわざ乗り込んでくるとは! “地竜の口に餌を求める野ねずみ”とは、貴様のことだ!」

 

 壇上から嘲笑の視線で見下ろしてやる。

 エルフ女の従者達が、近衛兵の魔導銃の前に立ち塞がるように並ぶ。

 ルディアスは歪んだ勝利の予感にほくそ笑む。

 

「そこのエルフ女を捕らえる! それ以外は殺してもかまわん!」

 

 ルディアスの声は謁見の間に力強く響き渡った。

 張り詰める空気。

 

(ん?)

 

 エルフ女を見ると、銃を見てもひるむ様子がない。

 それどころか挑発的な笑みを浮かべている。

 

(こやつ…まさか銃を知らないのか?)

 

「ほう。わらわを捕らえようというのか。それでどうするつもりじゃ?」

 

(無知な蛮族が!)

 

 ニムディスの余裕の表情に、ルディアスは動揺を見せずに堂々と宣告してやる。

 

「決まっておろう! 人質にするのだ! 捕虜とレミールを返してもらうためのな」

 

 だがルディアスは内心、苛立ちを覚えずにはいられない。

 

(このエルフ女は自分の置かれた状況が分かってないのか)

 

「やはり痛い目に遭わねば、銃の恐ろしさが分からぬようだな」

 

 するとニムディスが笑い出した。

 

「アッハッハッハ。さような豆鉄砲でこやつ等が死ぬわけなかろう。アッハッハッハ」

 

(な…! 何がおかしい!)

 

「レオナ、まず銃弾を防いで」

 

 高笑いしているエルフ女の、そのすぐ後ろに控えていた長身の男が、それまでの沈黙を破って、口を開いた。

 それに応じて、白い軍服の女が手を上げた。女にしては大きな体格に、上品な軍服を纏った中年の女だ。

 

「は! 護衛隊は銃弾を防いだ後、制圧せよ」

「「「は!」」」

 

(おのれ! 応戦するつもりか!)

 

 ルディアスは即座にそう判断し、命令を発した。

 

「かまわん、従者どもを撃て!」

「撃てえっ!」

 

 近衛隊長の声とともに、魔導銃が一斉に火を噴いた。

 

 ババババーン!

 

 銃声が高い天井に反響し、火薬の匂いが充満する。

 部屋に充満する煙。

 その中に淡い光が見える。

 その左側には、エルフ女が悠然と笑みを浮かべていた。

 

(何の光だ? いつの間に現れた?)

 

 次第に消えていく煙

 するとそこには――

 

(な…)

 

 誰も倒れていなかった。

 銃弾はエルフ女の従者どもを一人も傷つけてはいなかった。

 あちこちに半透明の壁が立ちならび、淡い光を放っている。

 

(ま、まさか…銃弾を防いだ?)

 

 心に湧き上がる焦燥に駆られるように、ルディアスは怒鳴り声を上げる。

 

「何をしてるっ! とっととエルフ女の従者どもを討てえっ!」

 

 近衛隊長があわてて命令を発する。

 

「突っ込めえ!」

 

 近衛1個小隊が銃剣を構えて、走り出した。

 その先に目をやると半透明の壁が瞬時に消えた。

 次の瞬間、エルフ女の従者達がいっせいに動き出した。

 次々と近衛兵に向かって跳びかかっていく

 

 両者が激突した瞬間、たちまち銃剣が弾き飛ばされて宙を舞い、兵士達の腕がちぎれんばかりに跳ね上げられた。

 

「うわああ!」「ぎゃああ!」

 

 近衛兵達から悲鳴が上がる。

 瞬く間に全ての銃剣が床に転がり、敵の従者どもに拾い上げられた。

 

「よし、眠らせよ!」

 

 白い軍服の女が声を張り上げた。

 

「「「眠れ!」」」

 

 まるで合唱のように、20人ほどの声が響いた。

 近衛兵達がバタバタと倒れていく。

 

「な、何が起こっている!」

「銃弾を防いだだと!」

「銃剣がはじけ飛んだ!」

「こいつら化け物か!」

 

 ルディアスの臣下たちが口々に驚きの声を上げている。

 

「こ、近衛兵が…やられてしまうとは…」

 

 アルデが狼狽しているが、信じられないのは、ルディアスも同じだ。

 

「近衛兵をもっと呼んでこい!」

 

 そう命じると、すでに部屋の奥に下がっていたアルデが入場口に振り返った。

 

「衛兵! おい、とうした! 衛兵!」

 

 アルデの声に、入場口の方に目を向けると、大扉の周りには、この〈謁見の間〉の衛兵達が倒れていた。

 

「衛兵が倒れてる!」

 

 その時、大扉がゆっくりと開き始めた。

 

(銃声に驚いて誰かが様子を見に来たか。ちょうど良い。増援を呼びに行かせよう)

 

 ルディアスはそう思った。

 それを見たアルデが大扉に向かって歩き出す。

 

「ちょうど良かった。おい、近衛兵を呼んでこい!」

 

 大扉の隙間から男が現れた。

 それは衛兵でも侍従でも文官でもなかった。

 御者だった。

 

(なぜ〈謁見の間〉に御者が?)

 

「御者か! ここはお前のような身分の者が来る所じゃ…まあいい! おい御者! 待機所にいる近衛兵を呼んでこい!」

「ええ? わたしがですか?」

 

 御者が驚いた様子を見せてから、後ろを振り返り、声を掛けた。

 

「近衛兵の待機所があるそうですよ」

 

 大扉の隙間から、さらに軍服の男が現れた。

 ここにいるエルフ女の従者達と同じような軍服だ。

 

「な…」

 

 アルデが歩みを止め、後退る。

 軍服の男が声を張り上げた。

 

「スラトシャール隊長! 周囲の者は全て眠らせました! 待機所の近衛兵はこちらで警戒しておきます」

「ごくろう! ニールセン中将!」

 

 返事をしたのは、軍服姿のダークドワーフの女だった。

 そこにアルデが怒鳴り声を上げた。

 

「おい御者! 貴様、裏切ったのか! それとも間者なのか!」

 

 すると御者が大げさに両手を振った。

 

「いえいえ。どちらでもありません。この服はさっき拝借したんです。持ち主は今頃、海岸にある立派な建物で眠っています。なんでも、皇族の馬車の御者だそうですよ」

 

 ルディアスは理解した。

 

「レミールの御者の服か!」

 

(レミールは本当に囚われたんだな! そして御者も囚われ、服を奪われた…)

 

 ルディアスは改めてレミールが捕まったことを思い知る。

 

「それじゃあ、わたしらは廊下にいますんで」

 

 御者がそう言って一礼し、軍服の男とともに立ち去った。

 

「うむ。これで、しばらくは静かに話ができるな」

 

 エルフ女が満足げに頷いた。

 ルディアスの重臣たちはというと――動揺を隠せない様子だ。

 

「銃を防いだぞ」

「近衛兵がやられた」

「な、なぜ銃が通じない?」

「倒れたまま動かないぞ」

「死んだの?」

「何が起きてる?」

「ここにいては危ないのでは?」

 

 皆、口々につぶやき、狼狽している。

 その様子を見たニムディスが呆れたように言った。

 

「防殻魔法を知らぬのか? さような豆鉄砲くらい防ぐのは当たり前であろう」

 

 まるで、大人はこれくらいできるものだとでも言いたげな言葉だが、その声は有無を言わせぬ響きがあった。

 

(防殻魔法だと?)

 

 ――ミリシアルの魔導具か?

 

 ルディアスは動揺しつつも頭を巡らせていた。

 

「殺してもおらぬ。眠っておるだけじゃ。心配は要らぬ」

 

(眠らせただと! そんなことができるのはミリシアルの魔導具に違いない!)

 

「おのれ! ミリシアルの魔導具を隠し持っていたのか!」

 

 こやつら、やはりミリシアルに関係があったか。

 

(ミリシアル公使め! 騙したな!)

 

“トルキナ連邦という国は聞いたことがありません”などとウソをつきおって!

 

 動揺と憤りに吹き荒れるルディアス。

 事態に混乱する臣下達。

〈謁見の間〉は混沌とした様子を見せ、皇帝の威厳は力を失いかけている。

 

 そこに、場違いな程に落ち着いた声が響いた。

 

「あの――」

 

 ニムディスの後ろに控えていた男の声だった。

 





次回の更新は明日の予定です。
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