トルキナ連邦召喚   作:mogatoku

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23 現実と真理の御前(ごぜん) ―― ジローとニムディスの追い込み

 

 混沌とする〈謁見の間〉。

 そこに、場違いな程に落ち着いた声が静かに響いた。

 

「あの、わたしが発言しても?」

 

 近衛兵の突入時に、エルフ女の配下に一言だけ指示を出していた男だ。

 

「なんじゃ? ジロー。遠慮せずに発言せよ」

「はあ、では」

 

 そう言ってその男は前に出てきた。

 上半身だけのガウンの様な上着と、スカートと見間違えそうなズボンを履いている。

 その下は靴下のような黒いブーツだ。

 

「わたしはニムディスの同僚でジローと言います」

 

(同僚だと?)

 

 配下ではないのか?

 どういうことだ? 

 

 と考える間もなく男は声を張り上げた。

 

「後ろに下がっている臣下の皆さん! どうぞ、そんなに遠慮なさらずに、元の位置にお戻りください」

 

 そう言って男が大きく手招きする。

 銃弾を避けるために後ろに下がっていた左列の重臣達が、顔を見合わせている。

 

「そこでは話が聞こえづらいでしょう? こちらからは何もしませんので、こちらへどうぞ!」

 

 重臣達がそろそろと歩き始めた。

 しばらくすると、玉座から見て左側の臣下の列も元通りになった。

 右側もまた、兵士達が倒れたままだが、重臣達はそのまま並んでいる。

 それに満足したのか、ジローと名乗った男は切り出した。

 

「ルディアス陛下、及び臣下の皆さんにお尋ねします」

 

 まるで、ついさきほどの混乱などなかったような調子で話している。

 

「今朝の戦闘で我が連邦軍の死者が何人出たのか、ご存じですか?」

 

 突然、その場が落ち着きを取り戻したような空気の変化。

 臣下達が困惑の表情で互いに顔を見合わせる。

 

「知るわけがなかろう!」

 

 そう叫んだのは最高司令のアルデだ。

 その声の意味するところは明らかだ。

 

(ことさらに被害を叫び立て、その賠償金も払えと要求するつもりか!)

 

 そのような声に聞こえたのは、ルディアスも同じ思いだったためか。

 するとジローが静かに口を開いた。

 

「連邦軍の死者は――ゼロです」

 

(へ?)

 

 ルディアスは予想外の言葉に一瞬理解できなかった。

 そして理解すると思わず驚きの声を上げようとして、喉が詰まる。

 

「なっ…!」

 

 ――なんだと?

 

 重臣達も凍り付いている。

 男は軽い調子で続けた。

 

「まあ、ケガ人が8名ほど出ましたがね、死者はいません」

 

(そ、そのような戯れ言!)

 

 ――到底、受け入れられぬ!

 

 ルディアスはそんな思いを声に出す。

 

「ありえぬっ!」

 

(あれほど砲声が聞こえていたではないか!)

 

「一人も死なずに海軍を制圧したなど…仮にも栄えある皇国海軍だぞ! 一人も倒さずに降伏したとでも言うつもりかっ!」

「そのとおりですよ」

 

 男が飄々と答えた。

 

(バカな!)

 

「い、いったい海軍は何をやっているんだ!」

 

 その声は、皇国軍最高司令のアルデである。

 

「バルスめ! 役立たずの根性なしが!」

 

 忌々しげに海軍をなじっていた。

 だがルディアスは、そもそも認められない。

 

(皇国海軍が一人も討たずに制圧されただと? そんなバカなことがあって溜まるか!)

 

「余は信じぬぞ!」

 

 すると、ジローが言い聞かせるように問いかけてくる。

 

「今のを見ても信じられませんか? あなた方の銃では我々を傷つけることもできませんでしたよ?」

「そ、それは…」

 

 銃弾は“防殻魔法”なる魔法によって弾かれてしまった。

 

(そうか…)

 

 その事実の重みを、ルディアスはようやく理解する。

 

(こやつらの兵は銃弾を弾いてしまうのか…)

 

「貴艦隊制圧に際し、なるべくそちらの乗員を殺さずに制圧しましたが、飛竜を400体程撃ち落としました。これがそちら側の死者の大半を占めます」

 

 男はこちらの返事を待つことなく説明を始めた。

 

「バカな!」

 

(ワイバーンロードだぞ!)

 

 ルディアスは信じたくなかった。

 だが、これはすでにアルデから報告を受けていたため、信じるしかなかった。

 

「連邦軍は誰一人命を落とすことなく、半日で、飛竜約400体を撃ち落とし、軍艦346隻を制圧しました。その際、貴国の水兵11名が死亡したと報告を受けていますが、それ以外は負傷で済ませています」

 

(な…)

 

 ジローが信じられないことを次々とまくし立ててくる。

 

「いいですか? 味方の被害を出さずに敵の軍艦を制圧するのは、同じく味方の被害を出さずに敵の軍艦を撃沈するよりも、はるかに困難なのですよ。それでもこちらは死亡者なしで制圧しているのです」

  

 ジローの口調はまるで生徒に講義する教師のようだ。

 その後ろでは、ニムディスが愉快そうな笑みを浮かべ、何度も頷いている。

 

(く…おのれ…)

 

「ではここで問題です」

 

 ジローが本当に教師のような事を言い始めた。

 

「この調子であなた方の全陸海軍を制圧するとしましょう」

 

 その言葉に皆が息を呑む。

 誰もが後に続く言葉を恐れていただろう。

 

(いったい何をしてくるつもりなのか?)

(何を要求してくるのか?)

 

 ルディアスもまた不安に負けじと、男に向ける視線に力を込める。

 だが男が口にした言葉は、ルディアスの予想とは違うモノだった。

 きっと誰の予想とも違うものだったろう。

 

「果たして、こちらの死者は何人になるでしょうか?」

 

 は?

 な?

 な…

 

(何人になるか? だと?)

 

 トルキナ軍は一人も死ぬことなく、皇都に集めた大艦隊を制圧してしまった…

 それが事実なら…

 

「どんなに多く見積もっても、二桁で済むのではありませんか?」

 

 その言葉は〈謁見の間〉に静かに染み渡った。

 

(な…!)

 

 そしてルディアスは思った。

 ……いや誰もが、思ったことだろう。

 

 皇国全軍が戦っても、トルキナ軍の死者は100人にも満たない。

 

(下手をすると10人にも届かないのではないか?)

 

 一人も死ぬことなく、海軍を制圧したのなら。

 それが事実であれば。

 

”――確かにそういうことになりそうだ”と。

 

「仮にこちらの死者が90人になるとしましょう」

 

 空気が重く沈んでいく。

 まだ死者がいないにもかかわらず、それでも90人になるとは、かなり多く見積もっているのではないか?

 そう感じてしまう。

 

「その代わり、そちらは全陸海軍を制圧されます」

 

(う…)

 

 重臣達が愕然とした表情で、動かなくなっている。

 

「全陸海軍を失ってまでこの戦果を手にしたいですか?」

 

(く…)

 

 そんなわけがない…

 全軍を失って得た戦果が、敵兵90人では…

 しかもこれは多く見積もった数字だ。

 

(それでは、あまりにも皇国軍が報われぬ…)

 

 しかし、ルディアスはまだあきらめられない。

 

(だがそれを認めることは、敗北を認めることと同じ!)

 

 ルディアスは反論を絞り出す。

 

「…だが…こちらには地の利があるぞ!」

 

(そうだ! 地の利だ! 陸軍は簡単にはやられたりしないはずだ!)

 

 するとジローが首をかしげてきた。

 

「地の利なら、今朝の戦闘でも、今の戦闘でも、充分にあったのではありませんか?」

 

 その声には非難も嘲りもない。

 それはただ事実を確認するための問いかけだった。

 地の利なら二回ともあったのではないか、と。

 

「奇襲攻撃でしたよね? 特に今朝の攻撃には、完全に不意を突かれてしまいました。それでも、こちらは一人も死んでいませんよ?」

 

 完全に不意を突いたのに、一人も殺せなかった――だと?

 

「う…」

 

 ルディアスはその事実にうめくも、すぐに反論を思いつく。

 

(そうだ! 距離だ! こやつらの国は辺境! 皇国から離れているはずだ!)

 

「だが、補給…」

「補給についてご心配いただいているかもしれませんが、まったく心配は要りません。なにしろ連邦軍は、戦闘よりむしろ補給の方が得意なのです」

 

 予期していたとばかりに、ジローが自信たっぷりな様子で断言した。

 

「すぐにでも大量の物資を輸送できる体制を組めます」

 

 その表情を見ると、本当にそうなのだろうとしか思えない。

 

(誰か…誰か、反論を…)

 

 ルディアスは左右の重臣達に目を向ける。

 だが、誰もが当惑の表情を浮かべるだけで、口を開こうとはしなかった。

 その沈黙がルディアスをさらに追い詰めてくる。

 ルディアスは唇を固く結び、押し黙るしかなかった。

 

 ジローがその様子をじっと見つめてから振り返り、ニムディスに向かって頷く。

 ニムディスは愉快そうな表情からすぐに真顔に戻り、見据えるように力強い視線を向けてきた。

 

「どうじゃ? 停戦せぬか? 今なら偶発的な衝突として扱ってやる。さすれば、先ほどの賠償金に加えて、今の銃撃の慰謝料として多少の特権の譲渡で済むぞ」

 

 野性味のある視線でルディアスを追い込む。

 

「全面戦争となれば、そなたらの軍ではどうあっても連邦軍には勝てぬ。そなたらも戦死するか良くて収容所じゃ。国土もわが連邦の一部となるであろう」

 

 自分の優位を確信している目が、ルディアスは気に入らない。

 

(余はパーパルディア皇国の皇帝ルディアスだ。その余が、このような女に膝を屈するなど、受け入れられるか!)

 

 ルディアスは懸命に反論を絞り出す。

 

「なら、なぜそうしない! それほどに強いと言うなら、今すぐに我が皇国を征服すれば良いではないか!」

 

 停戦を求めるのは、征服する力がないからではないか?

 

(そうだ! きっと、そうに違いない!)

 

 ならば――

 

(ここで強気に出ても征服されないはずだ!)

 

 ルディアスはこの思いつきにしがみついた。

 

(余が下手に出る必要はない!)

 

「開き直ったか」

 

 ニムディスが心底呆れたという表情になった。

 

「では臣下の皆はどうじゃ? 皇帝が開き直って国益を害そうとしておるぞ。そなたらはそれで良いのか?」

 

 重臣達はみな押し黙っている。

 賛成の声も反対の声も出ない。

 

「まあ絶対君主国では君主に逆らえぬか」

 

 その様子を一瞥したニムディスが続ける。

 

「じゃが感情にまかせ、どうあっても勝てぬ相手にわざわざ戦いを挑み、祖国を滅亡させるような君主に、君主の資格があると思うか?」

 

 エルフ女が突然、君主の資格を問い始めた。

 

(お、おのれ! 余に資格がないと言うつもりか!)

 

「もちろん、負けると判っておろうとも、戦わねばならぬ時というのはあろう」

 

 ニムディスが理解を示すように一度頷き、また口を開いた。

 

「じゃが我らはそのような相手なのか?」

 

 そんなことはあり得ないと言わんばかりの問いかけだった。

 

「こちらは賠償金としての身代金と、慰謝料を求めておるだけじゃ。いまここで停戦するなら、そなたらを征服するつもりも、そなたらの家族を奴隷としてこき使うつもりも、まして殺すつもりもない」

 

 負け戦をする必要がない理由を並べ立ててくる。

 

「しかも捕虜20万と軍艦346隻を返そうとまで言うておる」

 

 その言葉がわずかに残った戦意をさらに、そして確実に奪っていく。

 

「そのようなカネで話が済む相手と、わざわざ滅亡覚悟で戦わねばならぬのか?」

 

 ニムディスは重臣達の方に顔を向け、さらに問いかける。

 

「もしさようなことを主張する君主がおれば、斬って捨ててでも諫めるのが、真の愛国者というものではないか?」

 

 な、な、なにぃ!

 

(こやつ…黙って聞いておれば…とんでもないことを!)

 

「貴様っ!」

 

 ルディアスは怒りにまかせて怒鳴りつける。

 

「余の臣下に謀反をそそのかすかっ!」

 

 するとニムディスは蔑むような視線をこちらに向けてきた。

 

「国が君主のためにあるのではない!」

 

 その声は高い天井からもこだまし、まるで天からの言葉であるかのように、鳴り響いた。

 

「君主が国のためにあるのじゃ!」

 

 その言葉はまるで雷鳴のごとく、広間に厳然と響き渡った。

 

(なっ…)

 

「君主のために国が滅ぶくらいなら、国のために君主が死ぬ方が良いと思わぬか!」

 

(なんだとっ!)

 

 そ、そのような危険思想を口走りおって!

 

 重臣の一人が反論を述べようとしたのか、わずかに口を開きかけたが、すぐに閉じて、何も言わない。

 その表情に浮かんでいるのは困惑か? 混乱か?

 そんな複雑な表情を見せている者は、一人や二人ではなかった。

 

(重臣達まで動揺しているではないか!)

 

「なにをバカなっ! 皇帝なくして皇国は成り立たぬわ!」

 

(皇国は皇帝あってこその国だ!)

 

 だが、ニムディスの目はどこまでも冷たい。

 

「別に皇帝はそなたでなければならぬわけではあるまい。まあ臣下の皆も死にたいというのなら、あるいは収容所で余生を過ごしたいというのなら、それでもかまわぬがな」

 

(こやつは…余に退位しろと言うつもりか!)

 

「貴様はまだ質問に答えていないぞ! ならなぜすぐに征服しないのかと」

 

(できないからしないのだろう!)

 

 ルディアスは挑むように睨み付ける。

 

「理由か」

 

 ニムディスの表情がふっと和らいだ。

 

「グラ・バルカス帝国の諜報員を捕らえてくれたことに対する礼じゃよ。わらわの言葉を信用して諜報員を捕らえてくれたのじゃ。そのことに感謝するのは当然であろう」

 

(礼だと?)

 

 礼で征服しないだと?

 

「じゃがこのまま戦闘を続けるというのであれば、話は別じゃ。すでに礼は済ませた。これからはもう殺さずに制圧などせぬぞ」

 

 それでは…

 それではまるで…

 

 ――皇国が温情を受けているみたいではないか…

 

 もはや反論の言葉が見つからなくなってしまった。

 ルディアスは力なく言った。

 

「皆で話し合いたい。時間をくれ」

 

 何も思い浮かばない。

 

(考える時間が欲しい…)

 

 だがそれさえも許さないとばかりにニムディスは告げた。

 

「なら1時間だけやる。その代わり連邦軍を上陸させる」

 

 ――じょ、上陸だと!

 

 その言葉はルディアスをさらに追い詰めていく。

 

「ま、待てっ。なぜ上陸させるのだ?」

 

 思わず声がかすれたのは、恐怖のためだった。

 

 皇都を占領するつもりか!

 

(そうなれば、もう交渉どころではないっ!)

 

「1時間あればそちらの軍を動かせるであろう。ならばこちらも動かすのが道理じゃ」

 

(こやつは何を言うのだ!)

 

「こちらは動かんっ。だから上陸は待ってくれっ!」

 

 その声はまるで悲痛な叫びのようになってしまった。

 するとニムディスは先ほどの男に顔を向けた。

 

「どうする? ジロー」

「そうですね。ならこちらは監視を入れましょう。もし動いた場合はその時点で捕虜20万人とレミール殿下が生きて皇国に戻ることはないと考えてください」

 

 ジローはまるで事務手続きを説明するように、飄々と恐ろしいことを言い放った。

 

(お、おのれっ! 何もさせないつもりか!)

 

「な、卑劣な!」

「そちらが先にニムディスを人質に取ろうとしたのでしょう? 自分たちを卑劣だと罵るのですか?」

 

 ジローの言葉は相変わらず事実を問いかけるものだった。

 

「くっ!」

 

 ルディアスはうめいた。

 返す言葉が見つからない。

 

「では今より1時間じゃ。始め!」

 

 ニムディスが容赦なく宣告した。

 ルディアスは玉座から立ち上がり、袖にある専用扉へと早足で向かう。

 重臣達も臣下用のドアへと向かっていった。

 






次回の更新は明日の予定です。
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