「最近まで戦っていた強大な敵というのは、どんな相手だったのですか?」
カナタは気を取り直すようにアラハエル殿に尋ねた。
「それは・・・この付近にいるのかどうかわかりませんが、千頭を越える人喰いドラゴンです。強力な魔力を持つ邪竜です。なにしろ連邦軍の魔法攻撃がまったく通じない怪物だったため、魔法に頼った軍は多くの犠牲を払いました。50年にもわたり戦い続けた結果、つい五ヶ月ほど前に人喰いドラゴンを殲滅したと発表がありました」
「人喰いドラゴン! それも千頭だと!?」
ハンキ将軍がまた驚愕の声を上げたが、カナタはさらに尋ねる。
「大きさはどれくらいだったのですか?」
「まちまちでしたが、最大で全長250メートルほどだったと報道で聞きました」
「そんな化け物と戦っていたのか!」
驚きを隠せないハンキ将軍を横目にカナタは思う。
そんなドラゴン千頭を倒せるなら確かにワイバーンなど歯牙にもかけないだろう。我が軍は簡単に蹴散らされるに違いない。
そんなこちらの様子を眺めつつ、アラハエル殿は話を続けた。
「魔法攻撃がまったく効かないため、初めの頃は何頭も中央に侵入を許してしまい、多くの市民連が犠牲になりました。でも、徐々に対策が進み、ここ最近では、見つけ次第すみやかに排除できるようになっていました」
アラハエル殿は相変わらずハキハキと説明しているが、その内容はあまりにも重かった。
魔法攻撃がまったく効かない――
全長250メートルの怪物。
千頭を超える人喰いドラゴン。
そんな怪物と50年にわたり戦っていたとは・・・
「・・・もし、そのような邪竜がこの地に現れたら・・・」
思わず口の中でつぶやく。
我らのワイバーンなどは逃げ出すのではないだろうか?
「貴公らに魔力反応がないのは、人喰いドラゴンとの戦いと関係があるのか?」
ハンキ将軍が尋ねた。
「ドラゴンが連邦本土に飛んで来るのは魔力を感じ取っているからだ、との説が出された際に、魔力を感じ取られないようにする方策が出されて、実施されています」
だから魔力反応がないのか・・・
魔力反応を消しているのだろうか。
対策としては理にかなっている。だがそのせいで、こちらも魔力反応を察知できない。
彼らが攻めてきても気付かないということではないだろうか。
カナタはそんなことを考えながらも、話題を変えて次の質問に移る。
初めて知る国には聞くべきことは山ほどあるのだ。
「ところで、貴国の政体はどんなものですか。先ほど共和国の集まりだという話でしたので王や皇帝はいないと思いますが・・・」
共和国というのは古い政体だ。村の集会で村長を選ぶようなものだ。
都市国家であればそれでもいいが、国が大きくなると、上手く行かなくなる。
クワ・トイネ公国は大公殿下を君主として、貴族の合議制で運営されている。ゆえにクワ・トイネは「公国」なのである。
「連邦政府は監査府・執政府・両院の三つからなっています。内政は執政府が取り仕切っています。ただし外交は監査府が取り扱っていまして、わたしはその監査府に所属しております」
「監査府というのは外交府なのですか」
「いえ、監査府は治安府です。保守府と言われています」
どういうことだろうか。
カナタには理解できなかった。
それを見て取ったのかアラハエル殿が説明を始めた。
「治安府が外交を扱うのは確かに珍しいようですね。これまで国交があった国でも、治安府や司法府が外交を扱っている国は一つもありませんでした。連邦がこうしている理由は外交が連邦の法令その他から逸脱することを避けるためであり、また外交上やむを得ず逸脱する場合は保守府がその逸脱を認めたということになるので、混乱が少ないだろうと考えられているためです」
「なるほど・・・」
・・・とは言ってみたが、初めて聞く考えに理解が追いつかない。
アラハエル殿の言い方は、まるで公都の守備隊長がついでに外務卿を務めているような口ぶりだ。
そう思っているとアラハエル殿がさらに付け加えた。
「トルキナ連邦は多種族国家です。外交と治安は切り離せないのです」
やはりわからない。
次の質問に移ろう。
「両院というのは議会ですか?」
「はい。元老院と民議院の二つです。両院とも各共和国から代表を出しています」
「貴国の代表者は誰でしょうか?」
カナタは尋ねた。重要なことだ。
するとそれまでハキハキと答えていたアラハエル殿が言い淀んだ。
「連邦の代表者ですか・・・それは・・・見方によりますね。対外的には外交を取り扱っている監査府の長である最高監査人が事実上の国の代表と言えます。ここは連邦の西方に位置していますので、西方を担当するニムディス最高監査人が代表ということになると思います」
「対外的に、というのがよくわからないが、他にも元首がいるのかね」
リンスイ外務卿が尋ねる。
国の代表とはつまり国家元首なのか、という意味をも含ませた質問になっていることにカナタも気付いた。
「はい、執政府の長である執政人がいます。各共和国の代表からなる民議院が指名し、元老院が承認し、監査府が任命する、内政の長です」
アラハエル殿はハッキリした口調とは裏腹に、その内容は聞けば聞くほど複雑だった。
民議院が指名し? 元老院が承認し? 監査府が任命する? 執政府の長?
四つの院・府が絡まっているように聞こえる。
「ずいぶんと回りくどい・・・」
それでは簡単に決まらないのではないか?
公国の首相は政治部会の推薦で決まるが、それでも簡単には決まらないことがあるというのに。
リンスイ外務卿も眉をひそめている。
「つまり外交は最高監査人だったか? それが担い、内政は執政人というのが担うのか」
「はい、対外的には最高監査人が代表ですが、邦内は執政人が代表として内政を行います。両者の役割を分けることで、権限の集中を避けているのです」
それにしても、国の代表が複数とは。意見が対立したらどうするのか?
わが国が最高監査人と話をつけても、執政人の反対にあうということなのか?
「つまり国家元首が二人いるのか」
リンスイが確認するように尋ねた。
「いえ、三人です。東方の外交ではコウ・ジロー最高監査人が元首という扱いになります」
アラハエル殿の言葉に、部屋の空気が一瞬止まった。
「三人・・・」
リンスイ外務卿の眉がこれでもかと垂れ下がっている。
「それで国がまとまるのか・・・?」
ハンキ将軍が腕を組み、険しい顔で机を見つめている。
その顔には「そんなことでは内戦になるぞ」と書いてあるようにカナタには見えた。
だが大国の制度に対して、余計な口を出すのもまずい。
「ところで貴公の話を信じるならば、貴国には列強並の軍事力があるということになるが、軍事力を背景にわがクワ・トイネ公国に無茶な要求をしてくるようなことはあるのか?」
リンスイ外務卿が尋ねた。
「そういうことはまずないと思いますが・・・連邦から見てあからさまに犯罪行為を行うような国であった場合は、干渉というのはあり得なくはないです。ただそれでも可能性はかなり低いですが・・・」
どうやらいきなり攻めてくることはなさそうだ。
カナタは内心で安堵する。
「そのあからさまな犯罪行為というのは、具体的にはどういうものかね」
リンスイ外務卿がさらに尋ねた。
確かに気になる。何を断罪されるのか知らなければならない。さすが外務卿だ。
カナタは感心した。
「あるとすれば・・・連邦市民を拉致したり奴隷にしたりというような場合です。実はそういうことが過去にあったという話をわたしも最近耳にしました。その時は軍事力を背景に犯人の処罰又は引き渡し及び被害者の返還を求めたと聞いています。ただ滅多にあるものではありません。連邦は原則として市民皆兵であり、たとえ連邦軍に所属していなくとも、学校教育や徴兵訓練によって一人一人が戦う術を知っています」
「市民皆兵・・・」
「兵士の国・・・」
リンスイ外務卿のつぶやきにあわせて、カナタもつぶやいた。
そしてハンキ将軍がつぶやいた。
「人口3億7千万人・・・」
!!!
その言葉の意味するところに、皆が絶句した。
男の人口がその半分だとしても、年寄りと子どもを除外しても、1億人は兵士だということではないか!
そういえば北方の島国の一つに、剣士の国があると聞いている。
それと同じようなものだとしても、人口がまったく違う。
この目の前の男も兵士なのだろうか。
「つまり連邦市民は皆が強い兵士なので心配ないと? あなたも強いのですか?」
「わたしはエルフです。エルフは寿命が長く、併せて兵役期間も長いため、連邦市民の平均よりもかなり強いと言えます」
そういう男の視線は力強く、自信を覗かせている。
彼も強い兵士なのかもしれない。
「今回の調査隊には軍の兵士はいるのかね」
ハンキ将軍が探るような口調で尋ねた。
「監査府直轄軍の軍人が2名、調査隊に配属されています。護衛と動力補助のためです」
「強いのに護衛が必要なのか?」
「二人ならば、たとえ賊が集団で襲ってきたとしても、われわれを護り、かつ相手を生かしたまま制圧できます」
相当腕が立ちそうだ
さきほど自信を見せていた彼と比べると、どうなのだろうか?
「あなたは先ほど『連邦市民の平均よりかなり強い』とおっしゃっていましたが、そのあなたと比べるとどうなのですか?」
するとアラハエル殿は力なく首を振った。
「わたしなど一撃でやられてしまいます」
その言い方はそれまでとは違い、妙な実感がこもっていた。
カナタは思わず息を呑んだ。
つまり平均よりはるかに強いということ。
きっと連邦でも上位の戦士達なのだろう。
「その監査府直轄軍というのは、先ほどの連邦軍とは違うのかね」
将軍が質問を続けると、アラハエル殿が再びハキハキとした口調に戻る。
「はい。業務上実力行使に出る必要がある場合に備えて、保守府たる監査府が備える軍隊です。ただ、人数は連邦全体で600人ほどしかいません」
「その実力行使に出るような業務とは何かね?」
「犯人の逮捕、捕縛などです」
「つまり戦争をする軍隊ではないということだな」
「はい」
アラハエルが頷くと、ハンキ将軍が背もたれに寄りかかる音が聞こえた。
満足したのだろう。
治安維持を専門とする部隊。人数も多くはない。
「話を戻しますが、貴国はわれらクワ・トイネ公国に何を望むのでしょうか」
だがカナタはまだ満足できない。これからの関係をどうするのか決めなければならないのだ。
「まずは外交関係を持つことです。それと周辺国家などの情報を望むことになるでしょう」
それなら心配は無さそうだが・・・
桁外れの軍事力を持つと主張する国が求める物がそれだけで済むのだろうか?
その落差がカナタの胸に重い不安を生む。
それで、その後は? とカナタは問おうと口を開く前に、アラハエル殿が話を続けた。
「実は今朝、本国と通信が繋がりまして、事情を説明したところ、救助に来る軍艦に最高監査人が同乗するとの話がありました。私ども調査隊を保護してくださったことに対して礼を述べたいとのことです。最高監査人というのは、先ほどお話ししたとおり、外交上の元首のような地位ですので、直接お尋ねになるといいのではないでしょうか」
ん? 直接
カナタは尋ねようと口を開こうとするが、先に声を上げる者がいた。
「な! 国の元首級が事前連絡もなくいきなり押しかけてくるとは! 失礼ではないかね!」
抗議したのはリンスイ外務卿だ。
だがアラハエル殿は落ち着いた様子を見せつけている。
「ですので、これが事前連絡ということになります。国交はまだありませんので、正式な手順ではないことについてはご容赦願います」
その様子は慇懃でもあり、こちらに同情するような表情も見せていた。
儀礼を欠いてはいるが、突然現れた国なら仕方ないのかもしれない。
問題はそれが1億の兵士がいる国だということだ。
アラハエルの突然の発言にカナタ達は慌ててしまい、その日の尋問は打ち切りとなったのであった。
クワ・トイネ公国に君主がいるという設定は原作にはありません。
ただ本作では国名的にそういうことにしました。
次回の更新は明日の予定です。