同3月6日午後 海岸近くの草原
「もし良ければ教えていただきたいのですが……少し気になっていることがありまして」
「何でしょう?」
イノスが振り向いたので、ロスランは質問をぶつけてみる。
「どうして武力衝突など起きたのでしょうか?」
船がぶつかって諍いになったのなら、どちらの非があるのか判断しづらいだろうが。
「ああ…それは皇帝陛下が攻撃を命じられたのです」
随分あっさりとした調子で、答えが返ってきた。
「なんですって!」
ロスランは思わず驚きの声を上げ、すぐに眉をひそめる。
「あれほどの軍艦に、戦列艦と竜騎士が勝てると、本気でお考えだったのですか?」
(ひと目で“勝てない”と分かりそうなものだが…)
ロスランの問いに、イノスが視線を落とす。
「わたしは考えませんでしたが……陛下は……」
それ以上は言えないのか、そこで口を噤んでしまった。
ロスランはさらに気になって尋ねる。
「それはつまり、ムーにも勝てると判断しかねないということですね?」
少し口調が厳しくなってしまったのは仕方がないだろう。
ムーの軍艦は見えているあの軍艦より一回り小さい。
あのロケット弾を打ち上げた“巡洋艦”も、単装の砲塔が二つしかないからそう呼んでるが――大きさだけなら“戦艦”だ!
(あれに勝てると考えるということは、ムーに対しても同じということ!)
ロスランの視線を逃れるように、イノスが目を伏せた。
指先でスカーフの端をいじりながら、言葉を探すように口を開く。
「そんなことは……さすがに…ムーの事はよく知っていますから…」
(どうやら断言できないようだ…)
「トルキナ連邦は今回初めて現れて、これまで誰も知らなかったために…過小評価されたのです」
言い訳するようにそう述べた。
その表情はやはり自信なさげである。
まあそれも仕方ないだろう。
(あの艦隊に攻撃を命じるような君主ではね…)
イノスが再び海に顔を向けた。
彼も敗北の痛みを呑み込もうとしているのだろうか?
愚かな判断がどれほどの代償をもたらすのか、今回思い知ることになったわけだ。
「ところで、ロスラン殿には勝敗は見えていたのですか?」
イノスが再び顔を向けてきた。
(見えていたかだって? それはもうハッキリと!)
ロスランはそう思ったが、もちろんそんなことは口にしない。
「はい。失礼とは思いますが、今日ずっと砲撃していた巡洋艦2隻と駆逐艦7隻だけで、皇国海軍は海の藻屑になるだろうと思っていました。ですが不思議なことに戦列艦には砲撃せず、兵士たちがそのまま飛んで乗り込み、制圧したのです。なぜそんなことをしたのか、わかりません。実に不思議です」
ロスランは首をひねる。
(ワイバーンを撃ち落とせるくらいだ。戦列艦など止まって見えるだろうに)
その時、イノスの目にスッと光が宿った。
少なくともロスランはそう感じた。
「なるほど。ならば、情報交換といきませんか?」
どうやら何か情報を持ってるらしい。
それまでどんよりとしていた表情が、すっかり光を取り戻している。
「情報交換ですか?」
「はい。ロスラン殿は今日の戦いを観戦して判明したことで、わたしの役に立ちそうな情報を教える。わたしは今の疑問の答えにつながる情報を教える。ということでいかがでしょうか?」
(応じたいところだが……)
この場には大使がいる。
武官のわたしが勝手に取引するわけにはいかない。
「それは…ムーゲ大使とも相談して…」
「いいでしょう!」
ムーゲ大使の声が、頭上から降ってきた。
いつの間にか背後に立っていたようだ。
「大使!」
イノスが立ち上がり、すぐさま近くの椅子を空けさせて、大使を丁重に座らせた。
大使が良いと言うなら、応じても構わないだろう。
だが、何を話せば良いのだろうか?
彼らの“命中させる魔法”のことにするか?
いや、単なる推測だ。
(だがヒントなら…)
「わかりました。そうですねえ。彼らは非常に進んだ兵器を持っていますが、なぜか弓兵がいます」
「弓兵ですか?」
眉をひそめるイノスに、ロスランは頷く。
「はい。ですがただの弓兵ではありません。あの矢は、ワイバーンロードのウロコを貫き、矢羽根が体に達するほど深く刺さっていました。それに弓矢としては、信じられないほどの射程がありました。あれほどの距離で正確に命中したということは、おそらくは“魔法の矢”ではないかと思われます」
まるで意思を持っているかのように、狙った獲物を逃がさない魔法の矢。
「魔法の矢ですか」
「はい。トルキナ軍は、古き良き魔法使いの戦い方を一部残しているのかもしれません。こんな話でお役に立てると良いのですが」
これでヒントになったかな。
「なるほど。ますますよくわからない国ですね」
イノスが困惑の表情を浮かべている。
(いますぐは分からなくても、後で考えれば分かるはずだ)
ロスランがじっと見返すと、イノスがすぐにハッとした表情を浮かべた。
「…ではわたしの番ですな。パルソ!」
少し離れた席に座っている男を呼びつけた。
「はい」
呼ばれた男は、すぐに立ち上がってこちらに歩いてきた。
細身で、平凡な顔立ちの男である。
幅広のコートと膝上まであるブーツは良質であり、地位がそれなりに高いことがうかがえる。
「こちらはわたしの部下で、次長を務めるパルソです。パルソ、こちらはムーゲ大使とロスラン駐在武官だ」
「初めまして」
「「よろしく」」
挨拶を交わすと、イノスがパルソ次長に向かって尋ねた。
「パルソ、うちの武官が“ロウリア兵から話を聞いた”という報告を憶えているかね?」
「え? あ、はい」
ロウリア兵が、何か情報を持っていたというのか。
「その中に『なぜ魔導兵器を使わなかったのか』という話があっただろう。あれをお二人に話して差し上げなさい」
「わかりました」
パルソが頷いた。
語られる“答え”への期待から、ロスランは自然と背筋が伸びる。
「実はロウリア軍がトルキナ連邦の艦隊と衝突したときに…」
(へ?)
突然、思いもしない情報が飛び出てきた。
「なんですと? トルキナはロウリア王国とも武力衝突したというのですか?」
驚きの声を上げたのはムーゲ大使である。
ロスランも、同じ気持ちだ。
しかも、これだけで今の情報の対価としては充分だ。
「はい。トルキナ連邦の艦隊がロウリア王国を訪れていたのですが、数日経ってから、停泊中の艦隊にロウリア軍が攻撃を仕掛けたのです」
「そうですか…」
ロスランは言葉を失った。
(ロウリア王国もまた、皇国と同じ判断をしたのかよ)
予想外の話に、何と言えばいいのか分からない。
「それでは、まるで……」
大使がもっと踏み込んだ言葉を言いかけてから、言い淀む。
するとイノスが言葉を引き継いだ。
「…わが皇国のようですな」
その声には、他国の失策をなぞるように再現した自国に対しての、静かな失望が滲んでいた。
(まったくだな)
ロスランが内心で呆れていると、パルソが話を続けた。
「それで竜騎士団500騎が砲撃で撃ち落とされて、ガレー船千隻がトルキナ軍兵士によって乗り込まれて制圧されたのです」
(はあ? ワイバーンが撃ち落とされて、船が制圧された?)
なんだかさっき見たような…
「それは、まるで…」
大使が言い淀むと、再びイノスがため息交じりで言葉を繋げる。
「ますます我が軍と同じですな」
(まったくだ)
ロスランは重ねて、内心で呆れてしまう。
さらにパルソが話を続ける。
「降伏後に、トルキナ軍の隊長と思われる男に尋ねたロウリアの水兵がいたのです。『竜騎士団に使ったあの魔導兵器を、なぜわれわれに使わなかったのか?』と」
(なるほど。それが答えに繋がる情報ってわけか!)
「それで、その答えとは?」
ロスランは期待に、身を乗り出しかける。
「答えは――『詳しいことはわからん。だが古典装備の軍船を殺さずに制圧するのは簡単だが、あの飛竜を殺さずに制圧することはできないだろうな』というものでした」
(ん? 殺さずに?)
「つまり…殺さずに制圧できるから制圧したと?」
(まさか…今日の制圧もそうなのか?)
この返事は “殺さずに制圧できないからワイバーンを撃ち落とした”という意味に聞こえる。
軍事的な合理性とは異なる論理だ。
「もちろん、あくまでその隊長らしき男の言葉に過ぎませんので、本当のところはわかりません」
イノスが補足するように言った。
(それはそうだろうな……だが、それでも貴重な情報だ)
わずかな情報だが、それでも今の話からわかることもある。
まず上の決定であり、その理由は下には説明されていない。
これは、まあ、どこの国でも同じかな。
次に、これはおそらく外交的な判断だ。
「詳しいことはわからん」ということは“軍の判断としては異例”ということだ。
さらに、これを実行できるだけの実力がトルキナ軍にはあるということ。
船に乗り込んで制圧するなど、要人や人質がいる場合ならともかく、通常は避ける。
しかも、艦砲を持つ敵艦全てに乗り込んで制圧するなど、いくら兵器に差があるとしても、尋常な判断ではない。
(自爆でもされたら、被害は甚大だぞ!)
その上さらに「相手を殺すな」などと兵士に命じるなど、正気の沙汰ではない。
(味方ばかり犠牲になるじゃないか!)
敵兵の命の方が、自軍の兵士よりも大事なのか?
自軍の犠牲も“必要経費”と割り切っているのか?
あるいは、それだけ速やかに制圧できるという自信の表れなのか?
(それを知るためにも、情報を集めていく必要があるな)
この“戦い方”の裏にある思想を、しっかりと見極める必要がある。
――それがムーを守ることに繋がるかもしれない。
ふと気付くと、イノスが何かを期待するような目でこっちを見ていた。
「なるほど、ありがとうございます。とても参考になります」
ロスランが礼を述べると、イノスが満足げに頷いた。
こちらが渡した情報よりも、はるかに価値のある内容だった。
トルキナ連邦については、ほとんど分かっていない。
情報は少しでも多い方が良い。
(借りが出来てしまったな。いつかこの埋め合わせをしよう。機会があればだが)
ロスランは、内心でそう決意した。
不意に、若いご婦人が手にした盆を差し出してきた。
「ワインを一杯どうぞ」
「これはありがとうございます」
イノスとパルソ、そして大使とともに、グラスを手に取り、口に運ぶ。
(それにしても……それなら、なぜこんなことに?)
ロスランは疑問をぶつけることにした。
「それだけの情報をお持ちなのに、なぜロウリア王国と同じ失敗を? まさか皇帝陛下に報告が上がっていないと?」
するとイノスが悲しげな表情になった。
「わたしはこの知らせを耳にしたその日に、陛下にご報告申し上げたのですが“個別の情報に踊らされている”と一蹴されてしまいました」
そう言って失望のため息を吐き、目を伏せる。
(はあ? 情報っていうのは、いつだって“個別”に入ってくるものだぞ。最初からまとめて届くなら、誰もこんな苦労はしないんだが?)
「そうですか。しかし…」
「しかし?」
イノスが興味深そうに視線を向けてくる。
「いえ、ムー政府には国家戦略局のような独立機関はありませんが、統括軍の中には“戦略部”という部署があります。そこには、各軍から選抜された優秀な頭脳が集まっていましてね。そこが上げた内容を真に受けないというのは、ちょっと信じられないといいますか…」
(そもそも、国家戦略の中枢を任せたんだろ? なぜ話を聞かない?)
率直に言えばそうなるが、さすがに皇帝批判はまずいだろうと、ロスランは遠回しに話したのである。
「そうなのですか?」
「もちろん、提案全てを実行するわけじゃありません。予算の都合で見送られることもあるし、政治的な判断で見送られることもありますけど、それでも戦略部の報告をそのように軽く流してしまうというのは…」
国家戦略を任せておきながら、その人物の話を聞かないとは…
(笑えない冗談だ。口には出せないけど)
「なるほど。それは皇帝陛下にご信頼いたただけなかったわたし個人の不徳の致すところです」
イノスがうつむいた。
その両肩には、戦いを止められなかった自責の念と、報告を退けられた無念さがのし掛かっているように見えた。
「そうですか。そういう文化なんですね」
情報を軽んじる文化?
君主との人間関係が優先される文化?
君主の理解力に左右される文化?
それとも、彼の役職はただの肩書きなのか?
なら、職務遂行自体が、そもそも期待されてないのか?
(いずれにしても、この辺りにこの国の限界が見えるな)
「これでも陛下のおかげで大きく変わったのです」
イノスが、自分の主君を弁護するように言った。
「それはわたしも耳にしたことがあります。官僚組織を整備したと」
「はい。国家戦略局の独立もその一つです」
「なるほど。皇国はこれから飛躍する国のはずだったのですね」
「はずだったとは…これは手厳しいですな」
「これは失礼しました。あはははは」
「トルキナ連邦がわが国をどうするのかわかりませんが…」
イノスとそんな会話を交わした1時間後、ロスランはセリドの運転する車の中にいた。
ムーゲ大使と並んでいる。
「どうだったかね?」
「それは戦闘のことですか? それともあの局長のことですか?」
ロスランが尋ね返すと、ムーゲ大使がじっと見つめてきた。
「両方聞こうか」
両方か…
軍人の自分には戦闘の方がはるかに重要度が高いが、外務局は違うのかもしれないな。
「はい。戦闘は“魔法使いの戦い”に見えました」
「魔法使いの戦い?」
ムーゲ大使の顔には、意外そうな、そうでもなさそうな、複雑な表情が浮かんだ。
「はい。砲撃が止んでから銃撃が始まりましたが、輸送艦の甲板に弓兵がいるのが見えました」
「弓兵…先ほどの話だな。だが、事実なのか?」
ムーゲ大使が首をひねっている。
補給艦の様子を見ていなかったのだろう。
「はい。弓兵が放った矢が、矢としては長すぎる距離を飛び、飛行するワイバーンの動きをまるで見透かしたように追尾していました。不自然な軌道を描いて、つまり空中を曲進して命中し、矢羽根が鱗に到達するほど深く刺さっていました」
「それは…気付かなかったな…」
あの局長の相手をしながらで、じっくりと見ることができなかったか。
「それで思いました。あれは“魔法の矢”である、と。そしてワイバーンを撃ち落とす砲弾も、全弾命中したロケット弾も“あの矢が進化した物”ではないか、と」
魔法の矢が魔法の砲弾となり、そして魔法のロケット弾へと進化したのだろうな。
「なるほど…だから“魔法使いの戦い”か」
「はい」
「狙われたら終わりだな」
「はずれた砲弾もあったように見えましたが、半分以上は命中していたように思います」
これは、ムーには到底真似できない芸当だ。
「狙い撃ちでワイバーンを落とせるとは、脅威だな」
大使の声には、焦りとも畏怖ともつかない響きがある。
(そのとおりだ)
うちの戦闘機は、速度においては皇国のワイバーン上位種と大差ない。
撃ち落とされるのは目に見えている。
「はい」
ロスランが頷くと、ムーゲ大使は納得したように頷き返し、さらに尋ねた。
「それであの局長はどうかね?」
ロスランは自分の印象を口にしてみる。
「はい。これまで話したことのあるパーパルディア人の中で、最も理解力がある人物だと感じました」
おそらく皇国中枢で一番情報を集め、それをある程度正しく理解できている男。
ちょっと物足りない印象もあるが、彼自身の能力の限界というより、置かれた環境の方の限界なのかもしれない。文明水準が百年以上遅れていることを思えば、むしろよくやっているように思える。
それがロスランの評価だった。
(周りが、いや皇帝が、あの局長の話に耳を貸していれば――この戦いは起こらなかっただろうな)
「ムーゲ大使はどうです?」
ロスランが尋ねると、ムーゲ大使の表情がパッと明るくなった。
「わたしはそうだな。今までそれなりの数の皇国の役人と話してきたが、あのような“率直な御仁”は初めてだったよ」
「率直ですか」
大使は、あの男に好感を抱いたご様子だ。
(率直か…確かにそうかもしれないな…)
ロスランが考えていると、大使が切り出した。
「第1外務局の職員は、2種類いるんだ」
「2種類ですか?」
「そうだ。ムーに対抗意識を燃やす者と、ムーを恐れる者だ」
対抗意識と恐れか。
「前者は、妙に見栄を張ろうとしたり、こちらの話を遮ってまで自国の優位を強調しようとする。特に理由もなく、もったいぶって話を小出しにしたりして、優越感に浸る。しかも根拠がないことも多く、すぐに矛盾が出る」
分かる気がする。
よく飲みに行く将校の中にも、確かにそうした振る舞いをするヤツがいる。
「後者はこちらの一言一言にビクビクしている。まるで、こちらが怒ればすぐに戦争になるとでも思っているかのようだ。話が進みやすいからある意味こちらは助かるのだが、正直言って、気持ち悪い」
大使が眉をひそめている。
「外交とは、相手を理解しようとする意思のぶつかり合いによって築かれる。わたしはそのように思う。昨日の会談でもそれを改めて実感したところだ」
力強くそう明言した大使の言葉には、経験に裏打ちされた重みが感じられる。
そういえば、大使は昨日、トルキナ連邦の使節と会談したという話だった。
「あまり怯えた態度を取られると、その場しのぎの話を適当に並べ立てているだけなのではないかと疑いたくもなる」
そういう経験はあまりないな。
士官達には、ムーの力を知る者は多くない。
ほとんどが「ムーにはすぐに追いつける」と思っている。
自分は皇国の外務局とはあまり交流がないが、大使の言葉から察するに、きっと何度も失望を経験しているのだろう。
「だが、あの御仁の言葉には、そうした気配は感じられなかった。もちろん話せないこともあったようだが、それは見栄や恐れからではなく、立場ゆえの制約だと納得できるものだったよ」
(なるほど…)
そんなヤツばかりと接していたら、あの男の態度は確かに新鮮に映ったことだろう。
立場ゆえに話せないことがあるのは、我々も同じだしな。
「言われてみれば、確かにそうですね」
(だから“率直な御仁”か…)
ロスランは大使の評価に納得した。
「理解力があるというのは、まあだからこそ国家戦略局の局長なのだろう」
大使がさもありなんと頷いている。
「疑問があれば素直に尋ねる。自分の無知を恥じず、相手の知見に敬意を払う。ほとんどのパーパルディア人はそれができないが、あの御仁はそれができる」
(それは確かに、自分も感じた)
通常、パーパルディア人という人種は、自分達の優秀さに強い先入観を持っており、それを語ることに何の躊躇もしない。
“ああ、オレたちパーパルディア人は特別優秀なんだよ。よそ者のあんたにはわからないだろうが、第3文明圏ではもはや向かうところ敵なしだ。まあ見ていろ。すぐにでも領土を増やして、列強首位に躍り出るぞ”
“ムー? あんたには悪いが、相手じゃないな。ああ、腕時計は素晴らしいよ。でもさ、腕時計じゃあ、敵は倒せないだろ?”
“おいおい、それを言ったら失礼だろ”
“これは失礼。ワッハッハ”
“ワハハハハ“
(異動したい……)
そんな態度に何度鼻白んだことか…
何度“異動願い”を書いたことか…
だが、あの局長は違った。
“ロスラン殿はトルキナ連邦の戦いをどうご覧になりましたかな?”
率直にわたしの意見を尋ねてきた。
予断を持たずに尋ねてみようとする姿勢。
その姿勢は、むしろ我々ムー人に近いものがある。
(生まれる国を間違えたか?)
「我々が信頼関係を築いていけば、お互いにとってきっとプラスになるだろう」
ムーゲ大使は、あの局長を外交の足がかりにするつもりなのだろうか。
確かに、要らぬ虚栄心と付き合わなくて良い分、話がしやすい。
だが問題もある。
「ええ。ただ、皇帝からの信頼はあまり得られてないみたいですね」
表情に、どこか焦りのようなものが見えたのは、そのせいかもしれない。
彼が失脚すれば、足がかりも意味が無い。
(まあ、まったく無意味というわけではないだろうが)
ムーゲ大使が顎に手を当てた。
「あの神経質で陰のある顔立ちが、災いしているのかもしれんな」
確かにそんな顔立ちだったが…
「第1外務局局長のエルト殿は、ムーを恐れている様子を見せているが、その話し方自体はなかなかに闊達だ。皇帝はそちらの方が気に入っているのかもしれないな。皇帝の意に沿うような発言を、ハキハキと述べる姿が想像できる」
なるほど。
その発想は自分にはなかった。
顔立ちから人間関係を読み解き、意思決定への影響を考える。
軍人の自分には思いつかないアプローチだ。
(さすがは外務省だな)
ロスランは感心した。
しばらくの沈黙の後、大使がつぶやいた。
「ねらいを外さない射手か…」
大使はさきほどの話を考えていたようだ。
「弓兵のことですね」
「ああ、あの御仁と観戦していた折に、部下だという若い職員が話していたんだ」
ほうほう。
(やはり、いろいろと話を仕入れてきたんだな)
「トルキナ連邦の誰かから言われたそうだ。『連邦では戦列艦を300年前に試作したが、ちょうどその頃、魔法技術に革命的な進歩があり、射手が狙いを外さなくなった。結果、砲は10門もあれば充分となり、戦列艦は採用されなかった』というような話だったらしい」
ロスランは目を見張った。
(な! 300年前だって?)
トルキナはそんな昔から精密砲撃していたということじゃないか!
国家戦略局は、そんな情報まで既に把握していたのか!
「あの局長はすでにかなりの情報を手に入れているんですね!」
(これは……トルキナ軍の戦術思想の根幹に触れる情報だぞ!)
「そういうことだ。ロウリア軍との衝突の話には驚かされたがな」
それにも驚かされた。
ロデニウス大陸の情報はほとんど入ってこない。
(国家戦略局の情報収集能力は、文明水準に見合わないほど高いようだ)
――なのにまったく活用されていない!
「それだけ情報を集めていても、活かされなければ、今日のようなことに…」
ロスランは半ば呆れつつ、そう言いかけると、不意に車が停止した。
「着きましたよ」
エンジン音が消えると、あたりが一気に静かになった。
外に出ると、ロスランは違和感を覚えた。
(ん? なにか音が聞こえる…)
「何の音かわかりますか?」
「あそこです!」
運転席から出てきたばかりのセリドが指差す方向に、ロスランも目を向ける。
遠くの空に、規則正しく並んだ
それは、ムー人には一目瞭然のもの――
「飛行機の編隊だ!」
ロスランは叫んだ。
(まだ戦いは終わっていなかったのか!)
背筋に戦慄が走った。
次回の更新は明日の予定です。