誤字報告ありがとうございます。
同3月6日 午後
パラディス城 〈謁見の間〉
「何っ! 離発着訓練だと! なぜそのようなことをする!」
ニムディスの言葉に皇帝ルディアスは激しく動揺した。
「どうもそなたらは、我らの力をまだ理解しておらぬような気がしてならぬのじゃ。それで思い至ったのじゃよ。我らの上空戦力をまだ見せておらぬとな。ゆえに一度見せてやろうと思うてな」
(こやつ…皇都の上を飛び回り、余の威信に泥を塗る気か!)
「そんなことを許すと思うか?」
ルディアスは低くうなるように語気を強めたが、ニムディスにあっさりと流される。
「飛竜を飛ばすことは許さぬ。飛んでいるのを見つけたら直ちに攻撃する」
「なっ…」
有無を言わさぬ宣告にたじろいだまま、ルディアスは二の句が継げない。
(おのれ! 皇帝たる余を脅すとは、なんたる所業!)
憤然と睨み付けてやるが、ニムディスは子どもの癇癪でも眺めるかのように悠然と微笑んだ。
「なに、ただ飛ぶだけじゃ。何もしなければ、こちらも何もせぬ」
ルディアスは奥歯を噛みしめ、押し黙った。
胸の奥には、怒りとも恐れともつかない熱が渦巻いていた。
同日午後 皇都エストシラント
「なんだ、あれは!」
ギイーーン
初めて耳にする金属音が空気を裂くように響いている。
皇都のあちらこちらで、住民たちが空を見上げる。
西の空には、初めて目にする飛行物体の編隊が迫っていた。
住民はワイバーンやワイバーンロードなら見慣れていた。
「鉄竜かしら?」
「いや、違うぞ」
だがワイバーンとはかけ離れた姿をした飛行物体が、20体ほどの編隊を君で飛来していた。
「竜騎士団はどうなったんだ?」
「知らないのか? 港の方じゃ大騒ぎだったぞ。空を飛ぶ竜騎士達が次々と撃ち落とされたらしい」
「それじゃあ、あれは?」
「撃ち落とした方の連中だろうよ」
黒ずんだ色の編隊は、もはやこの大空が竜騎士達のものではないと宣言しているようであり、住民の心に不安を煽る。
「そんな…それじゃ、もう皇都の空を守る者はいないのか」
「どうだろうな」
飛行機械の編隊は東に向かって悠然と上空を通過していった。
「また来たぞ」
住民達が振り返ると、西の空から再び黒ずんだ色の群れが迫っている。
その光景にだれもが、不安を隠せない。
街全体が、次第に沈黙に包まれていった。
同日同刻 パラディス城 テラス
ルディアスは南の上空を横切る二つ目の編隊を見上げる。
「2番隊じゃな。どうじゃ。我が軍の輪空隊は。今回は5番隊まであるぞ」
得意げに話しかけるエルフ女をルディアスは睨んだ。
「あれ程のものがありながら、なぜ今朝の戦いでは使わなかった?」
(あれは竜騎士団と戦えるのではないか?)
するとニムディスが片方の眉を持ち上げ、見下すような視線を向けてくる。
「わからぬか? 連邦軍は一人も命を落とさずに、そなたらの艦隊を制圧したのじゃ。輪空を使わずとも勝てるのに、なぜ使う必要がある?」
「くっ……使うまでもないということか…」
「使えばそなたらの帆船は海の藻屑となる。それでは礼を返せぬ」
く…あくまで礼で殺さなかったと言うつもりか。
ん? 帆船が海の藻屑となるなら…
「あ、あれは地上を攻撃できるのか?」
(も、もしや、この城を攻撃できるのか?)
するとニムディスが愉快そうな表情になった。
「あたりまえであろう。なんなら、どこか攻撃させてみせようか?」
声が妙に弾んでいる。気軽に実行しそうだ。
「陸軍の監視塔じゃったか? あれを破壊してみ……」
「い、いや、その必要はない」
ルディアスはあわてて止めた。
空を見上げると、再び西の空から3番隊が近づいていた。
「おや?」
ニムディスが南の空を見つめている。
海岸の方角だ。
「飛竜が飛び上がったぞ。飛竜が飛ぶことは許さぬと言ったはずじゃが、どうなっておるのじゃ?」
ルディアスも目を向けるが、よく見えない。
「おい! 望遠鏡を持って参れ」
「はっ! 直ちに」
侍従が望遠鏡を持ってきたときには、確かに遠くに黒い点が登っているのが見えた。
ルディアスは急いで望遠鏡を覗く。
ワイバーンロードか?
いや、あの兜は…
ルディアスは飛竜の頭に装着されている兜に見覚えがあった。
(ワイバーンオーバーロードではないか!)
ワイバーンオーバーロード。
ムーの飛行機械に対抗するために品種改良を重ねた結果、生み出された新種である。
ワイバーンロードの上位種であり、最高飛行速度は430㎞を誇る皇国軍の切り札だ。
「な! おい! どうなってる!」
「今、確認して参ります!」
最高司令のアルデが、すぐさまバルコニーから出ていった。
「早くせぬと落とされるぞ」
ニムディスが愉快げな表情を浮かべている。
(くそっ。余を弄ぶか)
3番隊はすでに正面を通過したが、4番隊が西から近づいてきている。
ワイバーンオーバーロード3騎は、西へと向かっていく。
どうやら、4番隊に狙いを定めているようだ。
「どうやら、あの飛竜連は攻撃するつもりのようじゃな。どんどんと上昇しておる。お、火弾を放つつもりのようじゃ。ジローよ。これは落とさねばならぬな」
「そうだね」
さきほどから黙って空を見ていた男が、耳に手を当てる。
「4番隊に接近中の飛竜3体を排除せよ」
ワイバーンオーバーロード3騎は、相変わらず西の空に向かって上昇を続けている。
近づく編隊の正面下から近づいているようだ。
ルディアスは望遠鏡でその姿を追い続ける。
ワイバーンオーバーロードが、火弾を放とうと首を伸ばし始めたその時だった。
3頭の左横っ腹から、次々と血と肉片が吹き出た。
まるで内側から爆発したかのようだ。
3騎はそのまま糸が切れたように、墜落していく。
ルディアスは望遠鏡から目を離し、得体の知れない恐怖で背筋が冷たくなる。
「な、何をした!」
な、何が起きた…?
「あの飛竜連は火弾を放とうとしておった。ゆえに落とした」
「それはわかっている。どうやって落としたのだ? 砲撃したのか?」
今朝の戦闘では、竜騎士隊の大半が、砲撃で吹き飛んだと聞いている。
だが砲撃なら、砲声が聞こえそうなものだ。
それに、海からあそこまで届くとも思えない。
「秘密じゃ。その方らでは勝てぬ。それがわかれば充分であろう」
(こやつらはいったい…何者なのだ…)
ここに至って初めて、恐怖の感情がルディアスを襲ってきた。
やがて、五つ目の編隊が過ぎると、ニムディスが楽しげに告げてきた。
「次は航空隊じゃ!」
航空隊と呼ばれたそれは、数は今までと同じ20機ほどだった。
だがその様相はまったく異なっていた。
音は甲高く、先ほどよりずっと大きい。
先ほどの輪空より明るい銀色の体が、より高い上空を、やや高速で通り過ぎていった。
「こ、これは…速度は?」
「あれで、おそらく550キロ程で飛んでおる」
(ご…550キロだと!)
ワイバーンオーバーロードより速いではないか!
ようやく少しずつ導入が始まったところだというのに!
(こいつらは…まさか…ムーより上だとでも言うのか…)
「次はもっと速いぞ」
少し待たされたが、また違う音が聞こえてきた。
それが次第に大きくなってくる。
ゴオオオオオ!
見た目の違う飛行機械が10体、西の空に現れたかと思うと、猛スピードで近づいてくる。
その機体は、翼を横に広げた先ほどまでのものとは異なっていた。
まるで翼を広げることすら面倒だとでも言うように、後ろにだらしなく伸ばしている。
ゴオオオオオ!
その無造作な姿に反して、耳をつんざくような轟音をまき散らしている。
そのまま、とてつもない速度で、あっという間に通り過ぎていった。
ビシビシビシビシ!
気付くとバルコニーの窓一面が軋むように音を立てていた。
まるで空気そのものが、悲鳴を上げているかのようだ。
音が遠くに離れ去っていくと、ふと、ジローの呟きが聞こえた。
「巡航速度で良いのに……張り切らせちゃったかな?」
「相変わらずやかましいのじゃ」
ニムディスが顔をしかめていた。
だがルディアスは口を開けたまま、しばらく閉じるのを忘れていた。
(な、なんだ…あれは…?)
あれではワイバーンオーバーロードが追い付きようがないではないか!
(あれを倒すには…どうすればいい?)
ルディアスの頭に一つだけ心当たりが浮かぶ。
(ミリシアルの図面を手に入れたという陸軍の研究はどこまで進んでる?)
(アルデと相談の上…予算と人員を増やせば…いや、いっそのこと実物を盗ませるか?)
ルディアスの心の火はまだ消えていない。
(まだだ。まだ終わっておらん。余には無傷の陸軍がある! 研究がある!)
(海軍を取り戻し、さらなる強化をはかり、しっかりと作戦を練れば……)
――こやつらを…いずれ必ず!
ルディアスは、腕を下ろしたまま動かさずに、ひっそりと拳を握った。
同3月6日午後
草原の台地 皇都近くの馬車道
イノス率いる国家戦略局の一行は、長い昼食とその片付けを終え、馬車に揺られながら、ゆっくりと皇都へ向かっていた。
皇都まであとわずかというところで、御者が叫んだ。
「なんだ? あれは?」
トロスがその声につられて窓から外を覗くと、振り向いて指を差しながら叫んだ。
「あれですよ! 局長! あの色です! 爆弾を落としたのは!」
「なに……っ!」
イノスは喉の奥がヒュッと鳴るのを感じた。
(爆撃が来る!)
「馬車を止めろ! 今すぐだ!」
叫びながら、座席を蹴るようにして飛び降りた。
足が地面に着いた瞬間、膝が崩れそうになったが、気にする余裕はなかった。
他の馬車に向かって叫ぶ。
「止まれ! みんな止まれ!」
「ドウ、ドウ」
イノスの叫び声に、10台を超える馬車が順に止まっていく。
「あれか?」
西の空に黒ずんだ灰色の群れが見える。
「はい。あんなにたくさん……」
「あの時は1体だけだったのに…」
「輪空母艦から全部が出てきたか?」
「まさか城に爆弾を…!」
「こっちにも来るかもしれませんよ!」
過去に目撃した三人のつぶやきを聞きながら、イノスは焦った。
(マズイマズイマズイマズい! これはマズい! ついに爆撃が始まる!)
すぐさま馬車の角から棒を抜き取り、土ぼこりを上げて走り始めた。
「全員! 馬車から出ろ! 急げ! 命が惜しくば動け!」
馬車の中にいる者達に、大声で命令を発した。
「何だ、あれは!」
出てきたばかりのパルソの声に、イノスは声を張り上げる。
「飛行機械だ! 全員、馬車から降りろっ! 急げっ!」
イノスは大声で命令を繰り返した。
「早く降りろっ!」
駆け回って叫んでいると、トロスが駆け寄ってきた。
「局長! その旗は僕が持ちます! 皆が誤解したら大変ですから!」
イノスが馬車から抜き取った棒。
それは国家戦略局の局旗の旗竿であった。
それを手に持ったまま、イノスは走り回っていたのである。
「トロス…助かる」
すぐに職員達がすべて降り終えた。
馬車道周辺の草原に散らばり、皆が皇都上空を見上げている。
「爆弾、落としてきますかね」
トロスの言葉にイノスは答える。
「わからんが、しばらくここで待機だっ!」
そして小声でささやく。
「こっちに近づいてきたら、その旗を旗竿の根元まで下ろして固定し、逆さにして回すぞ!」
降伏の合図である。
これを見れば、飛行機械も爆撃してこないはずだ。
「はい!」
今度は、トロスは反対しなかった。
国家戦略局の一行は、そのまま3種類の飛行機械を見上げることになった。
一つ目は、爆弾を落としたという飛行機械の編隊だった。
20体ずつ5個の編隊が、順に皇都上空を西から東に飛んでいく。
イノス達のいる場所よりもやや北、少し内陸の空を通過していく。
黒ずんだ灰色の機体は、上空をかすめるように、それでいて、真上からややズレた位置を、左から右に飛んでいく。
皆、顔を上に向けている。
心なしかワイバーンロードよりも速く見えた。
「おい、ワイバーンロードが向かってるぞ」
「あれは竜騎士ですよ」
「戦いを挑むつもりだ」
「皇都防衛隊だな」
「なら、あれはワイバーンオーバーロードです」
いつの間にか寄ってきたゼルードが話に割り込んで断言した。
「でも、海から来たように見えましたよ」
「あっ! 墜落していきます」
「な…」
イノスは目を凝らした。
ワイバーンオーバーロードが、いや、3騎の竜騎士が、まるで命の糸が切れたように落下していく。
「何があった? “誘導噴進弾”は見えたか? わたしには見えなかったが…」
海の戦いでは“誘導噴進弾”が煙と閃光を放っていたが、今回は何も見えなかった。
「わかりません。突然、落ちました」
「砲声も聞こえない」
(いや、砲撃ならさんざん見た。それならもっと吹き飛んだはずだ。いったいどうやったんだ?)
「なんという…」
皆が口々に呟いている。
誰かが、ぽつりとつぶやいた。
「お、終わりだ…」
誰の口から漏れたのかはわからなかったが、イノスも同じ思いだった。
(砲撃でもない。誘導噴進弾でもない。一体何なんだっ!)
まさか…
(銃撃か? いや、それはさすがに…軍艦からは距離が遠すぎる)
黒ずんだ灰色の飛行機械20体の編隊が、順に五つ通り過ぎていった。
それが終わると、今度は甲高い音が遠くから聞こえてくる。
「なんの音だ?」
「あれですよ」
飛行機械が20体、西から現れた。
明るい灰色、いや銀色の飛行機械であった。
「おい。何だ、あれは?」
「初めて見ます。でも形は飛行機械ですよ」
「さっきのよりも速いぞ」
「不気味な音がします」
そのまま東に飛び去って行った。
「あれも爆弾を落とすと思うか?」
「おそらく」
ゼルードが答えた。
しばらくすると、また違う音が遠くから近づいてくる。
空気そのものが震えるような、腹の底に響く重低音だ。
さっきの甲高い音とは違い、終わらない雷鳴のように、ずっとけたたましい。
すぐに白い飛行機械が10体、西の空から現れた。
そして、とてつもない速さで通り過ぎていく。
轟音はその後ろから聞こえてくるが、そこには何もない。
瞬く間に東の空に消えていった。
「い、いったい…あれは?」
「あんな物まであるとは…」
「初めて見ました」
「は、速すぎる…」
(あれでは、とても追いつけん!)
――トルキナ連邦とは、これほどの力を持っているのか!
(皇国が抗えるはずがない!)
イノスの体は小さく震えていた。
音はまだ遠くから聞こえているが、もう近づいてくることはないようだった。
「終わったようだな」
(何もされなくて良かった……!)
イノスは安堵した。震えもおさまった。
「爆弾は落としませんでしたね」
トロスも安堵したようだ。
「いつでも落とせるぞ、という警告のつもりだろうな」
イノスは顎に手を当て、その意味を考えてみる。
「皇都はもはや安全ではないか…ん?」
イノスはあることに思い至る。
「…他の者は皆、あれが爆弾を落とすことを知らないのではないか?」
「ええ、そう思います。爆撃のことは知らないはずです」
トロスも同意した。
「警告になってないぞ」
「でも、ワイバーンオーバーロードが落とされましたから、それだけでも充分、脅威は伝わるでしょう」
そう述べたのは主任のガルドールだった。
「そうだな」
一行は再び馬車に乗り込み、皇都に入った。
大通りは大勢の人々で騒然としていた。
途中レストランに鍋とテーブルを返却した時だった。
「だ、旦那様方もご覧になりましたか? 竜騎士が落とされたんですよっ! ええ、そりゃもうショックですよ。港から戻った者が言うには、港では“竜騎士がたくさんやられた”って話で持ちきりだったそうです。皇都防衛隊が落とされるなんて、驚きです。この先、皇都の空はいったい誰が守るんでしょうか?」
店主の言葉は爆弾への恐怖ではなく、飛竜隊が落とされたことへの衝撃だった。
(やはり…爆撃の警告だと気付いていない!)
道すがら聞こえてくるのは、竜騎士が落とされたことに騒ぐ声ばかりだった。
(だが、あれは“見せしめ”ですらない!)
すでに海軍の竜騎士隊は大勢がやられてしまった。
そして――
飛行機械の編隊は、皇都には何もせずに通り過ぎた。
(あれは…“いつでも爆弾を落とせるぞ”という警告!)
自分たちだけが“爆撃の警告”を知っている。
その事実がイノスの肩に重たくのしかかる。
(やはり…陛下に伝えるのは…わたししかいないか…)
国家戦略局庁舎に着き、ロータリーで停車すると、イノスは馬車を降りた。
やがて順に馬車が到着して、職員達が続々と降りてくる。
その横で、イノスは煉瓦造りの館を見上げた。
庁舎は無事だった。
彼らは爆弾を落とさなかった。
(今回は見逃された…?)
「ロウリア国王も脅されていました。もしかすると、最初は脅しで済ませる習慣でもあるのかもしれませんね」
その声に振り返ると、主任のガルドールが立っていた。
「そうかもしれない。だが予断は禁物だ」
「はい。例の報告書はどうしますか? 今回はもう無駄になってしまいましたが」
その表情には「やれやれ」という言葉が浮かんでいるようだった。
三人には、トルキナ連邦に捕らえられていた件の詳細な報告書を提出するよう、命じてある。
だが今日の戦いには間に合わなかった。
「いや、たとえ無駄になっても書いておくように。今日の分も含めてだ」
「わかりました」
そう返事したガルドールの顔は真剣だったが、何か言いたげにも見えた。
イノスはすぐに付け足した。
「言っておくが、わたしも書くからな」
「はい」
ガルドールの納得したような表情に、イノスは頷き、玄関に向かった。
今日は多くの情報を得た。
皇国の今後に、大いに役立つはずだ。
――だが皇国に、役立てる機会は残っているのだろうか…?
ふとそんなことを考えると、後ろから声が聞こえた。
「…局長、まだ間に合いますよね?」
同じような不安を口にした部下に、イノスはふっと口元がほころんだ。
「どうかな。だが、書き残すことはできる」
今回は警告だけで見逃された。
皇国は、もはやトルキナ連邦に逆らうことはできないだろう。
――ロウリア王国の扱いは、ますます難しいものになる。
(だが、どうにかして手立てを見つけていきたい)
イノスは、ロデニウス大陸を諦めていなかった。
国家戦略局は、すでに多額の資金をロウリア王国に投じているのだ。
(回収できなければ、最悪の場合、命はない……)
反対に、成功に終われば、手つかずの資源が手に入る。
――宰相の座も見えてくる!
わたしが宰相なら、今日のようなことは避けられたはずだ。
(ん? ということは…)
――皇国を護れるのは、わたししかいない…?
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
翌3月7日 国家戦略局 局長室
翌日、イノスはいつもどおり出勤した。
早速、報告書を書きはじめる。
陛下に伝えなければならないことがたくさんあるのだ。
昨日の観戦のことを書き綴っていると、パルソがやって来た。
「第3外務局のカイオス局長が来ました。話があるそうです」
「連絡もなしに訪れるとは…呆れた奴だな。まあいい、通せ」
(いったい何の用だというのか…)
すぐにカイオスが現れた。
ノックもせずにドアを開け、ズカズカと足早に歩み寄る。
そのまま挨拶もなく、いきなり言い放った。
「トルキナ連邦側が要求してきた! 『慰謝料として、ロウリア王国に貸し付けた債権をすべて寄越せ』と!」
ロウリア王国に貸し付けた債権―――
それはつまり、国家戦略局の投じた資金…。
「そ…」
ペンが指先から滑り落ち、机の上を転がって、カランと乾いた音を立てて床に落ちた。
(そんな……)
視界がぐにゃりと歪んだように感じた。
まるで世界が音もなく崩れ落ち、時間さえ止まったかのようだ。
意識が、深い水の中に沈んでいくような錯覚を覚えた。
次回の更新日は未定です。
いまのところは週末を目指しています。