トルキナ連邦召喚   作:mogatoku

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日付が少し戻ります。



第三章 波紋
1 ニムディスと皇国の技術 ―― 勿体ないのじゃ!


 

中央暦1639年 3月13日夜

 ロデニウス大陸東方沖 洋上

  トルキナ連邦 第13軍 海軍団

   旗艦 輪空母艦《銀鷹》 監査人執務室

 

 

 皇国との合意に達した日から五日後――

 監査人一行を載せた艦隊は、連邦へと帰還する途上にあった。

 

 ニムディスは執務机に向かい、内線を受けるジローの言葉を聞いていた。

 

(終わったようじゃな)

 

「坂本司令官が、今から報告に来るそうだよ」

 

 隣の机で受話器を置いたジローが言った。

 

「ようやくか。待ちかねたぞ」

「おや? 戦闘報告に興味があるのかい?」

「もちろんじゃ」

 

 ――もちろん……嘘である。

 

 ニムディスは戦術や戦闘にはさほどの興味はない。

 だが、自分たちのために戦った兵士たちの働きを思えば、これは上に立つ者として当然の発言である。

 本当の興味は別にある。

 

「パーパルディア軍はいかような魔法工学技術を使っておるのか、ぜひ聞きたいのう」

 

 魔法の知識。

 それこそがニムディスの関心事である。

 

「ああ、そういうことか」

「ジローはどうなのじゃ」

「そうだなあ。連邦軍が何を学んだのか、気になるね」

「相変わらずじゃな」

 

(漠然としておる……)

 

「どんな改善が必要なのか、とかね」

 

 そこへノックの音が響いた。

 

「坂本です。報告に上がりました」

「ああ、入ってくれ」

 

 扉を開けて現れたのは、坂本和樹上級大将。

 第13軍の司令官にして、今回の随行軍の作戦司令官である。

 

(観戦した折りには、特に目を引く物はなかったが…)

 

 だが――それでも近代国家の軍である。何かしら見るべき物があるかもしれない。

 

(まずは褒めてやらねばなるまい)

 

 上に立つ者としての務めである。

 

「見事な働きじゃ。おかげで有利な合意に至った。感謝するぞ」

 

 ニムディスは賛辞を述べた。

 

「よくやってくれた。こちらも攻撃を知ってすぐに連絡したが間に合わなかった。ケガ人が出たのは残念だよ」

「申し訳ありません。敵が動きを見せた時点で指令を出すべきでした」

 

 あの時、ジローは外務局長ジョアンナを通じて指示を出した。

 

(間に合わなかったのじゃが…)

 

 連絡した直後に砲撃が始まったのだ。間に合わないのも当然である。

 

「貧弱とはいえ、大砲は大砲だ。C級兵士が炸裂弾をまともに喰らえば死んでしまう」

 

(死者が出なかったのは幸いじゃった!)

 

「個人で防殻でも出せれば違ったのでしょうが」

「次回から気をつけるように。連邦軍で対策してほしい」

 

(ジローにしては厳しいな…)

 

「はい。参謀本営に報告し、対策を求めます」

 

(坂本は立派じゃ。余計な言い訳をせぬ)

 

 ニムディスは坂本の働きを高く評価していた。

 

「第15軍が活躍したんだね」

 

 ジローが話題を変えた。

 

「はい。異変にいち早く気付いた15(イチゴー)から報告がありました。『砲撃を避けるため艦隊を移動中』と。海軍団長ゲド・サン中将からです」

「ほう。砲撃前に移動を始めておったとな」

 

(大した判断力じゃ)

 

「ノウブは賢いからね。しかもキミと同じ受勲者。短期間で将官になれたほどの人物だ。その判断は傾注すべきだろう。彼から連絡があったのなら、すぐに対応するべきだったね」

 

 ジローの声が心なしか弾んでいることにニムディスは気付く。

 ただ本人は自重しているようだ。

 

(現代装備群の活躍が嬉しいのじゃろうな)

 

「申し訳ありません」

「死人が出なかったことが救いだ。ケガなら治せるからね」

 

 治癒術で治せる。

 

「はい。不幸中の幸いでした」

 

 坂本は顔の高さの壁をまっすぐ見つめている。

 

(ジローの言いぐさに不満を感じておるか…)

 

 その後、坂本司令官による戦闘経過説明があった。

 

(古典装備兵が飛竜を射落とせたか。素晴らしいのじゃ。ん…? あ!)

 

 途中、ニムディスはある事実にふと思い至る。

 

(これはつまり…マズいのではないか…?)

 

 ――古典装備群が…!

 

 ジローの表情を横目で窺うが、特に何かを気にしている様子はない。

 

(気付いておらぬか…坂本の前では口にできぬ。かといって何も言わぬわけにもいかぬ)

 

 説明に耳を傾けつつも、どうしたものか考える。

 

(ほの)めかすしかあるまい……)

 

「――捕虜を船内に収容し終えた事を確認、作戦終了を宣言、警戒態勢に移行しました」

 

 説明はここまでのようだ。

 すぐに口を開いたのは、ジローだった。

 

「第15軍が作戦軍の連携手順を知らなかったとはなあ。てっきり知ってるものと思ってたよ!」

 

 驚きの混じった声だ。

 第15軍は現代装備群――非魔法工学兵器の軍である。

 

「まったくじゃ! 思わぬ見落としがあるものじゃな!」

 

 ニムディスは「いかにも」というように話を合わせる。

 実際、(あき)れる話ではある。

 今回の戦闘は相手が貧弱だったため、大事に至らなかったが、それは単なる幸運に過ぎない。

 

「まさか要項を知らない将官がいるとは、自分も思いませんでした」

 

 坂本が嘆息し、小さく首を振っている。その仕草には相当な呆れが滲んでいる。

 

「第15軍の艦隊は受け持ちの領海上空の防衛を担当してきた。作戦軍に参加したのは初めてだ」

「ですが将官が知らないなど考えられません」

 

 実はニムディスは思い当たる節があった。

 

(現代装備群はジローが強引に作らせたようなもの。現に始めはジローが(じか)に指導しておった。防衛省内部でも相当反感を買ったと聞いておる)

 

 ある意味“独立”した、いや“孤立”した存在だった。

 だがそれも、ドラゴンの“真の恐ろしさ”が判明するまでの話だったはず。

 

「いまだに他の装備群と疎遠じゃったとは…」

「なぜ今まで問題にならなかったのか……うーん。ドラゴンは確かに強かった。でも大集団で大規模作戦なんかしてくる相手じゃなかったから、こちらもそこまでの連携を必要としていなかった。ということなのかもしれない」

 

(どれほど強大な力を持っておろうとも、所詮はトカゲじゃったということか)

 

「じゃが例の相手は国じゃ。トカゲの集まりではないぞ」

 

 連邦に滅亡の危機をもたらすという古代の魔法帝国。対抗するには連携は必須だろう。

 

「至急対応する必要があるね」

「はい。参謀本営への報告の際に、原因調査と改善を提言します」

 

 坂本がしっかりと答えた。

 ここでニムディスは先ほど気付いた“ある事実”を仄めかすことにした。

 

「ところで、やはり飛竜には対策が必要じゃな」

 

 実際、今回の連邦軍の苦労の大半は飛竜にあったように見えた。

 

(その証拠に、飛竜を始末してからは一方的じゃった。それが問題なのじゃが…)

 

「そうなんだよ。今回の使用兵器は勿体ない。500キロ誘導弾はもちろん、20センチ速射砲にしてもだ。陸兵の3センチ銃で充分なんだから、その口径で機銃くらいは用意しておきたい」

 

(いや、そっちではないのじゃっ!)

 

 そう言いたかったが、耐えた。

 ジローの言葉に坂本が応じる。

 

「先ほども言いましたが、15の速射砲は弾切れの直前で、砲撃を停止しました」

「ああ、それはそうか……」

 

 ジローが小さく肩を落とした。軽い落胆を感じているようだ。

 

「そもそも速射砲しか使わないなんて場面は、想定してないからな」

「その後は、銃と弓矢で応戦しました」

 

 坂本の表情には歯がゆさが見て取れる。

 

「古典装備兵は皆B級じゃったな。次々と飛竜を仕留めておるのが見えた。大したものじゃ!」

 

 ニムディスはここぞとばかりに、古典装備兵の技量を讃えた。

 

「そうだね。命中させる方法に気付いたことが特に素晴らしい!」

 

 飛竜は火弾を放つ際、減速しながら目標へ直進する。

 射程が短く、かなり接近してくるので、その機を捉えて矢を放てば仕留められる。

 そういう説明だった。

 

(それは確かに見事なのじゃが…)

 

「見つけた者には表彰したい所だが、どうだい? ニムディス」

 

 ジローの満面の笑顔に、ニムディスは思わず微笑む。

 

(ふっ、ジローらしいのじゃ)

 

 誰かが何かを発見すると、その内容のみならず、それを発見できる人物が現れた事を喜ぶ。

 そんなところが微笑ましい。

 

「表彰者は我らだけでは決められぬ。じゃが、感謝状くらいは出せるぞ」

「ありがとうございます。11(イチイチ)には閣下が褒めていたと伝えておきます」 

 

 坂本が姿勢を正す。

 

「飛竜はB級の放つ矢で問題なかったのじゃな?」

「はい。消魔を用いて容易に墜落できました。このため飛竜は魔法で飛行している可能性が高いのですが、消魔を使わずとも矢で撃墜できたとの報告もあります。矢はかなり有効です」

 

 ニムディスは飛竜を眠らせた時の感触を思い出す。

 

(確かに魔法で浮かんでおるようじゃった…)

 

「あの飛竜についても手に入れて研究しないとね」

 

 視線を向けると、ジローの目に不穏な影が浮かんでいた。

 

(これは…! 「自分が飼育したい」という目!)

 

 ある日、家に戻ると庭に飛竜がいて、「あの時に言ったじゃないか」とのジローの声に愕然とする。

 

 ――そんな未来が見えるぞ!

 

(クワ・トイネ公国の時と同じじゃ! あの時も嫌な予感がしたのじゃ!)

 

 飛竜の話が出た時、ジローの顔は明らかに強い興味を示していた。

 ニムディスの目にはそれが“飛竜を手に入れるためには、クワ・トイネとの同盟に同意しかねない表情”に映った。

 

 ――ジローは油断ならぬ。

 

 本当に“やる気”になると、到底不可能としか思えぬことでも、あの手この手で何とかしてしまう。

 何しろ、連邦自体がそうやって生まれたのである。

 そんな夫は頼もしくもあるがが、同時に恐ろしくもある。

 

(クワ・トイネの時はわらわがキッパリと却下したので事なきを得た。今回もそうせねばな)

 

 夫の手綱を握るのは妻の務め。

 

「そうじゃな。生物研究所に研究するよう提案するのじゃ」

 

(我が家で飼う事はならぬ!)

 

 目をスッと見据えてやると、ジローの顔がウッと一瞬固まった。不利と見たのか、即座に目をそらし、話題を変える。

 

「船についてはどうだ? 風魔法を使っているようだけど」

「はい。敵艦の動力は〈風神の涙〉と呼ばれる魔法工学装置です。魔力鉱石を力源として風魔法を発動し、風を起こすものです。敵艦はその風を帆に受けて推進力を得ていました」

「ほう。ジローの予想どおりじゃな」

 

(つまらぬ)

 

「速度は?」

「捕虜から聞いた話によると、戦列艦の最高速度は28前後とのことです」

「時速28キロ? それは…随分と速いな…」

「ですが、今回の戦闘で我々が観測した最高速度は、22前後でした」

「22キロ…それでも、けっこう速い……」

 

 ジローの様子に ニムディスは訝しむ。

 

(何を気にしておる?)

 

「速さなら、こちらの軍艦の方が上であろう?」

「だが古典装備群の輪帆船とあまり変わらないぞ」

 

(さようなことか…)

 

 古典装備の帆船と較べて心配するジローに、ニムディスは少し呆れる。

 

「古典装備の船は前近代国家の軍を相手にする船じゃ。パーパルディアは曲がりなりにも近代国家。速くても不思議はなかろう」

 

 だがジローの表情は曇ったままだ。

 

「あの戦列艦の形はかなりずんぐりしていた。あの形状で速度20を越えることがまず不思議なんだけど……」

 

 ジローが考えながら話している。

 

「…それだけの速度が出せる程の風を起こせるなら、船体の形状次第でもっと加速できるんじゃないかなあ…」

 

 ニムディスにとってはいつものことである。

 

「…それに、それだけの風を起こして、海が荒れないことも不思議だ」

 

 ジローの言葉を聞いている内に、ニムディスは俄然、興味が出てきた。

 

(確かにそうじゃ! これは、期待できる魔法かもしれぬ!)

 

「ならばその装置、手に入れねばならぬな!」

「そうだね。ただ軍事技術だから、売ってくれるかはわからないけど…」

「何を言うておる? 我らは事実上の勝者。無理にでも売らせるのじゃ」

「そう……だな」

 

 ジローが苦笑して頷いた。

 

(ん? なぜ苦笑しておる…?)

 

 坂本が補足する。

 

「外観だけではありますが、写真と映像で細部まで撮影してありますので、近代装備部で解析すれば再現できるかもしれません」

「それは良いのじゃ。風魔法で強い風を起こせば波が荒れる。それをどう防いでおるのか、わらわも気になる」

「ところで、戦列艦の大砲については、調べてあるかい?」

 

 ジローがいきなり話題を変えた。

 満足したらしい。

 

「艦砲は〈魔道砲〉と呼ばれており、砲身内に魔法板に似た仕組みがあります。これを用いて“爆裂魔法”を発動させ、砲弾を飛ばしていました」

「爆()魔法ね。なるほど」

 

 ジローが腑に落ちた様子で頷く。

 

「はい。“爆()魔法”のことです。魔法板に似た仕組みの方は〈魔術媒体〉と呼ばれています。魔力鉱石を投入する部位があり、ここから魔力を供給して爆発魔法に用いています。ただ奇妙な点もあります」

「奇妙な点?」

「はい、起爆するのは“魔道士”の役目だそうです」

「魔道士?」

 

 ジローが眉をひそめたためか、坂本がすぐに意味を説明する。

 

「はい。“魔法に()けた者”という意味だそうです」

「いや、魔道士という言葉は知ってるよ」

 

 ジローがふっと微笑んだ。優しい笑みだ。

 

「加護の配布により市民は皆魔道士になったようなものだから使わなくなっただけで、昔は使っていたからね」

「それで、そやつらは魔法に()けた者じゃったか?」

 

 ニムディスは坂本に小さな警戒の視線を向ける。すぐれた魔法使いには注意が必要だ。

 

「いえ、言葉の印象ほど魔法に長けてはいません。どうやら爆発魔法がある程度使える者を“魔道士”と呼んでいるようです。一般の兵士では起爆できないのです」

 

(ん?)

 

 ニムディスは思わず眉をひそめる。

 

「つまり魔導士しか砲を撃てぬのか?」

「はい」

 

 ニムディスは首をかしげる。

 

「それは変じゃな。見たところパーパルディア人は皆魔力を持っておったぞ。なのに魔導士しか起爆できぬのか?」

「はい。そのようです」

「では、わざわざ探し出さねばならぬ訳か?」

「そういうことになると思われます」

 

 坂本がやや声を落とした。

 そこまで調べてなかったようだ。

 

「回りくどいのじゃ…」

 

 ニムディスは嘆息した。

 

(まあ分からぬではない)

 

 連邦で広く普及している〈魔法板〉もまた、発動時間を大幅に短縮でき、威力を増せる。

 だが――使えない魔法を使えるようにできるわけではない。

 火魔法を使えない者には、火魔法板を使う事は出来ないのだ。

 

(つまり爆発魔法が使えぬ者には、魔術媒体とやらも使えぬのじゃな)

 

「じゃが、起爆だけなら誰でもできるのではないか?」

 

 ニムディスがそう考えるには理由がある。

 

(それくらいの魔力は有しておったぞ)

 

 ニムディスは出会った人々の魔力を感じていた。

 

「魔力鉱石を力源(りきげん)としておるならば、使用者の魔力はさほど必要あるまい。パーパルディアの者は皆、魔力持ちというに、なぜ一部しか使えぬのか…?」

 

 魔法板を作れる程に魔法を解析できれば、その習得も容易になる。

 トルキナがそうだったのだ。

 かつてエルデン族が百年掛けて身に付けた魔法ですら、今や一年もあれば習得できる。

 

 意外にも、この疑問に坂本は淀みなく答えた。

 

「技術士官は『爆発魔法に対する理解不足が原因ではないか』と推測しています。『そのせいで一部の“カンの良い者”しか使えないのだろう』と。“魔術媒体”を“魔法板”と見なすと、おそらく“魔法陣に不備がある魔法板”ということになるだろうという話です」

 

 魔術媒体について技術士官と検討済みだったようだ。

 さすがである。だが――

 

(――つまり、使えぬ技術ということか…)

 

 軽い失望を覚えるニムディスの隣で、ジローの明るい声が響く。

 

「なるほど! 欠陥品を扱うには、ある意味、ちょっとした職人芸が必要なのか!」

 

 表情と声には“理解の喜び”が浮かんでいる。

 

(なにが「なるほど!」じゃ!)

 

 それがなぜか苛立ちを引き起こし、ニムディスはその感情を吐き捨てるように言った。

 

「じゃが、その欠陥品で砲弾を飛ばしておるのじゃから、大したものじゃなっ!」

「砲弾はどんなものかな?」

 

(……)

 

 皮肉をあっさりと流されて鼻白むニムディスをよそに、坂本が答えた。

 

「“爆裂魔法”を封じ込めたという鉄球です。重量は6キロと12キロの2種類です」

「封じ込めた? さっきの“魔術媒体”は使ってないのか?」

 

(解っておらぬな。ここはわらわが教えてやるか)

 

 ジローの疑問に、ニムディスは説明する。

 

「起爆には魔道士が必要なのじゃ。放った砲弾に魔道士がついて行くわけにはいかぬであろう? ゆえに爆発魔法を発動した上で、封じ込めておるのじゃ」

「なるほど」

「じゃが発動した魔法を封じ込めるには、対象の倍以上の魔力が必要となるのではないか? 爆発魔法の力源に魔力鉱石を使うておるなら、その封じ込めにも魔力鉱石を使うておるはずじゃ。そうであろう?」

 

(魔力鉱石の無駄遣いじゃ。まったく使い物にならぬ)

 

「封じ込めの詳しい仕組みについては、捕虜も知らないようでした。今後、近代装備部で解析することになると思います」

「製造方法は不明…まあ、そうだろうな」

 

 ジローが頷き、顎に手を当てる。

 

「ニムディスの言うとおりだとすると、封じ込めに使う分の魔力を着弾時の爆発にすべて使っていたら、威力は三倍以上になっていたかもしれないということか…」

 

(確かにそうじゃ! 無駄の多いおかげで、兵士たちは負傷だけで済んだ。良しとせねばならぬな)

 

 ――パーパルディア皇国の技術の稚拙なるを嘆くのはやめるとしよう。

 

 ニムディスは内心、密かに決意した。

 

「射程は?」

「約二千です」

「2キロか。短いな。4キロくらい飛ばせると思ったのに」

「艦砲は前装填式のため、砲身が短いのです。しかも砲弾は球状です。よって飛距離は出ません」

「ああ、前から丸い砲弾を…なるほどね」

 

 何が「なるほど」なのかニムディスはわからない。

 

「どういうことじゃ?」

「ん? ああ、砲身が長いと手が届かないから入れられないんだよ。だから砲身を長く作れない。砲身が短いと射程も短い」

「そういうことか」

 

 ニムディスは理解したつもりになる。

 

(つまり重対空砲と反対ということじゃな)

 

 重対空砲は砲身も長く、射程も長い。

 

「ところが銃は仕組みが違いました」

 

(ん?)

 

 かすかな期待が生まれる。

 

(ひうち)式です。燧石で火薬に点火して銃弾を撃ち出しています」

 

(なんじゃ、火薬か…)

 

 ニムディスの心は一気にしぼんだ。

 

「マ…いや本当か?」

「はい。銃は非魔法工学兵器なのです。“魔法火薬”を使用しているので、厳密には“非魔法”ではないとも言えます」

「えっと、魔法火薬? とは?」

 

 ジローが「なにそれ?」という表情を見せる。

 

「魔力鉱石の粉末です」

「なんじゃと!」

 

 信じられない説明に、ニムディスは思わず耳を疑う。

 

「魔力鉱石を火薬として使っておるのか!」

「はい」

 

 驚きで、いや失望で顔が引き攣るようにワナワナと動いてしまう。

 

「…なんという愚かな…無駄な使い方じゃ…」

 

 魔力鉱石とは、精製し、魔法板に組み込んでこそ真価を発揮するものだ。

 それを粉にして燃やすとは――

 

「まるで、酒を麦畑に撒くような所業ではないか…」

 

 先ほどの密かな決意をすっかり忘れ、ガックリと肩の力が抜けるニムディス。

 その隣から、またもや“理解の喜び”の声が上がる。

 

「なるほど! 爆発魔法は職人芸だから一般兵士は使えないのか!」

 

(なるほど、ではないわっ!)

 

 坂本の手前、口には出さなかったが、内心で突っ込みを入れてからニムディスは口を開く。

 

「じゃが、さような使い方では、爆発魔法の百分の一も力は出まい。ますます魔力鉱石の無駄遣いなのじゃ!」

 

 百分の一というのはさすがに誇張である。

 でもそうも言いたくなるくらいひどい話なのだ。

 

(なんという使い方! なんという浪費! なんという無駄!)

 

勿体(もったい)ないのじゃ!」

 

 ニムディスは語気を強め、顔をしかめた。

 ジローが視線を下げ、考え込むような仕草になる。

 

「うーん。確かに魔力鉱石の粉末は、火を付けると爆発する。でも火薬より威力は弱かったような…威力を出すには量が必要なんじゃないかな」

「さような問題ではないわっ! そもそも使い方が間違うておるではないか!」

 

 ニムディスは語気を強めたが、ジローは気にする素振りも見せずにぼそりとつぶやく。

 

「敵対的じゃなければ、黒色火薬を売るのになあ」

「ならぬ!」

 

 ニムディスは即座に却下した。

 

(戦う気満々の相手に売るなどあり得ぬ! じゃが……)

 

 ――何かが引っかかる…

 

 不意にニムディスの胸に不安がよぎった。

 

(何か大事なことを見落としておるような……稚拙なる使い方ではなく、もっと根本的な……何か……)

 

 ニムディスの思考は坂本によって中断された。

 

「兵装としては、近代装備と現代装備の混合体と言えます。ただ兵器が非常に貧弱であり、古典装備群…11(イチイチ)の陸軍団でも充分に対処できる程でした」

 

(そうとは言えぬ)

 

「飛竜を除けば、じゃろう」

 

 ニムディスは指摘した。

 先ほど「飛竜には対策が必要じゃな」と言ったのも、この意味である。

 

「ですが、弓兵の矢で多くを撃墜しております」

「じゃが、すべて、ではない」

 

 先ほど、報告を聞いているときに気付いてしまったのだ。

 

 古典装備群では飛竜隊の完全排除は不可能――

 

 この事実の重みにニムディスは愕然としていたのである。

 

「そう言えばさっき『近づいて来たときに仕留められる』と言ったね。それは素晴らしい発見だけど、それだと近づいてこないと仕留められないんじゃないか?」

 

 ジローも気付いたようだ。

 

「はい。11が展開した輸送艦でも、遠くを飛行する飛竜を排除したのは直轄軍だったとの報告を受けています」

 

 飛竜はクワ・トイネ公国でもロウリア王国でも使われていた。

 つまり――前近代国家の軍でも使用しているのだ。

 

「うーん…船上でもそうなら、陸上では尚のこと弓兵での対処が難しい状況も多そうだな」

 

 これは「古典装備群では、前近代国家の軍に充分に対処できない」ことを意味する

 そうなると”古典装備群はもはや無用の長物”ということになる。

 それはつまり、ニムディスが愛する“古き良き魔法で戦う軍”に遠からず廃止の危機が訪れることを意味する。

 そのことにニムディスは気付いたのだ。

 

 ――このままでは、古典装備群が無くなってしまうのじゃ!

 

 ジローが現代装備群を愛するように、ニムディスもまた古典装備群に愛着があった。

 

(何とかせねば! じゃが坂本の前で安易に口にはできぬ)

 

 最高監査人が軽々しく「この部署は役に立ってない」などと言えば、非公式でも波紋が広がり、やぶ蛇になる。

 

「そうです。今回飛竜の速度は300以上ありました。これはA2相当の速度です。互角以上に渡り合うにはS級である必要がありますが――」

「――連邦軍にS級はいない」

 

 ジローが言葉を引き継ぐと、坂本が頷いた。

 

「はい」

 

 S級は監査府直轄軍に入るしきたりである。

 理由は――S級が強すぎるため。

 そのくせ、実際のドラゴン戦争には無力だった。

 ドラゴンに近づくと『等級の加護』自体が消失してしまうのだ。

 かと言って、対人戦専門の古典装備群にS級の力は必要なかった。

 これまでの相手であれば、B級の力でも余りあるほどだった。

 ゆえに、同じ加護持ちの連邦市民犯罪者の制圧にその力を使ってきたのである。

 仮にS級の犯罪者が現れて暴れたとしても、S級を集めた直轄軍なら制圧できる。

 治安を担う監査府にとっては欠かせない存在である。

 

「その上、飛竜には体重があります。速度があります。この二つはそれ自体が脅威です。仮に速度の問題が解決しても、空中で肉弾戦になると、厳しいかと」

「力は、質量と加速度の積だからね」

「ならばA級を増やさぬか? A級ともなれば肉体も頑強じゃぞ」

「直轄軍から戻すのかい?」

「そうじゃ」

「うーん。階級の問題がなあ…」

 

 ジローがあまり乗り気ではないようだが、ニムディスはさらに思考を進める。

 

 ――いっそのことS級を戻すか?

 

 直轄軍人は、古典装備群から転属になった者が多い。それを元の隊に戻してやればいい。

 

「現状、古典装備兵では飛行速度もしくは射程が足りない。近代装備では威力が強すぎる。まさに“帯に短し、たすきに長し”だ。いずれも対応しないとね」

 

 ジローが結論を先送りにした。

 

「はい。参謀本営にもしっかりと報告します」

 

 坂本の言葉で、この話題は終わった。

 その後もしばらく三人の話し合いは続き、最後に坂本が言った。

 

「当作戦軍司令部は、帰還後に参謀本営への報告を以て任を解かれますが、報告はこれまでとは全く異なるものになるでしょう」

「そうだね。わたしからも報告することになる。報告先は防衛会議なのか、防衛委員会なのかはまだわからないけど」

 

 防衛会議――執政府が設置する会議。転移直後にも開かれた。

 防衛委員会――民議院が設置する委員会。防衛省に関連する諸問題を話し合う。

 

(ジローは何を暢気(のんき)に構えておる?)

 

 ニムディスの念頭には別の報告先があった。

 

(回り道せずに本命から取り掛からねば、間に合わぬ!)

 

「何を言うておる。ただちに両院に報告じゃ!」

 

 ニムディスはキッパリと明言してやる。

 

「それもそうか…ならちゃんと準備しないとな」

 

 ジローが苦笑しつつ言った。

 

「軍とも調整するから、また相談させてくれ」

「はっ!」

 

 坂本が姿勢を正したが、嬉しそうには見えなかった。

 ニムディスもまた、それを見やりつつも不安を覚える。

 

 ――飛竜の問題は何とかせねばならぬ。

 

 だが、胸によぎる不安はそれだけではなかった…ような気がした。

 

(あと一つ、何かが心に引っかかったのじゃが…)

 

 パーパルディア皇国の魔法工学技術は、風魔法の装置が優れておるようじゃ。

 ただ、それ以外は見るべきものはない。

 ただひたすらに魔力鉱石を浪費する、勿体(もったい)ない技術ばかり……

 

「では失礼します」

 

 坂本が退出する。

 やはり、胸に小さな不安がかすめる。

 

(何か見落としておるような気がする……)

 

 ニムディスは首をひねって答えをひねり出そうとする。

 が――

 

(うーむ……魔力鉱石が勿体ない! とにかく勿体ないのじゃ! そのせいに違いない!)

 

 その日は“勿体ない”から先に進む事はなかった。

 





第三章は、まだまだラフスケッチ的なものしか出来てないのですが、とりあえず第1話は固まったので、投稿することにしました。

次回の投稿は未定です。
いつになるかわかりませんが、でき次第、投稿いたします。
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