誤字報告ありがとうございます。
今さらですが、本二次創作は、なるべく原作の設定と矛盾しないように努力しつつも、オリジナル設定が満載です。
原作のクイラ王国には、外交貴族メッサルと首都バルラート以外に、固有名詞が特に見当たりません。
このため、本作に登場するそれ以外の人名や地名は、すべてオリキャラ、オリ地名です。
オリ作物も出てきます。。
中央暦1639年 3月23日午前9時半頃
トルキナ連邦
メッサルが控え室への扉をくぐると、すぐにザッツ王子が声を掛けてきた。
ザッツ王子は王太子、つまり王位継承者である。
「何をしておったのだ、メッサル」
「少々、考え事をしておりましてな」
「そうか。貴様は挨拶しなくて良いからラクで良いな」
「殿下は今だけではありませんか。わしはトルキナ連邦が現れてからずっと苦労の連続でしたぞ」
「ふん。貴様は相手の要求を呑んだだけではないか」
「それが苦労の原因だったのです!」
(どれだけ気苦労を重ねたことか…!)
――そう、彼らは容赦なかった。
「連邦市民の入国には細心の注意を払いますが、万が一トルキナ市民が犯罪を犯した場合は、我々連邦監査府が捕縛し、裁判に掛けます。有罪になれば連邦法による刑罰を科します」
一方的な宣告だった。
メッサルはすぐに受け入れそうになる。
「そうか……あ、いやっ、も、持ち帰って検討させてくれ!」
何とか堪えた。
(い、いかん。つい認めてしまいそうに……。また宮廷会議で何を言われるか)
きっと〈東の港〉でのあの光景を見てしまったせいだ。
(トルキナ人があの馬鹿力で暴れたら、うちの兵士などひとたまりもないからな)
だったら彼らに捕まえてもらう方が良い。
(ただ国王陛下も宮廷のお歴々も、あの馬鹿力を見ていない)
勝手に話を進めると、何を言われるかわからん。
「裁判とは何です?」
こちらの若い文官ケラーが尋ねたので、慌ててメッサルは説明してやる。
「裁判というのは”審問”のことだ。文明国では”裁判”と呼ぶんだ。わかったか?」
「わかりました」
しかし捕縛を肩代わりさせるのと、裁判を認めるのとでは大きな違いがある。
審問官と徴税官の指名は、領地の領主たる
(これはマズいぞ…)
「連邦政府は市民に対して公正な裁判を受ける権利を保障しています。監査府は裁判所が公正な裁判をしているのかを常に監査し、被告には弁護士を呼ぶ権利を保証しています。あなた方が認めるかどうかにかかわらず、です。こうすることで土木建設業者を入れる事ができ、道路や港湾の整備を進めることができるのです」
先ほどから通告しているのは、レオナルド・ロッシ殿だ。
丁寧な物言いだ。
(しかし、明らかにこちらの統治権を侵害する話だ!)
「わ、我々の審問が公正でないと言うのですか!」
ケラーが語気を強めた。
ケラーは若い人間。血気盛んだ。
(お、おいっ! 兵三百万の国に怒鳴るなっ!)
確かに、トルキナは利益のための戦争はしないと聞いた。
だが名誉のためには戦うかもしれない。
国の体面を傷つけられたと感じたら、戦争をしかけてくるかもしれない。
(“王子
メッサルはケラーに注意したかったが、さすがにこの席ではできなかった。
幸いなことに、ギブルス殿は怒らなかった。
「ふっ……レオ、説明してやれ」
ただ苦笑して、ロッシ殿に説明を促しただけだった。
「連邦の裁判制度は2種類ありまして――」
「いや、そうじゃない。そんなんじゃ分からんだろ。だいたい共和国の話はここでは関係ないぞ」
「そうですか……」
ギブルス殿の注文に、ロッシ殿が顎に手を当てた。
「では、こういう話はいかがですか? 例えば――」
ニヤリと笑みを浮かべた。
「――ある日、ギブルス監査員が死体で発見されました。胸に短剣が刺さっていたため、明らかに誰かに殺されていました」
「なっ! わしを勝手に殺すな!」
「話をわかりやすくするためです!」
「くっ…」
「捜査を始めた監査府特捜員はわたしレオナルド・ロッシを犯人だと断定しました。理由は、死体の胸に刺さっていた短剣にレオナルド・ロッシと刻まれていたからです。すぐにわたしは逮捕されてしまいました。ですがわたしにはまったく身に覚えがありません。わたしは叫びました。『は、放せ! わたしは無実だ!』と」
ロッシ殿の演技が入った語りは、予想外に長かったが、先が気になる面白いものだった。
この後、ロッシ殿はトクソウ員の尋問を受け、ベンゴシがやって来る。
尋問は二十日間に及び、さらにはケンサツ官とかいう者がやって来た。
さらに二十日間尋問を受け、それから裁判が始まった。
ケンサツ官がロッシ殿を断罪、日頃からの自分の扱いを恨み、上司を殺害した罪で、死刑を要求した。
「『――死刑を求刑します!』と検察官は言いました。レオナルド・ロッシは『し、死刑だって!』と頭を抱えてしまいました」
「いや、死刑にはならんだろ!」
「わかりやすくするためです!」
「何? ギブルス殿を殺しても死刑にならんのか?」
(高位の貴族を殺害して死刑にならないだと?)
「いや、そこは今の論点ではないので、流してください!」
その裁判は、メッサルの知る審問とは全く異なっていた。
つぎつぎと呼ばれる証人。
その証人に次々と質問を浴びせるケンサツ官とベンゴシ。
ロッシ殿が普段からギブルス殿に不満を述べていたと語る同僚や、部下たち。
反対に、むしろ尊敬していたと語る友人たち。
裁判は数回に及び、やがて、短剣を売っていた店の店主まで呼ばれ、あれこれと尋問される。
「――すると武器屋の店主は答えました。『はい。この短剣は誕生日の贈り物だからと名前を入れるように言われたので、職人に刻ませました』と。弁護士は尋ねました。『ではその購入者はこの法廷にいますか?』武器屋は答えました。『はい、そこの女ノウブです』」
ロッシ殿がヤナ・ゾル殿を指差した。
「ぼ、ボクですか!?」
「弁護士は言いました。『被告の誕生日は三ヶ月後です。つまり被告にはまだ贈られていません。被告がこの短剣で被害者を刺すなどあり得ないのです』すると傍聴席にいた女ノウブが逃げ出しました。裁判官はすぐに女ノウブを捕まえるよう指示し、わたしレオナルド・ロッシは無事、釈放されました。めでたしめでたし。以上、ギブルス監査員殺人事件の顛末でした」
パチパチパチパチパチ!
こちらの文官達が皆拍手している。
濡れ衣が晴れて良かったからか。
ロッシ殿の話が面白かったからか。
「つまり誰かが善良な市民を
(こ、これは――)
「随分と単純な話だったな」
「そりゃあ、今ここででっち上げた話ですから」
「なんでボクがギブルスさんを…ブツブツ」
「特捜団が聞いたら怒るんじゃないか? 凶器の入手先くらい調べるに決まっとるだろ、とな」
「だからあくまで例えばの話です」
「そもそもの話、殺人の容疑者には尋問魔法が認められる場合も――」
「だからあくまで例えばの話ですって!」
(これは審問ではない!)
長い物語を聞いたことで、メッサルはいろいろと分かった。
メッサルの知る審問は、審問官が関係者を集めて話を聞き、人殺しを特定するだけだ。
あとは人殺しを捕まえ、打ち首にすれば終わりだ。
(もちろん、捕まえてから、言い分を聞く場合もあるが)
よほど確かな話でないと、そのまま打ち首にするのが普通だ。
(これではむしろ捕まえてからが、大変ではないか!)
この裁判というのは、誰かに
だから告発する側と弁明する側が、同僚に、上司に、部下に、友人に、行きつけの飲み屋の店主に、店員に、武器屋に、そして本人に、これでもかと質問する。
証拠を確認し、日付と時間を確認し、居場所を確認し、武器を確認し、理由を確認し、本当に犯人なのかを確認する。
(だが――)
メッサルは気になることがあった。
「ロッシ殿を捕まえたトクソウ員や、断罪したケンサツ官はどうなる? ロッシ殿の名誉を傷つけたとして処罰するのか? それともロッシ殿が決闘を申し込むのか?」
(ロッシ殿やその一族はどうやって屈辱を晴らすのだ?)
「監査府の場合、捜査員はなぜ間違えたのか、どうすれば間違えずに済んだのか、必ず監査が入ります。一度間違えたくらいで何か処分を受けるということはありません。同じ間違いをこの後も繰り返すようなら捜査員からは外されるでしょう。検察官も同じです。それでわたしの場合ですが、実害が生じていれば監査府から弁済を受けることもできます」
「ロッシ殿の一族の名誉は?」
「一族ですか? それは親は心配するでしょうし、もしわたしに妻や子が居れば不快な日々を過ごすかもしれませんが、特に一族の名誉が傷つくようなことは、よほどのことがない限りはありません」
メッサルは気付いた。
(つまり“実際”を重んじると。トルキナ人は“体面”に無頓着なのか)
――これはできそうにない。
領主たちにこの裁判の実施を求めても、少なくともすぐには無理だ。
まずはこの“体面に対する無頓着”から始めねばなるまい。何年もかかりそうだ。
だがトルキナは待つ気などないだろう。
実際、今まさにそう宣告しているのだ。
「そういうわけで、裁判はこちらで行いますぞ」
だが「はいそうですか」と今ここで答えるわけにはいかない。
「は、話は分かった。では陛下や重臣達と相談の上、回答しよう…」
回答を求められてはいなかったが、メッサルはあえて回答を求められたかのように振る舞い、ささやかな抵抗を示した。
もちろん、断るわけにはいかないだろうことは分かっているのだが、皆の反発が予想できる。
腹が締め付けられるように痛くなった。
――ど、どうすれば…
案の定、宮廷会議は紛糾した。
当然、すんなりと認められるわけがない。
領内の罪人を処罰する権限は国王を含め、領主を領主たらしめる重要な法権だ。
「自分たちで捕まえるだと!」
「ですが〈東の港〉ではすでに“トルキナ人は皆、獣人よりも力持ちだ”と評判です。わたしも見ましたが、あれを捕まえるとなると、簡単に投げ飛ばされます。下手をするとひねり殺されてしまいますぞ」
「だが審問まで自分たちでやると言ってるではないか!」
「法権の侵害だ!」
「領主たちが何と言うか…」
「先日謁見した使者の二人は随分と物腰柔らかく、話の分かる者たちだったが、下の者どもはどうもそうではないようだな!」
国王陛下の声には不満がありありと現れている。
(ま、マズい)
陛下が拒否してしまったら……あっ!
――その時、ふと思った。
(トルキナと決裂したらどうなるのか?)と。
トルキナ連邦との取引がなくなれば、トルキナに石炭を売ることも、石油採掘をさせることもなくなる。
すると石炭の代金と石油採掘の地代を手に入れることができない。
(軍資金が手に入らなくなる!)
そうなれば王国は軍備を増やすことはできず、ロウリアに蹂躙されるだろう。
――クイラ王国は滅亡の危機に瀕する!
荒ら家をもっと丈夫な家にしなければと気付いたばかりだというのに…
(ここは何としても、陛下に受け入れていただかねばっ!)
「ですが、陛下。これを認めてもらわねば道路と港湾を整備する商人とその使用人を我が国に連れて来られない、と申しております。せっかく連中の馬鹿力で道路と港を整備してもらえるのです。これから大軍を動かすこともあることを考えますと、ぜひ作って欲しいところです」
「つまり〈カロイの砦〉まで援軍が駆けつけやすくなると? それはぜひ欲しい所ですな……」
「ジルド将軍! 何を申しておられる! 王国の権威が試されておるのですぞ」
(そ、それを言うな!)
陛下が黙ってしまったではないか!
(ま、マズい…)
「会議中失礼します!」
――そこに知らせが舞い込んできたのは、天の配剤だったかもしれん。
文官が駆け込んできた。
「ロウリア王国に潜入している者から驚きの報告が届きました!」
「何? とうとう動き出したか! かまわん。この場で読み上げよ!」
「はっ。『トルキナ連邦を名乗る巨船の艦隊が〈北の港〉に現れた。さらにはロウリア海軍と衝突し、跳ね返した。空に魔導兵器による雷鳴が百度
「空で魔導兵器の爆発だと?」
「雷鳴が百度轟いた?」
「なんと!」
「それで、トルキナ連邦は何と言ってる?」
「ただちに、ギブルス殿に確認してまいります」
メッサルは席を立った。
その日の会議はそこで終わりとなり、メッサルは早速ギブルス殿の所に向かった。
彼らはとっくに話を聞いていたようだった。
ロッシ殿が文書を見ながら説明した。
「さる2月17日、連邦政府はロウリア王国に対し、いわゆる亜人殲滅方針の撤回を要求し、回答を待っていました。21日、ロウリア軍の一部が暴走して我が方の随行艦隊を襲撃したため、これを退けたところです。随行艦隊は飛竜隊約五百を撃墜し、五百の軍船を制圧。一方ロウリア王は暴走の首謀者を拘束し、攻撃中止命令を出し、戦闘は終了しました。その後の交渉でロウリア国王は亜人殲滅方針の撤回と亜人差別制度の廃止を約束。賠償金として金貨1万枚をトルキナ連邦に支払うことになり、一部はすでに支払われているとのことです」
「なんと!」
亜人殲滅はなくなったのか!
「で、では、もうロウリアが我が国に攻めてくる事はないのか?」
ギブルス殿が首をかしげた。
「それはむしろこちらがお聞きしたいところですな。ロウリア王国が約束を守るような国なのか、我々は知らんのですよ。何しろこちらの国々とは接触したばかりですからな。王が決めたからと言って皆が従うのかどうかも、ワシらには分からんのです」
「ですが、ロウリア国王は連邦の要求を一旦は受け入れた。これは間違いありませんよ」
「そうか…」
なるほど。ギブルス殿の言葉はイチイチもっともだ。
「確かに、約束を守るような国かと問われると、そうだとは言いかねる。それに王が決めても諸侯達が反発する事もあろう。ところであの艦隊は強そうに見えたが、被害は少なかったので?」
「被害については口外して良いのか、まだ確認しておりませんが、ただ追悼の碑文に新たに名前が刻まれることはないようですな」
ギブルス殿の言い回しは、わかりやすかった。
(つまり一人も死んでいない!)
あの艦隊の強さは証明されたも同然だった。
「なるほど。ではロウリア軍の損害などは聞いても?」
「飛竜騎兵を数百ほど撃墜したというのが主な戦果です。ただ首謀者の船をあっけなく制圧したため、ロウリア海軍の船はほとんど傷ついていないそうです」
「そう…か…」
先に頭を捕らえて戦いを早く終わらせた、ということのようだ。
(どうせなら全部沈めてくれれば良かったのに…)
メッサルは思わず渋い表情になった。
「――と申しておりました」
宮廷会議が再開され、メッサルは真っ先に報告した。
動揺と困惑が広がった。
「なんと!」
「あのロウリア軍を撃退するとは」
「ロウリア王が方針を撤回しただと」
「トルキナ連邦はロウリア王国に対し武力で、方針撤回の要求を押し通しました。その軍事力は絶大と言えるでありましょう」
(今だ!)
とメッサルは思った。
「ところで、そのトルキナ連邦が我々にも要求していることは皆様もご存じでありましょう。トルキナ人が罪を犯した場合、連邦監査府外務公館がこれを捕縛し、裁判し、刑罰を科すこと。王国側が裁判をする場合は弁護士を呼ぶ事を認め、監査府公館の指導の元に行うこと。この2点について、受け入れに反対の方はおられますかな?」
皆が押し黙った。
誰も口を開かなかった。
反対すれば、ロウリア王国の二の舞になる。
その恐怖が、会議室を支配していた。
「では、そういうことでよろしいでしょうか? 陛下」
「う、うむ、それで良かろう…」
国王陛下がしぶしぶ頷いたため、メッサルは胸をなで下ろした。
(ほっ。これで、決裂せずに済みそうだ)
この後もずっとこの調子が続いた。
トルキナ市民の出入国の決まりやら、港や道路の使い方やら、居住地のことやら、カネの交換やら、商取引の決まりやら、彼らの要求は多岐にわたり、その度に「なぜそんなことを?」と尋ね、説明を受ける日々。
――やがて気付いた。いや、確信に変わった。
王国は今のままでは、トルキナに言われるままに認めるしかないということに――
自分が守っている王国の権威や体面、名誉などというものは、トルキナ連邦の“実際”の力の前では、
――同時に怖くなった。
王国の皆が、陛下や重臣達が、さらには領主や領民がこのことに気付いてしまったら?
王国はバラバラになってしまうのではないか――
それからというもの、宮廷会議で報告するたびに“誰かが気付いてしまうのでは?”との心配が尽きなかった。
――結局、気付いた者はいなかった。
それにはトルキナ側の姿勢もあった。
確かに実務者協議は、実質的には協議と呼べるようなものではなかった。
だが同時に、形式的には確かに協議であった。
彼らはこちらの要求を聞き入れることはほとんどなく、逆に自分たちがなぜこれを要求するのかを説明し続けた。
そのため、王国側は自分たちがまるで“重臣から説明を受けて採択する国王”の立場にいると思い込むことができた。
(その重臣の力が大きすぎて、首を横に振れない王だったわけだが…)
何日も掛けて協議を行い、ようやく最終合意を済ませた。
(ふう。これで片付いた。決裂する心配はもう無くなった)
そう思った時だった。
「最終合意ですか?」
「はい」
どうやらこちらの代表が最高監査人と直接会って合意する必要があるらしい。
「トルキナ連邦政府は、クイラ王国政府代表団を連邦にご招待いたします。連邦の地で最高監査人と最終合意を行います。その後は監査府から執政府と両院に報告し、その後、調印式を行います」
そういえば、トルキナ連邦は三頭と呼ばれる集団が治めているんだったな。
監査府と執政府と両院。
代表団には王太子のザッツ殿下を筆頭に、外務卿のメッサル、将軍のジルド、海将のルドッセ、さらには文官5名が選ばれた。もちろんそれぞれには従者と護衛が付くことになった。
またギブルス殿の強い薦めで、王宮に出入りしている商人のゼシムとその従者、鍛冶頭領ドルゴと鍛冶職人が一人、同行することになった。
二人ともドワーフだ。
盛大な出立式の後、リンクウキに乗り込んだ。
中の椅子は驚く程に柔らかかった。
護衛の兵士も座るのか。
「ここで一度降ります」
外に出るとそこは巨大な船の上だった。
中に入ると、なんとクワ・トイネ公国の代表団がいた。
彼らもつい先ほど到着したようだ。
「遠いからでしょうね。一緒に乗っていった方がいいだろうと」
「かもしれませんな」
クワ・トイネ公国のリンスイ外務卿が声を掛けてきて、すぐにトルキナとの交渉の話になった。
「そっちは弁護士を呼ぶ権利の話は出たか?」
「ああ、とても手に負えないと判断して、裁判は彼らに任せる事にした」
「なら著作権の話も出ただろうな」
「チョサクケン? いや、そんな話は出ていないが」
「なに…? ならば……ヤツらはクイラを属国にするつもりはないのか…?」
「属国? そんな話が出ているのか?」
「いや、もちろんアラハエル殿は口には出さないが……わしはそんな気がしてならんのだ」
「そのアラハエル殿というのはそちらの交渉相手の代表かね? 属国というのは本当なのか?」
「ああ、どうも港と道路の建設を要望したのがいかんかったかもしれん。あれから急に態度が変わった」
「そうなのか? 気のせいではないのか?」
属国にするということは、援軍を出すということだ。
ギブルス殿が望むとは思えない。
「だと良いんだが…」
リンスイ卿は随分と疑り深いな。
「ところで、そちらは何をもらった?」
「何をとは?」
「謁見の儀の際に、献上品として、白磁の大皿と珍しい大剣をもらったんだが」
「何? 王に謁見させたのか?」
「させなかったのか?」
「……ああ、公都にも呼ばなかったからな。当然、大公陛下にも会わせてない」
「そうか。ならジロー殿の角笛は聴いてないか?」
「角笛? あの男が角笛を吹いたのか?」
「ああ、なかなかの名手だったぞ」
「ふん、そうか」
(フ……勝ったな)
何が勝ったのか定かではなかったが、メッサルは内心でほくそ笑んだ。
話はそこで終わった。
(チョサクなんとかか……何の話だったのやら……)
メッサルは聞き覚えのない言葉だったため、覚えられなかった。
ただリンスイ卿がかなり疑念を抱いていたのは感じた。
(トルキナがクワ・トイネを属国にしようとしている? ちょっと信じられんな…)
翌日の乗り物は“コウクウキ”というもので、代表団は2台に分かれて乗り込んだ。
前日のリンクウキとは音が違った。
後で聞いた話では、クワ・トイネ公国の代表団も同じだったらしい。
数時間椅子に縛り付けられてていたが、やがて到着した。
外に出ると、兵隊が整列しており、聞き覚えのある音楽が鳴り始めた。
皆唖然として、兵隊の楽団を見つめてしまった。
――あれには驚いたな。まさかあの歌を演奏するとは。
「トルキナ連邦へようこそお出でくださった。ザッツ殿下、メッサル外務卿、ジルド将軍ほか、皆様をお迎えできまして、光栄でありますぞ」
出迎えてくれたのはギブルス殿だった。先に戻ったと聞いていたが、このためだったのか。
「では紹介しますぞ。こちらは最高監査人秘書官の一人で、アメリア・ヴィシナンザ監査正官です」
ニンゲンの貴婦人のいでたちは、端正だった。
「両国の皆様をお迎えできて光栄です。アメリア・ヴィシナンザと申します。ニムディス最高監査人の秘書官をしております。本来であればニムディス殿下が二人をお出迎えするところですが、あいにく不在にしておりまして、明明後日にはご挨拶できる見込みです」
「いえ、大変すばらしい出迎えをありがとうございます。まさか王国の曲を演奏していていただけるとは思いませんでした」
――リンシャと呼ばれる乗り物も良かった。
軍船と同じく、トルキナ人の馬鹿力で動かす乗り物らしい。
「クイラ王国の皆様はこちらにお乗りください」
「随分と大きな馬車だな。馬は見当たらないが…」
「これは旅客輪車です」
「この柔らかい椅子にも慣れてきたな」
「おお、馬車より速いですぞ」
「ガタガタ揺れない。なぜ揺れないんだ?」
「見てください。道が磨かれた大理石のように平らですよ」
「そんなことしたら車輪が滑るんじゃないか?」
「そこまでピカピカに磨かれているようには見えません」
――
「まもなくここキーン共和国の首都に入ります。史都と言います」
「おお、随分と大きな街だな」
「あの高い塔は何だ?」
「電波塔です。史都の建築物は7階建てまでに規制されていますが、特別な用途のものは、それ以上の高さの建築が許可されています」
「7階建てに規制? それはなぜだね?」
「史都は西の玄関口として栄えてきました。邦外からの訪問者にあまり技術をひけらかすのは良くない。そう連邦政府が考えたためです」
(それはどういう……?)
――
大きさこそ王城ほどではなかったが、見栄えがまったく違った。
(これが宿屋だと? これに比べたら、王城は文字通り“大きな荒ら家”ではないか)
「豪華な部屋だな」
「そのへんの領主の館よりも豪華絢爛だな」
(殿下が強がっている…)
「このテーブル、クワ・トイネの特注品より磨き上げられている」
「絨毯の模様も見事ですな」
「昇降機? うわ、動いたぞ」
――まさに、文明の嵐に巻き込まれた気分だった。
三日後、ようやくあの二人、ジロー殿とニムディス殿に再会した。
「よくぞ来てくれたのじゃ」
「連邦にようこそ」
服装がかなり違っていたが、気さくな様子は相変わらずだった。
王太子殿下がすぐに応じ、メッサルも続いた。
「何しろ初めて目にする物が多く、我々は驚くばかりだ」
「コウクウキもリンシャも初めて乗りましたからな。できることなら連邦の首都だという園都の様子も見てみたいものですなあ」
「では見てみますか? 希望させるなら手配しますよ」
「それは良いのじゃ。もっと驚くことになるじゃろう」
「ぜひ! お願いしたい!」
思わず身を乗り出してしまった。
「園都は連邦の政治の中心です。三頭のすべてがあります。監査府はその一つに過ぎません。残りの二つ、両院、執政府にもご案内しましょう」
――こうして急遽、園都まで行くことになったのだった。
「では最終確認を始めます」
文官が互いに条文を読み上げ、内容が同じである事を確認し、最終確認はあっけなく終わった。
「それでは調印式は園都をご案内した後ということで」
「わらわたちは一足先に園都で待っておるのじゃ」
二人は慌ただしく出て行った。
翌日、移動日だった。リンクウキで連邦の首都だという園都までやって来た。
――史都も大きいと思ったが……
「こ、これがトルキナの首都か!」
園都の繁栄振りは、史都を遙かに凌駕していた。
とてつもなく巨大な建物の森まである。
「栄華の極みとはこのことかっ…!」
「あれは?」
「高層天楼群です。商業地区です」
「商人街だと?」
広い道を行き交うとんでもない数の輪車。
脇を歩く大勢の人々。
「園都の人口は500万を超え、連邦で2番目に多い都市です。連邦政府のみならず、連邦で一番大きな国であるドレナ共和国政府もありますから」
(ご、500万…)
「2番目? 1番は違うのか?」
「人口が一番多い都市は一番北のローハ共和国の首都、
「見つからないように? それはなぜです?」
「貴族達に稼ぎを奪われるのを恐れたためと言われています」
「……」
――どう考えて良いのかわからん話だったな。
そして通りの上を大小様々な種族がそのまま飛んでいた。
「あの者達はどうやって飛んでいる?」
「飛行魔法です」
「史都ではあのような者達は見なかったが」
「史都は邦外からの訪問者を驚かせないために飛行魔法自体が制限されています。園都では公道上を飛行することが認められています」
「はあ…」
そのまま宮殿のような建物に案内された。
「ではわたしはここまでです」
アメリア殿がリンシャに乗り込み、去って行った。
振り返ると、エルフの男と、ニムディス殿と同じエルデン族の女が、大勢の召使いと共に頭を下げていた。
「いらっしゃいませ。わたくしはジロー閣下の家宰を務めますケディルと申します。ただいま主上と奥方様は公務にて不在にしております。今宵はこちらで旅の疲れを癒やしていただきとうございます」
「ようこそお越しくださいました。わたくしはニムディス殿下の侍女長をしておりますリアミュルと申します。殿下とその配偶者様は、まもなく戻って参ります。一同、皆様方のお世話を仰せつかっております。どうか遠慮なくお申しつけください」
(なんか今、二人の間に雷光が見えた……?)
やがてジロー殿とニムディス殿が戻り、晩餐が始まった。
酒も肉も初めて味合う美味さだった。
「ところでクワ・トイネ公国の代表団はどちらに?」
「今頃は〈宿館エンドレナ〉という古式豊かな宿で過ごしておられますよ」
「クイラ王国では心づくしの歓迎を受けたゆえ、我ら二人で貴殿らを直接もてなしたくてな。あの時の宴会はまことに楽しかったのじゃ」
「ではクワ・トイネの連中はこれを食べられないのですか?」
「おそらく別の料理を愉しんでおられることでしょう」
「ジロー殿の角笛をまた聞きたいですな」
「もちろんいいですよ。食事が済んだら奏者達も呼んで演奏しましょう」
「それは楽しみですな」
夜は上等な酒とつまみを味わいながら、ジロー殿らの演奏で、皆で踊った。
――王城の宴会のような盛大なものではなかったが……なぜか芋の話で盛り上がったな。
「この菓子は芋のような食感ですが、甘いですな?」
「これはサツマイモを蒸して角切りにしたものです。荒れ地でも育つ甘い芋です」
ジロー殿の指示で召使いが調理前のサツマイモを持ってくると、クイラの代表団一同は驚きの声をあげた。
「クィラ芋じゃないか! クィラ芋にしては随分と大きいが」
「クィラ芋? 農民が作ってるというアレか?」
「そうです、王子。王子は召し上がったことはないようですが、わたしも甘いクィラ芋なんぞ初めて食べましたぞ」
「クイラ王国にはこれに似た芋があるんですか? 作物は取れない、と聞いてましたが」
「まあそれは…そういうことにしておりまして…」
「王都でも見かけませんでしたよ?」
「味がひどく苦いので、王都では誰も食べておりません。誰もが輸入麦を食べております」
「ク
「なんだ? ルドッセ海将」
「西部ではク
「カラ芋? まさか…
「知っておるのか? ジロー!」
「そのカラ芋というのは? ジロー殿」
「ええ、サツマイモというのはサツマという土地の芋という意味なのですが、そのサツマの人がこの芋を
「つまりそのサツマの者がクイラの土地に来たことがあると?」
「かもしれない。それで、そのクィラ芋というのはいつ頃からあるんですか?」
「それは大昔から…」
「大昔とは?」
「一万年とか、それくらいではないかと」
「そうですか……だとすると昔過ぎますね。では最後の曲を――」
――心暖まる楽しい夜だった。
翌日、朝食が終わると、またアメリア殿に連れ出された。
ジロー殿とニムディス殿はすでに出かけたようだ。
「まもなく到着です。正面に見えるのが両院議事堂です」
「何というか、白くて美しいな」
「横に広いのですな」
「はい。三棟が連なっています。本日は左の民議院本会議場にて会議の様子を見学していただきます」
「それはどのような会議ですか」
「国の重要案件について議論する会議です」
「宮廷会議のようなものか?」
「そうですね。帝国時代の宮廷会議の役割のうち、執政人を指名すること、法を定めること、予算と決算を承認すること、あとは執政府や監査府に対して説明を求めることを担当しています」
(ん? ああ、そういえば――)
「内政は執政府、治安維持と外交は監査府が行うから、それについて説明を求めると?」
「そうです。では到着したようです。降りましょう」
――そして今、民議院の建物の控え室にいる。
「では皆様、会議場にご案内します。階段状の座席ですので、足元にご注意を」
――いよいよこの時が来たか!
トルキナ中枢の会議をこの目で確かめる時が!
アメリア殿に付いていき、扉の前に着くと、先にクワ・トイネ公国の代表団が待っていた。
声を掛けようとすると、中から声が聞こえた。
『クワ・トイネ公国とクイラ王国の代表団の皆様の入場です。代議士の皆様も、傍聴席の皆様も、盛大な拍手で迎えましょう!』
扉が開き、順に中に入る。
万雷の拍手が鳴り響く中、前に進む。
メッサルの視界が一気に開けた。
広い会場で大勢が顔をこちらに向け、手を叩いていた。
ジロー「1万年前か…鹿児島県民どころか唐芋も存在しない…」
クイラ王国を”部族連合国家”にすると話が変わってしまうため、”封建国家”ということにしました。
本作オリジナルの設定になりますが、封建制度にはやっぱり作物が欠かせないなと思い、サツマイモみたいな芋があると良いなあと考え、クィラ芋という芋があることにしました。
・ただし苦くて、収穫も少なく、ほとんど流通していない。
・クイラ王国自身が「作物の育たない不毛の地」と公称している。
→このため、原作の日本は気付かなかった。
…ということで。。。
次回の投稿日は未定です。