千慮(せんりょ) ――さまざまに考えること。
誤字報告ありがとうございます。
中央歴1939年 3月23日 9時半過ぎ
トルキナ連邦 園都 両院議事堂 民議院会議場
メッサルは代表団と共に会議場に入っていくと、そこは巨大な空間だった。
――ひ、広い! 王城の〈謁見の間〉の10倍はあるぞ!
こんなに広い部屋を見るのはもちろん初めてである。
どうやらここは2階席の真ん中のようだ。
1階席には大小様々な種族の一団が立ち上がって、こちらを見上げて、拍手している。
彼らが代議士と呼ばれる一団だろう。
そして2階席の左右には、どことなく高貴な雰囲気のある一団がやはり立ったまま拍手している。
ほとんどが笑顔だ。
ザッツ王子が手を振り、カナタ首相が軽く一礼すると、拍手がますます鳴り響いた。
カンカンカン!
『これより、民議院本会議を始めます!』
大きな声が正面から鳴り響く。
魔法で大きくしているのだろうか?
ザザザザ。
皆が一斉に座った音だった。
「皆様もどうぞ、名前の書いてあるお席にお座りください」
秘書官の言葉に席を見ると、メッサル卿と書かれた席があった。
座面が高くなっており、ドワーフが座っても人間と変わらない席だ。
巨漢の獣人ジルド将軍の席は床が下がっており、顔の位置が人間と同じ高さに調整されていた。
『本日は昨日の報告会を踏まえ、各委員会の代表者による監査人への質疑を行います。なお、議長より申し伝えます。予知予言の類いは防衛会議若しくは元老院で扱うため、当院ではあくまで事実に基づく質疑に限るものとします。質問に当たっては外邦の客人たちの前であることを充分に考慮してください。客人の前ではふさわしくないと議長が判断した場合は、質問を差し止めることがあることをご承知置き願います』
正面の随分と高い席に座るダークドワーフの声だ。
議長とは彼のことだろう。
その席の膝元で向かい合う者がいた。
一人はジロー殿だった。
窮屈そうな紺色の服を着ている。
そしてもう一人は人間の淑女だ。
彼女の服装は王国に現れた時のジロー殿の服装にどこか似ていた。
(やはり淑女が着ると、より艶やかに見えるものなのか…)
「わが国の政治部会とは随分と様子が違うようだ」
リンスイ外務卿がカナタ首相と話している。
(わが国の宮廷会議とも違う)
『ではキーン共和国選出の田中宏美が、民生委員長としてコウ・ジロー最高監査人に質問します!』
黒髪の女の声が正面の壁から響いてくる。
『クワ・トイネ公国とクイラ王国に連邦冒険者組合への依頼を勧めたということですが、それは冒険者に対人戦闘をさせるということですか! 人類の殺害を冒険者にさせるのですか!』
淑女の言葉には明らかにトゲがある。
どうやらご不満のようだ。
『対人戦闘についてはそのとおりです。かつては邦外で活動する商社の護衛は冒険者の仕事であり、対人戦闘も当たり前に行われていました。人類の殺害を推奨するわけではありませんが、襲撃者の排除は冒険者組合法にも定められている冒険者の業務です』
対してジロー殿は涼しい顔で応じている。
「あの貴婦人は冒険者の派遣に反対なのか?」
「ジロー殿は考えを変えたりしないだろうか?」
そんな声がクワ・トイネ公国の席から聞こえてくる。
だがメッサルは感想を口にすることはなかった。
ただこのやりとりを呆然と聞いていた。
声が不自然なほど大きく鳴り響いているせいかもしれない。
『外邦人の護衛は連邦の法人の護衛とは違うのではありませんか!』
『冒険者組合法では単に“護衛”となっています。これは“依頼者が指定する対象の護衛”という意味であり、連邦市民又は住民に限定されているとは言えない、というのがキーン連邦裁判所の判決です』
『その判決は、少なくともわたしの育ったキーン共和国では有名な話です。”たとえ保守府の長たる最高監査人であっても裁判で負けることがあることを示し、裁判所の独立性を証明した判決”として義務教育で必ず教わります。閣下は確か”外邦人は護衛対象ではない”と主張して商社に停止命令を出し、商社から“命令の取り消し”を求める訴訟を起こされて敗訴しています。つまるところその依頼主は商社でした。今回は違います。今回の依頼主は邦外国政府、つまり外邦政府です。外邦政府の依頼を冒険者組合が受けてもいいのですか!』
『現在では、監査府の許可があれば、外邦人の依頼を受けることができます』
ジロー殿の口ぶりはまるで我らに説明する文官のようにも聞こえるが、その態度は悠々としている。
『外邦政府の依頼は連邦の利益に反することもあるのでは?』
『連邦の利益に反すると判断した場合、監査府は不許可とします。許可済みの場合でも、利益に反することが判明した場合は即座に許可を取り消し、停止命令を出します。何が連邦の利益になるのかということは監査府が総合的な観点から個別に判断します』
メッサルは 懸命に二人のやりとりに集中する。
まだ理解できるような気がするが、油断するとすぐについて行けなくなりそうだ。
『ですが、先ほどの事件のように訴訟を起こせば裁判所が判断するのでは?』
『先ほどの訴訟は“冒険者組合法上の護衛対象に外邦人が含まれるかどうか”について争ったものです。何が連邦の利益かを判断することは裁判所の業務ではありません』
(この話はいったい、どこに向かっているんだ?)
メッサルは首をかしげる。
(あの淑女はわが国が冒険者を雇うことに反対のようだが……その意図が分からん)
王国の石油が欲しくないのだろうか?
石炭が欲しくないのだろうか?
1階席を見ると、皆真剣に聞いてはいるが、深刻な対立といった空気は感じられない。
(民議院というのは、普段からこうなのか?)
『冒険者が戦争捕虜となったらどうするのですか! 監査府はどのように対応するつもりですか!』
質問者が語気を強めた言葉を耳にして、メッサルは合点がいった。
(そうか! あの淑女は、冒険者の血ですら他国のために流すことには反対なのか!)
だが冒険者や傭兵が異国の戦場で死ぬのは、当たり前ではないか?
それが冒険者であり傭兵なのではないか?
メッサルはそう心の中で反論しながら、表情を変えないジロー殿を見つめる。
『捕虜となった冒険者の身柄をどのように確保していくかは、一義的には冒険者組合が考えるべきことです。監査府としては外交上の接点を通じて、市民の返還を求めていくことになろうと思いますが、これはあくまで冒険者の自己責任ということになります』
代議士席がどよめいた。
“そんな無責任なことで良いのか!”
“冒険者を見捨てるつもりか!”
“監査府が責任を取れ!”
男女を問わず怒号があちこちから湧き上がる。
(ん? なぜ皆動揺している? なぜ怒る? ジロー殿の言葉は当然ではないか!)
メッサルにとっても、冒険者とはそういうものだ。
だからこそ、彼らはいざという時の逃げ足も速い。
カンカンカン!
また何かを叩く音が聞こえた。
見ると議長のドワーフが木槌を手に持っている。あれで机を叩いたようだ。
『静粛に!』
どよめきが静まった。
『冒険者には兵役期間中にCきゅ――』
カンカン!
木槌が再び鳴った。
(今度は何だ?)
質問は一瞬止まったが、すぐにまた始まった。
『……兵役期間中に十分な強さに届かなかった若者が大勢いるんですよ! そのような成人して間もない若者に自己責任を押しつけるのはあまりにも酷なのではありませんか!』
信じられないという様子で、両腕を持ち上げている。
『もちろん冒険者組合には退役軍人を中心に人選するなど、組織的な戦闘になっても対応できる形で派遣して欲しいところです。仮に若者であっても兵役訓練を受けているのですから、まったくの素人というわけではないと考えています』
わずかにどよめく。
『最後の質問です。戦争になっても両国を守って戦えという依頼を受けたとして、冒険者に何の利益があるのですか!』
『危険と引き換えに報酬と経験が得られます。対人類戦ともなれば、害獣駆除を続けるよりもずっと早く強くなることでしょう』
『民生委員長として、戦争捕虜となった場合の扱いについてさらなる検討を監査府に要求して、わたしの質疑は終わりとします』
『監査府は今の要求について充分に検討することを、議長のわたしからもお願いします』
パチパチパチパチ
拍手がまばらに聞こえる。
先ほどの万雷の拍手とは大違いだ。
女が席を壇上から降りて、席の一つに着いた。
(お、終わりか…?)
どうやら彼女の批判はここまでのようだ。
これなら変更はなさそうである。
次はダークドワーフの貴婦人がジロー殿の正面に立った。
初めて見る白い服装をしている。
『ドレナ共和国選出のカルーナ・タジェコールが民政副委員長として質問します』
その声は低く力強いが、先ほどのようなトゲは感じない。
(また女か…)
『パーパルディア皇国の人質について伺います。連邦政府が人質を――』
カンカンカン!
木槌が鳴り響いた。
『その質問は議長権限で今回は差し止めとします! 日を改めて質問するか、委員会の席で質問してください』
『…く…わかりました……』
(へ? 今、何と? パーパルディア皇国の人質?)
――どういうことだ?
その奇怪な言葉の組み合わせに、メッサルは理解が追いつかない。
『ではグラ・バルカス帝国についてお聞きします。諜報員の拘束に法的根拠は――』
カンカンカン!
『その質問も今回は差し止めとします。またの機会に願います。質問者には、本日は客人の前であることを充分に配慮して質問することを願います』
『く……わかりました…なら私からはありません』
ざわつく中、ダークドワーフの女は、議長席のドワーフの男を睨み付けてから、壇上の席を後にした。
「…ぐら…何だって?」
ザッツ王子が尋ねると、王子側付きの文官ケラーが答えた。
「グラ・バルカス帝国でしょう。確か第2文明圏の向こうで暴れているという国の名がそんな名前でした」
「初めて聞いたぞ。その国が何だと?」
「わかりません。諜報員と聞こえましたけど」
次に現れたのはパント族の男だった。
トルキナに来てから、すでに何度も見かけた種族だったので、メッサルは驚きはしなかった。
壇上の床がせり上がり、その上にヒョイと飛び乗る様子は、小さな子供と見間違えそうだ。
『ゴンドー共和国選出のグリンポル・猛然が、予算委員会保守分科会委員として質問します』
やや高く、かすれた声だが、言葉はハッキリしている。
『ロウリア王国で軍の一部が襲撃してきた理由が、ニンゲン至上主義者の将官よる暴走とのことですが、具体的にはどういう主義なのでありますか?』
クワ・トイネ公国の席がざわついた。
「ロウリアの話題だぞ!」
「ここには亜人がたくさんいます。やつらの横暴な考えを知れば、きっと我らの味方になって…」
「しっ! 聞きましょう」
――ん? クワ・トイネの連中は知らんのか?
『簡単に言うと、ニンゲン以外の人類をロデニウス大陸から駆逐すべきであるという思想です。これは長いことロウリア王国の方針となっており、多くの信奉者がいるようです』
場内がわずかにどよめいた。
“やはりそうか”
“わしらは歓迎されないのか”
“ボクらを駆逐…”
カンカンカン
『静粛に!』
静まる。
『昨日の報告では、二名の将官が独断で出した命令を受けた海軍櫂船千隻と、数百もの飛竜騎兵による襲撃を受け、随行艦隊がこれを退けたという話でありましたが、つまり彼らはニンゲン以外の種族を見かけたので襲撃してきたということでありますか?』
「せ、千隻だと?」
「りゅ、竜騎士数百だと! それを退けたのか…」
「竜騎士が何万といようが、連邦軍の進軍を阻むことはできない…」
リンスイ外務卿のつぶやきが耳に入り、メッサルは尋ねた。
「リンスイ卿、それは誰の言葉だ?」
「…アラハエル殿だ」
(そんな脅しを受けたから、リンスイ卿は疑っているのか…)
『多種族国家である我々連邦とは相容れないため、他の種族殲滅方針の撤回と他の種族差別政策の廃止を監査府は王国政府に要求しました。襲撃があったのはその4日後でした。おそらく襲撃の首謀者はこちらの要求を聞きつけ、腹を立てたのでしょう。でも最終的には王国政府と合意に達しました』
『昨日の報告によれば、ニンゲン以外の種族を駆逐するという国策は取り下げられたのでありますね?』
『はい、襲撃を退けた後の交渉により、取り下げられました』
場内に安堵のため息が聞こえる。
(話には聞いていたが……本当に押し通したんだな…)
あのロウリア王国を屈服させてしまうとは…
『するとクワ・トイネ公国とクイラ王国政府は冒険者を雇う必要はなくなったのではありませんか?』
(ふ…自分と似たようなことを尋ねている…)
メッサルの口元がふと緩む。
『そこまでは断言できません。取り下げは一時的である可能性もあります。再び暴走する者が現れる可能性もあります。まだまだ予断を許さないと考えています。おそらく両国政府は安全保障の観点からも冒険者を雇うと思われます』
クイラ王国はもちろん雇うつもりだ。
『ニンゲン以外の種族を駆逐するという国策が復活した場合、監査府は何をするつもりでありますか?』
『現地公館を通じて、撤回を求めます。経済制裁も行います。すでに債権の半分を押さえているため、その速やかな返済を求める事もできます』
『連邦から宣戦布告をするつもりはありますか?』
(約束を破った国に対して、どうするつもりなのか…)
『約束違反に対してはおのずと厳しい対応になります。監査府は硬軟様々な方法を駆使し、約束を遵守せざるを得ないようにしていくことになります。そこには当然、軍事力の行使も選択肢に含まれます。但し――』
ここでジロー殿がグラスの水を飲んだ。
『宣戦布告を判断するのは監査人会議の役目であり、それについてここでわたし一人が発言しても、監査人会議がこれに拘束されることはありません。従いまして、宣戦布告して全面戦争に突入するのか、地域紛争にとどめるのか、武力行使以外の手段に限定するのか、ここで明言することは出来ません。ですがわたし個人の思いとしては、対外戦争の判断は今までどおり慎重になされるべきと考えています。連邦市民を直接害することを目的としていない相手の場合、連邦は軍事行動を起こさないことが原則です。連邦の存続に重大な危機がある場合を除き、この原則は守られるべきです。両国には頑張って欲しいところです』
隣を見ると、ザッツ殿下が納得の表情で頷いている。
メッサルの報告をちゃんと理解しているようだ。
『それを聞いて予算委員の一人として安堵したいところでありますが、それは両国が保護国になることを申し出てこない場合でありますね』
『そうです。もし申し出てきた場合は、いわゆる保護国設置法に基づき、連邦軍が防衛することになります』
『ロウリア王国が両国への侵攻を開始した場合、両国から難民が来ると思いますか?』
『難民が発生する可能性は大いにありますが、彼らの船で連邦までたどり着くことはかなりの困難が伴うと思われます』
――そう。彼らは他国のために血を流す気はない。
前の席では、カナタ首相とリンスイ外務卿が青い顔を見合わせていた。
(今さら気付いたような表情だ。やはり知らなかったのか)
メッサルは少し呆れたが、すぐに思い出して苦笑する。
(そう言えば以前の自分もそうだったな)
最初はトルキナ連邦を上手く巻き込めないかと考えていた。
そんな考えをしていたことすら、すっかり忘れてしまっていたほどに、メッサルは変わった。
――もうあの頃の自分ではない!
『パーパルディア皇国について質問します。昨日の報告では今後も武力衝突する可能性は残るという話でありましたが、そのような国と国交を結び、通商しようとする理由は何でありますか?』
『パーパルディア皇国は曲がりなりにも官僚機構と金融機関を有しており――』
(なに? パーパルディア皇国と“再び”武力衝突? すでに衝突したのか?)
初耳だった。
メッサルは唖然としてしまう。
「やはり本当なのか?」
「文官助手からの報告はとても信じられなかったが…」
クワ・トイネ公国側が騒がしい。
(あいつ等は知っていたのか…)
こちらは知らなかったというのに…
『今後戦争が起こるとしてもですか?』
『そうです』
『――治外法権を認める。これはどういう意味でありますか?』
『パーパルディア皇国領内で連邦市民が犯罪を犯した場合――』
『それは今までと変わりないのではありませんか?』
『これまでとの違いは――』
(な…な…何を言ってるんだ…? ジロー殿は…?)
「おい、パーパルディア皇国にも治外法権を認めさせたと言ってるぞ、本当だと思うか?」
「う、ウソではないと思います」
ざっと殿下とケラーのやりとりを耳にしながら、メッサルは呆然と眺めていた。
『パーパルディア皇国はトルキナ連邦と対等の関係を結んだと関係各国に通知する事になっていますが、実際には対等な関係ではないのではありませんか?』
『今回の合意は武力衝突の結果による賠償としての片務的な合意です。確かに不平等な項目はありますが、それは賠償の一環であって、主従関係を意味するわけではありません。監査府としては、両国は主権を有する近代国家としてあくまで対等であると判断しています』
「いや。我々を騙しているのでは?」
「何のためにですか? 我が国は治外法権をすでに認めたというのに」
「力をさらに大きく見せようとしているとか」
「この会議場も、この首都も、充分大きく見えます」
「それは確かにそうだが。そうなると列強を凌ぐ国ということにならないか?」
「実際にそうなのです」
若い二人の動揺はまだ続いていた。
メッサルはただ演台を見つめ続けた。
『――友好関係を築くのは不可能だと?』
『不可能とは言いません。友好関係を築くべく、努力していく必要があると考えています』
その後も次々と驚きの質問がなされ、ジロー殿が驚きの答えをしていく。
メッサルはもう話しについて行けなくなっていた。
また質問者が変わったようだ。
『ローハ共和国選出のジェームズ・ショーが産業委員長として質問します! クワ・トイネ公国との通商条約はすでに最終合意に達し、まもなく調印となるようですが、連邦にとってクワ・トイネ公国との交易で得られるモノには何があるのでしょうか?』
『クワ・トイネ公国は穀物生産量が――』
「我が国の話だ」
「聞きましょう」
ジロー殿の説明が続くが、クワ・トイネの席のささやきが収まる気配がない。
「どうやら彼らが麦を必要としているというのは間違いないようだ」
「ならなぜ同盟しようとしないのだろうか?」
「だから言ってるではないか。きっと我らを属国にしようと――」
「そうは思えないのだが――」
「メッサル、連邦はクワ・トイネ公国を狙っているのか?」
ザッツ殿下が尋ねてきたため、メッサルは首を振る。
「そうは思いませ――」
『クイラ王国とも同類の話が進んでいるようですが、クイラ王国から得られるモノとは何でしょうか?』
「わが国の話です。聞きましょう」
「ああ、そうしよう」
『当該王国は豊富な地下資源を有しています。石炭と石油は化学工業にとって必須の資源であり、燃料としての利用も大いに期待できます。石炭は鉄鋼業にとって必須です。輸入することで得られる邦益は計り知れません』
『邦内の採掘業者はどうなりますかね?』
『それは産業省と国土省に尋ねてほしい質問ですが、監査府としては邦内の地下資源についてはなるべく保存するのか望ましいというのが地下資源保全法の趣旨だと考えています』
『では監査府の見解では邦内の採掘企業はどうすべきと考えていますか』
『邦内の採掘は現状維持になると思われますが、クイラ王国の石油の採掘権を買い入れますので、採掘業者はぜひ採掘事業に参加して欲しいところです。石炭の採掘は今のところできませんが、輸入することで、石炭の使用量を増やすことができます』
『クワ・トイネ公国とクイラ王国に交通基盤整備を約束していますが、これはなぜでしょうか?』
『両国の交通基盤は貧弱であり、穀物の、あるいは石炭及び石油の大量輸送に適さないため、円滑な大量輸送を可能にする必要があると判断したためです』
ジロー殿の説明に、ザッツ殿下が不機嫌な声を出した。
「なんだ。我らのために港と道路を作るわけではないのか。騙された気分だ」
「我々のためにもなります。それで充分ではありませんか」
殿下と文官のやりとりがさすがに気になってしまい、メッサルは顔を二人に近づけた。
「それは少し違いますぞ、殿下」
「違う?」
「はい。ジロー殿は皆にこう言ってるのです。『これはトルキナのためになる。自分はトルキナの損になるような合意をしたわけではない。ちゃんと国益を守っているぞ』と。単に相手国のためと述べては、皆に責められてしまうのが、外交貴族というものです」
「そ、そうか…」
問われて説明するジロー殿の姿が、メッサルには、外交貴族としてのこれまでの自分に重なって見えた。
そういう意味でも、確かにこの会議は宮廷会議と似ていた。
――だが、何かが違う。
『モルドー共和国選出のカン・ドイが、予算委員長として質問します! 昨日の報告と先ほどの答弁から考えますと、軍備の再編か増強が必要だとしか思えませんが、監査人はどう考えていますか?』
次々と質問席に現れ、鋭い質問を投げかける質問者たち。
ある者は冒険者の血が流れることを厭い、
ある者はロウリア王国の危険な思想について尋ねながらも、戦争になることを心配し、
ある者は列強との関係について問い質し、
ある者は通商で得られるモノを尋ね、
そして今、質問者は軍事費をどこから出すのかという話をしているようだ。
そんな彼らに、一つ一つ冷静に、丁寧に、悠然と答えるジロー殿。
説明に耳を傾ける大勢の有力者然とした人々。
(これが…大国の会議か…)
想像だにしたことのない大会議の姿がそこにはあった。
(宮廷会議は何かが違っているようだが――)
メッサルはふと気付く。
(そうか! 彼らは執務の当事者ではない!)
これは外務卿と財務卿と将軍が言い争うような宮廷会議とは違う。
執務の当事者が、自分の領分の都合を振りかざして互いの主張を捲し立てる会議とは全く異なる。
メッサルの頭の中に案内者のアメリア秘書官の言葉が響いた。
(“執政人を指名すること、法を定めること、予算と決算を承認すること、あとは執政府や監査府に対して説明を求めることを担当しています”)
これらはもしや、こういうことではないか?
・宰相や財務卿などを指名すること。
・法を布告すること。
・財務卿に収入と支出について下問すること。
・宰相、外務卿に対して下問すること。
そう。これらはつまり――
――“王の務め”だ。
王の務めはまだあるが、これらは少なくともその一部だ。
(だがこんなにも大勢で、決められるのか?)
宮廷会議では、最終的に決断するのは王だ。
だから王を説得すれば済む。
だがこれだけの人数を説得するのは見るからに大変そうだ。
もしや、このことと関係があるのか?
大国の使者でありながら、王に恭しく献上品を差し出した二人。
力を背景に法権に踏み込む要求をする外交官たち。
しかし同時に小国の外務卿相手に懇切丁寧に説明する彼ら。
王国の歓待に応えて、代表団を自宅に招き、暖かくもてなした二人。
外国からの訪問客に“技術をひけらかさないために”西の玄関口といわれる都市の建物の高さを制限したという政府。
入国してから、我らを見下すような態度を取る者を一度も目にしない国。
彼らにとって我が国は吹けば飛ぶような小国に過ぎないというのに。
この大国がかくも奇妙な姿を見せるのは、大勢で王の務めを分担している国だからだとしたら?
――すべて説明できるのではないだろうか?
詳しい理屈は充分には分からないまでも、メッサルはそう直観した。
(――王国は変わらねばならない!)
それは確かだ。
トルキナ連邦という巨大な新しい城を見てしまった今、その実感はますます強くなっていく。
――だが、どこから手を付ければ良い? 何をどうしたらいい?
リンクウキ、コウクウキ、楽団演奏による歓迎、史都、しゅくかん、リンシャ、
頭の中では、ここ数日の溢れんばかりの情報の波が渦となって回っている。
(ダメだ…これ以上考えが進みそうもない!)
しかたなくメッサルは、残りの時間をただ演台上のやりとりを見つめ続けて過ごした。
やがてすべての質問が終わった。
『ではこれにて閉会とします!』
カーン!
議長席から木槌の音が空気を切り裂くように鳴り響いた。
「千慮(せんりょ)」の読みは浅慮と同じですが、意味はむしろ反対寄りですね。
最初は”熟考”にしようかと思いましたが、何か違う気がしたので、類語大辞典(講談社)をめくって、見つけました。
次回の投稿日は未定です。