トルキナ連邦召喚   作:mogatoku

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6 使者たち

 

 

 中央暦1639年1月25日 クワ・トイネ公国北 マイハーク港

 

 

 カナタはリンスイ外務卿とハンキ将軍、そしてアラハエル殿と共に港の沖を見つめている。

 外務局員のヤゴウと、マイハーク市政のトップであるハガマも傍にいる。

 

 視線の先には、碇を下ろした13、いや14艘の巨大な軍船が、港の沖に整然と並んでいる。

 

「なんて大きな船だ」

 

 カナタは思わず呟いた。

 巨大な船体は黒に近い色で、寄せ付けがたい威容を放っている。

 その存在感の前では、周囲に漂うわが公国の軍船はまるでワイバーンの前の野ウサギのようだ。

 

「あの船はみな表面を鉄で覆っているのですか?」

 

 カナタが尋ねるとアラハエル殿は一瞬、怪訝な表情を見せる。

 

「鉄で覆って・・・? いえ、そもそも鋼鉄でできています」

「鋼鉄で・・・?」

 

 カナタは息を呑んだ。

 

 ――鋼であんな大きな船を作るとは・・・

 

 いったいどれほどの鍛冶屋が必要だろうか?

 そういえばトルキナ連邦の人口は3億を越えているという話だった。

 きっと鍛冶屋の人数も桁違いに違いない!

 人口が多いとこんなことができるのか・・・

 

「鉄製の船だというのか! ムーにはそういう船があると聞いたことがあるが、見るのは初めてだ」

 

 リンスイもアラハエルの言葉に驚いている。

 鋼鉄の艦隊との戦いはどんなものだろうか。

 

 カナタは目を閉じて想像してみる。

 

 鋼鉄の艦隊が公国海軍の船団に迫る。

 海軍は次々と矢を、そして火矢を放つ。

 だが矢は弾き返され、火矢は小さな火を灯すこともできない。

 つぎは魔道士達が攻撃を放つ。

 だが閃光は黒い表面に吸い込まれ、火炎の球は鋼鉄の鎧に火を付けることもなく、むなしく消えていくのみ。

 水兵達に広がる絶望。迫り来る鋼鉄の巨体。

 

 そして繰り出される体当たり攻撃!

 

 衝撃に悲鳴を上げる船員達。なすすべもなく次々と砕け散る海軍の帆船。響き渡る木の破壊音。

 やがて漂う木片。

 無傷のまま悠々と進み去る鋼鉄の艦隊。

 

 カナタはそんな光景を思い浮かべて背筋が凍る。

 

 あの艦隊に戦いを挑んだとしても、結果は目に見えている。

 公国はいま存亡の危機にある。

 一度の失言が滅亡に繋がる瀬戸際にいる。

 

 カナタ首相はそう思えてならなかった。

 

「あの船は(しろ)みたいですね。それに帆柱がたくさん・・・いや、煙突でしょうか」

 

 ふと疑問に思ったことを尋ねる。

 

「あれは対空砲です。上空を飛ぶ人喰いドラゴンを攻撃するためのものです」

 

 アラハエル殿によると魔導兵器のようだが、カナタにはどういうものか想像が付かない。

 あれでどうやって人喰いドラゴンを倒すのだろうか?

 

「真上に攻撃するのかね?」

 

 ハンキ将軍が疑問の声を上げる。

 

「普段は真上を向いていますが、撃つときは向きを変えるそうです」

 

 向きを変える? どうするのだろうか。

 カナタには想像がつかない。

 ハンキ将軍も眉をひそめて尋ねる。

 

「見るからに威力がありそうだが・・・本当に当たるのかね。あれでは飛び回るワイバーンを撃ち落とせるようには見えないが・・・」

 

 ワイバーンを狙うのは弓矢でも難しい。

 するとアラハエル殿がやや自信なさげに口を開く。

 

「わたしも対ドラゴン戦の戦闘を見たことはないのですが、当たるらしいです」

「ホントかね・・・」

 

 列強パーパルディア皇国といえども、魔道兵器でワイバーンを撃ち落とすことはできないと聞いたことがある。そもそも飛び回るワイバーンを狙うことは弓矢ならともかく、大型兵器では無理だ。

 おそらくその人喰いドラゴンはワイバーンと違い小回りがきかないのかもしれない。であればまっすぐ飛んでいるところを狙い撃ちできるのかもしれない。

 だが仮にワイバーンを撃ち落とせないとしても、あの鋼鉄の船にワイバーンの火炎攻撃が通用するとはカナタには思えなかった。

 それにしても巨大な魔道兵器だ。

 

「あの魔導兵器の大きさはどれくらいなのか」

 

 ハンキ将軍の問いにアラハエル殿が答える。

 

「口径など正確なところはわたしもわかりかねますが、対空砲の長さは40メートルあるそうです」

 

 カナタは密かに息を呑んだ。

 だとすると、あの船の全長は200メートルを越えるに違いない。

 あまりにも大きい。

 

 さらに沖合には、まだいくつかの巨大な船が見える。

 だがその一つは平らな台のようになっている。魔導兵器も見当たらない。あれは何だろうか?

 

「あの何も乗っていない船には魔道兵器も見当たりませんが、あれは軍船ではないのですか?」

 

 カナタが尋ねると、アラハエル殿はハキハキとした調子が消えて、言い淀む。

 

「あれは輪空母艦・・・だと思います。軍艦です。多分」

「そうですか」

 

 自信なさそうな声のアラハエル殿に、カナタは却って不安が増す。

 未知の艦隊。未知の兵器。

 不安になるなと言う方が無理だ。

 

「軍船が港に戻ってきますね」

「そうですか」

 

 どうやら自分は存亡が掛かっているこの状況に緊張と不安が高まってしまっているようだ。

 大丈夫だ。今のところ、懸念された軍事衝突は無さそうだ。

 首相として冷静でなければ。

 カナタは不安を打ち消そうと、自分に言い聞かせながらも、鼓動が耳の中まで響いてくるような気がした。

 

 しばらくすると、兵士がやってきた。

 

「報告します。あの船団は事前連絡のとおりトルキナ連邦のものとのことです。なお、これも事前連絡のとおり、軍船にはトルキナ連邦の最高監査人二名が乗船しています。我が国の政府関係者と会見したいとのことです。海軍はいま、彼らを軍船に乗せて、港に移送しているところです」

「報告ご苦労様。われわれはここで出迎える」

 

 カナタがそう言うと、兵士は駆け足で戻っていった。

 するとアラハエル殿が口を開く。

 

「『最高監査人二名』という話が事実なら、ニムディス殿下だけでなく、ジロー閣下も来ているということです。すみません。ジロー閣下まで来るとは予想外でした」

 

 ニムディス殿下については、旧皇族であり、威厳を備えた銀髪の貴婦人と聞いている。

 だがジロー閣下という人物のことは何も聞いていない。

 

「なにか心配なことでも?」

「ジロー閣下はいろいろと細かい(かた)でして、皆さんの御不興(ごふきょう)を買わなければいいのですが・・・」

 

 どうやらアラハエル殿はジロー”閣下”の事をあまり快く思っていないようだ。

 

「そうですか。心に止めておきましょう」

 

 こちらが不快に思ったところで、あのような船を持つ国に対して何ができるというのか?

 

 カナタは心の中でぼやいてから、気持ちを整えようと深く息を吸った。

 

 

 軍船から降り立った一団の中に二人の男女が見える。ひと目で地位の高さがうかがえた。

 銀髪の淑女は優雅な佇まいを見せながらも、どこか野性()を漂わせた鋭い眼差しを持っている。

 背が高い黒髪の男は、興味津々という様子で周囲を見回し、港の光景を余すことなく観察していた。

 

「殿下、閣下、ご足労いただきましてありがとうございます」

 

 アラハエル殿が恭しく声を掛ける。

 

「うむ。此度はご苦労であったぞ。近隣文明との初接触じゃ」

 

 銀髪の淑女が答えた。

 よく見ると、その姿は自分たちエルフとは似て非なるものだった。

 頭の輪郭は丸みを帯び、耳は人間より長いがエルフより短く、角度も異なる。

 異国の血を感じさせるエキゾチックな容貌に、カナタは相手が未知の存在であることを改めて思い出した。

 

「はっ、恐縮です。早速ですが、ご紹介いたします。こちらはクワ・トイネ公国首相のカナタ様です。首相というのは・・・」

 

 さらにアラハエル殿が首相の地位について説明を添えている。

 おそらく誤解を避けるためだろう。

 

 カナタは一歩前に進んだ。

 

「ようこそおいでくださいました。わたしはクワ・トイネ公国首相のカナタと言います。トルキナ連邦の方々を歓迎します」

 

 丁寧すぎず、それでいて丁寧に、出迎えた。

 

「カナタ首相。トルキナ連邦最高監査人のニムディス殿下と、ジロー閣下です」

 

 アラハエル殿が二人を紹介してくれた。

 

「これはこれは、首相に出迎えていただけるとは光栄じゃな。わらわはニムディス・オーレノン・コーワ、最高監査人をしておる。こちらは夫で、同僚のコウ・ジローじゃ」

「初めまして。同じく最高監査人のコウ・ジローと申します。このたびは急な申し出にもかかわらず、首相閣下自らお出迎えいただきまして、ありがとうございます」

 

 二人は夫婦だった。

 だが、その挨拶はどこか対照的で印象が異なる。

 

 ニムディス殿下は、身分の高い者が親しみを示す時の柔らかさと威圧感を持ち、その鋭い眼差しは獲物を捕らえる猛獣のようである。

 ジロー殿は、その身長から受ける初見の威圧的な印象とは異なり、その自然な丁寧さとでもいうべき話し方は、相手を見上げるでも見下ろすでもない、不思議な均衡を見せていた。

 

 挨拶を交わした後はリンスイ外務卿、ハンキ将軍、ヤゴウ局員、ハガマ市政長を順に紹介した。

 

 やがて一行は馬車に乗り込み、公館へと向かった。

 

 港を離れると、住民たちの様子が見えた。

 港の人々は口を大きく開けて、黒鉄の艦隊を見つめていた。

 その威容を背に、馬車はゆっくりと進んでいった。

 カナタは自分の肩に公国の命運が掛かっていることをひしひしと感じていた。

 

 公国にとって歴史的な会談になることに疑いの余地はなかった。

 

 





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次回の更新は本日の夜の予定です。
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