トルキナ連邦召喚   作:mogatoku

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思ったよりも長くお待たせしてしまいました。
後半の方が日付が先ですが、ストーリー的には問題はありません。

誤字報告ありがとうございました。


7 ロデニウスの暗雲 ―― クワ・トイネの憂鬱、ロウリアの失意

 

中央歴1639年3月24日 夜

 トルキナ連邦 首都 園都 宿館〈エンドレナ〉

 

 

 クワ・トイネ公国の外務卿を務めるリンスイは、滞在先の宿館の一室で酒を飲みながら愚痴をこぼしていた。

 

「いざとなれば合意など破棄すれば良いと考えていたが、わしの考えは甘かったようだ!」

 

 それを聞いたカナタ首相がグラスを片手にため息をつく。

 

「最初にあの軍船の艦隊を見た時からわたしには分かっていたよ」

「ふん。だが今日の調印式を見ただろ。あの軍隊の行進を」

「調印式兼歓迎式だ」

 

 クワ・トイネ公国・クイラ王国とトルキナ連邦との条約調印式兼歓迎式はここ“園都”で行われた。

 調印式では、クワ・トイネ公国からはカナタ首相が、クイラ王国からはザッツ王子が、トルキナ連邦からはニムディス最高監査人が署名したのである。

 

「兵士達が宙を飛んで現れ、地面に降り立ち、我々の目の前を行進して出口へと去って行くのを見せつけられて、わしは体の震えを押さえ込むのに苦労したぞ!」

 

 式典では連邦軍による行進の披露があった。

 巨大な円形闘技場、いや競技場の外側から兵士が皆、魔法で空を飛んで現れたのだ。

 

(そして種族毎に整列してのあの行進だ! あの人数が寸分違わぬ動きで行進するとは!)

 

 その動きはあまりにも不自然に感じられて不気味だった。メッサルは感心するどころか、ただひたすらに恐ろしかった。

 

「それよりずらりと並んだ多種族の民の一体感の方がわたしには恐ろしかったよ。まさに市民皆兵の国なのだと実感した」

 

 カナタ首相の表情が引き攣っている。

 

(目も眩むような式典だったが…)

 

 絶大な歓迎を受けていると感じたが、それが巨大なプレッシャーとなってメッサルを押しつぶそうとしてくるようだ。

 

「もし条約を破棄したら……あれがあのまま襲いかかってきそうだな…」

「あれを敵に回して戦うなど考えたくもない! 味方になってくれれば…心強いというのに…」

 

 ハンキ将軍も真っ青な顔をしている。

 

「実際、ロウリア海軍だけでなく、パーパルディア皇国海軍すら退けた」

 

 トルキナ側で文官助手を務めている者からの報告が届いた時は耳を疑った。

 

「それだけの力がありながら、随分と話が細かい。逮捕権も裁判権も……こんなことなら、最初の合意のままにしておくべきだったな」

 

 リンスイは悔やむ。

 実際、トルキナ側交渉役のアラハエル殿がやったことは自分たちの決まり事を押しつけることだった。

 

「クイラ王国の基本合意の話を聞き、わたしは焦ってしまったのかもしれない。いまさらどうにもならないが」

「まさかこうなるとは思いもしなかったのはわしも同じだ。それにトルキナが毎年麦を大量に買うようになれば、我々を守る気になるかも知れないという考えもあった」

 

 リンスイは思い出す――

 

 クワ・トイネ公国は1月19日に、トルキナ連邦最高監査人2名と基本合意に達した後、実務者協議に入った。

 最初は単にマイ・ハークの港でささやかな麦の取引ができれば良いという感じで話が進んでいた。

 だが2月に入ってから隣国に駐在するペインから知らせが舞い込んできた。

 クイラ王国の基本合意の内容だった。

 

「王国側が石炭を採掘し、連邦側が石油を採掘する。これらを輸送するため、両国は道路と港湾を協力して整備する。連邦監査府の出先機関を設置する。連邦は冒険者組合を紹介する。実務者協議に入る。以上であります」

 

 政治部会のメンバーたちが顔を見合わせる。

 最初に口を開いたのはカナタ首相だった。

 

「石炭とは何か?」

「燃える石の事です。クイラ王国では木が生えないため、燃える石を使っています。情報部で確認したところ、煤がひどいため、厨房がすぐに真っ黒になるそうです。鉄の精錬にも向いているとは言えず、良い鉄ができるのは数回に一度という話。我が国の鍛冶職人が使用する木炭の方が遙かにマシであり、我々には不要です」

「フハハ! 木が生えない国というのはいろいろと大変だな!」

 

 メンバーの一人が笑った。

 

「石油とは?」

「燃える水の事です。これも匂いがひどいため煮炊きに不向きであり、鉄の精錬にも全く向いていません。クイラ王国ですら誰も見向きもしていません」

「トルキナ連邦はなぜそんなモノを?」

「そこまでは掴んでおりません」

「だがトルキナ連邦はその二つを運び出すようだ」

 

 リンスイは報告の内容に、顔をしかめた。

 

「メッサルのヤツ、随分と踏み込ませたな。属国にでもなるつもりか」

「道路の整備が目的だろう。輸送もラクになるぞ」

「どんな道路や港湾ができるのか。それ次第では兵の移動もラクになるかもしれん」

 

 ハンキ将軍の言葉にカナタ首相が興味を示した。

 

「トルキナ連邦はどんな道路・港湾を作るのか? 我が国にも作ってもらえないか? 実務者協議で尋ねるように担当者に連絡を」

「わかりました。今すぐにマイ・ハークに連絡します」

 

 

 報告はその夜だった。

 

「なに? アラハエル殿が?」

「はい」

 

 アラハエル殿というのは、最初にクワ・トイネにやって来たトルキナ連邦のエルフで、そのまま実務者協議を担当している。

 その彼が、直接、公国の首脳と話をしたがっているとのことだった。

 翌日、リンスイはすぐにマイ・ハーク港に向かった。

 

 アラハエル殿の説明は目も眩むような話だった。

 

「これまでの例から考えますと、馬の蹄鉄にも優しい魔凝土(マクリート)を用い、産地から港まで完全舗装の輸送道路を通すことになります。お望みでしたら、公都とマイ・ハークの間にも幅10~20メートル程度の一般道路を整備します。港は最低でも1万トン、もし希望されるならば20万トンの貨物輪船が複数入れるような――」

「それは素晴らしい…!」

 

 しかし、それだけではなかった。

 

「連邦の土木建設業者を入国させなければなりません。そうなるとマイ・ハーク港でささやかな麦の取引を認めた先の基本合意とは前提が変わります。そこで新たな協議体制を提案いたします――」

 

 ――思えばあれが変わり目だったな……

 

 リンスイのみならず、カナタ首相までもが協議に参加することになってしまった。

 

「アラハエル殿の語る道路と港に目が眩んだのがマズかったのかもしれない」

 

 カナタ首相が肩を落としている。

 リンスイは苦笑する。

 

「逮捕権やら裁判権やら、関税やら貿易制限やら、入国管理やらに随分気を遣う。公国に入国した逃亡犯を連邦監査府職員が捕縛することを認めさせ…いや、あれは一方的に宣言されたのだな」

 

 反論すると「では――」と関連の法律と裁判所を整備する努力義務まで課せられた。

「ちゃんとできるようになったらあらためて決めましょう」と

 

 カナタ首相が思い出すように目を閉じて言った。

 

「アラハエル殿は随分と熱心に話を進めていた」

「ふん! その話というのは実際のところ、自分たちの決まり事を押しつけることだったわい!」

 

(まったく。こちらの意見に耳をかたむけはするが、取り入れることがほとんどなかった)

 

 リンスイが鼻を鳴らして愚痴ると、カナタ首相が小さく息を吐いた。

 

「条約の条文自体は穏当なものだったんだがな…」

「だが問題はその中にある『詳細は別途細則にて定める』という言葉だ!」

 

 ――この細則がつまるところ連邦による連邦のための規則だった。

 

 しかも「弁護士を呼ぶ権利」とか「著作権」とか、とにかくこちらが考えたこともないような事柄についての規則だったせいで、交渉の場面では反論する言葉も思い浮かばずに受け入れざるをえなかった。

 

 そんな場面が何度もあった――

 

 

「弁護士とは何だ?」

「法廷で被告の弁護をする専門家です」

「その法廷というのは何だね?」

 

 意味が分からなかったので何度も質問し、ようやく判ってきた。

 

(どうやら「人殺しや窃盗で捕まった人物の弁明をする職業」らしい)と。

 

 ――それはあまりに勝手ではないか!

 

「トルキナ人が人殺しや盗賊をしたとしても、公国による審問は許さない、と言いたいのか!」

 

 リンスイは詰め寄るように身を乗り出したが、アラハエル殿は相変わらずハキハキと答えた。

 

「そうおっしゃりたいだろうからこそです。あなた方が連邦市民に対して裁判権を行使したいなら、弁護士を呼ぶ権利は必須項目です。それにこれは一方的な話ではありません。貴国民が連邦内で罪を犯した場合も弁護士が付きますよ」

「な……」

 

 リンスイそれ以上反論する言葉を継げなかった。

 

 ――“著作権”なるものもよくわからん!

 

「物語や詩は皆で好きに読んだり話したり書き写したりするものではありませんか? いわば皆の共有財産です。それが作者個人の私有財産とは? 仮にそうだとしてそんな決まりに何の意味があるのです? 人の口に戸は立てられませんよ」

 

 カナタ首相がそう言うと、

 

「人の口は当てになりません!」

 

 などと訳の分からない返事が返ってくる。

 リンスイはカナタ首相と顔を見合わせたが、結局、どれも提案どおりに受け入れることしかできなかった――

 

 

 その時のことを思い出したのだろう。

 カナタ首相が再びふうとため息をついた。

 

「今後は、我ら公国がこうした細則に従っているかどうかについて、アラハエル殿が監査指導することに…」

 

 公国に駐在することになったアラハエル殿の肩書きが『外務監査員』から『主任外務監査員』となると聞いた。どう違うのかわからんが、両国の関係を監査指導する役目を負うという。

 

 ――これじゃ属国と大して変わらん。

 

「こちらがトルキナ人犯罪者を捕縛する場合も、さらにはその後の裁判も、アラハエル殿の監査指導を受けなくてはならんとは!」

 

 ハンキ将軍がまた憤っている。

 

「その話は済んだはずだ。こちらに信頼に値する体制ができあがったとあちらが判断するまでの間の話にすぎない」

 

 カナタ首相にまたハンキ将軍が食ってかかる。

 

「それはつまり、アラハエル殿が実質的な公国の統治者になるという意味になるのではないか!」

「いや違う。トルキナ人に関係しないものは監査指導の対象外のはずだ」

「だが…いや、このままいくといずれ公国の内政はすべてやつらの監査府が決めることになるのではないか?」

「今さらそんなことを言っても仕方がない…」

「まったく、属国になる未来しか想像できん……!」

 

 リンスイがグラスをテーブルに強く置くと、ガンッ! と音が響いた。

 

「そんなことはさせん! そうだな、カナタ首相!」

 

 ハンキ将軍が同意を求める。

 

「もちろんだよ。トルキナの干渉がこれ以上拡がらないようにしなくては!」

 

 三人は強く決意した。

 

「失礼します! 電像機に首相閣下と外務卿が映っています! ご覧になりませんか?」

 

 その日、多くの取材陣が招待され、撮影機なるものも数台入り、ど派手な式典の様子は連邦全土に放映された。

 監査府高官の話として、クワ・トイネ公国からは穀物を、クイラ王国からは地下資源を輸入することになり、連邦からは、工業製品を輸出するほか、地下資源採掘や、輸送路と港湾を建設するための人員と、さらに冒険者組合から護衛を出すことになりそうだ、と報じられた。

 三人はその報道映像を部屋の受像機の画面で見ることになったのである。

 

「電像放送というものを数日前から見ていたが、まさか自分の姿を見ることになるとは……」

 

 言いようのない不気味さがリンスイの内面に暗い影を落とすのだった。

 

 

 

中央暦1639年3月12日 午後

 ロウリア王国 王都ジン・ハーク ハーク城 〈執務の間〉

 

 

 ロウリア国王ハーク・ロウリア34世は物思いに耽っていた。

 

「大王様、一大事でございます!」

 

 宰相のマオスが駆け込んできた。

 だが王には耳慣れた言葉である。

 

「またか! 今度はどうした?」

「午前中の実務者協議の場で、フィッシャー殿からとんでもない発言が出たのでございます」

 

 フィッシャー殿とはトルキナ連邦の政府代表だ。

 国交を結ぶ事が決まったため、現在トルキナと協議をしているのだ。

 当初は文官の貴族を出していたのだが、ヤツらの要求は下っ端にはとても手に負えないものであったため、宰相自らが協議に参加している。

 

「また要求かっ! 今度は何だ!」

 

 先日は〈北の港〉の大規模改修工事を要求してきおった。

 しかも「ロウリア王国にとって大きな利益をもたらす」などと調子の良い事を言って、こちらに費用負担を押しつけてきたと言う。

 くそっ! 

 ヤツらは我が国を滅ぼせるほどの力を持つ以上、従うしかない。

 

「現在、例の艦隊がパーパルディア皇国の皇都エストシラントを訪れておりますが、そこで襲撃を受けたそうです」

「なんと…あの艦隊を襲うバカがいるのか。アデムと同じだな」

 

 アデムが独断出した指示を受けた軍船千隻があっけなく破れたあの時と。

 

「代表の言葉をそのまま繰り返しますと『現地海軍の攻撃を受けたため、これを制圧して捕虜とした』と」

「現地海軍? ま、まさかパーパルディア海軍のことかっ?」

「そのまさかでございます。賠償金と引き替えに捕虜と軍艦を返還したとのことでございます」

 

 第3文明圏随一の列強もアデムと同じことをして、同じ目に遭ったらしい。

 

「…それでヤツらはまさか今度も被害無しなのか?」

「トルキナ側は8名が負傷したそうですが、翌日には回復して復帰したとのことです」

「パーパルディア皇国の魔導兵器はどうした?」

 

 パーパルディアは第3文明圏筆頭の列強だ。その魔導兵器の威力は軍船を砕くと聞いている。

 

「その魔導兵器で8名が負傷したそうです。ただヤツらは先日、我が軍の兵士多数の腕を切り落として捕虜としましたが、こちらが要求を受け入れた後、元通りにつなぎ合わせてから解放しました。おそらくその魔法を使い、8名を治療したのでしょう」

「つまりヤツらに重傷を負わせても、元に戻せるから意味がないわけだな」

 

 ――なんという無茶苦茶なヤツらだ!

 

「はい。ですが8名程度なら我々の魔導士でもなんとかなります」

「だが魔導士達は一般兵士に治癒魔法を使いたがらんではないか!」

 

「兵士の治療などに魔力を使っていたら、いざという時に動けなくなるとヤミレイ殿が申しておりました」

 

 トルキナの魔導士はそうでもないようだぞ!

 

「ではトルキナに死者は出なかったわけだな」

「出ていないそうです。反対に飛竜騎兵の大半を打ち落としたと」

「飛竜騎兵?」

「竜騎士団のことを彼らはそう呼んでいるようです」

 

 それでは…

 

「ますますアデムと同じではないか!」

 

 わが王都の竜騎士団も壊滅してしまった。

 あれはアデムの愚行であって、余ではないが…

 

「パーパルディアの竜騎士団が騎乗しているのはワイバーンではなく、ワイバーンロードです。その速さと強さはすでにご存じのことと思いますが、それでもヤツらには歯が立たなかったという事です」

「あの鋼鉄の船はワイバーンの火炎弾では燃えないだろうな」

 

 なにしろ余自身がその船に足を踏み入れたのだ。

 とてつもない船だった。

 

「それだけではありません。パーパルディア軍の最新鋭魔導兵器もまた、ヤツらの船には通じなかったということでありましょう。そうでなければ、皇国は賠償金を支払う気にはならないでしょうから」

「パーパルディアの魔導兵器でも歯が立たない……つまりヤツらは列強より強いということではないか!」

「た、ただ、現時点ではヤツらがそう主張しているということしか判明しておりませんので、取り急ぎ皇都エストシラントに人を遣り、確認させます。ですが…おそらくは事実であろうかと…」

「だろうな。それでパーパルディアが支払う賠償金はいくらなのか聞いているか?」

「それが…わが国に対する債権の半分と」

「…我が国の借金の半額相当という事か! 随分厳しいな。やはり負傷者が出たからか」

 

 我々は金貨1万枚。この程度で済んでよかった。

 我が軍が弱いから助かったのかもしれない。

 そう思うと王の胸中は複雑だ。

 

「半額相当の額を支払うのではありません。皇国が我が国に貸し付けている資金の半分がトルキナ連邦のモノになったのでございます」

「ん? どういうことだ?」

「つまり我々の借金の半分はトルキナ連邦に返すことになるのです」

「なっ!…まだ金貨1万枚の支払いも終わっていないというのに、まだヤツらへの支払いが増えるのか!」

 

 また悩みの種が増えるではないか!

 

「我が国は借金を作りすぎました。パーパルディア皇国は頼めばどんどんと貸してくれたので、借金がどんどんと膨らんでいました。ですがトルキナが相手となると、恐らくそうはいきますまい」

「借金はまあ仕方が無い。統一戦争の準備に必要だったからな。だがもうこれ以上は増やしても意味はない」

「実はこの話の後に、フィッシャー殿がとんでもない要求をしてきました」

「なっ! まだ続きがあるのか!」

 

 いったい何だ?

 

「はい。『返済計画を話し合うため、財務状況を開示せよ』と」

「そんなことか」

 

 大した話ではない。

 王は胸をなで下ろす。

 

「これ以上の借金を頼むことはできそうもありません。さらには返済を待ってもらうこともできない恐れがあります」

「それをどうにかするのが、そなたの仕事であろう?」

「財務状況を開示すれば、軍事費や軍の装備を借金のカタとして取り上げられるかもしれません」

「ふん。どうせ統一戦争はもうできぬ。むしろヤツらのせいで出来ぬと吹聴してやればいいではないか」

「それでは大王様の威厳が失われます。外国に媚びへつらう軟弱な国王だと諸侯たちに誹られますぞ」

 

 マオスは最近、その話ばかりだな。

 

「そういう愚か者など、ヤツらに突き出してやれ。あの爆発を目にして、あの軍船に直接足を踏み入れれば、とうてい逆らえぬ相手だと分かろうというものだ」

 

 軟弱だというなら、自分でやってみろ。

 

「それはそうと、このままではトルキナに兵士たちをまるまる奴隷とされることもありえます」

「ヤツらは奴隷を禁止していると話しておったではないか」

 

 捕虜を奴隷にしないのかと尋ねた時だ。

 

「それは人身売買を禁じているという意味のようです。借金のカタに働かせることは禁じていないそうです」

「だとするとどうなる」

「借金のカタとして、我が軍の兵士がヤツらの兵として戦う羽目になるかも知れません」

「それで済むなら余はかまわん」

 

 どのみち、奴隷として取り上げられてもおかしくなかったのだ。

 

「そうは参りません。王国の兵がヤツらのために戦っては、属国であると宣言するようなモノです。財務状況は確かに芳しくありませんが、ここはとにかく返済する意思を示しつつできるだけ先延ばしに…」

「つまり、のらりくらりと躱すのか。ではその方に任せる!」

 

 どうせ事態は良くはならなん。

 

「…仰せのままに。まずは軍港にいる皇国の駐在武官に確認し、それでも確認が取れないようなら皇都エストシラントに人をやってヤツらの話を確かめます」

 

 マオスが退出した。

 

「はあ」

 

 王はため息をついた。

 

 パーパルディア皇国は第3文明圏の盟主であり、唯一列強に名を連ねる国だ。

 

「それが破れたという話が真なら…」

 

 トルキナ連邦はもはやここロデニウス大陸のみならず、第三文明圏に君臨したも同然ではないか!

 

「もはや余の覇道など影も形も……」

 

 王は椅子に深々と沈み込み、頭を抱えてうなだれるのだった。

 

 

 

3月20日 ロウリア王国 〈北の港〉 軍港

 

 

 他の兵士達と異なる服装の男が立っていた。

 彼の名はヴァルハル。元はパーパルディア皇国の海軍士官である。

 だが昨年、出向となり、現在は国家戦略局に籍を置いている。

 出向となってすぐに、観戦武官として連絡員三人と共にロウリア王国へと派遣された。

 

「全く音沙汰がないのはどういうことか…」

 

 ふと独りごちる。

 

 先月、この港の沖に見た事のない艦隊が現れた。

 ロウリアのガレー船の何倍も大きな船だった。それどころか、パーパルディア海軍のどの船よりも大きかった。

 

 翌日、艦隊は「トルキナ連邦」という国から来たと聞かされた。

 使者を乗せてきたらしい。

 なぜか港のかなり沖に停泊していたが、襲撃を受ける事を予想していたのかもしれない。

 実際、三日後にロウリア海軍の一部が暴走して襲撃した。

 

「海軍千隻で襲撃します。竜騎士500騎も加勢します」

 

 海軍騎士はそう言った。

 これに対し、トルキナ艦隊は魔導砲で応戦、上空では何度も爆発が起こり、上空にいた竜騎士団の大半が吹き飛んでしまった。

 

「な…ヤツらは…何者だ…」

 

 望遠鏡で覗いた限りでは、ワイバーンの導力火炎弾は全く損害を与える事はなく、逆に銃撃で次々と落とされていた。

 

「帰還した竜騎士は35騎でした…」

 

 後日そう聞いた。

 海戦が始まるかと思われたが、船団の船は続々と停止して旗を降ろされ、未知の国と入れ替わった。

 

 翌日、漂っていた船が港に帰還したため、水兵たちから話を聞いた。

 

「船は乗り込んできたトルキナ兵2名に制圧されたんです。抵抗した水兵はみな腕を切り落とされてしまい、船上は血の海になりましたよ」

 

(100名以上の乗る船を2名で制圧…だと…?)

 

 信じられないことばかりだ!

 

 翌日、パルソ次長から緊急魔信で確認の連絡があった。それによると王都にいたはずの連絡員3名が捕まり、トルキナ連邦の水先案内人をすることになったらしい。

 ヴァルハルは戦闘の様子を報告したが、その後は全く音沙汰がない。

 

「いったいどうなってるんだ……?」

 

「武官殿! 貴官の魔信から音がしてます!」

 

 ロウリア兵の一人が駆けてきた。

 

 ――ようやくか……

 

 すぐに部屋に戻り、受話器を取り上げた。

 

「こちらヴァルハル」

”次長のパルソ”だ”

 

 先月、緊急連絡してきた当人だった。

 

”ちょっと間を航行する登録船がなくてな。ようやく繋がったようだ”

 

 国家戦略局は本国とロウリア王国の間を行き来する商船に依頼し、登録した船に通信の中継装置を取り付けているのだ。

 だが海上にうまいこと船が分布していないと、繋がらないこともあるのだ。

 

”そちらの様子はどうだ? 何か新たな動きはあったか?”

「パルソ次長。戦闘があって我が国が敗北したと、トルキナ連邦の外交官が主張していると、王城の官吏から聞きましたが敗北は事実なのですか」

”残念だが事実だ。勅命により海軍が攻撃したが、竜母の竜騎士隊はことごとく撃ち落とされ、軍艦はすべて占拠された”

「そ、それではロウリア軍と同じ結果…」

 

(海軍は何をやってるんだ!)

 

”同じだ。局長はそう嘆いておられた。それでロウリア国王の様子はわかるか?”

「王はどうやら腑抜けになったらしい、と噂されています」

”腑抜け?”

「はい。すでに亜人殲滅方針の撤回と、亜人差別政策の廃止を宣言しています。もちろんトルキナ軍との戦闘を目の当たりにした者は受け入れていますが、そうではない者も多いようです」

 

 王都周辺の人心は不安定だ。

 

”そうか。王城に伝えて欲しいのだが、局長は近々、おそらく来月以降に使者を派遣する事になる。理由はトルキナにロウリアへの債権の半分を引き渡すことになったことの報告だ”

「債権の半分を、でありますか?」

”そうだ。今回の戦闘の賠償金だ。このままでは我々国家戦略局は危機に瀕することになりかねない”

「…わかりました。ではわたしはいつまでここに?」

 

 亜人殲滅方針が撤回されれば、戦争の理由はない。そうなれば観戦武官の自分がここにいる理由もない。

 国家戦略局がなくなるとしても、自分は海軍に戻るだけだ。

 

”君の新たな任務についてはこれから話し合う事になる。それまでは今まで通り情報を集めてくれ”

「了解しました。それと……」

 

 皇国はもしや属国になったのですか? それとも今でも列強なのですか?

 

 そう尋ねたかったが、魔信は完全に沈黙していた。

 

「…切れたか」

 

 ヴァルハルは魔信の受話器を置いた。

 

「トルキナ連邦か……」

 

 強大な軍事力を誇る国のようだが、何を目指しているのかわからない。

 ヴァルハルはもはや世界が先月までの世界ではないと強く感じていた。

 

 

 

4月某日 ロウリア王国 王都ジン・ハーク ハーク城 〈謁見の間〉

 

 

 ロウリア国王は思わず玉座の肘掛けを掴み、使者を睨み付けた。

 

「正気…なのか…?」

「もちろんだ」

「ふざけるなっ! 我々にっ…トルキナに滅ぼされろと言うのかっ!」

 

 王が立ち上がって怒鳴りつけると、使者がニヤリと笑みを浮かべた。

 

「そうは言ってない」

 

 懐から何かを取り出した。

 封書だった。

 





 当初はこのクワ・トイネ編もクイラ王国と同じくらいの長さかそれ以上にするつもりで書いていたのですが、読み返してみるとあまり面白くなっていないことに気付いたため、ほとんど没にして、要点を1話に、いや半話にまとめることにしました。
 このため第三章はかなり短めになります。

 次回はムー本国の話です。
 投稿は明日の予定です。
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