例によって原作を尊重しつつもオリジナル設定”山盛り”です。
誤字報告ありがとうございます。
中央歴1639年3月16日
ムー 首都オタハイト 統括軍 情報通信部 情報分析課
技術士官の一人であるマイラスは、同僚の話を聞いていた。
「間違いない! パガンダ王国はどこかの国から攻撃されている!」
ムー大陸の西にパガンダ王国という小さな島国がある。レイフォルの属国だ。
「そう…だろうな」
「何だ? 分かっていたのか?」
そのパガンダの外交官が本国からの音信が完全に途絶えたと主張したのは今年に入ってからだったか。
外務省がパガンダの宗主国レイフォルの大使に確認すると「パガンダでは王族に何か異変があったらしく、属国としての報告義務を怠っているようだ。こちらで対処するので、ムーが心配するに及ばない」という話だったらしい。
我がムー国もまた当然ながらレイフォルにムー大使を派遣しており、大使館を駐在させている。
「ああ、レイフォルにいる駐在武官からの情報を耳にした。レイフォルにはパガンダから逃れてきたという船が数隻来ており、それによるとどうやらパガンダは侵略を受けている様子らしいと」
「だが、駐在大使からの話は違うんだ!」
大使がレイフォル王宮に確認すると、
「パガンダは我がレイフォルの窓口の一つ。それを攻撃するとは、列強たる我がレイフォルの顔に泥を塗るも同じ事。そんな事をする国があるはずがない」
と頑なに否定しているという。
「おい、マイラス! ちょっと来てくれ!」
振り返ると、ダルミス課長が席から呼んでいた。
「わかりました! それじゃ」
「ああ」
席を立って課長席に向かう。
(まさか、パガンダ王国を調べてこいとは言わないだろうな…)
マイラスの予想は外れた。
「先日、パーパルディア皇国にトルキナ連邦と名乗る国の艦隊が現れたという話は聞いたかね?」
パーバルディア皇国とは、ムーの東にある第1文明圏のさらに東、第3文明圏で唯一、五大列強に数えられる大国だ。
(西じゃなくて東の話か)
「トルキナ連邦? 初めて聞く名ですね」
もちろん耳にしていなかった。
(新興国だろうか?)
「ああ、そうだったな。トルキナ連邦というのは、皇都エストシラントから7千キロほど東方にある国らしい」
「それはまた随分と辺境ですね。それでパーパルディア軍に蹴散らされたのですか?」
パーパルディア皇国は第三文明圏の盟主とも言える列強国だ。文明圏外の新興国が戦って勝てる相手ではない。
だがダルミス課長の答えは又もマイラスの予想とは違っていた。
「いや、パーパルディア軍の竜騎士隊はことごとく撃ち落とされたらしい」
「な!」
撃ち落とされた? どうやって?
マイラスは思わず目を見開いて上司を見つめてしまう。
「戦闘は1日で終了し、パーパルディア皇国はトルキナ連邦と対等の外交関係を結んだそうだ」
「…」
つじつまが合わないせいで、マイラスは思考が止まってしまった。
慌てて自分を取り戻す。
「りゅ、竜騎士隊が撃ち落とされたのに、対等の関係ですか? つまり――」
マイラスは論理的に結論を導いてみる。
「――竜母は連れていなかった? 対空兵器は進んでいるが、対艦装備は互角だったため、対等ということになったのですか?」
すると課長は困ったような表情になった。
「いや、実はな……艦隊が姿を見せた今月初めには一報がこちらに届いていたんだが、あまりに荒唐無稽な話だったため、ごく一部にしか知らせていなかった」
(ん? どういうことだ?)
「はあ。どう荒唐無稽だったのですか?」
「艦隊は、空母3隻に、巡洋艦2隻、駆逐艦7隻…」
(空母!)
「なんですって! 戦列艦じゃないのですか?」
だが上司はマイラスには答えずに話を続けた。
「…補給艦6隻、さらに大型戦艦らしき艦2隻と戦艦並の大型巡洋艦が16隻」
(バカな! それでは大艦隊ではないか! 辺境にそんな国があるなど――)
「そんなことは…ありえません!」
到底信じられない話だ!
「わたしも信じられなかったため、さらに情報を送るよう駐在武官に指示を出したのだが…」
(そうだ! とても信じられない)
「三日後に武力衝突が起きた」
マイラスは思わず目を見開いて上司を見つめてしまう。
「戦闘は1日で終了。7日後、パーパルディア皇国はトルキナ連邦と対等の外交関係を結んだと在パーパルディア大使に通知があった。なお正式な通知文書はこちらにいるパーパルディア皇国大使が政府に直に届けるらしい」
「・・・」
黙っているとダルミス課長が訝しげに尋ねる。
「なんだ?」
「パーパルディア皇国のワイバーンロードやワイバーンオーバーロードは、わが国の最新鋭機マリンには劣るでしょうが、それでもかなりの飛行性能を持っています。それをことごとく撃ち落とせるならば、対空兵器の技術は相当に高いと考えられます」
「そうだろうな。空母まであるわけだからな」
空母があるなら航空戦力がある。航空機対策として対空兵器を持つのは不思議でもなんでもない。
「でもそれなら……対等というのは……」
だが上司はマイラスつぶやき終えるのを待たなかった。
「在パーパルディア大使が、武力衝突の前日にトルキナ連邦の使者との会談を実現させ、いろいろと重要な話を聞いたらしい。戦闘の観戦報告と併せて、重要な報告書をカルトアルパスまで届けさせるので、受け取りに来て欲しいそうだ」
「カルトアルパスですか」
「そうだ。そこまではパーパルディアの民間船で来る。ミリシアルの船で運ぶ訳にはいかないらしい。もうすぐアルタラス王国に滑走路が完成するが、まだだからな。船はすでに向かっている」
「はあ」
「それで君に受け取りに行ってもらいたい」
(ん?)
「自分が? でありますか?」
なせ私が?
「そうだ。実は駐在武官からも連絡があってな。『直接口頭で伝える内容あり』との暗号入りだった。だから君に聞いてきて欲しい。おそらくなぜ対等なのかという君の疑問の答えも聞けるだろう」
「ですが、カルトアルパスまでは電話線が繋がっています。それを使わないのですか?」
ムー政府は海底ケーブルをミリシアルの首都ルーンポリスまで引いた後、頻繁に国際会議が開かれるカルトアルパスまで弱電を伸ばす工事に着手し、3年前に完成したのだ。
ただし10年前、一連の工事・設備設置に係る用地の使用許可を得るために、ミリシアル政府に航空工学の知識の一部を差し出したらしい。“そしたらミリシアルはあっという間に単葉の艦載機を生み出しやがったよ”と航空課の技術士官が嘆いていた。“うちの艦載機は複葉機が限界なのに”と。
海軍本部が縮小されたのはこのせいだという噂も出た程の失態だった。
「報告書の受け取りがある。通信設備があるからこその君だ。情報通信部の技術士官として、設備更新工事の完成検査をしに君が行くのは不自然ではない」
「はあ」
いずれにしても行かねばならないらしい。
「しっかりと話を聞いてきて欲しい。場合によってはフィルアデス大陸までケーブルを引く必要があるかもしれない」
(はあ? そこまでする必要が?)
「重要な連絡が頻繁に行われるということですか?」
「そうなるかもしれん。そうなると無線では心許ない。磁気嵐が頻繁に起こるからな。何か事が起こった際に連絡が遅れる不安がある。それにミリシアルの通信実験と思われる電波が確認されている。傍聴の恐れも高まっている」
ミリシアルも余計なことをするものだ。
(魔信だけ使っていればいいのに!)
ミリシアルは魔導通信が発達している。なにしろ画像送信式魔導通信という方式で、テレビジョン放送までしている。電波通信など不要のはずだ。
となるとその狙いは我々ムーしかない。
「直接口頭で伝えたい話とは、どういう類いの話なのでしょうか?」
「少なくとも、ミリシアルに知られたくない内容だろうな。エストシラントからは短波で通信するしかないから傍受の恐れがあるし、文書だと途中で盗ま…いや紛失する可能性もある」
「そうですか。わかりました」
かなり警戒する必要がある話のようだ。
「駐在武官は昨日エストシラント港を出発し、到着は30日前後になるそうだ。駐在武官の名はロスラン。今まで”こんな辺境に駐在武官は不要”と主張し、異動を希望していた男だ。だが、今回の事態を受けて取り下げると言ってきたそうだ。それだけ重大な事態だと考えてるらしい」
「確かに重大ですね。少なくともパーパルディアと対等な関係の国が現れたわけですから」
こうしてマイラスはカルトアルパスまで足を運ぶこととなった。
3月30日
神聖ミリシアル帝国 港湾都市 カルトアルパス 港近くのカフェ
カルトアルパスは神聖ミリシアル帝国の南端にある。
ムーと比べると遙かに南だ。
(ここは暖かいな…)
マイラスがそう思っていると声を掛けられた。
「オタハイトの冬は寒いですか?」
見知らぬ男だ。だがどことなくムー人らしさがある。
(来たか。予定どおりだな)
男はムーの服装ではないが、それはマイラスも同じだ。
「ええ、エストシラントよりは」
マイラスが合い言葉を答えると男は安堵のため息をついた。
「同業者に見えないから焦りましたよ」
「初めまして。情報通信部技術士官のマイラスです」
マイラスが右手を差し出すと、男が応じた。
「初めましてですね。パーパルディア皇国に駐在武官として赴任しているロスランです。技術屋さんでしたか」
「同業じゃないとは? 以前の所属は?」
「海軍情報部にいたんですが、おたくに統合された時に、自分は追い出されてしまいましてね」
そう言って目だけで周囲を警戒するように見回している。
「道理で。わたしは反対に、指示された待ち合わせ方法が慎重で驚きましたよ。随分と警戒するんだなと」
(まさか”合い言葉”まで指定されるとは思わなかった)
「ここミリシアル帝国には厄介な男が一人いるんです。注意が必要なんですよ」
「そう言えば…そんな噂を耳にしたことがあります。わたしも情報部にいたんですよ。技術分析課でした。今は情報分析課です」
「統括軍で海洋情報課以外に配属先があるとは…よく入れましたね」
ロスランが意外そうな表情を見せている。
「技術屋だからでしょうね。早速ですが食事でもどうです?」
「いいですね」
「では長旅でお疲れでしょうから、その鞄は私が持ちましょうか」
「助かります。ありがとうございます」
こうして、マイラスは大きな鞄を受け取った。
これはもちろん返さずに持ち帰るものだ。
食事中はやはりトルキナ連邦の話題になる。
「大使がトルキナ連邦の使節代表から聞いた話では、空母艦載機の巡航速度は遅いもので時速400キロ、速いものは時速930キロだそうです」
「それは本当なのですか! マリンの最大速度は380キロですよ!」
ムー軍が誇る最新鋭の戦闘機がまるで相手にならないというのか!
マイラスの背筋に悪寒が走る。
「それくらいはわたしも把握してますよ」
「欺瞞情報ではないのですか?」
「自分もこの目で直接目撃しました。艦載機は皇都エストシラントの上空を編隊で飛びました。その様子を撮影した映像フィルムはそのカバンに入ってます。まだ現像前ですがね。ものすごい速さで上空を通り過ぎていきましたよ」
「そうですか…」
マイラスの声は沈んでいく。
つまり艦載機を映像で確認できるのか。
おそらく速度も推定できるだろう。
「誘導ロケット弾も撮影しようとしたんですが、突然の事で撮り逃してしまいました」
「え?」
(誘導ロケット弾? つまり……)
「誘導弾? ですか? そんなに高度な技術が辺境にあると?」
ロスランが肩をすくめた
「彼らは、魔法と科学を両立させているそうです」
(魔法と科学を両立・・・)
マイラスはそういう国を一つ知っていた。
「マギカライヒ共同体のようにですか?」
彼の国は魔導蒸気船に魔道砲を積んでいる。
「そうです。その技術は遥かに進んでいますがね」
「ありえない!」
マイラスの口からは自然と否定の言葉が出てしまう。
「おや、どうしてです?」
「そもそも魔法文明の連中は魔法で問題を解決することに慣れているため、科学技術の研究に欠かせない忍耐力が不足しています」
(とても科学を発展させられるとは思えない)
「そして我々のように魔力を持たない者は科学技術を発展させてきましたが、魔導技術を生み出す事はできない。両立は極めて困難です」
ロスランが首をクイッと軽く傾けた。
まるで「そうかな?」と首をひねるように。
「まあ簡単には信じられないでしょう。ですが自分はこの目で見ました。魔法の矢と、それが進化した兵器群を」
「魔法の矢…ですか?」
「はい。射程が長く、命中率が異常に高い矢です。そして艦砲。上空をジグザグに飛び回るワイバーンロードを狙って撃ち落とします。機銃ではなく艦砲です。20センチ砲と思われる単装砲です。二発に一発は命中させていましたよ」
単装砲……。
つまり一発ずつ狙って撃ち、命中率は50パーセント。
(高い…!)
「つまり…我が軍の攻撃機を打ち落とせると?」
「そうです。あれに狙われたら間違いなく終わりです」
マイラスは背中が冷えるのを感じた。
「直接話したい事とはそれですか?」
「いえ、違います」
ロスランが内密の話をするようにテーブルに身を乗り出したので、マイラスも顔を近づける。
「パーパルディア皇国は”トルキナ連邦と対等の関係を結んだ”と公表していますが、実態は違います。トルキナ連邦に対して関税自主権を放棄し、治外法権を認めました」
「なんですって?」
「しっ」
“対等の関係”というのはまやかしなのか。
「その話をどこから聞いたのです?」
マイラスは声を落として尋ねた。
「戦闘終了後にトルキナ連邦がパーパルディア皇国に賠償金を請求したのです。それによって実は、大使が懇意にしているパーパルディア政府の高官が窮地に立たされましてね。賠償金を減額するための代替案を大使が入れ知恵したのです」
「どんな入れ知恵です?」
「“対等の関係を結んだという通知”を出してトルキナ連邦を三つの文明圏諸国に紹介すれば、トルキナ連邦を軽んじる国はいなくなると説得し、賠償金を減額する、という案です。さらには治外法権と関税自主権についても同様です。この入れ知恵のことはその高官と我々だけが知る内密の話です。パーパルディアの皇帝も知りません。この封筒に大使からの外務省宛の暗号文書が入っています。おそらく詳細が記されていると思われます。まあ、これはダミーじゃないかとわたしは思っているんですけどね」
「ダミーですか?」
「ええ、大使はわたしが覗き見る事を警戒している様子でしたが、翌日になると見てもいいような態度を取り始めました。だからたぶんダミーではないかと。本物はどうしてるのかわかりませんが、軍にも見られたくないのでしょう」
軍にも見られたくないということは……
「外交上の秘密というヤツですか。もしかして密約の打診でも受けましたかな?」
「そうなら上が必要と判断すれば、軍にも知らせがあるでしょう」
「そうですね」
「それから、自分からも話があります。トルキナ連邦の軍事技術は我々を遙かに凌ぐことは明らかです。時速900キロを越える艦載機など、ミリシアル帝国にも無いでしょう。我々は今、重大な局面に立っていると言わざるを得ません」
ロスラン武官の目は恐ろしいほどに真剣だった。
「そう…なのでしょうね」
マイラスは半ば疑いつつも、同意した。
「ミリシアルがこの事態をどう受け止めるのかはわかりませんが、我が軍は安穏としているべきではありません。一刻も早く、トルキナ連邦について大がかりな調査を開始するべきです。やがて駐在武官を送ることにもなるでしょうが、その時はわたしが行くことを希望します」
ロスランの目には強い決意が見て取れた。
(これを言いに来たのか…)
マイラスはその決意に感心するのだった。
4月5日 ムー 首都オタハイト 統括軍 映写室
カルトアルパスから急ぎ帰国したマイラスは、課長命令による情報分析課の職員多数の協力を得て、いくつもの映像フィルムの現像を急ピッチで終えていた。
そして――
他の同僚達と共に寝不足の目を見開いて、思わず叫んだ。
「な、なんだこの速さは!?」
だが動揺したのはマイラスだけではなかった。
「映写速度はこれで合ってるのか?」
「”手動”で回して撮影したものじゃないのか?」
「“電動”で撮影したフィルムだとある」
「あっという間に通り過ぎていったぞ!」
「翼が斜めなのか?」
「もう一度見せてくれ」
カーテンを閉め切り、暗くした部屋の中で、白いスクリーンに映しだされたモノクロ映像に誰もが冷静さを失っていた。
「よし。巻き戻した。もう一度映すぞ」
皆が固唾を呑んでスクリーンを凝視する。
そこには誰もが初めて見る姿の飛行機の編隊の影が現れ、近づき、そして飛び去っていく様子が映し出されていた。
次回もムーです。
投稿は明日の予定です。