トルキナ連邦召喚   作:mogatoku

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第三章は早くもラスト2話です。

誤字報告ありがとうございます。


10 ミリシアルの視界 ―― 特別情報員ライドルカ

 

中央歴1639年 4月3日

 神聖ミリシアル帝国 首都 ルーンポリス 中央通り 路上

 

 

 コンコン。

 

 ライドルカはたまたま気付いた魔導車の窓をノックした。

 窓が開いて運転席の男が顔を見せた。

 

「これはタクシーじゃない。公用車だ。他を当たれ」

 

 なんだ、新入りか。

 

「いや、アルネウス局長に話がある」

「なに? キサマ誰――」

「イドルじゃないか!」

 

 後部席から声がして、ドアが開いた。

 目的の人物。アルネウス局長だ。

 ライドルカは素早く乗り込む。

 

「ああ、君は初めてだったね」

 

 局長が運転手に言った。

 

「彼は私の直属でね。名はイドル。イドル。彼は今月から入った運転手だ」

「お見知りおきを」

「そうでしたか。済みません。知りませんでした」

 

 運転手が態度を変えて謝罪した。

 

「気にしないでくれ。今後はよろしく」

「随分と遅かったじゃないか。いつ戻った?」

 

 局長の声にはやや非難の色が混じっている。

 

「昨日です」

「ムーはどうだった?」

「楽しいところでしたよ。実は帰国してからすぐにカルトアルパスまで足を運びましてね。それで遅くなりました」

「そうか。それで収穫は?」

「いろいろですよ」

 

 ここで話せないことも含めて。

 

「話せることで良い」

 

 話せることか…

 

「ムーの力は技術力よりも、その活用方法にあると見ました」

 

 ライドルカは一般論を話すことにした。

 

「活用方法?」

「はい。例えば紙幣がそうですが、あれは銅版画の技術を使っています。その技術自体は我々の魔写より遙かに劣る物でしたが、そのつたない技術で印刷した札を紙幣と称して、硬貨の代わりに使い始め、大きな富を得ました」

「それはかなり昔に我が国でも取り入れた方法だぞ。何が言いたい?」

 

 局長が不機嫌な声を出す。

 この話がお気に召さないようだ。

 

「有線電話です。彼らにとって電話とは、それ自体に大した意味はありません。ですがムーの商人達はそれを活用して大きな利益を上げています」

「君は軍事的な役割を調べに行ったんじゃないのか? カルトアルパスまで行ったのもそれじゃなかったのか?」

「もちろんそうです」

 

(やれやれ。局長はいつもこうだ)

 

 ライドルカは車の外を眺めた。

 

 

 

同日 帝国情報局 局長室

 

 

 アルネウス局長がどかりと腰を下ろした。

 

「それで?」

「ムーでは話題にもなっていません。友人達は知りませんでした。そこで確認のためにカルトアルパスに行ったんです」

「なぜ?」

「ムー領事館にも現地職員の“友人”がいるからです。軍事的な意味があるんじゃ無いか尋ねてみましたが、友人はキョトンとしていましたよ」

 

 局長が不満げに鼻を鳴らした。

 

「ふん。君の友人は随分と下っ端のようだな」

「まあ現地職員として入ったのは金属線の件があってからでしてね。だから新聞記者をしている友人と一緒に領事館に乗り込んで、幹部職員に取材して尋ねましたよ。アルタラス王国に軍事施設を作っていると、海運商人達が噂している件は本当なのかと」

 

 現在ムーは、アルタラス王国に飛行場を建設している。

 先月初旬に駐パーパルディア公使館からも連絡があった。「飛行場は間もなく完成する。公使の質問にムー大使がそう認めた」と。

 これがミリシアル帝国にとって懸念材料なのである。

 

「ほう、随分と直截(ちょくせつ)に尋ねたんだな」

「カルトアルパスは商売の街で、いろんな噂が飛び交っていますから、聞いても不自然じゃありません」

「それで、何と?」

「『噂は誤解だ。滑走路はあくまで連絡用だ』と」

 

 局長の眉間にしわが寄った。

 疑わしげな表情だ。

 

「ふん。連絡用にわざわざ飛行場を作るのかね」

「そう問うと『魔石をアルタラスから直接購入するため』と」

「なぜ近隣から買うのではダメなのかね? なんなら我が国の商会から買えば良いじゃないか!」

 

 その通り。ムーはわざわざ遠いアルタラス王国と直接取引しなくても、近隣で手に入れられるはずだ。

 

「それも尋ねました。すると『ムーは永世中立国であり、戦略物資をネタに、味方をしろと要求されたら困るから』だそうです」

「だからアルタラスだと?」

「はい。アルタラス王国は遠方のため、利害関係がなく、中立を維持しやすいと」

 

 局長が顔をしかめた。

 

「そんな話を信じろと言うのか?」

「もちろん、そのまま信じたりはしません」

「当然だ!」

 

 局長は腕を組んで少し考える素振りを見せてから、また顔を上げた。

 

「金属線の件はどうだ?」

 

 金属線とは、ムー政府がここ帝都ムーンポリスから南端の港湾都市カルトアルパスまで引いた電話線のことだ。つまりムーはわざわざ我ら帝国国土をやや斜めに縦断するように設置したのだ。

 帝国内の電話線とアルタラスの飛行場。

 この二つが現在、帝国情報局の二大懸案事項なのである。

 

「はい。『カルトアルパスでは国際会議が定期的に行われるということで、ムー政府の予算で領事館まで電話線を引いたが、これはむしろ経済界の要望によるものであり、軍事的な意味は爪の先ほどもない』とのことでした」

 

 ライドルカは起立したままである。

 アルネウス局長が顎に手を当てた。

 

「だがな。やつらの首都オタハイトから世界の中心であるここムーンポリスまで海底に金属線を引くなら理解できるが、カルトアルパスまで多額の費用を掛けてわざわざ引く意味があるのか? 商売のためとは、考えにくいんだが…」

「確かに理解しがたいですが、経済界の要望があったのは間違いありません」

 

(先ほども車の中で話そうとしたんですがね)

 

 ムーの力の源泉は軍よりも民間だ。

 

「ヤツらは我ら帝国に飛行機械の翼の技術を差し出してまで、鉄道沿いの使用許可を取り、わざわざ金属線を引いたんだぞ。それが商人のためだと言うのか?」

 

 まったく信じてない様子だ。

 

「帝国技術研究開発局の技術者は、電話線に関しては興味すら示していません。『理屈は把握している。あんなものは切断してしまえば終わりだ』と話していましたよ」

 

 切断すれば終わり――このことが、軍事目的でないことを示している。

 ライドルカはそのように判断していた。

 

「だったら、魔信を使えば良いじゃないか。なぜやつらは魔信を使わないんだ?」

 

 だが局長には、それが余計に不審に思えるらしい。

 

「魔信では不都合があるのでしょう」

「“その先”を押さえてしまえば、我々が“天の浮き船”を作り出しても無意味だからだ。そう考えたとしか思えんぞ」

 

 その先――つまりアルタラス王国。

 

「確かに、オタハイトからルーンポリス、ルーンポリスからカルトアルパスと繋げると、その先にはアルタラス王国が見えてきます」

「アルタラス王国を押さえられてしまえば、我々は干上がる……とまではいかないが、大幅に活動が狭まる。ムーが飛行場を完成させれば、簡単には手が出せなくなる」

 

 ライドルカの見立てでは、切断すれば終わりの電話線など問題ではない。

 だが飛行場は確かに問題だ。

 

「飛行場自体は簡単に制圧できますが…」

 

 そんな簡単な話ではないことはわかっている。

 

「ムーと全面戦争をするつもりならな。だがそんなことになってみろ。第1文明圏と第2文明圏を巻き込んで、文明世界は大惨事になるぞ!」

 

 話が脱線したな。

 

「話を電話線に戻しますが、商売のためという彼らの主張には一理あります」

「商人の話はどうでもいいと言ったはずだが…」

 

 局長は相変わらず、この手の話を聞きたがらない。

 

「ですがカルトアルパスまで引いた電話線はその商人達が大いに活用しているのです。オタハイトやマイカルと連絡を取り、なにやら多額の利益を上げている者もいるという話がささやかれています。ただその絡繰りがどうなっているのか、聞いただけでは良く分かりませんでしたが、どうもこれは魔信では不都合があるようです」

 

 ライドルカはなんとか局長に分かってもらおうと、説明する。

 ムーの力は、その活用手段にあるのだと。

 

「ふん。商人の都合などどうでもいい!」

 

 ライドルカはそれでも続ける。

 

「それでもムーの商売力は侮れません。我々帝国自身がそれを証明しています」

「どういう意味だ?」

 

 局長が睨んできた。

 だが少し興味が出てきたようだ。

 

「ムーが紙幣を発行すると帝国も紙幣を導入しました。ムーが鉄道を引けば、我々も引きました。ムーが自動車を作れば我々も魔導車を作り、ラジオ放送を始めれば、画像送信式魔導通信放送を開始し、飛行機械を作れば“天の浮き船”を作りました」

「だがどれも我々帝国の方が優れたモノを作り出しているではないか」

「ですがムーが作り出さなければ我々も作らなかったのではありませんか? 特に“天の浮き船”がそうです。技術開発局の技術者達は、ムーが作り出したモノを目にして初めて、古代技術の意味を理解し、再現できた――私にはそのように見えます」

 

 局長が不機嫌に鼻を鳴らした。

 

「ふん。だが魔導船はこちらの方が遙かに先だったぞ。君はムーに行って随分とムー寄りの考え方をするようになったじゃないか」

「ムーの力の源を知ることは、帝国の利益になります」

「それでせっかくムーに行ったんだ。何か新しい情報は仕入れてきたのか?」

 

 局長が話題を変えた。

 ということは、この話は終わりである。

 

(分かってもらえなかったか…)

 

「はい。これもムーの貿易会社の社員をしている“友人”から聞いたのですが」

「君は“友人”を商人の元に潜らせているのかね」

「はい。ムーの海軍情報部が廃止されて以来、ぐっと仕事がしやすくなっています」

「それで、何を聞いたんだ?」

 

 局長がやや身を乗り出す。

 興味があるのだ。

 

「ムーでは、西方諸国からの繊維や衣料品の注文が激減しているそうです」

 

 これはライドルカにとって渾身の情報だった。

 帰国してすぐにカルトアルパスまで脚を伸ばしたのも、この情報について確認するためもあったのだ。

 

「……」

 

 だが局長の目から興味の色が消えた。

 

「それがどうかしたのかね? 所詮は商売の話だろう?」

 

 局長の無理解に、ライドルカは内心、ため息をつく。

 

 局長は商人の情報を軽視する。

 他の職員はアルビオン城から問われたことだけ調べればいいと思っている。

 

(まあだからこそ局長は自分を手放さないのかもしれないが…)

 

 ライドルカはそんな内心をおくびにも出すことなく、話を切り出す。

 

「パガンダ王国の話は聞いてますか?」

「先月にパガンダ王国の駐在事務所がレイフォルの大使館となにやら騒ぎを起こしたというヤツか?」

「いえ、パガンダ王国が侵略を受けているという話です」

 

 すると局長が当惑の表情になった。

 

「侵略?」

 

 少しうつむき加減になって考えている。

 

「はい」

「いや、それは聞いていないな。何処で聞いた?」

 

 まだ誰も報告していないのか。

 

「カルトアルパスです。レイフォルから来た船員が酒場で話していました。パガンダ王国から逃げてきた商船がレイフォルに来て、大騒ぎしていたと。なんでも見たことがないほど大きな軍船が来て、首都を焼いていたとか」

 

 ムー大陸の向こう側では異変が起きている。

 

「首都がどこか西方の国の海軍から砲撃を受けたということか?」

「はい。商人達の間ではグラ・バルカス帝国という名前が飛び交っています」

 

 商人達の間ではすでに西方の異変の噂が広まっている。

 知らぬは政府ばかりだ。

 

「それはレイフォルが黙ってないだろうな」

「なのにレイフォル皇帝府はまだその事実を認めていないという噂です」

 

 レイフォルが行動を起こさないことが、商人達の間で不満を引き起こしている。

 

「現レイフォル皇帝は愚か……いや……頭が硬いという噂だ。だがパガンダ王国はレイフォルの属国だ。その首都が砲撃されておきながら、それを認めないのだとすれば、あの国はもう列強から外すよう進言した方がいいかもしれんな」

 

 局長が顎に手を当てて考えている。

 

「外せるのですか? レイフォルは300年間負けたことがないと自称していますが」

「20年前にアルーに侵攻してムー軍に大敗したくせに、帝国にはバレてないと思っているのは滑稽だな」

 

 両国はなぜか秘密にしているが、当時の帝国情報局は軍事衝突の情報をちゃんと掴んだのだ。

 

「それにしても西方の辺境は随分と勢力図が変わったようです。パガンダ王国を侵略している新興勢力はムーと同じように布製品や衣料品を大量に生産しているのかもしれません」

「商売の話か…? なぜそう思うのか、一応聞いておこうか」

 

 関心の低い局長にライドルカは説明する。

 

「ムーの繊維業はかなり以前から圧倒的で、とにかく安価です。関税無しでは太刀打ちできません。にもかかわらず西方がそれを買わなくなったということは、西にムーの繊維業に太刀打ちできる国が現れた。つまり第二のムーが登場した。という可能性があります。それが話題のグラ・バルカス帝国なのか、別の国なのかはわかりませんが、急ぎ調べる必要があります。レイフォルに行ってパガンダの商人と接触してきましょうか?」

 

 局長が首を振った。

 

「いや、それは別の者にやらせる。新興勢力がなんであれ、我々との間にはムー大陸がある。だいたい第二のムーなどあるはずがない。ムーは異端児だ。あんな国が他にあってたまるか!」

 

 局長が少しだけ語気を強めた

 

「君だってムーを評価していたんじゃないのかね?」

「もちろんです。ムーの力は技術そのものよりその活用にあると考えています」

 

 ライドルカは再び持論を述べた。

 

「なら西より東だ。君はアルタラス王国に行き、飛行場の件を確かめてきてくれ。アルタラスはカルトアルパスの先だからな」

「わかりました。ですがアルタラス王国はパーパルディア皇国の目の前です。そちらの方こそ、別の者でも、それこそ駐パーパルディア皇国公使館の誰かでも良い気がしますが、わたしでよろしいので?」

「外務省などあてにならん!」

 

 アルネウス局長は吐き捨てるように言った後、少し躊躇するような素振りを見せた。

 

「それにだな……実は…調査部に指示して調査員を一人向かわせたんだが…」

 

 なるほど。アルタラスにはすでに一人現地入りしているのか。

 

「…連絡が途絶えた」

 

 予想外の言葉だった。

 ライドルカは少しだけ目を見開いた。

 

「現在、消息を絶っている。どこにいるのかも不明だ」

「それは…」

 

 ライドルカは考える。

 

 消されたのか?

 いや、それはおかしい。辻褄が合わない。

 飛行場の件はそこまでするほどの秘密じゃないはずだ。

 

「調査員をいきなり消すとはムーらしくありませんね。あの国はまず警告してきます。“お前の存在はすでにマークしているぞ”と。そこで一時手を引けばいきなり消されるようなことはないはずです」

 

 それもムーの海軍情報部が健在だった頃の話だ。

 今や警告されるどころか、マークもされない。

 

「それに飛行場の話はムー領事館も話していました。パーパルディアもとっくに掴んでいます。そこまでして秘密にするのも不自然です」

「それがだな……君はアルタラスが魔石の値段をつり上げている可能性があることに気がついているかね?」

 

 ん?

 

「いえ、初めて聞きました」

 

 商売の情報を軽視する局長が魔石の値段を気にするとは珍しい。

 

「そうか……まあ、今までアルタラスなんか誰も気にしていなかったからな。だが今、我々は大いに注目しなければならなくなった」

「ムーの飛行場のせいですね」

「そうだ。我々が知らないうちにムーが飛行場の建設を始めていた。パーパルディアからの話がなければ我々は気付かないところだった」

 

 そう。パーパルディア大使館からの情報で初めて気付いたのだ。

 帝国情報局としては、恥ずべきことのはずだが、ライドルカが見た限りでは、そのことを気にしているのは自分以外誰もいない。

 

「パーパルディア皇国は列強国としての責任を果たしているようです」

「それで私もいろいろとアルタラス関連の資料を確認してみたんだが……」

 

 局長が机に両肘を付いて身を乗り出した。何か重要なことに気付いたとでも告げるように。

 

「現王ターラ14世が即位して20年、封建制だったアルタラスがいつのまにか中央集権になっている。だがそれより問題なのは、この20年で魔石の価格がゆっくりと上昇し続け、いまや4倍になろうとしているだ」

「それは……紙幣を発行していれば次第にそうなるという話ではないかと」

 

 ライドルカも理屈は知らないが、ムーにいる“友人”の一人がそのように話していた。

 だが局長は一瞬首を振り、こちらに強い視線を向けた。

 

「紙幣の話ではない。金ベースの話だ。これにアルタラスが関係している可能性があるというのが、わたしの読みだ」

「それは……」

 

 ――考えたこともない話だ。

 

「パーパルディア皇国からの提案は君も把握しているかね?」

「はい。ムーがアルタラス王国への影響力を増す前に、パーパルディア皇国がシルウトラス鉱山を占領し、我ら帝国に魔石を安定的に供給するという話でした」

 

 これは我々帝国にとって渡りに船の提案とも言える。

 ムーがアルタラスの魔石鉱山を押さえるくらいなら、パーパルディアが押さえる方が何倍もマシだ。

 もしムーがパーパルディアと衝突する姿勢を見せたら、我ら帝国が仲裁すれば良い。

 列強1位の立場で。

 

「そうだ。もしこのまま魔石の値段が上昇し続けるとすれば、帝国臣民の生活そのものが脅かされかねん。今後どうなるのか知る上でも、確かめて欲しい」

「つまり、パーパルディアの提案に乗らずに現状維持を続ければ、どうなっていくのかを知りたいと?」

「そうだ。ムーの飛行場の件だけでは、軍はパーパルディアの提案に首を縦に振らない。“ムーなど気にする必要はない”というのが軍の考えだからな」

 

 軍だけではないのだが…

 

「だが魔石の値段が今後も上がるとなると、パーパルディアからの提案の価値は大いに高まる。さすがの軍も考えを変えるかもしれん」

「確かに」

 

 ライドルカは大きく頷いた。

 

「それで魔石価格の上昇とアルタラスとの関連を調べるよう調査部に指示しておいたんだが、先ほど話したとおり一名がアルタラスに入った後、しばらくして消息を絶った。何が起きたのかは一切不明だ。これは危険な任務だ。だからこそ君に頼みたい」

「わかりました」

 

 ライドルカは再び大きく頷いた。

 

(確かに自分がやる方が良さそうだ)

 

「なぜ他の国の魔石価格も上昇しているのかも含めて調べてくれ」

「わかりました。では――」

「あともう一つある」

 

 局長の話はまだ終わらなかった。

 

「なんでしょう?」

「実は昨日なんだが、外務大臣が妙な話をしていた」

「妙な情報?」

「パーパルディア皇国が、名前も聞いたこともないような辺境の国と対等の関係を結んだそうだ」

 

 辺境の国と?

 

「しかもそれを文書にしてパーパルディア大使がわざわざ大臣に届けてきたそうだ」

 

 聞いたこともない国…

 

「新興国ですか?」

「新興国と言うより、圏外文明国なんだそうだ」

 

 圏外文明国――文明圏外にも文明国並みに発展した国がきっとあるだろうという予測を元に作られた、理論上の分類だ。

 

「国の名はトルキナ連邦。フィルアデス大陸から数千キロは東にあるらしい」

 

 フィルアデス大陸の東……未踏の海域じゃないか!

 

「そんな辺境に文明国があるとは知りませんでした」

「ああ、いままで誰も行ったことがない場所だったからな。交流はおろか存在すら知らなかった」

「ではその国のことも調べろと?」

 

 それは調べておく必要があるな…

 

「第3文明圏唯一の列強国が対等と認める国が現れたんだ。パーパルディアと同程度の国など戦力的にはまったく問題にはならんが、情報局としては皇帝陛下に問われて、いつまでも『何も情報がありません』と答えるわけにはいかんからな」

 

 確かに。

 そんなことになれば帝国情報局は存在意義を疑われるだろう。

 

「わかりました。局長が皇帝陛下に問われてもお答えできる程度には情報を集めておきましょう」

「頼んだぞ」

 

 ライドルカは局長室を出ると、さっそくセミルカが声を掛けてきた。

 自分との連絡を担当する助手だ。

 

「次はどちらへ?」

「アルタラス王国だ」

「すぐですか?」

「いや、まずは情報を集めてからだ。アルタラス王国の最近の動きをまとめておいてくれ」

「わかりました」

 

(それにしても、ひとり消息不明とは…)

 

 今度の仕事はより一層の注意が必要だな。

 まずはパーパルディアに行き、先にトルキナ連邦の情報を仕入れておくか…

 

 ライドルカは新たなる任務に取りかかるため準備を始めた。

 

 

 その半月程前――

 

アルタラス王国ではこんなやりとりが行われていた。

 

 

3月某日 アルタラス王国 ル・ブリアス アテノール城

 

 

「報告します」

「うむ」

「ロウリア国王が亜人殲滅方針を撤回するとの布告を出したそうでございます」

「なに? それは真か? なら戦争はどうなる?」

「ギムの街にいる難民たちには、しばらくは様子を見るつもりの者が多いようです」

「なぜ方針転換をしたのだ? 亜人殲滅を旗印に王が求心力を得ているという話であったのだろう。旗印がなくなれば求心力を失うのではないかね?」

「どうやら〈北の港〉でどこかの艦隊と一悶着あったようです。巨大な軍艦の艦隊だったそうで、ひょっとするとミリシアル帝国かもしれません」

「なるほど。ミリシアル帝国はエルフが多いからな」

「エルフ殲滅の方針も聞きつけた可能性があります。このままではロウリアの隣国侵攻はないかもしれません」

「で、では我々の計画はどうなる?」

「計画の修正は必要かもしれません。ですが、そう落胆することでもないかもしれませんぞ」

「どういうことだ?」

「はい。王が求心力を失えば、ロウリア王国は分裂することになります。諸侯は再び対立を始め、最悪の場合、大きな内戦に突入します」

「ああ、なるほど。そうなれば同じことか…ミリシアルの動きを牽制したいところだが」

「ミリシアルへの魔石の販売価格を値上げしましょうか。アレが完成間近のようですし」

「アレ?」

「ムーの飛行場です。アレが完成すれば、ミリシアルも迂闊には手を出してこないでしょう」

「それはわからぬぞ。アレはもともとパーパルディア皇国への牽制になればと建設を許可しただけだからな」

「ムーの外交官は魔石の輸入を始めたいと言ってきています。ただ、希望している量は年間で小さな荷馬車1台分程でして」

「はあ? たったそれだけか? それならむしろ安く譲って恩を売った方がいいかもしれんな」

「ただパーパルディア皇国に知られるとまた軍事力をちらつかせての値下げ要求が…」

「何とか軍備を強化したいところだが、どうにかならぬか?」

「諸侯をみな追い出して以来、軍の担い手がすっかり減ってしまいました。カネはありますので戦列艦を増やしているところですが、今の国民は汗を流す仕事を敬遠する風潮があります。労働力は海外からの出稼ぎ労働者が担っていますが、さすがに軍となりますと出稼ぎの傭兵に任せるのには限度が…」

「諸侯どもを追い出したのは失敗だったか? 我が直轄領となれば税は安くなると約束し、民自身に諸侯を追い出させたのは、我ながら名案だったと思っておったのだが」

「いえ、そのおかげで千五百万のアルタラスの民はすべて陛下直轄の民となり、重税に苦しむことがなくなりました。国民の誰もが、我らの王は“民を愛する優しい王様”だと、陛下を賛美しております」

「ふぉっほっほっほ。そうであろう。我が国ほど民を慈しむ国は世界中をどこを探しても他には無いからな」

「その寛大なお心、誠に偉大な主君の臣下であることはわたくしの誇りでございます」

「これも鉱山開発のおかげよ」

「陛下の先見の明の賜物でございます。実は本日、その鉱山をかぎ回っているネズミがいたとの報告がありました」

「何? どこのどいつだ?」

「それが、逃げ足の速い男だったため竜騎士を出したところ、脅しのつもりで放った火炎弾が命中してしまい…」

「死んだのか?」

「はい。黒焦げの死体では身元を調べようがなく……おそらくパーパルディア皇国辺りに雇われた者だと思いますが…」

「そうか。油断ならぬな。警戒を怠らぬように伝えよ」

「かしこまりました」

 




よく考えてみると、本二次創作のオリジナル設定のいくつかは、自分が原作を読んだ時のふとした疑問から生まれています。

・国家戦略局はロウリアへの支援をなぜ独断で始めたんだろう?
・クイラ王国は傭兵稼業の外貨だけで、全国民の穀物需要を本当に賄えるんだろうか?
・ムーはなぜ西方の異変に鈍感なんだろう?
・ライドルカは危険地帯に潜入するような末端の諜報員なのに、なぜ局長に直接報告できるんだろう?
そして――
・アルタラス王国は重要なエネルギー資源国なのに、なぜミ帝はパ皇による占領を静観したんだろうか……?

こうした疑問が本作を書いている理由の一部かもしれないと、最近ちょっと思いました。


 次回はエピローグです。
 投稿は本日中の予定です。
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