間章は1話だけの投稿です。
間章Ⅳ 連邦の外交方針 ―― 戦わず! おもねらず! じゃ!
中央歴 1639年3月23日 午後
トルキナ連邦 園都 両院議事堂 元老院本会議場
午前に民議院質疑を終えたジローは、監査府専用の傍聴席の一つに腰を下ろし、質疑が始まるのを待っていた。
午前の質疑では、条約調印のために連邦を訪れていたクワ・トイネ公国とクイラ王国の代表団も招かれ、傍聴していた。
(良い刺激になったら良いんだけど…)
それはともかく、これから元老院質疑である。
「さて、元老院は何を訊いてくるかな?」
ジローのつぶやきに隣の人物が反応した。
「民議院では二カ国の代表団が見学していたでしょ? だから質問の種類に制限が掛かっていた。たぶんその部分に触れるんじゃない? 本日は非公開質疑だそうよ。かなり厳しい話が出るかもしれないわね」
監査府外務局局長ジョアンナ・ボールドウィン外務監査官の口調は相変わらず軽いが、表情は真剣だ。
非公開質疑の様子は放送されないが、それだけではない。傍聴も連邦政府の関係者しか許されない。報道関係者にも公開されないのだ。
「かもしれないけど、元老院は長期的な国家運営の話をする場だから、細かい話はあんまり出ないんじゃないかな」
元老院もまた予算案の審議をするが、民議院ほど細かい話はしない。むしろ長期的な視野でどういう意味があるのかということを突っ込んでくる。
現在新年度予算案の審議が佳境に入っていたらしいが、それをいったん中断して、監査人への質疑が行われる。
元老院の相手をするのは、最高監査人の一人、ジローの同僚にして妻のニムディスである。
「民議院で出た質問はしないことになってるから、出なかった質問は出る可能性あるわよ」
「かもしれないね。お、質問者はムテールか」
元老院の重鎮にしてジローの古なじみ、ムテール・カラン=ロハンディ元老が質問席に座るのが見えた。
民議院と異なり、元老院の質疑は着席のまま行われる。
ムテールはローハ共和国から派遣されている。淡色の肌を持つ老齢にさしかかった森エルフである。
もちろん元老には任期中、不老の加護が与えられるため、彼は200年以上、肉体年齢は変わっていない。
『〈問いかけの間〉にてジロー閣下が告げられたという脅威――魔法帝国について、何か手に入った情報はありますかな?』
議場に響き渡る声から発せられた質問に、ジローは思わず苦笑した。
「あ、その話があったか…」
「確かに最重要ね」
昨日の両院合同報告会で報告したのは主にジローだったが、この話は特にしていない。
というか報告すべきことが多すぎる。
そして民議院では予知予言の類いは質疑の対象から外されていた。
(さすがはムテール。一番の脅威について真っ先に尋ねるとは)
答弁席に視線を向けると、この質問にニムディスはまったく動じる様子を見せず、ただ悠然と優雅に椅子に座り、答弁を始めた。
『そうじゃな。これはジローがロウリア王国で聞いてきた話なのじゃが、古代魔法帝国人、ラヴァーナル人じゃったかな? は光翼人と呼ばれる種族で、強い魔力を持つようじゃ』
『ほう。“強い魔力”とはどの程度の魔力ですかな?』
『交渉の席でジローとゲルダエールが探知阻害を外した際に、その魔力を目の当たりにした現地人が叫んだそうじゃ。「光翼人だ!」と』
『なんと!』
元老達がどよめいた。
いや元老よりも傍聴席の代議士達の方がどよめきが大きい。
「やっぱり驚くわよね。わたしもだったわ」
ジョアンナが頷いている。
『そ、それは魔法帝国人の魔力がS級以上…という意味…ですかな?』
(ああ、そういうことか)
ジローはそんな風には考えなかった。あの国王にしても王宮魔導士にしても、光翼人の実物を見たはずはないのだから。
『そうかもしれぬ。じゃがそう発言した当人は光翼人を直に見たことがあるわけではないという話じゃ。ゆえに光翼人の魔力について、何級相当なのか、判断する手がかりはない』
安堵のため息が聞こえるが、傍聴席では厳しい表情を崩さない者もいる。
「そうか」
ジローはふと気付く。
「皆、自分たちより魔力が強い邦外人というものを経験したことがないのか」
「あら、閣下はあるの?」
「そりゃあ、あるさ。北のローハと南のドレナはもともと別の国だったんだ。わたしにとってニムディスは最初、異邦人だったんだよ」
「それもそうね」
エルデン族の魔法は脅威だった…
『現地人の魔力についてはどうでしたか?』
『そうじゃな。わらわが最初に訪れたクワ・トイネ公国で一番魔力が高そうな者はE6相当じゃった』
E6とは、加護なしのニンゲンの標準値の6倍である。
『二つ目のクイラ王国ではE2相当、三つ目のパーパルディア皇国ではE1相当じゃったな。あとロウリア王国はニンゲン至上主義ゆえ、わらわは行けなかったが、船に招き入れた一団にD5相当の者がおった』
E2とは、標準値の2倍。
E1とは、標準値相当。
D5とは、標準値の50倍である。
『聞けば王宮魔導士じゃそうじゃ。D5とはなかなかじゃな』
『では脅威ではないと考えても?』
(そうだ)
連邦市民には等級の加護がある。
そして、成人するまでにC級になるのが望ましいとされている。
C級になると、個人差はあれど、加護なしのおおよそ100倍程度の魔力と膂力、さらには それに耐えられる肉体の頑丈さが手に入る。
ジローは思う。
(だから邦外人は脅威とはなりえない)
だがニムディスは長命のエルデン族、ムテールはエルフ族である。
そんな短期の話はしていないのかもしれない。
『魔法工学装置がいくつもあった。“魔信”と呼ばれる魔法工学の通信機。“風神の涙”と呼ばれる興味深い装置もあった。これらは魔力鉱石を力源として魔法を発動させる自動魔法具じゃ。連邦で主流の魔法補助具とは異なる』
『つまりどういうことですかな?』
ムテールが訝しげだ。
ニムディスが質問に無関係な話をしたと思っているのだろう。
『自動魔法具は、使用者の魔力がわずかであっても使用できる。この世界の住人は自動具を発展させておる。つまり、当人の魔力の強さや量と、脅威の度合いは同じではないということじゃ』
再び議場がどよめく。
ムテールが質問を続ける。
『つまり相手の魔力がD級だと判断できたとしても、魔力鉱石を使用する魔法工学兵器を持っているかもしれないため、安心できないということですな?』
『簡単に言えばそういうことじゃが、それだけではない。この世界の住人は我らと同じように技術を進歩させてきておるゆえ、邦外国の潜在的な脅威度は今までとは大きく異なる』
傍聴席に並んだ代議士達がざわついてる。
皆表情が厳しい。
ニムディスがさらに言葉を繋げた。
『つまりこれまでどおり邦外への技術流出を防いでも、邦外国はすでに技術を進歩させる土壌を持つゆえ、今は安心できても、将来は分からぬということじゃ』
エルフやドワーフの元老や代議士が深刻そうな顔をしているのをジローは眺めた。
(そんな先のことを心配してどうする?)
隣に座る外務局長がささやいてきた。
「これは深刻よね。まあわたしが生きてるうちは大丈夫だろうけど」
ジョアンナは女ニンゲンだ。
もし将来、パーパルディア皇国が連邦を凌ぐほど発展したとしても、その時には、すでに寿命が尽きているだろう。
「そんなに深刻な話なのか?」
「当然でしょ。何のために執政府が邦外への技術流出を避けてきたと思ってるの?」
安全保障のため――
ジローはそう答えようとした時に、ムテールの声が響く。
『魔法帝国も自動魔法具を使用しているのですかな?』
『まだわからぬが、おそらくはそうであろう。監査府では引き続き情報を集める所存じゃ』
(魔法帝国についても調べないとね)
ジローは手帳を出して書き込んだ。
(クイラ王国とクワ・トイネ公国は何か知ってるかもしれないな)
『昨日の報告に、ムーの外交官と話したとありましたな。確かムー人には魔力がないという話でしたが、これはどういうことですかな?』
(ん?)
ムテールの質問の意味がジローには分からなかった。
(魔力が無いとは魔力が無いという意味だ。それ以外に何があるんだ?)
『どういうこととはどういう意味じゃ?』
ニムディスもまた、質問の意味が分からなかったようだ。
『つまりですな。ムー人は魔法を使わないうちに魔力が退化してしまったのか、それとも何らかの理由で魔力が失われたのか。あるいはかつてローハのニンゲン族がそうだったように魔法ではなく戦技を使うのか…』
ムテールは魔力を持たない人類を知らないのか。
『おそらく最初から魔力がないのじゃろう。グラ・バルカス人の諜報員も同じく魔力が無かった。戦技も使えぬようじゃ』
ニムディスの言葉に、ムテールが目を見開いている。
『ま、全く無い…のですか?』
『いや、全く完全に無いとまでは言えぬが……連邦等級でHかIか、その程度じゃと感じたぞ』
『それはつまり……』
『E級の千分の1、あるいは万分の1じゃ。魔法が使えるとはとても思えぬ』
『そのような種族が本当にいるとは…』
いやいや、ローハにいたんだから、加護を受ける前の我々ニンゲン族を見てるだろう。
ただしこちらは戦技が使えた。
(だからそれとこれとは違うと、ムテールは考えているのか…)
『では彼らも自動魔法具を使用するのですかな?』
ジローは再び首をかしげる。
(昨日の説明が伝わってないのか…)
『いや、昨日の報告会でジローが話したように、ムーもグラ・バルカス帝国も非魔法工学の文明じゃ。その軍隊も話を聞く限りは現代装備の軍じゃ』
現代装備とは、非魔法工学の装備のことである。
ジローは会場を見回すが、特に驚いている者はいない。
驚いてるのはムテールだけ。ムテールは一人だけ何か勘違いしていたのかも知れない。
『しかしながら、近代国家を相手にするのも初めてですが、それが非魔法工学の国とは、驚きですな。どのように付き合っていくつもりですかな?』
『かつてローハに転移してきたニンゲン族はもともと非魔法工学の国に住んでいたと聞いておる。その第1世代には不老の加護を持つ者がおり、今も生きておる。ジローはその一人じゃ。当然、これら二カ国との付き合い方についてはジローの意見を用いることになるであろう。まだ何も決めておらぬようじゃがな』
『午前中の質疑で、ジロー閣下が「グラ・バルカス帝国との外交関係を結ぶ努力をしていく」と答弁しておられましたが、殿下も同じ考えですか?』
『当然じゃ!』
ニムディスが力強く明言した。
ムテールの質問はそれで終わった。
次に質問席に座ったのはトリン・ヘイデン。
ゴンドー共和国から派遣されている元老である。
どっしりと貫禄がある壮年の北ドワーフは、いかにも〈山のドワーフ〉らしい少し荒い口調で質疑を始めた。
『今朝の答弁では、パーパルディア皇国と戦争になるかもしれんとのことだが、戦争となって勝利すれば占領地となる。その後は連邦領とするつもりか?』
パーパルディア皇帝がいずれ連邦と戦うつもりであることは、盗聴で判明している。
だが連邦領を増やすとなると、パーパルディア人に市民権を与える前提で総督府の統治が始まる。
これには莫大な予算が必要になる。
(勘弁して欲しい…)
ドラゴン戦争の傷も癒えない上に、転移で気候帯が変化したため、執政府は現在、農業政策の大転換の真っ最中だ。しかも連邦軍の再編整備も必要だ。
(そんな余裕、今はどこにもないだろう)
『今のところは連邦領とはせぬつもりじゃ。皇帝をすげ替えるか、新政府を作らせるか、いずれかを考えておる』
『その理由は?』
(予算不足!)
『占領地の連邦化を進めるとなれば、内務省が総督府を設置することになる。執政府も監査府も大きな負担を強いられる。特に執政府はカネやヒトを連邦軍に回さねばならぬのに、総督府に取られるわけには行かぬであろう』
「監査府もよ。総督府に人員を取られるわ。治安維持に」
「確かに」
トルキナの統治に納得しない者は多いだろう。各地で暴動が起きるに違いない。
『保護国にいた人員の多くが戻っている。彼らを使えるんじゃないか?』
転移の時に、保護国は転移してこなかったのに、保護国に滞在していた連邦市民はどういうわけだか、近くの海に漂流していた。
『そうじゃな。保護国になってもらうというのも一つの方法じゃが、それは新たな統治者が望めばじゃ』
保護国になるには、当事国が申し出る必要がある。
連邦政府がそれを強制することはない。
『パーパルディア皇国とは良好な関係を結べそうにないのか?』
「皇帝次第ね」とジョアンナが呟いた。
『難しいところじゃな。貧弱とは言えど、近代装備の軍隊を持っておる。官僚組織も銀行もある。一応近代国家として扱いたいとは思うておるのじゃが、何の要求もせずに艦隊を襲撃したり、使者たるわらわを捕縛しようと襲撃したりと、ここまで卑劣な扱いを受けたのは初めてじゃ。対応は自ずと厳しいものになる。その昔、門前払いで追い払われたことなどかわいいものじゃな』
全くだ。
こちらが何か地雷を踏んだのかも知れないが、それが何なのか語ろうともしない。
『確かジロー閣下は邦外で襲撃を受けたことがあると聞いた覚えがあるが?』
ん? ああ、あったな。
100年近く前になるか。
転移前の、しかもドラゴン戦争よりも前の話だ。
『あれは内陸の国を訪れたときに、服属を迫られて拒否したら襲ってきたという話じゃ。まあ空を飛んで逃げ帰ってきたと。許されるなら滅ぼしてやりたかったとゲルダエールが話しておったわ』
ゲルダエール・ローハン大将は、監査府創設以来ずっと直轄軍の司令官を務めている男エルフであり、ジローの護衛に付くことが多い。
ロウリア王国ではちょっと問題を起こしたが、普段は冷静だ。
あの時も「殺さずに無力化せよ」との命令におとなしく従っていた。
ただ内心では、かなり腹が立ったと後日語っていた。
(まあその後、半世紀も経たないうちにドラゴン戦争が起きたから、手加減した意味はなかったかもしれない)
『ああ、思い出した。確か10年前に連邦軍がその土地を通過した際には、人は住んでいなかったと。ドラゴンの襲撃で滅んだのだろうということだったな』
『そうじゃ。魔法がそこそこ使えて、周辺国を従えておったようじゃが、魔法が使えてもドラゴン共には役に立たぬ』
ドラゴンに近づくと魔法も加護も戦技も使えなくなった。
転移前の世界では、ドラゴンと真正面から戦える軍は連邦軍以外には存在しなかった。
『グラ・バルカス帝国というのは〈問いかけの間〉の予言にあったか?』
〈問いかけの間〉は『ローハの塔』にある。不思議な力を持ち、資格を持つ者が問いかけると、何をすべきか教えてくれることがある。
ジローは連邦が転移した翌日に、この部屋に入ったのだ。
“お前たちの前に三つの国が現れる。まず『帝国』、次に『太陽の国』、その次に『魔法帝国』。『帝国』と『太陽の国』はお前たちの障害となる。『魔法帝国』はお前たちに滅亡の危機をもたらす。戦いの技を磨き、危機に備えるがいい”
問いかけの間の“声”はそう告げてきた。
『おそらくじゃが“問いかけの間”が告げた三国のひとつじゃろう』
『帝国、太陽の国、魔法帝国だったな。なら帝国か?』
『そうであろうな。残念ながら“帝国”は外交使節を殺され、他国人を憎むようになってしもうた。じゃがわらわも襲撃を受けたことを考えれば、その気持ちはわからぬでもない。どうもこの世界では使者の安全は尊重されぬようじゃ』
『すると、もしドラゴンがいないとしても、監査人の諸国訪問には今後も連邦軍の随行は欠かせんのか』
『現時点ではそうじゃな。短時間の戦闘であれば直轄軍で対処できるが、長時間の戦闘となると連邦軍に頼むしかないのじゃ』
『直轄軍にはS級もSS級もいるんだろう? SS級は数万トンの砲艦に相当すると、以前ジロー閣下が民議院で答弁していたぞ』
(ドラゴン戦争前の話だな…)
ジローは苦笑した。
確かにSS級の力は絶大だ。
等級理論では、E級から始まり、D、C、B、A、S、SSと、10倍ずつ上がっていくとされている。
仮にE級の継続出力を0.1馬力とすると、SS級は理論上10万馬力となる計算だ。
もちろん、これは理論上の話であり、理想気体の膨張率のような話だ。
実際はこんなに単純ではない。
それにSS級は極めて希少な存在だ。
(そう言えばトリンはすでに10期は務めているな)
元老は各国司府、つまり共和国政府が候補の中から指名する。任期は10年。任期中は不老の加護を授かる。
『S級であろうがSS級であろうが、所詮は生身の体じゃ。全力で戦えば1時間程で力尽きる。古典装備の軍が相手であれば無双もできようが、近現代装備の軍隊相手にはちと分が悪い』
「いや、無理だから」
ジローは思わず呟く。分が悪いなんてもんじゃない。
『午前中の答弁で、冒険者が戦争捕虜になった場合に直轄軍では対処できないという話が出たが、わしはできるのではないかと思ったのだが?』
そう言ってトリン・ヘイデン元老がこっちを見てきた。
(う…)
ニムディスもチラッとこちらを一瞥してから、口を開く。
『説明が足りなかったゆえ答えるが、どこに収容されておるか判明しており、本人達が五体満足の状態であれば、そこを襲撃して、救出して、ともに脱出することができるであろうな』
『つまり条件次第だから約束はできんと?』
『まあそういうことじゃが、そもそも冒険者組合法では、連邦政府が救出することを想定しておらぬ。救出するのは冒険者組合、そして国司府のはずじゃ』
『だが共和国軍は邦外には出られんぞ』
『そういうことじゃな。かつてジローは”外邦の護衛”と称する活動に停止命令を出したのじゃが、停止命令は無効との判決は出てしもうた』
この話は今朝の答弁でも話したな…
『なぜそんな判決が出たんだ?』
『さてな。じゃが昔ジローが話したことがある。議会民主制の国には必ず、商売人が商売の都合で国を動かそうとする時代がやって来るとな』
『商売の都合で国を動かす時代?』
『たとえば商品の販売先にするために邦外国を占領し、連邦の製品以外を禁じて連邦の商人のみが儲かるようにし、占領地には決して市民の権利を与えぬことで、反対意見を押さえ込む。さようなことを企み、商人どもが代議士連を抱き込んで議会で可決させてしまい、連邦軍を動かして邦外に侵略し、占領するというものじゃ。かようにして得た占領地を『植民地』と呼ぶそうじゃ』
そう。帝国主義の時代だ。
『だがそれは連邦宣言に反する。道理にも反する。元老院は認めんぞ!』
『そうじゃな。それに宣戦布告を決めるのは監査人会議じゃ。ジローの懸念を踏まえ、さようなことはできぬようになっておる』
連邦政府を立ち上げた時に、そうしたんだ。
帝国主義の到来は、通常の議会制度では防げない可能性があった。
なにしろアヘン戦争を決めたのはイギリス議会だ。
しかもそのイギリスから独立したアメリカ合衆国ですら、フィリピンやキューバを植民地にしたんだ。
『じゃがここで問われたせいであろうか、今ふと思い至ったのじゃ。あの時、ジローの懸念が議会ではなく、裁判所において現れたのではないかと』
――ん? どういうこと?
ニムディスの答弁にジローは首をかしげた。
(そんな考えは初耳だ)
『どういう意味だ?』
『あの裁判の原告は、冒険者組合ではない。組合に邦外国の“護衛”を依頼した商社じゃ。そして裁判所の判事連も選挙で選ばれる。つまり議会民主制じゃ。あの判決は連邦のためでも市民のためでもなく、商社のためのものじゃったとわらわは今ごろになって思うのじゃ』
――ああ、そういうことか!
ジローは頭を抱えたくなった。が、堪えた。
(判事の選挙活動に商社の支援が入っていたか!)
だが監査府も新聞も気付かなかった。
極めて巧妙な手口だった可能性がある。
眼下ではトリン・ヘイデン元老が押し黙り、他の元老も渋い顔をしている。
元老院と監査人会議、二つの防波堤が用意された議会と違い、何の対策もしていない裁判所は企業の影響を受け得たとしてもおかしくない。
連邦の制度に意外な盲点があったことに彼らも気付いたようだ。
その証拠に、議場が次第と騒然となっていく。
『これは由々しき問題ですぞ…』
『監査府法務局は何をしていたんだ!』
『裁判所が一企業の利益のために判決を下すなど、あってはなりません!』
(これは……見落としていたな…)
傍聴席も騒然となる中、ジローは顔をしかめた。
同時に感心もしていた。
ニムディスがその知性で、ジローが見落としていた制度の盲点を見つけたのだ。
褒め称えるべきことだ。
(いやいや、答弁する前に直接話して欲しかったよ!)
夫婦なんだし!
カンカンカン!
議長席に座る中年の女エルフが木槌を叩き鳴らした。
濃色の肌をした〈草原エルフ〉である。
『静粛に!』
騒然としていた議場が徐々に静まっていくと、議長が口を開いた。
『本日の質疑は昨日行われた外交報告に関するものである。今の件については後日改めて、議題として提出されたい』
議長の指示に、ヘイデン元老が軽く咳払いをする。
『オホン。えーでは次の質問だ。本日民議院に見学に来ていた二国とは明日、正式に通商条約への署名が行われるが、この二国が例の差別主義国家から侵略を受け、連邦に助けを求めてきたらどうする?』
『午前にジローが答弁したように、軍事力を行使せずとも出来ることはある。それで助けるつもりじゃ』
『それでも侵略を受けたら?』
『保護国になることを薦めるしかなかろう』
『両国政府が保護国化を拒否したら?』
ニムディスが顔をしかめた。
『その意思を尊重するしかあるまい』
つまり見捨てる、か…。
「ま、なんとか手は考えるけどね」
ジローは呟いた。
思いつくとは限らないが。
「期待してるわ」
ジョアンナが他人事みたいに言う。
(いや、外務局の局長は自分だろう)
自分達で案を出してほしい。
『そろそろ質問を終えようと思うが、監査府の外交方針を尋ねたい。今まで外交は重視されてこなかったから、よく知らない者も多いだろう。皆に教えてくれ。なるべく簡潔に』
ヘイデン元老の要望に、ニムディスが一瞬笑みを浮かべてから声を張り上げた。
『戦わず! おもねらず! じゃ!』
ニムディスの声が会場に響いた。
『他国とは良好なる関係を築く。争いに巻き込まれるを避ける。連邦の自主独立を貫く。今までどおりじゃ』
元老連も代議士連も、皆神妙に聞いていた。
ヘイデン元老が尋ねた。
『戦わず、おもねらず、か。だが両立できん時は、どちらを優先する?』
『おもねらず、じゃな』
するとジロー以外の誰もが頷いたように見えた。
傍聴席の代議士達も頷いている。
だがジローは考えていた。
(あくまで理想だけどね)と。
この世界の国際社会は複雑なようだ。
ターラでは経験したことのない人類社会の複雑さに、連邦は翻弄されるかもしれない。
地球人類の歴史では多くの国が滅んだ。
戦って滅んだ国。
おもねって滅んだ国。
法と正義を貫き、戦いに敗れた国もあった。
(確かに〈問いかけの間〉は連邦の障害と危機を予言し、三国を挙げた。だが三国ばかり気にしていると、他国に足元をすくわれかねない)
――連邦を守らねばならない。
(連邦は必ず生き延びる。独立を維持する)
――そのためには何をする?
(まずは情報を集める。その上で慎重に手段を見極める)
ジローはすでにそう決めていたのだった。
次回の投稿まではしばらくお待ちください。