1月25日 マイハーク市公館 応接室
彼女はエルフではなくエルデンという種族らしい。
「此度は我が配下達を保護してくれたこと、感謝の念に堪えぬ。連邦を代表して礼を言う」
立ち上がったニムディス殿下が両腕を斜め下に小さく開く。どことなく抱擁を求めるような姿勢になっている。
テーブルを挟んで抱擁を求めるはずはないので、これは感謝の念を表す仕草なのだろう。
カナタは異文化の作法に、戸惑いと緊張を覚えた。
ニムディス殿下がスッと両腕を戻し、言葉を続けた。
「我がトルキナ連邦は貴国と国交を結びたいと考えておるが、何しろ我らはこの辺りのことを何も知らぬ。この辺りの国々のことや国同士の決め事などがどうなっておるか、その辺りのことから教えてもらえぬじゃろうか」
そう言って着席したため、カナタはこちらの番だと判断する。
「貴国のことはアラハエル殿から伺っています。我々としても国交を結ぶことにやぶさかではありません」
「それはありがたい話じゃ」
ニムディス殿下が「うむ」というように大きく頷いた。
そう。国交を結ぶことは構わない。
だがカナタには懸念があった。
それはアラハエル殿の話から浮かび上がるトルキナ連邦の姿、強大な軍事力と平凡な外交姿勢の落差、その不均衡である。
どう考えてもおかしい。
為政者として、この不均衡の意味を見誤ると、公国の命運が大きく損なわれるのではないか。
そんな気がしてならないのである。
「しかしながら、強大な軍事力を持つとの話もあり心配しています。あのような軍船を見れば、我が国が侵略されるのではと不安になります」
「それは失礼した」
ニムディス殿下があまりにも堂々とそう言ったため、それは謝罪の響きは感じられなかったが、確かに謝罪だった。
「ジローよ。近代装備の軍艦を出したのは間違いじゃったのではないか?」
夫であり同僚だというジロー殿に話を振った。
その言葉は、まるで「あなたのせいよ」と非難しているようにも聞こえるが、カナタには特に そんな響きが感じられなかった。
ただ、ニムディス殿下だけで決めたわけではないようだ。
「それは申し訳ありませんでした。この辺りのことを知らないため、客船ではなにかあったときに対処できないかと心配だったのであり、決して威嚇するためではありません」
ジロー殿は謝罪と弁解の言葉を、最初の挨拶と同じような自然な丁寧さで述べた。
それは確かに、カナタの心に安心と納得をもたらした。
二人の言葉は、威嚇のつもりがないことを示すものだったが、ただ、それでもカナタの脳裏には先ほど見た艦隊の姿が焼き付いていた。
「いえ、軍艦で来たからという話ではありません。むしろ軍事力による威圧外交は当たり前です。なのに、あなた方にはそのような姿勢が見えないことに困惑しています。我が国を容易に征服できるほどの軍事力を持っていそうな国が、我々に何を求めるのか、不安なのです」
カナタは、不安を率直に述べることで、相手の率直な見解を引き出そうとする。
「首相は怯えすぎではないか」
すると味方にたしなめられた。リンスイ外務卿である。
「アラハエル殿も話していたではないか。トルキナ連邦は侵略はしないと。ニムディス殿、ジロー殿、そうなのであろう?」
リンスイ外務卿が言質を取ろうとするかのように、相手に同意を求めた。
カナタにはそれが「お前たちの部下はこう言ったぞ。ちゃんと責任取れよ」と言ってるように見えた。
「うむ。連邦はいわゆる侵略戦争はせぬ。そもそも連邦の国土はすでに広大なのじゃ」
ニムディス殿下が鷹揚に明言した。
ジロー殿も付け加える。
「こちらが攻撃されたり、宣戦布告されたり、あるいは国家ぐるみの犯罪を行う国家が相手であれば話は別ですが、通常はそんなことはしません」
二人の言葉は、アラハエル殿の説明を裏付けるものだったためか、リンスイ外務卿が満足げな表情を浮かべている。外交官として、相手から言質を取ったと確信している様子だ。
「首相、聞いたであろう。このまま国交樹立に向けて話をしていけばいいのではないか」
さらに、カナタにやや顔を寄せ、心配ないぞという口調で、さっさと話しを進めろと提案してくる。
――見え見えだ。
リンスイ外務卿の言質取りは老練だが、あまりに露骨だ。
相手の機嫌を損ねないか心配になる。
だだ、為政者としてはこの場で交渉を止めるわけにもいかない。
今は乗るしかない。
乗るしかないが、本当に安心してよいのだろうか――
「そうだね。わかった」
カナタはリンスイにとりあえず同意し、連邦の代表に顔を向けた。
「意図を疑うような発言を謝罪します」
「いや、かまわぬ。国の行く末を案ずるは為政者の務め。カナタ首相の心配も当然じゃ」
カナタの謝罪に対し、ニムディス殿下が理解を示した。
カナタは内心で安堵のため息をつく。
するとジロー殿が尋ねた。
「連邦が何を求めるのかとのご質問ですが、それは貴国の産物次第です。輸出できるものは何かありますか」
この質問にリンスイ外務卿が身を乗り出す。
「売るほどあるものと言えば、麦だ。小麦に大麦、ライ麦など、正直言うと、有り余っている。家畜にも好きなだけ食わせている程だ」
リンスイ外務卿は少し誇らしげだ。
「それは素晴らしい。麦の輸入先が転移によって失われたので、その代替の輸入先があればありがたいです」
ジロー殿が笑顔を見せる。
「わが公国は肥沃な大地に恵まれている。麦ならいくらでも売るぞ」
リンスイ外務卿が再び誇らしげに言った。
「ところで、この近隣の国について教えてもらえぬじゃろうか」
ジロー殿は喜びの表情を見せていたが、ニムディス殿下の興味は別の所にあるようだ。
鋭い目でこちらを見つめてくるので、カナタはややあわてて説明する。
「クワ・トイネ公国に隣接する国は二つです。南にクイラ王国、西にロウリア王国です。どちらも同じくロデニウス大陸にあります。クイラ王国には食料を輸出し、代わりに傭兵を雇い入れています」
「クイラ王国の産物は何でしょうか?」
隣国について簡単に説明すると、ジロー殿が早速尋ねてきた。
交易に関心があるようだ。
「あそこは不毛の地でな。黒い燃える石や水があちこちから湧き出ていて、麦を育てられない。だがクイラは獣人の多い国で、獣人達は力が強く、動きも素速いため、傭兵として活動している」
リンスイの説明にジロー殿が首をひねる。
「黒い燃える石? 石炭だろうか? なら燃える水はタールかな・・・」
ジローが小声でつぶやいているが、聞こえている。
黒い石と黒い水が気になるのだろうか。
「仲介してもらえぬじゃろうか?」
ニムディス殿下がこちらをまっすぐ見てくる。
「ええ。いいですよ。連絡しておきましょう」
カナタは内心ひるみながらも、快く応じた。
クイラ王国への仲介はまったく問題がない。
問題は次である。
あまりうれしくない話題だが、説明しておかなくてはならない。
「西のロウリア王国ですが、現在、わが国との間に緊張が高まっています」
するとジロー殿が窺うような視線を向けてきた。
「仲が悪いのですか?」
「ああ、あいつらは人間至上主義でな。エルフやドワーフ、獣人などをこのロデニウス大陸から駆逐するとほざいてやがる」
リンスイが忌々しげに説明した。
王国ではすでに人間以外の種族は暮らせなくなっている。
「差別主義の国か・・・しかも駆逐とは・・・危険な相手じゃな」
ニムディス殿下が眉をひそめている。
「女エルデンのわらわでは話ができぬやもしれぬ。ジローよ、ロウリア王国との話し合いを頼む」
「わかった。連邦市民が駆逐されないようにするためにも、連邦軍に軍艦を追加してもらおう」
ジロー殿が頷いたが、その言葉にカナタの胸中には再び不安が湧き上がってきた。
いま軍艦を追加と言った? あの巨大な船がまだあると?
連邦の軍事力はどう見ても強大だ。もし戦えばわが公国はひとたまりもないだろう。
ならば味方にすれば心強いのではないか?
カナタは早速、尋ねることにした。
「ちょうどロウリア王国の話になったので尋ねますが、今後国交を樹立した後、ロウリア王国の脅威に対抗するため、クイラ王国と共に貴国と軍事同盟を結ぶことはできるでしょうか」
あのような軍船を持つ国と同盟を結べるなら心強い。
カナタはそう思い尋ねると、ニムディス殿とジロー殿が顔を見合わせている。
やがてジロー殿が口を開いた。
「連邦が掲げる防衛方針は、連邦自体が侵犯されたり攻撃されたり宣戦布告されたりした場合にのみ攻撃するというものです。連邦がクワ・トイネ公国に援軍を出すには・・・保護国になっていただくしかありません」
その言葉は、カナタが期待した答えから大きくはずれていた。
「保護国だと? 属国になれというのか!」
リンスイ外務卿が声を荒げたが、カナタも同じ気持ちだ。
だが、ジロー殿はまるで公国の反発など意に介さぬ様子で落ち着いた表情を見せている。
連邦は優しい顔をしながら我らを従えようとしているのか?
だが我らは逆らえるのか?
あの艦隊と戦って勝てるとはとても思えない。
カナタの背筋が再び冷たく張り詰める。
ジロー殿が、険しい表情のリンスイ外務卿に静かに語りかける。
「連邦がこちらに転移する前は周辺に八つの保護国がありました。もちろん、保護国は連邦に少なくない税を納めていました。だからこそ連邦軍はこれら保護国を防衛するためにドラゴン達と戦ったのです。ドラゴンは連邦本土よりも、保護国の方に多く襲来してきましたが、連邦軍は多大な犠牲を払ってドラゴンと戦い、50年かけて殲滅したのです」
「何が言いたいのだ!」
リンスイ外務卿の声が鋭い。
ジロー殿は丁寧に説明しているふうだが、話していることは「あいつの店は俺たちにカネを払ったから守ってやったんだぜ」と語る街の荒くれ者と同じようにカナタには感じられた。
だが、ジロー殿はリンスイの声に動じることなく、憎らしいほどに落ち着きを払っている。
「連邦は保護国を連邦の一部と見なし、防衛の範囲に含めますが、連邦外の国を護るために軍を出すことはありません。連邦軍は納税者の税金で維持されています。納税していない者のために戦うことはありません」
つまりカネを払えと言いたいようだ。
そうでなければ兵を出さないと。
だが反対に「カネを払わなければ保護国にはなれない」とも言われたようにも感じる。
どうやら積極的に我らを従えたいわけではないようだ、とカナタは思った。
「ですが、相互に防衛する同盟ならば、援軍を出すと約束することが、負担を負うことになるのではないですか」
それが軍事同盟ではないか。
カナタは食い下がった。
「クワ・トイネ公国の軍事力はどれほどあるのですか?」
ジローの問いにカナタは一通り説明する。
陸軍の騎馬兵、歩兵、魔道士。
「魔道士というのはカナタ首相より魔力があるのですか?」
カナタ自身も魔道士としての自負がある。
ほとんど同じだと答えると、続けるよう促された。海軍の船団。そして竜騎士団。
「その竜騎士団の飛竜はどの程度まで飛べるのですか?」
質問の意図が分からずに沈黙すると、ハンキ将軍が答えた。
「ワイバーンの最高速度は235キロ、飛行可能高度は4000メートル、休憩なしでの飛行時間はおよそ2時間ほどだが、無理をすれば倍近く飛べるぞ」
ハンキ将軍の声は力強かったが、同時にカナタにはむなしく感じた。
だが意外にもジロー殿が顎に手を当てて考え込む様子を見せる。
「ワイバーンか・・・」
これは脈があるのでは?
相手の表情にカナタはかすかに期待してしまう。
だが返事はその隣から返ってきた。
「ならぬ! 連邦軍どころか、一共和国軍よりも弱い相手との軍事同盟などに両院は納得せぬ」
有無を言わさぬ口調でニムディス殿下が言い放った。
お前たちの軍が役に立たないから同盟はしない。そう言われたようだ。
彼女の鋭い瞳がどこまでも冷たく感じる。
「そうですか。同盟を組むことはできないのですね」
肩を落としかけると、ジロー殿が付け加えた。
「はい。ですが、他にも手はありますよ」
ん? 何か方法があるのか?
カナタはすがるように尋ねる。
「それは何ですか? 教えてください」
「連邦の冒険者組合に依頼を出すんです。防衛のために冒険者を雇えばいいんです」
突拍子もない答えだった。
冒険者組合? そんなものが戦争の役に立つのか?
「待てジローよ。良いのか? さような事を言うて」
ニムディス殿下が待ったを掛けた。
どうやら彼女にとっても突拍子のない答えだったようだ。やはり冒険者など・・・
「前例はあるよ」
前例? あるのか?
「前例・・・あれか! じゃがあの時、ジローはカンカンに怒っておったではないか。商売人が法を都合良く解釈しおったと」
「怒りはしたし、停止命令も出したけど、結局はあちらの勝訴に終わった。法は法だからね。あの国は最終的には保護国になることを選んだから、関連法は特に改正されずにそのままだ。問題はない」
二人の論争を聞いていたハンキ将軍が疑わしげな声を上げた。
「冒険者が役に立つのか? 相手は軍隊なんだぞ?」
するとジロー殿が尋ねてきた。
「それは相手の武装にもよりますが、どのようなものですか?」
「武装は我らとあまり違わない。剣と槍、魔道士による魔法攻撃、地竜・飛竜による火炎攻撃だな」
「古典装備ですね。それなら冒険者達は喜んで戦いますよ。かつてとある国の防衛のために、冒険者千人が雇われました。結果、犠牲を払いながらも防衛はなりました」
ジロー殿は飄々と述べる。
「その相手の兵力はどれくらいだったのか。千人で守れるということは多くても二千くらいか?」
「たしか、十五万の魔導騎馬兵じゃったと聞いておる」
ニムディス殿下の言葉が部屋に響き渡ると、皆押し黙った。
一瞬、カナタは理解できなかった。だが理解すると、こんどはどう受け止めて良いのかわからなくなった。
「バカな! 千人で何ができる!」
リンスイが声を荒げた。
「いや千人だけで戦ったわけではありません」
「我らは出会ったばかりゆえ、知らぬのも無理なからぬが、トルキナの民は皆強い」
ニムディス殿下は泰然と述べた。
反対のように見えたニムディス殿下も、冒険者の戦力は疑っていない様子だ。
「それは国民皆兵だからですか?」
カナタは思い出していた。
二人の後ろに控えているアラハエル殿が先日話した「連邦の市民は戦う術を知っている」という言葉を。
「理由はいろいろとありますが、連邦の冒険者には、戦いで力を付けて連邦軍の精鋭として採用されることを目指している者や、連邦軍を退役した後にも戦いを求めて登録している強者などが集まっています。充分に戦えると思いますよ」
ジロー殿が冒険者の強さに自信を見せている。
「そうですか。教えていただきありがとうございます」
彼の表情に、それも一つの方法かもしれないとカナタは思えてきた。
「ええ。いつでもどうぞ。ですが、まずは国交を結びましょう。どうするにせよ、まずはそれからです」
「あの船を売ってもらえまいか?」
ハンキ将軍が身を乗り出した。
なるほど、確かにあの軍船があれば、海軍は強くなる。
きっとロウリア海軍の船も体当たりで蹴散らせるはずだ。
竜騎士団も魔導兵器で蹴散らせるかもしれない。
「あの船とは軍艦のことですか?」
ジロー殿がすうっと体を引いた、ように見えた。
「そうだ」
「あれはあなた方には動かせません」
冷めた表情でそう言った。
え?
「それは・・・買っても意味がないと?」
カナタの期待は急速にしぼんだ。
「はい」
話し合いは二日にわたって続いた。
「実は人を何人か雇いたいので紹介していただきたいのですが」
話し合いの最後にジローが切り出した。
「何をさせるつもりですか?」
「わたしたちに代わり、皆さんの国際共通語の読み書きをしてもらいたいのです。合意文書の作成などをしてほしいのです」
カナタは疲れた頭で考える。
これは相手の情報を得るチャンスではないか? スパイ活動をさせると危険だが、読み書きの仕事を通じてなら危険もないし、得られる情報も重要なはず。
きっと公国にとって大いに役立つに違いない。
「そうですか。ではこちらで人選して紹介しましょう」
「よろしくお願いします」
カナタはこの機会を活用することに決めたのだった。
二日間にわたる話し合いは、カナタにとって安堵と不安、希望と屈辱が交錯するものとなった。
侵略もなかった。脅しもなかった。
だが軍事同盟は拒まれた。護って欲しいなら保護国になれと突きつけられた。
冒険者組合という意外な選択肢に一縷の希望を見いだしつつも、連邦の圧倒的な軍事力と冷徹な論理には舌を巻いた。
公国の脆弱さを痛感させられる。
外交としては基本合意に達したことで一定の成果を得た。
だが為政者としては、なお重い課題が残されている。
カナタは深い息を吐き、心の奥で思う。
公国は果たして、生き残れるのだろうか・・・
カナタ首相の視点ではうまく書けなかったのでここにメモ(努力はしたのですが・・・)
ニムディス「それは失礼した」
→ 堂々と謝ることで弱みを見せずに謝罪するテクニック。強者の謝罪。
ニムディス「ジロー、あれは間違いじゃったのでは?」
→ 責任を分散させて相手のヘイトを分散させ、薄めるテクニック。
ジロー「あれはこういう事情です」
→ 安心と納得を生み出す言葉で場を落ち着かせ、ついでにヘイトも薄めるテクニック。
リンスイ「心配しすぎだ。アラハエル殿も言っていたぞ」
→ 味方をたしなめる体(てい)で、相手の部下の発言を、相手に直接言わずに、それでいてしっかり聞かせて押しつけるテクニック。
リンスイ「そうなのであろう?」
→「カナタが心配してるじゃないか。ほら、安心させてやってくれ」という流れで発言を引き出すテクニック。
ちなみに、すべて不発です(笑)。つまり使わなくても同じように話が進んだと思われます。ですが使ったというところに、相手の発言をどう受け止めたのか、相手をどう見ているのかが表れていますね。
次回の更新は明日の予定です。