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クイラ王国はあまり描写がないので、こういう感じかなと想像して書きました。
中央暦1639年2月1日 クイラ王国 〈東の港〉
「あれがトルキナ連邦の軍船か、たしかに大きいな。あんな船は見たことがない」
メッサルは不機嫌な声で、声の震えを押さえ込んだ。
黒ずんだ船体はまるで砦のようであり、帆も櫂もなく、ただ不気味な威圧感を放っている。
港の沖にならぶ14艘の船影は、海を支配する黒鉄の海魔のようだ。
クワ・トイネ公国からの情報では、元首級が乗船しており、話し合いがもたれ、合意に達したということだった。
特に攻撃的な様子はなかったと聞き、恐れる必要はないと考えたが、あの船団の姿を見るとその判断はいささか楽観的すぎたようだ。
「クワ・トイネは軍事同盟を断られました。納税していない者のために軍は出せないと言われたそうです」
ペインの声には不満が滲んでいた。
彼はクワ・トイネ公国の外交官として、ここクイラ王国に駐在しており、外務卿を務めるメッサルとはこうしてよく話をする。
今回も、メッサルとともに王都バルラートから竜騎士たちに運んでもらい、ここに来ている。
「当然だな」
メッサルはつれなく答えた。
その声には情報不足への苛立ちも含んでいた。ペインの責任ではないのかもしれないが、こっちは国を背負っているんだ。
このところロウリア王国が兵を集めており、いつ攻めてきてもおかしくないと見られている。だが、トルキナ連邦には、われらを護って戦う理由がない。
「だが多種族国家なら、われらと対立はしないだろう」
メッサルは自分に言い聞かせるように、わざと楽観論を口にした。
「ドワーフもエルフもいるそうです。人口も多いらしいですね」
ペインが補足した。
多種族国家であることは、攻めてこない理由にはならない。
メッサル自身もそれを分かっていた。だが恐怖を押し込めるには理屈が必要だった。
「ならロウリア王国に味方することはあるまい。それで充分だ」
外交関係を結ぶことができれば、それで良い。
それ以上を望むのは危うい気がする。
そう思っていると、平らな船から小型の船が下ろされるのが見えた。波を切るようにこちらに近づいてくる。
小型? いやそこそこ大きいではないか。
ずいぶん速いな。あれに追いつくのはわが国の船では無理だ。
「着いたか・・・」
兵士が彼らを出迎え、こちらへ導く。
「連絡のあったトルキナ連邦です」
そう告げると、兵士は来訪者に何かを伝え、整列している兵列へ駆け戻っていった。
一団の中には聞いていたとおりの男女二人がいた。
「わたしはクワ・トイネ公国の外交官ペインと申します。皆様のことは本国より話を聞き及んでおります。ここクイラ王国の方をご紹介いたします。こちらは外務卿のメッサル卿です」
ペインが先に挨拶をした。
「初めまして、外務卿のメッサルです。クイラ王国へようこそ」
メッサルは一歩前に出て、来訪者達に声を掛けた。
「トルキナ連邦最高監査人ニムディス・オーレノン・コーワじゃ。外務卿による出迎え、嬉しいのじゃ。こちらは我が夫で同僚のコウ・ジローじゃ」
先に貴婦人が応じた。
事前の情報では、エルデン族という種族だと聞いている。
「初めまして。同じく最高監査人のコウ・ジローです。貴国と外交関係を結ぶために参りました」
夫は人間だ。
「では、庁舎にご案内します」
その日は港町の庁舎で歓迎会が開かれた。
メッサルがあらかじめ手配しておいたものである。
「それで、獣人は何歳で成人となるのじゃ?」
「獣人の中にもニンゲンやドワーフのように人種はあるのかのう?」
ニムディス殿が獣人の役人に熱心に質問を投げかけ、会場の空気は和やかに流れていた。
やがてジロー殿が立ち上がった。
「このように盛大に歓迎の宴を催していただきまして、ありがとうございます。お礼と言っては何ですが、楽器の演奏を皆様にご披露いたします」
出してきたのは、黄金に光り輝く、大きくて、曲がり具合の極端な角笛だった。
吹き始めると、角笛らしい、ぶ厚くて大きな音が会場に響き渡った。
「角笛でこんな演奏するとは・・・」
ジロー殿が奏でる旋律は、メッサルの知る角笛の曲とはまったく違っていた。
地元の重々しい曲とは異なり、聞いたことがないほどに陽気で、拍子も弾んでいた。
ドワーフ達は皆笑いながら手を叩き、テーブルを叩いて拍子を取った。
メッサルもドワーフであるため、当然のようにその輪に加わり、庁舎は一層賑やかになった。
2月2日 馬車道
翌日、トルキナ連邦の代表二人とその従者たちを乗せて、王国の馬車4台が進んでいく。
港に来るときはワイバーンに乗せてもらってきたが、さすがに使者の二人をワイバーンで運ぶのは憚られたため、馬車にしたのである。
4日かかるのであるが。
メッサルは2人と交流するために、1日同乗して話をした。二人の様子を観察しつつ、好みなどを聞き出すことがメッサルの仕事のやり方なのである。
粗削りな石畳の道に車輪が跳ねるたび、車内は大きく揺れたが、二人は気にする様子もない。
むしろ、異国の風景を楽しむように窓の外を眺めて談笑していた。
「聞いておったが、確かに草木が少ないの。ゴンドーの乾燥地帯ほどではないが」
「乾燥帯じゃなさそうだから、やっぱり土壌の影響かもしれないなあ」
乾いた風が吹き抜け、時々思い出したように生えた低木を揺らし、遠くに見える岩山に消えていく。
初めて訪れる使者がいつも顔をしかめる光景だ。
そんな
――わが国を見下す様子には見えないな・・・
メッサルは胸の奥でわずかな安堵を覚えた。
外交の相手として悪くない反応だと思った。
夜は、初日に地元の有力者、2日目は領主の
2月6日 クイラ王国 王都バルラート 王城 応接室
4日間の馬車旅行を終え、王都バルラートに到着した。
石造りの王城は、ドワーフと獣人の力強さを見せつけていたが、二人は壁の毛皮や武具に興味を示していた。
会談が始まり、互いの国の説明が行われ、侵略戦争はしないとの発言にメッサルは安堵したが、この後、予想外の話題となった。
「燃える水と燃える石ですか?」
メッサルは半ば驚き、半ば呆れながら、聞き返した。
「はい。そういうモノがあると聞きましたので、ぜひ見せていただきたいのです」
トルキナ連邦の代表の一人、ジロー殿が妙なことを言い始めたのだ。
「わかりました。燃える石はすぐにお見せできますが、燃える水は、取りに行かせましょう」
さてはクワ・トイネの連中から話を聞いたな。
まったく。「燃える石」とは笑える。
あの連中は石炭を知らないからな。なにしろ木を燃やして鉄を作ってる連中だ。
二人も知らないようだが、ここで相手の無知を笑わないことも外務卿の仕事だ。
クイラ王国ではドワーフ達が鉄の精錬に石炭を使っている。
メッサルもドワーフだ。当然、石炭のことはよく知っている。
メッサルは部下に「燃える水」を持ってくるよう指示を出すと、立ち上がり、暖炉に歩いて行く。
暖炉脇には、メッサルの体が入りそうなほどに口の大きな、背が低い壺が置かれていた。
壺の蓋を持ち上げ、黒い塊を取り出した。
「これが燃える石です。わが国では石炭と呼んでおりましてな」
笑いそうになることなくそう言い終えた自分を、メッサルは褒めてやりたかった。
すると意外にもジロー殿が目を輝かせた。
「石炭ですか! それは良かった!」
そう言って二人で顔を見合わせている。
「暖炉にあったのじゃ」
「使われていたんだね。火が付いてなかったから気にも止めなかったよ」
ん? 知ってるのか?
「見せていただけますか?」
もちろん、そのつもりだったので、メッサルは手渡す。
黒くなった手を、軽く払う。
「クワ・トイネ公国で『燃える石』と言ってたから、アスファルトかもしれないとも思っていたんだけど」
アスファルト? 何だそれは?
ジローは顔の前にかざしている。
「ジロー、どうじゃ」
「ああ、これは確かに石炭だ。質も良さそうだよ」
「それは重畳じゃ」
良質だとわかるということは、やはり石炭を知っているのか。
笑わなくて良かった。
二人の心証を損ねたら国が危ない。
あの艦隊は脅威だ。
「石炭をご存じなのですな」
メッサルが尋ねると、興奮したままジロー殿がこちらを向いて話した。
「はい。連邦では石炭をさまざまな用途に使っています。大量の石炭を売っていただければ、両国の結びつきも強くなるでしょう」
大量の石炭か。まあ問題ないだろう。石炭などどこを掘ってもすぐに出てくるからな。
結び付きが強くなれば、軍事同盟も結べるだろうか?
ただ、今はまだその話題は時期尚早だろう。何しろクワ・トイネ公国は断られているからな。
やがて、燃える水の入った壺が届いた。
「原油だ! 石油だよ!」
中を見たジロー殿が何やら断言している。
燃える水を知っているようだ。
「これも買いたいのう」
「ああ。現地の資源を活用しないと割に合わないからね」
「石炭と石油が両方あるとは・・・あとは鉄でも出てくれば・・・」
二人が嬉しそうに話している。
実は鉄も採れる。
メッサルはそう言おうとして
鉄は自国で使うからだ。
掘ればどこからでも出てくる石炭とは違い、取れる場所も限られる。
「これが欲しいのですか? このせいで作物が育たないと言われているのですが」
燃える水は鉄の精錬にも使えない。
「われわれはこの石油を活用しています。採掘権を売っていただければ、われわれで掘ります。租借でもかまいません。そのカネで公国から食料などを買うといいでしょう」
悪くない話だ。
どうせあそこは役に立たない土地だ。買ってくれるなら喜んで売ろう。金額次第だがな。
メッサルはジローの提案に内心ほくそ笑む。
「そのカネであの大きな船を買えるだろうか?」
あの軍船なら相当の戦力になるはずだ。
メッサルは尋ねずにはいられなかった。
「買えないことはありませんが・・・あの船を手に入れてもあなた方では動かせませんよ」
動かせない? 難しいのだろうか。
それとも売りたくないのだろうか?
「使い方を教えてもらえないのですか?」
「教えても動かせないと思います。あれはトルキナ市民でないと使えないのです」
教えてもらっても動かせないとはどういうことだろうか?
「それはなぜ?」
「うむ。それはわらわが説明しよう」
ニムディス殿が優雅に話し始める。
「我らトルキナ連邦の市民は力が強い。あの艦はその強い力で操るのじゃ」
力が強い? それなら・・・
「わがクイラ王国にも力持ちの獣人がいますが」
獣人達は各地で傭兵として活躍している。その中には力が強い者もいるのだ。
「獣人が仮にパンゲア大陸の茶熊と
茶熊とはトルキナに居る熊なのだろうか? にしても熊より力が強い? バカな!
「ノウブ兵の平均はだいたい2トンだったと思う。ニンゲン兵なら8トン、ノーク兵なら20トン弱ですね」
思わず口をポカンとあけてしまった。
メッサルはジローの説明が理解できない。
「まあ、直接見なければ信じられぬじゃろうて。わらわも初めて見たときは信じられなかった」
ニムディス殿が昔を懐かしむような表情をしている。
「なら連邦軍を上陸させましょうか? 兵士の力をお見せしますよ」
ジロー殿が提案してきた。
「そ、それは・・・」
「武器を持たせません。兵士達も陸に上がって|休みたいだろうと思います。交代で一晩ずつ過ごさせたいのですが・・・」
それだけ力が強いなら武器などなくともわが国を占領できるのでは・・・とメッサルは突っ込みたくなったが、もし事実だとして「それもそうだ」と実行されては堪らないので、我慢したのだった。
次回、ようやく二人の考えが明らかに・・・
次回の更新は今夜の予定です。