「それで、君はヘスティア様に内緒で抜け出して魔法を試そうとしてたわけだ」
「はい……」
「我慢できない気持ちも分かるけどさ、ヘスティア様起きたらとんでもなく心配すると思うぞ」
「うぐっ」
人々が寝静まった夜中、バベルと通じる大通りでベルは体を縮こまらせていた。
理由は明白。
アルバスに正論を以て諭されていたからだ。
魔法が発現し大喜びだったベルはしかし、試すのは明日にしなさいというヘスティアからのお言葉を受けた。
気分が高揚しきった今のベルが死の危険が伴う迷宮に赴くのは主神として見過ごせなかったのだ。
けれど、ヘスティアの想像を遥かに超えて浮かれ切っていたのが今のベル。
そう、ベルはヘスティアが寝た隙に地下室を抜け出し、ダンジョンに向かおうとしたのだ。
そんなベルとアルバスは道中で運悪く、或いは運よく遭遇する。
「うう……こんなあっさりバレるなんて」
「いや君、めちゃくちゃ浮かれてスキップまでしてたから。あれは目を引くよ」
住宅の多い地区であるこの区域の人通りは少ない。
そんな中で明らかにうきうきとしたベルは非常に目立っていた。
「大人しく帰るので、神様にはどうか秘密に……」
「え、帰るの? 試すんじゃないのか?」
「え?」
「君一人だったら危ないけど、俺が居れば大丈夫だろ? ほら、ヘスティア様が起きないうちに行っちゃおう」
「アルバスさん……!」
いたずらっぽく笑うアルバスに、ベルは拝む勢いだった。
(精霊のとは違う現代の魔法気になるしな。レフィーヤが使ってた吹雪凄かったし…………ってごめんごめん。浮気とかじゃないから。いやそれはどういう判定なんだ?)
自分の内で抗議するような気配のルクスを宥めながら、アルバスは謎の判定に首を傾げるのだった。
△△△
というわけで、俺たちは急ぎ足でダンジョンにやって来た。
迷宮第一層。この時間ゆえに
「それで、どんな魔法が発現したんだ?」
「えっと……【カンパネラ・アルカンゲロス】って魔法です。攻撃魔法らしくて、でも色々と説明があって」
ベルは聞いた説明を思い返すように口を開いた。
『書いてある通りなら、超短文詠唱からなる魔法だ』
詠唱式は
極めて短いそれは取り回しの良さを表す。
──そして、なにより。
『
魔法とは詠唱と魔法名、その両方を唱える事を前提とした神秘である。如何なる超短文詠唱であっても、最低でも二言を唱えなくてはならない。
だが、この記述が本当だとすれば。
ベルは詠唱式の
と、そこまでの説明を聞いた俺だったが正直あんま分かってない。
だって俺普段からそんな感じだし。
「それって珍しいことなんだな」
「そうだ、この人も似たことしてるんだ……!」
ベルは頭を抱えた。
ちょっと申し訳ない。
いやまあ俺のは
「ま、まぁ気を取り直して使ってみようか。ほら、ちょうどゴブ出てきたぞ」
話を逸らそうと、ちょうど生まれ落ちたゴブリンを指し示す。
この程度の相手なら魔法の初使用にもってこいだろう。
「そう、ですね! やってみます!」
ベルが右腕を突き出す。
まるで射出を待つ砲台のようだった。
「【
紡がれる詠唱。
それと共に高まった魔力が感じ取れる。
そして次の瞬間。
「────」
一瞬だった。
鐘の音が奔った。
響き渡る音の波を受けて、ゴブリンは文字通り灰と化した。
「えなに今の」
マジで何?
音が響いたと思ったら、ゴブリンが死んでいた。
正確に言えばゴブリンの体が拉げ、ぐちゃぐちゃになってから魔石が砕けたのだ。
俺の加護で強化された目はそれを正確に見届けていた。グロすぎる。
「うわあ……! ア、アルバスさん! どうですか!?」
「ちょっと引く」
「ちょっと引く!?」
笑顔で振り向いたベルは目をかっぴらいた。
お前ゴブリンの死に様見たか? 同情はないけどあれをやれるのは怖いんだ。
「それで今のって何が起きたんだ?」
「使ってみて分かったんですけど……たぶん、音の塊を飛ばしてるみたいです」
「あー、だからあの速さな上に不可視なのか」
ここに来てようやくこの魔法の強さを実感した。
単体なら空間の歪みとか直感で何とかなるけど、近接戦に絡めて使われたらちょっと対処しきれないかもしれん。
灰が積もる奥で壁に亀裂が走っている。
たぶんゴブリンを消し飛ばしても尚残っていた音塊によるものだろう。
威力という点で見ても、その短い詠唱文からは考えられない高威力。
それが音速で飛んでくるのだ。
弱いわけがない。ていうかめちゃくちゃ強くないか?
「あ、でもまだ色んな事があるみたいです!」
「ああ、言ってた詠唱の短縮か」
「それもなんですけど、他にも『拡散鍵』とか『拡張鍵』とかがあって……」
思ったよりあったな。
現代の魔法は個人に適応するから汎用性が失われ、逆に特化型の性能になるって聞いたけど、それにしちゃできる事が多い。
所感だけど、ベルが持ってる才能の容量がデカいから多数の機能が追加されたんじゃないかな。
「う〜ん、どうしようか」
「? 何がですか?」
「これじゃあ全部ワンパンで終わるから検証にならないだろ」
「あっ」
実際に特徴とかは分かるだろうけど、折角なら威力とかも詳細知りたいよなあ。
「……よし、じゃあ模擬戦しよう」
「え、此処でですか?」
「俺ならまあ、直撃しても死なんだろうし。躊躇わないでいいぞ」
「っ! はい! 本気で倒しに行きます!」
そこまで遠慮ないのもびっくりなんだが。
この子、最近俺への遠慮がなくなってきてないか?
「【
光で殺傷能力をゼロにした直剣を作り、距離を取ってからベルと向かい合う。
普段からやってる模擬戦と同じ距離感。
戦意に呼応するように空気が張り詰めていく。
「いつでも来い。全部受け止めてやる」
「ッ、【聖歌】!」
放射される音塊。
同時にベルが突っ込んでくる。
「やっぱ強いよそ、れっ!」
空間の歪みから位置を推定。振り抜いた直剣が何かを切り裂いた。
仮借なく振るわれるナイフを捌けば、ベルから立ち昇る魔力が上昇した。
「【聖歌】! 【聖歌】! 【聖歌】!!!」
「うわマジか……!?」
怒涛の音塊連射。
ベルに合わせLv.1基準に調整していた加護の出力を一段引き上げる。
あのままだと絶対捌ききれなかった! それちょっと強すぎじゃないか!?
必死に音撃を斬り飛ばす。
ベルの攻撃が上手い。俺が剣を振り切ったタイミングでナイフを振るっている。
このままだとジリ貧になる。俺は直剣を地面に叩きつけ地面を粉砕。その間に間合いを取った。
「……そこだ──【
「あヤバ」
直感が正確に危機を伝える。
半ば無意識、感覚のままに直剣に魔力を回した。
直後。
空間を根こそぎ砕くような爆発が襲いかかる。
「【ルクス】」
光で結界を形成する。
破壊力が高い……いや高すぎる。
「それどうなってんの?」
「周囲の魔素残滓を起爆させてるみたいです」
魔法使えば使うほど最終的な威力が高くなるってことか。
長期戦したくねえ~! けど魔法連射されると短期決戦も難しくなりそうだし……本当に強いなこの魔法!
「フッ!」
ベルの突撃。魔法は展開していない。
何か考えがあるんだろう。怖いし実戦なら引き撃ちに徹するけどこれ検証だしな。
俺は向かってくるナイフを防ぐように剣を構えた。
「【聖歌】──【
響くは詠唱、鐘の音。
ベルの声と共に現れたのは炎を模した魔力だ。
それが俺の剣と接触して──剣が消えた。
「ハアッ!?」
慌てながら後退。斬撃は容易く回避できたが、問題はそこじゃない。
「魔力の吸収、いや無効化か?」
炉の聖火。
家を守る守護の炎。
それはきっと、
「──【
返事はなく、続けざまの詠唱。極限の集中に入っている。
俺が立て直す前に蹴りをつける気だ。
これまでより更に上昇した魔力に意識を集中させ────
「グ、オオッ!?」
──音塊の威力は絶大だった。
体感で、上層のモンスターならこれを喰らえば即死するだろうと容易く推測できる。
前面に光を集中させ防いだのに、その余波である音波が身体機関に損傷を与えている。耳と三半規管に無視できないダメージだ。
防御貫通もあるのマジでふざけるなよ。俺が欲しいんだけどそれ。いやまあ前世だったら似たようなことできたろうけど。
「ここで、倒すッ!」
「ちょたんま──」
静止は聞こえていない。完全に俺を殺す気の眼付きだ。
誰だよこの子んな修羅みてえにしたのは!
「【
また新たな詠唱。
鐘の音と共に舞う光粒──これ、
放つのではなく、光は疾駆するベルに纏わり付き、その速度を押し上げた。
予想外の加速。間違いなくLv.1の規格を逸脱したそれに、僅か反応が遅れた。
「【
斬撃。
白光。
衝撃。
「……参りました」
「うん、お疲れ。また強くなったな」
既に戦闘の余波でボロボロだった
削れ、漂う破片が全てを覆い隠していた。
徐々に晴れていく先にあったのは、光纏うベルとナイフを弾き、首元に光剣を置く俺の姿。
いやあ、本当に焦った。
舐めていたわけじゃないが、魔法一つでここまで戦闘能力が飛躍的に上昇するとは思っていなかった。
結果論だけど、出力制限は一段下げといたほうがよかったな。
「【炉鐘】は魔法防御、【福鐘】は性能の強化、【暁鐘】は付与による自己強化、ってところかな?」
「そうみたいです。戦ってるうちに使い方がどんどん思い浮かんできて、無我夢中でした。えっと……僕、どうでしたか?」
「凄いと思ったよ」
怖かったです。とは期待に満ちた目で見てくるベルに言えない。
取り敢えず微笑んで誤魔化した。
何度も言ってるが、できる事が多すぎるんだよな。使用感覚が、俺の加護の使い方に近しい。……これ俺の影響受けてる可能性もあるな。
「今のベルなら、この前のミノタウロス相手でもある程度渡り合えそうだよ」
純然とした評価だ。
日に日に練度を増してく今の彼女ならば、きっと後れを取ることはないだろう。
けれど、それを聞いたベルの顔色は優れなかった。
「……無理ですよ。僕じゃ」
「そっか。じゃあ、もっと頑張らないとな」
「……はい」
ふわふわとした髪を撫でる。
兎みたいだ。動きが激しかったからか乱れてるそれを梳いていく。
暫く無言の時間が流れた。
今は駄目でも、いつかはきっと。
進んだ先では届くかもしれない。
だから、俺たちは積み重ねていくんだ。
……この子も、いつか乗り越えてほしい。強くなろうとするなら、恐怖は必ず向かい合い、超えていかねばならないから。
「まあ、魔法は気を付けて使おう。誤射とかしちゃったら冗談抜きで笑えないことになるから」
「はい……」
【耐久】が鍛えられてない冒険者に直撃すれば、それこそ潰れたトマトの出来上がりだ。
強すぎるのも考え物だな。
名残惜しそうなベルから離れ、俺たちは帰路につく。
これ以上滞在していればヘスティア様に気づかれかねん。
「あっ、そうだベル。明日から朝は鍛錬に付き合えない、ごめんな」
「大丈夫です。けど、何かあったんですか?」
道中、伝え忘れてたことを思い出した。
首を傾げるベル。ちゃんと説明しないとな。
「ああ、明日から朝はリューの鍛錬に付き合うことになったんだ」
「へぇ……え?」
「ん?」
動きが止まった。
「りゅ、リューさんと、鍛錬……?」
「うん、今日頼まれてさ」
酒場で介抱してもらった後、頼まれたのは特訓相手になる事だった。
最近は物騒なこと(怪物祭)が起きたから、気を引き締めたいらしい。
俺としても力の調整とかしたかったし、棚から牡丹餅ってやつだ。昔極東で習った。
「浮気ですか……?」
「浮気じゃないよ」
何言ってんだこいつ。
本気の目をしているベルに、俺は力なく首を横に振るのだった。
オリ魔法のせいでアホみたいに時間掛かりました。もう二度としません
次回
19.迫る平穏の終わり