深く積もった雪をかき分け、一歩ずつ進んでいく。ここは海からの風が強く吹き付ける岬。最後の村を離れて一か月、私はようやくこの大陸の果てにたどり着こうとしていた。
「ねえ、あと五十メートルもないよ。もう着いたも同然だね」
破れた手袋の先から覗く、右手の黒ずんだ人差し指に話しかける。じっと見つめていると、かすかに返事が聞こえた。
「いやいや、ここが肝心ダ! 油断大敵って言葉を知らないノ?」
「あはは、それもそうだね」
「それに、世界はお前が思うよりずっと広いかもしれないゾ?」
「だとしても、今は歩くしかないよ」
私は笑って、再び前を向いて歩き始める。二週間ほど前、木の枝に引っ掛けて手袋を破いてしまった。直す道具もなく、替えの手袋もなかったので、そのままにするしかなかった。
そうしたら、一週間前くらいから声が聞こえるようになった。最初は夢かと思ったけど、本当に指が話しかけてきているのだ。
ずっと一人で旅を続けていたから、とうとう幻覚を見るようになったのだろう。私の寂しい心が友人を作り出したのかもしれない。実際、この手足で何度も難局を乗り越えてきたことを思えば、ある意味では人差し指も戦友の一人だった。
「ほら、見える? こんなに白い景色、生まれて初めて」
「お前、雪を知らないのカ?」
「私の生まれた場所は、雪じゃなくて砂に囲まれていたからね。新鮮なんだ」
「雪は怖イ。命を落とすヨ」
「砂漠だって、いっぱい死体が転がっていた」
私と全く同じ人生を歩んできたのに、指は私より多くの物事を知っているみたいだった。私が目で見る景色と、指が肌で感じるものは異なるのかもしれないな。
「あと、少し……」
最後の力を振り絞って、腰の高さまで積もった雪を押しのけて歩く。ただ、この世界の果てが見たい。それだけを思って歩いてきた。そんな私を待っていたのは――
「わあ……」
岬の先っぽから見える、一面に広がった海だった。砂漠にいた頃に、海は青いと聞いていたけど、今見えている海は黒々としていた。何事も拒んでしまいそうなほど、真っ黒に見えていた。
「……これが世界の果てなんだ。意外とすごくないかも」
「お前、油断大敵だと言っただロ?」
「えっ?」
「見せてやル」
「ちょっと……!?」
右手がぷるぷると震え出し、気づけば人差し指が勝手に動き出した。止めようにも止まらず、呆然と見守るしかない。すると、人差し指は海の向こうを指して静止した。
「あれダ」
「なに……?」
指し示す方向をじっと見ると、微かに大陸のようなものが見えた。……もしかして?
「まだ、この世界には先があル。お前はまだたどり着いてなイ」
「嘘……!?」
「だが、私はここまでダ」
「まっ、待って……!」
人差し指が、先の方からゆっくりと崩壊していく。寒さに晒され続けた結果、自らの形を保てなくなったのだ。私は、戦友に別れを告げることすらできずに立ち尽くす。
そして、もう二度と「彼」の声を聞くことはなかった。