世界の果てに行こうと思った人と、その戦友の話。

1 / 1


 深く積もった雪をかき分け、一歩ずつ進んでいく。ここは海からの風が強く吹き付ける岬。最後の村を離れて一か月、私はようやくこの大陸の果てにたどり着こうとしていた。

 

「ねえ、あと五十メートルもないよ。もう着いたも同然だね」

 

 破れた手袋の先から覗く、右手の黒ずんだ人差し指に話しかける。じっと見つめていると、かすかに返事が聞こえた。

 

「いやいや、ここが肝心ダ! 油断大敵って言葉を知らないノ?」

「あはは、それもそうだね」

「それに、世界はお前が思うよりずっと広いかもしれないゾ?」

「だとしても、今は歩くしかないよ」

 

 私は笑って、再び前を向いて歩き始める。二週間ほど前、木の枝に引っ掛けて手袋を破いてしまった。直す道具もなく、替えの手袋もなかったので、そのままにするしかなかった。

 

 そうしたら、一週間前くらいから声が聞こえるようになった。最初は夢かと思ったけど、本当に指が話しかけてきているのだ。

 

 ずっと一人で旅を続けていたから、とうとう幻覚を見るようになったのだろう。私の寂しい心が友人を作り出したのかもしれない。実際、この手足で何度も難局を乗り越えてきたことを思えば、ある意味では人差し指も戦友の一人だった。

 

「ほら、見える? こんなに白い景色、生まれて初めて」

「お前、雪を知らないのカ?」

「私の生まれた場所は、雪じゃなくて砂に囲まれていたからね。新鮮なんだ」

「雪は怖イ。命を落とすヨ」

「砂漠だって、いっぱい死体が転がっていた」

 

 私と全く同じ人生を歩んできたのに、指は私より多くの物事を知っているみたいだった。私が目で見る景色と、指が肌で感じるものは異なるのかもしれないな。

 

「あと、少し……」

 

 最後の力を振り絞って、腰の高さまで積もった雪を押しのけて歩く。ただ、この世界の果てが見たい。それだけを思って歩いてきた。そんな私を待っていたのは――

 

「わあ……」

 

 岬の先っぽから見える、一面に広がった海だった。砂漠にいた頃に、海は青いと聞いていたけど、今見えている海は黒々としていた。何事も拒んでしまいそうなほど、真っ黒に見えていた。

 

「……これが世界の果てなんだ。意外とすごくないかも」

「お前、油断大敵だと言っただロ?」

「えっ?」

「見せてやル」

「ちょっと……!?」

 

 右手がぷるぷると震え出し、気づけば人差し指が勝手に動き出した。止めようにも止まらず、呆然と見守るしかない。すると、人差し指は海の向こうを指して静止した。

 

「あれダ」

「なに……?」

 

 指し示す方向をじっと見ると、微かに大陸のようなものが見えた。……もしかして?

 

「まだ、この世界には先があル。お前はまだたどり着いてなイ」

「嘘……!?」

「だが、私はここまでダ」

「まっ、待って……!」

 

 人差し指が、先の方からゆっくりと崩壊していく。寒さに晒され続けた結果、自らの形を保てなくなったのだ。私は、戦友に別れを告げることすらできずに立ち尽くす。

 

 そして、もう二度と「彼」の声を聞くことはなかった。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。