ギルデロイが真面目な顔で声を掛けてきたのは、8月になってすぐの夕食後だった。
「メリル、クィリナス、少しお時間よろしいですか?」
クィリナスと私は顔を見合わせ、すぐに頷いた。ギルデロイの用件はすぐに思い至ったからだ。
「クィリナスの部屋でどうかしら?」
「もちろん構いません」
「ありがとうございます、2人共」
ギルデロイは少しホッとした様な顔になった。
そのまま3人でクィリナスの部屋に向かい、定位置となったソファに腰掛けた。クィリナスが手早く用意してくれたお茶にお礼を言っていると、紅茶を1口嚥下したギルデロイが「先日ご相談した件なのですが」と早速口火を切った。
「聖マンゴから返事が来て、ご家族の了承が取れた、と。すぐにでも『忘却術』を掛ける事を望まれているとの事で、近日中に来て欲しいと手紙にありました」
「早い対応だったわね」
「それ程強く望まれているのでしょう」
クィリナスが痛ましげに眉を寄せた。その患者の事を思うと不憫でならない。忘れたい記憶を抱えて生きる事がどれ程辛い事なのか、私がいくら想像しても足りないだろう。
「それでお2人のご予定を聞きたくて」
「予定は無いのでいつでも」
「そうね。明日、は早すぎるかしら?」
「ふくろうは飛ばしてみましょうか」
「ついでに確認したい事もあるから、私もふくろう小屋へ行くわ」
ギルデロイは「私ができる事なら確認しますよ」と言ってくれたが、何分確認したいのがふくろうの体調なのである。それを伝えると、彼は「それは貴女でないといけませんね」と苦笑した。
クィリナスに別れを告げ、2人でギルデロイの私室へ向かう。道中はギルデロイが迷路について聞きたがったため、設置物や構造を簡単に説明すると何とも絶妙な顔をされた。
私が苦笑しながら「それはどういう顔なの?」と聞くと、
「その理由は少し待っていただいても?ササッと手紙をしたためてきますのでね!」
と杖を振って椅子を1脚呼び寄せたギルデロイは、そこに私を座らせて足早に自室へと消えていった。
程なくして彼は1通の手紙を携えて戻って来た。
「メリル、貴女をお待たせして申し訳ありません。ささ、行きましょう」
「待つという程でもなかったわよ」
「ああ、何てお優しい!」
ニコニコとしながらギルデロイが差し出した手を私が取って立ち上がると、彼は嬉しそうに顔を輝かせて椅子を手早く元の位置に戻した。
それから肩を並べて歩き始めると、ギルデロイが愉快そうに笑いながら「先程の表情の意味なんですがね」と切り出した。
「迷路の内容が中々に攻めているなと思って、代表となる生徒にちょっぴり同情したのと、それらを考えるのは楽しかっただろうなという羨ましさを感じたからなんですよ」
「羨ましさ?」
「ええ。私はあまり共同作業をした事がありませんし、私が考えるより遥かに興味深い内容になっていますから」
「そうかしら?貴方だって、発想は良い物を持っていると思うのだけれど」
「貴女にその様に評価されているのはとても嬉しいですよ、メリル」
ギルデロイがそう苦く笑んだ時、ちょうどふくろう小屋の真下に到着した。夜のふくろう小屋は塔自体の背が高く灯りが少ないため中々の威圧感を放っているのだが、慣れた身としては特に怖くは感じない。私がさっさと階段を登り始めると、ギルデロイも少し慎重になりながらも後に続いた。
ふくろう小屋に入ると、やはりあの最高齢のふくろうが床に降り立って休んでいた。
──今夜は念の為ハグリッドの小屋にいてもらった方が良いかもしれないわね……。
風邪や他の病気の症状は見られないから、本当に歳なのかもしれない。
「今夜はハグリッドの所にいましょうね」
そう声を掛けながら私はそっとそのふくろうを抱き上げた。彼女はこちらをジッと見て、何も言う事なくまた目を閉じた。
このまま床で休んでいると冷えやすいし、他のふくろうの糞や食べカスがどうしても落ちてくる。彼女自身のためにもここから移動した方が良いだろう。
そう思いつつ少し寂しさを感じていると、ギルデロイが遠慮がちに「メリル、少しよろしいですか」と声を掛けてきた。
「どのふくろうに頼めば良いでしょう?ホグワーツのふくろうとペットの区別がつかなくて……」
「ああ、そうよね」
私はサッと小屋内を見渡して1羽のミミズクを指し示した。
「あの子が良いと思うわ」
「ありがとうございます」
ギルデロイはパッと顔を輝かせていそいそとそのミミズクに近付いた。選ばれたのが嬉しかったのか、少し小柄なミミズクは自慢げに足を差し出してギルデロイが手紙を結ぶのを助けてやっていた。彼がバサリと羽を広げて夜闇へ飛んで行くのを見届けて、私達は塔を降りたのだった。
「そのふくろうはどうするんです?」
別れ際にギルデロイは気遣わしげにそう聞いてきた。私は彼へほろ苦く笑んだ。
「ハグリッドの小屋で少しの間過ごしてもらうわ。ファングもいるし、何かあったら気付いてくれるでしょう。それで良くならなかったら……」
「ならなかったら?」
「この子の今後の身の振り方を、考えないといけないわね」
ふくろうの死を見届けるのは何も初めてではない。それはやっぱり常に悲しいけれど、生き物と暮らすには付き物なのだから。時には生徒や教員の家族に貰われる事もあるが、ホグワーツで生き、ホグワーツで最期を迎える子の方が多い。この子がそうなるかはまだ分からないけれど。
ギルデロイと別れて森番小屋にやって来た私を、ハグリッドはいつも通り歓迎してくれた。事情を説明してふくろうを預けると彼は眉を下げて悲しそうな表情になったが、快く数日様子を見る事を了承してくれた。
私が面倒を見るのが筋なのだろうけれど、私は部屋を空ける事も多く、寝ている間に何かあっても気付くのは難しい。その点、ハグリッドの元ならファングもいるし、ハグリッドも怪我や病気の兆候には気付きやすいから安心だ。
どうしてもふくろうが気になりつつも、私は夜に明かりを灯すホグワーツに戻ったのだった。
その後、速達で飛び込んで来た返事を受け取り、翌日、ギルデロイと共にクィリナスと私は聖マンゴを訪ねた。
挨拶や手続きやその他細々とした必要な手順を踏んで、私達はようやく患者に面会する事ができた。
病室で出迎えてくれたのは2人の女性。1人はベッドに座り、もう1人のその側に立っていた。2人は良く似ていて、すぐに姉妹であると知れた。
「こんにちは、ディーナ」
「こんにちは……先生」
ギルデロイがニッコリ笑って声を掛けると、ベッドに座っている方の女性が細い声で挨拶を返した。彼女が例の患者なのだろう。
「先生、そちらの方は?」
立っている方の女性が、訝しげにギルデロイの後ろにいるクィリナスと私を見た。私達の更に後ろには聖マンゴの癒者が2人いるのだが、そちらは顔見知りなのだろう。
「今日の治療のために来てもらったのですよ」
そう言いつつ、ギルデロイは1歩横に避けて私達を患者達から良く見える様にした。
「彼女がメリル・ヴァレー。私が最も憧れ、尊敬している女性です。こちらはクィリナス・クィレル。私がとても信を置いている友人です。彼女達には私自身と全員の安全のために同行してもらいました」
「初めまして」
「よろしくお願いします」
ギルデロイの褒め過ぎなくらいの紹介に照れを覚えつつ挨拶すると、患者側も正体が知れてホッとしたのか病室内の空気が少し緩んだ。
「ディーナ・ユーグです」
「姉のアリア・ユーグです。今日はよろしくお願いします」
患者であるディーナは私よりも若く、姉のアリアは私と同じか少し歳上だろうか。2人共ブラウンの髪色でくすんだグリーンの瞳をしている。
「さて、そちらに行っても大丈夫ですか?もちろん私だけにしますよ」
ディーナが小さく頷いたのを確認し、ギルデロイは「ここにいてください」と私達に言い置いてゆっくりと彼女のベッドに近付いた。
ディーナは一定条件を満たした男性を酷く怖がると事前に聞いていたため、私はクィリナスと共にできるだけ気配を殺して立っていた。
後ろの癒者は両方が女性であり、1人がディーナの担当で、もう1人がこの病棟の癒者を束ねる管理者でもあるという。今回は立ち会い兼初の治療方法の監視と確認のために同席すると聞いている。ギルデロイの普段のカウンセリングにも担当癒者は同席している様だ。
普段より余程静かな動作でゆったりとベッドの側まで寄ったギルデロイは、しかしアリアより更に離れた、ベッドの足元の位置で立ち止まった。それからディーナに向けてニッコリと優しく微笑んだ。
「今日の治療内容は聞いていますか?」
「はい……先生が私に『忘却術』を掛けてくれる、と……」
「アリアも、詳しく聞いて理解していますね?」
「はい」
ユーグ姉妹はギルデロイの目を見てしっかりと頷いた。
「忘却術」は使い方を誤ると、掛けられた人間が全てを忘れかねない危険な魔法だ。己が何者なのか、それを忘れたらもうその人自身ではいられない。生きる事すらできないかもしれない。しかし、そのリスクを負ってでも彼女は「忘却術」を望んだ。そこには相当の覚悟がある筈だ。だからこそギルデロイもそれに応えたいと思ったのだろう。
「いつでも、貴女の良いタイミングで仰ってください」
「なら、もう魔法を掛けてください……1日でも、少しでも早く忘れたいんです……っ」
ディーナは膝の上に置いた拳をグッと握り締めた。それへ気遣わしげにアリアは優しく手を添えた。
「分かりました」
辛そうで必死な表情のディーナを見て、ギルデロイは努めて穏やかに答えた。それから杖をスラリと取り出し、ピタリとディーナへ向けた。
「リラックス……は難しいでしょうから、できるだけ身体の力を抜いて目を閉じてください。3、2、1とカウントしたら『忘却術』を掛けますからね」
「はい……っ」
一気に病室内の緊張感が高まる。背後で癒者がゴクリと喉を鳴らすのが聞こえた。
私も緊張のせいか身体が固まっていたが、何事も見逃すまいと目に力を込めた。
全ては一瞬だった。
「3──」
アリアがディーナの手を握る手に力を込めた。
「2──」
ディーナがギュッと閉じた瞼に力を入れた。
「1──」
緊張に引き締まった表情のギルデロイが杖をグッと握り込んだ。
「オブリビエイト 忘れよ!」
朗々たる声が響いた瞬間に杖から噴き出した光は真っ直ぐにディーナの額に吸い込まれて行った。少しして彼女の身体が脱力し、ベッドにぐったりと横たわった。
「ディーナ!」
悲鳴を上げたアリアが妹の顔を覗き込むと、ゆっくりと目を開けたディーナは寝起きの様に何度か瞬きをした。それからゆっくりと顔を動かしてその視界に泣きそうなアリアを捉えた。
「……アリア」
「ああ、ディーナ……!」
ディーナが慎重に身を起こすと、ギルデロイは杖を仕舞って「ご気分はどうですか?」と微笑みながら優しく問い掛けた。
「……先生」
「はい」
「ロックハート先生」
「何でしょう」
「私……私……こ、怖くありません、もう誰も!吐き気も寒気もしません!おぞましさも何もかも……!」
ディーナの両目から大粒の涙が溢れた。アリアもついに顔を覆って泣き出し、姉妹はしばらく抱き合っていた。
泣き声が落ち着き、鼻を啜る音が聞こえる頃になって、姉妹はようやく顔を上げて抱き合っていた腕を解いた。
「ごめんなさい……嬉しくて……」
恥ずかしそうに俯くディーナに、「良いのですよ」とギルデロイは優しく微笑んだ。
「本当にありがとうございました、先生。この子のこんな明るい顔を見たのは何年振りか……」
「成功して、私もホッとしました。念の為もう1度説明しておきますが、完全には記憶を忘却させていません。今後同じ事態に遭わないためにも、本当にぼんやりとした印象になる様にしてあります。少しの間は通院によるカウンセリングを癒者とした方が良いでしょう。癒者が問題無しと判断すれば通院も必要無くなるとおもいますが。ディーナが新しい人生を歩める様に祈っていますよ」
「先生……ありがとうございます……!」
ディーナがベッドから降りて恐る恐るギルデロイに近付いた。それをアリアが背後から少し緊張した面持ちで見守る。
「先生、握手を、してもらえますか?」
ギルデロイのすぐ前で立ち止まったディーナは、意を決した様な顔で彼を見上げてそう囁いた。ギルデロイが僅かに目を見開く。
その反応から、彼女からの接触は初めてなのだと分かる。ギルデロイの距離の取り方といい、彼はディーナにとってトラウマ発現のキッカケになりえる男性だったのだろう。
「よろしいのですか?」
「はい」
ディーナがしっかり頷いたのを確認し、ギルデロイはゆっくりと腕を動かしてそっと差し出されていた彼女の手を握った。
「先生、先生、本当にありがとうございました……!先生の手はこんなに温かだったんですね……。ハグしても?」
「それは貴女が今後出会う素敵な方のために取っておくと良いでしょう」
輝く笑顔のギルデロイがパチン、とウィンクして見せると、ディーナはようやく、小さいながら心からの笑みを見せた。
癒者達への治療内容の詳細レポート提出を終え、ようやく私達は緊張から解放された。休んでいってくれと提供してもらった小部屋──ギルデロイが聖マンゴにカウンセリングに来た時の待機部屋でもあるらしい──に入って、壁際の簡易的なソファにギルデロイはズルズルと座り込んだ。
「お疲れ様、ギルデロイ」
「ええ、本当に。とても素晴らしい『忘却術』でした」
私達が口々に労をねぎらうと、ギルデロイはゆっくりと少し青くなっていた顔を両手で覆った。
「……『忘却術』を使う際、あんなに緊張したのは初めてです……」
彼にしては珍しい、弱々しく消え入りそうな声だった。それは安堵を含む物でもあったけれど、極度の緊張から解き放たれた開放感も過分に現れていた。
「とてもそうは見えなかったわよ」
「ええ、自信に溢れて見えました」
覆っていた手を外して顔を上げたギルデロイは、まだ少し血色の悪いままだったが小さく微笑んで見せた。
「貴女方の目にそう映っていたなら及第点ですね……。実際は心臓が飛び出そうでしたが」
「本当にお疲れ様。チョコレートでもいかが?」
ウェストポーチから小さな板チョコを出してみせると、ギルデロイは「ありがとうございます」と銀紙に包まれたそれを受け取ってくれた。
「連続での治療は厳しそうね」
私がそっとそう言うと、彼は「そうですね……」と小さく頷いた。
「ギルデロイの体力的にも、後の対応的にも、1日に2人程でしょうね」
クィリナスも、チョコを頬張るギルデロイを気遣わしげに見ながら言った。
何にせよ、始まったばかりの新しい治療法だ。1度に多くの人へ「忘却術」を掛けるのは避けた方が良いだろう、というのが私達の結論だった。
「でも、私は『忘却術』でより多くの人を救えるよう、努力します」
そう決意に満ちた声で宣言したギルデロイの目は、真っ直ぐな光に輝いていた。
それから数日後。新学期の準備を粗方終えた私の元に舞い込んで来たのは、ルシウスからのお誘いだった。正確には、飼育場の見学と従業員との面談のお知らせだったのだが。
セブルスにも声を掛けると、「行かない選択肢があるとでも?」と即答で返ってきた。何とも彼らしい。
そして8月も中旬の晴れた日。私はセブルスと共にイギリス北部の田舎を訪れていた。
マルフォイ家の屋敷しもべ妖精に、ルシウス共々連れて来てもらったのだ。おそらく姿現しの様な魔法だろう。屋敷しもべ妖精達は独自の魔法を使うから推測でしかないけれど。
「今日はあまり暑くなくて助かった。そうだろう?」
ルシウスが飼育場の事務所へと先導しながらそう言った。
「そうですね。少し陽射しは強いですが、これくらいなら外を歩き回っても大丈夫でしょう。でもルシウス自身が見に来るというのは珍しいのでは?」
「たまには現地視察も必要だからね。特に新規事業を手掛ける時は」
そんな風に他愛の無いお喋りをしていると、事務所にはあっという間に着いた。
「これはこれは、マルフォイ様ご自身に来ていただけで光栄です」
飼育場の管理者と思われる男は、事務所の前で私達を出迎えると恭しく頭を下げた。
「構わないとも」
ルシウスは鷹揚に頷いて見せると、こちらを振り返って「紹介しよう」と微笑んだ。
「ここの管理を任せているジェフ・アンダーソンだ。元はスリザリンの出身でね。君達の1つ上だった筈だ」
「初めまして、どうぞよろしくお願いします」
「初めまして、メリル・ヴァレーです。一応ここの共同経営者の様な立場になっています。よろしくお願いしますね」
「……セブルス・スネイプだ」
低く付け加えたセブルスは、この地に到着してから初めて口を開いた。と言っても、礼儀程度に名乗り返しただけだが。どうにも周囲を警戒している様にも感じられるけれど、彼の用心深い部分が出ているだけかもしれない。
──Mr.アンダーソンはスリザリン出身とルシウスは言っていたけれど、セブルスは知り合いなのかしら?
そう思ってチラッと彼の方を見るが、その横顔がこちらを向く気配は無い。私の疑問を察したのか、ルシウスがにこやかに「アンダーソンはスリザリン出身だが、卒業はハッフルパフでね」と言い添えた。
「少し寮の雰囲気に合わなかったのか、途中で寮を移ったんだよ。だからセブルスが知らなくても不思議は無い」
「そうだったんですね」
「ええ、その……当時のスリザリンは、私には少し……」
言い辛そうに言葉を濁したMr.アンダーソンだったが、それも仕方の無い事だ。私が在学中のスリザリンといえば、闇の魔術に傾倒する人間が多く、また、「例のあの人」の支持者──つまり死喰人になった人間──がほとんどだった。Mr.アンダーソンがそういうタイプではないのなら、寮を移れたのは幸いだっただろう。
「まあ、そういう事だ」
殊更にこやかにルシウスが言って、この話題はお終いとなった。
その後、既に飼育場の整備をしているという従業員の紹介がてら、飼育場内を案内してもらえる事になった。
Mr.アンダーソンの先導で広い飼育場をぐるりと回った私達は、さすがに少しばかり足に疲労を覚えていた。普段ホグワーツ中を歩き回っている私でも足が重く感じるのだから、普段書類仕事が多いであろうルシウスはもっと疲れている筈だ。
しかし、彼はそんな様子を微塵も見せずに飼育場内を最後まで歩いて見せた。これもまた、彼なりの矜恃の現れかもしれない。
「君から見て、ここはどうだったかね?」
ルシウスが小高い丘の様な場所で立ち止まって、こちらを振り向いた。
案内が終わり、Mr.アンダーソンがルシウスの要望で従業員の経歴を纏めた書類を取りに事務所に向かったため、この場には私達3人しかいない。
丘からは飼育場のほぼ全体が見渡せて、それぞれの魔法生物ごとの小さい囲いが点在する様が良く見えた。
まだまだ飼育数は少ないが、事業が軌道に乗れば数も種類も増やしていく予定だと、先程ルシウスから聞いた。それに対応するため、飼育場を広げる計画も既に大まかに立てているとも。
「そうですね、今の所特に問題無いと思います。飼育数が1度に増えないように、繁殖期は雌雄を分けるべきかもしれないけれど」
「なるほど、伝えておこう。従業員についてはどうかね?」
「お話した限り、変な人はいないでしょうね。マルフォイ家が経営しているのに、そんな人はそもそも来ないでしょうけれど」
「人を見る目はある程度持っているつもりだよ。彼らの経歴も君に渡しておこう。念の為目を通しておいてくれるかな?」
「ええ、分かりました」
私が首肯すると、ルシウスはニッコリ笑った。
ざあ、と風が吹いて、彼の長い白金の髪をさらう。飼育場を見下ろす横顔は、最初に会った時より幾分変化があるように感じられた。
「時にね、メリル。君に少しばかり伝言を頼みたいのだが、良いかな?」
飼育場を、いや、遠くを見ながらルシウスはそう言った。軽やかながら、何か複雑な気持ち思いの籠る声音に、私は「良いですよ」と即答した。わざわざ彼がこんな声で、こんな人の気配の無い場所で言うのだから、それなりの意味があるだろうと考えての判断だった。
「どなたにですか?」
「待て、それは彼女に害が及ぶ様な事にはならんだろうな」
待ったをかけたセブルスに、ルシウスは小さく吹き出した。
「随分と過保護になったね、セブルス。いや、喜ばしい事だ」
セブルスは憮然とした表情になって、口をへの字に引き結んでしまった。
──もしかして、照れているのかしら?
そうだとしたら、とっても可愛い。
にやつきそうになる口元をセブルスの名誉のために引き締めて、私は再度口を開いたルシウスへと目を向けた。
「君達の害にはならないよ。安心してくれて良い」
「……そうかね」
フン、と鼻息を吐いたセブルスへ、また小さくルシウスは笑った。可愛がっている後輩の様子がどうにも愉快らしい。
「話がずれてしまったね。改めて、頼んでも良いかな?」
「ええ、もちろんです」
ルシウスは私の返事を受けて、大きく息を吐いた。躊躇いを全て風に流す様に。
「……近々、そちらに長く滞在するかもしれない、その時はよろしく、と。……あの何を考えているか分からん白髭ジジイに」
「……!」
思わず息を呑む。
ルシウスの貴族らしからぬ言葉遣いもそうだが、その内容が私には衝撃だった。
──白髭ジジイって、ダンブルドア先生の事、よね……?
ルシウスと先生との相性が悪い事は以前セブルスから教えて貰った。その彼がこんな事を言うなんて、今後何かあると言っている様な物だ。
しかも、あのマルフォイ家がアルバス・ダンブルドアの庇護下に避難する可能性がある出来事が。
それは余程の事態だろう。この決断を下すのも、ルシウスにとっては断腸の思いだったに違いない。
眼前のプラチナブロンドは、変わらず風にそよいでいる。その主は泰然とした顔で飼育場を見渡すのみ。
「──引き受けました。必ず、伝えます」
「よろしく頼むよ」
ルシウスは陽光を受けてニコリと笑った。
ミント・ジュレップ「明日への希望」
51話目です。
久々の更新となってしまい申し訳ありません……。
ずっと待っていてくださった方々、本当にありがとうございます!
今回は忘却術のお話ともいえます。ギルデロイの罪の象徴でもあるそれを、彼がどう扱っていくのか、どう感じているのか。今後の彼の方向性が決まる回でもあります。
ルシウスは相変わらずメリルに甘いですね。彼の決断回でもあります。
次回はクディッチワールドカップ回になる予定です。あくまで予定ですw