機動戦士ガンダム『亡国の獣たち』~The episode of Drowning Space~   作:明智庵

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春の陽気の昼下がり、今日もこの街には碧い風が吹き抜ける。風が草花を撫でて揺れる音が、パンの焼ける香ばしい匂いを運び、乾いた煉瓦の隙間に染み付く。温かいフルーティーなコーヒーが、町にあふれる美しさを身体の中にも届けてくれる。作り物の蒼穹を眺め、人々はこの街という黄金色のウイスキーに酔いしれるのであった。喫茶店『ひだまり』にて、ウエイトレスのセリーヌと士官候補生のイザークが談笑していた。


第一話 ほろ苦い温もり

宇宙世紀0079。100億人まで増加した地球の人類は宇宙に移住を強いられた。これ以上地球を汚すまいと、人類は宇宙に旅立ち、過去2000年の歴史に別れを告げた。人々は宇宙空間のコロニーに移住し、そこで子を産み、死んでいった。人類の8割がスペースコロニーに移住完了したその時、地球の官僚や富裕層は地球に人類文化の保管を目的に残留しようとした。この時、宇宙移民である一般市民、スペースノイドと、地球に残る富裕層であるアースノイドに分裂した。これにより発生したスペースノイドへの差別を皮切りに、宇宙世紀0079年、地球より最も遠方にあるコロニー、サイド3の人類はジオン・レム・ダイクンを中心に『ジオン公国』として独立戦争をアースノイドと残ったスペースノイドに仕掛けた。その『一年戦争』が終結し、ジオンの息が絶えてから3年の月日が経った宇宙世紀0083年の春の日。サイド2、11バンチにて。

春の陽気の昼下がり、今日もこの街には碧い風が吹き抜ける。風が草花を撫でて揺れる音が、パンの焼ける香ばしい匂いを運び、乾いた煉瓦の隙間に染み付く。温かいフルーティーなコーヒーが、町にあふれる美しさを身体の中にも届けてくれる。作り物の蒼穹を眺め、人々はこの街という黄金色のウイスキーに酔いしれるのであった。喫茶店『ひだまり』にて、ウエイトレスのセリーヌと士官候補生のイザークが談笑していた。

「…で?用って何?」

「この花…す…すぐそこに生えてたんだけどさ!…わ…『勿忘草』っていうんだけど…その…君に似合うと思って…だから…」

自身の眼鏡を何度も不自然に弄りながら、セリーヌに花を渡すイザーク。対するセリーヌはそれを半ば迷惑そうに受け取った。

「アタシに『ボクを忘れないでください』ってかい?ふふふっ…アンタくらいのアタシのストーカー、忘れたくても忘れらんないよ。ま、ありがと。」

「…うん!よかった。」

イザークは最後のありがとうで自身の陰鬱な一週間が報われた気がした。

「…………で?」

「…?」

彼は吊り上がった目を見開いて、ハトが豆鉄砲を食らったような顔で彼女を不思議そうに見つめた。

「話だけして帰るつもり?」

「…ああっ!注文か!…それなら、えーと、じゃ、じゃあこのブラックコーヒーと…カヌレください!」

「好きね。そのセット。」

「セリィの焼くカヌレがおいしいんだよ。好きなんだよ。」

「カヌレ焼いてるのは店長なんだけど。」

「そ…それでも君が話してくれるだけで楽しいから!」

「ふふふっ…次からコーヒーにハチミツいれてやろうかな?」

「はははッ…よしてくれよ。」

イザークはセリーヌの心中に自分をどこか腫物扱いしている節があることに気づいていた。しかしそれを認めないようにしていた。後ろで結んだ黒い髪、少しそばかすの目立つ頬、笑うと白い歯が見える口元、少し垂れた美しい目を持つその少女の心はイザークの荒んだ心を潤した。温かいコーヒーを待つまでの間、イザークは今週のことを振り返った。

月曜日、基礎体力訓練。筋トレやマラソンは得意だ。マラソンではみんなを周回遅れにしてやった。

火曜日、俺の嫌いな射撃訓練。ショーンは今日も成績トップ。今日もオリオが俺の邪魔をしてくる。馬鹿にもしてくる。嫌いだ。

水曜日、今日は一日座学がほとんど。成績は悪くないが、実戦で使えていないのが悩み。

木曜日、MS(モビルスーツ)訓練。まだ少し操縦には慣れない。衝動的に突っ走る自分の癖を直したい。みんなはジムの方が使いやすいって言ってるけど、俺はザクの方が使いやすい。

そんなことを考えているうちにイザークのところにコーヒーとカヌレが運ばれてきた。コーヒーが冷めるまでの間、ゆっくりとカヌレを味わいながらイザークは窓の外の風景に目をやった。町の人々の活気がガラス越しに伝わってくる。店内で流れるジャズがどこかその様子を歌っているようだった。自分もその星々の一つになっていると感じると、心のどこかが満たされていくような気がした。それを締めくくるのが、セリーヌの黒い結い髪、そばかすの目立つ柔らかな頬、流したたれ目、官能的な可愛らしい声。

そんなイザークが壁掛け時計に目を移すと、午後の訓練の時間が迫っていた。彼は急いで残りのカヌレとコーヒーをほおばり、小銭を叩きつけるように置いて、叫ぶように「ごちそうさん!また来るよ!」と言い、士官学校に戻っていった。彼という嵐が去ったのちに一瞬の静寂があった。そして彼の背中を横目に見ながら、店主は

「アイツ…ジオンの出なんだってな。」

とけったいな口調で言った。対してセリーヌは

「そうですけど…。」

と次に来るセリフを知ったうえで、それを彼の口から引き出さまいと必死に言葉を選びながら言った。

「もう…来ないで欲しいんだが。ジオンの野郎に出す飯はねぇ。コーヒー一滴もだ。アイツが来る理由はお前だ。アクエリアス。だからお前からアイツに…」

「でもそれは…!」

「それは、なんだってんだ?お前がアイツに気があるのなら、俺は何時でもお前の首をはねられるんだがね。」

声にならないセリーヌの返事が、午後一時を知らせた。

 

 ジョーンは先日の射撃訓練の成績を仲間に褒めたたえられていた。

「…すげーや!ショーちゃん!また射撃訓練の成績トップだって?もー、女の子のハートも撃ち抜きまくりじゃあないの!?ええ!?」

ショーンに肩を組みながら士官候補生の同級生は絡んでいた。

「そ…そんな、たまたまだよ。それに…本番じゃそんな簡単に…」

同級生は急に背筋を伸ばし、彼に敬礼をして言った。

「ショーン・レオパルド大佐!自分、一生ついていくっす!」

「よしてくれよ…ははは…。」

イザークが訓練場に戻った頃、彼の周りではひそひそと彼に対する陰口がささやかれていた。それもまたオリオを中心に。

「…アイツ、今日もザクに乗るのかァ?」

「軍資金がもったいねぇったらありゃしねぇ。ま、俺たちの良いマトになってくれるからいいけどな!」

「補給班か整備兵の方が向いてるんじゃあないのか?ははははッ!」

ショーンはそれらを聴いて、心を痛めていた。たまに彼も仕方なくその輪に入らざる負えない時があるが、幼いころから兄弟のように育ってきたイザークを悪く言うのは気持ちがいいものではない。

「全員!整列!これよりMS訓練を開始する!番号と搭乗機体を発表する!」

候補生たちは一斉に一列に並び、その発表を待った。

「1番!アベル・フィッシャー!搭乗機、ジムカスタム…」

「…27番!イザーク・スコルピオン!搭乗機、ザクⅡ!」

周囲の嘲笑と軽蔑の視線がイザークを包んだ。

「…40番!ショーン・レオパルド!貴様には今回からガンダム試作0号機に乗ってもらう!」

一瞬にして周囲が凍り付いたのち、小さなどよめきが起こった。事実、ショーンのMS訓練での成績はトップクラスだったので、最新型の試作機を与えられるのも自然なことだった。しかし、ショーンの顔は浮かない、動揺を隠せないままだった。そして、そのままMS訓練が始まった。

ショーンの機体はガンダム試作0号機。一年戦争において地球連邦軍を勝利に導いたRX-78-02ガンダムをベースに開発された、最新型の機体である。詳しいスペックなどは上層部しか知らない。色はマットなホワイトグリーン。その機体名は『RX78-02 GP00 GUNDAM ローレル』。月桂樹の名を冠したその機体が見せる性能とは。

例によってその訓練が始まった。今回は草原地帯での訓練で、2チームに分かれたのちペイント弾を用いてその得点を競うというものだ。個人個人での得点もカウントされており、最得点者と認定された者は最高成績をもらえる。しかしイザークの脳内にはショーンの乗るガンダムしかなかった。

 

To be continued…

 

 

 

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