機動戦士ガンダム『亡国の獣たち』~The episode of Drowning Space~   作:明智庵

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第三話 火種

第三話 火種

「ガンダム試作1号機の調子はどうかね?」

「ええ、順調です。試作0号機の戦闘データのトレースも、問題ありません。」

「問題ないィ?この前はただのザクⅡと相討ちになったそうじゃないか。まだまだ試験運用段階からは抜けられそうにないな。宇宙空間での試験運用は夢のまた夢といったところかな?」

「……。」

「ところで。『MELOS SYSTEM』は使用してみたかい?」

「…はっ!実践訓練においてもバーチャル訓練においても、パイロットへの負担が激しく、まだ完全な反応速度を発揮できていないのが現実です。次回のMS訓練ではパイロットにシステムを適用せずにそのまま出撃させるのがよろしいかと…」

「それでは意味がないだろう!彼はあくまで『器』だッ!彼個人の能力ではオールドタイプの域を出ないのだ!目指すは…目指すは…『アムロ・レイの超越』だッ!いいな!?」

「は…はい!」

今日もキーボードを叩く音がMSドックの中に響く。

 

 その日は予定通り雨の降りしきる火曜日だった。最近の射撃訓練の成績が右肩上がりのイザークは、雨で憂鬱な周囲の人間とは違って、雨という恵みを受け取る新緑のようだった。いつもは馬鹿にしてくるオリオの悔しそうな顔を思い出しては、不敵な笑いを浮かべるのであった。次の訓練場に向かうまでの間、その昂揚でまた冷静さを失わないように、必死に深呼吸した。一瞬、彼の心の中に浮かんだ信念はかなり自己犠牲的なものだった。『セリィの為なら死ねるし、人だって殺せる。彼女の為なら、悪魔にだってなれる。』それは曇りのない彼の信じる正義が芯となっていた。正義の名のもとに愛する人のために散る、それはジオン公国の信念を表していた。彼は自身の着ている連邦軍士官候補生の制服についている連邦軍のエンブレムを、強く憎しみを込めながら握りしめた。

 迎えた金曜日の昼、降り続いた雨は止み、道のタイルは人々の沈んだ心を映す鏡となり、濡れた新緑はまたやってくる明るい土曜日を予感させた。彼は例の如くセリーヌの働くカフェを訪れた。いつものようにコーヒーとカヌレを注文すると、彼はセリーヌにいつ話しかけようかそわそわしていた。ビジネススマイルだと分かっていても、彼女が自分に微笑みかけてくれるのが彼にとっては幸せだった。彼にとってそれは勝ち誇った、勝者に与えられる褒章だった。今日こそ、今日こそ彼女を食事に誘ってみよう。そう決心して彼女の顔を見つめる。しかし、先週よりも彼女の笑顔には無理しているような節があった。疲れているのか、それともなにかあったのか、それを確かめるべく、彼女に注文すると同時に彼女の様子をうかがった。

「大丈夫?疲れてるみたいだけど…」

「ううん、何でもない。ちょっとバイトが繁忙期なだけよ。」

閑散とした店の中に二人の元気のない会話がこだまする。煮え切らないまま、それ以降、彼は彼女に話しかけることなく、店を後にした。

その日の午後、彼の人生に大きな変化をもたらす火種が生まれた。イザークとは一枚のドアを隔てて、オリオがイザークについて悪友と話していた。

「そういえばこの前聞いたんだけどよォ? 俺らの同級生に、ジオン出身の人間がいるみたいでよォ。そいつが喫茶店の女の子に惚れてんだとよ!気持ち悪ィ!!そんな奴と一緒にいたら、俺らに敗戦国の臭さが移っちまいそうだ!」

その発言はイザークの堪忍袋の緒を烈火のごとく切り裂いた。彼はドアを銃弾で吹き飛ばすように開け、オリオの頬、肩、腹を高ぶる憤りのままに殴った。自分の誇り、自分の母国、そして自分の愛す華を踏みにじられたことへの復讐の爆炎がオリオの身体を焼いた。オリオはやり返すことはなかったが、その腹心では上官にこのことを告げ口してやると考えていた。そしてイザークの大砲のような声が部屋中に響いた。

「お前らがそうやって!分かり合おうとしないから!ジオンは連邦に戦争を仕掛けたんだ!!どうして人間は地球を汚し!互いの心を腐敗させあう生き物だってことが!いつになっても分からないんだ!!わからないなら!俺が今すぐ閻魔に代わって!お前をここで裁いてやるッ!!」

過ぎ去るイザークの狂犬のような背中に、オリオたちはあっけにとられるしかなかった。狂犬の心には憤慨の焔の後の灰が残っていた。

 兵舎を出たのち、彼は気晴らしに整備工場の方へ散歩しに行った。一つだけ門が開いている工場を発見し中に入ると、運命の悪戯なのか、彼はある凶器ともいうべき鉄塊を目の当たりにしてしまった。それが放つ冷ややかな眼光と反射光は怪しく彼を誘った。紫の影を持ちながらも緑色の光を放つ肌。昆虫の甲殻のように分厚い装甲。そして肩に格納された四門の巨大なバーニア。鋼鉄の悪魔の心臓部には、ハデスの門ともいえるコックピットが待ち構えていた。無心で近づくイザークを引きとめた声の主は、整備兵のゾースだった。整備服姿に眼鏡、そして帽子を前後ろ反対にかぶっていた彼はイザークに叫んだ。

「ちょちょちょ!キミ!そこから離れて!なんで一般士官候補生がここにいるんだよ!しかもそれはまだ開発段階だし試験運用もしてないし駄目だよ!」

「ああ…ごめん。そこの門が開いてたし。気になっちゃって。…でもこれ、すっげぇカッコいいな。ガンダムタイプの機体だけど、トリコロールカラーじゃないし…バーニアが肩部についてるし、排気口もないし…宇宙空間運用だな…。内側の熱ダレしないようにするための冷却装置はどうしているんだろうか…?ああ、それで、これの名前は?」

「悪いがそれは言えない。ここにいるのが俺じゃなかったら、君の首は飛んでるんだ。だからこのことは誰にも言っちゃいけないし、これ以上の詮索もナシだよ。ましてや開発者は俺じゃあないし。」

「ああ…わかった。邪魔して悪かった。すぐに出ていくよ。」

「ああ、待ってくれ、君、MSが好きなんだね?」

「え…そうだけど?」

その質問に対するわくわくが顔に出たイザークだった。

「ちょっと外で話そうぜ?ここの門を開けっ放しにしていたのは俺の責任だしな。」

 

 彼らはトタンの壁に背をつけて、暗くなあるまで話し合った。

「俺はイザーク。イザーク・スコルピオ。今日は訓練が早めに終わって、喫茶店帰りさ。」

「ああ、そうなんだ。おれは通りすがりの整備兵、ゾース・マーモット。朝から働き詰めで、疲れてたんで、今休憩ってとこかな。」

「お疲れさん。お前もMS好きなのかい?」

「ああ、もちろん一年戦争直後のアナハイムエレクトロニクスとジオニック社の技術が融合した最近のMSもいいけど、少し前のジオニック社の水中用MSがやっぱり好きでさ!」

「わっかるー!水中用はチューニングを少し加えるだけで宇宙用に転用できるって話…!やっぱゾースもジオニック社派なんだァ!俺も俺も!」

「そうそう!やっぱ時代は宇宙の3Dで360°の戦闘だよ!」

急に声色を替えてゾースはイザークに言った。

「ところで…イザーク君、キミも…ジオニック社が好きって言ったかい?」

「ああ…そうだけど?」

夕暮れに照らされ、彼らは黄金色に輝くお互いの顔を見合わせた。

「…俺、ジオンの出なんだ…。」

突然のゾースの告白に、イザークはしばらく硬直していた。しかし、その沈黙を破った瞬間、彼は疑うことなく返答した。

「俺も…ジオン公国出身なんだ。それに…今の連邦には、相当な不満があって…」

目を見開いて、ゾースも硬直した。

「俺は…俺は…ずっとアースノイドの士官に虐められて…耐えられなくてここに入ったんだ…!ココの工場の人間はこんな俺に優しく接してくれて…!あったかくて…!俺の出身を知ってても優しくて…!そして時に厳しくて…家族みたいで…!だから…戦争は嫌いだけど、俺の作ったMSでいつか平和が訪れると信じて今日もレンチを握っているんだ!」

彼の言葉と共にあふれる涙は、ゆっくりとドリップされるコーヒーの如く熱く、濃厚で、深い色をしていた。二人は抱き合い、そして敗戦国の傷を互いに温めあった。コロニーの人工太陽がこれほどまでに煌々と輝いていた日はなかった。そしてイザークはゾースに、こう言った。

「また来ても、いい?」

「もちろんさ。」

「ジーク!ジオン!」

「ジーク!ジオン!」

二つの掲げられた拳の影は、オイルまみれのコンクリの床に落ちた。

 

To be continued…

 

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