機動戦士ガンダム『亡国の獣たち』~The episode of Drowning Space~   作:明智庵

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第四話 紅い目

 その日、ショーンはアルバムを見返していた。生まれてすぐ、母親の腕に抱かれている写真。初めて自分が歩いた日の写真。飼い犬と遊んでいる写真。久々に帰ってきた父親に抱かれて、嫌がって泣いている写真。一年戦争が始まり、親を亡くした子供だけで集まって必死に生き抜いたあの日の写真。連邦の兵士が自分たちを拾ってくれた日の写真。彼は戦時中も必死にこのアルバムを守っていたのだ。それが自分を定義する、唯一の媒体だったからだ。彼は壁に顔を伏せ、しばらく壁の冷たさに自分の中の名前の付け難い煤色の思い出に擦り付けていた。自分は家族を失った悲しさは乗り越えたつもりだったが、矢張、煮え切っていないのだと分かると、鏡に映る自分の姿が気に入らなかった。家族や大切な人を守るために引き金を引く、それは紛れもなくその人たちの中にいる自分を守るため他ないのは分かっている。それが、自分のこれから行うかもしれない所業と考えると、そっと不安の女神が自分の首筋をそっと、生ぬるく、撫でた気がした。戦争なんか、起きないまま自分の任期が終わればいいのに、そう願って彼はその冊子を静かに自室の本棚に戻して、一つ大きなため息をついた後、重い腰を上げて訓練棟の方に戻っていった。

 太々しい巨漢たちの横で行う腕立て伏せは、彼にはあまり似合わなかった。彼は秀でた射撃能力や集中力、判断力と引き換えに、持久力と筋力には自信がなかった。彼が明日のMS訓練に響きそうだと心配していると、彼に長い黒髪のグラマラスボディの女が話しかけてきた。

「ショーン。トレーニング頑張ってるわね。お疲れ様。」

彼女は自身の褐色の肌が目立つような淡い白のスポーツブラジャーを着ており、彼にその谷間を見せつけるように深くかがんだ。

「ああ、ありがとう。君こそお疲れ様、ミシェル。」

案の定彼の視線は彼女の谷間に向かっていたのが、彼女自身にもわかった。

「これ、よかったら。」

彼女はショーンに先ほど買ったスポーツドリンクを彼に握らせた。彼の汗まみれの手は彼女の火照った柔らかな手からそれを取り出した。彼は力強く喉を鳴らしながら飲み、そしてぐったりと力を抜いてその場に座り込んだ。

「…っはぁ!…サンキュー…。」

彼には彼女を誘う元気は残っていなかったのか、ふらつきながらも自室に戻る彼だった。その汗ばんだ背中を、ミシェルは寂しそうに見送った。

 

 彼はその日の夜、街に繰り出し、寂れたバーに入っていった。そこではイザークが一人で酒を飲んでいた。イザークはグラスをショーンの方向に向けながら言った。

「おっ!ショーンじゃん!やっぱりここなら君に会えると思ってたんだ!どうだ?一緒に飲まねぇ?」

彼の呑んでいる清酒は橙色のランプの光を屈折させ、ショーンの視界を淡く彩った。

「ああ!いいよ!」

疲れ切ったショーンの心にイザークの勧誘は染み渡った。いつもより酒が進み、二人とも顔を真っ赤にして、呂律も回らなくなるまで飲んだ。

「イザークゥ…!お前ばっかずるいぞ!あの喫茶店の女の子とイチャイチャしあがってぇっ!」

「イチャイチャなんかしてないよぉっ…!ただ…あの子が頑張ってるのを見たいだけだよぉっ…俺は!俺はぁ!あの子と一緒に!暖かくて小さな部屋の中で鍋つつくのが夢なんだ…。」

イザークの目は遠く、寂しそうで、まるで砂漠の中で三十里も離れたオアシスを見るようだった。そしてイザークは続けた。

「お前だったらさ、俺のセリィへの気持ちを知ってるからさ…、その…一緒にあの喫茶店に呼んでもいいぜ。」

「ほんと?じゃあ、お言葉に甘えて今度の金曜日に同行しようかな?」

「嬉しいぜ!兄弟!」

二人は一緒に暮らしたあの日に戻ったかのように談笑した。

「ああ、そういえば、さっきトレーニングルームでさ、」

自然に話題を変えてショーンは言った。一拍挟んでイザークは、ああ、と気の抜けた返事を返した。

「ミシェルに会ったんだが、」

彼らにとってミシェルは戦争孤児として一緒に連邦兵に拾われ、寝食を共にした仲だった。イザークとショーンはともに士官学校に進んでいたが、ミシェルは給仕係として勤めていた。

「ミシェルか。元気そうだったかい?」

「今日は彼女は休みだったみたいでね、」

「ふーん…」

「ミシェルにイザークのこと聞いてみたんだ。」

「ほぉ?」

「そしたら、彼女は……いまだに君にお熱なようだよ?」

ショーンのどこかぎこちない告白は、イザークは気にも留めなかった。

「ふぇーん、そっか。…でも、俺にはセリィがいるからさ、それには応えれないな。昔みたいに俺はバカできないからね。」

イザークの揺るがない思考に、ショーンは面食らった。

「そっか…今の君も十二分に馬鹿な気もするが…ま、ミシェルはケッコー本気で言ってたんだけど?」

再び彼は揺るがした。

「カンケーねーヨ。俺なんかより、むしろお前の方がお似合いなんじゃあねぇの?」

ショーンの連撃は無駄骨に終わった。

 

 真っ白な四角い部屋の中。部屋というよりそれは『箱』に近かった。彼女の青白い肌が降り積もる雪のように溶け込んだ。外の温かみを感じさせない非生物的な部屋の冷ややかさは、消毒液の様な刺激臭と共に彼女を衰弱させた。

「調子はどうかね?被検体ナンバー7。君はこの研究所で最も良質な個体なんだ。ちゃあんと食べて、ちゃあんと結果を出してもらえると嬉しいんだがねぇ。前より体重が2847gも減ってるじゃあないかぁ。ご飯がお口に合わないなら…言ってもらってもいいんだよ。」

彼女の虚ろな黒目は動こうとしない。何を追いかけるでもなく。その話も耳に入ってはいるものの、理解に及んでいるかは怪しい様子だった。研究長は続けてその木偶の坊に話しかけた。

「……それはそうと、最近試した試作0号機…あれ、やっぱり機械の力だけじゃあだめみたいなのだよ。つまりはだね、被検体セブンちゃん。君が操縦してみるのが一番だと思ってね…。そう、『ニュータイプ』である君が操縦する、あるいは君をベースにしたAIに操縦してもらう…それにこそ!連邦の最強兵器の完成が待っているのだよ!わかるかい!君は今、歴史の歯車を自分の手で回そうとしているのだよ!君は連邦の全兵士の命を背負い、そして褒めたたえられる存在になるのだ!」

彼女の返答を待たないまま、研究長は白い箱の蓋を開け、外へ出て行ってしまった。

彼女は小さなかすれるような声でつぶやいた。

「………こん……で…い…。こんな…のぞんで…ない……。」

その嘆きはだれにも届くことはなかった。入ってきた研究員に手を引かれ、彼女は整備工場につれていかれた。彼女の針の様な細い腕は、乱暴に引っ張られた。無気力な彼女は、ノーマルスーツに着替えさせられ、蒼く鈍く光る鉄塊に乗せられた。『RX-78-2 GP03D GUNDAM シラー』。彼女は言われるがままにその機体を起動した。空色の爽やかなその装甲とは裏腹に、眼光は紅く、鋭く光った。

 

グポォォン

 

装甲の隙間からは動力パイプが見え、鉄骨の冷ややかな黒鉄色に、深紅の光が刺さってゆく。

To Be Continued…

 

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