機動戦士ガンダム『亡国の獣たち』~The episode of Drowning Space~ 作:明智庵
ゾースはザクのオート標準機能の調整をしていた。先程まではああでもない、こうでもない、と文句を垂れ流しながら作業をしていたが、それは何時しかタイピング音と彼のヘッドホンから漏れ出る電子音だけに変わっていた。プロジェクターにエラーが出るたびに湧き上がるイライラも、彼の電子音にはかき消されるばかりであった。
『…Wie gefällt mein der Körper da ? Fühl mir. Fühl mir. Fühl mir......』
彼ほど整備工の中で仕事に精を出す人間はいなかった。頼まれたことはきちんと納期までに終わらせる。たとえ客が喜んでくれなくても、それは大事なパイロットの命を守る箱舟なのだから。その精神は彼の中で、一瞬たりとも歪んだことはなかった。やっと作業が終わると、彼は工場の冷たい床に大の字になって呟いた。
「ザクに...ガンダムみたいな脱出機構を着けたら、もしイザークが戦場に出ても生き残れるんじゃないのか...?いいかも、ちょっと開発班に声かけてみよ!...コストにはちょっと目を瞑ってもらうことになるけど...。ガンダムGP02Zはコアファイターシステムがついてなくて、いざって時に脱出できないもんな...やっぱりこの機体...。」
彼の独自にチューニングしたザクⅡは、後の時代でハイザックと呼ばれ、連邦の名機として名を馳せるのはまた別のお話。出力の塩梅は、高速性能よりも飛行バランスや飛行安定性を考慮したものとなっており、初心者でも扱いやすくしたモデルであった。その要となっているのは、従来との決定的な違いである装甲の工夫であった。腕部や脚部の装甲のコストを少々カットし、胴体部分の装甲パーツ数を増やし、パーツ同士の隙間に油圧式の立体型サスペンションを加えることで、耐衝撃性を上げているのだ。これは紛れもなくゾース自身の「必ずパイロットを生還させる」という強い意志の下でのチューンだった。
「ジムをベースにした方がやっぱりコアファイターシステムを組み込みやすいのかな...でも宇宙空間での熱ダレを考えてみれば、動力パイプがむき出しのザクの方が...」
彼は自身のPCを閉じ、電源を切り、コード類を巻いた。
「今じゃあ一年戦争当時の『シャア専用ザク』くらいのザクなら量産可能って言ってた開発部の人間もいたけど、あれはピーキーすぎてGが人間が耐えられるような設計じゃあないし...でも、量産するならやっぱりコストを考えてザクタイプだな......」
消灯のために電気のスイッチに手をかける。
「あ!ゲルググって手があったな!それなら高出力でかつ量産できるぞ!0080年のゲルググJ(イェーガー)を近接型にカスタムして、コアファーター、全天周モニターも組み込んで......」
彼は片付け作業を終え、工場の門のカギを施錠する音が深夜1時を知らせた。そして彼の腕には『RX-78-2 GUNDAM NT-1』の技術書が収まっていた。
その日は例の如くMS訓練の日だった。少しづつ上官に認められつつあるイザークであったが、以前の様な軽蔑の視線は変わらず彼を刺していた。軽蔑が嫉妬に変わっていたのは彼自身も分かっていたが、それが少しだけ、彼にとっては心地よかった。結局、オリオはイザークに殴られた件については上官に告げ口していないようだった。そして心なしかオリオを取り巻いていた同級生は減っており、少々オリオが孤独であるように感じられた。種類の違う孤独という獣が、それぞれ別々の檻にとらわれていた。それらは決して手を組むでもなく、いがみ合うでもなかった。すぐに上官からの招集が掛かり、各々の搭乗機体が発表された。
「3番!ベルガー・アナク!搭乗機体、ドム!」
何名か呼ばれない候補生がちらほらいた。訓練の過酷さが増してきた所為か、候補生を辞退する人間も出てきたようだ。
「...27番!イザーク・スコルピオ!搭乗機体、ゲルググJ!」
イザークはその瞬間に命名し難い感情に襲われた。他とは天地の差がある高性能機体に乗せてもらえる嬉しさと、自分が日々可愛がっている相棒に今日は乗れない寂しさが彼の心中に同居していた。ましてや自分は射撃が苦手で、特攻癖もまだ燻っているというのに、スナイパー型のゲルググJに乗るのは不思議な配当のように感じた。しかしいざその機体を目にすると、イザークの知っているゲルググJの形とは少し違った。胸部だけがガンダムの見た目(さらに分厚い追加装甲が胸部・臀部に施されていた)で、脚部はドム、腕部はハイゴックの様な鋭い爪が付いていて、オリーブドラブカラーで塗装されていた。不思議と格好がよく、乗ってみるとそれは初めて乗ったとは思えないような一体感を感じた。イザークは右の操縦桿に小さなメモ紙が貼ってあるのを発見した。
『イザーク専用ゲルググJ 陸戦型カスタム 第三宇宙の機械好きより』
この機体の設計を担当したのがゾースであったことがすぐにわかって、イザークは彼に背中を押される感覚を覚え、武者震いをした。地面を滑るようなホバー挙動、強襲を得意とするアイアンネイルに、マラカスボムが二つに、50mmマシンガン。段々と装備を捨てながら闘い、最後の武装を使い切った瞬間に機体からコアファイターが分離し、パイロットは高速で母艦に帰還する。胸部以外の装備は互換性抜群で、ほかのMSの四肢に換装可能なまさに理想的な機体であった。その性能はイザークの戦術と見事にマッチし、彼の右肩上がりの評価に拍車をかけた。今日のショーンは例の如くガンダム試作0号機に乗っていたようだが、今日のイザークの眼中にはなかった。
イザークは次第に上官、同級生からの評価も上がり、彼を囲む人間も増えていった。その日の昼、食堂で彼にある人物が話しかけた。
「あ!イザーク!久しぶり!元気してた?」
6歩ほど先からイザークに話しかけたのはミシェルだった。今日の彼女は、灰色のタートルネックのニットに、体のフォルムが隠れるような大きなダウンコートに、スウェットパンツをはいており、長い黒髪は適当にまとめられていた。イザークは自分にはセリーヌという想い人がいるのだ、と強く決心しても、先週のショーンの言葉が引っ掛かり、心のどこか奥底でミシェルに肉欲してしまう自分がいることを否定しきれなかった。しかし彼女のその格好から、自分に気があるのかは疑わしかった。
「ああ、元気さ。」
そっけない返事を返した。
「聞いたよ!最近、MSの腕がすごいんだってね!やるじゃん!」
「えっ...ああ、うん。ありがと。言うほどのもんじゃないけど。」
彼女は、彼の返答を受け取った後に、自身のコートの懐から小さな箱を取り出した。
「あ...あと、これ。」
「これは?」
「これ、ショーンに渡してほしいんだ。彼、なかなか最近忙しいみたいで、会えないのよ。......中は絶っっっ対に見ちゃだめよ!」
「ああ...うん。わかった...。」
彼女は顔を赤くしたまま彼の元を去ってしまった。ショーンと喫茶店に行く用事は、今夜に迫っていた。
イザークは久しく、スケッチブックに絵を描いていた。セリーヌの似顔絵だった。彼女が私服姿でカメラ目線の似顔絵だった。柔らかな微笑がセピア色の画面に、黒鉛という命が吹き込まれていた。士官学校生を志す前は、彼の夢は画家だった。小さいころから絵を描くのが好きで、スケッチブックとペンは手放さなかった。色褪せた手中のスケッチブックも、すっかり彼の外部記憶装置になっていた。その日は、寝るまで様々な似顔絵を描いた。セリーヌ、ショーン、ゾース、アスガン中尉、ミシェル......自身の大切な人たちとの思い出をこの手に残しておくために、彼は描いた。ページを見返すと、小さなころの絵が描いてあった。それは似顔絵というにはあまりに煩雑で、稚拙であったため、誰か判別するのが困難だった。しかし、その絵の右下にはいでかでかと粗雑な字で「Famile」と描かれていた。lのあとのiが抜けているのが子供らしかった。彼の育った地域は、地球のドイツからの移民が多く、優れたMS産業の地だった。先に出てきたゲルググJも、ドイツでの改修を行ったものである。彼にとっての「家族」。父母の訃報を聞いた時の深い心の暗黒が彼を一瞬襲った。楽しかった記憶は、それにすっかり駆逐されてしまった上に、仮に思い出せたとしても、それはその暗黒をよりいっそう邪悪なものにする助燃材にしかならなかった。かれはぱたん、と勢いよくスケッチブックを閉じた。
迎えた夜、イザークとショーンは喫茶「ひだまり」に待ち合わせした。イザークは少し早めの時間に到着し、ショーンを星空の下で待つことにした。もちろんミシェルからのお使いの品を握りしめながら。かれはそっと身を乗り出して店内を覗いた。セリーヌや店長に見つかって、厄介な目で見られないか心配しながら。レジ付近に彼女の姿はない。厨房の方に控えているのだろうか。今日は自分たちのほかに客人が入っていなく、実質貸し切り状態であった。するといきなり店の裏口側から店長の声がして、彼は驚いた。
「おい、店に入んねぇなら帰ってくんねぇかい?」
「ああっ!すいません...いま、友人を待ってまして...。」
「ダチかぁ?」
「はっ...はいっ!」
「それならとっくに中にいるぜ。」
「ああ!そうだったんですか!」
なんだ、自分の死角に彼らはいたんだ、自分の見間違いだったんだ、そう思い店内に楽しみな気持ちを抑えられないまま入った。
そこには、彼の激情の嚆矢となる、彼らの歴史に深い深い悔恨を残すこととなる、衝撃の光景があった。
ショーンとセリーヌが、接吻していたのだ。
イザークが後ろ手に隠し持った小さな白い箱の中には、シトリンの宝石の付いた指輪が入っていた。
To Be Continued...