今回の話はまだ導入の部分です。
高天原のある広い家にて命と月夜見は座っていた。いや座っていたというのは弊害がある。座らざるしかない状態なのだ。
月夜見は体中にペタペタと禁と書かれている札を貼られて鎖で縛られている。その鎖につながるように鉄製の地蔵がしがみ付いて強制的に重心を下に引きずりおろされ空気椅子状態だ。一方の幹人はその比ではない。体中に鉄どころか鉄より比重の重い金属を使った地蔵で縛り上げてさらに頭の上に命の二倍はあろうかという大きさの地蔵を載せて両腕にはそれぞれ小柄な成人男性一人分はある地蔵を肩まで上げて持ち上げ続けている。
「重い重い重い!! 体中に鎖が食い込んでいるって!! このままじゃ十八禁の姿になる!」
月夜見が言うとおりに彼女を縛り上げている鎖は彼女の体に食い込み視方によっては感応的な捉え方もできる。……その鎖につながれている地蔵さえなければ。
「それにこの札意味あるの!? 私の力を封じているんだけど!!!」
さらに彼女の体中に貼っている札には特殊な力があって神の力すらも封印することが可能だ。つまり今の月夜見は見た目相応の人間としての身体能力しか持たない。それでもこの異常な重さに耐えられているのはひとえに普段の修行の所為かなのだが彼女本人は現状を何とかするのに精一杯で気づく余裕がない。
「ある。その札で神としての力を封じてどれだけ巣の肉体が鍛えられたかを知るためだ」
命はそう言いながら体を動かし続ける。頭の地蔵を一切ぶらさず見事な突きを放つ。足は平行四辺形をつぶしたような前傾姿勢でいながら上半身は雄々しくピンと胸を張り両腕は一切の誤差なく滑らかに引き手と突き手を繰り出す。風を切り裂きぶおぉんというお前はどこぞの台風かと疑うくらいの風切音をさせながら一つ一つの動作を繰り返し続ける。
「さてこれが最初にお前にしてもらう基礎中の基礎である突きだ」
月夜見に自分の動きを見せながら真似をしろ言う命に月夜見は、
「できるわけないでしょうが!! そもそも今の私は石造の重さで潰れかけているのよ!? どうやってこの状態でそんな動作をしろって言うの!?」
至極当然のことを言っていた。普通の指導者は此処で、いやそもそもこんな修行をさせない。だが此処に居るのは普通の指導者じゃない。彼にとってこれは軽い部類に入る修行のひとつでありそんな男にまともな判断力を期待するのが愚かだという事をまだ彼女は完全に理解しきれていなかったのだ。
「やればできる」
「できるか!!!!!」
これがここ最近の二人の日常だった。
あの廃墟と化してい村を出た命は山々を歩いて当てもない旅を続けていた。そして幾日か山々を歩いていた時ふもとにあった村を発見して訪れた。
小さな村なのだろう。畑と少しの水田で村自体は自給自足していた。彼はそこで違和感を感じた。ひっそりとしている村、こんな昼間は普通村人たちが田や畑を耕していたり雑草を抜いているはずだ。なのにそれが無い。その事が気になり彼はこの村で一番大きな家を訪れた。
大きいとはいえそれはこの村で考えればで都の家としては小さい方に当たる程度の大きさだったがそこに多くの村人が身をひしめき合って話し合いをしていた。彼はその家の扉から彼らに話しかけた。
「すまぬ。旅の者だが此処は何処だ? それに何故村人の姿が見えない?」
重苦しい沈黙が辺りにしばらく漂った後疲れ切った老人が家の扉を開けて彼を招きよせる。
「旅のお方。此処は幻想郷と呼ばれる場所。 そして村人の姿が見えないのは今日が最後の日じゃから」
「最後の日?」
あたりに座っている人々は涙を流しながら老人の言葉にうつむき続けている。
「そうじゃ。今日の夜この村に鬼が現れる。この村にも少ないとはいえ妖怪退治の専門家はいるが多勢に無勢。しかも中には山の四天王の一角まで今日この村に訪れて勝負を挑むと」
鬼。それは妖怪の中でも最も恐れられている存在。単純な力の強さ。妖力の強大さ。呪術の強さ。ありとあらゆるものが最高級の力を持っている妖怪。それが鬼。だからこそ彼らはあきらめている。鬼にこの村が滅ばされると。確定した未来として抗うことをあきらめてしまっている。
「それは確かに?」
「此処に鬼からの書面がある」
「拝借しても?」
国利と首を縦に振られたのを確認してから命はその書面を読み始めた。
『麓の村の人間よ今夜子の刻になった時我ら鬼が貴殿たち人間の村を襲う。
それを防ぎたくば一番強い人間を選別して我らと戦え』
書面を読んだ命はそれを老人に静かに返して尋ねる。
「それですでに選別は?」
「……この村には鬼と戦える様な人間などはおらぬ。旅人の方よ。命が惜しければこの村から出た方が良い」
諦めきった老人を静かに見ながら彼は一つの提案をする。
「ならば私に任せてみないか?」
「え?」
だから命は救いの手を伸ばした。
「何、簡単なことだ。上手くいけば万々歳。失敗したら元々そうなる運命だったと思えば良い」
「じゃが貴方はこの村の人間じゃない。そんな人間を巻き込むわけにはいかない」
終わりゆく村に付き合わせる必要はない。そう老人は彼に言う。しかし彼はそれで納得しない。
「これは私のエゴだ。黙って私に助けられていろ!」
ひどく傲慢なその言葉。しかしその言葉に秘められた意味を汲み取ってしまい老人はついに折れる。
「……そこまで言うのなら分かった」
それを聞いていたのは家に集まっている人々とぱちりとはじけた囲炉裏の火だけだった。
村の入り口で命と老人は松明を掲げて待っていた。命は夜闇の中先ほどから一点を見続けて老人は夜闇の恐怖からか辺りを見回している。
老人が命と一緒にこの場にいるのは老人がこの村の長老であったという事と、旅人だと思っている命を巻き込んでしまった良心の呵責からこうしてこの場にいる。
「来たか」
夜闇の中うっすらと霧が立ちこもり始めた。水気のないこの場所に。いやそもそもこれは霧じゃない。霧に似ているがその実態は妖気が立ちこもり霧の様になっているのだ。
その霧から異形の姿が見えてくる。一本の角や二本の角、青い体に赤い体。大きいものともなれば命すら超えて見上げる必要もあれば小さいものは子供の背丈位。そしてその中央に一人の鬼がいた。藍色の着物を着崩して妖艶な仕草をしている女の鬼であれどもその力が今この場にいる鬼の中で最も強い事が命にはすぐにわかった。
「ふうん、面白いじゃないか」
村の入り口にたたずむ二人を見て女の鬼はうっすらと獰猛な笑みを浮かべてその戦意を示していた。彼女に従う鬼も獰猛な笑みを浮かべて笑い出す。
「くははは! まさか本当に選び出すとはな。いやいや勇気のある若造じゃ!」
彼らはどこか嬉しそうに笑いながら女の鬼が命に話しかけてくる。
「さて、ここで戦うのは良いがそれだとこの村にも被害が出るだろう。少し離れたところにある沢の辺りで戦おうとしよう。私たちは先にそこに行ってまっている。勝負する内容もルールもお前が決めな。私たちはそれを打ち破ってやるからね」
雷が轟いたかと思うほど豪快な笑い声をあげながら鬼達は空を飛んでいく。それを見上げながら命はゆっくりと動き出す。
「翁、此処までで良い。此処から先は翁にとってひどく苦しい空間になる。翁は村にいろ」
「そういう訳にはいかん。儂たちの事情にアンタを巻き込んでしまったんだ。最後まで見届けなければならん」
「そうか」
ただ黙って彼は歩き出す。ただし翁が決して追いつけないように翁を気絶させてから。
「何、これから始まるのは普通の人間が見れば死ぬ。恨むなよ、お前はまだあの村に必要な人間だ。此処で死なすわけにはいかん」
かくして命は今宵鬼と争うことになった。
人間では勝てない絶対的な力の象徴。どうあがいても勝てない存在。しかしこの戦いに出るは唯の人間ではない。かつて災厄すら招きよせた一柱の神であり龍を倒した人間。己の肉体と鍛えぬいた技を持って戦い勝った人間。暴力の化身と人間の力の結晶。その二つのぶつかり合い。一度始まってしまえば止まらない戦いが始まる。
次回から命が鬼との戦いをします。
それではまた次回。